第11回感染制御部勉強会 『症例から考える抗MRSA治療薬の使い方』

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プライマリーケアのためのワンポイントレクチャー「抗菌薬③」(2017年5月17日開催)

2015 年 7 月 8 日放送 抗 MRS 薬 最近の進歩 昭和大学内科学臨床感染症学部門教授二木芳人はじめに MRSA 感染症は 今日においてももっとも頻繁に遭遇する院内感染症の一つであり また時に患者状態を反映して重症化し そのような症例では予後不良であったり 難治化するなどの可能性を含んだ感

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抗菌薬の殺菌作用抗菌薬の殺菌作用には濃度依存性と時間依存性の 2 種類があり 抗菌薬の効果および用法 用量の設定に大きな影響を与えます 濃度依存性タイプでは 濃度を高めると濃度依存的に殺菌作用を示します 濃度依存性タイプの抗菌薬としては キノロン系薬やアミノ配糖体系薬が挙げられます 一方 時間依存性


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第10回 感染制御部勉強会 「症例から考える感染症診療」

第 88 回日本感染症学会学術講演会第 62 回日本化学療法学会総会合同学会採択演題一覧 ( 一般演題ポスター ) 登録番号 発表形式 セッション名 日にち 時間 部屋名 NO. 発表順 一般演題 ( ポスター ) 尿路 骨盤 性器感染症 1 6 月 18 日 14:10-14:50 ア

公開情報 2016 年 1 月 ~12 月年報 院内感染対策サーベイランス集中治療室部門 3. 感染症発生率感染症発生件数の合計は 981 件であった 人工呼吸器関連肺炎の発生率が 1.5 件 / 1,000 患者 日 (499 件 ) と最も多く 次いでカテーテル関連血流感染症が 0.8 件 /

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よる感染症は これまでは多くの有効な抗菌薬がありましたが ESBL 産生菌による場合はカルバペネム系薬でないと治療困難という状況になっています CLSI 標準法さて このような薬剤耐性菌を患者検体から検出するには 微生物検査という臨床検査が不可欠です 微生物検査は 患者検体から感染症の原因となる起炎

プライマリーケアのためのワンポイントレクチャー「抗菌薬①」(2016年4月27日)

2012 年 1 月 25 日放送 歯性感染症における経口抗菌薬療法 東海大学外科学系口腔外科教授金子明寛 今回は歯性感染症における経口抗菌薬療法と題し歯性感染症からの分離菌および薬 剤感受性を元に歯性感染症の第一選択薬についてお話し致します 抗菌化学療法のポイント歯性感染症原因菌は嫌気性菌および好

ン (LVFX) 耐性で シタフロキサシン (STFX) 耐性は1% 以下です また セフカペン (CFPN) およびセフジニル (CFDN) 耐性は 約 6% と耐性率は低い結果でした K. pneumoniae については 全ての薬剤に耐性はほとんどありませんが 腸球菌に対して 第 3 世代セフ

糖尿病診療における早期からの厳格な血糖コントロールの重要性

グリコペプチド系 >50( 常用量 ) 10~50 <10 血液透析 (HD) 塩酸バンコマイシン散 0.5g バンコマイシン 1 日 0.5~2g MEEK 1 日 4 回 オキサゾリジノン系 ザイボックス錠 600mg リネゾリド 1 日 1200mg テトラサイクリン系 血小板減少の場合は投与

抗菌薬と細菌について。

緑膿菌 Pseudomonas aeruginosa グラム陰性桿菌 ブドウ糖非発酵 緑色色素産生 水まわりなど生活環境中に広く常在 腸内に常在する人も30%くらい ペニシリンやセファゾリンなどの第一世代セフェム 薬に自然耐性 テトラサイクリン系やマクロライド系抗生物質など の抗菌薬にも耐性を示す傾

割合が10% 前後となっています 新生児期以降は 4-5ヶ月頃から頻度が増加します ( 図 1) 原因菌に関しては 本邦ではインフルエンザ菌が原因となる頻度がもっとも高く 50% 以上を占めています 次いで肺炎球菌が20~30% と多く インフルエンザ菌と肺炎球菌で 原因菌の80% 近くを占めていま

「薬剤耐性菌判定基準」 改定内容

褥瘡発生率 JA 北海道厚生連帯広厚生病院 < 項目解説 > 褥瘡 ( 床ずれ ) は患者さまのQOL( 生活の質 ) を低下させ 結果的に在院日数の長期化や医療費の増大にもつながります そのため 褥瘡予防対策は患者さんに提供されるべき医療の重要な項目の1 つとなっています 褥瘡の治療はしばしば困難

