谷本忠明 林田真志 川合紀宗 取り組みが含まれるようになっている もちろん, こうした動きは通常教育における学力向上に向けた動きとも不可分の関係にある その議論の過程において, そこに必ずと言って良いほど含まれてきたのが, 手話の使用を巡る議論である 特別支援学校 ( 聴覚障害 ) における手話の使

Similar documents
聴覚障害特別支援学校(聾学校)で取り扱われる特徴的な自立活動の内容に関する調査

1-澤田-インクル.indd

教育支援資料 ~ 障害のある子供の就学手続と早期からの一貫した支援の充実 ~ 平成 25 年 10 月 文部科学省初等中等教育局特別支援教育課

<4D F736F F D E937893FC8A778E8E8CB196E291E8>

公式WEBサイト_取得できる免許・資格(H27入学生~)Ver_02

平成23年度全国学力・学習状況調査問題を活用した結果の分析   資料

茨城県における 通級による指導 と 特別支援学級 の現状と課題 IbarakiChristianUniversityLibrary ~ 文部科学省 特別支援教育に関する調査の結果 特別支援教育資料 に基づいて茨城キリスト教大学紀要第 52 ~号社会科学 p.145~ 茨城県における 通

課題研究の進め方 これは,10 年経験者研修講座の各教科の課題研究の研修で使っている資料をまとめたものです 課題研究の進め方 と 課題研究報告書の書き方 について, 教科を限定せずに一般的に紹介してありますので, 校内研修などにご活用ください

「標準的な研修プログラム《

<95BD90AC E937891E595AA91E58A7793FC8A778ED B282C982A882AF82E92D32>

3 調査結果 1 平成 30 年度大分県学力定着状況調査 学年 小学校 5 年生 教科 国語 算数 理科 項目 知識 活用 知識 活用 知識 活用 大分県平均正答率 大分県偏差値

3-1. 新学習指導要領実施後の変化 新学習指導要領の実施により で言語活動が増加 新学習指導要領の実施によるでの教育活動の変化についてたずねた 新学習指導要領で提唱されている活動の中でも 増えた ( かなり増えた + 少し増えた ) との回答が最も多かったのは 言語活動 の 64.8% であった

資料7 新学習指導要領関係資料

特別支援教育実践センター研究紀要第 15 号,33-41,2017 < 原 著 > 特別支援学校 ( 聴覚障害 ) 高等部における英語科の指導 現行学習指導要領施行に伴う英語科指導を巡る状況 谷本忠明 * 佐藤明子 ** 林田真志 * 川合紀宗 * 平成 25(2013) 年度より, 特別支援学校

訂されている 幼稚園 小 中学校学習指導要領改訂の基本的な考え方として 次の 3つがあげられる 1. 子供たちに求められる資質 能力を明確にし それらを社会と共有していくという社会に開かれた教育課程を実現していく 2. 現行学習指導要領の枠組みや教育内容を維持した上で 知識の理解の質を高めていく 3

3. 一般入試における大学入試センター試験の利用教科 科目及び個別学力検査等の出題教科 科目について 教科 科目名等大学入試センター試験の利用教科 科目名個別学力検査等 ( 前期日程 ) 個別学力検査等 ( 後期日程 ) 学部 学科 課程等教科科目名等 注 教科科目名等教科科目名等国語 国語 人間形

平成 28 年度大分大学入学者選抜における実施教科 科目等について ( 予告 ) 平成 27 年 8 月大分大学 平成 28 年度入学者選抜 ( 一般入試 大学入試センター試験を課す推薦入試及びAO 入試 ) における大学入試センター試験の利用教科 科目及び個別学力検査等の出題教科 科目については,

1 大学等を卒業して小学校教諭普通免許状を取得する ( 免許法別表第 1) 基礎資格 種類 基礎資格 専修 修士の学位 ( 大学 ( 短期大学を除く ) の専攻科又は大学院に1 年以上在学し,30 単位以上修得した場合を含む ) 一種 学士の学位 ( 学校教育法第 102 条第 2 項により大学院へ

第 1 章総則第 1 教育課程編成の一般方針 1( 前略 ) 学校の教育活動を進めるに当たっては 各学校において 児童に生きる力をはぐくむことを目指し 創意工夫を生かした特色ある教育活動を展開する中で 基礎的 基本的な知識及び技能を確実に習得させ これらを活用して課題を解決するために必要な思考力 判

Taro-① 平成30年度全国学力・学習状況調査の結果の概要について

今年度は 創立 125 周年 です 平成 29 年度 12 月号杉並区立杉並第三小学校 杉並区高円寺南 TEL FAX 杉三小の子

(2) 学習指導要領の領域別の平均正答率 1 小学校国語 A (%) 学習指導要領の領域 領 域 話すこと 聞くこと 66.6(69.2) 77.0(79.2) 書くこと 61.8(60.6) 69.3(72.8) 読むこと 69.9(70.2) 77.4(78.5) 伝統的な言語文化等 78.3(

工業教育資料347号

各教科 道徳科 外国語活動 総合的な学習の時間並びに特別活動によって編成するものとする 各教科 道徳科 総合的な学習の時間並びに特別活動によって編成するものとする

