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(2) 全保障面でのアメリカの影響 近代化 といった多様な領域と現象が含まれる このような アメリカ化概念の多義性は アメリカが西ドイツ社会に与えた影響の多面性の反映として理解 できる 他方で これら複数のアメリカ化概念は アメリカ化研究で展開される方法論と問題 関心の違いに由来している したがって 西ドイツのアメリカ化を考察する際には アメリカ 化研究で展開されているアメリカ化概念の概念史的な検討という手続きがまず必要となるだろ う 本稿の目的は 多岐にわたるアメリカ化研究の個別事例を網羅的に概観することにはなく アメリカ化概念を構成する主な要素を把握することにある そのため まず戦後西ドイツ社会 を対象としたアメリカ化研究を 3 つの異なるアプローチに分類し そこで展開されているアメ リカ化概念について整理を試み 次に 近年のアメリカ化研究の動向を概観することで 最近 の研究におけるアメリカ化概念の変化と問題点を指摘したい 1 西ドイツの アメリカ化 をめぐる三つのアプローチ 西ドイツを対象としたアメリカ化研究は 方法論と問題関心の違いから (1) 西側統合過程としてのアメリカ化 (2) 近代化としてのアメリカ化 (3) 文化的アメリカ化という 3 つの主要なアメリカ化概念に分類できると思われる これら 3 つのアメリカ化概念には重なり合う部分も多いが 議論を整理する必要から大別して検討したい (1) 西側統合過程としてのアメリカ化戦後西ドイツを対象とするアメリカ化概念の特徴のひとつは それが西ドイツの政治的 安全保障上の西側統合過程を指す用語として使用されてきた点にある 西側統合過程としてのア メリカ化は早い時期から研究が進められてきた領域であり 研究の主要な問題関心はヨーロッ パ外交史の伝統的な主題である ドイツ問題 の解明にあった 1871 年の普仏戦争の勝利によるドイツ帝国の成立は 大陸ヨーロッパの中央に位置し西欧最大の人口を抱える新たな大国 ドイツの誕生を意味した 中欧の強国ドイツがどのような外交的 安全保障的位置を定めるのか それに対してヨーロッパ諸国がどのように対処するのかという ドイツ問題 は ヨーロッパの外交 安全保障上の国際秩序形成の決定要因であると同時に不安定化の原因でありつづけた 第二次世界大戦後 ドイツが米英仏ソ四カ国によって分割占領されたのちも ドイツ問題 (3) (2) アメリカ化概念の多義性と歴史学的な分析概念としての曖昧さの問題については Axel Schildt, Sind die Westdeutschen amerikanisiert worden? Zur zeitgeschichtlichen Erforschung kulturellen Transfer und seiner gesellschaftlichen Folgen nach dem Zweiten Weltkrieg in: Aus Politik und Zeitgeschichte Bd. 50, 2000 他 多くの研究者によって指摘されている (3) R. Moeller, Introduction: Writing the History of West Germany in: R. Moeller (ed.), West Germany under Construction. Politics, Society, and Culture in the Adenauer Era, The University of Michigan Press, 1997, pp.3-5. 58 パブリック ヒストリー

がただちに解消されたわけではない ドイツの賠償問題をめぐり米ソの対立が強まるなか 1947 年初頭に米 英 仏管理地区とソ連管理地区とが事実上東西に分離する 1948 年 6 月の西側占領地域での通貨改革を経て 1949 年に東西ドイツが分断国家として建国されたのちも 1954 年 10 月 23 日にパリ協定の調印によって西ドイツの再軍備と NATO への加盟が認められるまでの期間は ドイツをめぐる国際情勢はなお流動的であった 以上のような西ドイツの西側への経済 外交 安全保障政策上での統合において 主導的な役割を果たしたのはアメリカであった そのため西側統合過程は 多くの場合 アメリカ化という概念で総称され説明されてきたのである また 西欧統合過程を研究対象とする アメリカ化 研究は 