1行目

Similar documents
論文題目  腸管分化に関わるmiRNAの探索とその発現制御解析

Microsoft Word - 研究報告書(崇城大-岡).doc

図 B 細胞受容体を介した NF-κB 活性化モデル

論文の内容の要旨

受精に関わる精子融合因子 IZUMO1 と卵子受容体 JUNO の認識機構を解明 1. 発表者 : 大戸梅治 ( 東京大学大学院薬学系研究科准教授 ) 石田英子 ( 東京大学大学院薬学系研究科特任研究員 ) 清水敏之 ( 東京大学大学院薬学系研究科教授 ) 井上直和 ( 福島県立医科大学医学部附属生

Untitled

<4D F736F F D F D F095AA89F082CC82B582AD82DD202E646F63>

Microsoft PowerPoint - 雑誌会 pptx

Microsoft PowerPoint - DNA1.ppt [互換モード]

Untitled

報道発表資料 2006 年 4 月 13 日 独立行政法人理化学研究所 抗ウイルス免疫発動機構の解明 - 免疫 アレルギー制御のための新たな標的分子を発見 - ポイント 異物センサー TLR のシグナル伝達機構を解析 インターフェロン産生に必須な分子 IKK アルファ を発見 免疫 アレルギーの有効

大学院博士課程共通科目ベーシックプログラム

生物時計の安定性の秘密を解明

( 図 ) IP3 と IRBIT( アービット ) が IP3 受容体に競合して結合する様子

PRESS RELEASE (2013/9/12) 北海道大学総務企画部広報課 札幌市北区北 8 条西 5 丁目 TEL FAX URL:

Microsoft Word - PRESS_

るが AML 細胞における Notch シグナルの正確な役割はまだわかっていない mtor シグナル伝達系も白血病細胞の増殖に関与しており Palomero らのグループが Notch と mtor のクロストークについて報告している その報告によると 活性型 Notch が HES1 の発現を誘導

研究の背景と経緯 植物は 葉緑素で吸収した太陽光エネルギーを使って水から電子を奪い それを光合成に 用いている この反応の副産物として酸素が発生する しかし 光合成が地球上に誕生した 初期の段階では 水よりも電子を奪いやすい硫化水素 H2S がその電子源だったと考えられ ている 図1 現在も硫化水素

創薬に繋がる V-ATPase の構造 機能の解明 Towards structure-based design of novel inhibitors for V-ATPase 京都大学医学研究科 / 理化学研究所 SSBC 村田武士 < 要旨 > V-ATPase は 真核生物の空胞系膜に存在す

PowerPoint プレゼンテーション

平成 30 年 8 月 17 日 報道機関各位 東京工業大学広報 社会連携本部長 佐藤勲 オイル生産性が飛躍的に向上したスーパー藻類を作出 - バイオ燃料生産における最大の壁を打破 - 要点 藻類のオイル生産性向上を阻害していた課題を解決 オイル生産と細胞増殖を両立しながらオイル生産性を飛躍的に向上

KASEAA 52(1) (2014)

Microsoft PowerPoint マクロ生物学9

Microsoft Word - 【広報課確認】 _プレス原稿(最終版)_東大医科研 河岡先生_miClear

PowerPoint プレゼンテーション

世界初! 細胞内の線維を切るハサミの機構を解明 この度 名古屋大学大学院理学研究科の成田哲博准教授らの研究グループは 大阪大学 東海学院大学 豊田理化学研究所との共同研究で 細胞内で最もメジャーな線維であるアクチン線維を切断 分解する機構をクライオ電子顕微鏡法注 1) による構造解析によって解明する

核内受容体遺伝子の分子生物学

医薬品タンパク質は 安全性の面からヒト型が常識です ではなぜ 肌につける化粧品用コラーゲンは ヒト型でなくても良いのでしょうか? アレルギーは皮膚から 最近の学説では 皮膚から侵入したアレルゲンが 食物アレルギー アトピー性皮膚炎 喘息 アレルギー性鼻炎などのアレルギー症状を引き起こすきっかけになる