24 京都教育大学教育実践研究紀要 第17号 内容 発達段階に応じてどのように充実を図るかが重要であるとされ CAN-DOの形で指標形式が示されてい る そこでは ヨーロッパ言語共通参照枠 CEFR の日本版であるCEFR-Jを参考に 系統だった指導と学習 評価 筆記テストのみならず スピーチ イン

Microsoft Word - HPアップ用 2018入試問題

補足説明資料_教員資格認定試験

No_05_A4.ai

③専門B.indd

Taro-自立活動とは

p.1~2◇◇Ⅰ調査の概要、Ⅱ公表について、Ⅲ_1教科に対する調査の結果_0821_2改訂

Water Sunshine

(2) 国語 B 算数数学 B 知識 技能等を実生活の様々な場面に活用する力や 様々な課題解決のための構想を立て実践し 評価 改善する力などに関わる主として 活用 に関する問題です (3) 児童生徒質問紙児童生徒の生活習慣や意識等に関する調査です 3 平成 20 年度全国学力 学習状況調査の結果 (

回数テーマ学習内容学びのポイント 2 過去に行われた自閉症児の教育 2 感覚統合法によるアプローチ 認知発達を重視したアプローチ 感覚統合法における指導段階について学ぶ 自閉症児に対する感覚統合法の実際を学ぶ 感覚統合法の問題点について学ぶ 言語 認知障害説について学ぶ 自閉症児における認知障害につ

表紙.indd

学習意欲の向上 学習習慣の確立 改訂の趣旨 今回の学習指導要領改訂に当たって 基本的な考え方の一つに学習 意欲の向上 学習習慣の確立が明示された これは 教育基本法第 6 条第 2 項 あるいは学校教育法第 30 条第 2 項の条文にある 自ら進んで学習する意欲の重視にかかわる文言を受けるものである

谷本忠明 平岡 恵 林田真志 用いられていることからも, 坂田の上記の項目名がきっかけになっていると推測される ただ, ここでは, 自己の障害をどのように捉えているかという 意識 や 認知 という意味合いで用いられていたと思われるが, それが, 場合によっては,Deaf-identity と同義にも

The Status of Sign Languages

Microsoft PowerPoint - 中学校学習評価.pptx

別表 (1) 免許状の種類及び資格 免許状の種類 所要資格 教科に関する科目 大学における最低修得単位数 教科又は 特別支援教育に関する科目 中 専修免許状修士の学位を有すること 学 校 一種免許状学士の学位を有すること 教 二種免許状短期大学士の学位を有すること

大泉町手話言語条例逐条解説 前文 手話は 手指の動きや表情を使って視覚的に表現する言語であり ろう者が物事を考え 意思疎通を図り お互いの気持ちを理解しあうための大切な手段として受け継がれてきた しかし これまで手話が言語として認められてこなかったことや 手話を使用することができる環境が整えられてこ

教職研究 第 8 号, インクルーシブ教育 は 障害児のための教育か? 特別支援教育の在り方に関する特別委員会報告から学校の役割と合理的配慮を確認する 庄司和史 ( 信州大学学術研究院総合人間科学系教授 ) 1. はじめに 平成 24 年 (2012 年 )7 月 中央教育審

2 教科に関する調査の結果 (1) 平均正答率 % 小学校 中学校 4 年生 5 年生 6 年生 1 年生 2 年生 3 年生 国語算数 数学英語 狭山市 埼玉県 狭山市 61.4

2017 年 9 月 8 日 このリリースは文部科学記者会でも発表しています 報道関係各位 株式会社イーオンイーオン 中学 高校の英語教師を対象とした 中高における英語教育実態調査 2017 を実施 英会話教室を運営する株式会社イーオン ( 本社 : 東京都新宿区 代表取締役 : 三宅義和 以下 イ

国語の授業で目的に応じて資料を読み, 自分の考えを 話したり, 書いたりしている

福祉科の指導法 単位数履修方法配当年次 4 R 2 年以上 科目コード EC3704 担当教員佐藤暢芳 ( 上 ) 赤塚俊治 ( 下 ) 2017 年 11 月 20 日までに履修登録し,2019 年 3 月までに単位修得してください 2014 年度までの入学者が履修登録可能です 科目の内容 福祉科

P5 26 行目 なお 農村部は 地理的状況や通学時 間等の関係から なお 農村部は 地理的状況や通学時 間等から P5 27 行目 複式学級は 小規模化による学習面 生活面のデメリットがより顕著となる 複式学級は 教育上の課題が大きいことから ことが懸念されるなど 教育上の課題が大きいことから P

TSRマネジメントレポート2014表紙

H30全国HP

ポイント 〇等価尺度法を用いた日本の子育て費用の計測〇 1993 年 年までの期間から 2003 年 年までの期間にかけて,2 歳以下の子育て費用が大幅に上昇していることを発見〇就学前の子供を持つ世帯に対する手当てを優先的に拡充するべきであるという政策的含意 研究背景 日本に

平成27年度公立小・中学校における教育課程の編成実施状況調査結果について

教育学科幼児教育コース < 保育士モデル> 分野別数 学部共通 キリスト教学 英語 AⅠ 情報処理礎 子どもと人権 礎演習 ことばの表現教育 社会福祉学 英語 AⅡ 体育総合 生活 児童家庭福祉 英語 BⅠ( コミュニケーション ) 教育礎論 音楽 Ⅰ( 礎 ) 保育原理 Ⅰ 英語 BⅡ( コミュニ

