妊娠率を UP させよう 1 妊娠率をUPさせよう 技術 情報部 部長 濱野 晴三 ヒトには物事の結果を自分なりに推測し 何も行動を起こさないことがあります 誰にでも一回や二回 この ようなことがあると思いますが 何も行動しなければ結果は得られません そして そこから芽吹くものは や っておけばよかった という後悔の念だろうと思います 一概に 失敗した後の後悔より 何もしなかった後悔 の方が大きいとも言われます このような考え方を 繁殖業務に置き換えて考えてみて下さい 皆さんが飼養している牛群のパフォーマンスを最大限に発揮させるには どうしたら良いのでしょうか これまでの掲載記事 す その繁殖を行うために技術が存在しますが それ これまで 繁殖技術のアップデート 図 1 とし よりも大枠の捉え方を図 2 にまとめてみました すな て 人工授精からのアプローチ 受精卵移植からのア わち 発情発見 繁殖 そして 妊娠確認 の 3 プローチならびに人工授精と受精卵移植からのアプロ つをキーポイントとして それぞれのキーポイントの ーチについて それぞれの技術の成り立ちや考え方 中身を整理してみようという考え方です 工夫や実施した結果などを掲載してきました これまで掲載して来た記事は 図 1 のアップデート FCMax 本誌No.147 を構成する内容ですが それらも図 2 の考え方の一部 追い移植 本誌No.152 155 となります 定時人工授精 本誌No.155 暑熱期の繁殖改善 本誌No.146 図 2 繁殖技術のキーポイント 不受胎牛の早期発見のためのツールとして繁殖台帳 Webシステム 本誌No.154 ファストバックプログラム 本誌No.153 154 繁殖は 言うまでも無く発情発見 繁殖 人工授 精 受精卵移植 妊娠確認 分娩 発情発見 繁殖 妊娠確認 と同じ行為が何回も繰り返されま 図 1 繁殖技術のアップデート 受胎率と妊娠率 繁殖の最終目標は 何 受胎させたかではなく 何 頭の牛を妊娠させたか あるいは何頭の子牛を生産し 1 LIAJ News No.158
たかということになります 従って これからは妊娠率という考え方が必要になってくると考えています もちろん 受胎率という考え方を否定しているのではありません さて 畜産経営の中の繁殖を考える上で重要なことは 繰り返しになりますが受胎率ではなく妊娠率であると考えられます しかし 人工授精や受精卵移植を行う技術者からすると 成果は受胎率で表現されることが一般的です 授精しなければ受胎しない 当たり前のような話ですが 良い発情が来た牛ばかりを選択して授精を行い 少し悪い発情の牛は次の発情を待つことになれば 一周期分の余計な支出が余儀なくされます 受精卵移植であっても黄体の良否から受卵牛を選択して移植を行えば 選択されなかった牛に対して同じことが言えます 改めて 受胎率と妊娠率は何が異なるのでしょうか? 具体的に 妊娠させなくてはいけない乳牛を100 頭飼っているとします このうち 良い発情が確認された30 頭に人工授精を行い 全ての牛が妊娠したとします この場合 30 頭に授精して30 頭が受胎したので 受胎率は100% という大変素晴らしい成績となります ただ ここで問題視するのは 残りの70 頭はどうなるのかということです 受胎率 100% と言いながら 妊娠させなければならない牛が70 頭も残っていることになります 受胎率とは 授精 ( あるいは移植 ) した牛の頭数が分母となり 妊娠した牛が分子となって算出される数値です 例に示した場合のように 何頭飼っているかということは問題とされません 一方 妊娠率とは 現在飼っている頭数のうち何頭が妊娠したかということを考えます 先程の例と同様 100 頭の乳牛を飼養しており 80 頭に発情を発見してすべてに授精をしたとします その結果 50 頭が 妊娠したとなれば 受胎率は50/80で62.5% となります 両者の例で 共に流早死産が発生せず受胎した牛が全て分娩に至ったとすれば 前者は30 