Slide 1

第6回 糖新生とグリコーゲン分解

No. 1 Ⅰ. 緒言現在我国は超高齢社会を迎え それに伴い 高齢者の健康増進に関しては歯科医療も今後より重要な役割を担うことになる その中でも 部分欠損歯列の修復に伴う口腔内のメンテナンスがより一層必要となってきている しかし 高齢期は身体機能全般の変調を伴うことが多いため 口腔内環境の悪化を招く

1. 背景血小板上の受容体 CLEC-2 と ある種のがん細胞の表面に発現するタンパク質 ポドプラニン やマムシ毒 ロドサイチン が結合すると 血小板が活性化され 血液が凝固します ( 図 1) ポドプラニンは O- 結合型糖鎖が結合した糖タンパク質であり CLEC-2 受容体との結合にはその糖鎖が

60 秒でわかるプレスリリース 2007 年 1 月 18 日 独立行政法人理化学研究所 植物の形を自由に小さくする新しい酵素を発見 - 植物生長ホルモンの作用を止め ミニ植物を作る - 種無しブドウ と聞いて植物成長ホルモンの ジベレリン を思い浮かべるあなたは知識人といって良いでしょう このジベ

1. Caov-3 細胞株 A2780 細胞株においてシスプラチン単剤 シスプラチンとトポテカン併用添加での殺細胞効果を MTS assay を用い検討した 2. Caov-3 細胞株においてシスプラチンによって誘導される Akt の活性化に対し トポテカンが影響するか否かを調べるために シスプラチ

関係があると報告もされており 卵巣明細胞腺癌において PI3K 経路は非常に重要であると考えられる PI3K 経路が活性化すると mtor ならびに HIF-1αが活性化することが知られている HIF-1αは様々な癌種における薬理学的な標的の一つであるが 卵巣癌においても同様である そこで 本研究で

糖鎖の新しい機能を発見:補体系をコントロールして健康な脳神経を維持する

( 様式甲 5) 学位論文内容の要旨 論文提出者氏名 論文審査担当者 主査 教授 大道正英 髙橋優子 副査副査 教授教授 岡 田 仁 克 辻 求 副査 教授 瀧内比呂也 主論文題名 Versican G1 and G3 domains are upregulated and latent trans

の活性化が背景となるヒト悪性腫瘍の治療薬開発につながる 図4 研究である 研究内容 私たちは図3に示すようなyeast two hybrid 法を用いて AKT分子に結合する細胞内分子のスクリーニングを行った この結果 これまで機能の分からなかったプロトオンコジン TCL1がAKTと結合し多量体を形

スライド 1

く 細胞傷害活性の無い CD4 + ヘルパー T 細胞が必須と判明した 吉田らは 1988 年 C57BL/6 マウスが腹腔内に移植した BALB/c マウス由来の Meth A 腫瘍細胞 (CTL 耐性細胞株 ) を拒絶すること 1991 年 同種異系移植によって誘導されるマクロファージ (AIM

Microsoft Word - Gateway technology_J1.doc

博士学位論文審査報告書

PowerPoint プレゼンテーション

第6回 糖新生とグリコーゲン分解

Microsoft Word - FMB_Text(PCR) _ver3.doc

「組換えDNA技術応用食品及び添加物の安全性審査の手続」の一部改正について

脳組織傷害時におけるミクログリア形態変化および機能 Title変化に関する培養脳組織切片を用いた研究 ( Abstract_ 要旨 ) Author(s) 岡村, 敏行 Citation Kyoto University ( 京都大学 ) Issue Date URL http

平成14年度研究報告

みどりの葉緑体で新しいタンパク質合成の分子機構を発見ー遺伝子の中央から合成が始まるー

前立腺癌は男性特有の癌で 米国においては癌死亡者数の第 2 位 ( 約 20%) を占めてい ます 日本でも前立腺癌の罹患率 死亡者数は急激に上昇しており 現在は重篤な男性悪性腫瘍疾患の1つとなって図 1 います 図 1 初期段階の前立腺癌は男性ホルモン ( アンドロゲン ) に反応し増殖します そ