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シプロフロキサシン錠 100mg TCK の生物学的同等性試験 バイオアベイラビリティの比較 辰巳化学株式会社 はじめにシプロフロキサシン塩酸塩は グラム陽性菌 ( ブドウ球菌 レンサ球菌など ) や緑膿菌を含むグラム陰性菌 ( 大腸菌 肺炎球菌など ) に強い抗菌力を示すように広い抗菌スペクトルを

使用上の注意 1. 慎重投与 ( 次の患者には慎重に投与すること ) 1 2X X 重要な基本的注意 1TNF 2TNF TNF 3 X - CT X 4TNFB HBsHBcHBs B B B B 5 6TNF 7 8dsDNA d

血中濃度を上げるために,VCM の負荷投与を考慮することが記載されている 6). 当院では VCM が抗 MR- SA 薬の第一選択薬として使用されている.2006 年より薬剤師が初期投与シミュレーションを本格的に開始した. 緊急を要する場合に初期投与量を1000mg/body で開始している例もあ

57巻S‐A(総会号)/NKRP‐02(会長あいさつ)

精神科専門・様式1

目 次 1. はじめに 1 2. 組成および性状 2 3. 効能 効果 2 4. 特徴 2 5. 使用方法 2 6. 即時効果 持続効果および累積効果 3 7. 抗菌スペクトル 5 サラヤ株式会社スクラビイン S4% 液製品情報 2/ PDF

15,000 例の分析では 蘇生 bundle ならびに全身管理 bundle の順守は, 各々最初の 3 か月と比較し 2 年後には有意に高率となり それに伴い死亡率は 1 年後より有意の減少を認め 2 年通算で 5.4% 減少したことが報告されています このように bundle の merit

染症であり ついで淋菌感染症となります 病状としては外尿道口からの排膿や排尿時痛を呈する尿道炎が最も多く 病名としてはクラミジア性尿道炎 淋菌性尿道炎となります また 淋菌もクラミジアも検出されない尿道炎 ( 非クラミジア性非淋菌性尿道炎とよびます ) が その次に頻度の高い疾患ということになります

改訂の理由及び調査の結果直近 3 年度の国内副作用症例の集積状況 転帰死亡症例 アモキシシリン水和物及びクラブラン酸カリウム アモキシシリン水和物の国内症例が集積したことから 専門委員の意見も踏まえた調査の結果 改訂することが適切と判断した 血小板減少関連症例 1 アモキシシリン水和物 3 例 (

公開情報 2016 年 1 月 ~12 月年報 ( 全集計対象医療機関 ) 院内感染対策サーベイランス検査部門 Citrobacter koseri Proteus mirabilis Proteus vulgaris Serratia marcescens Pseudomonas aerugino

2015 年 9 月 30 日放送 カルバペネム耐性腸内細菌科細菌(CRE) はなぜ問題なのか 長崎大学大学院感染免疫学臨床感染症学分野教授泉川公一 CRE とはカルバペネム耐性腸内細菌科細菌感染症 以下 CRE 感染症は 広域抗菌薬であるカルバペネム系薬に耐性を示す大腸菌や肺炎桿菌などの いわゆる

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通常の市中肺炎の原因菌である肺炎球菌やインフルエンザ菌に加えて 誤嚥を考慮して口腔内連鎖球菌 嫌気性菌や腸管内のグラム陰性桿菌を考慮する必要があります また 緑膿菌や MRSA などの耐性菌も高齢者肺炎の患者ではしばしば検出されるため これらの菌をカバーするために広域の抗菌薬による治療が選択されるこ

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当院での研修医への感染症教育 研修医カンファレンス : 1 回 / 週 60 分感染症ミニレクチャー : 1 回 / 週 30 分 (10 月から 3 月まで半年間 ) 特定抗菌薬使用許可制による主治医と ICD との対話 : 随時随時の感染症コンサルテーション : 10 件前後 / 日 ICT 回

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グリコペプチド系 >50( 常用量 ) 10~50 <10 血液透析 (HD) 塩酸バンコマイシン散 0.5g MEEK バンコマイシン 1 日 0.5~2g 1 日 4 回 オキサゾリジノン系 ザイボックス錠 600mg リネゾリド 1 日 1200mg テトラサイクリン系 血小板減少の場合は投与