研究対象となる時期としては 西ドイツの創業期 (1945-49 年 ) から 1950 年代半ばまでの戦後初期に集中してきた 外交史的な問題関心と戦後初期への研究対象となる時期の集中は 西ドイツのアメリカ化の 諸相のうち とりわけ東ドイツの ソヴィエト化 と対照される西ドイツの西側システムへの (4) 移行という面の強調へとつながる したがって この文脈におけるアメリカ化は 西ドイツの 外交 安全保障上での西側への統合過程を中心に 自由主義的民主政体の安定 アメリカ占領地区で実施された文化政策から大量消費文化のモデルとしての アメリカン ウェイ オブ ライフ の受容までを意味する西側システムを指す包括的な概念として使用される傾向が強い このような西ドイツの政治 経済 文化の総体的な西側システムへの移行という意味でのアメリカ化概念のカテゴリーに属するものとして ほかに 西洋化 (Verwestlichung, Westernisierung) 概念を挙げることができる 1967 年 評論家クラウス メーネルトは ベスト セラーとなった著書 ドイツの位置 のなかで 西洋化 = アメリカ化 = 近代化 と (5) いう定式化をおこなった メーネルトは アメリカ化 を 大量生産と大量消費に特徴づけら れた 技術時代の特性をもつ近代化と見做すことが可能である と述べ 西ドイツの アメリ カ化 を ドイツ人は 意識的にか無意識的にか 近代 を受け入れたのである 近代化にと もなうすべての帰結とともに しかし ( ドイツの伝統的な ) 反西洋的な基本姿勢は放棄して と 近代化と西洋化と等置した アメリカ化 を 西洋化 と同一視するこの種の議論は 西ド イツでは 1960 年代以降 一般的に使用されるようになってゆく これらの西欧統合過程としてのアメリカ化の議論では 政治的 安全保障政策上のアメリカの影響が強調されるため アメリカ化 と 西洋化 とは同一視されがちになる その結果 西欧統合過程における西ヨーロッパ諸国間の相互関係やそれぞれのアメリカの影響への対応の違いを問題とする比較史的な視点は 考察の際に軽視されがちであった また アメリカの文 (7) (6) (4) ソヴィエト化 を アメリカ化 の対概念として把握する研究としては Konrad Jarausch und Hannes Siegrist (Hg.), Amerikanisierung und Sovietisierung in Deutschland 1945-1970, Frankfurt am Main und New York, 1997, S.11-46. (5) Klaus Mehnert, Der deutsche Standort, Stuttgart, 1967, S.236. (6) Ebd., S.239. (7) Axel Schildt, Moderne Zeiten. Freizeit, Massenmedien und»zeitgeist«in der Bundesrepublik der 50er Jahre, Hamburg, 1995, S. 399. 59

化の影響力の浸透 = 文化的アメリカ化を 政治 経済の領域におけるアメリカ化に半ば付随する現象として把握しがちであった アメリカ化と西側統合過程 そして 西洋化 との同一視を可能にした背景には 冷戦による東西対立のなかで アメリカと西ヨーロッパ諸国が西側として政治的 文化的 経済的な価値観を共有する状況が存在していたのである しかしながら 政治的な西欧統合の推進と文化的なアメリカの影響力の浸透とは 必ずしも相補的な関係にはない 西ドイツの西側統合を推進したキリスト教民主同盟を中心とする 1950 年代の西独政界が アメリカの文化的影響力に対しては伝統的なドイツ教養市民層の文 (8) 化批判の立場から批判的であったように アメリカ文化の消費 受容という日常的な体験と 西欧統合というハイポリティクスの領域でのできごとは自ずと次元が異なる現象であり そこに直接的な影響関係を想定することは説得的ではない この点で A シルトが提案するように 外交 安全保障政策上の西欧統合を その他の領域で用いられるアメリカ化概念と区別して論じることは アメリカ化概念の明確化の点で生産的であろう (2) 近代化としてのアメリカ化概念西ドイツのアメリカ化研究の第二の解釈枠は 近代化とアメリカ化を結びつけて論じようとする議論である 近代化にともなう諸現象をアメリカ化という概念で分析しようとする議論の起源は第二帝政期にまで溯ることができる 