Microsoft PowerPoint - 4_河邊先生_改.ppt

京都府中小企業技術センター技報 37(2009) 新規有用微生物の探索に関する研究 浅田 *1 聡 *2 上野義栄 [ 要旨 ] 産業的に有用な微生物を得ることを目的に 発酵食品である漬物と酢から微生物の分離を行った 漬物から分離した菌については 乳酸菌 酵母 その他のグループに分類ができた また

抑制することが知られている 今回はヒト子宮内膜におけるコレステロール硫酸のプロテ アーゼ活性に対する効果を検討することとした コレステロール硫酸の着床期特異的な発現の機序を解明するために 合成酵素であるコ レステロール硫酸基転移酵素 (SULT2B1b) に着目した ヒト子宮内膜は排卵後 脱落膜 化

報道発表資料 2006 年 8 月 7 日 独立行政法人理化学研究所 国立大学法人大阪大学 栄養素 亜鉛 は免疫のシグナル - 免疫系の活性化に細胞内亜鉛濃度が関与 - ポイント 亜鉛が免疫応答を制御 亜鉛がシグナル伝達分子として作用する 免疫の新領域を開拓独立行政法人理化学研究所 ( 野依良治理事

報道発表資料 2007 年 8 月 1 日 独立行政法人理化学研究所 マイクロ RNA によるタンパク質合成阻害の仕組みを解明 - mrna の翻訳が抑制される過程を試験管内で再現することに成功 - ポイント マイクロ RNA が翻訳の開始段階を阻害 標的 mrna の尻尾 ポリ A テール を短縮

長期/島本1

「組換えDNA技術応用食品及び添加物の安全性審査の手続」の一部改正について

Quick guide_GeneArt Primer and Construct Design Tool_v1(Japanese)

遺伝子組み換えを使わない簡便な花粉管の遺伝子制御法の開発-育種や農業分野への応用に期待-

2017 年 2 月 6 日 アルビノ個体を用いて菌に寄生して生きるランではたらく遺伝子を明らかに ~ 光合成をやめた菌従属栄養植物の成り立ちを解明するための重要な手がかり ~ 研究の概要 神戸大学大学院理学研究科の末次健司特命講師 鳥取大学農学部の上中弘典准教授 三浦千裕研究員 千葉大学教育学部の

PRESS RELEASE (2012/9/27) 北海道大学総務企画部広報課 札幌市北区北 8 条西 5 丁目 TEL FAX URL:

2. 手法まず Cre 組換え酵素 ( ファージ 2 由来の遺伝子組換え酵素 ) を Emx1 という大脳皮質特異的な遺伝子のプロモーター 3 の制御下に発現させることのできる遺伝子操作マウス (Cre マウス ) を作製しました 詳細な解析により このマウスは 大脳皮質の興奮性神経特異的に 2 個

Hi-level 生物 II( 国公立二次私大対応 ) DNA 1.DNA の構造, 半保存的複製 1.DNA の構造, 半保存的複製 1.DNA の構造 ア.DNA の二重らせんモデル ( ワトソンとクリック,1953 年 ) 塩基 A: アデニン T: チミン G: グアニン C: シトシン U

Microsoft PowerPoint - 資料6-1_高橋委員(公開用修正).pptx

卵管の自然免疫による感染防御機能 Toll 様受容体 (TLR) は微生物成分を認識して サイトカインを発現させて自然免疫応答を誘導し また適応免疫応答にも寄与すると考えられています ニワトリでは TLR-1(type1 と 2) -2(type1 と 2) -3~ の 10

<4D F736F F D B82C982C282A282C482512E646F63>

平成 29 年度大学院博士前期課程入学試験問題 生物工学 I 基礎生物化学 生物化学工学から 1 科目選択ただし 内部受験生は生物化学工学を必ず選択すること 解答には 問題ごとに1 枚の解答用紙を使用しなさい 余った解答用紙にも受験番号を記載しなさい 試験終了時に回収します 受験番号

