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なお本研究は 東京大学 米国ウィスコンシン大学 国立感染症研究所 米国スクリプス研 究所 米国農務省 ニュージーランドオークランド大学 日本中央競馬会が共同で行ったもの です 本研究成果は 日本医療研究開発機構 (AMED) 新興 再興感染症に対する革新的医薬品等開発推進研究事業 文部科学省新学術領

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別紙 1 新型インフルエンザ (1) 定義新型インフルエンザウイルスの感染による感染症である (2) 臨床的特徴咳 鼻汁又は咽頭痛等の気道の炎症に伴う症状に加えて 高熱 (38 以上 ) 熱感 全身倦怠感などがみられる また 消化器症状 ( 下痢 嘔吐 ) を伴うこともある なお 国際的連携のもとに

インフルエンザ定点以外の医療機関用 ( 別記様式 1) インフルエンザに伴う異常な行動に関する調査のお願い インフルエンザ定点以外の医療機関用 インフルエンザ様疾患罹患時及び抗インフルエンザ薬使用時に見られた異常な行動が 医学的にも社会的にも問題になっており 2007 年より調査をお願いしております

検査項目情報 インフルエンザウイルスB 型抗体 [HI] influenza virus type B, viral antibodies 連絡先 : 3764 基本情報 ( 標準コード (JLAC10) ) 基本情報 ( 診療報酬 ) 標準コード (JLAC10) 5F410 分析物 インフルエン

スライド タイトルなし

インフルエンザ、鳥インフルエンザと新型インフルエンザの違い

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Microsoft Word - 【広報課確認】 _プレス原稿(最終版)_東大医科研 河岡先生_miClear

( 別添 ) インフルエンザに伴う異常な行動に関する報告基準 ( 報告基準 ) ( 重度調査 ) インフルエンザ様疾患と診断され かつ 重度の異常な行動を示した患者につき ご報告ください ( 軽度調査 ) インフルエンザ様疾患と診断され かつ 軽度の異常な行動を示した患者につき ご報告ください イン

糖尿病診療における早期からの厳格な血糖コントロールの重要性

Microsoft Word - 【要旨】_かぜ症候群の原因ウイルス

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インフルエンザ(成人)

図 B 細胞受容体を介した NF-κB 活性化モデル

ルス薬の開発の基盤となる重要な発見です 本研究は 京都府立医科大学 大阪大学 エジプト国 Damanhour 大学 国際医療福祉 大学病院 中部大学と共同研究で行ったものです 2 研究内容 < 研究の背景と経緯 > H5N1 高病原性鳥インフルエンザウイルスは 1996 年頃中国で出現し 現在までに

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インフルエンザ施設内感染予防の手引き


へルペスウイルス 3 (HHV-3/VZV) インフルエンザウイルス ( E ) 型 水痘 ( C ) インフルエンザ 脳症 唾液への接触 飛沫を介して感染 鳥類 ( F ) ヒトに感染する人獣共通感染症 HIV-1 エイズ 血液や性行為により感染 B 型肝炎ウイルス急性 / 性肝炎 性行為 針刺し

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インフルエンザ施設内感染予防の手引き

研究の詳細な説明 1. 背景病原微生物は 様々なタンパク質を作ることにより宿主の生体防御システムに対抗しています その分子メカニズムの一つとして病原微生物のタンパク質分解酵素が宿主の抗体を切断 分解することが知られております 抗体が切断 分解されると宿主は病原微生物を排除することが出来なくなります

Research 2 Vol.81, No.12013

3.2013/14シーズンのインフルエンザアップデート(12/25現在)

スギ花粉の捕捉Ys ver7.00

日産婦誌58巻9号研修コーナー

インフルエンザ院内感染対策

研究の背景 B 型肝炎ウイルスの持続感染者は日本国内で 万人と推定されています また, B 型肝炎ウイルスの持続感染は, 肝硬変, 肝がんへと進行していくことが懸念されます このウイルスは細胞へ感染後,cccDNA と呼ばれる環状二本鎖 DNA( 5) を作ります 感染細胞ではこの

第51回日本小児感染症学会総会・学術集会 採択結果演題一覧

PowerPoint プレゼンテーション

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緑膿菌 Pseudomonas aeruginosa グラム陰性桿菌 ブドウ糖非発酵 緑色色素産生 水まわりなど生活環境中に広く常在 腸内に常在する人も30%くらい ペニシリンやセファゾリンなどの第一世代セフェム 薬に自然耐性 テトラサイクリン系やマクロライド系抗生物質など の抗菌薬にも耐性を示す傾