1902 年 イギリスの批評家ウィリアム T ステッドの著作 世界のアメリカ化 のドイツ語への翻訳を契機として ドイツ社会のアメリカ化 という主題 がドイツの論壇の中で また学問的な分析の対象として議論され始めた ドイツにおける ア メリカ化 (Amerikanisirung) 概念の登場は このステッドの著作をもって嚆矢とする アメリカ化 概念以前にも ドイツ語にはアメリカに対する愛着を表現する語として アメリカニズム (Amerikanismus) という概念が存在していた 当初 アメリカニズム は アメリカ大陸に特有な英語の一方言を意味する語であった アメリカニズム が英語の一方言という意味を超えて ヨーロッパと対比される新しい世界として例外性という性格を付与されるのは 18 世紀の啓蒙主義時代の知識人の議論を通じてである かれらにとって とりわけア メリカ革命は 疲弊したヨーロッパの旧体制と対比される人類史の革新の可能性として映った (10) のである このような アメリカニズム は 同時代のドイツにおいても認められる アメリカよ われわれの古い大陸より 汝はより良きものを所有している 汝の内面を損なうものはなく この躍動する時代にあって 無用の記憶をもたず 無益な争いもない と 1827 年にゲーテ (9) (8) Vgl. Axel Schildt, Zwischen Abendland und Amerika. Studien zur westdeutschen Ideenlandschaft der 50er Jahre, München, 1999. (9) William Thomas Stead, Die Amerikanisierung der Welt, Berlin, 1902. (10) 古矢旬 アメリカニズム その歴史的起源と展開 東京大学社会科学研究所編 20 世紀システム 1 構想と形成 東京大学出版会 1998 年 63-64 頁 60 パブリック ヒストリー

(11) は記し アメリカを賛美した ドイツ教養小説の正典となった ヴィルヘルム マイスター の遍歴時代 (1821-29 年 ) では 主人公のヴィルヘルムは遍歴の果てに 塔の結社のメンバー とともに旧世界の束縛を離れ 新しい共同体を建設するためにドイツを後にする かれらが旅 立つ先は アメリカであった 既に 17 世紀以降 アメリカへのドイツ人移民の入植や旅行記をつうじてアメリカはドイツ 人の想像上の地平に一定の位置を占めていた アメリカへ移り住んだドイツ人移民の数は 19 世紀をつうじて増加しつづけた 1683 年に 13 のドイツ人家族がアメリカへの入植を開始して 以来 ドイツ系移民は 最初の有力な非英語系移民として大きな民族集団を形成した 1820 年 1970 年の期間にアメリカへ移民したドイツ人の数は約 700 万人を数え 最盛期となった 1882 年には この年だけで 25 万人が大西洋を渡っている 新たな入植地としてのアメリカ 可能性に満ちた新世界としてのアメリカ像は 19 世紀をつうじて ドイツ人の アメリカニ ズム の基調となっていた このような 18 世紀以来の アメリカニズム と比較すると 19-20 世紀転換期に登場した アメリカ化 概念では より動態的なニュアンスが強調されている 世紀転換期のドイツに おけるアメリカ化をめぐる議論の盛行は ステッドの著作の翻訳がその契機となった事実が示 すように 同時代の西ヨーロッパに共通して見られた現象であった 世紀転換期のドイツにお けるアメリカ化の議論の契機となったのは 1893 年に開催されたシカゴ万国博覧会の成功と 何よりもテーラー システムに代表されるアメリカの新しい生産システムと工業力への驚きで あった 18 世紀から 19 世紀末までのアメリカは ヨーロッパに対比される漠然とした新しい世界で あり そこには アメリカ化 概念に見られるような近代化の投影先としてのアメリカ像は まだ明瞭な輪郭をもって現れてはいない これに対して アメリカ化 概念では この世界の どこか他の場所にドイツとは異なるアメリカという別世界が存在するのではない 世界そのも のが アメリカ化 し ドイツもまた アメリカ になるのである もっとも 近代化の投影 としてのアメリカ像は 肯定的な色彩のみによって描かれたわけではない 既に 19 世紀半ば より アメリカは物質主義的な 享楽的で精神性のない社会して ドイツの ヨーロッパの知 