ら 乳酸菌やビフィズス菌の線毛の発見は遅れることとなった それが一転して 全ゲノム解析から得られた情報によって 線毛があるはず ということで仕事がなされたのである (1) 乳酸菌からの線毛の発見 Lactobacillus caseiグループのゲノム解析により spacbaがコードするのは菌体表層タ

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TuMV 720 nm 1 RNA 9,830 1 P1 HC Pro a NIa Pro 10 P1 HC Pro 3 P36 1 6K1 CI 6 2 6K2VPgNIa Pro b NIb CP HC Pro NIb CP TuMV Y OGAWA et al.,

図 B 細胞受容体を介した NF-κB 活性化モデル

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( 様式甲 5) 学位論文内容の要旨 論文提出者氏名 論文審査担当者 主査 教授 大道正英 髙橋優子 副査副査 教授教授 岡 田 仁 克 辻 求 副査 教授 瀧内比呂也 主論文題名 Versican G1 and G3 domains are upregulated and latent trans

医薬品タンパク質は 安全性の面からヒト型が常識です ではなぜ 肌につける化粧品用コラーゲンは ヒト型でなくても良いのでしょうか? アレルギーは皮膚から 最近の学説では 皮膚から侵入したアレルゲンが 食物アレルギー アトピー性皮膚炎 喘息 アレルギー性鼻炎などのアレルギー症状を引き起こすきっかけになる

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前立腺癌は男性特有の癌で 米国においては癌死亡者数の第 2 位 ( 約 20%) を占めてい ます 日本でも前立腺癌の罹患率 死亡者数は急激に上昇しており 現在は重篤な男性悪性腫瘍疾患の1つとなって図 1 います 図 1 初期段階の前立腺癌は男性ホルモン ( アンドロゲン ) に反応し増殖します そ

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記載例 : ウイルス マウス ( 感染実験 ) ( 注 )Web システム上で承認された実験計画の変更申請については 様式 A 中央の これまでの変更 申請を選択し 承認番号を入力すると過去の申請内容が反映されます さきに内容を呼び出してから入力を始めてください 加齢医学研究所 分野東北太郎教授 組

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あまり関係ないことまで述べられていないか?( 混乱の元になるので良くない ) 引用の仕方は首尾一貫しているか?( 複数入り混じるのは良くないと思う ) 悪い例 : 先行研究においては~という結果が得られた(Tsugame et al., 2014) 一方 Tsugamo らは~という結果も得ている

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なお本研究は 東京大学 米国ウィスコンシン大学 国立感染症研究所 米国スクリプス研 究所 米国農務省 ニュージーランドオークランド大学 日本中央競馬会が共同で行ったもの です 本研究成果は 日本医療研究開発機構 (AMED) 新興 再興感染症に対する革新的医薬品等開発推進研究事業 文部科学省新学術領

脳組織傷害時におけるミクログリア形態変化および機能 Title変化に関する培養脳組織切片を用いた研究 ( Abstract_ 要旨 ) Author(s) 岡村, 敏行 Citation Kyoto University ( 京都大学 ) Issue Date URL http

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化を明らかにすることにより 自閉症発症のリスクに関わるメカニズムを明らかにすることが期待されます 本研究成果は 本年 京都において開催される Neuro2013 において 6 月 22 日に発表されます (P ) お問い合わせ先 東北大学大学院医学系研究科 発生発達神経科学分野教授大隅典

細胞膜由来活性酸素による寿命延長メカニズムを世界で初めて発見 - 新規食品素材 PQQ がもたらす寿命延長のしくみを解明 名古屋大学大学院理学研究科 ( 研究科長 : 杉山直 ) 附属ニューロサイエンス研究セ ンターセンター長の森郁恵 ( もりいくえ ) 教授 笹倉寛之 ( ささくらひろゆき ) 研