顎下腺 舌下腺 ) の腫脹と疼痛で発症し そのほか倦怠感や食欲低下などを訴えます 潜伏期間は一般的に 16~18 日で 唾液腺腫脹の 7 日前から腫脹後 8 日後まで唾液にウイルスが排泄され 分離できます これらの症状を認めない不顕性感染も約 30% に認めます 合併症は 表 1 に示すように 無菌

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Microsoft PowerPoint - DNA1.ppt [互換モード]

医薬品タンパク質は 安全性の面からヒト型が常識です ではなぜ 肌につける化粧品用コラーゲンは ヒト型でなくても良いのでしょうか? アレルギーは皮膚から 最近の学説では 皮膚から侵入したアレルゲンが 食物アレルギー アトピー性皮膚炎 喘息 アレルギー性鼻炎などのアレルギー症状を引き起こすきっかけになる

蚊を介した感染経路以外にも 性交渉によって男性から女性 男性から男性に感染したと思われる症例も報告されていますが 症例の大半は蚊の刺咬による感染例であり 性交渉による感染例は全体のうちの一部であると考えられています しかし 回復から 2 ヵ月経過した患者の精液からもジカウイルスが検出されたという報告

A 群溶血性レンサ球菌咽頭炎 第 50 週の報告数は 前週より 39 人減少して 132 人となり 定点当たりの報告数は 3.00 でした 地区別にみると 壱岐地区 上五島地区以外から報告があがっており 県南地区 (8.20) 佐世保地区 (4.67) 県央地区 (4.67) の定点当たり報告数は

生物時計の安定性の秘密を解明

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1 編 / 生物の特徴 1 章 / 生物の共通性 1 生物の共通性 教科書 p.8 ~ 11 1 生物の特徴 (p.8 ~ 9) 1 地球上のすべての生物には, 次のような共通の特徴がある 生物は,a( 生物は,b( 生物は,c( ) で囲まれた細胞からなっている ) を遺伝情報として用いている )

今週前週今週前週 2/18~2/24 インフルエンザ ヘルパンギーナ 4 4 RS ウイルス感染症 流行性耳下腺炎 ( おたふくかぜ ) 7 4 咽頭結膜熱 急性出血性結膜炎 0 0 A 群溶血性レンサ球菌咽頭炎 流行性角結膜炎 ( はやり目

< F2D915395B68CB48D BD816A2E6A7464>

薬剤耐性とは何か? 薬剤耐性とは 微生物によって引き起こされる感染症の治療に本来有効であった抗微生物薬に対するその微生物の抵抗性を言う 耐性の微生物 ( 細菌 真菌 ウイルス 寄生虫を含む ) は 抗菌薬 ( 抗生物質など ) 抗真菌薬 抗ウイルス薬 抗マラリア薬などの抗微生物薬による治療に耐えるこ

インフルエンザ

Microsoft Word - 【最終】リリース様式別紙2_河岡エボラ _2 - ak-1-1-2

割合が10% 前後となっています 新生児期以降は 4-5ヶ月頃から頻度が増加します ( 図 1) 原因菌に関しては 本邦ではインフルエンザ菌が原因となる頻度がもっとも高く 50% 以上を占めています 次いで肺炎球菌が20~30% と多く インフルエンザ菌と肺炎球菌で 原因菌の80% 近くを占めていま

6/10~6/16 今週前週今週前週 インフルエンザ 2 10 ヘルパンギーナ RS ウイルス感染症 1 0 流行性耳下腺炎 ( おたふくかぜ ) 8 10 咽頭結膜熱 急性出血性結膜炎 0 0 A 群溶血性レンサ球菌咽頭炎 流行性角結膜炎 ( はやり目 )

医院名 XFL-C-0007(V01) 審

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70 例程度 デング熱は最近増加傾向ではあるものの 例程度で推移しています それでは実際に日本人渡航者が帰国後に診断される疾患はどのようなものが多いのでしょうか 私がこれまでに報告したデータによれば日本人渡航者 345 名のうち頻度が高かった疾患は感染性腸炎を中心とした消化器疾患が

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論文題目  腸管分化に関わるmiRNAの探索とその発現制御解析

