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免疫組織化学染色における抗原賦活の原理について考える 東京医科大学病理学講座 藤田浩司 はじめにパラフィン切片により証明される抗原の種類は, この十数年のうちに飛躍的に増加した. 元来, 免疫組織化学法は凍結切片やアセトンを用いた固定により抗原温存を図っていたが, 現在ではホルマリン固定材料のパラフィン切片によっても多くの抗原の同定が可能となった. その理由には, 1) ホルマリン固定に抵抗性の抗原を認識するモノクローナル抗体の開発 2) 微量な抗原を検出できる高感度ポリマー試薬の開発 3) 抗原賦活法の確立などが挙げられ, それにより困難とされてきた抗原の検索が可能になった. 賦活法は, 酵素処理法や 10m クエン酸緩衝液 (ph6.0),1m EDTA 液 (ph8.0,9.0) などを主体とした溶液中での加熱処理が主流となっている. それらの原理について, 蛋白質の性質やホルマリン固定の原理に基づき考察した. Ⅰ 蛋白質の基本高次構造とその結合様式 ( 図 1) アミノ酸がペプチド結合により連結して一次構造 ( ペプチド鎖 ) を形成し, これらペプチド結合間の水素結合が, ペプチド鎖をらせん状の α- ヘリックス構造や β- シート構造へと変える. 大部分のポリペプチド鎖がさらに折れ曲がって球状蛋白質 ( プロトマー ) となる. これらの高次構造の安定にはポリペプチド鎖中の疎水性アミノ酸残基が他の疎水性アミノ酸残基と引き合う疎水結合やシスチン残基末端のメルカプト基 (-H 基 ) 間で形成されるジスルフィド結合 (---) が関与している. : アミノ酸残基末端 - : ジスルフィド結合 : 水素結合 : 疎水結合 図 1 未固定蛋白質蛋白質の高次構造は水素結合, ジスルフィド結合などにより形成される -1-

蛋白質を構成する結合様式の熱に対する結合の強さ 1) 弱い結合 : 水素結合 ( ペプチド間, 末端残基間 ), 疎水結合 ( 非極性結合 ), ファンデルワールス力 2) 比較的強い結合 : ジスルフィド結合 3) 強い結合 : ペプチド結合 Ⅱ ホルマリンによる主な固定原理 ( 図 2) ホルムアルデヒドの蛋白質との結合条件は構成アミノ酸により異なり, 結合力も様々である. f- f- f- f- f- f- f- f- f- f- f- f- f- f- f- f- f- f- f- f- f- f- f- f- f- f- f- f- f- f- f- f- f- f- f- f- f- f- f- f- f- f- f- f- f- f- f- f- f- f- f- f- f- f- f- f- f- f- f- f- f- f- f- f- f- f- f- f- : ホルマリン ( 求核反応 ) : ホルマリン ( 共有結合 ) : メチレン架橋 f- : 遊離ホルマリン : チオヘミアセタール 図 2 ホルマリン固定液中ホルムアルデヒドは既存の結合様式の解離とアミノ酸残基末端への結合, およびメチレン架橋により高次構造を変形させる遊離ホルムアルデヒド分子はポリペプチド鎖をホールドして更なる変性を防ぐ 1. 求核反応 ( 初期反応 ) 求核反応は, ホルムアルデヒド分子内で発生する電気的陰性度の差に基づく電子の偏りによるアミノ酸残基末端との結合に関わり, 非解離の残基末端との結合が可能である. その機序はホルムアルデヒド分子のカルボニル基を構成している炭素がややプラス, 酸素がややマイナスに分極した不対電子による反応で, アミノ酸残基末端の電子の多い原子と結合する. 2. 化学的反応水溶液中の遊離ホルムアルデヒド分子はメチレングリコールとの平衡状態で存在する. ホルムアルデヒド分子とアミノ酸末端残基との反応は脱水縮合した形で共有結合するため比較的強い結合力をもつ. とくにリジン, アルギニン等の末端アミノ基との反応により生成されるメチレンアミン ( シッフ塩基 ) やトリプトファン, チロキシンなど芳香族活性炭素に対する反応は不可逆的で非常に安定した共有結合による生成物が得られる. 3. メチレン架橋ホルムアルデヒド分子は単一アミノ酸残基末端との結合, さらにヒドロメチル基 (-CH2OH) により別のアミノ酸末端残基と連結してメチレン架橋 (-CH2-) を形成することによりループ形成や二本のポリペプチド鎖を架橋することにより蛋白質の安定化を図る. とくに一級アミノ基やフェニル基等を介して結合するメチレン架橋は非常に安定した強固な固定作用がある. -2-