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2. 手法まず Cre 組換え酵素 ( ファージ 2 由来の遺伝子組換え酵素 ) を Emx1 という大脳皮質特異的な遺伝子のプロモーター 3 の制御下に発現させることのできる遺伝子操作マウス (Cre マウス ) を作製しました 詳細な解析により このマウスは 大脳皮質の興奮性神経特異的に 2 個

Transcription:

麻布大学獣医学部動物応用科学科食品科学研究室教授森田英利 1. はじめに 乳酸菌として初めて全ゲノム解析が公表されたのは 2001 年のLactococcus lactis 1) であり Lactobacillus 属で最初の報告は 2003 年の Lactobacillus plantarum 2) である 一方 ビフィズス菌では Bifidobacterium longum 3) の全ゲノム解析の論文が2002 年に初めて公表された それから10 年以上が経過した現在 数多くの属 種 そして菌株の異なる乳酸菌とビフィズス菌のゲノム情報が公開されてきた その背景には 高速シークエンサーの登場とその後の性能アップが重要な役割を果たした それによって 近縁間での比較ゲノム解析が可能となり ゲノム構造の基本情報 ( 組換え IS 配列の欠失 水平伝播 ファージなど ) 代謝系 細胞付着性 感染防御や免疫賦活効果なども含めた機能性の解明に非常に貢献してきた 無菌マウスを用いた腸管出血性大腸菌 O157 感染死モデルにおけるB. longumのo157 感染死の予防効果の作用機序解明の一助として 供試したビフィズス菌すべての全ゲノム配列を比較することでフルクトース ( 果糖 ) トランスポーター遺伝子の有無の違いを見出した このフルクトース代謝によって産生される酢酸が O157 感染死を予防するプロバイオティクス効果の作用機序であることが明らかにされた 4) 1990 年代の後半から 細菌の全ゲノム情報から基礎研究を進める体制に対して パラダイムシフト という言葉が使われることに共感した 最 近の Nature Review Microbiology に この10 年間におけるシークエンス技術と細菌ゲノム研究の 5) 進展についてreviewされているので参照されたいが 乳酸菌の範疇でもLactobacillus rhamnosus の100 株の比較ゲノム解析が1つの論文で報告され 1990 年代の後半によく耳にした パラダイムシフト という段階から さらに次のステージに入った印象を受ける 1 株のcompleteのゲノム配列があれば 同種の他の菌株はdraft 配列をその complete 配列にマッピングすることにより 代謝 アンタゴニスト シグナル 機能的特性に至るまで詳細な比較ゲノム解析できる 6) draft 配列では ある遺伝子が存在しないことの証明はできないが 同種のcomplete 配列があれば バイオインフォマティクス的にはdraft 配列も十分に解析に寄与する なお 実際のdraft 配列の様子を見ると ギャップ (gap) になるのはIS TnやリボソームRNA 遺伝領域であり ORFについてはほぼカバーできているのが現状である 乳酸菌とビフィズス菌の全ゲノム解析により 様々なことが明らかになってきたが ここでは 以下の2つの項目について述べる 2. 乳酸菌 ビフィズス菌における全ゲノム解析情報からの知見 従来 乳酸菌やビフィズス菌には 線毛 (pili) がない という認識があった これは 集菌作業の遠心分離で線毛が脱落し易く確認し難かったことと 従来から乳酸菌に線毛がないという先入観か