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1 MRSA が増加する原因としては皮膚 科 小児科 耳鼻科などでの抗生剤の乱用 があげられます 特にセフェム系抗生剤の 使用頻度が高くなると MRSA の発生率が 高くなります 最近ではこれらの科では抗 生剤の乱用が減少してきており MRSA の発生率が低下することが期待できます アトピー性皮膚炎

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改訂の理由及び調査の結果直近 3 年度の国内副作用症例の集積状況 転帰死亡症例 国内症例が集積したことから専門委員の意見も踏まえた調査の結果 改訂することが適切と判断した 低カルニチン血症関連症例 16 例 死亡 0 例

2012 年 7 月 18 日放送 嫌気性菌感染症 愛知医科大学大学院感染制御学教授 三鴨廣繁 嫌気性菌とは嫌気性菌とは 酸素分子のない環境で生活をしている細菌です 偏性嫌気性菌と通性嫌気性菌があります 偏性嫌気性菌とは 酸素分子 20% を含む環境 すなわち大気中では全く発育しない細菌のことで 通

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2 経験から科学する老年医療 上記 12 カ月間に検出された病原細菌総計 56 株中 Escherichia coli は 24 株 うち ESBL 産生菌 14 株 それ以外のレボフロキサシン (LVFX) 耐性菌 2 株であった E. coli 以外の合計は 32 株で 内訳は Enteroco

topics vol.82 犬膿皮症に対する抗菌剤治療 鳥取大学農学部共同獣医学科獣医内科学教室准教授原田和記 抗菌薬が必要となるのは 当然ながら細菌感染症の治療時である 伴侶動物における皮膚の細菌感染症には様々なものが知られているが 国内では犬膿皮症が圧倒的に多い 本疾患は 表面性膿皮症 表在性膿

市中肺炎に血液培養は必要か?

汎発性膿疱性乾癬のうちインターロイキン 36 受容体拮抗因子欠損症の病態の解明と治療法の開発について ポイント 厚生労働省の難治性疾患克服事業における臨床調査研究対象疾患 指定難病の 1 つである汎発性膿疱性乾癬のうち 尋常性乾癬を併発しないものはインターロイキン 36 1 受容体拮抗因子欠損症 (

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公開情報 7 年 月 ~ 月年報 ( 集計対象医療機関 床未満 ) 院内感染対策サーベイランス全入院患者部門 解説. データ提出医療機関数病床規模が 床未満の 7 年年報 (7 年 月 ~ 月 ) 集計対象医療機関数は 7 医療機関であり 前年より 7 医療機関増加した これは国内 5,79 医療機

変更一覧表 変更内容新現備考 Peak 50~60 Trough 4 未満 Peak 20.0~30.0 Trough 8.0 以下 アミカシン 静注投与後 1 時間 Trough 1 未満 Peak 4.0~9.0 Trough 2.0 以下 トブラマイシン 静注投与後

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は減少しています 膠原病による肺病変のなかで 関節リウマチに合併する気道病変としての細気管支炎も DPB と類似した病像を呈するため 鑑別疾患として加えておく必要があります また稀ではありますが 造血幹細胞移植後などに併発する移植後閉塞性細気管支炎も重要な疾患として知っておくといいかと思います 慢性

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帝京大学 CVS セミナー スライドの説明 感染性心内膜炎は 心臓の弁膜の感染症である その結果 菌塊が血中を流れ敗血症を引き起こす危険性と 弁膜が破壊され急性の弁膜症による心不全を発症する危険性がある 治療には 内科治療として抗生物質の投与と薬物による心不全コントロールがあり 外科治療として 菌を

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に 真菌の菌体成分を検出する血清診断法が利用されます 血清 βグルカン検査は 真菌の細胞壁の構成成分である 1,3-β-D-グルカンを検出する検査です ( 図 1) カンジダ属やアスペルギルス属 ニューモシスチスの細胞壁にはβグルカンが豊富に含まれており 血液検査でそれらの真菌症をスクリーニングする

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第 11 回感染制御部勉強会 症例から考える感染症診療 - 症例から考える抗 MRSA 治療薬の使い方 - 感染制御部福島慎二

感染症診療は三角形を軸に考える 診断のアプローチ 病歴 感染臓器 身体診察 検査 培養 微生物 治療 いつでも感染症診療の 3 要素を整理する 患者背景, 病歴, 身体診察, 画像検査から感染臓器をつきつめることを常に一番に

MRSA とは MRSA(Methicillin resistant Staphylococcus aureus) メチシリン耐性黄色ブドウ球菌 実態は β ラクタム薬に耐性の黄色ブドウ球菌 院内感染型 MRSA (HA-MRSA: Hospital acquired) 市中感染型 MRSA (CA-MRSA: Community acquired)