頭の子牛が生まれ 後者は50 頭の子牛が生まれることになります この場合 どちらが酪農経営に貢献するかという考え方です 妊娠率は 発情発見率 ( 何頭に発情を発見したか ) と そのうち人工授精をして何頭が妊娠したかという受胎率を掛け合わせて算出します この例では妊娠率は発情発見率 受胎率で算出されるので 80% 62.5 % で50% という数値になります 現実的に考えると どちらが現実味のある数値でしょうか 受胎率 100% を維持することは殆ど困難ですので 酪農の現場での現実的な話としては受胎率を上げることはなかなか困難な話となります 一方で 発情発見率を上げ 授精 ( 移植 ) のチャンスを捕まえるのは 牛を飼養しておられるご本人次第ということになります 計算し易いような例を出しましたが 実際に皆さんの経営の中での数値を当てはめて考えてみて下さい 発情発見飼養管理において 発情の発見は酪農家の差が最も出る技術の一つですし 牛群の規模が大きくなればなるほど個体の発情発見は難しくなります されど 発情発見は酪農経営にとって非常に大切な行為です そこで今回は 繁殖の最も基本となる発情発見について取り上げます 発情発見は 経営者の皆さんが行わなければならない仕事でもありますが 最近の牛には発情が明確でない個体が多くなったという話を良く耳にするようになりました そのようなケースの解決策はあるのでしょうか 2
妊娠率 UP 2 岩手大学農学部附属寒冷フィールドサイエンス教育研究センター御明神牧場助教 平田 統一 はじめに本誌をご覧になっている方々は 専門技術者や畜産業を営んでおられる方が多いでしょうから 今さら 発情 など勉強しなくとも分かっている と言われる方が殆どですよね? しかしながら 繁殖経営における妊娠率 ( 繁殖対象雌牛の総数に対する妊娠牛の割合 ) と子牛の育成率は 経営の根幹を成す 2 大指標で 1 ポイントでも改善したいところです 酪農では 妊娠率が上がらなければ搾乳機会も減りますよね 妊娠率を上げるには 授精しなければなりません 授精するためには 発情を見つけなければ始まりません 発情発見!! この古くて今もって解決できない課題に悩んでいる方もおられるでしょう 少し復習してみましょう 発情とは その名の通り 欲情を発する ということで 狭義には雌畜が雄を迎え入れ交尾に応じる雄許容の状態です 1 乗駕許容 ( スタンディング ) 2 他の牛への乗駕欲 3 他の牛の陰部を嗅ぐ 舐める 4その際 頚を挙げ上唇をそり返す ( フレーメン ) 5 咆哮する 6 群れから離れ 数頭で連れだって行動する 7 外陰部が腫脹し 陰唇粘膜が充血する 8 粘液を漏出する ( 発情前期は太い短い糊状から水飴状に 最盛期は水様の細い糸のような粘液 通常は透明だが 膿で汚れているようであれば獣医に往診を依頼する ) 9 行動量が増える 10 摂食量が減る 11 乳量が減るなど 特有の行動や外徴の変化 ( 発情徴候 ) がみられます 雌牛は 妊娠していなければ基本的に 1 年中平均 21 日 (18 24 日 ) の周期で発情を繰り返します 発情を発見することは授精を依頼するきっかけとなり 授精のタイミングを決定する指標になるので 妊娠率を 上げるために酪農 繁殖経営上最も重要な繁殖管理項目と考えて下さい 発情発現の前提条件 - 栄養と飼養環境 - 近年 経営上最も重要な発情発見が難しくなっているとよく言われます 以前に比べて牛の発情持続時間が短くなり 発情徴候も弱くなっているとのことです その理由として とくに高泌乳牛では発情ホルモンの血中濃度が低くて発情が弱くなるなど牛側の要因や 大規模化の中で発情観察時間が十分取れないなど人為的要因もあると指摘されています 発情を発見する以前に 牛が安心して発情する環境を作らなければなりません まず 発情が弱くなるだろう牛側の要因を改善する為には 一般的に栄養価が高い良質で新鮮な飼料を切らさないことが重要になります 飼槽や給水器のこまめな清掃 餌の掃き寄せ 