ら 乳酸菌やビフィズス菌の線毛の発見は遅れることとなった それが一転して 全ゲノム解析から得られた情報によって 線毛があるはず ということで仕事がなされたのである (1) 乳酸菌からの線毛の発見 Lactobacillus caseiグループのゲノム解析により spacbaがコードするのは菌体表層タンパク 質であるが機能不明とアノテーションされていた その後 Lactobacillus rhamnosus GG(ATCC 7, 8) 53103) 株のゲノム解析およびその後の詳細な 9, 10) 機能学的 形態学的な研究により SpaCBA は線毛タンパク質であり付着性に関与していることが明らかにされた グラム陽性細菌の表層タンパク質の中には C 末端領域に共通してLPXTG 配列を保有し 本配列を介して細胞壁に共有結合する細胞壁結合タンパク質 (CWAP:cell-wallanchored protein) が存在する CWAPは 宿主組織への付着や宿主細胞への侵入などに密接に関与し CWAPと細胞壁との結合はsortaseと命名された酵素に媒介されている CWAPは Staphylococcus aureus 表層に提示される過程で sortaseによるlpxtg 配列の特異的切断を受け 生じたポリペプチド末端がペプチドグリカンにア ミド結合することで 細胞壁に配置固定されることが示されている 11, 12) L. rahamnosus GG 株のSpaCBAにはLPXTG 配列があり sortaseもコードされているのでこのcwap 配置固定機構が機能している すなわち 従来から知られていたL. rhamnosus GG 株の非常に強い付着性の機序は 線毛のadhesionによるものであった では 乳酸菌には線毛がある と言っていいかというと そうではないようだ 乳酸菌の範疇のゲノム情報も増えているがゲノム既知の情報に基づくと Lactobacillus 属でspaCBAを有するのは L. caseiグループのみであり 線毛を有する乳酸菌は L. caseiグループの特徴である 13) これは Lactobacillus 属の中で L. caseiグループが分化した後 spacba 遺伝子が水平伝播してL. caseiグループゲノムに入り込み その後 種の分化が起きてL. caseiグループに特異的な遺伝子群になったと推察される また L. caseiグループのspacba( 線毛 ) などの菌体表層タンパク質の有無は菌種特異的というより 生育環境 ( 哺乳動物消化管とか乳環境など ) によってその有無に違いが生じている ( 図 1) 13) spac 遺伝子において その途中に終始コドンが入ってORFが2つに分断されている菌株があったが 発現試験を行うと 図 1. 菌体表層タンパク質遺伝子群についての L. rhamnosus ATCC 53103 と L. paracasei ATCC 334 の比較ゲノム解析 (A)WxL クラスター ; (B) 糖鎖構造をもつ菌体表層タンパク質クラスター

図 2 negative 染色による Lactobacillus rhamnosus ATCC 53103 の線毛 ( 投稿中 ) (3) 乳酸菌の鞭毛について Lactobacillus 属のいくつかの菌種に鞭毛がみつかっており 従来より形態学的には知られていたようであるが O'Tooleらのグループ 16) により Lactobacillus ruminisのゲノム情報から鞭毛合成のためのすべての遺伝子が確認された 鞭毛の存在は運動性との関連が示唆されるので 乳酸菌と運動性 の話題にも展開される Lactobacillus 属 ( 乳酸菌 ) に線毛と鞭毛が確認されたことで 乳酸菌には線毛や鞭毛がない とはいえなくなったが 線毛遺伝子群 spacbaと同様に 鞭毛遺伝子群も乳酸菌の範疇の限られた菌種が鞭毛をもっているようである spacが分断された2つのorfが複数の菌株で発現しており それには意味があるのかどうかわからないが興味深い L. rahamnosus GG 株ではSpaCBA 抗体を基盤とした特殊な方法で線毛を検出し 7, 9) 素晴らしい仕事であるが 我々は L. rahamnosus ATCC 53103 株においてnegative 染色でも線毛を確認した ( 図 2) (2) ビフィズス菌からの線毛の発見 最初のビフィズス菌ゲノムの論文の中で Bifidobacterium longum 3) は線毛を有することが示唆されていたが 線毛の形態学的な証明はなされていなかった その後 Venturaらのグループ 14) は B. lomgum subsp. longum B. lomgum subsp. infantis B. dentium B. animalis B. adolescentis B. bifidumから線毛構造の画像を撮影している このことから ビフィズス菌の線毛は bifidobateria の中で保存されており 広く種に分布していることが伺える また B. bifidumの線毛の機能解析が行われ 付着効果と免疫賦活効果が明らかにされた 15) 線毛のこれらの機能に目新しい印象はないが 今までビフィズス菌のプロバイオティクス効果として認識されていたメカニズムの一部がきちんと証明されたことは興味深い (4) 乳酸菌の芽胞について 細菌学において 全ゲノム解析は以前から パワフル ツール とコメントされることが多々あった 線毛や鞭毛では形態学的にはartifactに見える可能性があっても ゲノム情報からその有無が確認されると安心であり 重要な情報提供になる 我々はセグメント細菌 (Segmented Filamentous Bacteria:SFB) の全ゲノム解析を行って SFB には芽胞形成能があることを推定した その論文の中で 詳細なSEMとTEMの電子顕微鏡観察からSFBは芽胞を形成していると結論づけた 17) これは16Sリボソーム遺伝子配列による系統樹から芽胞を形成するClostridium 属のクラスター内に位置することからも その妥当性を窺い知ることができる 過去 SFBの形態学的な論文がありその鮮明な電顕画像を見ると芽胞が写っているが その論文の中では芽胞形成に関するコメントはなされていなかった つまり それまでの情報では SFBが芽胞を形成している可能性を論ずることができなかったのだと思われる では 乳酸菌は芽胞形成に関して ゲノム情報からはどういう状況なのであろうか? 成書による乳酸菌の定義では 芽胞 ( 内胞子 ) を形成しないこと とあり 現に芽胞を形成する乳酸菌は例