国際数学・理科教育動向調査(TIMSS2015)のポイント

選択評価事項C 水準判定のガイドライン(案)

2019 年度 コース履修の手引 教職コース 司書教諭コース 学芸員コース


Ⅰ 評価の基本的な考え方 1 学力のとらえ方 学力については 知識や技能だけでなく 自ら学ぶ意欲や思考力 判断力 表現力などの資質や能力などを含めて基礎 基本ととらえ その基礎 基本の確実な定着を前提に 自ら学び 自ら考える力などの 生きる力 がはぐくまれているかどうかを含めて学力ととらえる必要があ

2 教科に関する調査の結果 ( 各教科での % ) (1) 小学校 国語 4 年生 5 年生 6 年生 狭山市埼玉県狭山市埼玉県狭山市埼玉県 平領均域正等答別率 話すこと 聞くこと 書くこと


必要性 学習指導要領の改訂により総則において情報モラルを身に付けるよう指導することを明示 背 景 ひぼう インターネット上での誹謗中傷やいじめ, 犯罪や違法 有害情報などの問題が発生している現状 情報社会に積極的に参画する態度を育てることは今後ますます重要 目 情報モラル教育とは 標 情報手段をいか

Exploring the Art of Vocabulary Learning Strategies: A Closer Look at Japanese EFL University Students A Dissertation Submitted t

愛媛県学力向上5か年計画

参考資料 障害者の生涯を通じた多様な学習活動の充実について(1/2)

< F2D93C195CA8E BB388E78AD68C578E9197BF2E6A7464>

Microsoft Word - Q&A目次なし【HP回答版】_ docx

2 調査結果 (1) 教科に関する調査結果 全体の平均正答率では, 小 5, 中 2の全ての教科で 全国的期待値 ( 参考値 ) ( 以下 全国値 という ) との5ポイント以上の有意差は見られなかった 基礎 基本 については,5ポイント以上の有意差は見られなかったものの, 小 5 中 2ともに,

1

①H28公表資料p.1~2

5 所要資格 基礎 免許 在職年数 有することを必要とする学校の免許状高等学校教諭普通免許状 1 基礎免許取得後 当該免許で良好な成績で勤務したことを必要とする最低在職年数以下に掲げる高等学校等における教員経験 高等学校 3 年 中等教育学校の後期課程 特別支援学校の高等部 基礎免許取得後 大学等に

2018(H30)学則別表2新 コピー.xls

ICTを軸にした小中連携

Microsoft PowerPoint - 表紙

2018 年 9 月 3 日 このリリースは文部科学記者会でも発表しています 報道関係各位 株式会社イーオンイーオン 中学 高校の英語教師を対象とした 中高における英語教育実態調査 2018 を実施 英会話教室を運営する株式会社イーオン ( 本社 : 東京都新宿区 代表取締役 : 三宅義和 以下 イ

<次年度以降の募集人員の変更について>

2015年度 SCスケジュール0401(一覧).xls

PowerPoint プレゼンテーション

PowerPoint プレゼンテーション


4.2 リスクリテラシーの修得 と受容との関 ( ) リスクリテラシーと 当該の科学技術に対する基礎知識と共に 科学技術のリスクやベネフィット あるいは受容の判断を適切に行う上で基本的に必要な思考方法を獲得している程度のこと GMOのリスクリテラシーは GMOの技術に関する基礎知識およびGMOのリス

Microsoft Word - 社会科

資料3-1 特別支援教育の現状について

27年センター試験実施概要|旺文社教育情報センター

平成 26 年度生徒アンケート 浦和北高校へ入学してよかったと感じている 1: 当てはまる 2: だいたい当てはまる 3: あまり当てはまらない 4: 当てはまらない 5: 分からない 私の進路や興味に応じた科目を選択でき

インターネット白書2002

< F2D318BB388E789DB92F682CC8AC7979D F >

推薦試験 ( 公募制 ) 募 集 人 員 296 名 出 願 資 格 高等学校若しくは中等教育学校を平成 31 年 3 月に卒業見込みの者で 次の 1~6の条件のいずれかを満たし かつ 学校長の推薦を受けたもの 1 全体の評定平均値が3.3 以上の者 2 皆勤の者 3 課外活動 ( 文化活動 体育活

03-猿田.ec7

Italia 2[更新済み].eps

学習指導要領の領域等の平均正答率をみると 各教科のすべての領域でほぼ同じ値か わずかに低い値を示しています 国語では A 問題のすべての領域で 全国の平均正答率をわずかながら低い値を示しています このことから 基礎知識をしっかりと定着させるための日常的な学習活動が必要です 家庭学習が形式的になってい

本日 2012 年 2 月 15 日の記者説明会でのご報告内容をお送りいたします 文部科学省記者会でも配布しております 報道関係各位 2012 年 2 月 15 日 株式会社ベネッセコーポレーション代表取締役社長福島保 新教育課程に関する校長 教員調査 新教育課程に関する保護者調査 小学校授業 国語

Microsoft Word - 医療学科AP(0613修正マスタ).docx

別紙様式7

平成28年度「英語教育実施状況調査」の結果について

九州女子入試要項13(Y書体置換).indd

PowerPoint プレゼンテーション

2018年度(平成30年度)兵庫県立大学入学者選抜方法等 一般入試(後期日程)