( 様式甲 5) 学位論文内容の要旨 論文提出者氏名 論文審査担当者 主査 教授 大道正英 髙橋優子 副査副査 教授教授 岡 田 仁 克 辻 求 副査 教授 瀧内比呂也 主論文題名 Versican G1 and G3 domains are upregulated and latent trans

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ロタウイルスワクチンをめぐる話題

重症急性呼吸器症候群 (SARS) 削除. 新興感染症対策を Xに新設. 5. ウエストナイル熱 空気感染する可能性があり, かつパンデミッ これらは改定版 2 刷発行当時 (2004 年 ), クになった際の透析施設の対応を Xに移行. 新興 再興感染症として問題とされてい 4. ウ

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大学院博士課程共通科目ベーシックプログラム

肝臓の細胞が壊れるる感染があります 肝B 型慢性肝疾患とは? B 型慢性肝疾患は B 型肝炎ウイルスの感染が原因で起こる肝臓の病気です B 型肝炎ウイルスに感染すると ウイルスは肝臓の細胞で増殖します 増殖したウイルスを排除しようと体の免疫機能が働きますが ウイルスだけを狙うことができず 感染した肝

Hi-level 生物 II( 国公立二次私大対応 ) DNA 1.DNA の構造, 半保存的複製 1.DNA の構造, 半保存的複製 1.DNA の構造 ア.DNA の二重らせんモデル ( ワトソンとクリック,1953 年 ) 塩基 A: アデニン T: チミン G: グアニン C: シトシン U

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日本小児科学会が推奨する予防接種スケジュール

イルスが存在しており このウイルスの存在を確認することが診断につながります ウ イルス性発疹症 についての詳細は他稿を参照していただき 今回は 局所感染疾患 と 腫瘍性疾患 のウイルス感染検査と読み方について解説します 皮膚病変におけるウイルス感染検査 ( 図 2, 表 ) 表 皮膚病変におけるウイ

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Microsoft PowerPoint - 感染対策予防リーダー養成研修NO4 インフルエンザ++通所

卵管の自然免疫による感染防御機能 Toll 様受容体 (TLR) は微生物成分を認識して サイトカインを発現させて自然免疫応答を誘導し また適応免疫応答にも寄与すると考えられています ニワトリでは TLR-1(type1 と 2) -2(type1 と 2) -3~ の 10

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報道発表資料 2007 年 8 月 1 日 独立行政法人理化学研究所 マイクロ RNA によるタンパク質合成阻害の仕組みを解明 - mrna の翻訳が抑制される過程を試験管内で再現することに成功 - ポイント マイクロ RNA が翻訳の開始段階を阻害 標的 mrna の尻尾 ポリ A テール を短縮

2019 年 7 月 4 日 ( 木 ) 愛知県保健医療局健康医務部健康対策課感染症グループ担当内田 久野内線 ダイヤルイン 手足口病警報を発令します!! 愛知県では 感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律 に基づき 県内の小児科を標榜する

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第 4 章感染患者への対策マニュアル ウイルス性肝炎の定義と届け出基準 1) 定義ウイルス感染が原因と考えられる急性肝炎 (B 型肝炎,C 型肝炎, その他のウイルス性肝炎 ) である. 慢性肝疾患, 無症候性キャリア及びこれらの急性増悪例は含まない. したがって, 透析室では HBs

平成 30 年 9 月 5 日 国立研究開発法人海洋研究開発機構 国立大学法人筑波大学 海洋微生物の中に隠された新しいウイルスワールドを発見 ~RNA ウイルス網羅検出技術の開発と海洋微生物への適用 ~ 1. 概要国立研究開発法人海洋研究開発機構 ( 理事長平朝彦 以下 JAMSTEC という) 海

彼を知り己を知れば 百戦殆うからず 彼 = 感染症 己 = カラダの仕組み取り巻く環境など 百戦殆うからず は少し言い過ぎですが 感染症を未然に防ぐことや重症化を防ぐには非常に重要です


研究背景 糖尿病は 現在世界で4 億 2 千万人以上にものぼる患者がいますが その約 90% は 代表的な生活習慣病のひとつでもある 2 型糖尿病です 2 型糖尿病の治療薬の中でも 世界で最もよく処方されている経口投与薬メトホルミン ( 図 1) は 筋肉や脂肪組織への糖 ( グルコース ) の取り