識人によって批判の対象となっていた 肯定的にせよ 否定的にせよ アメリカはドイツの未 来であり ドイツにおけるアメリカ イメージでは まったく別の 新世界としての アメ リカ像ではなく ますますドイツ自身の未来が問題となってゆく 世紀転換期以降 アメリ カ化をめぐる議論は ドイツ社会の近代化を問題とする言説と密接に絡まりながら展開するこ とになる (12) (13) (11) Johann Wolfgang v. Goethe, Zahme Xenien, Den Vereinigten Staaten, 1827. (12) Siegrid Westphal / Joachim Arendt, Uncle Sam und die Deutschen: 50 Jahre deutsch-amerikanische Partnerschaft in Politik, Wirtschaft und Alltagsleben, München, 1995, S.10-12. (13) Vgl. Ulrich Ott, Amerika ist anders. Studien zum Amerika-Bild in deutschen Reiseberichten des 20. Jahrhunderts, Frankfurt / M., 1991. Mary Nolan, Vision of Modernity: American Business and the Modernization of Germany, New York, 1994. 61

西ヨーロッパ諸国で アメリカ化 の影響が本格的に問われ始めるのは ヨーロッパとアメリカの政治的 軍事的覇権が決定的に変化する第一次世界大戦後のことである ワイマル時代のドイツでも 合理な生産モデルとしてのフォーディズムの導入 ジャズやハリウッド映画の受容 ドイツの大都市大衆文化のモデルとしてのアメリカ的な消費文化といったアメリカ化の新たな局面をめぐる議論が盛んに行われた ワイマル時代には 上記のようなアメリカ化は実態としては部分的にしか進展しなかった 1920 年代半ばから 29 年までの短い安定期の経済回復にうながされて ベルリンを中心とする大都市では新しい大衆消費文化がひろがりはじめたが 同時代のアメリカの生産 消費水準との間には圧倒的な格差が存在していたからである しかし 萌芽的なかたちであれ ワイマル時代のアメリカ化は ドイツのアメリカ化の過程で 重要な画期となった ワイマル時代に始まるさまざまな領域でのアメリカの影響とその受容は ナチズムという大きな政治体制の断絶にもかかわらず 第二次世界大戦後の西ドイツ社会にま (14) で至る連続性が認められるからである 第三帝国期のドイツ社会においても ナチズムの民族主義的なイデオロギーと反自由主義的な政治体制にもかかわらず アメリカ化は全面的に禁止の対象となったわけではない 第三帝国ではアメリカ化は選択的に受容され いくつかの領域では加速さえした アメリカのジャズ音楽が 退廃音楽 の烙印を捺され 排斥の対象となる一方で ウォルト ディズニーをはじめとするハリウッド映画やコカ コーラなどのアメリカの文化商品は流通していた また フォーディズムやテーラー システムは 特にシュペーア時代の戦時経済体制では 生産の合理化のモデルとして参照されたのである 政治 経済 文化の広範な領域でアメリカ化を体験した第二次世界大戦後の西ドイツ社会においても 近代化としてのアメリカ化を問題とする伝統的な文化批判は 長らく影響力をもちつづけた 1950 年代の西ドイツの論壇では 文化悲観主義とよばれる近代批判 大衆社会批 判が盛んに論じられたが そのような思潮のなかアメリカ化を近代化の否定的な帰結と結びつ ける伝統的な文化批判の言説は影響力を保持していた 一方 西ドイツの戦後期に近代化としてのアメリカ化概念に新しい規範を提供したのは近代化理論であった 1950 年代から 60 年代にかけて タルコット パーソンズをはじめとするアメリカの社会科学理論は近代化 = 工業化 = 合理化の命題に取り組んだが 近代化の最終的な段階として 同時代のアメリカ社会が想定されていた 近代化の準拠枠としてのアメリカは イギリスと並ぶ 近代化 のふたつの規範的モデルとして 西ドイツの社会学理論にも大きな影響を与えた このような近代化理論に依拠する近代化概念では 経済成長 自由主義的民主主義体制の安定 教育水準の高度化といった異なる制度領域の相互依存的な発展が前提とされていたため 第三帝国崩壊に至るまでのドイツの近代化は ビーレフェルト学派に代表されるよ (15) (14) Alf Lüdtke, Inge Marßolek, Adelheid von Sandern (Hg.), Amerikanisierung. Traum und Alptraum im Deutschland des 20. Jahrhundert, Frankfurt / M., 1998, S.7. 