本日のポイント 抗 MRSA 薬を使用する状況 MRSA 感染症に対する標的治療 MRSA が想定される感染症に対する初期治療 MRSA 感染症に対する抗菌薬 第一選択薬は バンコマイシン バンコマイシンで治療困難例は リネゾリドなど

Case1 78 歳男性 14 日前に右内頸静脈に中心静脈 (CV) カテーテルが挿入 され 本日悪寒を伴う 39 の発熱を認めた Step1 感染臓器を推定する 診察 検査をした 診察 検査所見で はっきりした感染臓器が不明であった Step1 感染臓器を推定する CV カテーテル感染を疑った 血液培養 (CV カテーテル 末梢 ) を提出し CV カテーテルを 抜去した

Step2 原因菌を推定する CV カテーテル感染の原因菌 : 一般的には皮膚の常在菌 原因菌 頻度 表皮ブドウ球菌 (CNS) 37% 黄色ブドウ球菌 (MSSA, MRSA) 13% 腸球菌 13% グラム陰性桿菌 ( 大腸菌, 緑膿菌, クレブシエラなど ) 14% カンジダ 8% Step3 Empiric 治療のための抗菌薬を決める 頻度の高い CNS と黄色ブドウ球菌 (MSSA, MRSA) はカバー 抗 MRSA 薬をエンピリックに使用する その他 グラム陰性桿菌やカンジダも考慮

Case 2 65 歳男性 肺炎で入院 5 日目の患者 全身状態が軽快してきたが 入院時の尿培養から MRSA が検出された 治療対象としたほうが良いか? 尿中のMRSAは ほとんどが定着であり 治療対象とならない ただし MRSAの菌血症で 菌量が多い場合に尿中に菌が検出されることがある 必要に応じて 血液培養で評価を行う

何を治療するべきか? MRSA を治療するのではなく MRSA 感染症を治療する だから MRSA が定着か? 感染か? の見極めが重要 そのためには MRSA が 起こしやすい感染症と起こしにくい感染症を知っておく

MRSA が原因となる感染症 皮膚や鼻腔などの粘膜に定着皮膚に破綻が生じると体内に入ってくる よくある感染症 皮膚軟部組織感染症 カテーテル関連血流感染 CRBSI 感染性心内膜炎 IE(infective endocarditis) 腸腰筋膿瘍 骨髄炎 化膿性椎体炎 関節炎 稀な感染症 肺炎 : ブドウ球菌性の肺炎は少ない 腸炎 : 尿路感染症 :

抗 MRSA 薬の種類 グリコペプチド系抗菌薬バンコマイシン (VCM): バンコマイシンテイコプラニン (TEIC): タゴシッド アミノグリコシド系抗菌薬アルベカシン (ABK): ハベカシン オキサゾリジノン系抗菌薬リネゾリド (LZD): ザイボックス リポペプチド系抗菌薬ダプトマイシン (DAP): キュビシン

抗 MRSA 薬の作用機序 環状リポペプチド系抗菌薬ダプトマイシン (DAP) 1 Ca2+ 濃度依存性の細胞膜への結合 / 浸透 2 DAP のオリゴマー形成 ( ミセル化 ) 3 膜電位の脱分極, 細胞からの K イオンの流出 細胞膜 核 DNA 細胞壁細胞質 30S タンパク質合成阻害薬 アミノグリコシド系抗菌薬アルベカシン (ABK) mrna 50S リボソーム アミノ酸 タンパク質合成阻害薬 オキサゾリジノン系抗菌薬リネゾリド (LZD) D Ala D Ala 細胞壁前駆体側鎖 細胞壁合成阻害薬 グリコペプチド系抗菌薬バンコマイシン (VCM) テイコプラニン (TEIC)

バンコマイシン (VCM) 殺菌的に作用する抗 MRSA 薬グラム陰性桿菌 (GNR) には無効 ( 分子量が大きく GNRの外膜を通過できないため ) 各臓器への移行あり ( 髄液へも移行する ) 投与量 :15-20mg/kg/ 回 8-12 時間毎 投与には1 時間以上かける急速投与した場合にはレッドマン症候群をおこす

バンコマイシン (VCM) 臨床効果 (S. aureus に対して ) AUC/MIC 400 で優れた臨床効果 重症例 ( 菌血症, 感染性心内膜炎など ) に対しては トラフ濃度 15-20mg/mL を目標とする 有害事象に関連して 有害事象等を考慮すると トラフ濃度として 20mg/mL 以下が推奨されている トラフ測定は 血中濃度が安定する 4,5 回目直前

