次世代輸送システムとしての飛行船 1 日本飛行船の経営破綻で日本が失ったもの 大型飛行船ツェッペリン NT( ニューテクノロジー ) による遊覧飛行事業などを手がけてきた日本飛行船が5 月 31 日 経営難により事業停止し 自己破産の申請準備に入った 発表元の帝国データバンクによると 今後の事業継続については複数のスポンサー候補と交渉中という 飛行船は大量貨物の次世代国際輸送システムや 他の輸送機関でアクセス困難な土地での資源採掘プロジェクトの一翼を担うものとして ボーイングやロッキードなどが本格的な研究開発を進めている 21 世紀の物流システムとして飛躍する可能性は十分に想定される 日本飛行船はボーイングなどとともに 資源採掘プロジェクト用飛行船の国際共同開発事業に参画するなど その動きにいち早く食い込んでいた 日本国内に飛行船の運用環境が整っていれば 日本飛行船は破綻どころか 大きな国益をもたらした可能性がある 筆者が取材させていただいたのは4 月下旬 1ヵ月後にこのような事態になるとは予想もしていなかったが 飛行船ビジネスの重要性に鑑みて 日本飛行船の事業継続への期待も込め 飛行船の産業動向を紹介する ( 株 ) 日本飛行船が運航してきたドイツ製ツェッペリン NT ツェッペリン NT は 炭素繊維複合材の骨格を供えた世界唯一の機種であるほか 地上でも自力で運航制御が可能であるなど 20 世紀の飛行船にはない技術が搭載された次世代型飛行船 01 年にドイツで初就航して以来 まだ世界に3 隻しかない 日本飛行船は そのうちの1 隻を運航していた 飛行船がアニメ 名探偵コナン の 2010 年劇場版のテーマにもなったことから 船体で映画プロモーションをおこなう コナン号 での遊覧飛行も実施された
日本の航空の現状 飛行船について紹介する前に 日本の航空の現状と その社会的影響について 簡単に触れておく ビジネスジェット ( 社用ジェット ) 専用国際空港 専用国際ターミナルが皆無に近い (= 海外企業の日本素通り 日本企業の競争力低下 ) 航空機のメンテナンス産業が成立していない (= 外国の航空機が安心して飛来できない 航空機部品製造業の重要な収益源となる交換部品需要を取り込めない ) ハブ空港がない (= 投資 ビジネス 人材 観光客の日本離れ ) 格納庫を備えた空港が少ない (= 航空機の保管や軽整備さえ困難 ) 資源も市場も海外依存の島国なのに 航空の重要性を理解していない など 惨憺たるものだ 日本飛行船の経営破綻は氷山の一角に過ぎない 飛行船とは 飛行船は空気より軽いガスの浮力で浮き上がり エンジンで推進力を得て飛行する航空機 構造別に次の4タイプに大別される 1 硬式飛行船 船体を骨格で支えており 船体とガス気嚢が分かれている 2 軟式飛行船 気球同様 骨格が存在しない 3 半硬式飛行船 船体下部のみ 竜骨として骨格が存在する 4 準硬式飛行船 船体を骨格で支えているが 船体とガス気嚢が一体になっている このうち現役のものは2と4のみで ツェッペリン NT は唯一の準硬式飛行船という ツェッペリン NT の通常速度は時速 65~80km( 最高時速は 125km) 高度約 300~600m を飛行し 航続距離は約 900km 最大 12 人まで乗せて遊覧飛行などができる
現役の飛行船の多くは 広告宣伝や測量 警備などに用いられるもので 無人機またはスタッフが数人乗れる程度であり ツェッペリン NT は世界最大の機種という 飛行船全盛期の 20 世紀前半に活躍した硬式飛行船には 平均時速 140km 航続距離 1 万 1,000km 乗客 乗員合わせて 60~65 人乗り 太平洋横断所要時間 3 日強の性能を持つ旧ツェッペリン号のような長距離用大型機種も存在し 大西洋をまたいだ定期路線も確立されていた 当時の最新の飛行機ダグラス DC-3( 民間航空輸送ビジネスの幕開けを担った名機のひとつとされる ) が 巡航時速 250km 弱 航続距離 2,500km 弱 乗客 乗員合わせて 35 人乗り以下だったことを考えれば 飛行船が長距離国際輸送システムの主役であったことは想像に難くない 1937 年のヒンデンブルク号の火災炎上事故により 可燃性ガスを大量に搭載した危険な乗り物 とのイメージが広がり 衰退を余儀なくされた飛行船だが 複合材による軽量化など技術革新に伴い 改めてその有用性が注目されつつある なお今日では ヒンデンブルク号の事故の原因は 浮力を得るため船体に搭載していた水素ではなく 船体に塗布されていた発火性の金属性塗料であったことが証明されている ツェッペリン NT は船尾 船体両脇の計 3 基のティルト式ローター エンジン ( レシプロ式 ) で 地上でのホバリング移動が可能 従来の飛行船はマストに係留する際 2 本の係留ロープを 15 人ほどの地上スタッフが引っ張って移動させる必要があったが ツェッペリン NT は係留ロープ1 本 地上スタッフ3~4 人で済む