及びデートレフ ポイカート ワイマル共和国 古典的近代の危機 ( 小野清美 田村栄子 原田一美訳 ) 名古屋大学出版会 1993 年 151-152 頁 (15) Axel Schildt, Sind die Westdeutschen amerikanisiert worden?, a.a.o, S.5. 62 パブリック ヒストリー

うに 正常な近代化過程からの逸脱として捉えられる傾向が有力になった そして 戦後西ドイツ史研究の解釈としては 西ドイツ社会を 1945 年以前の歪んだ近代化過程によって温存さ れたドイツ特有の社会構造から解放され 正常な西ヨーロッパ諸国やアメリカ型の近代国家と して再出発したと理解する 新たな出発 論ともいうべき枠組みを提供することになった (16) (3) 文化的アメリカ化 概念 19 世紀後半以降 フランスをはじめとする西ヨーロッパ諸国が国家として組織的に対外的な文化政策を展開してきたのに対し アメリカ合衆国は伝統的に組織的な文化輸出に対する関 心は希薄であった この背景には 文化を基本的に個人の領域の娯楽と見做し 公的な政策と して文化政策に予算を計上することを躊躇するアメリカの伝統的な文化観の存在があった アメリカ合衆国が組織的な対外的文化政策を開始するのは 第二次世界大戦後のことである 第二次世界大戦後のドイツでは アメリカ占領地区での非ナチ化政策や再教育 再指針プログラムといった民主化政策の施行をつうじて またアメリカハウスなどアメリカ文化の紹介を目的とした文化施設での広報活動つうじて ドイツ人を対象とした多様な文化政策が展開されていた 東西冷戦が確定的になった 1950 年代には 東側との宣伝競争が激化した結果 アメリカの対外的な文化政策の規模が拡大する 同時に 旧植民地諸国の独立があいつぐなかで これら新興の独立国の 開発 をどのように行うのかという問題が アメリカの社会科学理論の新たな問題となる そのような状況のなかで 近代化理論に基づく開発コミュニケーション論が 1950 年代から 60 年代のアメリカの対外的な文化政策の重要なコンセプトとなった ダニエル ラーナーやウィルバー シュラムらによって展開された開発コミュニケーション論は 発展途上国の経済的発展 政治的民主化という 近代化 の過程において 識字率の向上やマスコミュニケーションの拡大を促進する文化政策の重要性を指摘した 開発途上国の伝統的価値観は 権威主義的な政治体制から民主主義体制への移行と経済的発展を阻害する文化的な障害であり マスメディアの発達によるコミュニケーションの拡大は そうした伝統的な価値観を変容させる重要な役割を果たすとの見解を示した 開発コミュニケーション論では アメリカの文化産業によって伝達されるアメリカの文化商品やアメリカ的な価値観は 伝統的 な価値観に代わるものとして肯定的に捉えられていた 開発コミュニケーション論に対する批判的なパラダイムとして 1960 年代末以降台頭してきたのが文化帝国主義論である メディア研究の分野で 文化帝国主義論的な研究パラダイム (18) (17) (16) 拙稿 戦後西ドイツ史研究における 1950 年代論 近代化 をめぐる近年の研究動向を中心に 待兼山論叢 ( 史学篇 ) 第 36 号 2002 年 52-54 頁参照 (17) Jessica C. E. Gienow-Hecht, Shame on US? Academics, Cultural Transfer, and the Cold War: A Critical Review, Diplomatic History 24-3, 2000, pp. 466ff. (18) ダニエル ラーナー 近代化に関するコミュニケーション理論をめざして 考察の枠組 L パイ編著 マスメディアと国家の近代化 (NHK 放送学研究室訳 ) 日本放送協会 1967 年 328 頁 ウィルバー シュラム コミュニケーションの発展と社会開発 前掲書 1967 年 75-76 頁 63

