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1 平成 26 年度厚生労働科学研究委託費 ( 創薬基盤推進研究事業 ) 研究課題名 : 産学官連携研究の促進に向けた創薬ニーズ等調査研究 次世代医療に向けたコホート研究の動向 - 創薬並びに個別化医療や予防医療への貢献の道を探る - 創薬資源調査班調査報告書 平成 27 年 3 月 公益財団法人ヒューマンサイエンス振興財団 ( 第 2 版 )

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3 はしがき コホート研究は従来から疫学研究の観点から重要視されてきていましたが 近年ではゲノム情報等との連携により 診断 治療法の開発への展開の点でも期待されています またそのことによって創薬等に関わる企業からも注目されるようになってきました わが国では 1961 年から福岡県において 久山町研究 が開始され 関係者の尽力により世界でも類を見ない質の高いコホート研究が現在でも継続されています また J-MICC STUDY( 日本多施設共同コホート研究 ) のように 10 万人以上の健康状態を長期にわたって追跡する研究や 震災被災地の医療復興も目的とした東北メディカル メガバンクプロジェクトなども実施されています さらに近年ではゲノム情報やメタボローム情報の取得も始まっており データの多様性も高まってきています また 2015 年 1 月にはオバマ大統領が一般教書演説の中で示した プレシジョン メディシン イニシアチブ において 米国において 100 万人以上の遺伝子解析情報を集める計画を発表するなど コホート研究への注目はますます高まっています 一方で従来より 各コホート研究は独立に行われており 相互の連携は必ずしも進んでいなかったと言わざるをえません データのすり合わせといった技術的課題 個人情報保護等の課題など複雑な問題が山積していますが 特に健常人を対象としたコホート研究においてはデータの統合や 電子カルテ情報等との統合により より高度で付加価値の高い情報資産となることも期待されます 本調査では第一章にて コホート研究にも重要な役割を担うメタボロミクス等の技術の進展について述べます 第二章では日本を代表するコホート研究から 8 件のコホートについて直接当事者である先生にお話しを伺い 取りまとめました そして第三章では直近の行政動向について整理いたしました さらに末尾では調査結果全体からの考察と共に 関係者へ向けた提言をまとめました なお 本調査は 平成 26 年度厚生労働科学研究委託費 ( 創薬基盤推進研究事業 ) 研究課題 : 産学官連携研究の促進に向けた創薬ニーズ等に関する調査研究 の一環として実施しました この報告書がコホート研究に関心のある方の参考となり 関係各位の研究開発等のヒントとして役立つことを願っています 最後になりましたが ご多忙な中 ヒアリングや研究室の見学に多大な時間を割いていただいた先生方 調査に協力いただいた株式会社シードプランニングのスタッフ ヒューマンサイエンス振興財団事務局 そして原稿執筆と取りまとめに当たった調査班のメンバー各位に感謝申し上げます 平成 27 年 3 月 ( 公財 ) ヒューマンサイエンス振興財団創薬資源調査班リーダー江口有 i

4 本調査にご協力いただいた学識経験者及び機関 ( 敬称略 所属機関 50 音順 所属はヒアリング実施時点 ) 田中英夫 愛知県がんセンター研究所疫学予防部部長 祖父江憲治岩手医科大学 副学長いわて東北メディカル メガバンク機構長 人見次郎 岩手医科大学 医学部副学部長教授いわて東北メディカル メガバンク機構副機構長 清水厚志 岩手医科大学 災害復興事業本部いわて東北メディカル メガバンク機構生体情報解析部門部門長代理特命教授 清原裕 九州大学大学院医学研究院環境医学分野教授 松田文彦 京都大学医学研究科 ゲノム医学センターセンター長 疾患ゲノム疫学分野統計遺伝学分野教授 小杉眞司 京都大学医学研究科社会健康医学系専攻健康管理学講座教授 本蔵俊彦 クオンタムバイオシステムズ ( 株 ) 代表取締役社長 最高経営責任者 谷口正輝 クオンタムバイオシステムズ ( 株 ) 取締役 最高科学責任者 大阪大学産業科学研究所 産業科学ナノテクノロジーセンター バイオテクノロジー研究分野教授 武林亨 慶應義塾大学医学部衛生学公衆衛生学教室教授 原田成 慶應義塾大学医学部衛生学公衆衛生学教室助教 齊藤嘉朗 国立医薬品食品衛生研究所医薬安全科学部部長 前川京子 国立医薬品食品衛生研究所医薬安全科学部第 2 室室長 齋藤公亮 国立医薬品食品衛生研究所医薬安全科学部第 2 室主任研究官 津金昌一郎 ( 独 ) 国立がん研究センターがん予防 検診研究センターセンター長 村松正明 東京医科歯科大学難治疾患研究所ゲノム応用医学研究部門 分子疫学研究室教授 山本雅之 東北大学東北メディカル メガバンク機構機構長 長神風二 東北大学東北メディカル メガバンク機構 広報 企画部門副部門長 / 総務 企画事業部副部長特任教授 一圓剛 ヒュービットジェノミクス ( 株 ) 代表取締役社長 玉腰暁子 北海道大学大学院医学研究科社会医学講座公衆衛生学分野教授 久保充明 ( 独 ) 理化学研究所統合生命医科学研究センター副センター長 ii

5 調査実施者及び執筆者 ( 敬称略 所属機関 50 音順 所属は 2015 年 3 月末時点 ) 江口有 ( リーダー ) 協和発酵キリン ( 株 ) 研究本部オープンイノベーション部 石間強 ( サフ リータ ー ) 日本新薬 ( 株 ) 東京支社医療政策情報部 瀬戸孝一 ( サフ リータ ー ) ゼリア新薬工業 ( 株 ) 中央研究所薬理研究部 森本晃史 ( サフ リータ ー ) 旭化成ファーマ ( 株 ) 診断薬製品部 清末芳生 ( 株 ) シード プラニング 具嶋弘 ( 株 ) 久留米リサーチパーク 小紫俊 大正製薬 ( 株 ) 医薬事業部門 齋藤雅光 齋藤バイオコンサルタント代表 佐々木康夫 ( 公財 ) 静岡県産業振興財団ファーマバレーセンター 杉崎肇 ( 株 ) エスアールエル技術開発部 鈴木雅 田辺三菱製薬 ( 株 ) 研究本部研究企画部 鈴木良邦 ( 株 ) アイ バイオ コンサルティング取締役 園家暁 日本新薬 ( 株 ) 東部創薬研究所 高田準治 持田製薬 ( 株 ) 創薬研究所 多田秀明 小野薬品工業 ( 株 ) 筑波研究所 田中弘一郎 藍野大学医療保健学部 冨田久夫 冨田バイオテクノロジーコンサルタント代表 中尾裕史 興和 ( 株 ) 医薬事業部東京創薬研究所 中田勝彦 参天製薬 ( 株 ) CSR 統括部 中村賢治 和光純薬工業 ( 株 ) 臨床検査薬研究所 西澤雅子 大日本住友製薬 ( 株 ) ゲノム科学研究所 濱里史明 ( 株 ) 日立製作所中央研究所ライフサイエンス研究センタ 東本浩子 ( 株 ) エスアールエル臨床検査事業商品企画開発部門 平野弘之 独立行政法人理化学研究所環境資源科学研究センター 深水裕二 科研製薬 ( 株 ) 開発ポートフォリオ推進部 松久明生 扶桑薬品工業 ( 株 ) 研究開発センター 山本啓一朗 日本化薬 ( 株 ) 医薬研究所 吉久保尚司 中外製薬 ( 株 ) 創薬企画推進部研究 NWG 五十嵐夕子 ( 事務局 )( 株 ) シードプラニングリサーチ & コンサルティング部 野田恵一郎 ( 事務局 )( 株 ) シードプラニングリサーチ & コンサルティング部 加藤正夫 ( 事務局 研究分担者 ) ( 公財 ) ヒューマンサイエンス振興財団 研究企画部 iii

6 目次 ページ はしがき ⅰ 本調査研究にご協力いただいた学識経験者及び機関 ⅱ 調査実施者及び執筆者 ⅲ 目次 ⅳ 第一章ゲノム医療を支える研究技術 研究環境並びにビジネス動向 はじめに 1 (1) 高速シーケンサー ( 次世代シーケンサー ) の現状 2 (2) ナノポアシーケンサーの開発 10 (3) メタボローム解析技術の進歩と多階層オミクス解析 20 (4) エピゲノム研究 36 (5) 国内外における遺伝子検査ビジネスの現状と将来 43 (6) 先制医療を目指した医薬品開発 54 第二章我が国のコホート研究 はじめに 64 第 1 節我が国のコホート研究の現状と将来展望 (1) 久山町研究 66 (2) 東北大学東北メディカル メガバンク機構 80 (3)IMM いわて東北メディカル メガバンク機構 91 (4) 鶴岡メタボロームコホート研究 ( 鶴岡みらい健康調査 ) 101 (5) ながはま0 次コホート事業 110 (6) 多目的コホート研究並びに次世代多目的コホート研究 123 (7) 日本多施設共同コホート研究 (J-MICC) 136 (8) オーダーメイド医療の実現プログラム / バイオバンクジャパン 146 第 2 節コホート研究の実施 運営上の課題 (1) コホート研究における諸課題 158 (2) ゲノムコホート研究の技術的側面 163 (3) ベンチャー企業のコホート研究への取組み 177 第三章行政の動向 (1) 健康 医療戦略と日本医療研究開発機構 187 (2) オールジャパンでの創薬支援 194 第四章考察 198 第五章提言 204 あとがき v iv

7 第一章ゲノム医療を支える研究技術 研究環境ならびにビジネス動向 第一章ゲノム医療を支える研究技術 研究環境並びに ビジネス動向 はじめに 公益財団法人ヒューマンサイエンス振興財団 (HS 財団 ) では 昨年度まで長きに亘ってゲノム医療 個別化医療に関わる基盤技術に関する動向調査報告並びに提言を行ってきた しかしながら 近年の日本の現状は 国際競争が厳しくなる中 個別化医療領域並びに関連する基盤技術分野において 欧米より遅れをとっている状況である 今年度は 創薬 個別化医療などを視野に入れた 次世代医療へ向けたコホート研究 を調査対象とし 本章では コホート研究を実施する上で必要なゲノムシークエンシングやオミクス解析などの基盤技術をはじめ 次世代医療 ( 創薬並びに個別化医療 予防医療 ) に向けた関連技術動向としてのエピゲノム診断や医療概念である先制医療 またビジネス環境として遺伝子検査ビジネスの最新動向について取り上げた 全ゲノム解読以降 シークエンシングの技術進化は目覚ましく 既に第 4 世代のシークエンサーの開発が世界的に進められている 特に 進化型のシークエンサーについては ゲノムコホート研究に限らず コストのさらなる低減やエピゲノムなどの多様な情報の取得が求められている そこで 本章では 次世代シークエンサーの概論に加え 上記の課題克服を主眼とした次世代シークエンサーとして 第 4 世代のシークエンサーである一分子シークエンサーの開発動向について紹介する コホート研究においては ゲノムシークエンスのような生涯不変な固有情報ではなく 生体の状態を反映した動的変化をも捉える多層オミクス研究も進められている 多層オミクスには ゲノミクス プロテオミクス メタボロミクスなどが代表的であるが 本章では その中でも特にメタボロミクスに焦点をあて メタボローム解析についての一般的な技術概論に加え 解析に及ぼす諸因子や 将来の創薬研究への応用に向けたプロジェクトの最新動向について紹介する また 次世代医療に向けた研究動向として 固有情報であるゲノムシークエンスだけではなくエピゲノムに関する基礎研究並びに研究動向について さらにコホート研究の次世代医療への応用面で最も重要な医療概念である先制医療の最新動向についても 取り上げたので本章で紹介する 一方 ゲノム研究が普及することの社会的側面として 遺伝子検査ビジネスについても注目した ゲノムコホート研究が一般化する社会環境において 遺伝子検査の規制面などの動向は重要な要因となると予想されるが 多くの課題が解決できていない状況であり 遺伝子診断ビジネスについてもその最新動向や課題について取り上げたので本章にて紹介する - 1 -

8 第一章ゲノム医療を支える研究技術 研究環境ならびにビジネス動向 (1) 高速シークエンサー ( 次世代シークエンサー ) の現状 1. はじめに 2000 年にヒトゲノムのドラフト配列が発表されてから早くも 15 年が経とうとしている ヒトゲノム計画における塩基配列解読で中心的な役割を果たしたのがキャピラリー式の DNA シークエンサーであった これはサンガー法による反応とゲル電気泳動とをベースにした DNA シークエンス技術であり 蛍光色素標識とキャピラリーを用いた電気泳動によって解析効率が著しく向上した 一方 ヒトゲノムの解読が進むその裏では サンガー法に代わる より効率的な DNA シークエンス技術の開発が進められていた ヒトゲノム計画終了直後の 2003 年 5 月 米国 National Human Genome Research Institute が新しいシークエンス技術の開発計画を発表した 1) ヒト全ゲノムを 1,000 ドル以下のコストで解読するという 1,000 ドルゲノム という目標コンセプトが示され ヒトゲノム計画で行われていた新しいシークエンス技術の開発はこの計画に継承された これを契機に 米国を中心にして数多くの研究チームやベンチャー企業が 1,000 ドルゲノムの実現に向けてシークエンスのコストダウンとスピードアップにしのぎを削ることになったのである その結果 2005 年には最初のシークエンサーとして Roche/454 Life Sciences の Genome Sequencer System が製品として市場に出た さらに それに続いて他のシークエンサーも発売され 現在の隆盛へと至っている この新たなシークエンサーの登場によってゲノムのシークエンスコストが大幅に低下すると共に 解読スピードが飛躍的に向上し 様々な生物種やその個体のゲノム解析が精力的に進められている また シークエンサーをプラットフォームとした新たな解析技術が開発され 発現解析やエピゲノム解析 メタゲノム解析などに応用されている このように 新型のシークエンサーによって 生命科学や医学のアプローチは大きく変わりつつあり 単なる塩基配列解読に留まらない一種の革命的技術となっている これら新型の DNA シークエンサーは サンガー法による DNA シークエンサーを 第 1 世代シークエンサー とした場合に それとの対比で 次世代シークエンサー (Next-Generation Sequencer;NGS) と呼ばれてきた また その圧倒的に高い配列解読能力から High-throughput Sequencer( 高速シークエンサー ) と呼ばれている 2) また 新型のシークエンサーに共通した特徴は 非常に多数のシークエンス反応を同時に行う点であるが その特徴より massively parallel sequencing( 超並列シークエンシング ) という言葉が使われている 3) 本稿では 既に 10 年経っているのに今さら 次世代 は不適当ではという識者の意見も踏まえて 高速シークエンサー という言葉を使わせていただく 本ワーキンググループの調査報告書では 2007 年度より毎年 1 つの項を高速シークエンサーの解説に当ててきた 4)~10) 特に 2013 年度は創薬における重要技術の 1 つとして高速シークエンサーを取り上げ メイントピックとして関係者へのヒアリングなどの調査を行った 9) そちらも併せて参照願いたい 現在 様々な原理に基づく高速シークエンサーが開発されており 技術的特徴から以下のように第 2 世代 第 3 世代 第 4 世代と分類することができる ただし この分野は進展も早く 後から開発された技術の方が先に製品として普及するケースもある 分類自体はあくまでも理解のための便宜的なものと考えるべきで それに拘ることに大きな意味は - 2 -

9 第一章ゲノム医療を支える研究技術 研究環境ならびにビジネス動向 ない 特に 最近注目されているナノポアシークエンサーに関しては 1 分子リアルタイムシークエンサーであるが 塩基配列解読は電流計測によって行っており 光計測を用いない Post-light シークエンサーでもある したがって 第 3 世代と第 4 世代の両方の特徴を兼ね備えている 本稿では第 4 世代に分類して解説するが このような観点からも 高速シークエンサーの分類に大きな意味はないだろう 2. 第 2 世代シークエンサー : 逐次 DNA 合成と光検出法を用いた超並列シークエンシング DNA ポリメラーゼまたは DNA リガーゼによる逐次的 DNA 合成法を用いて 蛍光 発光などの光検出によって超並列的に塩基配列を解読する 光検出を行うために 反応試薬には蛍光色素や発光基質を必要とし ランニングコストが高くなる また 装置には光検出器や撮像素子を必要とするため 構造が複雑になり 高価になる傾向がある さらに 画像処理によりベースコールを行うため大規模なデータ処理能力を要するなどの特徴がある 製品としては Roche Diagnostics Life Technologies( 現 Thermo Fisher Scientific) および Illumina の 3 社より市販されていたが Roche と Life Technologies が第 3 世代および第 4 世代のシークエンサーへと移行する中で 現在は Illumina のほぼ寡占状態にある (1)Roche/454 Life Sciences 高速シークエンサーとして最初に製品化されたものは 2005 年に発売された 454 Life Sciences の Genome Sequencer System GS20 である パイロシークエンス法を用いたシークエンサーで Roche Diagnostics から販売された 11)12) しかし 発売から 8 年経った 2013 年 10 月 Roche は 2016 年を目処に 454 シークエンサーから撤退することを表明した 13) 同社のシークエンサー GS System は 1 回のランで得られるデータ量が少なく ランニングコストが他社製品に比べて高いために 市場で苦戦が続いていたことが理由であろう 一方で リード長が長いという特徴があり de novo のシークエンスなどに用いられて高い評価を得ていた そのようなユーザーからは撤退を惜しむ声も上がっている 撤退のもう 1 つの背景としては 2013 年 9 月に発表された Roche と Pacific Biosciences との提携がある 14)15) Pacific Biosciences については後ほど説明するが 高速シークエンサーに関しては 今後 Pacific Biosciences との提携にシフトしていくことを表明している (2)Life Technologies SOLiD Life Technologies の SOLiD シリーズに関しては 反応系としては ポリメラーゼによる合成反応ではなくライゲーションによる伸長反応を用いている 2011 年には新しいシークエンサー 5500 SOLiD および 5500xl SOLiD が発売された 16) これは日立ハイテクノロジーズとの共同開発によるもので 従来機種の改良ではなく 新たに設計され 装置の使い易さや信頼性などが向上している しかし その後 Life Technologies がその主力製品を Ion Torrent Systems の半導体シークエンサーへとシフトする中で SOLiD シリーズに関しては新たな製品などはリリースされていないようだ - 3 -

10 第一章ゲノム医療を支える研究技術 研究環境ならびにビジネス動向 (3)Illumina 現在 Illumina の高速シークエンサーが市場全体をほぼ独占する状態になっている 主力製品であるハイエンド機種に関しては 常に性能アップが図られており よりスループットの高い機種がリリースされている 17) 18) 現在の最上位機種は HiSeq 3000/4000 で HiSeq 4000 の場合 フローセル 2 枚を用いて 1 回のランで 1.5 Tb( テラベース 塩基 ) 50 億リードの配列解読が可能で 3 日でヒトゲノム 12 人分を解読できる能力を有している 一方で MiSeq や NextSeq 500 のように ベンチトップ型でラボへの普及を図った製品もあり 広く利用されている その中で 2014 年 1 月にリリースされたたシークエンサー HiSeq X Ten は 大規模シークエンスセンター向けの製品であるが 初めて 1,000 ドルゲノムを達成したとされている これは HiSeq X システムというハイエンドマシーン 10 台で構成されているシステムである HiSeq X 1 台の性能としては HiSeq 4000 とほぼ同等で 1 回のランに 3 日を要し 1.6~1.8 Tb の塩基配列データを産出する ヒトゲノム全長 3 Gb( ギガベース 10 9 塩基 ) を 30 倍のカバレッジで解読する場合 90 Gb のデータが必要となる したがって HiSeq X 1 台では 1 回のランで 16~20 人のゲノム配列の解読が可能である これを 1 年 365 日稼働させた場合 最大で 120 回のランが可能であり 2,400 人のゲノム配列を解読することができる 実際にはフル稼働は困難と思われるので カタログスペックとしては 1 年で 1,800 人のゲノム解読とされている したがって HiSeq X Ten システム全体では その 10 倍の 18,000 人のゲノム配列の解読が可能となる HiSeq X Ten では大規模なシークエンシングシステムによりコストも大幅に低減し ヒトゲノム 1 人あたりを 1,000 ドル以下のコストで解読できるとしている 1,000 ドルのコストには システムの原価償却費 消耗品 DNA 抽出およびサンプル調製 標準的なラボにおける人件費を含んでいる ヒトゲノムの解読コストは急速に低減して来たが この 2~3 年はほとんど変わらず 約 7,000 ドルに留まっていた このうち半分以上をウェット実験作業および情報処理に要する人件費が占めており さらなるコスト低減は困難と考えられていた 今回の HiSeq X Ten によってヒトゲノム解読コストは一気に 1,000 ドルになったが 実際に人件費などがどこまで考慮されているか 注意を要する コスト的には HiSeq X Ten が限界に近く 第 2 世代シークエンサーでは これ以上のコスト低減は難しいと思われる なお HiSeq X Ten に続いて HiSeq X システム 5 台で構成される HiSeq X Five もリリースされた 3. 第 3 世代シークエンサー : 1 分子リアルタイムシークエンシング DNA1 分子を鋳型として DNA ポリメラーゼによる DNA 合成を行い 1 塩基ごとの取り込み反応を蛍光や発光などで検出することにより リアルタイムで塩基配列を解読する 1 分子の DNA を鋳型として DNA ポリメラーゼの合成速度で塩基配列を読むために 単位時間当たりの配列解読量が多く コストダウンにつながることが期待される また 反応あたりのリード長が数百塩基以上と長いので de novo シークエンスによる新規配列の解読にも利用できることが期待されている ただし 1 分子シークエンスの場合 1 分子レベルの計測を行うために塩基配列決定の精度が低い点が課題となっている - 4 -

11 第一章 ゲノム医療を支える研究技術 研究環境ならびにビジネス動向 1 Helicos BioSciences 1 分子シークエンサーとして最初に製品化されたのは 2008 年に発売された Helicos BioSciences の HeliScope であった しかし 残念ながら同社は 2012 年 11 月に米連邦破 産法第 11 条に基づく倒産処理を開始した 装置が大きく 価格が 1 億円以上と高価であ るが リード長は短く精度が低かったため ビジネスとして成り立たなかったようである しかし その技術は 2013 年 3 月に設立された SeqLL という会社に引き継がれており HeliScope を用いた受託解析を行っている19 2 Pacific Biosciences 次いで 2010 年 11 月には Pacific Biosciences の装置が発売された14 これは SMRT Single Molecule Real Time テクノロジーを用いた 1 分子シークエンサーであり 鋳型 DNA の増幅反応を行わずに塩基配列の解読が可能で 1 反応あたりのリード長も数百 数 千塩基になるとされている 超並列反応と併せて第 2 世代シークエンサーを大きく上回る スループットを実現すると期待されているが 現時点では十分な性能は出ていないようだ 先にも述べたが 1 分子シークエンスの場合 塩基配列決定の精度が低い点が課題となっ ているが Pacific Biosciences のシークエンサーの場合 DNA を環状にして同じ配列を繰 り返して読んでいる これによって 1 回の解読では低い精度を 何度も読んでカバレッ ジを上げることによって克服している Pacific Biosciences のシークエンサーRSⅡに関し ては 2014 年 2 月の Annual Advances in Genome Biology and Technology Conference AGBT において 54 倍のカバレッジでヒトの全ゲノムの解読に成功したことが報告さ れた 日本国内でも大学や国立研究機関で数台が稼動しており サイズが数 Mb メガベ ース 106 塩基 程度の細菌ゲノムであれば 1 回のランで解読が可能である ただし 装 置本体が巨大で 1 トン近い重さがあり 価格が約 1 億円と高価で 年間メンテナンス料が 約 1,000 万円とランニングコストがかかるなど この装置がどこまで普及するかは不明で ある なお Pacific Biosciences に関しては 2013 年 9 月に Roche との提携が発表され た 今回の提携により Pacific Biosciences がシークエンシングシステムの医療診断向け の開発を Roche のために行なうことになる Roche は 2012 年 1 月に Illumina の買収を 試みて 失敗に終っている20 21 Roche にとってシークエンシングシステムの入手は 戦略的に必須だったようで 454 シークエンサーの開発および販売を終了するとともに Pacific Biosciences にその将来を託すようである 4 第 4 世代シークエンサー Post-light シークエンシング 蛍光 発光などを用いず 光検出以外の検出方法により超並列的に塩基配列を解読する シークエンサーである 光検出を行わないので 試薬や装置がシンプルになり ランニン グコストや装置価格が低下することが期待されている また DNA サンプル調製も簡便に なると思われる 様々な方式が開発されているが Ion Torrent Systems の半導体シーク エンサーがいち早く製品化され 第 3 世代シークエンサーよりも普及している なお 分 類的には 上記の第 3 世代シークエンサーと第 4 世代シークエンサーとを合わせて 1 つ のジャンルとする考えもある -5-