RN201610_cs5_fin2.indd

PRESS RELEASE (2014/2/6) 北海道大学総務企画部広報課 札幌市北区北 8 条西 5 丁目 TEL FAX URL:

図 1. 微小管 ( 赤線 ) は細胞分裂 伸長の方向を規定する本瀬准教授らは NIMA 関連キナーゼ 6 (NEK6) というタンパク質の機能を手がかりとして 微小管が整列するメカニズムを調べました NEK6 を欠損したシロイヌナズナ変異体では微小管が整列しないため 細胞と器官が異常な方向に伸長し

1-4. 免疫抗体染色 抗体とは何かリンパ球 (B 細胞 ) が作る物質 特定の ( タンパク質 ) 分子に結合する 体の中に侵入してきた病原菌や毒素に結合して 破壊したり 無毒化したりする作用を持っている 例 : 抗血清馬などに蛇毒を注射し 蛇毒に対する抗体を作らせたもの マムシなどの毒蛇にかまれ

スチック その他の化学物質を生産する化学工業ではなく 生命最強のツールである酵素を使って化学反応を触媒し さらには 新しい酵素を設計して作り出すことによって 物質生産を根本的に変えることができると考えていました 当時 世界的なバイオテクノロジーブームが盛り上がる中で アーノルド博士と同様のことを多く

PowerPoint プレゼンテーション

タンパク質の合成と 構造 機能 7 章 +24 頁 転写と翻訳リボソーム遺伝子の調節タンパク質の構造弱い結合とタンパク質の機能

報道発表資料 2002 年 10 月 10 日 独立行政法人理化学研究所 頭にだけ脳ができるように制御している遺伝子を世界で初めて発見 - 再生医療につながる重要な基礎研究成果として期待 - 理化学研究所 ( 小林俊一理事長 ) は プラナリアを用いて 全能性幹細胞 ( 万能細胞 ) が頭部以外で脳

DNA/RNA調製法 実験ガイド

大学院委員会について

共同研究チーム 個人情報につき 削除しております 1

多様なモノクロナル抗体分子を 迅速に作製するペプチドバーコード手法を確立 動物を使わずに試験管内で多様な抗体を調製することが可能に 概要 京都大学大学院農学研究科応用生命科学専攻 植田充美 教授 青木航 同助教 宮本佳奈 同修士課程学生 現 小野薬品工業株式会社 らの研究グループは ペプチドバーコー

2. PQQ を利用する酵素 AAS 脱水素酵素 クローニングした遺伝子からタンパク質の一次構造を推測したところ AAS 脱水素酵素の前半部分 (N 末端側 ) にはアミノ酸を捕捉するための構造があり 後半部分 (C 末端側 ) には PQQ 結合配列 が 7 つ連続して存在していました ( 図 3

細胞の構造

スライド 1

Untitled

様式 F-19 科学研究費助成事業 ( 学術研究助成基金助成金 ) 研究成果報告書 平成 25 年 5 月 15 日現在 機関番号 :32612 研究種目 : 若手研究 (B) 研究期間 :2011~2012 課題番号 : 研究課題名 ( 和文 ) プリオンタンパクの小胞輸送に関与す

Microsoft Word - 熊本大学プレスリリース_final

( 様式甲 5) 学位論文内容の要旨 論文提出者氏名 論文審査担当者 主査 教授 森脇真一 井上善博 副査副査 教授教授 東 治 人 上 田 晃 一 副査 教授 朝日通雄 主論文題名 Transgene number-dependent, gene expression rate-independe

上原記念生命科学財団研究報告集, 30 (2016)

遺伝子の近傍に別の遺伝子の発現制御領域 ( エンハンサーなど ) が移動してくることによって その遺伝子の発現様式を変化させるものです ( 図 2) 融合タンパク質は比較的容易に検出できるので 前者のような二つの遺伝子組み換えの例はこれまで数多く発見されてきたのに対して 後者の場合は 広範囲のゲノム