をはじめて提示したのは アメリカ人研究者のハーバート シラーであった かれはアメリカの世界規模での経済的な覇権の確立は 経済的な要因のみによって達成されたのではなく それを支える文化的な裏づけがあるとし アメリカの文化産業 とりわけ多国籍企業のメディア 産業を アメリカ的な価値観やアメリカ的な生活様式への欲望を浸透させる中心的な役割を果 たし アメリカの対外的な文化支配の道具として機能しているとして批判した 近代化理論に依拠する開発コミュニケーション論と文化帝国主義論は 文化的アメリカ化研 究の二大解釈枠として 1980 年代に至るまで 西ドイツの文化的アメリカ化の傾向を規定す (20) ることになった 開発コミュニケーション論と文化帝国主義論は アメリカ化 = 近代化 の帰結に対する評価の点では対照的であったものの 文化に政治 経済システムを機能させるイデオロギー的な機能を見出す点で一致していた そこでは文化的な領域でのアメリカ化は 政治 経済的な領域でのアメリカ化と同時的に起る現象として捉えられていたといえる このようなアメリカの文化的影響力に対する理解は 西ドイツの 文化的アメリカ化 を分析対象とした研究ばかりでなく 西欧統合過程としてのアメリカ化概念や 近代化概念としてのアメリカ化概念も多かれ少なかれ前提としていたのである (19) 2 1990 年代以降のアメリカ化研究の動向 1980 年代末の東欧諸国の民主化に始まり ベルリンの壁崩壊と東西ドイツの再統一 ソヴィエト連邦の崩壊へと至った冷戦の終結は アメリカ化研究の動向にも変化をもたらした 1 章で概観したように 西ドイツのアメリカ化をめぐる議論の問題関心のいくつかは冷戦という同時代の政治的状況を反映して成立していたからである また 冷戦の終結によって 東西ドイツの戦後期はまとまりをもったひとつの時代としてドイツ現代史のより長い期間のなかで考察することも可能になった 1990 年代のアメリカ化研究に変化をもたらした研究史上の背景としては 1980 年代初頭以来進められたきた (1) アメリカ化研究の実証化 多様化 細分化という潮流と (2)1950 年代論を中心とする戦後史研究の研究領域 対象の拡大が考えられる (1) 1980 年代以降のアメリカ化研究の潮流 1980 年代以降のアメリカ化研究の新たな潮流は まず 実証的な事例研究の本格化によって開始された 80 年代の実証的なアメリカ化研究の端緒となったのは フォルカー ベルクハーンによる 西ドイツのドイツ企業を対象とした経済史 経営史研究である ベルクハーンは アメリカ型の生産 労使モデルの具体的な受容過程を検討することで アメリカ モデルの一 (19) Herbert Schiller, Mass Communications and American Empire, Westview Press, 1969. (20) 近代化理論に依拠する西ドイツのアメリカ化研究の例としては P. Duignan and L.H.Gann, The Birth of the West. The Americanization of the Democratic World 1945-1958, Cambridge, 1992. が挙げられる 文化帝国主義論的なアプローチとしては R. Willet, The Americanization of Germany 1945-1949, London, 1989. 64 パブリック ヒストリー

(21) 方的な受容という従来の定説の修正を試みた 1990 年代には 西ドイツのアメリカ化を扱っ た論集があいついで公刊され 政治史 経済史 文化史のそれぞれの領域で 従来 アメリカ化 として一括して扱われてきた現象を再検討する動きが活発になる このような実証研究の増加 は より具体的で多様な現象を扱う必要からアメリカ化概念の細分化を促進することになった 次に 1980 年代末から 1990 年代初頭の ナチズムと近代化 という論題をめぐる議論の活 性化の中で 第三帝国のアメリカニズムが再発見されたこともアメリカ化概念の再考をうなが したと考えられる 第三帝国の近代化を問題とした議論は 公式のイデオロギーとしての民族 共同体の称揚や反近代的な政治思想とは相反する形で ナチズム体制下で持続し加速さえした 近代化の進展を分析の対象とし とりわけ労働 余暇政策や職業教育事業といった社会政策の (22) 評価をめぐっておこなわれた このような第三帝国像は 近代化論的アプローチが前提とし