12 第一章ゲノム医療を支える研究技術 研究環境ならびにビジネス動向 (1)Ion Torrent Systems 第 4 世代シークエンサーとして最初に製品化されたのは Life Technologies から販売されている半導体シークエンサー Ion Personal Genome Machine(Ion PGM) で 2011 年に発売された 16) 22) この装置は Ion Torrent Systems が開発したものである Ion Torrent Systems は 454 Life Sciences の創設者である Jonathan Rothberg が創設したベンチャー企業で Ion PGM も 454 と同じくパイロシークエンス法によるシークエンサーである ただし 454 がルシフェラーゼによる発光反応と光検出を用いているのに対して Ion PGM ではパイロシークエンスと半導体による検出を組み合わせて シークエンス反応をリアルタイムにデジタル化している 原理としては 半導体チップ上で DNA ポリメラーゼによる DNA 合成反応を行い 各塩基が取り込まれる際に放出される水素イオンをイオン電極で計測して塩基配列の解読を行うものである Ion PGM では使用する半導体チップの性能によって得られるシークエンスデータ量が異なるが 最も性能の高い 318 チップでは 4~7 時間のランタイムで 400~550 万リードのデータを取得して 最高で 2 Gb の配列データを得ることができる さらに 2012 年には上位機種の Ion Proton シークエンサーが発売された この装置では 2~4 時間のランタイムで 6,000~8,000 万リードのデータを取得して 最高で 10 Gb の配列データを得ることができる (2) ナノポアシークエンサーと Oxford Nanopore Technologies 第 4 世代シークエンサーとして期待を集めているのが ナノポアシークエンサーである ナノポアシークエンサーとは 文字通りナノメートルサイズの穴に DNA 分子を通過させて塩基配列解読を行う技術である 計測手法としては蛍光検出や電流測定などが使われているが 1996 年に最初の特許が出されており 既に 20 年近い歴史のある技術である この技術では 1 分子レベルでの検出感度を有するため サンプルの増幅が不要である したがって ライブラリー調製などの前処理が不要で 低コストかつ短時間で配列解読が可能となる 特に 電流計測を用いるものは装置もシンプルで 実用化されれば究極のシークエンサーとなる可能性を有している 処理能力に関しては 同時並行的に処理を行うことによって多数のサンプルの配列解読が可能である ナノポアシークエンサーは ナノポアの材質によってソリッドステートナノポア ( 半導体ナノポア ) とタンパク質ナノポアとに分類される また 塩基の識別に電流測定を使う場合 封鎖電流を測定するタイプとトンネル電流を測定するタイプがある 前者は ポアを通して流れるイオン電流を測定し 電流値によって塩基を識別する これは DNA がポアを通過する際に塩基がポアを塞ぐが 各塩基によって体積が異なるので それに応じて電流値が変化するためである 後者は 塩基部分がポアを通過する際に塩基を通じて流れるトンネル電流を測定し その電流値によって塩基を識別する 原理的には DNA だけでなく RNA の塩基配列解読やタンパク質のペプチドのアミノ酸配列決定も可能とされている また 修飾塩基の識別が可能な場合もあり エピジェネティクスの解析も可能である ナノポアシークエンサーに関しては 数多くのベンチャー企業や大手企業が開発を行っている その中で製品化が近いとされているのが Oxford Nanopore Technologies の装置である 23) Oxford Nanopore Technologies は Oxford 大学の Hagan Bayler により 2005 年に設立されたベンチャー企業である 様々な技術を開発しているが 実用化されている - 6 -

13 第一章ゲノム医療を支える研究技術 研究環境ならびにビジネス動向 のはタンパク質ナノポアを用いて封鎖電流を測定するタイプである タンパク質ナノポアとしてαヘモリジンによる膜孔 ( ポア ) と DNA ポリメラーゼによる DNA の繰り出しを用いており ポア中を流れる電流を計測することにより塩基配列を決定している Oxford Nanopore Technologies のシークエンサーではナノポア中の 5 塩基の組合せによって変化する封鎖電流を計測し その値によって塩基配列を決定している 先にも述べたが サンプルの増幅や DNA 断片のサイズセレクションなどは不要で ユーザーが簡単に調製した 2 本鎖 DNA をそのまま装置にかけ 1 本鎖としてシークエンスを行うことができる 従来のシークエンサーでは 原理的に解読塩基が進むにつれてエラーが蓄積し 精度が低下してゆくが 本装置ではリード全体に渡ってエラー率は一定である また エラーのほとんどが欠失エラーとされている ナノポアシークエンサーの問題の 1 つが 精製度の低いサンプルだとポアが詰まってしまう いわゆる no-pore 現象であるが タンパク質ナノポアで酵素反応を用いることによって通過の選択性を持たせ 精製度の低いクルードなサンプルでもシークエンスが可能になっているらしい 2012 年 2 月に開催された AGBT で Oxford Nanopore Technologies の製品として発表されたのが GridION および MinION である GridION は 従来のシークエンサーのイメージとは大きく異なり コンピューターのラック形サーバーのような感じである ノードと呼ばれるこのデバイスを幾つも繋げて並列的にシークエンスを行うことが可能で 各ノードにはシークエンス用の使い捨てのカートリッジを挿入して使用する 試薬などは必要なく 消耗品はカートリッジだけである MinION は さらに小型で手のひらに乗るサイズとなり USB メモリを一回り大きくしたような形状をしている 中にカートリッジを装着し パソコンの USB ポートに繋いで使用する 価格は 1 個 1,000 ドル以下になるとされており このデバイスを購入して パソコンに専用ソフトをインストールすれば 塩基配列の解読が可能になる 試薬や前処理装置は不要なので これを購入すれば 個人ユーザーでも自宅でシークエンスが可能になるだろう その後 2013 年 11 月に MinION のアーリーアクセスユーザーの募集があった これは MinION Access Program(MAP) と呼ばれるもので 応募して選ばれたユーザーは 1,000 ドルのデポジットで MinION 本体とカートリッジを受け取って試用することができる MAP 参加者からのシークエンスデータを受け取るとともに フィードバックを製品に反映させることを目的としている 500 近い研究グループが参加しており すでに MAP の成果としての論文もホームページ上で公開されている さらに GridION および MinION の中間に位置する 3 番目の装置として 2014 年には PromethION システムが発表された これはノートパソコン程度の大きさの箱型の装置で 8 連ピペットでサンプルをアプライできるカセットを 12 個備えている これら MinION PromethION GridION については Oxford Nanopore Technologies のホームページで写真や動画などが公開されているので 参考にしていただきたい ただし 各装置のスペックや性能に関する詳細はホームページでは不明である 気になるのは シークエンサーの性能である 特に 1 分子シークエンサーの課題は解読精度であるが この点に関しては 2 本鎖 DNA の相補鎖の両方を解読する 2D リードと呼ばれるライブラリーの調製法を開発した これによって 同じ部位の配列を 2 度シークエンスすることが可能となり 精度が向上している ただし どこまで実用レベルに達し - 7 -

14 第一章ゲノム医療を支える研究技術 研究環境ならびにビジネス動向 ているかは不明である 2014 年 2 月の AGBT で MIT Broad Institute の David Jaffe 博士によって E. coli と Scardovia の 2 種類の細菌ゲノムの配列決定の結果が発表されているので 何度もシークエンスができる細菌ゲノムのアセンブリであれば可能なようである このように 製品のラインアップも増え 性能も向上しているので 製品の販売開始も間近なのではと予想される ナノポアシークエンサーに関しては 日本でも大阪大学発のベンチャー企業であるクオンタムバイオシステムズ株式会社が ソリッドステートナノポアでトンネル電流を計測するタイプの装置の開発を進めている 24) 2013 年の創設から 2 年が経ったが 既にマイクロ RNA に由来する配列を有する DNA 断片で 19 塩基の配列の解読に成功している そこで このクオンタムバイオシステムズを訪問してヒアリングを行ったので その内容を次節で紹介する 5. 参考情報など高速シークエンサーに関しては 総説なども書かれているが 進歩が早いためにすぐに内容が古くなってしまう また 予想していないところから新しい技術や製品が出てくるなど 予断を許さない したがって 情報を得るためには 各社のホームページを参照するとともに ニュースサイトなどで最新の情報を追いかけることが望ましい その点で 株式会社ジナリスのホームページ GO クラブ がトピックスとその解説として優れており 本稿の執筆に際しても参考にさせていただいた 25) また 本分野の歴史なども含めて全体を俯瞰する目的には Kevin Davies 著 The $1,000 Genome: The Revolution in DNA Sequencing and the New Era of Personalized Medicine ( 日本語訳 1,000 ドルゲノム 10 万円でわかる自分の設計図 ) が優れている 26) ゲノム解読が医療にもたらす変革を描いた 米国 NIH 所長 Francis S. Collins 著 The Language of Life: DNA and the Revolution in Personalized Medicine ( 日本語訳 遺伝子医療革命ゲノム科学がわたしたちを変える ) と併せて読むと 医療分野への応用も含めて高速シークエンサーへの理解が深まるだろう 27) 参考文献 1) 2) Mrdis, E.R., Nature 470, (2011) 3) Nature 467, (2010) 4) HS レポート No.63 調査報告書 ポストゲノムの医薬品開発と DDS 技術の新展開 ( 財 ) ヒューマンサイエンス振興財団 2008 年 3 月 5) HS レポート No.67 調査報告書 ポストゲノムの医薬品開発とシステムバイオロジ ーの新展開 ( 財 ) ヒューマンサイエンス振興財団 2009 年 3 月 6) HS レポート No.71 調査報告書 ポストゲノムの医薬品開発とオミックス医療の新 展開 ( 財 ) ヒューマンサイエンス振興財団 2010 年 3 月 7) HS レポート No.74 調査報告書 ポストゲノムの医薬品開発とエピジェネティクス の新展開 ( 財 ) ヒューマンサイエンス振興財団 2011 年 3 月 8) HS レポート No.77 調査報告書 RNA 研究と創薬技術開発の新展開 ( 財 ) ヒュ - 8 -

15 第一章ゲノム医療を支える研究技術 研究環境ならびにビジネス動向 ーマンサイエンス振興財団 2012 年 3 月 9) HS レポート No.80 創薬技術調査報告書 創薬基盤技術の最新動向を探る -イメージング技術 高速シークエンサー 新規モデル動物試験系 - ( 財 ) ヒューマンサイエンス振興財団 2013 年 4 月 10) HS レポート No.83 創薬技術調査報告書 創薬基盤技術の最新動向を探る -ナノテクノロジーの創薬 医療への応用 DDS 技術を中心に- ( 財 ) ヒューマンサイエンス振興財団 2014 年 4 月 11) 12) 13) Business 14) 15) 16) 17) 18) 19) 20) 21) 22) 23) 24) 25) 26) Kevin Davies, The $1,000 Genome: The Revolution in DNA Sequencing and the New Era of Personalized Medicine, ) Francis S. Collins, The Language of Life: DNA and the Revolution in Personalized Medicine,

16 第一章ゲノム医療を支える研究技術 研究環境ならびにビジネス動向 (2) ナノポアシークエンサーの開発 ヒアリング先 : クオンタムバイオシステムズ株式会社 本蔵俊彦代表取締役社長兼最高経営責任者 (CEO) 谷口正輝取締役兼最高科学責任者 (CSO) 要約クオンタムバイオシステムズ株式会社は 大阪大学発のベンチャー企業であり 半導体微細加工を用いたナノポアシークエンサーの開発を行っている 同社が開発しているシークエンサーは 1 分子計測による 最終世代シークエンサー ともいわれている 実用化されれば 高速で低コストのシークエンシングが可能となり 塩基配列解読とそれをベースにした医療やビジネスを劇的に変えるポテンシャルを有している クオンタムバイオシステムズのシークエンサーの原理は シリコンのデバイス上にゲーティングナノポアを設け 配置された 1 対の電極の間を 1 本鎖 DNA が通過する際に流れるトンネル電流を測定するものである その電流値によってアデニン チミン グアニン シトシンという 4 種類の塩基を識別し 塩基配列を解読することが可能である また RNA の塩基配列解読やメチル化などの修飾を受けた塩基の識別も可能である 1 分子レベルでの計測を可能にする電極の微細加工と微弱電流の測定をコア技術として 1 塩基の通過の間に多数回の電流測定を行うことによって分子の揺らぎをキャンセルして 精度の高い計測を実現している シークエンサーの実用化に関しては 2016 年中にアーリーアクセスプログラムを開始し 2017 年には製品化を行い 2018 年には本格的な販売を開始する予定である ただし 現在の解読塩基長は約 20 塩基であり 製品化に向けては解決するべき課題も多く残っている 将来的なビジネスとしては 装置や消耗品の販売を行う予定であるが 製薬企業などと組んだマーカー探索や解析センターを拠点とした受託解析なども考えている 資金調達を行いながら製品化を進め 早期にビジネスを立ち上げて 3~4 年後に収益を得ることができるかが 大きな鍵となっている 1. はじめに 2005 年に登場した高速シークエンサー ( 次世代シークエンサー ) は DNA 塩基配列解読のスループットを劇的に向上させ 生命科学や医学に大きな変化をもたらしている ゲノムのシークエンスコストが大幅に低下すると共に 解読スピードが飛躍的に向上し 様々な生物種やその個体のゲノム解析が精力的に進められている また シークエンサーをプラットフォームとした新たな解析技術が開発され 遺伝子発現解析やエピゲノム解析 メタゲノム解析などに応用されるなど 単なる塩基配列解読に留まらない一種の革命的技術となっている 高速シークエンサーは 様々な原理のものが開発され 各社から製品がリリースされている その性能は向上を続けており 2014 年に発売された Illumina の HiSeq X Ten はヒト全ゲノムを 1,000 ドル以下のコストで解読するという いわゆる 1,000 ドルゲノム というコンセプトを実現したとされている このように進歩を続けている高速シークエンサーであるが 現在日本で使われているシステムは全て海外メーカーによるも

17 第一章ゲノム医療を支える研究技術 研究環境ならびにビジネス動向 ので 残念ながら国産の高速シークエンサーは存在しない このような状況下で 日本国内で独自技術によるシークエンサー開発を進めているのが大阪に本社を置くクオンタムバイオシステムズ株式会社 ( クオンタムバイオシステムズ ) である 大阪大学産業科学研究所の川合教授および谷口教授の研究成果をベースにして ナノポアシークエンサーの実用化を目指している 同社が開発しているシークエンサーは 1 分子計測による 最終世代シークエンサー とも言われている これが実現されれば 高速で低コストのシークエンシングが可能となり 塩基配列解読とそれに基づく医療やビジネスを劇的に変えるポテンシャルを有している 日本発の高速シークエンサーとして 同社に対する期待は大きい 今回 大阪大学産業科学研究所内にある 同社の阪大ラボを訪問し 本蔵俊彦代表取締役と谷口正輝取締役より 同社技術の特徴および今後のビジネス展開についてお話を伺うと共に 研究施設やシークエンサーのプロトタイプも見学させていただくことが出来たので 以下に報告する 1) 2. クオンタムバイオシステムズ会社概要および組織クオンタムバイオシステムズは 2013 年 1 月に大阪大学発ベンチャーとして設立され 本ヒアリングのために訪問した 2015 年 1 月にちょうど 2 周年を向かえた 代表取締役社長兼 CEO の本蔵氏と取締役兼 CSO の谷口氏が共同創業者となっている 本蔵氏は 東京大学大学院情報理工学研究科特任助手としてヒトゲノム解析等の研究に従事した後 国内証券会社にてエクイティアナリスト マッキンゼー & カンパニーマネージャー 産業革新機構ディレクターを務め 経営支援 投資事業分野において 10 年以上のビジネス経験を有している 谷口氏は FIRST 川合プロジェクトの連携研究者として 1 分子計測技術の研究に従事し クオンタムバイオシステムズ創業の基盤となる技術を開発した 2) 現在も大阪大学産業科学研究所教授を兼任しており 同社との産学連携による共同開発を進めている 3)4) また FIRST 川合プロジェクトで 1 分子電流計測による DNA 解析原理を実証した川合教授は 現在同社の科学顧問に就任されている クオンタムバイオシステムズでは ビジネスに際して様々な得意分野や専門性を有するメンバーを集めた体制を構築している 特に 開発においては 国内外の技術者 15 名程度のチームに 外部の協力者を加えた国際的な体制を作っている 技術開発は 主に大阪大学産業科学研究所内のインキュベーション施設 ( 阪大ラボ ) で行っており 今回のヒアリングではこちらを訪問した その他に 米国シリコンバレーにも子会社として研究施設を有している さらに ナノポアシークエンサーで先行している Oxford Nanopore Technologies から移籍してきた研究者も開発に加わっている したがって 日本発の高速シークエンサーとしての期待を担っているが その開発はグローバルな体制で進められている 大阪大学との共同開発では 大阪大学はナノポア技術に関する基礎研究を担い クオンタムバイオシステムズは製品化に関する研究開発を担っている シークエンサーの開発には 反応系 ハードウェア 解析ソフトと様々な要素が必要であるが クオンタムバイオシステムズは 得意分野である測定系のハードウェア開発に注力している 特に 半導体微細加工によるナノポア部分の作製をコア技術とし その部分を中心に開発を進めている 設立当初に 1.3 億円 2014 年 2 月に 4.5 億円 合計 5.8 億円の資金調達を行っており この額が同社に対する期待を表していると考えられる 大阪大

18 第一章ゲノム医療を支える研究技術 研究環境ならびにビジネス動向 学での開発強化と米国での雇用拡大という点で 2015 年以降は組織規模が倍以上になることを想定しており 今後の開発力の強化に向けて さらなる資金調達も進めている その後 2015 年 2 月 9 日に 官民ファンドの産業革新機構が 33 億円を上限として出資することを決定し 5) さらに その直前には産業革新機構に加え既存株主である株式会社ジャフコ 株式会社東京大学エッジキャピタル みずほキャピタル株式会社と新規投資家として三菱 UFJ キャピタル株式会社の計 5 社を引受先とした第三者割当増資実施により総額 24 億円の増資を発表した 6) 3. ナノポアシークエンサー 7)~9) (1) ゲーティングナノポアによるシークエンス技術ナノポアシークエンサーには ナノポアの構成にタンパク質を用いるものと半導体加工を用いるものがある また 塩基識別の方法としては 封鎖電流を測定する方法とトンネル電流を測定する方法がある ( 図 1) 例えば Oxford Nanopore Technologies のシークエンサーは 膜タンパク質の有するポア構造であるタンパク質ナノポアを利用し ポアを通して流れるイオン電流がポアを通過する塩基によってブロックされて変化する封鎖電流を測定するタイプの装置である これに対して クオンタムバイオシステムズが開発しているシークエンサーは 半導体ナノポアを用いており 塩基部分がポアを通過する際に塩基を通じて流れるトンネル電流を測定するタイプである その原理は シリコンのデバイス上にゲーティングナノポアを設け 配置された 1 対の金電極の間を 1 本鎖 DNA が通過する際に流れるピコアンペアレベルのトンネル電流を測定し 電流値によって塩基を識別するものである ( 図 2) トンネル電流とは 2 本の電極の間に位置する核酸塩基を介して量子力学のトンネル効果によって流れる電流であり アデニン チミン グアニン シトシンという塩基の種類によって電流の大きさが異なっている すなわち 各塩基によって分子の電子軌道が異なるために電気伝導度が違っており 電流値を測定することによって DNA の塩基を識別することが可能である これを連続して行っていけば DNA の塩基配列の解読が可能となる また RNA 分子を構成する塩基であるアデニン ウラシル グアニン シトシンの識別も可能なので RNA の塩基配列の解読も可能である ( 図 3) さらに メチル化などの修飾を受けた塩基の識別も可能であり エピジェネティクスの解析にも応用できる

19 第一章 ゲノム医療を支える研究技術 研究環境ならびにビジネス動向 図1 1 分子シークエンシングおよびクオンタムバイオシステムズの ナノポアシークエンシングの技術的特徴 クオンタムバイオシステムズ 本蔵氏提供資料 図2 クオンタムバイオシステムズシークエンサーのゲーティングナノポアと電極 クオンタムバイオシステムズ ホームページ資料 図3 RNA 分子におけるトンネル電流測定による塩基識別 クオンタムバイオシステムズ ホームページ資料

20 第一章ゲノム医療を支える研究技術 研究環境ならびにビジネス動向 クオンタムバイオシステムズのナノポアシークエンサーは ナノポアと書いているが 実際のデバイスではポア ( 細孔 ) ではなく ナノギャップという流路を DNA 分子が流れていくような構造になっている 設置された電極間の距離は 0.8 nm(8 オングストローム ) である DNA 分子の二重らせんの直径が 2 nm なので 1 本鎖 DNA がちょうど通過できる間隔といえる 将来的には 電極を配置したナノポアをシリコンウエハ上に作製し ポアを通過する DNA 分子や RNA 分子の計測を行うような形を目指している トンネル電流の測定によって塩基を識別するというコンセプトはシンプルであるが これを実現させることは容易ではない 実際のトンネル電流は同じ塩基であっても DNA 分子の運動の影響によって変化するためである すなわち DNA 分子は揺れ動いており 電極間に位置する塩基と電極との距離や配置 配向などが絶えず変化している そのためにトンネル電流も変化しており 1 回の電流値測定だけで塩基を識別することは困難である クオンタムバイオシステムズのナノポアシークエンサーでは 1 塩基の通過時間は約 1 ミリ秒であるが その間に多数回の電流値測定を行い 測定値の統計的処理によって分子の揺れによる影響を打ち消し 塩基を決定している これを実現するためには トンネル電流を測定するナノレベルの電極とピコアンペアレベルの微弱電流を高速に測定する電気回路という 2 つの要素技術が必要である まず 電極に関しては 半導体微細加工によって作成するが その先端は原子 1 個のサイズとなっている この大きさは測定の分解能に影響するので 非常に重要である また 微細な電極を安定に保つことが必要である 電極の先端部は DNA 分子通過により 物理的に破損したり 磨耗したりすることが考えられるが 実際にはそのようなことは生じない 次に 微弱電流の測定に関しては 現在は 1 塩基の読み取り時間は約 1 ミリ秒なので 例えば 100 khz の周波数で電流の測定を行うと 1 塩基あたり 100 回の測定となる 理想的には 1 塩基あたりに 1,000 回以上の測定が必要とされるので 1 MHz や 10 MHz で行えば 1 塩基あたりの測定は 1,000 回 10,000 回となる ただし ピコアンペアレベルの電流を 100 MHz まで測定すると 1 回あたりの測定で電子を何個測っているのかというレベルにまで到達し かえってノイズの影響が大きくなってしまう したがって ノイズとのバランスを考慮して測定回数を決める必要がある 以上がクオンタムバイオシステムズの技術的な特徴であり これをコア技術としてシークエンサーの開発を進めている (2) 塩基配列の解読それでは このナノポアシークエンサーでどれぐらいの塩基配列の解読が可能なのだろうか クオンタムバイオシステムズでは マイクロ RNA の let-7 に由来する 22 塩基の配列を有する合成 DNA の配列決定を試み 最良のデータでは 19 塩基の解読に成功している ( 図 4) これは 半導体ナノポアシークエンサーで実際に塩基解読ができた最初の成功例となっている ただし 必ずしも再現性よく測定できているわけではない また 22 塩基の配列に含まれる塩基はアデニン チミン グアニンの 3 種類で アデニンとの識別が難しいシトシンは配列に含まれていない ただし シトシンが読めないということではなく 実際に読めているデータもあるとのことである さらに 同じ塩基が続く箇所に関しては 塩基数が判別できない場合があり これに対する根本的な解決策が必要である 同社としては 現在 20 塩基程度の解読鎖長を今後 1~2 年で 50 塩基にまで上げたいとの意向であ