造を重ねながら取り組んでいる 人は, このような自分の役割を果たして活動すること, つまり 働くこと を通して, 人や社会にかかわることになり, そのかかわり方の違いが 自分らしい生き方 となっていくものである このように, 人が, 生涯の中で様々な役割を果たす過程で, 自らの役割の価値や自分と役割

各資産のリスク 相関の検証 分析に使用した期間 現行のポートフォリオ策定時 :1973 年 ~2003 年 (31 年間 ) 今回 :1973 年 ~2006 年 (34 年間 ) 使用データ 短期資産 : コールレート ( 有担保翌日 ) 年次リターン 国内債券 : NOMURA-BPI 総合指数

領域別正答率 Zzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzz んんんんんんんんんんんんん 小学校 中学校ともに 国語 A B 算数( 数学 )A B のほとんどの領域において 奈良県 全国を上回っています 小学校国語 書く B において 奈良県 全国を大きく上回っています しかし 質問紙調査では 自分

名称未設定-1

Transcription:

特別支援教育実践センター研究紀要第 12 号,69-74,2014 < 資 料 > スウェーデンにおける聴覚障害教育の状況 SPM による調査報告書 (2009) の概要 谷本忠明 * 林田真志 * 川合紀宗 ** わが国における特別支援教育は, 平成 25(2013) 年度から学年進行による特別支援学校高等部での新教育課程の施行が始まり, 前年には, 中央教育審議会からインクルーシブ教育の在り方に関する答申も出された 特別支援教育の場面が多様化する一方で, 特別支援学校における専門性の向上が改めて求められている 特別支援学校 ( 聴覚障害 ) においては, これまでの手話の使用を巡る議論が, その広がりとともに学力の向上に向けた議論に移ってきているといえる 今後の聴覚障害教育の充実に向けた視点について, 手話使用の先進国であるスウェーデンにおいても同様の傾向が見られる スウェーデンにおける聴覚障害教育は,1980 年代から, ろう学校を中心として手話を用いた教育が展開されてきた 2007 年にスウェーデン国内で聴覚障害教育に関する全国レベルでの実態調査が行われ, その結果が報告書にまとめられた 本稿では, 筆者らによる報告書の翻訳の概要について紹介し, 今後の聴覚障害教育における視点について述べる キーワード : 聴覚障害教育, ろう学校, スウェーデン,SPM, 手話 1. はじめに わが国において特別支援教育が開始されて7 年が経過しようとしている この間, 教育制度も様々な改正が進められてきたが, 平成 25(2013) 年度は, 新たな時代に向けた転換点ということができる 特別支援学校における教育課程の改訂も, 平成 21(2009) 年の新幼稚部教育要領の全面実施と, 小 中学部における新学習指導要領施行に向けた移行措置の実施に始まり, 平成 23(2011) 年度の小学部での全面実施, 翌年度の中学部における全面実施と進められてきた そして, 平成 25 年度には, 高等部における学年進行での施行が始まることとなった 2 年後をもって, 特別支援学校における新教育課程が完成することとなる 他方, 平成 24(2012) 年 7 月には, 中央教育審議会初等中等教育分科会から, 障害者の権利条約の批准を視野に入れた今後の特別支援教育の方向性を示した報告書 共生社会の形成に向けたインクルーシブ教育システム構築のための特別支援教育の推進 ( 報告 ) が公表された 今後, 通常学校における特別支援教育の推進も本格化していくことが予想されるが, 同報告では, 他方で特別支援学校における専門性の向上につい * 広島大学大学院教育学研究科特別支援教育学講座 ** 広島大学大学院教育学研究科附属特別支援教育実践センター ても指摘されている 統計的に見れば, 特別支援学校 ( 聴覚障害 ) に在籍する幼児児童生徒数は, 知的障害とは異なり, ほぼ同数を維持している状況である ( 文部科学省初等中等教育局特別支援教育課,2013) しかし, 特別支援教育開始の前から, 特別支援学校 ( 聴覚障害 ) における状況は, 少しずつ変化してきている 1つは, 人工内耳装用児の在籍など, 幼児児童生徒が多様化してきていることである しかも,1 学級の在籍数が少ない中でも, 学級は多様な状態像の幼児児童生徒で構成されることが少なくない また, これまでわが国の聴覚障害教育を担ってきた教員が退職期を迎え, これまで蓄積されてきた教育実践をどのように継続していくか, といった課題が生じていることがある これに加えて, 近年は高等教育を受ける聴覚障害学生の数も増加しており,2012 年度にはろう 難聴学生が在籍する大学 短期大学の数は452 校, 人数は 1,432 人となっている ( 日本学生支援機構,2013) 文部科学省の資料でも, 特別支援学校 ( 聴覚障害 ) 高等部 ( 本科 ) 卒業者の進路のうち, 高等教育機関への進学者数の割合は増加傾向にある こうした動きを背景として, 特別支援学校 ( 聴覚障害 ) に求められる専門性の中には, 新時代に対応した地域支援等の専門性だけでなく, 多様なニーズへの対応に向けた取り組み, さらには, 学力の向上に向けた 69