外なくみつかっていない 乳酸菌のすべての属は Bacilli 網に分類されており 同じ Bacilli 網に分類 される Bacillus 属の重要な定義は芽胞の形成であ る Makarova ら 18) は広く乳酸菌 (Lactobacillales 目 ) のゲノム解析を行い 先祖乳酸菌は芽胞系性能をもっていたことが 数多くの芽胞形成遺伝子群の欠失や疑似遺伝子化から推定できる とコメントしている 生活環境に恵まれた乳酸菌は芽胞形成する必要がなくなり 不要になった遺伝子を捨てることで進化したものと推察される 3.Lactococcus garvieae における菌株レベルでのブリ属魚類への病原性の有無 Lactococcus 属はチーズスターターのLactococcus lactisに代表されるように安全性の高い細菌という印象があったが 図 3と表 1のとおり L. lactis の近縁種に魚病細菌でありウシ乳房炎やヒトに対する臨床株として注意すべき病原性をもつ同属の L. garvieaeがいる 一方で 本菌種は 健常な哺 乳動物の消化管からも分離され 生食する野菜や食肉製品からの分離 そして ヨーロッパでは伝統的なチーズ製造のスターターとして利用されている すなわち 同菌種のなかで 病原性の有無が菌株レベルで異なっているのである 高知県沖で1974 年に魚病細菌として分離された L. garvieaeはatccに寄託され 継代培養中にそのATCC 49156はブリ属魚類への病原性を失った 一方 同じ高知県沖で2002 年に L. garvieae はブリ属魚類に対して強い病原性を示した そこで 両菌株の全ゲノム配列を決定し 比較ゲノム解析を行った 19) その結果 図 4のゲノムマップとゲノムの特徴の様子から 分離場所も考慮し両菌株の先祖は同じだと推察される そして ブリ属魚類への病原性を示すかどうかの違いは莢膜遺伝子群の有無に絞られ 実際に L. garvieae Lg2の莢膜を構成する遺伝子の変異は その毒性を著しく減少させた 19) また 生食する可能性のあるブロッコリとカイワレから生菌分離された L. garvieaeはブリ属魚類に対する病原性はなく 莢膜遺伝子群がな 図 3 Lactococcus 属とその近縁細菌における全ゲノム公開菌種の ribosomal protein のアミノ酸配列から作成した系統樹