乗客の搭乗時も 地上スタッフ1 人 ( 左 ) が係留ロープを押さえるだけで済み 人件費が大幅に低減された 地上では船首をマストに係留する ツェッ ペリン NT はリモコンによるマスト係留 分離操作も可能になった
操縦系統には 飛行機と同じくフライ バイ ワイア ( パイロットの操作を電気信号に変換し 駆動部に伝達する操縦システム 自動車のパワーステアリング同様 わずかな力で航空機を操縦できる ) を初搭載 従来の飛行船は大きな操縦桿を必死で動かさなければならず 8 時間も乗れば疲れきってしまったが ツェッペリン NT は非常に楽 と パイロットは語っていた 資源採掘プラント建設 大洋横断物流システム ボーイング スカイフック 日本飛行船が提携 2009 年 9 月 日本飛行船はボーイングおよびカナダの飛行船開発企業 Skyhook International( 以下スカイフック社 ) との間で 重量物輸送飛行船 Skyhook HLV( スカイフック Heavy Lift Vehicle) 開発プロジェクトに関し 業務提携を結んだ カナダの広大なツンドラ地帯を舞台に 資源採掘プラントなどの建設資材を輸送する飛行船を開発 運用しようというビジネスで ボーイングは飛行船の開発および製造 日本飛行船は運航 運用 整備 地上支援などを手がけ スカイフック社が飛行船のオーナー兼ユーザーとして輸送ビジネスを展開するという内容だった カナダでは地球温暖化に伴う凍土の融解で 森林資源や鉱物資源などの利用が可能にな
りつつあるが 凍土融解後のツンドラは沼沢地のようになっており トラックや鉄道での物資輸送は不可能に近い ヘリコプターでは求められる輸送能力を満たすことが困難なため 飛行船にスポットが当たった 08 年 スカイフック社とボーイングがプロジェクトの共同発表をおこない 既にロイヤル ダッチ シェルのベンチャー ファンドや カナダの鉱山会社などがスポンサーについている 開発中の飛行船は 飛行船の燃費効率と安定性 ヘリコプターの推進力を兼ね備えたハイブリッド エアクラフトの一種 ティルト ローターを4つ 進路制御用スラスターを前後 2つずつ 姿勢制御用スラスターを船尾に2つ備える 最大で 40tまでの重量物を 140~160nm( 250km~300km 弱 ) 輸送できる性能を目指している 巡航時速は 120km スカイフック HLV はこのほか 融解した凍土に取り残されたトラックなどの救出 風力発電用ブレードの空輸などへの利用も計画されている 特に風力発電用ブレードに関しては 地上に下ろすことなく 上空でホバリングしながら装着させる技術開発も可能という 風力発電建設地への新たな道路などをつくる必要がなくなるため 道路建設に伴う環境負荷を回避できるメリットもある 航続距離などから カナダ全域をカバーするには 250 隻ほどの需要が想定されている 2010 年にはデザインを完成させ 2011 年には素材調達を開始する予定 2014 年までに商業運航が開始される見通しだ Skyhook 社とボーイングが共同開発を目指している重量物輸送飛行船 風力発電のブレードなども直接 建設現場に輸送する 建設現場へのアクセス道路を新設する必要がなくなるため 環境保護の観点からもメリットは大きい 日本飛行船は運航会社として この開発プロジェクトに参画していた ( 画像提供 : 日本飛行船 )