谷本忠明 林田真志 川合紀宗 取り組みが含まれるようになっている もちろん, こうした動きは通常教育における学力向上に向けた動きとも不可分の関係にある その議論の過程において, そこに必ずと言って良いほど含まれてきたのが, 手話の使用を巡る議論である 特別支援学校 ( 聴覚障害 ) における手話の使用は, 平成 5(1993) 年の 聴覚障害児のコミュニケーション手段に関する調査研究協力者会議報告 以降, 急速に拡大していった 特にその後の10 年間の変化については我妻 (2008) により紹介されているが, 現在では多くの特別支援学校 ( 聴覚障害 ) で手話をコミュニケーション手段の1つとして用いた教育が行われている その動向に影響を及ぼした要因の1つとして, 北欧や米国において行われていたバイリンガル教育が挙げられよう 当初は, 確実なコミュニケーション手段としての導入や, それに関連する議論が中心であったが, その後, それを授業や学力の向上, それらの学習活動を支える日本語の読み書きの獲得にどうつなげていくかという視点に立った議論に移っていったといえる 聴覚障害教育における, 読解力の獲得, あるいは学力を巡る議論は,2000 年代に入り様々になされている しかし, 書記言語の獲得や使用に関する状況については, 文献をみる限り, 全体としては, 解決すべき課題を残しているといえる ( 我妻,2000; 長南 澤, 2007;2009;Karchimer & Mitchell, 2003; 澤,2004) それを受けて, 聴覚障害教育における議論の焦点も, 手話の使用からリテラシー獲得による学力の形成に移っている わが国において, 近年そうした領域に関する書物が相次いで刊行された (Moores & Martin, 2010; 脇中,2009:2013; 四日市,2009) のも, そうした動向を反映したものといえよう こうした時期に, これまで世界の聴覚障害教育に大きな影響を及ぼしてきたといっても良いスウェーデンにおいて,2007 年に聴覚障害教育の現状と課題について国が全国的な調査を行い, その結果が2008 年にスウェーデン語で公表された さらに, 翌 2009 年には今回の翻訳の原著となった英語版の報告書が公開された この報告書では, 国内のすべての聴覚障害児童生徒の保護者や学校教員を対象とした調査結果がまとめられている 種々の制約により, 全数調査には至っていないが, そこにまとめられている内容は, これまでわが国などに紹介されてきたものとは幾分, 違った印象を与えるものである 何よりも, 教育制度の違いはあるが, スウェーデンにおいても, 特に, ろう学校に在 籍している生徒の学力に関して, 全体としてみると解決すべき課題があることが調査により明らかとなった点は, これまでのイメージとは幾分異なる結果と言える これまで, スウェーデンに関する資料は, スウェーデン語を翻訳することの困難さ, 英語版の資料がスウェーデン国内でもあまり多く作成されていないことがあり, 必ずしも多くのものがわが国に紹介されてきているわけではない また, 必ずしも実態通りでない情報が伝わっていることもある 例えば, バイリンガル教育の内容について, 日本で初期に紹介された際の資料には, ろう学校では, 低学年の間は手話だけで教育を行い, その後書きことばの指導を開始するということが示されたものがあった しかし, 実際には, 筆者の1 人が現地のろう学校で最も勤務年数が長い教師に確認したところ (2001 年 ) では, 入学当初から書きことばは積極的に導入して学習を進めており, 現在も過去もそうした方法で指導したことはないという回答であった また, 上記報告書には, スウェーデンの聴覚障害教育の制度, 学校教育制度についての, これまでにあまり紹介されていない内容の解説が盛り込まれている 例えば, 一定条件はあるものの, 義務教育段階でのろう学校での修業年数が, 通常教育より1 年長いことは, わが国ではあまり記述されることがないように思われる その他, スウェーデンでは, 義務教育修了時点で, ナショナルテストと呼ばれる学習到達度を測る検査が複数の教科について実施される これはろう学校の生徒にも実施されるが,2001 年当時, その実施に関わっている関係者の話の中にも, 後期中等教育レベルに達している生徒の割合は, 個人差が大きいこともあり, 全体としては高い割合ではないことが指摘されていた 今回紹介する報告書は, 国の公的な機関によって実施された全国調査の結果をまとめたものである これまで同国の教育の実情について, こうした形で示された資料に触れることはほとんどなかったことから, この資料は, スウェーデンにおける聴覚障害教育の実情を知ることができるだけでなく, これからの聴覚障害教育における課題を示しているという点でも意義あるものといえよう 幸いにも,SPSM( 国の制度の違いもあり, 日本語に訳すことは難しいが, ここでは, 特別支援教育 学校局と訳す なお,2008 年に SPSM に名称が変わるまでは SPM: スウェーデンろう 難聴特別支援学校局と呼ばれており, 報告書は SPM の時代に出されたものであることから, 本稿では SPM を用いた ) が, 70