21 第一章 ゲノム医療を支える研究技術 研究環境ならびにビジネス動向 るが これが実現すれば 長い配列を高速に解読することが可能となり 競争優位性のあ る技術となる なお この 19 塩基の解読データは既に 1 年ほど前から示されているもの で その後の進展が期待されるところである 図4 ナノポアシークエンサーによる塩基配列解読 クオンタムバイオシステムズ 本蔵氏提供資料 シークエンサーの開発では 一般的に読み取り精度の向上と解読塩基長の増加が鍵とな っている そのための方法として ナノポアシークエンサーにおいてはノイズを減らして 検出感度を高めることが考えられる 特に 非常に微弱なトンネル電流を計測するために は 電源や周囲の環境から拾う様々なノイズを低減する必要がある また 塩基識別の精 度を上げるためには 同じ分子を複数回解読することが挙げられる そのためには DNA 分子を電気的に往復運動させたり 複数のゲートを並べて DNA 分子を通過させたりする など 複数回の計測を行うことが考えられる 例えば 測定対象の DNA 分子を砂時計の ように往復させ さらに砂時計のくびれ部分に複数個の電極を設置するような構造が考え られる このように ノイズの低減と複数回の測定によって読み取り精度の向上を図り 短い断 片でも正確に読めることを目指す 一方で 読み取り精度が向上すれば 解読塩基長もあ る程度長くなることが期待される 最低でも 50 塩基 できれば現行のショートリードシ ークエンサーと同等の 200 塩基ぐらいの長さが読めれば ヒトゲノムの解析ができるよう になるので 長期的には解読塩基長を向上させることに取り組む予定である 先にも述べたように ナノポアシークエンサーでは DNA だけでなく RNA の塩基配 列解読が可能である また DNA に関しては メチル化などの修飾塩基の識別も可能な ので エピジェネティクスの解析も可能である それ以外に ナノポア技術は ペプチド のシークエンスも可能であることが示されており リン酸化などの修飾も識別可能である このように ナノポア技術は 将来的には様々な生体高分子の計測に使えるコア技術にな る可能性を有している また ナノポアを用いた 1 分子計測では DNA 分子や RNA 分子 を増幅したり他の分子に変換したりせずに直接計測するので 塩基配列の決定と同時に分 子数のカウントが可能であり 定量評価にも利用できる 例えば マイクロ RNA につい ては 分子種の存在比率が がんマーカーになるとされており ナノポアシークエンサー

22 第一章ゲノム医療を支える研究技術 研究環境ならびにビジネス動向 による定量的なシークエンシングが有効であろう また 同じ 1 個の細胞において エピジェネティクス解析を含めたゲノム DNA 解析と そこからの転写産物である RNA 解析を同時に行うことが可能になると期待できる このようなアプローチが実現できれば 遺伝子発現制御とそれに基づく生命現象に関して興味深い知見が得られるだろう 現在の 1 塩基あたりの読み取り速度は 約 1 ミリ秒であるが ナノポア部分の電気浸透流の調整により DNA 分子の通過速度を制御することができる これによって 解読速度を早くして スループットを上げることが可能である 現行の他のシークエンス技術は 使用している原理によって解読速度が決まってしまい 解読速度を大幅に向上させることは難しい 例えば DNA ポリメラーゼによる伸長反応を利用した反応系では 酵素反応の速度が律速となる したがって スループットを上げるためには 同時並列処理するサンプル数を増やすしか方法がない 一方で ナノポアは DNA 分子の通過速度をコントロールすることにより 解読速度の向上が可能である さらに ナノポアを増やして 同時並列処理を行うことによって スループットを大幅に上げる可能性がある 逆に DNA 分子の通過速度を下げて 読み取り精度を上げることも考えられる (3) ナノポアシークエンサー装置ナノポアシークエンサーの装置は 基本的には微弱電流の計測系から構成されており 可動部や送液系 光学系などを持たないので コンパクトで小型である 大きさとしては 実験台の上に乗るようなベンチトップサイズである ( 図 5) 装置の製造原価も 100 万円程度であり 製品化された際の装置価格も安価になることが期待されている ただし 微弱なトンネル電流を測定するという原理上 ノイズ対策が重要となる シークエンサーの心臓部であるナノポア部分は半導体微細加工によって生産するが この半導体チップの製造コストも量産化によって 1 個当たり 100~1,000 円程度になると考えられる 前処理などの反応や蛍光色素標識は不要であり 試薬などのコストはほとんど不要である したがって ナノポアシークエンサーは 実用化されればコスト面で他のシークエンサーに比べて非常に安価になると考えられ これが優位点となる 一方で ゲーティングナノポアを通過する純度の高いきれいな DNA 分子や RNA 分子が必要になるので タンパク質や糖鎖などの除去を行う精製工程が重要になるであろう 将来的には 半導体電極の計測部にマイクロ流路系を備えて 細胞から DNA/RNA 抽出 タンパク質除去 DNA の伸展や 1 本鎖化などの前処理を行い 精製した 1 本鎖 DNA や RNA をゲートへ誘導するような形を目指している ( 図 6) ただし クオンタムバイオシステムズは 当面はコアとなる計測部の開発に専念したいとのことである すなわち 限られた資金と時間とを得意分野であるコア技術に注力し 実用化を急ぐということである その他の部分に関しては 様々な要素技術を有する企業などとの共同開発を行い 全体の開発をスピードアップさせることを考えている

23 第一章 ゲノム医療を支える研究技術 研究環境ならびにビジネス動向 図5 クオンタムバイオシステムのナノポアシークエンサー クオンタムバイオシステムズ ホームページ資料 図6 チップデバイス上での 1 本鎖 DNA 精製 クオンタムバイオシステムズ ホームページ資料 4 今後の開発およびビジネス展望 クオンタムバイオシステムズのナノポアシークエンサーは 現時点では 現行のショー トリードシークエンサーに比べて読み取り塩基長が短く 連続塩基の解読が困難などの課 題があり 技術的な優位点は少ない 一方で DNA でも RNA でも解読が可能で しかも 修飾塩基の識別も可能などのメリットがある さらに コスト的には大きく低減する可能 性があり コストが下がった際に新たな用途が生まれることを期待している すなわち コスト的には 現行法の 10 分の 分の 1 であり ヒト全ゲノムを 100 ドル 1 時間 で解読することを目指しており まさに別の世界が開ける可能性がある ショートリード で多少精度が低くても コストが低ければ それに適した用途があるかもしれない ヒト ゲノム解読とそれに基づく SNP 解析などは高い精度が要求されるが 必ずしもそのよう な用途だけではない コストがかけられない用途も存在する 将来的には 様々なシーク

24 第一章 ゲノム医療を支える研究技術 研究環境ならびにビジネス動向 エンス技術が用途に応じて棲み分けるようになるだろう クオンタムバイオシステムズで開発中のナノポアシークエンサーに関しては 2016 年中 にアーリーアクセスプログラムを開始してユーザーからのフィードバックを受ける予定で ある それを踏まえて 2017 年には製品化を行い 2018 年には本格的な販売を開始して 売り上げを立てたいと考えている すなわち 完全な装置でなくても早期に世に出して 継続的な改善と反復によって事業を進捗させる方針である ただし 現在の解読塩基長は 約 20 塩基であり 製品化に向けては解決するべき課題も多く残っている 将来的には 装置や消耗品の販売を考えているが 単にそれだけに留まらないビジネス を模索している 図7 例えば 自社のシークエンス技術を用いて 製薬企業などと組ん だマーカー探索などである また 受託解析サービスなども考えられている 現在の受託 解析では ほとんど Illumina のシークエンサーを使用しているが 同等の精度を保証し ながらその 30 分の 1 の価格でサービスを提供できる可能性がある 個々の装置をユーザ ーに売って そのメンテナンスなどを扱うビジネスもあるが 自社のシークエンサーを一 箇所に集めたシークエンスセンターを作り そこで大規模にシークエンス作業を請け負う ようなビジネスも考えられる いずれにせよ うまく資金調達を行いながら開発を進め 早期にビジネスを立ち上げて 3 4 年後に収益を得ることができるかが 大きな鍵となっ ている 図7 クオンタムバイオシステムズのビジネスモデル クオンタムバイオシステムズ 本蔵氏提供資料 5 執筆担当者所感 高速シークエンサーは生命科学研究を大きく変え その利用は医療分野にも拡大しつつ ある 今後 ゲノム 遺伝子情報の医療への利用が急速に進むことは確実であるが その 基盤となるのは DNA の塩基配列解読である しかし 残念ながら 高速 DNA シークエ ンサーの開発および製品化に関しては 欧米に対して日本は完全に出遅れてしまった状況 にある 現在 国内で使用されている高速シークエンサーは全て海外メーカーの製品であ

25 第一章ゲノム医療を支える研究技術 研究環境ならびにビジネス動向 り 特に Illumina の製品が大きなシェアを占めている したがって ゲノム配列の医療分野への利用が進めば進むほど 海外メーカーの装置が普及し 試薬 消耗品も含めて 日本の医療費が海外へと流れていく構造になっている このような状況の中で クオンタムバイオシステムズは 日本国内で唯一 独自技術による高速シークエンサー開発を進めている 大阪大学産業科学研究所で開発されたゲーティングナノポアによる DNA および RNA の塩基識別をコア技術として 19 塩基と短いながらも配列解読に成功している 同社のナノポアシークエンサーが実用化されれば 塩基配列解読のコストは現在の 10 分の 1~100 分の 1 程度へと劇的に減少すると期待されており 医療への利用や新たなゲノムビジネスのチャンスが生まれると期待されている しかし シークエンサーとして実用化するためには まだ技術的な課題は多い さらに 製品化のためには サンプルの前処理や配列解析のためのソフトウェアなど トータルでのシステムを構築する必要があるが この部分はベンチャー企業であるクオンタムバイオシステムズだけで担うことは困難である 同社の技術的なハードルの高さなどから その実現性に関してネガティブな意見も聞かれる しかし ネガティブな意見を言って批判するのは簡単だが それでは未来は開けない 今回のヒアリングで代表取締役社長兼 CEO の本蔵氏と取締役兼 CSO の谷口氏に直接話を伺い その熱意を感じることができた コア技術の開発にリソースを集中しながら オープンイノベーションによって柔軟に事業を進めていく 困難な技術的課題と新たなビジネスに果敢に挑戦する両氏に敬意を表して このレポートをまとめた次第である 同社の成功を願ってやまない 参考文献 1) クオンタムバイオシステムズ株式会社ホームページ : 2) FIRST 川合プロジェクトホームページ : 3) 大阪大学産業科学研究所ホームページ : 4) 大阪大学産業科学研究所バイオナノテクノロジー研究分野 ( 谷口研 ) ホー 5) 2015 年 2 月 9 日付け株式会社産業革新機構プレスリリース 6) 2015 年 2 月 9 日付けクオンタムバイオシステムズ株式会社プレスリリース 7) 本蔵俊彦 1 分子 DNA 測定技術の開発動向と新規市場の開拓 PHARM TECH JAPAN 30, (2014) 8) ジナリス GO クラブ解説記事 : 9) Ohshiro, T., et al., Scientific Reports, 2:501, 1-7 (2012)

26 第一章ゲノム医療を支える研究技術 研究環境ならびにビジネス動向 (3) メタボローム解析技術の進歩と多階層オミクス解析 ヒアリング先 : 国立医薬品食品衛生研究所医薬安全科学部 斎藤嘉朗部長 同 第 2 室 前川京子室長 同 齊藤公亮主任研究官 要約近年の次世代シークエンサーや質量分析装置などの技術進歩により 生命を構成する分子 ( 核酸 タンパク質 代謝物など ) の網羅的計測技術が向上し 多階層オミクス ( トランスオミクス ) 情報を高精度かつ網羅的 体系的に取得することが可能になりつつある 本節では 初めに 分離分析機器と質量分析装置を組合せた代表的なメタボローム測定法や測定時の試料取り扱い上の注意点 メタボローム解析 ( メタボロミクス ) の疾患や病態解析への応用例などについて概説する 続いて 現在 6 か所の国立高度専門医療研究センター ( 以後 ナショナルセンター と呼ぶ ) 国立医薬品食品衛生研究所 慶応義塾大学等が共同で実施中のメタボロームを中心とした代謝制御ネットワークのトランスオミクス解析 それによる創薬標的 バイオマーカー探索やトランスオミクスデータベース構築などの試みについて紹介する 1. はじめにメタボローム解析 ( メタボロミクス ) はポストゲノム研究の新しい手法として プロテオミクスに続く分野として近年注目を集めている メタボローム解析とは 核酸 (DNA) からタンパク質というセントラルドグマ ( 遺伝情報の一方向的な流れ ) の下流を調べるための最も新しい網羅的代謝物情報に基づくオーム科学であり 細胞や体液中に存在する内在性低分子代謝物を網羅的に分析し 代謝や細胞機能を包括的に理解しようとする方法論のことである オミクスの最下流である代謝物はゲノム情報の最終産物であり それら代謝物の分子構造はヒトと動物では同じであるため 非臨床と臨床における外挿性の点において有用であると考えられている また その変動は生物の環境応答や適応変化などを最も鋭敏に反映し 疾患症状など フェノタイプ ( 形質 症状など ) を表現しうると考えられている ( 図 1) しかしながら これらの定量の際には修飾や分解 代謝などの影響を受けるため 検体の採取 調製 輸送方法などにおいて厳格な条件で実施する必要がある また 少数の材料から分析が可能な核酸と違い増幅ができず さらに メタボロームの測定対象は 代謝物の物理的 化学的性質が非常に多岐に渡るため手法の標準化は困難である 多成分の一斉分析をベースとするメタボロミクスのデータ解析は一般的に多変量解析手法を用いて行われ, データの変換も含めて独自の情報処理技術を必要とする

27 第一章 ゲノム医療を支える研究技術 研究環境ならびにビジネス動向 図1.セントラルドグマにおけるメタボロームの位置づけ 国立医薬品食品衛生研究所 斎藤嘉朗氏提供資料 近年の質量分析をはじめとするメタボローム測定技術の進歩に伴い さまざまな組織や 体液中の包括的な代謝プロファイルの取得が可能になってきた 医薬分野においては メ タボローム解析は 癌をはじめとする各種疾患の発症機序の解明 病態の診断 薬効や副 作用などの各種バイオマーカーの探索及び創薬における標的分子の探索に於ける強力なツ ールとして その活用は急速に広まりつつある さらに いくつかの疫学研究 前向きコ ホート研究 にもメボローム解析が導入されており これまでブラックボックスであった 疾患の発症機序の理解やバイオマーカー探索に有用であると期待されている 本節では ガスクロマトグラフィ Gas Chromatography GC 液体クロマトグラフ ィ Liquid Chromatography LC キャピラリー電気泳動 Capillary Electrophoresis CE 核磁気共鳴スペクトル Nuclear Magnetic Resonance NMR などの分離分析機器 と質量分析法 Mass Spectrometry MS を組合せた代表的なメタボローム測定法や測 定時の試料取り扱い上の注意点などについて概説したのち メタボロームを中心とした代 謝制御ネットワーク 代謝物と代謝酵素の遺伝子発現を含む のトランスオミクス解析 創薬標的 バイオマーカー探索への適用や多層オミクスデータベース構築などの試みにつ いて 国立医薬品食品衛生研究所安全科学研究部の斎藤嘉朗部長 前川京子室長並びに齋 藤公亮主任研究官にヒアリングを行ったので その内容を報告する 2 メタボローム解析の主な測定手法 1 主な測定法1 生体内代謝物の数は 大腸菌で 1,000 種 ヒトで約 3,000 種 植物では 5,000 20,000 種程度と推定されているが 対象とする代謝物は 極性 イオン電荷 揮発性などの物理 的 化学的性質が多岐にわたるため それら代謝物を一斉に測定する決定的な分析法はな

28 第一章 ゲノム医療を支える研究技術 研究環境ならびにビジネス動向 い そのため それぞれの代謝物群の物理化学的な性質に応じて GC/MS LC/MS CE/MS NMR などの各種分離法と選択性や検出感度に優れた MS を組合せたメタボローム測定法 を使い分ける 図2 図2.メタボロミクス解析の対象となる主な生体内低分子代謝物 国立医薬品食品衛生研究所 斎藤嘉朗氏提供資料 ①GC/MS 主に揮発性の化合物を対象とした分離分析法 他の装置と比べ安価であり 分解能が高 く安定した測定が可能であるため 主要な分析法となっている 利点は 豊富な化合物デ ータベースが利用可能で 代謝物同定が容易なことである また 低分子有機酸や芳香族 化合物のような揮発性代謝物の測定に適している その一方で 誘導体化しても気化しな い物質は測定できない メタボローム解析のアプローチは 大きく分けて代謝経路の構成 メンバーなど目的成分に対象を絞った定量的なターゲット解析と 観測される成分全てを 対象とする網羅的な非ターゲット解析になるが GC/MSでは一度に測定できる物質は数百 種類程度であり 主にターゲット分析で使用される ②LC/MS LC/MS はカラムと移動相の組み合わせによって タンパク質や核酸等の高分子から 脂 肪酸等の脂溶性代謝物 アミノ酸や有機酸などの低分子まで測定可能であり 薬物代謝研 究ではすでに常套手段である 誘導体化不要の簡便分析で 広範な測定対象を可能にする 多彩な分離モードが特徴であり MS/MS タンデム や MRM 多重反応モニタリング を利用することによりターゲット分析 TOF 飛行時間型 や QTOF 四重極飛行時間型

29 第一章ゲノム医療を支える研究技術 研究環境ならびにビジネス動向 を利用することにより 網羅的分析の両方へ適用される メタボローム解析では未同定ピーク ( 標準試薬が入手できないために同定が行えないピーク ) が多いものの LC では特定の時間に溶出したピークを分取可能であり NMR 等に持ち込んで同定可能な場合がある イオンサプレッション ( 目的成分のイオン化がサンプル中の夾雑物質によって抑制される現象 ) に起因する定量性の問題を考慮する必要がある 一回に測定可能な疎水性代謝物数は 質量分析装置の感度等にも依存するものの 約 1,000 種である 3CE/MS CE/MS は 慶応義塾大学の曽我朋義教授の研究グループによって エレクトロスプレーイオン化 (Electro Spray Ionization; ESI) を用い CE と MS を組み合わせて開発された 細胞や組織からの代謝抽出物を 内径 50μm 長さ 100 cm の細長い中空のキャピラリーに導入後 数万ボルトの電圧を印加する 各代謝物は 電荷と水和イオン半径の比に基づいた速度によってキャピラリー内で電気泳動し分離される そこで MS をキャピラリーの出口に接続することによって 各代謝物を高感度かつ選択的に検出することができる 解糖系 クエン酸回路 ペントースリン酸回路に代表されるエネルギー代謝やその周辺のアミノ酸 核酸などの生合成経路に存在する代謝中間体の多くが 水酸基 カルボキシル基 アミノ基 リン酸基等を有する低分子のイオン性の物質であり CE/MS はこれらイオン性代謝物質の分析に適している 利点は 陽イオン測定用と陰イオン測定用の 2 種類の測定条件で ほとんどのイオン性物質を直接定量できること イオンサプレッションの影響をほとんど受けず定量性が高いことである ただし 前処理によって分析に悪影響を及ぼすタンパク質や脂質などの夾雑物を除去することが必要である またこれらにより非極性物質や脂質の分析には向かない短所を有す CE/TOF(QTOF) を利用することにより ターゲット分析と網羅的分析の両方に対応している 理論的に測定可能なイオン性代謝物数は約 2,200 種である 4NMR 含まれる代謝物の量比を水素核 NMRスペクトルのパターンとして解析するノンターゲット法が一般的である 生体試料の前処理をほとんど必要とせず 短時間で分析が可能 極性 非極性を問わずアミノ酸 有機酸 脂質 糖など様々な分子を一挙に観測できること 1つの内部標準物質を入れるだけで存在する主な代謝物の定量が可能となることが特徴である しかし実際には質量分析法よりは感度が低い さらに複雑な混合物のNMRスペクトルは解析が非常に難しい 測定可能な代謝物数は MHz 数などシステムにも依存するが 約 300 種である (2) メタボロームデータに影響を与える諸因子メタボローム解析では プロテオーム解析とは異なり酵素反応が進みやすい 剖検の患者の組織と手術の患者の組織では代謝物のプロファイルがかなり異なることも分かってきている そのため 厳格な条件での試料採取が必要であり メタボローム解析用試料中の代謝物量を正確に定量するためには 代謝物の抽出時に, 代謝物の分解や酵素による変化が起こらないような方法を選択することが重要である バイオマーカー探索のための試料

30 第一章ゲノム医療を支える研究技術 研究環境ならびにビジネス動向 としては 比較的低浸襲的に採取でき 情報量が多いことから 血液が多く用いられる 国立医薬品食品衛生研究所の斎藤嘉朗らは 健常白人ヒト血液試料を対象に 主としてイオン性代謝物 ( 計 297 種 ) 及び脂質代謝物 ( 計 254 種 ) を網羅的に測定するメタボローム解析を行い バイオマーカー探索に適したマトリクス ( 血漿と血清 ) 性差 年齢差 及び血液試料保管条件を明らかにした 2) その解析の結果 イオン性代謝物解析では 全体の代謝プロファイルとしては 血漿 血清共に年齢差 性差によるクラスタリングは類似の傾向を示したが 年齢差は男性より女性で顕著であり 性差は老年よりも若年で認められた 特にアミノ酸類は血漿 血清共に男女共通の変化を示すが フェニルアセチルグルタミン p-クレゾール硫酸 3-インドール硫酸は若年より老年で高いレベルを示し 老齢ではフェニルアラニン チロシン トリプトファンの腸内細菌による代謝の増加が示唆された 一方 脂質代謝物のバイオマーカー探索には血漿が有用であり 血中の脂質代謝の性差 年齢差がバイオマーカー探索において交絡因子となることを明らかにした すなわち 血漿 血清共に年齢差が認められる代謝物が男性では少ないが 女性では多くのトリアシルグリセロールの分子種が老年で高いレベルを示した 老年女性におけるリゾホスファチジルコリンレベルの増加は 血漿でのみ認められた さらに 複数回の凍結融解を行った血液試料は脂質類のバイオマーカー探索に適さないことを明らかにした 血漿 血清を問わず 凍結融解でコレステロール ジアシルグリセロール 脂肪酸 酸化脂肪酸 リン脂質 スフィンゴ脂質などのレベルが減少したが コレステロールエステルのレベルは増加し トリアシルグリセロールの変化は認められなかった 3) 上記以外にも 一部内在性代謝物レベルの個体差や日内変動についても注意が必要である イオン性代謝物は 80% 以上の被験者から検出できたが 一部の代謝物では約 20% の 2) 被験者から検出できなかったという報告や ヒト血漿中で検出した1,069 代謝物の内 アセチルカルニチン プロリン リゾフォスファチジルエタノールアミン コルチゾールをはじめ 203 代謝物 (19%) に日内変動が認められたという報告がある 4) 3. 疾患 病態解析への応用例 (1) 大腸がん / 胃がん組織のメタボローム解析慶応義塾大学の平山明由特任助教らは CE-TOF( 飛行時間型 )MS を用いたメタボローム測定により 16 名の大腸癌及び 12 名の胃がん患者から採取したがん組織及び正常組織の代謝物質を一斉に分析し それぞれの組織から平均 877 種類 1,142 種類の代謝物質由来のピークを得た これらの代謝物質に関しては標準物質を用いて各サンプルの 1g 臓器中の定量値を算出した その結果 ヒトのがん組織ではグルコース量が減少し 解糖系の最終代謝産物である乳酸が優位に高かった このことから がん細胞では解糖系が亢進していることが示唆された ( ワールブルク効果 ) 特に大腸のがん組織では クエン酸回路の後半部分の代謝物 ( コハク酸 フマル酸 リンゴ酸 ) が優位に増加しており 嫌気呼吸の一種であるフマル酸呼吸により ATP を産生していることが推測された 5) (2) 前立腺がんのメタボローム解析 ミシガン大学の Chinnaiyan らの研究グループは 前立腺良性疾患 早期前立腺がん 進 行前立腺がんの男性から 42 個の組織検体と血液検体を入手し 前立腺がん検体に含まれる