ていた政治的な領域での自由主義的民主主義の確立と社会的な領域での近代化との一致という 想定に疑問を投げかけると同時に 従来のアメリカ化研究が暗黙のうちに前提としていた ア メリカ化 と 近代化 近代性 との同一視にも再考を迫ることになった その結果 政治 文化 経済という個別の制度領域ごとで異なるアメリカ化の多様性に対する関心が増すととも に アメリカ化 を政治 文化 経済の諸領域を包摂する総体的なシステムへの移行として 論じる 近代化理論や文化帝国主義論のような巨視的なアメリカ化概念の有効性は 結果とし て相対化されることになったのである アメリカ化概念の再考は とりわけ 文化的アメリカ化 を対象とする研究動向の変化に顕 著に表れている 1990 年代以降の研究では アメリカの文化的な影響を論じる際に アメリ カ化のインパクトの分析よりも 個別のアメリカの文化商品 消費財がどのように受容される のかという具体的なプロセスの分析により注意が向けられる傾向が強い 最近のアメリカの 文化的影響力を扱う研究では 近代化 や 文化帝国主義 概念に代わって 文化移転 文 化変容 といった より政治的に中立的で経験的な分析概念を使用する傾向が顕著である このような近年のアメリカ化研究の研究動向の変化には 英米圏のカルチュラル スタディー ズの問題意識と手法の導入が与えた影響は無視できない 政治 経済に対する文化的領域の相 対的な自立性の認識 世代 ジェンダーといった新たな観点の導入は 従来の取り上げられる ことがほとんどなかった西ドイツの消費文化 青少年のサブカルチャー研究などの領域に関す る研究を増加させることになった (23) (2) 戦後史研究の研究領域 対象の拡大 西ドイツの戦後史を対象とする歴史研究の進展も アメリカ化研究の対象の拡大に影響を与 (21) Volker R. Berghahn, Unternehmer und Politik in der Bundesrepublik, Frankfurt/M. 1985; ders., The Americanization of West German Industry, 1945-1973, New York: Cambridge University Press, 1986. (22) ミヒャエル プリンツ ナチズムと近代化 ードイツにおける最近の討論 山之内靖 ヴィクター コンシュマン 成田龍一編著 総力戦と近代化 柏書房 1995 年 57-78 頁 (23) U.Poiger, COMMENTARY, Beyond Modernization and Colonization, Diplomatic History, 23-1, pp 48-49. 65

えた 1980 年代初頭 政治学者 H-P シュヴァルツによる アデナウアー時代共和国の創業期 1949-57 年 (1981 年 ) アデナウアー時代時代の変化 1957-63 年 (1983 年 ) の公刊以降 1950 年代の西ドイツ社会が歴史研究の対象となる シュヴァルツは それまで 復古 の時代として捉えられてきた 1950 年代を 都市化 大衆消費社会の成立 社会階層の変化など社 会史的な観点から考察し 特に 50 年代後半を広範な社会変化が起った 刺激に満ちた近代化 (24) の時代として再評価することを提唱した シュヴァルツの研究を端緒として開始された 1950 年代論を中心とする社会史研究の展開は 西ドイツの戦後史研究において支配的であった近代化論とマルクス主義的解釈の双方のパラダイムから距離をとり より経験的なレベルでの 近代化 の諸相の解明を目指していた このような戦後史研究の潮流の変化は 時期的には戦後初期である占領期に 主題的には西欧統合過程に集中してきたアメリカ化研究の関心をも拡大させた 例えば 1990 年代以降の研究では 50 年代の日常生活や消費文化における アメリカ化 の実態面 世論調査やマスメディアに表れるアメリカ像の変化といった新しい領域を研究対象として取り上げられた また 1950 年代が本格的に歴史研究の対象となるにつれて 占領期に実施されたアメリカ化の限定的な受容という実態が明らかになった 例えば 占領期に行われた教育政策や青少年政策の領域でのアメリカ化は 1950 年代初頭には転換され影響力を失っていたのである 戦後期のアメリカ化研究の進展は ワイマル時代 第三帝国期のアメリカ化との比較 連続性を問題とする より長期のアメリカ化の位置づけをも可能にした それによって 