スウェーデンにおける聴覚障害教育の状況 スウェーデン語の報告書の中心的な部分を英語に翻訳した報告書を翌年に公表し, 我々も広くその内容を知ることが可能となった 著者らは, この内容をぜひ日本に紹介したいと考え, プロジェクトの中心人物であり, 報告書の著者でもある Ola Hendar 氏と連絡を取り, 非営利的な形で翻訳, 公表することの許諾を得ることができた プロジェクト協力者の1 人である Karin Angerby 氏は, 以前, 著者の1 人が Örebro にある SPM オフィスを訪問した際に対応していただいた人でもある 今回の翻訳に当たって, 快諾してくださった著者および SPM( 現 SPSM) に厚くお礼を述べたい 本稿では, 報告書に記載されている内容の主な部分について紹介し, スウェーデンにおける聴覚障害教育の課題を通して, 我が国におけるこれからの教育的な課題について考えてみたい Compulsory schools: 義務教育学校 ; credit: ポイント ; goal: 到達目標 ; Governing documents: 関係規定 ; grade: 段階評価 ; hearing impaired: 難聴 ; individually placed: 個別に在籍 ( している ); knowledge goals: 学習目標 ; merit rating: 学力評価 ( ポイント );pupil(s):( 児童 ) 生徒 ; Special schools: ろう学校 ; School for the hearing impaired: 難聴学校 ; syllabus: 授業計画 ; Timetable: 教育課程 3. 報告書の概要報告書 ( 英語版 ) は, 全 72ページで構成されている 英語版原題は Goal fulfilment in school for the deaf and hearing impaired である 表紙を Fig. 1に示す 以下, 調査の概要についての紹介を行う 詳細については, 訳書の内容を参考にされたい 2. 翻訳に当たっての補足事項 翻訳にあたり, スウェーデンの著者との連絡には川合があたり,3 人の訳者が分担して作業を進めた 訳者の分担 ( 英語版のページ ) は, 谷本が, 表紙と目次, 本文 8~25,55~61ページを担当し, 林田が, 本文 26~33,48~54,68~71ページを, 川合が本文 34~ 48ページを担当した 翻訳内容等の表現の調整は訳者間で行い, とりまとめは谷本が行った ただ, 英語版報告書が, 外部業者へ委託される形でスウェーデン語から翻訳されたものと推測され, 英語表現では十分にその意味を解釈することができにくい箇所も散見された そのため, 意訳をしなければならない箇所が比較的多くあったことをお断りしておく なお, 明らかに英語訳の間違いと思われる箇所については, 正しい内容に変更した その際には, 可能な限りスウェーデン語の原版にあたり, 確認しながら作業を進めた また, 国の教育制度の違いがあり, 日本語に訳した場合に誤解を招くと思われる用語もあったことから, 翻訳にあたっては, できる限り訳語の混同がないよう, 以下に示す訳語を用いることとした 例えば, スウェーデンには, 主に日本で言う難聴児が通う義務教育学校 ( 日本の小中一貫校に相当 ) があるが, この学校名を訳すと 聴覚障害学校 になるため ろう学校, (special school) と区別するために, 難聴学校 と訳すこととした 今回用いたその他の訳語は, 以下の通りである Fig.1 報告書 ( 英語版 ) 表紙 (SPM,2009) (1) 調査の背景と目的報告書の扉には次のような文言がつけられている ろう 難聴児童生徒は, 学校教育において異なるニーズと到達目標を持つ 彼らに必要となるものは多様であり, 様々なタイプのサポートを受けている しかし, 多くの生徒はいまだ学習到達目標に達していない これは, 今回の調査を通して,SPM が得た結論とも 71

谷本忠明 林田真志 川合紀宗 いえる内容であり, 報告書の中で繰り返し用いられている表現である 以下, 調査の背景や調査の目的, 関連する事項について紹介する 本調査が行われた背景としては, これまでも同国の報告書 (2006) において, 特にろう学校の多くの生徒が, 到達すべき教育の基準を満たさないまま義務教育を修了していることについて, その要因の分析がなされていないとの指摘がなされてきていることなどがあった すでに,2000 年には国家教育局が, 教育の到達目標に関する調査をエレブロ大学に委託しており, その結果, 後期中等教育レベルに達していない生徒の割合はおよそ6 割であることが指摘されている ただ,SPM の2006 年調査に対するこれまでの見解では, そうした結果になっている要因としては, 学校教育の開始が遅いためではないか ( 訳者注 : ろう学校での就学前 ( 幼稚部 ) 教育は, 比較的近年まで対象になっていなかった ) という指摘や, 調査対象となっている群の構成が十分に整理されていない ( 多様な児童生徒が一緒の形で調査が実施されている ) ためではないかという指摘がなされていた あわせて, 特別支援学校に在籍する児童生徒のうちのかなりの者には, 聴覚障害以外に教育的な手だてが必要であることも指摘されていた こうした難しさもありつつ, 学校種を単位とする形で, 今回の調査が実施された 調査では, 教育目標の達成の程度について, ろう学校で学ぶ聴覚障害生徒, ろう学校以外の学校で学ぶ, ろう 難聴生徒, および, 聞こえの障害のない生徒との比較検討が行われた ろう学校は, 第 1 学年から第 10 学年まであり, 可能な限り義務教育に準じた教育を行い, 他方でバイリンガル環境での教育を行う学校である なお, 手話, スウェーデン語, 英語などの科目で構成された教育課程が設けられている (Table 1) ろう学校には10 年間で 7,845 時間と, 通常学校よりも1,100 時間以上多い時間数が割り当てられている 手話 の時間が710 時間であることから,470 時間は, その他の教科に割り振られていることとなる また, スウェーデン語の授業時間は通常教育よりも少ないが, 数学は逆にろう学校の方が多い また, ろう学校で学ぶ場合には, 独自の到達目標に従った学習を行うことが可能となっている 難聴学校では, スウェーデン語の話しことばを用いた教育が行われている なお, 授業としてスウェーデン手話の授業も提供されている このほか, 人工内耳の装用などによって, 通常学校 に在籍する難聴児童生徒もいる これらの学校の違いについてまとめたものが Table 2 である Table 1 義務教育学校とろう学校の教育課程の比較 教 科 義務教育学校の9 ろう学校の10 年間の年間の教育時間数教育時間数 芸術 230 300 家庭と消費者科学 118 140 保健体育 500 600 音楽 230 - ムーブメントとドラマ - 260 工芸 330 380 スウェーデン語 1490 1360 手話 - 710 英語 480 480 数学 900 1040 地理 歴史 宗教 公民 ( 総合 ) 885 905 生物 物理 化学 技術 ( 総合 ) 800 830 選択言語 320 320 自由選択 382 520 最低履修時間 6665 7845 上記のうち学校裁量時間 600 600 Table 2 スウェーデンの義務教育学校 なお, 義務教育段階修了時点で, 学校教育の到達目標に照らして, 合格 (G), 顕著な合格 (VG), 特に顕著な合格 (MVG) の3 段階の評価が, 数学, スウェーデン語, 英語について行われる これに合格しなければ, 後期中等教育への進学基準に達していないこととなる なお, その評価は, ナショナルテストと呼ばれる国内統一試験に基づいて行われる 学校の教育目標に到達していないろう 難聴生徒が存在することについての改善の手立てとして, スウェーデンでは, 通常教育の教育目標だけでなく, 聴覚障害児童生徒に合った教育目標の設定も必要となると考えられ, それが上に示した10 年目の教育課程の設置や, 手話に関する教科の設定であるとされている (2) 方法調査は2006 年から計画され, 全数調査を実施することを目指して, 関係機関からの情報収集を行い, 対象 72