図 : と の花粉管の先端 の花粉管は伸長途中で破裂してしまう 研究の背景 被子植物は花粉を介した有性生殖を行います めしべの柱頭に受粉した花粉は 柱頭から水や養分を吸収し 花粉管という細長い管状の構造を発芽 伸長させます 花粉管は花柱を通過し 伝達組織内を伸長し 胚珠からの誘導を受けて胚珠へ到達し

Microsoft Word - 最終:【広報課】Dectin-2発表資料0519.doc

新規遺伝子ARIAによる血管新生調節機構の解明

A4パンフ

Microsoft Word - PR doc

病原性真菌 Candida albicans の バイオフィルム形成機序の解析および形成阻害薬の探索 Biofilm Form ation Mech anism s of P at hogenic Fungus Candida albicans and Screening of Biofilm In

細胞の構造

研究成果報告書

八村敏志 TCR が発現しない. 抗原の経口投与 DO11.1 TCR トランスジェニックマウスに経口免疫寛容を誘導するために 粗精製 OVA を mg/ml の濃度で溶解した水溶液を作製し 7 日間自由摂取させた また Foxp3 の発現を検討する実験では RAG / OVA3 3 マウスおよび

スライド 1

PRESS RELEASE 2015 年 9 月 24 日理化学研究所東京大学 電気で生きる微生物を初めて特定 微生物が持つ微小電力の利用戦略 要旨理化学研究所環境資源科学研究センター生体機能触媒研究チームの中村龍平チームリーダー 石居拓己研修生 ( 研究当時 ) 東京大学大学院工学系研究科の橋本和

< F2D B4C8ED294AD955C8E9197BF C>

Transcription:

北海道大学 大学院工学研究科 北海道大学 1991 年北海道大学工学部卒業 大学院工学研究科 1993 年同大学大学院工学研究科修士課程修了 生物機能高分子専攻 1993 年日本学術振興会特別研究員 DC1 准教授 1995 年北海道大学工学部助手 博士 ( 工学 ) 2002 年同大学大学院工学研究科助教授 田島健次 2007 年同大学大学院工学研究科准教授 写 真 棟方正信 現在に至る 姚閔 ( 北大院先端生命 ) セルロース合成酵素複合体の立体構造および機能の解析 はじめにセルロースは自然界に最も豊富に存在する高分子で 地球上での年間生産量は 1,000 億トンと言われており その量は穀物年間生産量の 50 倍におよぶ セルロースは 大気中の二酸化炭素を原料として 植物の光合成により生産されるグルコースがβ1,4 結合した直鎖状の高分子 ( 多糖 ) であり 非常に丈夫な材料である セルロースそのものは紙や衣類として またその誘導体は 増粘剤 フィルター 液晶パネルなど様々なところで利用されている また 最近では非食用のバイオマス資源として バイオエタノールの原料として注目されている セルロースのほとんどは植物によって合成されるが バクテリア 藻類 カビ 動物 ( ホヤ ) によっても合成されることが知られている この内 バクテリアによって合成されるセルロースは バクテリアセルロース (BC) と呼ばれ 植物由来のセルロースとは異なるユニークな構造と性質を有しており それらを利用した様々な材料への応用が検討 あるいは実用化されている また 植物を含めてセルロースの合成機構には不明な点が多く存在し セルロース合成機構解明のためのモデルとしても利用されている これまでに様々なバクテリアにセルロース合成関連遺伝子が存在していることが報告されているが 最も古くから研究されているのが酢酸菌である 酢酸菌は 絶対好気性 グラム陰性の桿菌で 天然においては果物の表面などに存在している 酢酸菌のセルロース合成酵素遺伝子は 1990 年に Wong らによって初めてクローニングされ 4 つの ORF (axcesa-d) を含むオペロンとして存在していた その後 1994 年にエンドグルカナーゼ (CMCax) 遺伝子 1997 年にβ-グルコシダーゼ遺伝子がそれぞれクローニングされ これらは何れもセルロース合成酵素遺伝子オペロンとクラスターを形成していることがわかった これまでに数株の酢酸菌においてセルロース合成関連遺伝子群がクローニングされているが 我々は Acetobacter xylinum(a.xylinum) ATCC23769 におけるセルロース合成関

