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報道発表資料 2007 年 8 月 1 日 独立行政法人理化学研究所 マイクロ RNA によるタンパク質合成阻害の仕組みを解明 - mrna の翻訳が抑制される過程を試験管内で再現することに成功 - ポイント マイクロ RNA が翻訳の開始段階を阻害 標的 mrna の尻尾 ポリ A テール を短縮し 翻訳を阻害 がんや脳神経形成の機構の解明にも貢献理化学研究所 ( 野依良治理事長 ) は 塩基の数がわずか 21~22 個と小さな マイクロRNA が タンパク質の合成を阻害する過程を試験管内で再現し その仕組みを解明することに成功しました 理研ゲノム科学総合研究センター ( 榊佳之センター長 ) タンパク質基盤研究グループの横山茂之プロジェクトディレクター 脇山素明上級研究員らの研究グループによる成果です タンパク質は メッセンジャー RNA(mRNA) の情報をもとにリボソームによって合成されています この合成過程は mrnaの塩基配列に従ってタンパク質の構成要素であるアミノ酸を順番に連結するため 翻訳 と呼びます 近年 マイクロRNA と呼ばれる短いRNAが 様々なタンパク質の合成を翻訳段階で阻害することが明らかになってきました マイクロRNAは 複数のタンパク質とともにmiRNPという複合体を形成し マイクロRNAの配列と部分的に相補的な配列を含む標的 mrnaに作用して 翻訳を抑制すると考えられています しかし 翻訳抑制機構の詳細は不明で 翻訳の開始段階の阻害 途中段階の阻害 あるいは合成されたタンパク質の急速な分解等の相対立するモデルが考えられていました 研究グループは マイクロRNAとともに機能することが知られている複数のタンパク質を発現させた哺乳類培養細胞から細胞抽出液を調製し これを用いてマイクロ RNAが標的 mrnaの翻訳を抑制する過程を試験管内で再現することに成功しました 解析の結果 マイクロRNAを含む複合体 mirnpは 標的 mrnaの末端のポリaテール 1 を短くし 先端のキャップ構造 2 に依存する翻訳を抑制することを見いだしました これらの結果は マイクロRNAが翻訳の開始段階を阻害することを示します 本研究で開発した方法は マイクロRNAの研究を飛躍的に進めると期待されます また マイクロRNAが関与するがんの発症や記憶の形成機構等の解明にもつながります この研究は わが国が推進した タンパク 3000 プロジェクト の一環として行ったものであり 米国の学術雑誌 Genes & Development 8 月 1 日号に掲載されます 1. 背景タンパク質は 数十から数千のアミノ酸が連なった鎖で 生命活動を担う主要な生体高分子です アミノ酸配列の情報は DNA 上に塩基配列として記されています この DNA の情報は 直接読み出されるわけではなく いったん mrna に転写されます mrna は タンパク質合成装置である リボソーム と会合し リボソーム

が mrna の情報に従って順番にアミノ酸を連結していきます この過程は 塩基配列からアミノ酸配列への変換であることから 翻訳 と呼ばれています ヒトをはじめとする真核生物のほとんどの mrna は mrna の先頭にあたる 5' 端から キャップ構造 (cap) 5' 非翻訳領域 タンパク質をコードする領域 3' 非翻訳領域 そして末尾の 3' 端にポリ A テール という並びで配列しています ( 図 1) リボソームは mrna の 5' 端付近に結合した後に mrna 上を移動して タンパク質をコードする領域内の開始コドン (AUG) から終止コドン (STOP) までを翻訳し タンパク質を合成します また キャップ構造や 5' および 3' 非翻訳領域 ポリ A テールは ともに翻訳の調節に関わることがわかっています 近年になって 翻訳の調節に短い RNA マイクロ RNA が関与することがわかりました マイクロ RNA は 21~22 塩基長の短い RNA で これまでに数百種類以上見つかっています このマイクロ RNA は Argonaute( アルゴノート ) というタンパク質に取り込まれ またアルゴノートは他の複数のタンパク質と結合して 巨大複合体 mirnp を形成します そして mirnp は 3' 非翻訳領域にマイクロ RNA の配列と部分的に相補的な配列を含む mrna に結合して ( 図 2) その mrna の翻訳を抑制すると考えられています マイクロ RNA は がん関連タンパク質の発現制御や脳のシナプス形成など 極めて広範囲の高次生命現象に関わることが明らかになりつつあり マイクロ RNA による翻訳抑制機構の解明は 世界中で激しい競争になっています これまでに 複数の研究グループが 翻訳の開始段階の阻害あるいは途中段階の阻害を示唆する実験結果を報告しています また 翻訳して合成されたタンパク質が何らかの機構で急速に分解されるというモデルを提出するグループもあります いずれのグループの実験も 培養細胞に DNA や RNA を導入する方法で行なわれていますが このように生きた細胞を用いる実験は条件のコントロールが難しく 詳細な生化学的解析には不向きです そこで マイクロ RNA の機能を研究する世界の多くのグループが マイクロ RNA による翻訳抑制を試験管内で再現することを目指してきました しかし このような試験管内実験系の構築は大変困難で 翻訳抑制機構の詳細も不明のままでした 研究グループは このマイクロ RNA による翻訳抑制を再現する試験管内実験系の確立に挑みました 2. 研究手法と成果 (1) 翻訳抑制を再現する試験管内実験系の構築研究グループは let-7 というマイクロ RNA による翻訳抑制を再現する試験管内実験系を構築しました まず マイクロ RNA とともに機能するいくつかのタンパク質を培養細胞 HEK293F で過剰発現させ その細胞から抽出液を調製して 以下の実験を行ないました 細胞内では mirnp 複合体が形成される前に 約 60~70 塩基の RNA( マイクロ RNA 前駆体 ) からマイクロ RNA が切り出されます そこで まず化学合成した 60 塩基の let-7 マイクロ RNA 前駆体を抽出液に加えてみました その結果 アルゴノートを過剰発現させた場合にのみ let-7 の切り出しが進行することがわかりました そこで次に この細胞抽出液を用いて mrna の翻訳実験を行ないました こ

の実験のために 3' 非翻訳領域に let-7 の標的配列を 6 回繰り返した配列と キャップ構造 ポリ A テールを持つ mrna を人工的に作製しました その結果 上記の抽出液では let-7 の標的配列を持つ mrna の翻訳だけが 50% 以下に抑制されることがわかりました 次いで アルゴノートの他に GW182 というタンパク質を過剰発現させた細胞の抽出液を混ぜたところ 標的 mrna の翻訳は let-7 依存的に約 30% にまで抑制されました このようにして研究グループは マイクロ RNA による翻訳抑制を再現する試験管内実験系の構築に成功しました また アルゴノートと GW182 は let-7 に依存して標的 mrna に結合することも実験的に立証しました (2) マイクロ RNA は翻訳開始段階を阻害キャップ構造やポリ A テールを持たない mrna を作製して同様の実験を行なったところ どちらか一方を欠く mrna の翻訳は抑制されませんでした また キャップの代わりに ある種のウイルス mrna が持つ特殊な配列を付加した mrna を使うと 翻訳がほとんど抑制されないことがわかりました さらに解析すると let-7 によって翻訳反応中にポリ A テールが短くなることが明らかになりました これは mirnp がポリ A テール短縮化酵素を引き寄せるためであると考えられます 翻訳を開始するためには 翻訳開始因子が mrna をリボソームに誘導することが必要です 翻訳開始因子は mrna の 5' 端のキャップを認識して mrna に結合しますが 一方で mrna の 3' 端のポリ A テールに結合するタンパク質 ( ポリ A 結合タンパク質 ) も 翻訳開始因子を mrna に引き寄せる働きをしています このため mrna のキャップ構造とポリ A テールの両方が存在すると相乗的に機能して 効率的に翻訳が開始します ( 図 3) したがって キャップ構造とポリ A テールのどちらかを欠く mrna は 翻訳効率が低下します 本実験系では マイクロ RNA による標的 mrna のポリ A テールの短縮化が進むに従って翻訳が抑制されることがわかりました これは マイクロ RNA が翻訳の開始段階を阻害することを示します 3. 