31 第一章ゲノム医療を支える研究技術 研究環境ならびにビジネス動向 1,000 種類以上の代謝物をLC/MSとGC/MSを用い系統的に分析した その結果 筋肉をはじめとする多くの生体組織に広く存在するアミノ酸であるサルコシンが 悪性度の高い前立腺がんでは著しく増加していた また サルコシンは前立腺がん患者の尿中でも検出可能であることがわかった このことは サルコシンが前立腺がん診断のバイオマーカー候補となることを示している マウスでグリシンからサルコシンを生成させるグリシンN-メチル転移酵素をsiRNAで特異的にノックダウンすると前立腺細胞の浸潤が低下したことから サルコシンが転移に関与している可能性が示唆された 6) 100 名単位の解析を行っているゲノム解析と比較して メタボローム解析は対象人数が少なくても差が出るという特徴があるとされる (3) 大腸がんと膵臓がん診断マーカーの探索現在臨床で使用されている腫瘍マーカーであるCEAやCA19-9は早期大腸がん患者に対しての感度が低いことが問題とされている 神戸大学の吉田優准教授らの研究グループは GC/MSを用いたステージ0からⅣの進行度の異なる日本人大腸がん患者の血清メタボローム解析により 早期診断可能な大腸がんバイオマーカーの探索を実施した 分析の結果 大腸がん診断に利用できる4 種類のマルチバイオマーカー (2-ヒドロキシ酪酸 アスパラギン酸 キヌレニン シスタミン ) が見出された これら4 種類の代謝物データに基づき 感度 特異度の高い大腸がん診断予測式が作成された 検証試験の分析結果をこの予測式に当てはめた場合においても高い数値を維持したことから 信頼性の高い診断予測式の構築に成功したと考えられる さらに 構築された診断予測式はステージ0やステージⅠといった早期大腸がん患者においても高い感度を保つことも確認された 血清メタボローム解析に基づき構築できた予測式は 鋭敏な大腸がんスクリーニング検査法とし有用性の高いものであると考えられた 7) 一方 膵臓がんは難治性で5 年生存率は5% 程度で 早期発見困難な代表的がんの一つであり 膵臓がん患者の予後を改善するためにはより正確な血清診断法が必要とされる 同グループはGC/MSを用い 日本人膵臓がんの患者からの血清メタボローム解析により 4 種類のマルチバイオマーカー ( キシリトール イノシトール ヒスチジン 1.5アンヒドログルシトール ) を発見し これら4 種類の代謝物データに基づき膵臓がん診断モデルを構築した 本モデルは切除可能な膵臓がん患者においては従来の腫瘍マーカー (CEAや CA19-9) と比較して感度が高く 慢性膵炎患者においては低い偽陽性率を示した このことから 本モデルは膵臓がんの予後を改善するための有望な方法であると考えられた 8) (4) 糖尿病発症リスク分子の同定ハーバード大学を中心とするWangらの研究グループは 大規模疫学研究 ( フラミンガム子孫研究 ) の登録者から 血糖値が正常だった2,422 名を12 年間追跡し 追跡期間中に糖尿病を発症した群 201 名と発症しなかった群に分け LC/MSを用い 血漿中のアミノ酸 生体アミンなど61の極性代謝物レベルを比較するコホート内症例対照研究を行った 解析の結果 分枝鎖アミノ酸であるイソロイシン ロイシン およびバリン 芳香族アミノ酸であるチロシン およびフェニルアラニン いずれもが 将来の糖尿病発症リスクの予測において有意な相関を示した さらに レベルが上から1/4の群は下から1/4の群と比較し

32 第一章 ゲノム医療を支える研究技術 研究環境ならびにビジネス動向 約6倍糖尿病になりやすいという結果であった 分岐鎖アミノ酸にはインスリン分泌能が あり 糖尿病になりやすい人は分岐鎖アミノ酸レベルを高くし インスリン分泌能を促進 していることが示唆された9 さらにWangらは同様に フラミンガム子孫研究からのコホート内症例対照研究におい て タンデム四重極型LC/MS/MSを用い 前回未測定の70の中間有機酸 プリン ピリミ ジンなどの化合物を分析した その結果 リジンの代謝物である2-アミノアジピン酸 2-AAA のレベルと糖尿病の発症リスクの間に相関関係があり 血漿中レベルが上から 1/4の群は下から1/4の群と比較し 糖尿病の発症リスクが約4倍高いという結果が得られた また 標準的な飼料又は高脂肪食を与えられた両マウスに2-AAAを投与した結果 空腹時 血漿グルコースレベルが低下し インスリン分泌が上昇した 2-AAAにはインスリンとは 異なる代替性インスリン分泌促進作用があると考えられている 10 4 メタボローム情報に基づくトランスオミクス解析 細胞内分子ネットワークは DNA RNA タンパク質 代謝物などから形成される多 階層にわたる大規模な分子群から成り立っている 近年 次世代並列型シークエンサーと 高感度質量分析計の技術の進歩により ゲノム トランスクリプトーム プロテオーム メタボロームといった様々なレベルで 多階層オミクス情報を高精度かつ網羅的かつ体系 的に取り扱うことが現実的になってきた これらの多階層オミクスデータを情報科学 統 計数学的解析により階層縦断的に結合させて分子グローバルネットワークを同定して生体 システムを解析する学問領域が トランスオミクス である 図3 11 とりわけ 代 謝産物はゲノム情報の最終的表現である形質発現に寄与していることから メタボローム 情報は 他のオミクス情報と共に 疾患や副作用の発症機序の解明や早期診断のバイオマ ーカーとして有用と考えられている 図3.トランスオミクスと従来型アプローチの比較 出典:東京大学黒田ラボHP

33 第一章ゲノム医療を支える研究技術 研究環境ならびにビジネス動向 (1) トランスミクスの医療 創薬への応用 - 創薬標的の探索 - 我が国における創薬力の低下が指摘されており 革新的医薬品の創出は2015 年 4 月に発足する日本医療研究開発機構の大きな目的の一つである それには臨床試料を用いた解析による新たな創薬標的の探索が急務であると考えられ 各種オミクス解析が摘要されている しかしながらオミクス解析から得られる情報は膨大であり 真の創薬標的となる分子や反応を効率よく選び出すことは容易なことではない 現在 6か所のナショナルセンター 国立医薬品食品衛生研究所 慶応義塾大学が共同で 11 種の疾患を対象に 患者臨床試料の単層オミクス解析 さらにはトランスオミクス解析により 創薬標的 バイオマーカーの探索とデータベース構築を行っている 12) その概要を次項で述べる (2) 多層的疾患オミクス解析における メタボローム情報に基づく創薬標的の網羅的探索を目指した研究 13) の概要 1 研究目的オミクスの最下流であり 疾患症状などのフェノタイプ ( 形質 ) を表現しうる生体内の低分子代謝物を一斉解析するメタボローム解析技術を基盤として 他のオミクス解析領域の成果も統合して解析することにより 国民の QOL を低下させ健康長寿社会実現の障害となっている主要 11 疾患について 疾患発症や病態形成に係わる新しい分子や分子メカニズムに基づいた創薬標的候補を 各疾患について1 個以上見出すこと 並びに解析結果や情報を 多層的疾患オミクス統合データベース ( 仮称 ) に収録し 広く創薬研究者等に利用可能とすることの 2 点を目標とする ( 図 4) 2 研究代表者斎藤嘉朗 ( 国立医薬品食品衛生研究所 医薬安全科学部長 ) 3 研究期間平成 22 年 4 月 1 日 ~ 平成 27 年 3 月 31 日 4 研究実施体制国立精神 神経医療研究センターはてんかん 国立成育医療研究センターは小児白血病とアレルギー疾患 国立がん研究センターは肺がん 腎がん 乳がん 国立国際医療研究センターは肥満症と非アルコール性脂肪性肝炎 (Non-alcoholic steatohepatitis;nash) 国立循環器病研究センターは大動脈瘤 拡張型心筋症 国立長寿医療研究センターはアルツハイマー病 脊椎管狭窄症の試料や情報の提供を受け 国立医薬品食品衛生研究所では主として疎水性代謝物質 慶応大学先端研究所ではイオン性代謝物質のメタボロミクス解析を行っている また ゲノム エピゲノム トランスクリプトーム プロテオームについては 別の研究代表者の下 ナショナルセンターで解析が行われている 主に疾患組織と対照組織が中心である 最終的には多層的疾患オミクス統合データベースを構築し 公開する予定としている 一部は 2015 年 3 月に公開する予定であり それ以外についても 2016 年 3 月までには公開予定である

34 第一章 ゲノム医療を支える研究技術 研究環境ならびにビジネス動向 図4.メタボローム領域の研究実施体制の全体像と目的 国立医薬品食品衛生研究所 斎藤嘉朗氏提供資料 ⑤メタボローム測定法の解析手順と解析系 メタボローム解析では 試料採取の段階が最も重要であるため 使用する試料採取の標 準作業手順書 SOP を作製している 慶應大先端研究所では 組織や血液から抽出後 イオン性代謝物は オリジナルのソフトである MasterHands により半自動で定量を行っ ており 理論的には約 2,200 種の代謝物の同定 定量が可能である 疎水性代謝物は ク ロロホルムの疎水層については 理論的に約 800 種の脂質を超高速液体クロマトグラフィ Ultra Performance Liquid Chromatography UPLC -TOFMS にて 水層 ギ酸メチ ル層 についてはアラキドン酸代謝物等の約 100 種の酸化脂肪酸を UPLC-MS/MS にて いずれも国立医薬品食品衛生研究所で同定 定量を行っている NMR の系は抽出操作を 必要とせず 組織や血液 尿などをそのまま測定可能であり Chenomx Inc.のソフトウェ ア NMR Suite を使用し 約 280 種の主要代謝物の同定 定量を国立医薬品食品衛生研究 所で行っている 図5-28 -

35 第一章 ゲノム医療を支える研究技術 研究環境ならびにビジネス動向 図5 3 種のメタボローム測定法の解析手順と解析系構築の流れ 国立医薬品食品衛生研究所 斎藤嘉朗氏提供 3 パスウェイ解析 ①パスウェイビューワーの概要 図7 1 図7 2 既知の23種類の代謝パスウェイを解析し パスウェイデータベースとしてデータベース 登録を現在行っており 解糖系 TCA回路から始まり 各アミノ酸 脂質のパスウェイを この形で公開する予定となっている 図6 以下はパスウェイビューワー作成の主なポイ ントである 1 パスウェイは代謝物データを基本に描画し 代謝酵素のタンパク質及び mrna デー タが切り替え表示 多層的に表示可能 また 一つの代謝反応に複数の酵素が関与す る場合には スタッキング形状として複数の酵素が閲覧可能 2 群全体の平均値データのみでなく 患者背景因子にて 選択した症例を個別またはサ ブグループに絞ってデータを表示可能 3 ビューワーのグラフの背景色の意味や not detected の意味 赤字の意味等は Help のタブで参照可能 4 実験条件 測定 解析方法や解析検体 ID などに関する情報は トップ画面等から表 示できる画面に一つにまとめて記載 5 ゲノムから mrna タンパク質までのゲノムビューワーとリンクされ 遺伝子名等と の相互検索が可能 代謝酵素の名前からゲノムビューワーに飛び 遺伝子変異の情報 やエピゲノムの情報等も閲覧可能 6 代謝物表をクリックすると個別データを表示可能 脂肪酸側鎖の種類が複数存在する リン脂質等の代謝物は 各分子種を一覧表示可能 7 T 検定の p 値については 非表示 *で表示 値を表示の 3 つを選択表示が可能

36 第一章 ゲノム医療を支える研究技術 研究環境ならびにビジネス動向 1. 解糖系 18. リン脂質代謝 2. TCA回路 19. アルケニル等型リン脂質代謝 3. ペントースリン酸回路 20. 遊離脂肪酸代謝 4. プリン代謝 21. アラキドン酸代謝 2ページ 5. ピリミジン代謝 22. エイコサペンタエン酸代謝 6. アミノ基代謝および尿素サイクル 23. ドコサヘキサエン酸代謝 7. リジン代謝 8. ヒスチジン代謝 9. 4-アミノ酪酸の生合成と代謝 10. アラニン アスパラギン酸 グルタミン酸代謝 11. グリシン セリン トレオニン代謝 12. メチオニン システイン代謝 13. トリプトファン代謝 14. フェニルアラニン チロシン代謝 15. バリン ロイシン イソロイシン代謝 16. トリアシルグリセロール コレステロール代謝 17. 糖脂質 スフィンゴミエリン代謝 図6.作成したパスウェイ一覧 国立医薬品食品衛生研究所 斎藤嘉朗氏提供 図7 1.パスウェイビューワーのイメージ 1 国立医薬品食品衛生研究所 斎藤嘉朗氏提供

37 第一章 ゲノム医療を支える研究技術 研究環境ならびにビジネス動向 図7 2.パスウェイビューワーのイメージ 2 国立医薬品食品衛生研究所 斎藤嘉朗氏提供 ②パスウェイビューワーの利用のイメージ 臨床検体のメタボロームデータは採取時点一点での代謝物レベル 静的な状態 である が タンパク質やmRNA等の情報を組合せることにより 酵素活性変化 動的な変化 を 推定することが可能となる 例えば膵がん組織のメタボローム解析において 正常組織と 比較してオルニチンレベルが低下し プトレシンレベルが上昇していたため オルニチン デカルボキシラーゼ Ornithine Decarboxylase ODC の活性が亢進していることが示 唆された 1 プロテオームのデータは取得されていなかったが 実際に膵がん組織中の ODC活性亢進の報告が有ることからこの仮説は支持された 利用のイメージとしては 1 つの代謝マップ内および複数の代謝マップにまたがる いずれの場合でも 正常組織と異 なる 代謝物変化の流れ としての仮説を立て プロテオーム及び 又はトランスクリプ トームデータを用いたトランスオミクス解析によって仮説を絞り込み さらに培養細胞や 動物を用いた機能解析等で検証し 創薬標的候補パスウェイとして同定するということが 考えられる 欠点としては新規代謝パスウェイについてはこのデータベースでは分からな いため 別の方法が必要になることである ③本パスウェイビューワーで可能になること 多層でのデータの比較として メタボロームと プロテオームまたはトランスクリプト ームのデータが1画面で視覚的に比較可能であり 代謝の1過程に複数の酵素が関与する場 合も閲覧可能である フレキシブルな表示方法として 全体の集団のみでなく 個別又は サブグループに絞った患者集団でのデータ表示が可能であり ドットプロット 個別デー タ表示 と棒グラフ 平均値±SD が選択可能である ゲノムビューワーとのリンクも対

38 第一章ゲノム医療を支える研究技術 研究環境ならびにビジネス動向 応しており 一覧表示 染色体上 パスウェイマップ上の相互でデータの閲覧が可能であ ることが挙げられる (2) バイオマーカーの開発に関して創薬標的と有効性のバイオマーカー探索について メタボローム解析を用いた例は企業利益が優先するため一般的に公表されていない アカデミアから論文として発表されるのは探索目的が最も多い 検証実験は新規性の観点においてインパクトが弱く 論文になりにくいためである 一方 欧米では バイオマーカーの探索 検証のコンソーシアムが作られている 米国では NPO である Critical Path Institute が FDA も関与する形で 腎 肝 筋肉毒性等 (Predictive Safety Testing Consortium;PSTC) アルツハイマー パーキンソン病 (Coalition Against Major Diseases;CAMD) のバイオマーカー探索コンソーシアムが作られている 欧州では EU と欧州製薬団体連合会 (European Federation of Pharmaceutical Industries and Associations;EFPIA) が出資した Innovative Medicines Initiative(IMI) にて ワクチンの免疫安全性 (BioVacSafe) 糖尿病治療(IMIDIA) 医薬品の造腫瘍性 (MARCAR) 次世代の腫瘍マーカー(Onco Track) 全身性自己免疫疾患 ( リウマチ等 PRECISESADS) 呼吸器疾患治療(U-BIOPRED) 肝 腎 血管障害 ( 副作用 SAFE-T) 等の複数のコンソーシアムが作られている バイオマーカーを医薬品開発に使用できるようにするためには FDA EMA PMDA のレギュレーションの審査を通らなければいけない 前向きな試料を使用した検証が最も重要であり 各社共通の課題に対して 本邦でもコンソーシアムを組むことが重要だと考えられる 11) (3) トランスオミクス解析の課題 1 測定系の構築ゲノム エピゲノム トランスクリプトーム解析については DNAチップ等の測定系が市販されているが メタボロームについては存在しない 特に メタボローム解析では 標準品が存在しない代謝物の同定 定量が課題である また 創薬標的となりうる分子や酵素反応 代謝パスウェイなどが未知の場合 これらの分子を発見できないため さらなる測定系の開発 改良が必要と考えられている 2データ解析手法各層のオミクス情報を多層に解析する方法は確立されておらず 特にプロテオームとメタボロームについてはデータ解析ソフトウェア等も少ない 疾患症状発現に関連する下流のプロテオームやメタボローム情報から より上流に遡り原因を明らかにする手法も有用と考えられるが 少なくとも3 層以上が同時解析可能なシステムバイオロジ に基づいた解析モデルの構築が求められている 3 臨床試料の利用可能性一般に製薬企業では ヒト臨床試料の入手が困難である 現在ナショナルセンターで進められている臨床情報が付随したバイオバンクの拡充や 共同研究や他の方法での製薬企業が臨床試料解析を可能とするスキームの構築は重要と考えられている

39 第一章 ゲノム医療を支える研究技術 研究環境ならびにビジネス動向 ④ヒトの病態を反映するモデル動物の開発 利用可能な患者の臨床試料は がんを除いて剖検や既に進行しているケースが多く 疾 患の原因ではなく進行を反映した結果をみている可能性がある 経時的に解析が可能なヒ トの病態を反映するモデル動物が 疾患のサブタイプ別に開発されることが重要と考えら れている 実際 トランスオミクス解析の手法で新規の創薬標的候補を発見し特許を取得 する場合 オミクスデータだけでは取得が容易ではない その代謝パスウェイが疾患の発 症に重要であることを培養細胞あるいはモデル動物で証明することが必要であると考えら れている 5 執筆担当者所感 全ての代謝物を一斉に分析できるメタボローム測定技術はいまだ確立されてはいない が メタボローム解析はすでに基礎研究のみならず多方面の産業分野の応用研究 実用化 研究に広く適用され 近年その進歩は印象的である とりわけ医薬分野においては タン パク質や代謝物情報は疾患症状という表現形質に近いことから 疾患や副作用の発症機序 の解明 早期診断のバイオマーカー 創薬標的の探索に有用とされ 疾患関連診断マーカ ーの探索研究などは多くの成果を生み出している しかしながら 多くのアカデミア発の 診断バイオマーカー候補は基礎研究段階と推測される 実用化にはより大きな臨床研究で バイオマーカーを検証することが最重要であり それには企業との連携が成功への鍵とな ろう トランスオミクス解析は今後の医薬品研究開発の主要な方法の一つとなりうる 技術基 盤が確立されているゲノムおよびトランスクリプトーム領域では既に疾患関連遺伝子や発 現パターンについて多くの情報が蓄積されており がんなどにおけるゲノム変異や融合遺 伝子の探索からは奏効率が高い分子標的薬がコンパニオン診断薬と一緒に開発されている 今後は下位のプロテオームやメタボローム情報に基づき より上位のゲノム エピゲノム 情報と組み合わせるといったトランスオミクス解析を行うことにより 確度が高くかつ原 因にまで踏み込んだ新たな疾患機序の解明と創薬標的探索が可能になると期待される ま た メタボローム解析からは遺伝子発現変化を伴わない代謝産物の変化を見つけ出せる可 能性も高い トランスオミクス解析により創薬標的を探索した例は世界的にもまだ少ない と思われるが 多層的疾患オミックス解析におけるメタボローム情報に基づく創薬標的の 網羅的探索を目指した研究 プロジェクトでは 現在 主要11疾患由来の臨床試料のトラ ンスオミクス解析が進んでいる そこで得られたデータを統合的に解析 発信するための 疾患横断的なトランスオミクスデータベースも構築中であり プロジェクト終了後に広く 公開予定である 前例のないこの ビッグデータ 情報の解析から 日本発のバイオマー カーや新規の創薬標的候補分子の同定が期待される バイオマーカー探索においては 発見された変動因子が精度高く価値の高いマーカーで あるか否かの判断は 単なる統計的な有意差のみでなく 詳細なメカニズム解析による判 断が重要と考えられる これまでの多くの疫学研究では疾患原因や機序はブラックボック スであったが 鶴岡コホート研究をはじめとした最近のメタボローム解析を導入した前向 きコホート研究により 疾患の発生 進展機序の理解に基づき 疾患予防にも役立つ有用 性の高いバイオマーカーの発見が期待される

40 第一章ゲノム医療を支える研究技術 研究環境ならびにビジネス動向 参考文献 1) 平山明由 曽我朋義 : メタボローム解析技術と癌の代謝解析への応用. 実験医学 32: (2014) 2) Saito K., Maekawa K., Pappan K.L., Urata M., Ishikawa M., Kumagai Y., Saito Y. Differences in metabolite profiles between blood matrices, ages, and sexes among Caucasian individuals and their inter-individual variations. Metabolomics 10: (2014) 3) Ishikawa M, Maekawa K, Saito K, Senoo Y, Urata M, Murayama M, Tajima Y, Kumagai Y, Saito Y. Plasma and Serum Lipidomics of Healthy White Adults Shows Characteristic Profiles by Subjects' Gender and Age. PLoS ONE 9: e (2014) 4) Ang, J.E., Revell, V., Mann, A., Mäntele, S., Otway, D.T., Johnston, J.D., Thumser, A.E., Skene, D.J. and Raynaud, F. Identification of human plasma metabolites exhibiting time-of-day variation using an untargeted liquid chromatography-mass spectrometry metabolomics approach. Chronobiol. Int. 29: (2012) 5) Hirayama A, Kami K, Sugimoto M, Sugawara M, Toki N, Onozuka H, Kinoshita T, Saito N, Ochiai A, Tomita M, Esumi H, Soga T. Quantitative metabolome profiling of colon and stomach cancer microenvironment by capillary electrophoresis time-of-flight mass spectrometry. Cancer Res. 69: (2009) 6) Sreekumar A, Poisson LM, Rajendiran TM, Khan AP, Cao Q, Yu J, Laxman B, Mehra R, Lonigro RJ, Li Y, Nyati MK, Ahsan A, Kalyana-Sundaram S, Han B, Cao X, Byun J, Omenn GS, Ghosh D, Pennathur S, Alexander DC, Berger A, Shuster JR, Wei JT, Varambally S, Beecher C, Chinnaiyan AM. Metabolomic profiles delineate potential role for sarcosine in prostate cancer progression, Nature 457: , (2009) 7) Nishiumi S, Kobayashi T, Ikeda A, Yoshie T, Kibi M, Izumi Y, Okuno T, Hayashi N, Kawano S, Takenawa T, Azuma T, Yoshida M. A novel serum metabolomics-based diagnostic approach for colorectal cancer. PLoS One; 7: e (2012) 8) Kobayashi T, Nishiumi S, Ikeda A, Yoshie T, Sakai A, Matsubara A, Izumi T, Tsumura H, Tsuda M, Nishisaki H, Hayashi N, Kawano S, Fujiwara F, Minami H, Takenawa T, Azuma T, Yoshida M A novel serum metabolomics-based diagnostic approach to pancreatic cancer. Cancer Epidemiol Biomarkers Prev. 22: (2013) 9) Wang TJ, Larson MG, Vasan RS, Cheng S, Rhee EP, McCabe E, Lewis GD, Fox CS, Jacques PF, Fernandez C, O'Donnell CJ, Carr SA, Mootha VK, Florez JC, Souza A, Melander O, Clish CB, Gerszten RE. Metabolite profiles and the risk of developing diabetes. Nat Med. 17: (2011) 10) Wang TJ, Ngo D, Psychogios N, Dejam A, Larson MG, Vasan RS, Ghorbani A, O'Sullivan J, Cheng S, Rhee EP, Sinha S, McCabe E, Fox CS, O'Donnell CJ, Ho JE, Florez JC, Magnusson M, Pierce KA, Souza AL, Yu Y, Carter C, Light PE,

41 第一章ゲノム医療を支える研究技術 研究環境ならびにビジネス動向 Melander O, Clish CB, Gerszten RE. 2-Aminoadipic acid is a biomarker for diabetes risk. J Clin Invest. 123: (2013) 11) 黒田真也 中山健一 : トランスオミクスの時代がやってくる!. 実験医学 32: (2014) 12) 斎藤嘉朗 吉田輝彦 : トランスオミクス解析による創薬標的の網羅的探索. 実験医学 32: (2014) 13)