連遺伝子群のクローニングを行なった まずセルロース合成酵素遺伝子の下流に位置する β-グルコシダーゼ (BglxA) 遺伝子を取得クローニングした A. xylinum ATCC23769 株についてはこれまでにセルロース合成酵素遺伝子オペロンの上流に位置する CMCax 遺伝子 CcpAx(ORF2) 遺伝子の塩基配列が報告されており Long-PCR によって図 1 のようなセルロース合成関連遺伝子クラスターを取得した この遺伝子群に含まれる 6 つの ORF について blastp プログラムを用いてアミノ酸レベルにおける相同性の比較を行なったところ いずれの ORF もこれまで報告されているセルロース合成関連酵素と高い相同性を有しており 特に A. xylinum ATCC53582 とはほぼ同一であることがわかった 図 1 酢酸菌におけるセルロース合成関連遺伝子クラスター セルロース (BC) グルコース GDH グルコン酸 グルカン鎖 UGP UDP-Glc G-1-P フラクトース (F) 酢酸菌にはフォスフォフラクトキナーセ (PFK) が存在しない PGM PGI FHK グルコース GHK G-6-P F-6-P FBP フラクトース PTS G6PD (NAD) G6PD (NADP) 1PFK F-D-P F-1-P グルコン酸 PGA EMP ヘ ントースリン酸化経路 TCA サイクル フォスフォトランスフェラーセ 系 GHK: グルコースヘキソキナーゼ ; PGM: フォスフォグルコムターゼ ; UGP:UDP- グルコースピロフォスフォリラーゼ ; PGI: フォスフォグルコースイソメラーゼ ; FHK: フラクトースヘキソキナーゼ ; G6PD:G6P デヒドロゲナーゼ ; FBP: フラクトースビスフォスファターゼ ; PGI: フォスフォグルコースイソメラーゼ ; 1PFK:1 フォスフォフラクトースキナーゼ 図 2 酢酸菌におけるセルロース合成経路 酢酸菌においてセルロースは 細胞の膜に存在する合成装置 ( セルロース合成酵素複合体 (TC)) によって合成され 数百本の分子鎖からなる 1 本の繊維として 菌体外に排出されている ( 図 3-BDE) 数十個 ~ 百個程度 TC が菌体の長軸に沿って直線的に配置して

おり ( 図 3-D) TC においてセルロース分子鎖が複数本合成され セルロースサブエレメンタリーフィブリル (SEF) として菌対外に排出される SEF は菌体外で自己集合してミクロフィブリルを形成し さらにそれらが集まってリボンを形成する ( 図 3-D) 1 本のセルロースリボンの太さは 50~100 nm であり 木材由来のパルプ繊維の 1000 分の 1 程度の太さである セルロース合成装置の全体構造は今のところ明らかにされていないが 数種類のタンパク質 (AxCeSA B C D) が複数集まっていると予想されている ( 図 3-E) セルロース合成における AxCeSA B C D の機能はそれぞれ AxCeSA: 触媒作用 AxCeSB: アクチベーター (c-di-gmp) の結合による活性の制御 AxCeSC: セルロース合成のための孔の形成 AxCeSD: サブエレメンタリーフィブリルの排出 結晶過程に関与 と推定されており AxCeSA-C については遺伝子欠損によってセルロース合成能の欠失 AxCeSD についてはかなりの減少が見られる セルロース合成酵素複合体推定構造 D 細胞の膜に存在する E セルロース合成酵素複合体 ( 直線的に配列 ) セルロースナノファイバー C B A 排出しながら移動 ( この場合 右 左 ) 太さ数十 nm セルロース合成菌 (1μm 5μm) 拡大写真 ナタデココ 図 3 酢酸菌におけるセルロース合成 セルロース合成における AxCeSC の機能 AxCeSC は酢酸菌のセルロース合成酵素複合体のサブユニットの一つであり 孔の形成に関与していることが推定されている しかし AxCeSC のセルロース合成における機能は明らかとなっていない そこで AxCeSCD 欠損株 (ΔCD) および相補株を調製し セルロース合成への影響について調べることにした 遺伝子欠損用のプラスミドを作製し エレクトロポレーションによって酢酸菌 ( 野生株 ) に導入した 抗生物質耐性を指標として 候補株を選択した 候補株における遺伝子の欠損に関して PCR および Western blotting ( 抗 AxCeSD 抗体を使用 ) によって確認した