スウェーデンにおける聴覚障害教育の状況 となる児童生徒の保護者の数や学校数が検討された それに基づき,2007 年に, 調査用紙を2,630 人の保護者と1,770の学校に発送した 回収された割合は, 保護者が68%, 学校が75% であった ただし, 学校については, 全ての学校が把握できていなかったことから, 実質は53% であった 学校教育に関する段階評価の資料は, ろう学校が第 10 学年の306 人分, 難聴学校が200 人分, その他, 個別に在籍する生徒については801 人の資料を得ることができた (3) 結果児童生徒の聴覚障害の程度を WHO の基準を参考に 4 段階に分けて, 保護者に尋ねた結果では, ろう( 重度難聴 ) の児童生徒の多くは, ろう学校に在籍していることが示された また,2005 年に SPM が行った調査で, ろう学校の児童生徒に聴覚障害以外の困難さが見られるかについて尋ねているが, その際の結果では, 約 40% の児童生徒がそれに該当していることが示されている 今回の調査においても, 同様の質問を行っているが, 保護者からは, ろう学校, 難聴学校の在籍児童生徒の約 49% について,1つ以上の困難が見られるという回答が得られている 教師からの回答では, 難聴学校の教師の 60%, ろう学校教師の44% が, 聴覚障害に加えた困難さがあると回答していた こうした要因は, 授業を進めていく上でも, 児童生徒への対応が困難になる要素であるとの指摘がなされている 学校群ごとに, 段階評価を受けた科目から算出される平均学力ポイントを見ると (Fig. 2), ろう学校の中央値は, 他の学校に比べて低いことが窺える なお, ここでのポイントは, 上位 16 科目の段階評価を G=10, VG=15,MVG=20に換算したものである (320ポイント満点 ) 11 以上の科目で評価を受けることができている生徒の割合を見ても, ろう学校の56% に対し, 他の学校種では85% となっており, そこに差が見られている 次に, 科目ごとの違いについてみると, スウェーデン語 では, ろう学校の約 44% の生徒が合格に達していない (Table 3) 英語や, 数学においても, 合格ラインに達しない生徒の割合は, ろう学校で高くなっていた この改善の要因として SPM は, コミュニケーション能力と読み書き能力に重点を置いた教育課程についての提言を行っている また, ろう学校には 手話 の科目が設置されているが, これについても, 約 22% の生徒が合格基準に 300 250 200 150 100 50 0 145 230 190 65 40 185 265 265 220 150 75 190 達していなかった SPM は, 上記の結果を受けて, ろう学校における低い結果をもたらしている要因をいくつか挙げている それらは, 聴覚障害の程度, 他の障害を有する児童生徒の割合, 他の国で生まれた児童生徒の割合, 評価の仕方における学校間の違い, 学校種を変更した児童生徒の存在などである あわせて, 学校における指導を, 対象となる児童生徒の多様性に合わせたものにしていくことが今後増えていけば, 段階評価が低くなる生徒の割合も少なくなっていくのではないかと予測している (4) 提言 SPM は, 上記の結果を受けて, いくつかの提言を行っている 1つは, 手話の学習環境を広げて, ろう学校, 難聴学校以外の学校においても手話が学べる環境を整えていくことである また, 通常学校においても 手話 科目の充実を図る必要性が述べられている あわせて, 聴覚障害以外に学習上の困難を抱える児童生徒に対する指導の充実を図ることについても言及されている そこでは, 教育方法の開発と, 彼らに合った教育到達目標の策定が示されている その他, 学校におけるバイリンガル環境と音響環境 230 160 105 210 Fig. 2 各種学校における学力評価値 (N=1275) Table 3 段階評価で合格, 顕著な合格, 特に顕著な合格 の生徒, 目標に到達できなかった生徒 (EUM) の割合 (%)( スウェーデン語 ) G VG MVG EUM ろう学校 29.4 19.1 7.7 43.8 難聴学校 50.8 27.6 6.0 15.6 個別に在籍 49.0 32.4 10.8 7.8 義務教育学校 2006 年 42.8 37.2 15.6 4.3 285 250 175 135 73