42 第一章ゲノム医療を支える研究技術 研究環境ならびにビジネス動向 (4) エピゲノム研究 1. はじめにゲノム情報 (DNA 塩基の配列 ) は 生殖細胞など一部の細胞を除き 個体を形成する細胞で不変なものとされている そのため 分化した細胞は 他の組織の細胞にはならないとされていたが ips 細胞技術などによって 個体やキメラを発生させる初期化 ( リプログラミング ) が可能となった エピジェネティックスとはゲノム上の配列変化を伴わずに細胞間若しくは世代間へ引き継がれる遺伝子発現制御機構を言い エピゲノムとは細胞の分化で起こるようなエピジェネティックスによる修飾を含む全ゲノムレベルでの状態を表している 代表的なエピジェネティクスによる修飾として 塩基のメチル化やヒストンのアセチル化修飾が良く知られており このようなエピジェネティックな制御により 細胞分裂においてもエビゲノムの状態は維持されていると考えられている エピゲノムは 細胞の分化のような正常な適応ばかりでなく その機能の破綻によって がんや様々な疾患の発症にも関与している エピゲノム研究はゲノムのみでは説明のつかない生命現象を解明することが期待され 診断 創薬においても重要性を増している また 一部のコホート研究の中でも 取り入れられ始めている 本項では エピゲノムの基礎研究に関する最近の研究成果や取組みについて紹介する 2. エピゲノムとリプログラミング 編集 (1) リプログラミングとレトロトランスポゾン京都大学 ips 細胞研究所の高橋らの研究グループは ヒト多能性幹細胞の大規模解析を実施し ヒト ES 細胞と ips 細胞の違いに関する検証と分化抵抗性について検討した その中で 10 株の ES 細胞と 49 株の ips 細胞を用いた DNA メチル化や遺伝子発現の大規模解析により 両者に違いはあるが明確に区別するマーカーは存在しないと報告した また ips 細胞の分化抵抗性について 正常に分化する株と分化抵抗性株をマイクロアレイで比較し 有意に異なる発現を示す遺伝子群を解析したところ 分化抵抗性をもった ips 細胞では ノンコーディング RNA の一つである内在性レトロウイルス配列を持った遺伝子 HHLA1(HERV-H LTR-associating 1) の異常な活性化が起こっており 分化抵抗性との関連性があると報告をした 1) さらに 初期化因子の KLF4 による H 型ヒト内在性レトロウイルス (Human endogenous retrovirus type H;HERV-H) の一過的な活性化がリプログラミングの過程で重要であり リプログラミングが完了したヒト ips 細胞において KLF4 の機能は必要ないことを示した 2) HERV-H はヒトに特異的に存在し マウスには存在しない 普遍的なリプログラミング機構に種特異的な内在性レトロウイルスが寄与していることが明らかになった 理化学研究所ライフサイエンス技術基盤研究センター機能性ゲノム解析部門のピエロ カルニンチ部門長らと国際共同研究グループは 2014 年 4 月 29 日にこれまで知られていなかった数千種類の RNA が ips 細胞や ES 細胞の核内で発現していることを見いだし その一部が幹細胞に特徴的な多能性の維持に関与している可能性があることを明らかにし 幹細胞の多能性に関わるレトロトランスポゾン由来の RNA の関与について発表し

43 第一章ゲノム医療を支える研究技術 研究環境ならびにビジネス動向 た 3) リプログラミング研究では多能性獲得のマーカーとして三胚葉への分化が確認されるが より全能性に近い分化能として 胎生ほ乳類では胚外組織である胎盤への分化がある 胎盤の形成においては父親由来遺伝子のインプリンティングが関与している 東京医科歯科大学難治疾患研究所エピジェネティクス分野の石野らは 父親由来インプリンティング遺伝子のスクリーニングから見いだされた胎盤形成に関与するレトロトランスポゾン由来の遺伝子 Peg10 Peg11/Rtl1 の機能を研究している 4) レトロトランスポゾンは 自らを RNA に転写した後 逆転写酵素によって DNA に 転移 する DNA 配列の変更を行うレトロトランスポゾンと その発現を抑制するエピジェネティクス エピジェネティクスによる制御をリプログラミングするレトロトランスポゾンの活性化の機構解明が期待されている (2) がんとレトロトランスポゾン慶應義塾大学医学部先端医科学研究所の工藤 河上らはヒト内因性レトロウィルス (HERV-H) が がんの転移において重要な役割を果たしていることを明らかにした 5) ヒト内因性レトロウイルスは全ゲノムの約 1% を構成しており その一部は さまざまながんで発現が増強されている がん細胞が転移を起こす過程では周囲細胞との細胞接着能を失い 遊走 浸潤能を得て間葉系様の細胞へと変化する この上皮間葉転換 ( Epithelial-Mesenchymal Transformation;EMT) と呼ばれる細胞機能の変化においても HERV-H の発現が増強している HERV-H 由来ペプチド H17 ペプチド は間葉系幹細胞を集積することで免疫抑制作用を示すことが報告されている ヒト内因性レトロウィルス (HERV-H) は 個体の発生過程のエピゲノムのリプログラミングだけでなく がん細胞の転移に関与しており 正常な機能と疾患における機能の両方の制御に寄与するという その詳細解明が課題となっており 今後の研究成果に期待したい (3) エピゲノム編集エピゲノムは 細胞の環境への適応機能と考えられ その機能が破綻することで がんや精神疾患など様々な疾患の発症 進展にも関与している このような疾患に関連したエピゲノムを精密な部位に対して編集する技術が検討されている 6) ゲノム編集で構築されている TALE ( Transcription Activator-Like Effector ) CRISPR/CAS(Clustered Regularly Interspaced Short Palindromic Repeats/CRISPR-associated) が 特定の DNA 配列に結合するゲノムアンカーを提供するために使用されている 1 DNA メチル化 脱メチル化の編集 i) DNA メチル化編集 (DNA methylation editing) 特定の DNA 配列に結合する TALE を例として DNA メチルトランスフェラーゼ (DNA Methyltransferase;DNMT) を融合することで部位特異的にメチル化させる ii)dna 脱メチル化編集 (DNA demethylation editing)

44 第一章ゲノム医療を支える研究技術 研究環境ならびにビジネス動向 TALE の結合サイトにメチル化シトシンヒドロキシラーゼ (Tet1) を融合させ 特定のメチル化 (5mC) 領域をヒドロキシメチル化シトシン (5hmC) に変換し つづいて TALE の結合サイトと融合した DNA グリコシラーゼ (TDG) により 塩基除去修復させることによって脱メチル化させる 2 ヒストンのアセチル化 脱アセチル化の編集 (Histone modification editing) i) ヒストンアセチルトランスフェラーゼ (Histone acetyltransferases;hat) である camp 応答配列結合タンパク質 (camp response element binding protein;crebbp or CBP) と TALE の結合サイトの融合によって特定領域のヒストンをアセチル化修飾させる ii) ヒストンデアセチラーゼ (Histone deacetylase 2;HDAC2) と TALE の結合サイトの融合によって特定領域のヒストンを脱アセチル化させる これらの DNA 配列をターゲットとするエピゲノム編集技術を 治療が必要な組織に限定して働かせるようにするため TALE と CRY2 と CIB1 の二量体化を青色光の照射依存的に引き起こす手法 を組み合わせ LITE (light-inducible transcriptional effector) system が開発された この技術では エピゲノムを編集するための上記のエフェクターと TALE と CRY2 と CIB1 の融合蛋白を 青色光が照射された領域に限定して働かせることが示されている ゲノム編集の開発の歴史は浅いものの 最も注目されているゲノム関連技術であり 昨年のヒューマンサイエンス研究振興財団開発振興委員会創薬技術調査 WG でも報告してきた このようなゲノム編集技術は 基礎研究だけでなく 再生医療への応用研究も始まっており 今回紹介した エピゲノム編集 も今後期待される応用分野である 3. 国際的な取組み (1) 国際エピゲノムコンソーシアム IHEC 国際ヒトエピゲノムコンソーシアム The International Human Epigenome Consortium(IHEC) は 様々な病気や生命現象に関わる高精度のヒトエピゲノム地図をつくることを目的として 2010 年に設立された国際的な研究組織である 2014 年現在 米国 EU イタリア 韓国 ドイツ カナダ 日本が IHEC に正式参加している 日本では 文部科学省の科学技術振興機構 (JST) がファンディングする研究プロジェクトである戦略的創造研究推進事業 (CREST) が IHEC を支援しており IHEC 日本チーム (CREST/IHEC) は CREST エピゲノム研究に基づく診断 治療へ向けた新技術の創出 研究領域の研究プロジェクトとして 2011 年から参加している 現在 山本雅之氏 ( 東北大学大学院医学系研究科医学部長 ) を研究総括者 牛島俊和氏 ( 国立がん研究センター研究所上席副所長 ) を副研究総括者とし 3 つの研究チームとデータベースを構築するチームで構成されており 国立がん研究センターを中心とした消化器 ( 胃 大腸 肝臓 ) 関連のエピゲノム研究チーム ( 代表 金井弥栄分野長 ) 東京大学エピゲノム疾患研究センターを中心とした体内各部位の血管内皮のエピゲノム研究チーム ( 代表 白髭克彦センター長 ) 九州大学エピゲノムネットワーク研究センターを中心とした胎盤及び子宮内

45 第一章ゲノム医療を支える研究技術 研究環境ならびにビジネス動向 膜の細胞種毎のエピゲノム研究チーム ( 代表 佐々木裕之センター長 ) と産業技術総合研究所を中心としたデータベースを構築するチームで進められている 現在 CREST/IHEC Japan Epigenome Database を利用するための Web ブラウザを構築しており データ公開版の Web ブラウザついては 2015 年 3 月にリリースを予定しているとのことである 1IHEC の目的 今後 7~10 年の間に 疾患に関連するヒト細胞のエピゲノムのうち少なくとも 個の標準エピゲノムを解読する 各国の研究者がデータを活用できるよう データの解析方法 提供フォーマットを標準化 共通化する 参加国のファンディングエージェンシーと研究者の取組みを支援する IHEC が公開する標準エピゲノム地図は がん 腎臓 代謝疾患 神経変性疾患 免疫 アレルギー疾患 幹細胞とその分化 細胞のリプログラミングなど さまざまな疾患研究や生命科学研究の基盤となると期待されている 2IHEC のデータポータルサイト 7) IHEC は 2014 年 9 月 24 日にデータポータルサイトを開設し 解析結果を公開している サイトには以下の 3 つのツールがあり それぞれの方法でデータにアクセスできる Data Grid; 容易に利用できるデータを可視化し 動的に結果にアクセスできる Downloads; 各研究グループや解析方法などセクション別に直接解析結果をダウンロードできる Genome Browser; California 大学 Santa Cruz 校 (UCSC) のゲノムブラウザとともに IHEC の解析結果にアクセスできる (2)Roadmap Epigenomics Mapping Consortium 8) 米国の NIH が進めていている Roadmap Epigenomics Mapping Consortium では 疾患に関連するヒトのエピゲノムデータマップを作成することを目的としている ENCODE 計画の成果を基盤として ヒトの幹細胞 各組織 疾患及び健常組織から直接採取したゲノム上で機能している調節エレメントやゲノム配列解析 DNA メチル化 ヒストン修飾などのエピゲノムに関する包括的な参照データを統合していく 2015 年 2 月 18 日 Nature にて 本コンソーシアムの概要 成果における 8 報の新しい論文のレビューも News & Views Forum に掲載されている 9)10) 本報告書では 詳細は省略させて頂くので 詳しくは Nature の web サイト ( を参照にして頂きたい なお 本コンソーシアムでは データの拡充も想定し プロトコール 試薬 及び解析ツールの開発 標準化も進めるとしている 今後の 成果に期待したい 4. エピゲノム診断と治療の進展 (1) エピゲノム研究に基づく診断 治療へ向けた新技術の創出 各組織の細胞のエピゲノムを 正常な組織細胞 病変またその過程の細胞について解析

46 第一章ゲノム医療を支える研究技術 研究環境ならびにビジネス動向 し 表現される現象との関連性を解明することで 疾患の予防 診断 治療法 健康維持に資することができる 平成 23 年度から文部科学省の選定した戦略目標 疾患の予防 診断 治療や再生医療の実現等に向けたエピゲノム比較による疾患解析や幹細胞の分化機構の解明等の基盤技術の創出 のもとで進められ 一部は IHEC と連携している がんや 動脈硬化 糖尿病 神経疾患 自己免疫疾患などの慢性疾患において組織細胞のエピゲノム解析から 病因または病態進行の要因となるエピゲノム異常を見いだし 画期的な予防 診断 治療法へとつながる基盤技術を目指している (2) エピゲノムと発がんとの関連エピゲノムの DNA 修飾であるシトシンの 5 位の炭素のメチル化修飾は転写の抑制に関与していることは知られていたが それを脱メチル化する酵素 ( また過程 ) は長く不明のままであった 2009 年に TET1 及び TET により 5-メチルシトシンが酸化された 5-ヒドロキシメチルシトシンが発見され さらに 5-ホルミルシトシン,5- カルボキシルシトシンへと酸化されることで この箇所で塩基除去修復が行われシトシンへと変換される過程が次々と明らかとなった 11) ~-14) ほ乳類は TET ファミリーとして TET1 TET2 TET3 の 3 つをもち これらのタンパクはいずれも C 末端側に,Fe 2+ 及びαケトグルタル酸を補酵素とする酸化酵素に共通したドメインである DSBH ドメインを有している TET が発見されてから 5 年近くが経過し 構造基盤が明らかとなった 15) 補酵素として働くαケトグルタル酸は イソクエン酸から isocitrate dehydrogenase 1 (IDH1) と isocitrate dehydrogenase 2(IDH2) によって産生される 一方 グリオーマでは IDH1 と IDH2 遺伝子には高頻度の変異がみられることが知られている グリオーマの IDH 変異は機能の消失ではなく 変異型酵素ではαケトグルタル酸を 2-ヒドロキシグルタル酸に変換する新たな酵素特性が報告されている この変異による 2-ヒドロキシグルタル酸が グリオーマの発生に関与しているかは不明だったが H3K9 脱メチル化酵素 KDM4C の活性を阻害することで特定のヒストンのメチル化が増加し それによって遺伝子発現プロファイルの再編成が起こっていることが示された 16)17) 5. プラチナゲノム 18) 対立遺伝子の優劣性の複雑さは古くから知られており エピゲノムが関与しているとも言われている 一方 対立遺伝子の優劣性の複雑さが生み出す興味深いものとして ゲノム上の未解読領域の存在が報告されている エピゲノム研究を進める上で 未解読部分のない真のゲノム配列の公開は極めて重要なことである ここでは ゲノム研究のトピックとして 未解読領域のない真の全長ゲノムである プラチナゲノム について紹介する 既に 2000 年に全ゲノム解読は終了したと思われているが 実際には 99% 以上の完成と宣言されている その後も 改定が繰り返されているが ゲノム領域にはギャップと呼ばれている未解読領域が存在していることが明らかとなっている この未解読部分の無い 真の全ゲノム配列が プラチナゲノム である 通常 我々生物には両親から受け継いだ 2 組の染色体が存在する 一方 一般的なシークエンシング手法は 染色体レベルで解析するのではなく 大量の DNA をコピーした後 DNA を断片化して解読し 解析プログラムによりつなぎ合わせて配列化していく このつなぎ合わせの過程で 連続した反復配列

47 第一章 ゲノム医療を支える研究技術 研究環境ならびにビジネス動向 及び複雑な対立遺伝子の多様性により アッセンブリーエラーが起こり ギャップ部分が 生じる可能性がある そのため できる限り読み取り断片長が長いシークエンサーによる 解読が必要とされ 従来のシークエンサーによる配列解析だけでなく 読み取り断片が ,000 塩基以上とされる Pacific Biosciences が開発した SMRT 法による一分子シーク エンサーを用いた配列解析が進められていた 2014 年 11 月 2015 年 1 月に それぞれ 二つのグループから ヒトの染色体 1 組しか有さない細胞を用いて実施されたギャップ部 分を含むゲノム配列解析の研究成果が報告された 19 20 その中で 炎症性腸疾患と関連 する遺伝子のゲノム領域に新たにリピート配列が認められ さらに 筋萎縮性側索硬化症 脆弱 X 症候群と関連するゲノム領域の中にギャップ部分が認められたと報告されている これら以外に約 100 万箇所のギャップ部分が解読できたとされた これらは 対立遺伝子 の優劣性の複雑さから生じたものと考えられ 今後エピジェネティックなアプローチから も研究が進められることを期待したい ゲノム配列研究の究極のゴールは ギャップ領域 のないゲノム配列 プラチナゲノムの公開である このようにギャップ部分が明らかにさ れることで 疾患原因遺伝子や疾患関連遺伝子 即ち より正確な診断マーカーの発見に つながる可能性を秘めている 6 課題 エピゲノムに関する基礎研究については 盛んに行われており 今後多くの成果が出て くるであろう しかしながら エピジェノミックな変化を診断やコホート研究に活かすた めには 多くの課題があると思われる 一つは 多くの変化が体細胞性の変化のため 単 純に血液検体のみで評価できず 血液系の疾患を除き 組織の採取などが必要となる 患 者であれば可能であろうが 健常者では実施は難しい また 検出においても 検体の調 製 細胞分離など手間がかかり コストもかかる 岩手医大を中心としたコホート研究に おいても エピゲノムを取り入れているが 必ずしも検体数が十分とは言えない 今後 大規模な試験に取り入れるためには コストダウンもさることながら 解析手法や検出系 の開発が必要であろう 参考文献 1) Koyanagi-Aoi, M., Takahashi, J. et al., Differentiation-defective phenotypes revealed by large-scale analyses of human pluripotent stem cells. PNAS 110, ) Ohnuki, M., Yamanaka, S., Takahashi, K. et al. Dynamic Regulation of Human Endogenous Retroviruses Mediates Factor-induced Reprogramming and Differentiation Potential. PNAS Online publication ) Alexandre Fort, Piero Carninci et al., Deep transcriptome profiling of mammalian stem cells supports a regulatory role for retrotransposons in pluripotency maintenance. Nature Genetics, 2014, doi: /ng ) Sekita, Y., Ishino, F. et al. Role of retrotransposon-derived imprinted gene, Rtl1,

48 第一章ゲノム医療を支える研究技術 研究環境ならびにビジネス動向 in the feto-maternal interface of mouse placenta. Nat. Genet. Jan 6 online(2008) 5) (2014) 6) Jeremy J. Day New approaches to manipulating the epigenome. Dialogues Clin Neurosci. 16(3): (2014) 7) (2014) 8) NIH Roadmap Epigenomics Project ホームページ 9) Nature(2015 年 2 月 19 日 特集号ウエブサイト ) 10) Nature 518 : (2015) 11) Tahiliani, M., Kian, P. -K., Yinghua, S. et al.: onversion of 5-methylcytosine to 5-hydroxymethylcytosine in mammalian DNA by MLL partner TET1. Science, 324, (2009) 12) Ito, S., D Alessio, A. C., Taranova, O. V. et al. Role of Tet proteins in 5mC to 5hmC conversion, ES-cell self-renewal and inner cell mass specification". Nature, 466, (2010) 13) Aik, W., McDonough, M. A., Thalhammer, A. et al. Role of the jelly-roll fold in substrate binding by 2-oxoglutarate oxygenases. Curr. Opin. Struct. Biol., 22, (2012) 14) Ito, S., Li, S., Qing D. et al. Tet proteins can convert 5-methylcytosine to 5-formylcytosine and 5-carboxylcytosine. Science, 333, (2011) 15) Hideharu Hashimoto, June E. Pais, Xing Zhang, Lana Saleh, Zheng-Qing Fu, Nan Dai, Ivan R. Corrêa, Yu Zheng, Xiaodong Cheng Structure of a Naegleria Tet-like dioxygenase in complex with 5-methylcytosine DNA. Nature, 506, (2014) 16) Chao Lu, Craig B. Thompson et al. IDH mutation impairs histone demethylation and results in a block to cell differentiation Nature 483, (2012) 17) Sevin Turcan, Timothy A. Chan et al. IDH1 mutation is sufficient to establish the glioma hypermethylator phenotype Nature 483, (22 March 2012) 18) Ewen Callaway Nature 515 (2015) ) Chaisson MJP et al Nature 517 (2015) ) Steinberg KM et al Genome Research 24 (2014)

49 第一章ゲノム医療を支える研究技術 研究環境ならびにビジネス動向 (5) 国内外における遺伝子検査ビジネスの現状と将来 ヒアリング先 : 京都大学医学研究科社会健康医学系専攻健康管理学講座 小杉眞司教授 要約現在 日本で行われている遺伝子検査ビジネスは コモンディジーズ-コモンバリアント仮説を元に 疾患の罹患リスクにかかわる遺伝子を調べ 易罹患性や体質を判定 評価するのが主たるものである この遺伝子検査の評価要因には 臨床的妥当性 分析的妥当性 臨床的有用性 倫理 社会的課題の 4 つが挙げられており その中でも臨床的妥当性がクリアされるためには 感度 特異度 陽性的中率などのデータが一般集団を代表するものとして揃っていて 専門家が見て妥当性が評価できる情報が提供されることが必要とされる 遺伝子検査ビジネスの先駆者である 23andMe は比較的質の高い対象遺伝子の選択基準を持っていたが それでもプロフェッショナルなアカデミアが納得できる水準には達していなかった 今後の遺伝子検査は全ゲノムシークエンシングに変わっていくと考えられ 個人のシークエンス情報に新しい知見を加えて解釈していくという時代になっていく そうした流れの中で 健常者に対して陽性と判定されても予防法 治療法の無い疾患についての検査の臨床的な有用性は 今後の検討課題である 1. はじめに製薬業界においては従来から ファーマコジェノミクス (Pharmacogenomics) やコンパニオン診断薬等の遺伝子検査に対する関心が持たれていたが さらに近年 Direct To Consumer(DTC) の遺伝子検査ビジネスが盛り上がりを見せる中で これらが医療とどのように関連するのかに興味が集まっている 遺伝子検査ビジネスが今後 医療関連産業の中でどう位置づけられていくのか その状況把握のために 経済産業省の 遺伝子検査ビジネスに関する研究会 の座長でもある小杉教授に 遺伝子検査ビジネスの業界の現状および将来動向 規制的側面および科学的側面における課題 などについて伺った 2. コモンディジーズ-コモンバリアント仮説と遺伝子検査コモンディジーズ-コモンバリアント仮説とは 標準配列と異なっている頻度が高い多型 ( コモンバリアント ) によって 頻度の高い疾患 ( コモンディジーズ ) が起こっているという仮説であり 遺伝子検査はこの仮説を元に実施されている 遺伝子検査ビジネスは健常人を含むより広い顧客を対象とするため このコモンバリアントを調べるものが大半であり レアバリアントを対象とした検査は対象としにくい 一般的にアレル頻度が 1 から 5% 以上の SNP がコモンバリアントと定義される 2003 年にヒトゲノム計画 ( ヒト一人分のシークエンス ) が完了し その後 多型 ( バリアント ) を見つける作業が行われてきた そこで目的とされたのが 1% 以上の頻度の多形を見つけることであり 疾患グループと疾患でないグループを比較する いわゆるケース コントロールスタディが行われてきた それをゲノムワイドの数十万とか 100 万単位の多

50 第一章ゲノム医療を支える研究技術 研究環境ならびにビジネス動向 型に対して調べるのが Genome-wide Association Study(GWAS) である GWAS で罹患者が健常者に対して多型保有率に明らかな有意差が認められた SNP について 逆にこの SNP を検査し そのバリアントを持っている人はある疾患になりやすいという判定を行うのが基本的な遺伝子検査ビジネスである 3. 遺伝子検査に関するガイドライン 2003 年に遺伝医学関連 10 学会から 遺伝学的検査に関するガイドライン が出され この基本的な考え方は 2011 年に日本医学会へ引き継がれている この中で遺伝学的検査は 検査が持つ分析的妥当性 臨床的妥当性 臨床的有用性が十分なレベルにあることが確認されていなければならない とされている この考え方は 米国 CDC(Centers for Disease Control and Prevention; 疾病予防管理センター ) が提唱する ACCE モデル (ACCE は分析的妥当性 (Analytic validity) 臨床的妥当性(Clinical validity) 臨床的有用性 (Clinical utility) 倫理的法的問題(Ethical, social and legal issues) の頭文字 ) で考え出されてきた ここでいう分析的妥当性というのは精度管理がきちんとしていて再現性が高いということ 臨床的妥当性というのは検査結果の意味づけが十分にされている すなわち感度 特異度 陽性的中率などのデータがそろっていること 臨床的有用性というのは 上記に加えて診断がつけられることによって役に立つ 例えば疾患の見通しについての情報が得られることや 治療法 予防法に結びつくような臨床上のメリットがあること と定義されている 4. 遺伝子検査の臨床的妥当性図 1に示したそれぞれの枠の頻度 a b c d を元に 臨床的妥当性に相当する 感度 特異度 陽性的中率などのデータが計算できる 疾患に罹患する人のうち検査が陽性である人の割合 (a/(a+c)) を感度 疾患に罹患しない人のうち陰性であった人の割合 (d/(b+d)) を特異性 検査で陽性だった人が本当に疾患に罹患する割合 (a/(a+b)) つまり陽性結果の正診率を陽性的中率 (Positive Predictive Value) という 臨床的妥当性があるためには これらのデータが一般集団を代表するものとしてきちんと揃っているということが必要であり コホート研究などの疫学はそのために重要である 相対リスク (R:Relative Risk 検査の陽性者のリスクと陰性者のリスクの違い ) 疾患の一生涯での発症頻度 (D:Life Time Risk) 一般集団での SNP 保有率 (G:Allele Frequency) により 臨床的妥当性 ( 感度 特異度 陽性的中率等 ) の数値を計算することができる ( 図 1)

51 第一章 ゲノム医療を支える研究技術 研究環境ならびにビジネス動向 図1 臨床妥当性に関するデータと計算式 京都大学 小杉眞司氏提供資料 5 GWAS を元にした遺伝子検査の陽性的中率 遺伝子検査ビジネスがビジネスである以上 Allele Frequency がある程度以上の遺伝子 を対象とし 疾患も極度にレアなものを対象とするのではなく コモンディジーズを対象 とする必要がある この時 例えば一生涯にある疾患に罹患するリスク ライフタイムリ スク が 5 の疾患について 実際の陽性的中率がどのぐらいになるかを Relative Risk RR と Allele Frequency で計算してみた結果が図2である 例えば 糖尿病や高血圧などのコ モンディジーズに対して GWAS などで候補遺伝子の探索が行われる場合 多くの研究に おいて 有意差があり RR が 1.5 の遺伝子が見つかることでさえ稀で 2 以上の遺伝子は ほとんど見つかっていない そのため 図2において RR が 1.5 Allele Frequency が 0.01 から 0.1 1~10%の SNP:コモンバリアント に注目すると 陽性的中率は 7.1~7.5 に過ぎないということがわかる 図2 これは もともとライフタイムリスクが 5 の疾 患について ある遺伝子多型を持つことで Relative Risk が 1.5 倍となっても 陽性的中 率は 7.1~7.5%にすぎないことを示し 要するに 92.5~92.9 の人は検査が陽性でも疾患に ならないということを意味している

52 第一章 ゲノム医療を支える研究技術 研究環境ならびにビジネス動向 図2.ライフタイムリスク 5%の疾患の陽性的中率 Positive Predictive Value 京都大学 小杉眞司氏提供資料 6 コモンバリアントと疾患の関連 淘汰 元来 GWAS は 個人の罹患リスク診断をするというのが目的ではなく 疾患の成り立 ちに関係してくる遺伝子を確実に見つけて 疾患のメカニズムを解明し さらには治療 創薬のためのターゲット分子を見つけることを目的としている Relative Risk が高く有名 なものの一つとして昔から知られているのはアルツハイマー病の ApoE で RR が 5.5 で あるが GWAS で見つけられた遺伝子の大半のものは RR が 1.1 から 1.4 程度である 一 般的に コモンバリアントは RR が低いところ くらい にあって 罹患リスク への影響は低い 逆に いわゆるメンデル型の単一遺伝性疾患のように非常に頻度が低い もの レアバリアント については それを持っていると RR がほとんど 100 に近くな る これは疾患になりやすい体質というのは集団の中では失われていく 淘汰という点で ある意味では当然のことである 疾患そのものではなく 薬物副作用に関する遺伝子は 近年 薬が使われなかった時代には不利益をこうむることがなかったため 集団の中での 淘汰が進んでおらず 実際 非常に寄与率の高いものが幾つか見つかってきている ApoE についてコモンバリアントが存在していることも アルツハイマー病が高齢者に多く発症 するものであり そうした点で淘汰の圧力がかかりにくかったことが予想される ただし ApoE の検査については 臨床的妥当性が比較的高い 検査陽性の発症率が 11% 一方で 陽性と診断されても予防方法がないため ApoE 検査によるアルツハイマー病リスク診断 をする真の意義があるのか 今後も議論の余地がある 7 米国における遺伝子検査ビジネスの展開と日本進出 遺伝子検査ビジネスに関連して 現在 NIH の所長であり 以前はヒトゲノムプロジェ クトの責任者であった Francis Collins が 2010 年に ザ ランゲージ オブ ライフ 日 本語版 NHK 出版 という本を書いている その当時 Navigenics decodeme 23andMe が米国を中心に遺伝子検査ビジネスを展開していた 日本進出については Navigenics は

53 第一章ゲノム医療を支える研究技術 研究環境ならびにビジネス動向 2011 年頃から Direct to consumer(dtc) ではなく医療機関を介して検査する事業として 東京にあるクリニックと提携し事業展開しようとしたが始まってすぐに中止された 中止された背景として Navigenics が Life technologies に買収され それがさらに Thermo Fisher Scientific に買収されたというビジネス上の理由も考えられたが 買収後 暫くしても遺伝子検査ビジネスが復活することは無く 米国でも Navigenics のビジネスは終わっている decodeme も同じく日本進出していた時期があったが 最終的に同社も買収され ビジネスはその後展開されることなく終了した 23andMe については 2012 年 12 月に検査料金を 99 ドルにディスカウントをし 18 万人の顧客を 100 万人まで広げる構想をもって事業展開していたが 2013 年の 11 月に FDA が 23andMe に対して販売中止を求めた FDA によると 同商品は疾患 診断 予防を目的としていて法律で規定されるデバイスに相当するものであるので 必要な市販承認を受けていないというのが販売停止の理由である とのことであった 23andMe の遺伝子検査対象遺伝子の基準に 対象とする人種に関しては 1 つ以上の研究で確認されていること という条件があり日本人を対象とした研究が少ないために 同社は日本で事業展開していなかった 8. 遺伝子検査ビジネスで対象とされる遺伝子の基準遺伝子検査として 対象とする遺伝子の取り扱い基準としては 上記の人種に関する基準の他に 23andMe においては サンプルサイズが 750 人以上で p 値が 0.01 未満 インパクトファクターの高い有名なジャーナルに載ったものを対象に さらに独立した研究で 有意差の再現性があるものを取り扱う遺伝子検査の対象遺伝子とするという基準があった ( ただし 希少疾患などの場合に関しては単独研究でも認めているものがあった ) 一方で GWAS の研究などにおいて Nature Genetics 等が採用するデータというのは有意水準が 10 のマイナス 7 乗から 8 乗であり 標準のサンプル数としても 8,000 人から 2 万人ぐらいとされている 23andMe は比較的質の高い対象遺伝子の選択基準を持っていたが 検査ビジネスとして SNP による疾患リスクを評価する場合 それでもアカデミアが納得できる科学的水準には達していないと考えられている 9. 遺伝子検査ビジネスの課題現在 遺伝子検査ビジネスとして行われているものの中には 調べる遺伝子や調べる部位を明らかにしていないものもあり 途中過程がブラックボックスで 結果の数字のみが出てくるというものも多い その数字が出てくるプロセスを明らかにし 少なくとも専門家が見て きちんと検査の臨床的妥当性を評価できることが必要である そのために 解析している遺伝子および多型部位の他に 独立した研究の根拠となる論文および日本人のデータについても情報提供されるべきである 相対リスクの信頼区間 サンプル数や p 値 一般集団での SNP の頻度とそのサンプル数 というような基本的な情報が必要であり 有病率の情報 さらには再現性を評価したような論文も情報提供されないといけない 日本でビジネス展開する場合は 上記について日本人のデータや情報が必須である しかし現状では情報公開が不足していることが課題である ( 図 3 図 4)

54 第一章 ゲノム医療を支える研究技術 研究環境ならびにビジネス動向 図3.遺伝子検査実施の際に提供されるべき情報 京都大学 小杉眞司氏提供資料 また 遺伝子検査の基本的な根拠情報は 論文化されたデータを基にしたメタアナリシ スであるが ある結果が再現されなかったデータは公になりにくい パブリケーションバ イアスという課題も根本にある 元となるデータは疫学研究であるので 一般集団を代表 しているかどうかというのが一番重要なことであるが 一般集団をどのように代表させる かというのも難しい さらに 多数の SNP Risk の独立性も重要な課題で 多因子性疾患 と呼ばれる複数の SNP が疾患の成り立ちに関係していると思われている疾患については 各 SNP のリスクを掛け合わせてリスクを評価しているものが多い しかし 同じ SNPs の組合せを持っている人を多数調べて リスクを評価しているのではない 病態のメカニ ズム それに対する生体防御 代謝等の代償機構を考慮した場合に 一つ一つのリスクを 独立して掛け算してリスクを計算できるという科学的根拠は無い 図4 遺伝子検査に使 われているデータは 基本的にケース コントロールスタディの成績から演繹されている ものであるが その場合 選択バイアスが出てしまうことも課題であり 疾患と診断する 基準についても専門家による評価が重要になってくる ケース コントロールスタディで は 今 疾患に罹患している人はわかるが その人が今後発症するかはわからず コホー ト研究が重要となってくる コホート研究は まだ健康な状態の時点から追跡していくの で そこには選択バイアスが存在しない DTC の遺伝子検査ビジネスの検体やそこで収集 される情報を解析することにより 疾患発症に関する新たな知見を得る試みも行われてい るが 遺伝子検査を受ける際に自己申告される情報の信頼性は極めて低く そうした点で も臨床データを集めるためのコホート研究は優れている

55 第一章 ゲノム医療を支える研究技術 研究環境ならびにビジネス動向 図4. 遺伝子検査における疾患リスク診断の課題 京都大学 小杉眞司氏提供資料 10 欧米での遺伝子検査に対する規制 米国における遺伝子検査としては Clinical Laboratory Improvement Amendments CLIA 認証された会社や施設で行われている検査があり それとは別に FDA が診断用 試薬 キット として承認したものが用いられている CLIA 認証外で行われる検査は非 常に数が少なく 多くの遺伝子検査は CLIA 認証ラボで行われている DTC については 広告に嘘やミスリーディングがないかということだけを規制しており 科学的な妥当性に ついては規制 検証されていない 現在 州によって規制の状況は違うが 23andMe の 事例などから FDA が医療の範囲内であると考え始めており 欧州も同様に医療として規 制していこうという動きがある 欧州ではそもそも DTC 遺伝子検査が禁止されている国 が多い 昨年の EuroGentest 遺伝子検査の学会 において キットとして承認されるも の以外は認証された施設で行う米国式を欧州でも取り入れ 法案が提出されるという話が あった 米国は医療機関で CLIA 認証の臨床ラボで検査をするか DTC 遺伝子検査として解析会 社に行く流れだったが 23andMe の事例を踏まえて今後は CLIA 認証ないしは承認され た IVD in vitro diagnostics を用いたものしか認めないという 遺伝子検査全体を医療 の枠組みとしてとらえる方向に進んでいる LDTs laboratory developed tests にまで FDA が規制をかける動きとして 昨年の9月に Draft Guidance が出され これが今後正 式なものになってくるのではないかと言われている 一連の動きは 新薬の臨床試験にお ける ICH-GCP のようなグローバルスタンダードを遺伝子検査に関しても作ろうというも ので 恐らく 欧州や中国がその動きに追随していると思われる CLIA 認証 米国の臨床検査の法律で 臨床検査室の質を保証するもの 基本的に 検査結果を被験 者に返す行為は CLIA 認証機関で取得されたデータでないと禁止されている

56 第一章 ゲノム医療を支える研究技術 研究環境ならびにビジネス動向 11 日本での遺伝子検査に対する規制策定に関する動向 日本では 2000 年に DTC 遺伝子検査ビジネスの会社に対して 評価がまだ定まってい ない生活習慣病などに関する発症リスクの推定を適切な遺伝カウンセリングもなく行うこ とは 被験者に大きな誤解と不安だけを与える恐れがあり 許されることではない と 関連 6 学会が見解を述べている 2003 年には 遺伝医学関連 10 学会から 遺伝学的検査 は試料採取の容易さのため 採血などの医療行為を伴わずに技術的に可能である場合があ る このような場合であっても 遺伝学的検査は しかるべき医療機関を通さずに行うこ とがあってはならない 臨床的有用性が確立していない遺伝学的検査は行うべきではな い 遺伝学的検査を行うことを宣伝広告するべきではない という遺伝学的検査に関する ガイドラインが出されている さらに 2010 年の人類遺伝学会からの再警告 一般市民を 対象とした遺伝子検査に関する見解 においては 諸外国では 一般市民に提供される遺 伝子検査の質的な保証や提供体制について 規制法の立法や 公的機関による継続的な監 督 専門家を中心とした第三者検証組織の設立 一般市民を巻き込んだ議論の場を設ける 等の取り組みがなされているが 我が国ではほとんどこれらの取り組みは行われていない 我が国においても 遺伝子検査を監視 監督する体制の確立を早急に検討すべき と述べ ている 2012 年には日本医学会から 諸外国で行われている規制法の制定や公的機関に よる継続的な監視システム 専門家を中心とした第三者認証機関の設立 市民を巻き込ん だ議論の場 そういうものが必要である という提言が出されている 図5 図5.日本医学会からの提言 広がる遺伝子検査市場への重大な懸念表明 京都大学 小杉眞司氏提供資料 遺伝子検査に関連する規制としては 個人情報保護法が制定された際に経済産業省から 出された 個人遺伝情報を用いた事業分野における個人情報保護ガイドライン が唯一存 在する 個人情報保護法の 6 条 8 条では 医療や介護の分野に関しての詳細はガイドラ インで定めるとされており ガイドラインのうち 医療 介護事業者における個人情報の 適切な取り扱いを定めた部分については法的な義務も含まれているが 個人遺伝情報を用

57 第一章 ゲノム医療を支える研究技術 研究環境ならびにビジネス動向 いた事業という 極めて特殊な事業分野については努力義務があるだけで 法的な規制は ないというのが現状である 図6 図6.個人遺伝情報分野における法と指針等との関係 京都大学 小杉眞司氏提供資料 米国に CLIA 認証がある一方で 日本の遺伝子検査については 日本衛生検査所協会が 遺伝学的検査受託に関する指針を出している この中では 遺伝学的検査の一時委託先は 医療機関に限定する 一般市民への直接の宣伝広告を禁止する などが定められている ただし 日本衛生検査所協会というのは任意団体であり 衛生検査所協会に入っていない 衛生検査所には適応されず 所属していない衛生検査所に対しては 指針を遵守するよう にという要望が記載されている程度である 米国では 検査室の認証 CLIA 認証 と IVD in vitro diagnostics としての FDA の 承 認 が あ る が 日 本 で は IVD キ ッ ト を 独 立 行 政 法 人 医 薬 品 医 療 機 器 総 合 機 構 Pharmaceuticals and Medical Devices Agency PMDA が認証する以外の枠組みは無 い 保険収載されている遺伝子検査に関しては 衛生検査所で行われないと保険償還され ないが 保険収載されていない検査に対しては コモンディジーズに限らず いわゆる単 一遺伝子疾患の検査に関しても日本では法的規制が無い 市民が病院に行って 保険収載 の検査をする場合は 衛生検査所の検査を受けることになるが DTC の検査や医療として の診断のための検査であっても保険収載されていない検査については 医療機関を介した ものであっても衛生検査所での検査である必要がない 12 遺伝子検査における偶発的所見 遺伝子検査における偶発的所見に関しては 米国臨床遺伝学会 American College of Medical Genetics ACMG が 2013 年の 3 月にその方針のガイドラインを出し 遺伝性 腫瘍や循環器疾患など治療法 予防法がある 26 疾患 56 遺伝子については 偶然見つか った場合にも報告をするのが原則になっている 2013 年は本人の意向にかかわらずという

58 第一章ゲノム医療を支える研究技術 研究環境ならびにビジネス動向 内容であったが 2014 年に改定され オプトアウト可 ( 希望しない人には返さなくていい ) という内容となっている この ACMG 考え方については基本的には診断に対するガイドラインであるが 日本においては医療としてのクリニカルシークエンシングは行われていないが 研究として行われる場合も原則は同じと考えられる ( 日本のゲノム指針にも ACMG と同様の記載がある ) 13. 今後の遺伝子検査ビジネス 23andMe 等の従来の遺伝子検査ビジネスのスタイルとしては 遺伝子検査対象遺伝子を選択し 100 万ぐらいの ( 会社によって数は違うが )SNP を解析することで 顧客が疾患の罹患リスクを知ることができるというようなサービスが主流であった 新しい GWAS の論文やその研究結果に基づくデータで内容が更新されていたが そもそも対象とする遺伝子や SNP が会社によって異なっていた 今後は これが全ゲノムのシークエンシングに変わっていくと考えられる 次世代シークエンサーの更なる技術革新でコストが安くなることによって 個人のシークエンス情報を全部獲得して それを評価していくという時代になると考えられる そこで評価されるものは 現在の遺伝子検査ビジネスで 医療ではない とされるコモンバリアントだけではなく 診断即ち医療に繋がるレアバリアントの評価も入ってくる 既に Illumina では ハイスループット DNA シークエンス解析装置である MiSeqDx の体外診断用医療機器の認可について FDA 承認を取得し CLIA 認証を受けることで 検査機器ではなくて診断用機器として MiSeqDx を使用できるるようにしており CLIA 認証および College of American Pathologists(CAP) の認定を受けて遺伝子検査サービスを世界規模で提供している米国の Pathway Genomics 社では MiSeqDx でのサービスを開始している 既に欧米で始まっているシークエンスサービスについては UCLA(University of California, Los Angeles) や Baylor university Emory University などで もともと検査を請け負っていたアカデミアのラボが会社を設立しており 専門家としてバックグラウンドがある集団が実施していることが特徴である 現在 標準的に Clinical exosome sequencing が行われている 従来の診断方法で複数の検査をしても診断がつかない患者に対しては Exosome sequencing する方が早く コストも安く診断ができるため 米国では Exosome sequencing が多くの保険会社で保険償還されるようになってきた 現状は Exosome sequence が主流であるが 既に 米国の幾つかの小児病院では研究的に新生児の全ゲノムシークエンシングが始まっている 全ゲノムの配列がわかっても 疾患のことがすべてわかるわけではないが 技術の進歩によって全ゲノムシークエンシングが さらに簡便かつ低コストになれば まず全ゲノムシークエンシングでゲノム情報を取得し 新しい知見を加えて解釈していく という時代になっていくと考えられる 全ゲノムシークエンシング以外にも 限定的ではあるが タンデムマスによる質量分析機で網羅的に低分子を見ることによる先天性代謝異常の診断などが行われている その中には現在 新生児でマススクリーニングされているような基本的には早期発見 治療が可能な疾患と異なり 治療法や予防法がない疾患も含まれる そのため そのような疾患に対する検査 診断の必要性が議論となっており 今後 全ゲノムシークエンシングを実施していく流れの中でも 健常者に対して検査を行う意義についての議論は必要である

59 第一章ゲノム医療を支える研究技術 研究環境ならびにビジネス動向 14. 執筆担当者所感近年 日本で高まりを見せている DTC の遺伝子検査ビジネスであるが その臨床的妥当性や臨床的有用性には限界があり そのため欧米では既に衰退しており 日本は 5 年ほど遅れている状況であると実感できた 一方で シークエンス技術の進歩により 次世代シークエンサーを用いた全ゲノムシークエンスによる次世代の遺伝子検査ビジネスは 始まりつつあり こうした中で日本においても 遺伝子検査に関する法整備を急ぎ グローバルな議論への参加が求められる 今後も コホート研究などで取得された情報を元に新たな知見が加わり 将来的には 遺伝子検査が予防 先制医療といった医療の現場でも活用されることが期待される

60 第一章ゲノム医療を支える研究技術 研究環境ならびにビジネス動向 (6) 先制医療を目指した医薬品開発 1. はじめに 1930 年代以降 米国では心筋梗塞の患者が増加し 心臓疾患が死因のトップになったことを機に前向きのコホート研究 フラミンガム研究が開始された ボストン郊外の小さな町であった Framingham の住民を対象に血液検査等が実施され 長期にわたる追跡調査が行われた その結果 高コレステロール血症 高血圧 喫煙が冠動脈疾患の危険因子であることが明らかにされた その後 世界各地で種々の慢性疾患を対象としたコホート研究が盛んに行われ 多くの危険因子が明らかにされてきた わが国では現在も続いている久山町のコホート研究が有名である 当時 これらの研究成果を基にわが国では 成人病 という概念を導入し 慢性疾患の早期診断 早期治療の重要性を啓発した これは早期に脂質異常症 高血圧 糖尿病等を診断し 医療介入することにより疾患の進行を防止し 最終的には心筋梗塞や脳梗塞等の重篤な合併症を予防しようとするものであった 1980 年代以降になるとわが国では糖尿病等の 生活習慣病 の患者が増加し その基盤となる肥満やメタボリックシンドロームが注目されるようになった その結果 生活習慣の改善とともに 慢性疾患の早期発見や予防 治療の重要性が叫ばれるようになった 一方 このような医療の進歩の過程で少子高齢化が進むわが国においては 医療費や介護費を含む社会保障制度の破綻が危惧されてきた これらを回避し 健康長寿社会を実現するには 医療技術の進歩に伴う医療費の高騰をさらなる技術革新により低減化することが重要と考えられるが 最も大切なことは病気を未然に防ぎ 病気になる人を減らすことである そのためには 疾患を発症する前 あるいは重篤化する前に早期発見及び治療を行う予防的な医療が必要と考えられる 井村ら 1) はこれらの考えを基盤に これまでの予防医療の考えとは一線を画する 先制医療 という概念を提唱してしている また 欧米では Zerhouni 2) による preemptive medicine や Hood 3) によるシステムバイオロジーを基盤とした P4 medicine という概念が提唱されている P4 とは predictive( 予測的 ) preventive( 予防的 ) personalized( 個別化 ) participatory( 参加型 ) を意味する いずれの場合も 個人の遺伝情報及びバイオマーカーを用いた精密な診断 予測により予防的な医療介入をしようとするものである 現在行われている発症後に診断 治療する 治療医学 や従来の疫学を基盤とする集団を対象とした 予防医学 とは異なり 個の医学 に根ざした 予防医学 であることが最大の特徴である 1)4) 本稿では 将来の医療を担うと考えられる先制医療の実現に向け これからの医薬品開発が取り組むべき課題及び開発の可能性についてアルツハイマー病及び生活習慣病を例に概説する 2. 先制医療における医薬品開発の課題医薬品開発のプロセスは 低分子化合物医薬とバイオ医薬 ( 抗体医薬 核酸医薬等 ) では若干違いはあるものの 一般的に疾患原因の発見から標的分子の探索 同定 標的分子のターゲットバリデーション 候補物質の探索 同定 最適化 非臨床試験 ( 有効性及び安全性試験 ) 臨床試験( フェーズⅠ Ⅱ Ⅲ) 製造 販売承認 というプロセスを経る 先制医療における医薬品開発も現在のプロセスと大きく変わるところはないと考えられる

61 第一章ゲノム医療を支える研究技術 研究環境ならびにビジネス動向 が ここには先制医療の実現に向けた多くの課題が残されている 第 1 は 疾患の原因及び発症メカニズムの解明である 発症前に治療介入するには 遺伝素因や環境因子がどのようなメカニズムで疾患の発症に影響を及ぼしているかを解明し 医薬品の標的となりうる分子の探索 同定につなげる必要がある 近年 オミックス研究 ( ゲノム エピゲノム トランスクリプトーム プロテオーム メタボローム等 ) やそれらを用いた分子パスウエイ及びネットワーク解析 PET 等の分子イメージング技術等の進歩に加えて 全ゲノム関連解析 (GWAS) やゲノムコホート研究等が取り入れられたことで 疾患の分子論的な理解が進み 先制医療の実現が可能となりつつある 第 2 は ターゲットバリデーションや候補物質のスクリーニングをするためのアッセイ系の構築である ヒトの疾患発症過程を再現できるような動物モデルが構築されている必要がある 最近のゲノム編集技術 (TALEN や CRISPR/Cas9 等 ) や発生工学の革新的な進歩はこれを可能にしつつある 第 3 は 発症前に精密な診断 予測をして将来発症する可能性のあるハイリスク群の抽出を可能とし また薬剤による治療効果の評価ができるバイオマーカーの開発である これにはオミックス研究やシステムバイオロジーを基盤とした生化学的なバイオマーカーや MRI や PET 等の分子イメージングを用いたイメージングバイオマーカー等が含まれ 発症前後の各ステージに対応した精密医療 (precision medicine) を行う上で極めて重要である 第 4 は 医薬品の安全性である 先制医療ではハイリスク群の健常者に対して長期にわたって投与することから 安全性の極めて高い医薬品の開発が必須である 第 5 は 個の医学 に根ざした 予防医学 を特徴とする先制医療が 広く社会の理解を得ることである その結果 これまでほとんど承認されたことのない予防を目的とした医薬品の開発が可能となることが期待される さらに 既知の標的分子が予防医薬の標的分子となる可能性があり 他の疾患を適応症として承認された医薬品や開発化合物などの再利用 すなわち最近注目されているドラッグリポジショニングにつながるかもしれない 市販の医薬品が使用可能になれば 安全性試験などが軽減されて開発コストの低減につながり 先制医療の目的達成に貢献すると考えられる これらの課題解決は発症する前の治療標的分子に対する医薬品開発を可能とし 先制医療における医薬品による予防的介入を実現するものと考えられる 3. 先制医療実現に向けた医薬品開発の現状一般的に慢性疾患は 遺伝要因と環境要因の相互作用により発症する このことから 多くの場合 発症前の臨床症状が見られない時期が長く その間に発症につながる何らかの異常が生じていると考えられる この異常を早期に分子レベルで診断でき なおかつ 特定の分子あるいは分子ネットワークが発症に必須のものであるならば 医薬品による疾患発症への介入が有効となる可能性が生じる これらの考えから 先制医療の対象となる疾患は慢性疾患全般ということになるが これらの中で医薬品開発の対象となる疾患は アルツハイマー病 2 型糖尿病を含む生活習慣病 骨粗鬆症 がん等である 4)5) ここでは 前述の課題を念頭に 例としてアルツハイマー病と生活習慣病を対象とした医薬品開発の可能性について述べる