残飼の片付けを行い 十分な草架数を配置し 引き落とし防止策など講じて餌を食い込める環境管理が重要です 適切な削蹄や滑らず硬すぎない床は 乗駕許容など発情徴候を示すために重要です 清潔な敷料 十分な広さ 材質のベット 暑熱 寒冷対策 タヌキやカラス ハトなど野生動物鳥類侵入対策 サシバエ アブ ネズミなど衛生害虫対策 慢性的な感染症が存在しないことなど 衛生対策ができていなければ十分な発情は得られないということが前提条件です 発情が見られない牛の中には 卵胞嚢腫や子宮蓄膿症などの病気であるものも含まれるかもしれません これらの対処は 獣医に依頼することになります 発情観察の重要性さて 人為的要因で発情を見つけられない という問題にはどのように対処しましょうか うちではちゃんと発情観察しているので 発情の見逃しなんてない! と自信を持って言えますか? 母牛 2,300 頭規模のある繁殖経営体では 4 回までの 3 LIAJ News No.158
人工授精で70% 以上が受胎し 残る授精対象牛をまき牛で交配したところ また70% 以上受胎したということです ということは 人間が無発情や鈍性発情 黄体遺残 繁殖障害 リピートブリーダーなどと名付ける牛の内 7 割は正常であり 単に適期に授精できていなかった あるいは発情開始時間を判断できていなかったということです 大規模な牧場では 牛の様子をよく観察しろといっても 発情徴候がよく分からないという従業員もいるそうです 意識的に教育の機会を作ることが必要ですし 搾乳や給餌の合間に牛を観察するだけではなく 1 日 3 回 5 分でも10 分でも発情観察のために時間を割く必要があります 牛個体の体重当てや乳量当てゲームなどを取り入れて多少のインセンティブを与え 牛を良くみる習慣を付けた途端に発情発見率が上がったという体験談もあります 牛飼いの基本は 五感を働かせて牛が発する様々なシグナルを敏感に感じ取ることです 発情観察もまた然りで 獣医にも授精師にも任せることができない 飼育者が責任を持つべき経営の要です 牛の発情の43% は 深夜から午前 6 時の時間帯にみられる ( 家畜人工授精講習会テキスト,2015) ことから 就寝前の22 時過ぎや搾乳前の早朝などの時間帯にも発情観察の時間にあてることが必要です また 記録を残すことも非常に重要です 生年月日や血統 分娩日や発情日 発情が疑われた日 人工授精日 種雄牛 排血日 分娩予定日 疾病 事故など 個体毎にまとめ すぐに取り出せるようにしなければなりません そのためには パソコンソフトを活用すると便利です 発情日や排血日から次回授精予定日を推定することで 発情発見率を上げることができます 記録は 獣医や授精師と共有することで妊娠率を向上するための有効な武器になります 発情発見補助システム発情観察は重要とは言っても 発情が弱い牛や全く発情が見えずに排卵する牛も27% ほど ( 堂地, 2007) 存在します そこで頼りになるのが 広い意味での発情発見補助システムです (1) 繁殖記録の活用発情発見率を上げる最も簡単な方法は 上述した繁殖記録です 各農家に夫々工夫があると思いますが 良く目にするのは牛舎入り口の黒板やホワイトボード カレンダー 牛房の柱 飼槽などに牛の番号と発情日や人工授精日 健康状態など書き入れるもので す この方法は 従業員や獣医 授精師と情報の共有をしやすいという利点があります 繁殖記録ノートを作って記録する方法も一般的で これらは立派な発情発見の補助情報です 家畜改良事業団の繁殖カレンダーも 次回発情予定や分娩予定日が直ぐに分かって便利です 回転式の繁殖ボードも 一覧性に優れている補助システムです ただ 多くの牛をもれなく管理しよう 情報を多面的に活用しようとすると黒板では心許ありません やはり簡単に未経産牛の月齢や分娩後の日数でソートし直し 授精対象牛を絶えずリストアップできるパソコンソフトの活用は外せません 自作のエクセル表を活用している方も多いでしょうし 家畜改良事業団の繁殖台帳 