ロッキード マーティンの動向 ロッキード マーティンもまた 大型飛行船の開発を進めている こちらは DARPA( 米国防総省国防高等研究計画局 ) のプロジェクトの一環であり 公式な情報はほとんど出回っていない ただし航空機産業の国際情報誌 Aviation Week の記事によると 06 年 1 月 カリフォルニア州パームデールの空軍基地で試験飛行が実施されたハイブリッド式軟式飛行船 P-791 Super Blimp のデザインに 英国企業 World SkyCat 社が開発を進めている大量物資輸送用飛行船 SkyCat と共通要素が見られたことから SkyCat と同様の用途を想定しているのでは との推測がなされているようだ SkyCat は最大 1,000 トンの貨物を搭載し ( エアバス A380 貨物機の最大積載量は 150 トン ボーイング B747-8 貨物機は同 134 トン ) 赤道を半周できる 2.2 万 km の航続能力を目指したもので 2000 年に1/6スケールの無人機のテスト飛行がおこなわれている 飛行機より安く 船より速く 内陸目的地にも直行 World Sky Cat 社の資料によると 積載量 50 トンを超えたあたりから 飛行船の輸送コストは飛行機より安くなり 500 トンを超えると 大型貨物船の輸送コストとほとんど差がなくなる また 飛行機と異なり 離着陸に滑走路を必要としないため 貨物を最終目的地までダイレクトに輸送することも可能であり ( 前述のカナダのプロジェクトは その好例であろう ) 船舶のように港湾で他の輸送機関に積み替える必要もないなど 大きな利点を備えている 燃料消費が少なく 環境負荷を軽減できることも強みのひとつだ ボーイングとロッキードの動きを見ても 飛行船が 21 世紀の物流システムにおいて重要な位置を占める可能性は高い これ以外にもアメリカや中国 ヨーロッパの企業などが 大容量貨物の国際輸送用飛行船の開発プロジェクトに取り組んでいる 飛行機は高速だが輸送コストが高い 船舶は 輸送コストは安いが時間がかかる 船舶より速く 飛行機より輸送コストの安い飛行船は その中間を埋める 第 3の国際輸送システム としての可能性を秘めている ( 日本飛行船 ) ことが 背景となっている
日本飛行船がカナダでのプロジェクトに参画したことで 日本はその動きの中心のひとつに足がかりを築いたわけだ 先にも述べたが スカイフック社とボーイングの飛行船開発プロジェクトには 石油メジャーも出資している 飛行船は遊覧飛行や広告宣伝にとどまらず シビアな資源獲得競争の一環として認識されるべき分野となっている 国際的な大規模物流システムの構築にあたり ルールを制定する側に立つか ルールに従う側に立つか の視点で捉えることも欠かせない 資源も ルールを創る側に立つ ことも 日本にとっては後れを取ることがお約束になっているテーマだけに 国を挙げて飛行船の運航環境を高い水準で整え 資源採掘プラント建設資材輸送や 国際的な大量貨物輸送に利用される飛行船の運航ルールの制定に 一定の発言権の獲得を目指すべきだったのではないか 災害時のレスキュー支援 日本でも 飛行船の利用開発が全く手付かずだったわけではない 研究が進んでいた案件に 大規模災害時の救難活動がある 震災で陸上交通網が寸断された場合などに どのように被災地の状況を迅速に把握するか 現在はもっぱらヘリコプターに頼っているが ヘリには次の難点もある 強烈な下降気流を発生させる ( 救助活動に支障を来たす場合がある ) 騒音が大きい ( 同 ) 燃料消費が激しく 被災地に長時間留まることができない 揺れが大きく 被災地の地形などの精密測定に限界がある ヘリの機動力は心強い味方となるが わずかな物音やかすかな声を頼りに生存者を捜索している現場では ローター音は救助の妨げとなってしまう そこで注目されるのが飛行船だ 浮力をヘリウムガスで得るので下降気流はほとんど発生せず 静音性にも優れている 燃料消費が少なく安定したホバリングが可能なので 被災地で長時間にわたり 救助活動のサポートを展開できる たとえば
道路の破損状況 がけ崩れなど地形変化を精密計測し 3 次元画像として再現する 人工漁礁など海中の構造物の被害具合も 時間をかけて把握できる 陸上通信インフラの破損時には 臨時の電波中継局となる 携帯電話の電磁波 ( 電源が入っている限り常に基地局との間で送受信されている ) を探知し 行方不明者を発見する 騒音が非常に少ないので 移動会議室として機能する ( 責任者が現場を見ながら その場で意思決定できる ) ツェッペリン NT のキャビン ゆったりとした座席周り 広い窓が特色で 災害現場を 直接視認する移動対策本部として活用できる ( 写真提供 : 日本飛行船 ) 日本では数年前から 独立行政法人情報通信研究機構や民間の測量会社などが 日本飛行船の協力のもと ツェッペリン NT を使った上記のような活動や実証実験をおこない 成果を上げてきた 次世代輸送システムとしての飛行船 2 につづく