最近 バンコマイシンに対する MIC 2μg/mL の MRSA が増加 何が問題か? MIC 2μg/mL の MRSA では バンコマイシンでの治療で失敗例も MRSA の薬剤感受性 薬剤名 MIC 判定 MPIPC >2 R R R ABK 2 S EM >4 R CLDM >2 R MINO >8 R TEIC <2 S VCM 2 S LVFX >4 R ST <1 S

Serum conc. (mg/ml) MIC の変動による VCM の治療効果 25 Peak = 25 MIC = 1 mg/ml の場合 AUC 24 /MIC = 420 > 400 MIC = 2 mg/ml の場合 AUC 24 /MIC = 210 < 400 10 Trough = 10 12 24 Time (h) Schentag JJ.: Crit. Care Med., 29(Suppl.): N100 N107, 2001

Serum conc. (mg/ml) MIC の変動による VCM の治療効果 50 Peak = 40 Peak = 50 MIC = 2 mg/ml の場合 AUC 24 /MIC = 330 < 400 AUC 24 /MIC = 420 > 400 20 Trough = 20 15 Trough = 15 10 12 24 Time (h) Schentag JJ.: Crit. Care Med., 29(Suppl.): N100 N107, 2001

テイコプラニン (TEIC) 殺菌的に作用する抗 MRSA 薬 心臓 肺組織 骨への移行が良好である とくに筋肉など皮下組織への移行は良好ただし髄液への移行は良くない 副反応 : 肝障害 注意事項 有効濃度への到達が遅いので ローディングが必要 低用量で有効濃度を確保することは不可能

テイコプラニン (TEIC) 例えば 60 歳男性, 55kg, Ccr 75mL/min の人に 初日投与量 :200mg 2 維持投与量 :200mg/day 初日投与量 :400mg 2 維持投与量 :400mg/day 数日間は 有効血中濃度に入らないため 重篤な患者のエンピリック治療としては使用しづらい

アルベカシン (ABK) アミノグリコシド (AG) 系の殺菌的な抗 MRSA 薬 もともと AG 系はグラム陰性桿菌にのみ有効 胸水 腹水 心嚢液 滑膜液への移行は良好 髄液 皮下組織 骨への移行は良くない 1 日 1 回投与 副作用 : 腎障害, 耳障害など 血中濃度測定が必要 効果は濃度依存性 :Cmax/MIC

静菌的な抗 MRSA 薬 リネゾリド (LZD) 投与量 :600mg/ 回 12 時間毎 髄液, 筋肉などの皮下組織, 骨, 肺への移行が良好 副作用 骨髄抑制 ( おもに血小板減少 ) 適応は? 14 日を越えて投与される例 腎機能障害患者ではとくに注意 末梢神経障害 整形外科領域, 他領域で VCM で失敗例や難治例 VCM のトラフが上昇しづらい症例など

ダプトマイシン (DAP) 環状リポペプチド系の抗菌薬 1 日 1 回投与 ( 濃度依存性 ) 呼吸器感染には使用できない ( 肺胞のサーファクタントで不活化されるため ) 副作用 : 筋骨格系の障害 (CK(CPK) の上昇 ) 適応 : 敗血症 感染性心内膜炎 ( 右心系のみ ) 深在性皮膚感染症 外傷 熱傷及び手術創などの二次感染 びらん 潰瘍の二次感染 6mg/kg/ 回 4mg/kg/ 回

抗 MRSA 薬使用の流れ VCM 症例に応じて LZD 長期使用が必要な疾患 ST MINO CLDM なども選択肢 代替案アレルギー, 副作用 TEIC ABK

抗菌薬以外のアプローチも検討する 黄色ブドウ球菌は膿瘍をつくりやすい 切開 排膿 人工物に感染を起こした場合には 人工物の摘出

感染制御の面から 手指衛生の重要性 病院内では MRSA を保菌している人から 医療従事者の手を介して 別の人に移っていく MRSA 保菌者に対してだけでなく すべての患者の診察前後の手指衛生が重要である

Take Home Message MRSA ではなく MRSA 感染症を治療する MRSA が感染している臓器を意識する 抗 MRSA 薬は MRSA が想定される感染症に対する初期治療 MRSA 感染症に対する標的治療 MRSA 感染症に対する抗菌薬 第一選択薬は バンコマイシン バンコマイシンで治療困難例は リネゾリドなど