Webシステムなども利用できます 発情予定日が予め分かっていれば 観察対象牛が絞られるので発情発見率も向上します (2)ヒートマウントディテクター テイルペイント チンボール古くから活用されている発情発見補助器具といえば これらの器具です 夜間や農繁期などに発情観察が十分確保できない時でも 乗駕許容があれば尾根部に設置したヒートマウントディテクターのカプセルが割れて色が変わり あるいはテイルペイントが薄くなり剥がれ チンボールで色がつくなどで発情を発見できます しかしながら 元々発情が弱く乗駕許容までの発情が見られない 乗駕できるような環境にないなどの場合 これらの補助器具は使えません (3) 歩数計 ICT( 情報通信技術 ) の進歩により 畜産分野でも様々なセンサを用いて自動的 持続的に生体情報を得ることが可能となっています 得られた生体情報は センサから無線通信を使ってパソコンあるいはクラウドに収集され 予め設定されている基準により飼養者に発情発現の通報が届くようになっています 発情になると活動量 中でも歩数は 2 5 倍に増えるとされており 歩数量をモニタすれば発情を把握できます 日本では ( 株 ) コムテック ( 宮崎 ) の 牛歩 が広く利用されていますし 富士通 ( 株 )( 川崎 ) の 牛歩 SaaS のシステムを使用することもできます 発情時の累積歩数が多い黒毛和種では 黄体期のプロジェステロン濃度が高く 受胎率も高いとする報告 ( 横尾ら,2013) もありますから 歩数量を測定することは 発情を発見するのみならず受胎率を改善する上でも重要かもしれません センサは足首に設置しますので 放牧の場合には近い放牧地と遠い放牧地の 4
転牧のタイミングで誤報が多発し あるいは肢蹄に痛みを抱えている場合には発情を発見できないなどの弱点もあります (4) 活動量歩数計と同様に 3 D 加速度センサなどで活動量や活動時間 反芻をモニタする製品として ( 株 ) イノビット ( 広島 ) の ドクターカウベル ( 株 ) ファームノート ( 帯広 ) の Farmnote Colorセンサー パナソニック ( 株 )( 大坂 ) の カウネック があります 全て首輪で装着するタイプで 歩数計よりも首にセンサを取り付けた方が発情発見率は高いと言われる方もいます (5) 体温計発情発現の前後には 0.3 前後の一過性の体温上昇がみられます この温度変化を捉える製品として 分娩監視装置の ( 株 ) リモート ( 大分県 ) の 牛温恵 があります この装置は腟に装着したセンサで体温を持続的にモニタすることができるので 発情を把握することもできます この体温上昇は 発情に伴う活動量の増加とは別にみられるといわれていることから 鈍性発情の牛でも摘発できる可能性があります しかし 腟への装着は 装着作業の手間 脱落の発生 腟炎の発生などの課題から長期間の装着には向かない点 で改善の余地があります これらのICT 型発情発見補助器具は いずれも発情を100% 発見できるものではありません また 通信機能をうまく働かせるために牛舎内の機器の配置等にも配慮が必要です 大規模に用いようとすると高価になるとか 料金体系が複雑で分かり難い 維持費 ( 通信料 ) がかかるなど 導入に当たっては慎重に検討する必要もあります おわりに牛の発情の発見方法について述べてきましたが 見付け難くなった発情を何とか省力的に発見するための補助システムは様々開発され 一部は実際に活用されています しかしながら これらのシステムで100% 発情を検出できるわけではありませんし 誤報が無いわけではありません 酪農や繁殖経営成功の要は高い妊娠率であり それを成し遂げるには正しく発情を発見して 授精すべき牛に適期授精することが大前提です 胚移植も定時授精も 発情を発見するという基本的な繁殖技術がなければ高い受胎率は期待できません 基本に返って牛をよく観察すること 発情周期を把握することを愚直に実践しましょう 5 LIAJ News No.158