圧倒的なアメリカ化の時代として描かれてきた西ドイツのアメリカ化の影響は相対化されることになった また 従来ソヴィエト化という概念によって看過されてきた 東ドイツのアメリカ化の実 態についても 青少年へのアメリカ消費文化の影響を中心に 90 年代以降の研究では検討さ (25) れるようになりつつある これまで概観してきたように 1990 年代以降のアメリカ化研究の展開は ドイツ現代史の複数の研究動向の変化の結果として起こったと考えられるが なかでもアメリカ化と 近代化 の関係性を再考する議論は大きな影響を与えてきた 第三帝国におけるアメリカニズムの再発見にせよ 文化的アメリカ化概念の変化にせよ その背景には 近代化 概念の再検討という潮流が存在していたからである 政治 文化 経済のそれぞれの領域での 近代化 そして アメリカ化 の考察は 従来の近代化理論を前提としたアメリカ化理解を相対化し より具体的なアメリカ化の諸相を明らかにしてきた 現在のアメリカ化研究は 西欧統合過程としてのアメリカを論じるにせよ 近代化としてのアメリカや文化的アメリカ化を扱うにせよ はるかにニュアンスに富んだ西ドイツのアメリカ化の諸相を提示しているといえるだろう しかしながら 現在のアメリカ化研究にはなお問題と課題がある 最後に アメリカ化研究 (24) H-P. Schwarz, Die Ära Adenauer. Gründerjahre der Republik 1949-1957, Stuttgart/Wiesbaden, 1981, Bd.1, S.375-464. (25) Ute. G. Poiger, Jass, Rock and Rebels. Cold War Politics and American Culture in a Devided Germany, Berkley, Los Angels, London 2000. 邦文文献では 木戸衛一 ドル帝国 インディアン映画 国産コーラ 東ドイツにおけるアメリカ像 歴史学研究会編 20 世紀のアメリカ体験 青木書店 2001 年 35-66 頁 66 パブリック ヒストリー

の問題点を指摘し 今後のアメリカ化研究の方向性を展望して終りたい 戦後西ドイツのアメリカ化の歴史的な特性が何であったのかについて 改めて概念的な考察をおこなう必要があると考えられる アメリカ化研究の細分化や実証化が進むにつれて 個々のアメリカ化の実態や受容プロセスの解明は進んだが その反面 アメリカ化概念が何を意味するのかについては ますます曖昧になってきている 既に本稿の冒頭で指摘したように アメリカ化概念は 歴史学的な分析概念としては 元来 多義的であり曖昧な性格をもっていた そのようなアメリカ化概念に価値規範的な意味を付与し 分析概念としての実質的な定義を与えていたのは 主として近代化理論に依拠する 近代化 の雛形としてのアメリカ化理解であった 近代化理論がかつてのようなリアリティを失った現在 アメリカ化研究が個別領域の経験的な記述の集大成にとどまらないためには 何らかのかたちでアメリカ化概念を再定義する必要があるだろう 例えば 文化的アメリカ化研究の領域では グローバリゼーションのなかで新たに生じつつある 90 年代以降の文化変容を説明する際に 従来のアメリカ化概念とは区別して 文化的グローバリゼーション ハイブリッド化 グローカリゼーション といった概念の使用を提唱する論者が既に存在している 西ドイツの文化的アメリカ化は どのような点で文化的グローバリゼーションと異なるのか アメリカ化を特徴づける本質的な指標や特徴はどのようなものであったのか 西ドイツのアメリカ化の歴史的な特性をより明確に把握するためには 1990 年代以降のグローバリゼーションとの比較をつうじて アメリカ化概念の再検討する研究の方向性が考えられる また アメリカ化のより動態的な把握を目指すためには 数次にわたるドイツの アメリカ化 の比較 検討をおこなうことも必要とされるだろう 20 世紀のヨーロッパにおいてアメリカ化をめぐる議論が盛んにおこなわれた時期は 19-20 世紀転換期 1920 年代 1960 年代 1990 年代の四回を数える ドイツにおけるアメリカ化をめぐる議論も 時期によってアメリカ化の主要な問題とされる領域は それぞれの時代の関心を反映して異なっている 西ドイツのアメリカ化についても ドイツが体験した複数のアメリカ化体験との比較をつうじて ドイツ人にとって アメリカ化 とは何を意味したのかを再考する手がかりとなるだろう 67