野生株 AxCeSCD 欠損株 (ΔCD) 相補株における菌体量 セルロース合成量の比較を 行った 全ての株において菌体量には大きな差がみられなかった このことから 遺伝子の欠損 および相補が菌体増殖に影響を与えないことを確認した セルロース合成に関して 欠損株 (ΔCD(pTI99)) ではセルロースが全く合成されなかった ( 図 4) また 相補株 (ΔCD(pTCD)) ではセルロース合成が一部回復 AxCeSD のみを相補した株 (ΔCD(pTDK)) ではセルロース合成が全く回復しなかった これらの結果から AxCesC は酢酸菌のセルロース合成において必須であることが確認された セルロース収量 [mg] 15 10 5 0 Strain and plasmid Complemented gene A. xylinum ATCC23769 ΔCD (pti99) ΔCD (ptdk) ΔCD (ptcd) - - axcesd axcescd 図 4 野生株 欠損株 相補株におけるセルロース合成量の比較 これまでの研究で 酢酸菌のセルロース合成酵素複合体は菌体の長軸に沿って直線的に配列していることが報告されている また 我々の研究室でも AxCeSD を蛍光標識することによって 菌体の長軸に沿って直線的に配列していることを確認している 上述のように AxCeSC は酢酸菌のセルロース合成酵素複合体のサブユニットの一つであり AxCeSD と同様に菌体の長軸に沿って直線的に配列していることが推定されている そこで AxCeSC を Lumio-tag( 赤色蛍光 ) で AxCeSD を EGFP( 緑色蛍光 ) で標識し 蛍光顕微鏡観察することによってその局在性を確認した AxCeSCD 欠損株 (ΔCD) に axcesc::lumio および axcesd::egfp を含むプラスミドを導入し 菌体量 セルロース合成量について相補株 (ΔCD(pTCD)) との比較を行った その結果 菌体量 セルロース合成量ともにほぼ同じであることが確認された 次にこの株を

用いて 蛍光顕微鏡観察を行った 以前調製した AxCeSD 欠損株に axcesd::egfp を導入した株では局在性が観察されたのに対し ( 図 5 左 ) 今回調製した株については赤色蛍光観察 緑色蛍光観察ともに明確な局在性を確認することが出来なかった ( 図 5 中 右 ) これについては 相補株におけるセルロース合成能の回復が野生株の 3 分の 1 程度であること また AxCeSA-D がオペロンとして発現していることから セルロース合成酵素複合体の形成が完全に行われていないためであると考えられる AxCeSD 欠損株に axcesd::egfp を導入した株 AxCeSCD 欠損株に axcesc::lumio および axcesd::egfp を導入した株 ( 左 : 赤色蛍光観察 右 : 緑色蛍光観察 ) 図 5 蛍光顕微鏡観察による AxCeSC AxCeSD の局在性の推定 セルロース合成における AxCeSD の機能 AxCeSD は酢酸菌のセルロース合成酵素複合体のサブユニットの一つであり サブエレメンタリーフィブリルの排出 結晶化に関与していると推定されている 我々は最近 AxCeSD の立体構造解析に成功した AxCeSD は図 6 に示すような八量体環状構造で 環内側にさらに 4 つの穴が存在し その穴をセルロース鎖が通っていることが示唆された 横から見たところ 上から見たところ 65Å 90Å 図 6 AxCeSD の全体構造