4. 濃度ホルムアルデヒド分子 ( 遊離ホルマリン ) はホルマリン濃度の配向力によってポリペプチド鎖間のいたるところに配置されポリペプチド鎖をホールドするが, この結合はファンデルワールス力や静電気結合によるものと思われ, 結合力は非常に弱く水洗によりホルムアルデヒド濃度が下がるとホルムアルデヒド分子は拡散して組織外に遊出し, 外部からの影響を受けるようになる. このため固定が完了した組織でも水洗後に変性が進むことになる.( 図 3-1) f- f- : ホルマリン ( 求核反応 ) : ホルマリン ( 共有結合 ) : メチレン架橋 f- : 遊離ホルマリン : チオヘミアセタール 図 3-1, 図 3-2 水洗後 賦活前組織を水洗することにより結合力の弱いホルムアルデヒド分子は遊出する. 共有結合を主体としたホルムアルデヒド分子は蛋白質の高次構造を変形させるため, 抗体の種類により抗原として認識できない部分が生じる Ⅲ. 賦活原理賦活の原理についてはメチレン架橋の解離によると一般的には解釈されているが, その機序には, 蛋白質やアミノ酸の熱や ph における性質が関与している. また, 免疫組織化学染色の一次抗体における蛋白質の抗原決定基は 5~20 個程度のアミノ酸残基から成るペプチドで, その配列や立体構造により特異性が決定される. ホルマリン固定により抗原決定基の立体障害やマスキングを起こす因子を以下に示す ( 図 3-2) 1) メチレン架橋 2) アミノ酸残基末端の封鎖 3) ジスルフィド結合, 水素結合など崩壊 1. 酵素処理による賦活一般的に使用される酵素にはトリプシン, ペプシン, キモトリプシンなどが使用され, 特定のアミノ酸残基のペプチド結合を加水分解により切断する. これにより抗原決定基を閉鎖しているマスキングをとり抗原の賦活をするが, 逆に抗原決定基を構成しているアミノ酸に切断部が存在するときには抗原が消失してしまうため基質濃度 反応温度 時間の設定が重要である. 酵素別アミノ酸切断部 トリプシン : 塩基性アミノ酸 ( リジン, アルギニン ) ペプシン キモトリプシン : 芳香族アミノ酸 ( トリプトファン, チロシン, フェニルアラニン ) -3-

2. 加熱による賦活原理 A. 熱の作用ホルマリン固定組織を加熱することによりアミノ酸残鎖は激しい分子運動を起こし, ホルムアルデヒド分子をアミノ酸残基末端より切り離す. 加熱時には蛋白質の高次構造を形成している疎水結合, 水素結合, イオン結合も解離してペプチド鎖の緩んだ状態となり, 次に冷却することでペプチド鎖を再フォールディングさせる. これが抗原の再生またはマスキングの除去に繋がると考えられるため, その冷却条件も抗原賦活の重要な因子となるであろう. また先に述べたアミノ基やフェニル基等を介して結合するメチレン架橋などは加熱によるホルムアルデヒド分子の解離が望めないと思われ, 完全賦活が出来ない要因のひとつである.( 図 4) B. ph の作用 アミノ酸平衡と pka 値 賦活液の ph 値は抗原決定基を構成するアミノ酸の等電点から外れた値に設定することが望ましい. このことはアミノ酸が等電点以外の ph 域でプロトン平衡を起こす性質があるため, アミノ残基末端をプロトン化またはアニオン化してホルムアルデヒド分子の解離を促すことを目的とした. したがって単にホルムアルデヒド分子をアミノ酸残基末端より解離させることだけを目的とするならば, 賦活液の ph 値を極端に酸 塩基の極値側に設定すれば良いと考えられる. しかし, 実際に常用される賦活液の ph 値は ph6~9 が主流で, それより酸または塩基側ではあまり使用されない. これはアミノ酸が二塩基酸であることが関係し, アミノ酸にはペプチド結合を加水分解により解離させる ph 値 (pka 値 ) が存在することによる.pKa 値とは, アミノ酸の種類により異なるがプロトン平衡が関与して, 酸性側でカルボキシル基が塩基性側でアミノ基がイオン化しペプチド結合を切断する. よって組織切片を pka 値の極値側に超える賦活液で加熱すると, 蛋白質を構成するポリペプチド鎖のペプチド結合は序々に解離し, 抗原賦活どころかペプチドもしくはアミノ酸のスープを作ることになってしまう. ゆえに賦活液の ph 値は抗原決定基を構成するアミノ酸の pka 値を超えない酸と塩基間の ph 値で設定しなければならない. - : ジスルフィド結合 : メチレン架橋 : ホルマリン ( 共有結合 ) : 水素結合 : 疎水結合 : アミノ酸残基末端 図 4 加熱冷却後 / 賦活後完全な脱ホルムアルデヒドは出来ないが, ほぼ再構築された蛋白質の高次構造 -4-

おわりに免疫組織化学染色は賦活法の確立やプレパラートのコーティング剤の開発などにより進化を遂げてきた. しかしながら同一抗体 ( クローン, メーカー ) であっても施設間の技術による染色態度の差がみられることがある. そのため, 賦活液のみならずその温度や時間ほか機器の使用法など抗体ごとによる染色法の確立が必要である. 参考文献 1. 江上不二夫訳 : マーラー コーズ生化学,1976 年 10 月 21 日第 1 版第 3 刷, 東京化学同人 2. 第 2 章固定, 病理技術マニュアル 3 病理組織標本作製技術 ( 上 ), 昭和 56 年 3 月 30 日第 1 版, 医歯薬出版 3. 山下修二 : 抗原の賦活化, 組織細胞化学 2007( 日本細胞化学会編 ), 学際企画,pp.45-53,2007-5-