感染症の基礎知識

平成14年度研究報告

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かなりの程度低く抑えられると想定される しかし 現在の地球人口は 74 億人 (4 倍 ) に増加しており 生活様式も大きく変化した 航空機等による高速大量輸送の発展によって 2009 年の H1N1 パンデミックにおいて経験されたように パンデミックは 2 カ月以内に世界中に波及し ほぼ全世界で同

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も 医療関連施設という集団の中での免疫の度合いを高めることを基本的な目標として 書かれています 医療関係者に対するワクチン接種の考え方 この後は 医療関係者に対するワクチン接種の基本的な考え方について ワクチン毎 に分けて述べていこうと思います 1)B 型肝炎ワクチンまず B 型肝炎ワクチンについて

「組換えDNA技術応用食品及び添加物の安全性審査の手続」の一部改正について

図 1 マイクロ RNA の標的遺伝 への結合の仕 antimir はマイクロ RNA に対するデコイ! antimirとは マイクロRNAと相補的なオリゴヌクレオチドである マイクロRNAに対するデコイとして働くことにより 標的遺伝 とマイクロRNAの結合を競合的に阻害する このためには 標的遺伝

Microsoft Word - 届出基準

7 月 20 日に発表されました ヨーロッパ CDC のリスクアセスメントでは 今後の人口当たりの推定感染率が30% 重症化に一致する推定入院率が1~2% 推定死亡率が0.1~ 0.2% です これは初期の混乱期の対応や誤差を省いたヨーロッパでの推計なので今後の対策の目安になると考えられます 重症例

情報提供の例

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第 2 回東北感染制御ネットワークフォーラム感染制御ベーシックレクチャー インフルエンザとは 東北大学医学系研究科感染制御 検査診断学分野山田充啓

インフルエンザとはどのような病気か? インフルエンザ とはインフルエンザ ウイルスに感染して起きる感染症である ( インフルエンザ (influenza): イタリア語で意味は 影響 )

感染症とは 微生物 が ヒト に 侵入 増殖して さまざまな症状を 起こすこと

インフルエンザ 感染症 ( 例えばインフルエンザ ) は伝播する 急性心筋梗塞 非感染症 ( 例えば心筋梗塞 ) は伝播しない

代表的な微生物とそれぞれの特徴 微生物 細胞構造 核酸 無細胞培地での発育 光学顕微鏡での観察 真菌 真核生物 DNA + RNA 可 可 細菌 原核生物 DNA + RNA 可 可 ウイルス 他の生物の代謝系を利用 DNA または RNA のいずれか 不可 不可 ウイルスは それ自身単独では増殖できず 他の生物の細胞内に感染して初めて増殖可能となる

インフルエンザウイルスの電子顕微鏡像 CDC( 米国疾病予防管理センター CDC( 米国疾病予防管理センター )Web Siteより )websiteより引用

インフルエンザウイルス オルトミクソウイルス科に属する 粒子径 80~120nm のウイルスである 細胞膜に由来するエンベロープを持つ マイナス鎖の一本鎖 RNA をゲノムとして持つ ウイルスの内部構造蛋白 (M1 蛋白と NP 蛋白 ) の抗原性の違いにより A 型 B 型 C 型の 3 種類に分類されている

インフルエンザウイルスの種類 血清型 RNA 分節 (HA NA) ヒト以外の宿主 A 型 8 (16.9) トリ ブタなど B 型 8 (1.1) ヒトのみ C 型 7 NAなしブタ

A 型インフルエンザウイルス ヘマグルチニン (HA) ノイラミニダーゼ (NA) M2 蛋白 M1 蛋白 RNAポリメラーゼ核蛋白とウイルスゲノムRNA 遺伝子は 8 つの RNA 分節に別れているそれぞれの分節はウィルス蛋白質の情報をコードしている HA( ヘマグルチニン ) NA( ノイラミニダーゼ ) PA(RNA ポリメラーゼ α サブユニット ) PB1(RNA ポリメラーゼ β1 サブユニット ) PB2(RNA ポリメラーゼ β2 サブユニット ) M( マトリクス蛋白 M1&M2) NP( 核蛋白 ) NS( 非構造蛋白 NS1&NS2) A 型インフルエンザウイルスの遺伝子から計 10 種類の蛋白質が合成される Illustrated by Y. Tambe