表 1 Lactococcus garvieae が生菌分離された報告例 図 4 L. garvieae ATCC 49156 と Lg2 のゲノムマップとゲノムの特徴 L. garvieae ATCC 49156 1,950,135nt 0(Mb) L. garvieae Lg2 1,963,964nt 0(Mb) 莢膜遺伝子群 (16kb) 1 1 いことを確認した 20) そして 種々の異なる分離源からの L. garvieaeのdraft 配列が公開されてきたことで比較ゲノム解析が可能となった それから導かれた情報の1つとして ヒト臨床株として分離された菌株に莢膜遺伝子群はなかったが ヒ ト由来株にはその他の分離源の L. garvieaeにはない遺伝子を多数もっており 20) それが本菌種の病原性を示す対象 ( 生物種 ) に特異性がある理由とも推察された

4. おわりに 高速シークエンサーの進化によって 細菌ゲノムのdraft 配列やcomplete 配列を得る作業は増えているが 論文化が追い付いていない現状を実感する 論文化できないと配列の公開を躊躇するのは研究者の普通の思いであろう American Society for Microbiology(ASM) が発行する3 雑誌 ( Eukaryotic Cell Journal of Bacteriology Journal of Virology) の中に Genome announcement という1コーナーがあったが 現在はその役目を Genome Announcements というオンライン Journalが引き受ける形になった これは 論文化に時間がかかって眠ってしまっているゲノム配列公開のきっかけになるという実感をもっている 我々は 2011 年に健常なサラブレッドの消化管から分離したLactobacillus equicursorisを新 菌種として提唱し 21) 新菌種提唱のルールに基づき公的バイオリソースセンターに寄託した 今年 2013 年に パスツール研究所のメンバーは その L. equicursorisゲノムのdraft 配列を決定し 彼らの分離した菌株のdraft 配列と比較することで 両菌株が同種であることを結論づけている 22) もちろん draft 配列決定により他にも多くの情報が得られるが 菌種の同定にゲノム配列を決定してしまう時代に突入しているようである 謝辞 : ここに記述した知見の多くは 東京大学大学院新領域創成科学研究科情報生命科学専攻服部正平教授および大島健志朗特任助教 九州大学生体防御医学研究所ゲノム機能制御学部門藤英博特任講師との共同研究によるものであり ここに謝意を表す 文献 : 1)Bolotin A, et al: Genome Res, 11: 731-753 (2001). 2)Kleerebezem M, et al: Proc Natl Acad Sci USA, 100: 1990-1995 (2003). 3)Schell MA, et al: Proc Natl Acad Sci USA, 99: 14422-14427 (2002). 4)Fukuda S, et al: Nature, 469: 543-547 (2011). 5)Parkhill J, et al: Nat Rev Microbiol, 2013, doi: 10.1038/nrmicro3112. 6)Douillard FP, et al: PLoS Genet, 9: e1003683 (2013). 7)Kankainen M, et al: Proc Natl Acad Sci USA, 106: 17193-17198 (2009). 8)Morita H, et al: J Bacteriol, 191: 7630-7631 (2009). 9)Lebeer S, et al: Appl Environ Microbiol, 78: 185-193 (2012). 10)Tripathi P, et al: ACS Nano, 7: 3685-3697 (2013). 11)Mazmanian SK, et al: Science, 285: 760-763 (1999). 12)Ton-That H, et al: J Biol Chem, 275: 9876-9881 (2000). 13)Toh H, et al: PLoS ONE, in press. 14)Foroni E, et al: Microb Cell Fact, 10: S16 (2011). 15)Turroni F, et al: Proc Natl Acad Sci USA, 110: 11151-11156 (2013). 16)Forde BM, et al: Microb Cell Fact, 10: S13 (2011). 17)Prakash T, et al: Cell Host Microbe, 10: 273-284 (2011). 18)Makarova K, et al: Proc Natl Acad Sci USA, 103: 15611-15616 (2006). 19)Morita H, et al: PLoS One, 6: e23184 (2011). 20)Miyauchi E, et al: Int J Microbiol, 2012: 728276 (2012). 21)Morita H, et al: Int J Syst Evol Microbiol, 60: 109-112 (2010). 22)Cousin S, et al: Genome Announc, 1: e00663-13 (2013).