62 第一章ゲノム医療を支える研究技術 研究環境ならびにビジネス動向 (1) 従来の 治療医学 におけるアルツハイマー病の医薬品開発アルツハイマー病 (Alzheimer's disease ;AD) は 高齢者の認知症の中で最も頻度が高い神経変性疾患であるが その原因はいまだに明確ではない コリン作動性神経系の機能低下に伴うアセチルコリンの減少が原因とする アセチルコリン仮説 に基づき これまでにアセチルコリンエステラーゼ阻害薬 ( 塩酸ドネペジル 臭化水素酸ガランタミン 酒石酸リバスチグミン ) が治療薬として承認されている また 興奮性神経伝達を調節するグルタミン酸作動性神経系の NMDA(N-methyl-D-aspartate) 受容体アンタゴニスト ( 塩酸メマンチン ) が承認されているが いずれの場合も症状改善薬であり 根治は期待できないため先制医療には利用できない 一方 近年の分子病理学の研究から 認知症の症状が出る以前から大脳皮質に老人斑として見られるアミロイドβタンパク質 (Aβ) の蓄積が原因とする アミロイド仮説 過剰にリン酸化されたタウタンパク質の蓄積による神経細胞死が原因とする タウ仮説 が提出され これらに基づいて医薬品開発が行われた ( 表 1) アミロイド仮説に基づく治療薬としては Aβ 凝集体を除去するワクチン 抗 Aβ 抗体による Aβモノマーの重合を阻害する凝集阻害薬 Aβの前駆タンパク質 (APP) を切断して Aβを産生するプロテアーゼであるβ 及びγセクレターゼの阻害薬が開発されてきた Aβペプチドを接種する Aβワクチンは 先行していた Perrigo の AN1792 が急性髄膜脳炎の副作用のため 2002 年に欧米で開発中止されたが その後も数社によって継続されており 現在の最高開発ステージはフェーズⅡである 抗 Aβ 抗体を用いた治療薬開発では Perrigo の bapineuzumab 8) と Eli Lilly の solanezumab 9) の臨床試験フェーズⅢが実施されたが ともにプラセボに比較して認知機能改善効果が認められなかった これらの結果は AD 発症後の抗アミロイド療法には限界があることを示唆した すなわち 現在行われている発症診断に基づいた治療ではすでに手遅れであり 効果的な治療を行うには病理的には陽性であるが認知障害がみられない早期に治療介入することの必要性が示された このことは AD の先制医療を検討するきっかけとなった 10)11) Eli Lilly は詳細解析した結果 軽度の認知障害に対して効果が見られたことから 後述するように solanezumab を用いた開発を継続している 一方 セクレターゼ阻害薬の開発はγセクレターゼ阻害薬が先行したが Eli Lilly の semagacestat はフェーズⅢで認知機能改善効果が認められなかったうえ 細胞分化に重要な Notch タンパク質の活性化阻害に伴う副作用が認められたため 2010 年に開発が中止された 12) この結果から Notch タンパク質の活性化を阻害しないγセクレターゼ阻害薬の開発が求められていたが 非ステロイド性抗炎症薬 (NSAIDs) が Notch タンパク質の切断阻害活性を示さず γセクレターゼ阻害活性を有することが見出された 13) Chiesi Farmaceutici の CHF-5074 は NSAID である flurbiprofen のアナログで Notch タンパク質の切断阻害活性を有しないγセクレターゼ阻害薬として現在欧米でフェーズⅡ 試験を実施中である βセクレターゼ (BACE1) 阻害薬はγセクレターゼ阻害薬のような副作用がみられないことから Aβ 産生を阻害する薬物として期待されている 現在 Merck の MK-8931 と AstraZeneca/Eli Lilly の AZD3293 がフェーズⅢを実施中である 一方で Eli Lilly の LY は 作用機序に由来しない肝毒性のためフェーズⅡで開発を中止した

63 第一章 ゲノム医療を支える研究技術 研究環境ならびにビジネス動向 表1 日米欧におけるアルツハイマー病治療薬の開発状況 参考文献6 7 をもとに作成 分類 標的分子 作用機序 A 阻害 A 関連 セクレターゼ 阻害 セクレターゼ 阻害 タウ 関連 他 種類 起源企業 開発企業 開発ステージ* 開発名 一般名 vanuitide cridificar Perrigo, Wyeth Pfizer Perrigo, Wyeth Perrigo, Wyeth PⅠ 中止 PⅡ 中止 Cytos Biotechnology Novartis PⅡ PⅡ 日本 米国 欧州 PⅢ 中止 PⅢ 中止 PⅢ 中止 AN-1792 CAD-106 amilomotide ACI-24 AC Immune AC Immune PⅡ AD-02 AFFiRiS GlaxoSmithKline PⅡ UB-311 United Biomedical United Biomedical PⅡ Eli Lilly Eli Lilly PⅢ PⅢ PⅢ Perrigo, Wyeth Pfizer, Johnson & Johnson Roche, MorphoSys Roche, MorphoSys, 中外 PⅢ PⅢ PⅢ AC Immune Genentech PⅡ PⅡ BioArctic Neuroscience エーザイ, Biogen Idec Rinat Neuroscience Pfizer Transition Therapeutics Prana Biotechnology Eli Lilly Eli Lilly PⅢ 中止 PⅢ 中止 PⅢ 中止 Bristol-Myers Squibb Bristol-Myers Squibb PⅡ 中止 PⅡ 中止 PⅡ 中止 Chiesi Farmaceutici Chiesi Farmaceutici PⅡ PⅡ LY solanezumab AAB-001 bapineuzumab RG-1450 gantenerumab RG-7412 crenezumab ワクチン 抗 A 抗体 PⅢ 中止 PⅢ 中止 PⅢ 中止 PⅠ PⅡ PⅡ PⅠ 中止 PⅡ 中止 Transition Therapeutics PⅡ PⅡ Prana Biotechnology PⅡ BAN-2401 RN-1219 ponezumab ELND-005 PBT2 LY semagacestat BMS avagacestat CHF-5074 EVP-0962 EnVivo FORUM PⅡ MK-8931 Merck Merck PⅢ PⅢ PⅢ Astex Pharmaceuticals AstraZeneca, Eli Lilly Eli Lilly Eli Lilly AZD-3293 LY 低分子 低分子 低分子 PⅠ PⅢ PⅢ PⅡ 中止 PⅡ 中止 APP 産生阻害 Posiphen 低分子 Raptor QR Pharma PⅡ タウ 凝集抑制 LMTX 低分子 TrauRx Therapeutics TrauRx Therapeutics PⅢ PⅢ RAGE 拮抗 TTP-488 低分子 TransTech Pharma TransTech Pharma PⅡ 神経保護 T-817MA 低分子 富山化学 富山化学 PⅡ PⅡ PPAR 作動 AD4833 pioglitazone 低分子 武田薬品 武田薬品 PⅢ PⅢ * 2015/2/10 現在 最高ステージがフェーズⅡ以上掲載

64 第一章ゲノム医療を支える研究技術 研究環境ならびにビジネス動向 タウ仮説に基づいたタウタンパク質の凝集阻害作用を有する薬剤の開発は Aβ 関連薬物の開発に比べて遅れている 現在フェーズⅢを実施しているのは TauRx Therapeutics の LMTX(leuco-methylthionium) のみである 色素メチレンブルー (methylthioninium chloride) がタウタンパク質に結合することから LMTX はより高い安定性 水溶性 忍容性を有するメチレンブルーの誘導体として創製された Aβ 及びタウ関連以外には 終末糖化産物 (advanced glycation end products;age) の受容体 RAGE を標的とした薬物が開発されている Aβと RAGE の相互作用が Aβの排出 輸送に影響を与えると考えられている TransTech Pharma の開発している RAGE アンタゴニスト TTP488 は この相互作用を阻害することにより Aβの脳内外への輸送の正常なバランスを回復すると推定されている 富山化学が創製した T-817MA は ニュートロフィンのアゴニストで神経保護作用及び神経突起進展促進作用を有し 現在日米でフェーズⅡを実施している 武田薬品は 2 型糖尿病治療薬である PPARγアゴニスト pioglitazone の臨床試験フェーズⅢを欧米で実施中である PPARγアゴニスト作用を有するチアゾリジン系薬剤が AD に関与しているアミロイドβ 由来拡散性リガンド (ADDL) から記憶をつかさどる脳の海馬の神経細胞を保護する作用を示したことから AD 治療薬として開発していると推測される 最近 抗血小板薬として市販されているホスホジエステラーゼⅢ 阻害薬 シロスタゾールが AD の進行予防に効果を示すことがレトロスペクティブな研究で明らかにされた 14) AD 治療薬である塩酸ドネペジルを投与されている患者のうち シロスタゾールを 6 ヵ月以上併用している患者と併用していない患者についてカルテの記録を基にした後ろ向き解析をした結果 シロスタゾール併用群で軽度認知症の進行が抑制されていた また 作用機序については シロスタゾールに AD のモデルマウスの脳に蓄積した Aβの排出促進作用があることが見出されている 今後 プロスペクティブな研究が必要であるが Aβの排出系を活性化する薬剤として期待されている 上記の pioglitazone やシロスタゾールは すでに市販されている薬剤の適応拡大につながり 前述のように予防医薬が認知されれば ドラッグリポジショニングの良い例になるかもしれない (2) 先制医療の実現に向けたアルツハイマー病の医薬品開発 AD 治療薬の開発はこれまで述べたように複数の分子標的に対して多くの開発が試みられているが 現在のところ困難に直面している 米国で 2002 年から 2012 年までに開発された 244 化合物のうち 米国食品医薬品局 (FDA) に承認されたのは 2004 年に承認された塩酸メマンチンのみで 実に失敗率は 99.6% である 15) この原因は他の医薬品開発と同様に安全性への課題と有効性の不足に起因するが AD の場合は前述のように現在の 治療医学 に基づいて認知症と診断された時点ですでに手遅れで 薬剤の有効性を見出すことが困難なためと考えられる AD は 脳の病理学的研究から臨床症状が現れる 15 年以上前から脳に Aβが蓄積し始め やや遅れて 10 年以上前からタウタンパク質の蓄積が始まる 約 5 年前から軽度認知障害 (MCI) が見られ 次いで 明確な臨床症状を呈するようになる MCI 期以前の時期はプレクリニカル AD と呼ばれ 臨床症状は認められないが Aβやタウタンパク質の蓄積による病理変化が見られる 16) したがって 仮に アミロイド仮説 あるいは タウ仮説

65 第一章ゲノム医療を支える研究技術 研究環境ならびにビジネス動向 が正しいと仮定すると 現在開発中の抗 Aβ 抗体 γ 及びβセクレターゼ阻害薬及びタウタンパク質の凝集阻害薬をプレクリニカル AD あるいは MCI のステージで投与すれば 有効性を見出すことができるかもしれない このような理由から 現在米国では アミロイド仮説 の実証及び薬剤投与のステージを明らかにするため 3 つの臨床研究が実施されている 17) Alzheimer s Prevention Initiative(API) と呼ばれる臨床試験は 南米コロンビアのプレセニリン 1(Aβを APP から産生する酵素でγセクレターゼの一部 ) 遺伝子に変異を持つ家系の AD 未発症者を対象に Genentech が開発中の抗 Aβ 抗体 crenezumab を投与する試験である Dominantly Inherited Alzheimer Network(DIAN) は ワシントン大学を中心に優性遺伝性家族性 AD 家系の遺伝子変異を持つ AD 未発症者を対象に ロッシュの抗 Aβ 抗体 gantenerumab と Eli Lilly の solanezumab を投与する臨床試験である Anti-amyloid treatment in asymptomatic AD(A4) は カリフォルニア大学サンディエゴ校を中心にアミロイド PET あるいは脳脊髄液検査で Aβ 陽性で認知機能が正常な高齢者を対象に Eli Lilly の solanezumab を投与する臨床試験である API と DIAN は家族性 AD A4 は孤発性 AD の未発症者を対象にしていることから これらの臨床試験の結果には AD の進行度や重症度の違いが反映される可能性があり 治療薬の効果が十分発揮されないかもしれない 16) いずれにしても 認知機能が正常であっても Aβの蓄積が確認されれば治療介入するという AD の先制医療の可能性を検証する極めて重要な臨床試験である こういう状況の中 2014 年 9 月 AstraZeneca と Eli Lilly はβセクレターゼ阻害薬 AZD3293 の共同開発に合意し MCI を含む早期アルツハイマー病患者を対象にフェーズ Ⅲ(AMARANTH 試験 ) を開始した 18) 今後は β 及びγセクレターゼ阻害薬及びタウタンパク質の凝集阻害薬の開発においても MCI あるいはプレクリニカル AD の患者を対象とした臨床試験が計画されると考えられる プレクリニカル AD に対する先制医療を実現するには もう一つの大きな課題である早期診断と治療効果を評価できるバイオマーカーの開発が必須である 米国では 2005 年から AD Neuroimaging Initiative(ANDI) を立ち上げ MRI による脳容量の減少 FDG-PET による脳代謝 アミロイド PET イメージング 脳脊髄液の Aβ 量をバイオマーカーとして AD の発症機序の検討が行われた 19) これらの検討項目の中で AD 早期の Aβの蓄積を検出できる方法としてアミロイド PET イメージングが注目を集め PET プローブの開発が精力的に行われている ( 表 2) Aβに特異的に結合する化合物 Pittsburgh Compound B(PiB) が創製された後 11 C 標識された 11 C-PiB が初の AβPET プロ ブとして臨床応用された その後 より半減期が長く実用的な 18 F-PiB flutemetamol(18f) が GE Healthcare により開発され 欧米で承認された また Avid Radiopharmaceuticals は PiB とは異なる構造を有する florbetapir(18f) 及び florbetaben(18f) を開発 上市した 一方 特異的なタウ PET プローブの開発は遅れている 現在 Avid Radiopharmaceuticals が開発している 18 F 標識した 18F-AV-145 がフェーズⅡにある タウ PET プローブは 先制医療において AβPET プローブと同様に AD 病理の検出及び治療効果判定に非常に重要であり 早期の承認が期待される また 新規のバイオマーカ

66 第一章 ゲノム医療を支える研究技術 研究環境ならびにビジネス動向 ーの発見は AD の革新的な先制医療の扉を開ける可能性を秘め 今後の研究に期待がか かる 表2 日米欧における Aβ 及びタウ PET の開発状況 参考文献20 をもとに作成 標的 分子 製品名 一般名 承認時期/最高ステージ* 起源 開発企業 Amyvid florbetapir(18f) Avid Radiopharmaceuticals 日本イーライリリー Vizamyl flutemetamol(18f) GE Healthcare 日本メディフィジックス Neuraceq florbetaben(18f) Avid Radiopharmaceuticals Piramal Imaging, Bayer Japan flutafuranol F18 AstraZeneca Navidea Biopharmaceuticals 18F-AV-1451 Siemens Medical Solutions, Eli Lilly Avid Radiopharmaceuticals 日本 米国 欧州 申請中 発売済 2012/06 承認済 2013/01 PⅢ 承認済 2013/10 承認済 2014/08 PⅢ 中断 発売済 2014/08 承認済 2014/02 PⅢ PⅠ PⅠ PⅡ A タウ 2015/2/10 現在 AD の先制医療実現に向けて前述のように米国を中心に臨床研究が進められており そ の結果次第ではこれまでの仮説を白紙に戻して早期治療の標的を探索しなおす必要が出て くるかもしれない 現時点では アミロイド仮説 あるいは タウ仮説 が正しいかどう かは明確ではないが これらに基づいて開発されている薬剤がそのまま利用できる可能性 は十分にある また 現在開発が進められているその他の分子標的あるいは作用機序に基 づく薬剤も予防医薬として開発される可能性はある さらに AD の原因及び発症メカニ ズムが詳細に解明され 疾患の分子論的な理解が進んで先制医療の標的となりうる新たな 分子が同定された場合は 革新的な医薬品の創製につながる可能性が考えられる 3 メタボリックシンドロームと生活習慣病 わが国を含む欧米型先進国では 近年生活習慣の変化から高脂肪食摂取や運動不足など により引き起こされるエネルギー蓄積過剰な状態 すなわち肥満とそれに基づくメタボリ ックシンドローム患者の増加が大きな社会問題となっている メタボリックシンドローム の定義は統一されていないが 遺伝素因と環境因子の相互作用によって発症すると考えら れ 年齢とともに内臓脂肪型肥満を基盤として インスリン抵抗性 耐糖能異常 高血圧 脂質代謝異常などの血管障害のリスク因子が集積された状態である その結果 2 型糖尿 病 高血圧症及び脂質代謝異常症などの生活習慣病を引き起こし 最終的には動脈硬化症 から重篤な合併症 心筋梗塞 脳梗塞 腎不全等 を発症する 近年 メタボリックシンドローム及び生活習慣病の発症機序のひとつとして 環境因子 である胎生期や新生児期の低栄養環境がエピゲノムの変化を引き起こし その結果 低出 生体重児が大人になってメタボリックシンドロームや生活習慣病を発症するという Developmental Origins of Health and Disease DOHaD 仮説21 が提唱された DOHaD 仮説の歴史的な背景には欧州で行われたコホート研究が貢献している 一つはオランダ飢饉 Dutch famine のコホート研究である 第二次世界大戦の末期に

67 第一章ゲノム医療を支える研究技術 研究環境ならびにビジネス動向 オランダで極めて厳しい飢饉が発生したが 当時妊娠中で極度の低栄養状態に暴露された母親から生まれた子供は 成人後 メタボリックシンドローム 糖尿病 虚血性心疾患 統合失調症などを高頻度で発症した 22)23) また 当時飢饉を経験した胎児と経験しなかった胎児のインスリン様成長因子 (IGF2) 遺伝子のプロモーター領域のメチル化を比較したところ 飢饉を経験した胎児ではメチル化が有意に低下しており この状態が 60 歳まで維持されていた 24) これは これまでメタボリックメモリーとして知られていた 記憶 の分子論的解釈としてエピジェネティックな制御機構が働いていることを示唆している もう一つは英国で行われた疫学調査で Barker らは低出生体重児が 60 歳前後で高い比率で虚血性心疾患を発症することを見出した その後 肥満 糖尿病 脂質異常症 高血圧などの生活習慣病や統合失調症などの発症率が胎児期の栄養環境に影響されるという Barker 仮説 を提唱した 25) 現在ではこれらの研究から導かれた DOHaD 仮説が広く信じられつつあるが その分子論的な根拠と想定されるエピジェネティック制御の解明が始まったばかりである 近い将来 肥満症を含むメタボリックシンドロームや生活習慣病の発症を阻止するため 妊娠時の母体への適正な栄養介入やエピゲノム創薬によって開発された医薬品を用いた先制医療が展開されるかもしれない 一方 現時点で考えられるメタボリックシンドローム及び生活習慣病に対する先制医療の標的の一つは内臓脂肪型肥満の抑制である 過食や運動不足によって生じる余剰エネルギーは皮下脂肪のみならず内臓脂肪に多く蓄積され その結果 脂肪細胞の肥大化 脂肪細胞へのマクロファージ浸潤やアディポカインの産生異常を引き起こすと考えられている 26) 特に内臓脂肪において マクロファージが浸潤した肥大化脂肪細胞から大量に産生される遊離脂肪酸 (FFA) や TNF-α 等のアディポカインが慢性炎症を引き起こし その結果 肝臓や骨格筋といったインスリン標的臓器でのインスリンシグナル伝達を阻害することでインスリン抵抗性や糖 脂質代謝異常を誘導する 27) ~29) このように 内臓脂肪型肥満はインスリン抵抗性 2 型糖尿病 脂質異常症及び脂肪性肝疾患等の肥満関連代謝性疾患を含むメタボリックシンドローム及び生活習慣病の発症に密接に関与することが明らかにされてきた これらを予防するには 生活習慣を改善することが大事であることは言うまでもないが 一方で内臓脂肪蓄積を抑制し 脂肪細胞の肥大化を阻止できる医薬品の開発は インスリン抵抗性や肥満関連代謝性疾患を効果的に予防あるいは治療しうると考えられる さらに 中性脂肪 (TG) として蓄積された余剰エネルギーの消費を亢進する薬剤もまた有望な予防 治療薬として期待される 将来 予防医薬が認められて この領域の先制医療実現に医薬品が貢献できることを望む 4. おわりに今回は紹介できなかったが 骨粗鬆症やがんの先制医療実現に向けた対応もすでに始まっている 研究の進捗を見守りたい また DOHaD 仮説は非常に魅力的な仮説であり 早期の分子論的な証明が期待される この仮説が正しいとすると 先制医療における医薬品開発の一つの領域としてエピゲノム創薬が実現するかもしれない 先制医療を実現するには本稿で挙げたいくつもの課題を解決する必要があるが それと同時に医療保険制度の改革も必要であろう 2009 年 2 型糖尿病治療薬であるαグルコシ

68 第一章ゲノム医療を支える研究技術 研究環境ならびにビジネス動向 ダーゼ阻害薬のボグリボースを糖尿病予備群である耐糖能異常の患者に投与すると 2 型糖尿病の発症を抑制することが示され 耐糖能異常における 2 型糖尿病の発症抑制 にかかる効能追加が承認された 30) これはわが国の医療保険制度下で予防目的の治療介入を認めた画期的な決定であり 今後の先制医療への移行を予兆させるものであった 将来 予防を目的とした医薬品の承認が増えれば 先制医療の実現への試みがさらに加速されると思われる そう遠くない将来 そうなることを期待している 参考文献 1) 井村裕夫 : 日本の未来を拓く医療, p2-15, 診断と治療社, 東京, ) Zerhouni EA, JAMA, 294: , ) Hood L, Annu Rev Anal Chem, 1: 1-43, ) 井村裕夫, 辻真博, 中村亮二 : 日本の未来を拓く医療, p18-46, 診断と治療社, 東京, ) 独立行政法人科学技術振興機構研究開発戦略センターワークショップ報告書 先制医療, p35-63, ) アルツハイマー病治療薬に関する各社開示資料 ClinicalTrials.gov ( gov/) 7) 日経バイオ年鑑 2014 研究開発と市場 産業動向, p , 日経 BP 社, 東京, ) Salloway S et al., N Engl J Med, 370: , ) Doody RS et al., N Engl J Med 370: , ) Holtzman DM et al., Sci Transl Med, 3: 114ps48, ) Aisen PS et al., Nature Rev Drug Discov, 12: 324, ) Schor NF, Ann Neurol, 69: , ) Weggen S1 et al., Nature, 414: , ) Ihara M et al., PLoS One, 9(2): e89516, ) Cummings JL et al., Alzheiners Res Ther, 6: 37-43, ) 岩坪威 : 日本の未来を拓く医療, p , 診断と治療社, 東京, ) Becker RE et al., Nat Rev Drug Discov, 13: , ) AstraZeneca プレスリリース, 19) Weiner MW et al., Alzheimers Dement, 8 (1 Suppl): S1-68, ) PET プローブに関する各社開示資料,ClinicalTrials.gov( gov/) 21) Barker DJ et al., Lancet, 9: , ) Ravelli AC, et al., Am J Clin Nutr, 70: , ) Painter RC, et al., Am J Clin Nutr, 84: , ) Heijmans BT, et al., Proc Natl Acad Sci USA, 105: , ) Barker DJ, Obes Rev, 8:45-49, ) Ahima RS, Obesity 14: 242S-249S, ) Hotamisligil GS et al., J Clin Invest, 95: ,