AxCeSD の構造的特徴として 全てのサブユニットの N 末端が 八量体環状構造の内側を向いており 環内側に 4 つの穴 ( トンネル ) が形成されているということが挙げられる そこで この特徴的な構造を形成している N 末端に着目し それらがセルロース合成においてどのような機能を果たしているかを様々な検討を行うことによって 推定することにした 検討項目は以下の通りである AxCeSD- セロペンタオース複合体の立体構造解析 AxCeSD 欠損株 (DBCD 株 ) における N 末端欠損 AxCeSD 発現 およびそれらの株における菌体量 セルロース合成量 セルロース繊維幅の比較セルロース分子のモデルとしてセロペンタオースを使用し AxCeSD との共結晶を作製した 得られた共結晶に関して構造解析を行った ( 図 7) セロペンタオースは AxCeSD の N 末端によって形成される 4 つの穴 ( トンネル ) に存在し 4 本のセルロース分子鎖が AxCeSD の内側を通過して菌体外に排出されていることが示唆された 図 7 AxCeSD- セロペンタオース複合体の構造次に セルロース合成における N 末端の機能を解析するために AxCeSD 欠損株 (DBCD 株 ) に様々な長さで (DΔ2-4 DΔ2-5 DΔ2-6)N 末端を欠損した AxCeSD を発現するプラスミドを導入した 野生株 欠損株 相補株 (D DΔ2-4 DΔ2-5 DΔ2-6) について菌体量 セルロース合成量 セルロース繊維幅の比較をおこなった 菌体量については すべての株についてほぼ同程度であった これらの結果から AxCeSD の欠損および相補は菌体増殖に影響しないことが確認された また それぞれの株におけるセルロース合成量の比較から AxCeSD 遺伝子欠損株のセルロース合成量は野生株と比較して約 10 % に低下するが AxCeSD 相補株では低下したセルロース合成量が野生株と比較して約 88 % 程度まで回復することが確認された また AxCeSD の N 末端が 6 アミノ酸残基以上欠損した変異株ではセルロース合成量が野生株と比較して約 30 % 程度に低下することが明らかになった 一方 5 アミノ酸残基までの欠損では セルロース合成量は野生株の約 80 % 程度であり 環内側の構造の有無によって収量が大きく変化した ( 図 8) さ

DΔ2-4 DΔ2-5 DΔ2-6 の立体構造 ( モデル図 ) DΔ2-4 DΔ2-5 DΔ2-6 相対収量 [%] 100 80 60 40 20 0 野生株 DBCD D 相補株 DΔ2-4 DΔ2-5 DΔ2-6 図 8 AxCeSD- セロペンタオース複合体の構造 らに それぞれの株において合成されたセルロースの SEM 画像解析を行った結果 AxCeSD 欠損株 AxCeSD 相補株 AxCeSD 変異株によって合成されるセルロースは野生株と同じ 3 次元の網目状構造を有しており セルロース繊維幅にも変化が無いことが明らかになった このことから AxCeSD 変異株や AxCeSD 欠損株におけるセルロース合成量の低下は 菌体あたりに合成されるセルロース繊維の数や 1 本のセルロース繊維に存在するセルロース分子数が低下した為ではなく 排出速度が遅くなったことに起因していると考えられた これらの結果より AxCeSD の N 末端は菌体内で合成されるセルロースの効果的な排出を促す排出口の機能を有しており その機能には環の内側に突出した N 末端によって作られる構造が重要であることが明らかとなった おわりに本研究において 酢酸菌におけるセルロース合成の一端が明らかとなった しかし植物を含めて セルロース生合成には未知の部分が多く残されており セルロース生合成全体の仕組みが早急に解明されることが望まれる 謝辞本研究を進めるにあたり ご援助を頂きましたサッポロ生物科学振興財団 ならびにご協力を頂きました皆様方にお礼申し上げます ( 敬称略 順不同 ) 砂川直輝 吉田誠 佐藤康治 田中勲 河野信