A 型インフルエンザウイルスの亜型 ヘマグルチニン :HA Hemagglutinin (H)16 種類 H1N1 16 X 9=144 種類 A 型インフルエンザウイルス ノイラミニダーゼ :NA Neuraminidase (N) 9 種類

A 型インフルエンザウイルスの宿主と亜型分布 H1N1: スペインかぜ A ソ連型 H2N2: アジアかぜ H3N2: 香港かぜ A 香港型 H5N1 H7N7 H9N2 ヒトに感染した鳥インフルエンザ 北海道大学大学院獣医学研究科微生物学教室 website より引用

A 型インフルエンザウイルスの増殖サイクル 1 ヘマグルチニン (HA) の開裂 気道上皮細胞や黄色ブドウ球菌などの細菌が分泌するタンパク質分解酵素が HA を切断 開裂する この現象は細胞内部でウイルス粒子から遺伝子が放出される際に重要

A 型インフルエンザウイルスの増殖サイクル 2 吸着 シアル酸残基を持つ糖タンパク質 気道上皮細胞 細胞表面にある糖タンパク質のシアル酸残基にヘマグルチニンが結合 ウイルスが細胞表面に吸着する

A 型インフルエンザウイルスの増殖サイクル 3 ウイルスの取り込み 細胞の飲食作用 ( エンドサイトーシス ) によってウイルスは受動的に細胞内に取り込まれる

A 型インフルエンザウイルスの増殖サイクル 4 膜融合 エンドソーム内の酸性環境に暴露されると ウイルス粒子状の HA の膜融合活性が現れ ウイルス膜とエンドソーム膜が融合する

A 型インフルエンザウイルスの増殖サイクル 5 脱殻 細胞核 M2 タンパク質の働きによって水素イオンがウイルス粒子内部に流入し ウイルス粒子内部が酸性化する 酸性化によりウイルス殻を形成している M1 タンパク質が崩壊 ウイルスゲノム複合体が細胞質に放出される 放出後ゲノムは細胞核に移行する

A 型インフルエンザウイルスの増殖サイクル 6 ウイルスゲノムの転写 複製 mrna mrna 複製されたゲノム RNA ウイルス構成蛋白の合成 核内に移行したウイルスゲノム RNA から転写 (mrna の合成 ) 及び複製 ( ウイルスゲノム RNA の合成 ) が行われる 合成された mrna は細胞質に移動 ウイルスタンパク質が合成される

A 型インフルエンザウイルスの増殖サイクル 7 ウイルス粒子の再構築 mrna ウイルス構成蛋白 ウイルスゲノム複合体 合成されたウィルス蛋白質及び複製されたウイルスゲノム RNA は細胞表面に移動 子孫ウイルス粒子が形成される

A 型インフルエンザウイルスの増殖サイクル 8 ウイルス粒子の放出 シアル酸の分解 気道上皮細胞 ノイラミニダーゼによって細胞表面のシアル酸を分解することによって 子孫ウイルスは細胞表面より放出される 子孫ウイルスは新たな細胞への感染が可能となる

インフルエンザウイルスの変異 連続抗原変異 ( 小変異 : 抗原ドリフト ) 1 2 3 4 5 6 7 8 HA NA 1 2 3 4 5 6 7 8 HA NA H3N2( 香港型 ) シドニー株 H3N2( 香港型 ) パナマ株

インフルエンザウイルスの変異 不連続抗原変異 ( 大変異 : 抗原シフト ) 1 2 1 2 3 4 5 6 HA NA 3 4 5 6 HA NA 7 7 8 8 H1N1 H2N2

インフルエンザウイルスの宿主の壁 インフルエンザウイルスレセプター : シアル酸を末端に持つ糖タンパク質 脂質 トリウイルス α2-3 シアル酸に結合 ヒトウイルス α2-6 シアル酸に結合 α2-3 結合シアル酸 α2-6 結合シアル酸

ハイブリッドウイルスの出現機構 トリウイルス α2-3 シアル酸に結合 ヒトウイルス α2-6 シアル酸に結合 α2-3 結合シアル酸 α2-3 結合 α2-6 結合シアル酸 α2-6 結合シアル酸