谷本忠明 林田真志 川合紀宗 の整備, 転校の手続きの簡素化, 関係機関の連携, インクルージョンの理念に基づく選択の幅の拡大, 教師が手話, オージオロジー, 聴覚機器, 指導方法についての基礎的な知識を持つための研修の機会を提供すること等が提言されている 4. おわりにスウェーデンと聞けば, 多くの聴覚障害教育関係者はバイリンガル教育の先進国というイメージを抱くであろう しかし, 今回の報告書を通して, ろう学校で学ぶ聴覚障害児童生徒にとって, バイリンガル環境の質的な向上が, 改めて求められる段階に入っていることが見て取れる その背景には, 人工内耳装用児など, 音声言語と手話との両方を必要とする児童生徒の増加, あるいは, 聴覚障害だけの単一障害ではなく, それに加えて, 学習上の困難さを併せ有していると考えられる児童生徒の増加があることも窺えた そうした状況への対処として,SPM は, 現在わが国においても進められている特別支援教育の制度改革にも共通する課題への視点を提供している ただし, 本報告書では, 学力向上に向けた授業の進め方, 授業方法の在り方については, ほとんど言及されていない おそらく, バイリンガル環境の充実 ということばの中に含まれてくるものと思われるが, コミュニケーション手段の問題は, 同時に, 学習方法の改善の中にどう位置付けるかということと合わせて考えていかねばならない そのことは, 教育の手段に関する議論から目的に関する議論へと教育の視点を移していくことでもある わが国における 専門性の向上 を巡る議論も, そうした側面を含んだものと言え, その意味において, 今後, スウェーデンで取り組まれる改善に向けた手立てについての検討は, わが国における取り組みとも関連したものになっていく側面を持つといえる 補 1. 本報告書の意義を考え, 訳者らは, これまで別の形で, 全文訳の公刊の道を探ったが, いずれも当初の希望が叶わず, 結果として今回の紹介までにかなりの時間を要することとなってしまった 著者を長く待たせてしまったことに深くお詫び申し上げる 2. 報告書 ( 英語版 ) の全文訳は, 本センター紀要の別冊とした 別冊発行にあたり,Ora Hendar 氏およびSpecialskolemyndigheten(SPM) の許諾を得た 文献我妻敏博 (2000) 聴覚障害児の文理解能力に関する研究の動向. 特殊教育学研究,38(1),85-90. 我妻敏博 (2008) 聾学校における手話の使用状況に関する研究 (3). ろう教育科学,50(2),77-91. 中央教育審議会初等中等教育分科会 (2012) 共生社会の形成に向けたインクルーシブ教育システム構築のための特別支援教育の推進 ( 報告 ). 聴覚障害児のコミュニケーション手段に関する調査研究協力者会議 (1993) 聴覚障害児のコミュニケーション手段に関する調査研究協力者会議報告. 長南浩人 澤隆史 (2007) 読書力診断検査に見られる聾学校生徒の読書力の発達. ろう教育科学,49(1), 1-10. 長南浩人 澤隆史 (2009) わが国の聴覚障害児の学力に関する考察. ろう教育科学,51(2),57-68. Moores, D. F. & Martin, D. S. (2006) Deaf Learners: Developments in curriculum and instruction. Gallaudet University Press, Washington, DC. 松藤みどり 長南浩人 中山哲志監訳 (2010) 聴覚障害児の学力を伸ばす教育. 明石書店. Karchmer, M. A. & Mitchell, R. E. (2003) Demographic and achievement characteristics of Deaf and Hard-of- Hearing Students. In Marschark, M. & Spencer, P. E. (eds) Deaf Studies, Language, and Education. Oxford Univ. Prs., 21-37. 文部科学省初等中等教育局特別支援教育課 (2013) 特別支援教育資料 ( 平成 24 年度 ). 日本学生支援機構 (2013) 平成 24 年度 (2012 年度 ) 大学, 短期大学及び高等専門学校における障害のある学生の修学支援に関する実態調査結果報告書. 澤隆史 (2004) きこえの障害と言語の発達 - 聴覚障害児の読み書き能力を巡る諸点と研究課題 -. 聴覚言語障害,33(3),127-134. 遠山真学塾編集部 (2005)2005 年版図表から見たスウェーデンの教育. 遠山真学塾. 脇中起余子 (2009) 聴覚障害教育これまでとこれからコミュニケーション論争 9 歳の壁 障害認識を中心に. 北大路書房. 脇中起余子 (2013) 9 歳の壁 を越えるために生活言語から学習言語への移行を考える. 北大路書房. 四日市章編著 (2009) リテラシーと聴覚障害. コレール社. (2014.1.28 受理 ) 74