今後の期待マイクロ RNA は 最初に線虫で発見されました また let-7 は 初期発生の制御に関わっていることが線虫で明らかにされ その後 哺乳類を含む広範囲の生物で保存されていることがわかりました 培養細胞を用いた研究から let-7 が発がんに関係する Ras 3 の発現を制御していることも報告されています さらに マイクロ RNA の中には 脳にのみ存在するものがあり シナプス形成に関わるタンパク質の翻訳を抑制することが示されています このように マイクロ RNA は極めて広範囲の高次生命現象に重要な役割を果たしていることが明らかになってきました マイクロ RNA の重要性が次第に明らかになり その作用機序の研究には より詳細な生化学的解析が求められてきています 2006 年のノーベル医学 生理学賞が授与された RNA 干渉の研究は その詳細な機構の解析に ショウジョウバエの初期胚をすりつぶして得た抽出液の系が用いられました そして その研究成果から sirna 4 が発見され 現在では特定の遺伝子の発現を抑える方法として ヒトの疾

病治療薬にも応用されようとしています 本研究では 多くのグループが挑戦していたマイクロ RNA による翻訳抑制を再現する試験管内実験系の確立に成功しました この成果により マイクロ RNA による翻訳抑制機構の生化学的解析が初めて可能となりました そして マイクロ RNA が翻訳の開始段階を阻害することを示すという結果を得ました 本研究で開発した方法を用いることで マイクロ RNA を含む mirnp 複合体の機能解析がさらに大きく進展するとともに 初期発生やがんの発症 記憶の形成機構などの解明にもつながり マイクロ RNA の研究に飛躍的な進歩をもたらす可能性があります ( 問い合わせ先 ) 独立行政法人理化学研究所ゲノム科学総合研究センタータンパク質基盤研究グループプロジェクトディレクタ横山茂之 ( よこやましげゆき ) 上級研究員脇山素明 ( わきやまもとあき ) Tel : 045-503-9196 / Fax : 045-503-9195 横浜研究推進部企画課 Tel : 045-503-9117 / Fax : 045-503-9113 ( 報道担当 ) 独立行政法人理化学研究所広報室報道担当 Tel : 048-467-9272 / Fax : 048-462-4715 Mail : koho@riken.jp < 補足説明 > 1 ポリ A テール mrna の末尾にある A( アデニン ) のみが連続する部分 通常は 100~200 個以上の A が連なる ポリ A 結合タンパク質が結合する 2 キャップ構造 mrna の先頭にある特殊な構造 1974 年に国立遺伝学研究所 ( 当時 ) の三浦謹一郎博士 古市泰宏博士によって発見された 翻訳開始因子は キャップを目印として mrna の先頭に結合する 3 Ras 細胞の増殖を制御するタンパク質の 1 つで 正常な細胞にも存在するが アミノ酸が 1 カ所変わるだけで異常な活性を持つようになる このタンパク質だけでがんが発症するわけではないが 変異した Ras タンパク質は発がんの引き金になる

4 sirna RNA 干渉を引き起こす 21~22 塩基長の RNA RNA 干渉が線虫で発見された当初は 長い 2 本鎖の RNA の導入によって引き起こされる現象として観測されていた その後 Tuschl らの研究により 長い 2 本鎖から切り出された 21~22 塩基の短い RNA が機能することが明らかにされ sirna(short interfering RNA) と呼ばれるようになった sirna は RISC 複合体に取り込まれた後 sirna に完全に相補的な配列を持つ mrna に結合し その mrna を切断する sirna とその相補鎖を化学合成して 2 本鎖とし これを細胞に導入することによって 特定の mrna を切断して タンパク質の合成を特異的に阻害することができる 図 1 真核生物の mrna( 模式図 ) 図 2 マイクロ RNA(let-7) とその標的 mrna の配列 図 3 マイクロ RNA によって翻訳が阻害される仕組み マイクロ RNA を含む mirnp が mrna に結合することによって ポリ A テールの短縮化がおこり 翻訳が抑制される様子 ( モデル )