インフルエンザの臨床 臨床症状 合併症 検査 発熱 頭痛 筋痛 関節痛 全身倦怠感咳 鼻汁などの上気道炎症状 消化器症状通常は約 1 週間で軽快するインフルエンザ肺炎 ( 発症後 1 2 日 ) 混合型肺炎 ( 発症後 3 4 日 ) 細菌性肺炎 ( 症状軽快後 ) インフルエンザ脳症 ( 発症後 2 日以内 ) ウイルス分離 ( 最も信頼のおける診断法 ) PCR ( ウイルスゲノムの検出 ) 血清抗体価の測定 ( ペア血清 ) 抗原検索キット ( 迅速診断 )

インフルエンザの時間経過 抗体価の上昇は発症約 2 週間後 発熱は 3-7 日間 ウイルス排出は発症前 1 日と発症後 7 日間前後 ( 解熱後 2 日間まで ) 潜伏期は 1 日 ~3 日 0 2 4 6 8 10 12 14 16 18 20 感染後からの日数

定点あたりの報( 年 ) 告数インフルエンザの流行時期 ( 週 ) 1 月 3 月 4 月 11 月 12 月 国立感染症研究所 感染症情報センター websiteより引用

インフルエンザの治療 抗インフルエンザ薬として現在市販されているものは アマンタジン ( シンメトレルなど ) とノイラミニダーゼ (NA) 阻害薬のオセルタミビル ( タミフル 経口薬 ) とザナミビル ( リレンザ 吸入薬 ) である

インフルエンザの治療 塩酸アマンタジン ( シンメトレル ) ザナミビル ( リレンザ ) リン酸オセルタミビル ( タミフル )

抗ウイルス薬の作用点 アマンタジンは M2 蛋白質を阻害することによって脱殻を阻害する HA 回裂 親ウイルス 脱殻 膜融合 ウイルスゲノム エンドソーム 吸着 出芽 吸着 翻訳 mrna ウイルス蛋白質 (RNA ポリメラーゼ 核蛋白 ) 複製されたウイルスゲノム 放出 ザナミビル オセルタミビルはノイラミニダーゼを阻害することによってウィルスの放出を阻害する 子孫ウイルス

インフルエンザの治療 通常のかぜ ( 急性上気道炎 ) のほとんどはインフルエンザウイルス以外のウイルスによる感染症であるため 抗菌薬も抗インフルエンザウイルス薬も不要である 過去のインフルエンザ流行時の死亡の原因は インフルエンザに続発する細菌性肺炎であり 乳幼児 高齢者 種々の基礎疾患を有し 細菌感染症のリスクの高い患者には 抗菌薬の予防投薬を行う必要が示唆されている 高齢者や脾摘者では肺炎球菌ワクチンの接種が勧められる

インフルエンザパンデミックとは? それまでとは違ったインフルエンザが ある地域に発生し 各国に爆発的に流 行すること

20 世紀に起こったパンデミックインフルエンザ 1918 スペインイン風邪 4000-5000 万人が死亡 1957 アジア風邪 1968 香港風邪 200 万人が死亡 100 万人が死亡 A(H1N1) A(H2N2) A(H3N2)

パンデミックインフルエンザの出現 PB1 HA NA PB1 HA 1918 スペインイン風邪 1957 アジア風邪 1968 香港風邪

新型インフルエンザの出現 G Neumann et al. Nature 459, 931-939 (2009)

新型インフルエンザの出現 R. J. Garten et al., Science 325, 197-201 (2009)

従来のパンデミックにおける 人口に対する感染者の割合 (%) 40 スペインかぜアジアかぜ香港かぜ 30 20 10 0 1918 New York 1918 Manchester 1918 Leicester 1957 London 1968 Kansas city

1918 スペイン風邪 その後長期間冬まで続く 最初の夏の時点は mild The New England Journal of Medicine 2009; 360

1957 アジア風邪 6 年のうち 3 回冬季に流行が出現 The New England Journal of Medicine 2009; 360

1968 香港風邪 第二波に大きな流行 開始は mild The New England Journal of Medicine 2009; 360

まとめ インフルエンザはインフルエンザウイルスに感染することによってよって起きる感染症である 70 年も前にウイルスが分離されて以来 インフルエンザウイルスの研究が進められ ワクチンも早い時期から実用化され改良が続けられている しかしながらインフルエンザはいまだに人類の脅威となる 未解決の感染症である これまでのインフルエンザのパンデミックの教訓も含め インフルエンザに対する十分な理解が 現在の新型インフルエンザに対処するうえで 重要である