69 第一章ゲノム医療を支える研究技術 研究環境ならびにビジネス動向 28) Weisberg SP et al., J Clin Invest, 112: , ) Xu H et al., J Clin Invest, 112: , ) 武田薬品工業株式会社プレスリリース html,

70 第二章我が国のコホート研究 第二章我が国のコホート研究 はじめに コホート研究は特定の地域や集団に属する人を長期にわたって追跡調査するもので 疫学で用いられる研究手法の一つである 具体的には ある特定の集団を登録し 対象となる人の医学的な情報 検査値 生活環境 生活習慣情報 生体試料等を収集し 長期間 追跡調査する中で発生する疾病や死亡等との関連を検討する等の研究が行われている 健常人を対象に行う健常人コホートでは 仮説を立てずに種々の情報をすべて収集し 長期間の観察の中でどのような病気を発症し どのような治療を受けたのか等々を前向きに解析するのに対し 特定の疾患患者を対象として行う疾患コホートでは 過去にさかのぼって調査 測定する場合もある 最近では ゲノムコホート研究と呼ばれる手法が世界各国や日本において計画あるいは開始されている ゲノムコホート研究では 対象者から収集する情報としてゲノム エピゲノム情報を加えることにより がんや糖尿病等の多因子疾患の病因解明と予防法の確立を目指す等の研究が進められている 現在 我が国で行われているコホート研究としては 1961 年に開始され 50 年以上の歴史の中でこれまで着実な成果をあげている久山町コホート 全国の保健所を中心に国立がん研究センター等が進めてきた多目的コホート 次世代多目的コホート 東日本大震災の復興事業の一つとして立ち上げられ 医療情報とゲノム情報とを組み合わせたバイオバンクの構築を進める東北メディカル メガバンク機構等々 規模の違いはあるが 多くの研究が進行中である 本稿では 我が国で行われている代表的なコホート研究 ( 表 1) について 内容 特徴 現況 今後の進め方等に関して調査したので その結果を報告する

71 第二章我が国のコホート研究 表 1. 今回ヒアリングを行ったコホート研究の概略 名称 研究機関 開始年 対象者 規模 地域 備考 1 久山町研究 九州大学 1961 年 健常人 1,618 人 ( 第 1 集団 ) 3,123 人 ( 第 4 集団 ) 福岡県久山町 1961 年に開始された前向きコホート 50 年の歴史を有し 高い追跡率 人口構成 動態が ほぼ日本全体を反映している 死因特定に剖検を行う 2 東北メディカル メガバンク機構 東北大学 2013 年 健常人 8 万人 宮城県 医療情報とゲノム情報とを組み合わせた日本最大規模のバイオバンクの構築 世界初の出生から三世代コホート研究を進めている 3 いわて東北メディカル メガバンク機構 岩手医科大学 2013 年 健常人 3 万人 岩手県 健康調査で得られる所見 臨床検査及び生理学的検査の結果をゲノム エピゲノム トランスクリプトーム解析に結び付ける研究 4 鶴岡みらい健康調査 慶應義塾大学 2012 年 健常人 1 万人 山形県鶴岡市 一般コホート集団への多層 オミックス解析を適用 血液 尿のメタボローム解析とゲノム解析を 25 年間追跡調査する 5 ながはま0 次コホート事業 6 日本多施設共同研究コーホート (J-MICC) 7 多目的コホート研究 (JPHC) 次世代多目的コホート研究 (JPHC-NEXT) 8 オーダーメイド医療の実現プログラム / バイオバンクジャパン 京都大学 2008 年 健常人 1 万人 滋賀県長浜市 長浜市と京都大学が共同で取り組むビックデータ解析を取り入れた長期 縦断ゲノムコホート研究 愛知県がんセンター等国立がん研究センター等 2005 年 健常人 10 万人 全国 12 の 一般健常住民 10 万人以上を対象に 20 年間にわたり追跡調査を行う 全 大学 研究機関 国 12 の大学研究機関と連携している がんやその他の生活習慣病の 原因 予防対策を検討 1990 年 (JPHC) 健常人 14 万人 (JPHC) 全国 11 保健所の 2011 年 10 万人 (JPHC 管轄区域等 (JPHC-NEXT) -NEXT) 理化学研究所等 2003 年 ( 第 1 2 期 ) 患者 20 万人 ( 第 1 2 期 ) 全国 12の協力医 2013 年 ( 第 3 期 ) 10 万人 ( 第 3 期 ) 療機関 研究機 関 国内 11 施設から収集した合計約 14 万人分の健康診断 検診 アンケート調査を実施 他の国内大規模コホートとのデータ統合を視野に マルチオミックス解析の情報を元に疾患罹患の予測への活用を目指す研究個別の体質に合った医療を実現する事を目的に 2003 年からスタート 第 1~3 期を通じて患者の DNA 血清及び臨床情報を収集したバイオバンクジャパンの基盤整備を行う これまでに 280 個の新規疾患 薬剤関連遺伝子を同定

72 第二章我が国のコホート研究 第 1 節我が国のコホート研究の現状と将来展望 (1) 久山町研究 ヒアリング先 : 九州大学大学院医学研究院環境医学分野 清原裕教授 要約久山町研究は 1961 年に開始された前向きコホート研究である 調査規模 調査対象人数はそれほど大きくないが 行政や住民の理解と支援により 50 年間継続されたこと 受診率が非常に高いこと 久山町の人口構成や動態がほぼ日本のそれを反映していること 死因の特定に剖検を行うなどきめ細かい調査手法を用いて精度の高い調査が行われていることなどが久山町研究の特徴として挙げられる この長期に亘る高い精度の調査により 動脈硬化性疾患の発症原因として糖代謝異常があること 糖代謝異常の発症頻度が学会の予測値より 2~3 倍高値であることを突き止めたこと 認知症の発症頻度のより正確な予測 認知症の危険因子として糖代謝異常があること 認知症の予防因子として糖尿病 高血圧の予防と治療 禁煙 運動 推奨食事パターンがあること 等々の成果が公表されている 調査対象人数が少なくても 調査方法などの工夫で信頼度の高い疾患発症リスクの予測やリスク低減法や予防法の提案が十分可能であることが示されてきている 1. はじめに本稿執筆に当たり 九州大学医学研究科教授 清原裕氏に久山町研究のこれまでの歴史 現在の状況 生み出された成果についてお話を伺った 久山町研究は既に 50 年の歴史を誇り その概要については多くの文書で公開されている ここでは 久山町研究から出てきた成果 疾患の発症リスクの予測やリスク低減法に関する提言に着目 紹介すると共に これらの成果がどのような工夫と努力により生み出されたかについて記載する なお 本章第第 2 節久山町研究への協力を行ってきたヒュービットジェノミックス株式会社一圓剛氏へのヒアリングで伺った久山町研究の成功の秘訣に関して記載しているので 併せて参照されたい 2. 久山町研究のこれまでの経過脳血管疾患の死亡率について 1950 年代は日本が世界で最も高い状態にあり 9 割以上が脳出血であるという報告がなされている 当時 この値はアーテイファクトではないかとの指摘があったが 日本では反論するデータが無かった そのエビデンスを作るため 勝木司馬之助教授が率いる九州大学の第二内科主体で疫学調査が始まったのが久山町研究である 久山町を選んだ理由は 九州大学から近いこと 人口のサイズと構成が適切であること 元々人口変動が少なかったこと 町当局の受け入れ さらに地元開業医からの協力が得られたことなどの条件が重なり 疫学調査の対象に選ばれた 1961 年から疫学調査が始まっているが 町の土地の市街化調整区域が 96% であることもあり福岡市のベッドタ

73 第二章 我が国のコホート研究 ウン化も進まず 人口が安定しており かつ 50 年間に渡り日本の人口構成の平均の推移 をたどり続けている 当時の人口は約 6,500 人 現在は 8,400 人で約 30 の増加で日本の 人口増加率とほぼ同じであり 年齢構成も全国のそれとほぼ同じである 図1 図1 40 歳以上の年齢構成 久山町と全国比較 九州大学 清原裕氏提供資料 久山町研究の基本は前向きコホート研究であり 40 歳以上の全住民を対象として調査集 団を設定し 継続して追跡を行う 疾患を罹患する人 死亡する人が出てくると最初の健 康診断のデータに振り返り どのような健康状態の人が将来イベント 疾患を起こすかを 見る 1961 年の集団を第一集団 1974 年第二集団 1988 年第三集団 2002 年第四集団 と名付けている 毎年健康診断は行っているが 5 年に 1 回のものは 新しいコホートを 立ち上げるための集団としている 次の一斉健康診断を行う集団は第五集団となる 久山町研究は疫学研究者ではなく臨床医が行うコホート研究であり 健康状態の追跡調 査に関しては研究スタッフによる医療施設での健康診断も行うが 往診も行い 住民の様々 な疾病発症情報を集めて一定の診断基準の基に診断を行っている 従って 受診率が高い のが特徴であり 対人口比 80 を目指している 全国のスクリーニング調査の受診率は 30 前後であるが 通常 受診率が低いと健康意識の高い人に偏向した集団となる 70% を超えるとこのバイアスを無視できることになり 久山町研究ではバイアスのリミットの 70 より 10 上乗せしている この結果として 全ての疾患で発症頻度が高くなっている 久山町研究では死因の判定と隠れていた疾患の探索のために剖検を行うようにしてお り 50 年間の通算剖検率は 75 である 特に認知症については剖検を行わなければ最終 的な病型診断はできないので メリットがある 剖検が行えるのは住民の協力意識の高さ であり それに答えるために研究者は追跡調査の精度の向上を常に心がけている 久山町研究をこれまで維持できたのは 関係者のサポートの果たした役割が大きい 九 州大学内では剖検も行うため病理学教室との協働関係が重要であったし 久山町の行政

74 第二章 我が国のコホート研究 地元の開業医 保健師の方々のサポートがさらに重要であった 特に 2 代目の小早川前 町長は 28 年間町長として久山町研究を支えた 久山町研究が始まって 4 年目で小早川町 長となり 新しく街作りをするに当たり考えだしたキャッチフレーズが 人の健康 土地 の健康 社会の健康 である その結果久山町では 健診への積極的協力 住民の医学 医療への関心の向上 町民連帯感の形成 など住民の意識変革が起き 健康課の新設など 健康行政も進んだ 3 心血管病の発症率と危険因子の時代的推移 1960 年代 2000 年代を年代毎に 5 つの集団に分け 各集団を 7 年間追跡し 脳卒中 急性心筋梗塞の発症率の時代的変化を検討した 図2 男性では 1960 年代は年間 1,000 人あたり 14.3 人が脳卒中を発症していた しかし 1970 年代には 7.0 人に半減し 1980 年代 1990 年代は漸減した 女性については男性ほどの急激な変化はないが 年月を経て 漸減傾向が見られた このように日本人は脳卒中の発症率を減少させ 世界一の長寿国に なったと言える 図2 脳卒中及び急性心筋梗塞発症率の時代的変化 九州大学 清原裕氏提供資料 一方 心筋梗塞については 全く時代的変化は見られなかった これは年齢調整をして いることに起因する 時代が経つにつれ高齢者の割合が増加するため 年齢調整をしない と高齢化の影響を見ているのか 発症率を見ているのか分からなくなる そのため疫学調 査を行う場合は必ず年齢調整をする 高血圧の治療をする人の割合が着実に増加し 血圧 の平均値も着実に減少している これが 1960 年代から 1980 年代にかけて脳卒中の発症率 を大きく減らした要因だと考えられる 一方で近年では血圧レベルはさらに低下している にも関わらず 脳卒中の発症率は減少していない また 心筋梗塞の発症率も減少してい

75 第二章 我が国のコホート研究 ない 喫煙率の減少も脳卒中 心筋梗塞を減少させる大きな要因となるはずである しか し 2010 年代になると男性の喫煙率は 30 代まで減るが動脈硬化性疾患は減っていない 動脈硬化性疾患を増やしている別の要因があると考えられ それが代謝性疾患であると考 えている 図3 代謝性疾患の頻度の時代的推移 九州大学 清原裕氏提供資料 図3は男性のデータであるが 軒並み肥満 高コレステロール血症 糖代謝異常が増加 している 特に注目されるのは糖代謝異常 糖尿病 予備群 である 現在 中高年に 2 人に 1 人が何らかの糖代謝異常を持っており 女性も同様である 肥満の増加は近年横ば いとなっているが 高コレステロール血症 糖代謝異常は年々増加している 久山町研究 では 75g 糖負荷試験を行い 糖代謝異常を正確に調べている 現在 通常の健康診断では 空腹時の 1 回の採血による空腹時血糖値かヘモグロビン A1C 値によって糖尿病かどうか を類推している しかし正確に糖代謝異常を調べようとしたら 75g 糖負荷試験を行わな ければならない 図4のように WHO の基準では 空腹時血糖値が 110mg/dl 未満かつ負 荷後 2 時間血糖値 140mg/dl 未満が正常であり 空腹時血糖値が 126mg/dl 以上または負 荷後 2 時間血糖値 200mg/dl 以上が糖尿病となっている その間の空腹時血糖値が正常よ り 少 し 高 い 110mg/dl 以 上 126mg/dl 未 満 が 空 腹 時 血 糖 異 常 Impaired fasting glycaemia IFG 負荷後 2 時間血糖値が正常より少し高い 140mg/dl 以上 200mg/dl 未 満が耐糖能異常 Impaired Glucose Tolerance IGT となっており 日本糖尿病学会の 診断基準では IFG と IGT を併せて境界型 いわゆる糖尿病予備群と呼んでいる

76 第二章 我が国のコホート研究 図4 75g 経口糖負荷試験による糖代謝異常の診断基準 WHO 基準 九州大学 清原裕氏提供資料 久山町では 1988 年に実施した 5 年に 1 度のスクリーニング調査で 40 歳から 79 歳の 全員に糖負荷試験を行った 1988 年当時は 2,490 名の方に実施したところ 男性の 15 女性の 10 が糖尿病と診断された この当時の日本糖尿尿学会の見解は 日本人の成人の 糖尿病の頻度は 3 5 である と言われていた時代である 糖負荷試験まで行って調べた ところ 糖尿病学会の見解の 2 3 倍も頻度が高かった 日本で初めて地域住民に糖負荷 試験を行ったデータを示す 図5 このデータを当時の厚生省に報告したところ 厚生省 は興味を持ち 班研究がスタートした 他の地域でも糖負荷試験を用いて糖尿病の頻度を 調査したところ 軒並み 10 前後であった そのため 1990 年代になり厚生省は 日本 人の成人の 10 が糖尿病 と認識し それから延々と糖尿病対策を打っている しかし 周知のように 現在でも糖尿病患者は増え続けている 2002 年に同様の調査をおこなうと 男性の糖尿病患者は 24 に増加している これは 40 歳以上の 4 名に 1 名が糖尿病を罹 患しているということになる IFG IGT の予備軍も増加している また 女性は男性ほ どではないが増加している 現在 地域住民の中では糖尿病予備群が蔓延している時代と 言える

77 第二章 我が国のコホート研究 図5 久山町における糖代謝異常の頻度の時代的推移 九州大学 清原裕氏提供資料 久山町研究における脳卒中の実態から分かる現在の循環器疾患の最も大きな問題は 肥 満 高コレステロール血症 特に糖尿病予備群のような代謝性疾患が増加し 日本人の動 脈硬化性疾患の減少を止めてしまっていることである 血圧の治療や禁煙を行っても 代 謝性疾患が打ち消しているため 予防効果が無くなっているのが現状である 4 新しい健康問題としての認知症 日本は高齢化社会を迎え認知症が大問題となっている 認知症とは 脳の器質的障害で 知能機能が低下し かつ日常生活が障害された状態である 認知機能が低下していながら も日常生活を営むことが出来れば認知症とは言わない 我が国の認知症の現状について 2002 年に厚生労働省が公表した認知症高齢者の推計値を示す 図6-71 -

78 第二章 我が国のコホート研究 図6 我が国における高齢者認知症の患者数の推計 九州大学 清原裕氏提供資料 図6は 2002 年の介護保険のデータで 日常生活自立度 2 度以上の認知症高齢者の頻度 を求め 日本における高齢者人口を掛けあわせている 2002 年当時で 150 万人の認知症 高齢者がいると推測されたが 2010 年時点では 300 万人程度であったと修正して発表し ている その理由として 厚生労働省の見解では 認知症高齢者が介護保険を受けるよう になったため見かけの頻度が上がったと説明している これを受け 2012 年に認知症有病 率の全国調査が行われ 受診率 68 有病率 15 であった これは久山町研究も参加し た結果である 有病率 15 を全国に当てはめると その数は 462 万人となる つまり調 べれば調べるほど頻度が増えている 久山町は 1985 年から 65 歳以上を対象とした認知症 の追跡研究を行っている 図7 これが日本で唯一の本格的な認知症の追跡研究であり 世界で最初に始まった認知症の追跡研究である

79 第二章 我が国のコホート研究 図7 久山町における認知症の断面調査と追跡調査 九州大学 清原裕氏提供資料 図7のように久山町での受診率は 90 以上である 90 以上を調べて分かったことは 90 以上まで調べないと認知症の正確な有病率 頻度 は分からないということである 認知症の高齢者は自分で健康診断に来ることができず 家族が連れてこないと受診できな い さらに家族が表に出したがらないという問題もある 90 以上まで追跡するというこ とは 自宅に出向いて調べることであり ここまで達成して初めて実態が理解できるので ある 1990 年代から認知症患者は急増しており 2012 年では 65 歳以上の高齢者の 18 が認知症であり 高齢者 5.6 人に一人が認知症となっている 図8-73 -

80 第二章 我が国のコホート研究 図8 久山町での 65 歳以上の認知症の有病率の時代的変化 九州大学 清原裕氏提供資料 久山町研究で得られた頻度である 17.9 を当てはめると 現在では 550 万人の認知症高 齢者が日本にいることになる 60 歳以上健常高齢者が生涯に認知症になる確率は 55 で ある これは 60 歳以上の高齢者は亡くなるまでに 2 人に 1 人は認知症になることを意味 する つまり 夫婦がどちらも長生きすると どちらか 1 人は認知症となり 子供の立場 からすれば 両親のどちらかが認知症になった親の面倒を見る必要がある これが日本の 実態である 認知症はごく一部の高齢者の問題ではなく 国民的課題と言える 5 認知症の危険因子と認知症のリスク低減方法 1 認知症の危険因子 認知症が増えた原因はやはり糖尿病である 糖負荷試験を受けた認知症の無い 60 歳以 上の方を 15 年間追跡し 認知症の発症率を見たところ 糖尿病を発症しているとアルツ ハイマー病の発症率は有意に高かった 血管性認知症は耐糖能異常という糖負荷後血糖値 が少し高い予備軍であっても有意に高く 糖尿病 高血糖は認知症と密接な関係があると 言える 図9は負荷後 2 時間血糖値と認知症発症にはきれいな相関が見られたというデータであ る アルツハイマー病では負荷後 2 時間血糖値 mg/dl の IGT 予備軍及び糖尿病 といえる 200mg/dl 以上でリスクは有意に高くなり 血管性認知症も 200mg/dl 以上の糖 尿病のレベルでリスクが上がってくる

81 第二章 我が国のコホート研究 図9 負荷後2時間血糖レベルにみた病型別認知症発症の相対危険 九州大学 清原裕氏提供資料 図10は米国の血圧の基準を使ったデータである 中年期 老年期の血圧レベルが高い ほど 血管性認知症のリスクが上がり 老年期の高血圧よりも中年期の方の影響が強い ところがアルツハイマー病についてでは高血圧は全く関係がなく 危険因子ではないと言 える 血管性認知症を予防することも重要であるため高血圧を管理することは重要ではあ るが アルツハイマー病の早期発見 早期治療には血圧管理だけでは不十分である

82 第二章 我が国のコホート研究 図10 老年期及び中年期血圧レベル別にみた認知症の相対危険 九州大学 清原裕氏提供資料 喫煙はアルツハイマー病も血管性認知症もリスクを高める 老齢で喫煙を辞めた場合の リスクも低下する そのため 高齢でも喫煙はやめた方が良いということになる 2 認知症のリスク低減方法 現在では認知症の特効薬 治療薬は無いため ライフスタイルを変えて予防していかな ければいけない その一つが運動であり 認知症のリスクを下げている唯一の予防因子と して確定している これを最初に提唱したのは久山町研究である コホート研究の 7 年目 の 1995 年に世界で初めて認知症に対する論文を発表した 運動をするとアルツハイマー 病のリスクが 80 も有意に下がるというデータであった 運動に予防効果があることを示 唆する同様のデータは無い時代であったため 事実だけを報告した その後 海外のコホ ート研究でも追試され 同様のデータが得られ 現在では運動がアルツハイマー病や血管 性認知症のリスクを有意に下げるという認識が定着した 図11 運動により 45 程度 リスクを下げることができる

83 第二章 我が国のコホート研究 図11 運動習慣の有無別にみた認知症の病型別相対危険 九州大学 清原裕氏提供資料 もう一つの大きな要因は 食事である 増やすと良いものとしては 大豆 大豆製品 緑黄色野菜 淡色野菜 海藻 牛乳 乳製品 少し効果が弱いものでは 果物 芋 魚 卵 減らすと良いものとしては 米 酒 等が挙げられる 米を食べると認知 症になる 久山町では糖質負荷のやり過ぎで認知症が増えている と曲解する方もいる が これは一定のカロリーの中で増やすと良いもの 減らすと良いもののリストである 人間の摂るカロリーは決まっており 一定のカロリーの中で 増やすと良いもの を増や して摂ると 必然的に 減らすと良いもの を減らす必要がある 米 も 酒 も 単品 で見ると認知症との関連はなく 米 を食べ過ぎて認知症になることはあり得ない 酒 については 少量であれば認知症を予防すると言われており 飲酒をしても全く構わない 増やすと良いもの をしっかりと摂ることが重要である それを検証したデータを図12に示す 1 人 1 人の食事パターンに対し スコアをつけ ることができる 1988 年の栄養調査に対して スコア化している Q1 は推奨される食事 パターンから全く外れた人 Q2 Q3 Q4 と Q4 に近づくにつれ推奨食事パターンと合 致する人として 集団をスコアで 4 等分して 17 年間の追跡調査における認知症の発症と の関係を見た 推奨の食事パターンに近づけば近づくほど全認知症の発症リスクは有意に 下がってくる つまりアルツハイマー性認知症も 血管性認知症も減らすことができる おおよそ 50 程度 運動と同程度までリスクを減らすことができる

84 第二章 我が国のコホート研究 図12 食事パターンレベル別にみた全認知症発症の相対危険 九州大学 清原裕氏提供資料 以上のことから認知症の予防方法として 糖尿病 高血圧を予防し 罹患したら管理す る たばこを吸わない 運動をする 推奨される食事パターンを摂る などが有効と考え られる このようなことを全て行えば認知症のリスクは半減され 25 年後の 1,000 万人の 認知症社会の実現を阻止することができるのではないかと考えている これがコホート研 究の成果である 6 今後のゲノムコホート研究のあるべき姿 久山町研究からの考察 コホート研究もビッグデータの時代となり 協力者数は 1 万や 万の単位にな ってきた このようなゲノムコホート研究と比較し久山町研究の協力者数は少ない しか し一方で 精度の高い研究を行うことができている ゲノム疫学では疾患群と対照群を比較する GWAS を行うことができる 疾患感受性遺 伝子と生活習慣病の関連の検証を行うことができる これらにコホート研究の手法は必要 である 疾患感受性遺伝子と環境要因の相互作用の検証もゲノムコホートで実施すること となるだろう 従来の疫学とゲノム疫学の違いについては 環境要因が身体に影響を与えるのかどうか を見るのが従来のコホート研究であるが ゲノムコホート研究は 個々の遺伝要因の関与 を調べるということである 一方で疾患には様々な要因があり 例えば高血圧では 食塩 感受性高血圧 糖尿病 1 型 2 型などである このように病型が分かれている理由は 背 景にある遺伝子の組み合わせが少しずつ違うからだと考えられる 疾患という 1 つの大き な括りで調べても 原因遺伝子はなかなか見つからない 病型まで診断できるような精度 の高い臨床情報が必要である

85 第二章我が国のコホート研究 久山町研究にとって剖検により精度を保つことができているが ゲノム研究でも疫学研究でも精度の高い調査により取得できる情報で本当のことが見えてくる 疾患群に対して診断精度が高いのは専門医であり 一般臨床医はそこから少し精度は落ちる 一般のコホート研究は対象者数は多いが精度が低い傾向にあり ゲノムコホートとして単純に数を揃えるだけでは信頼できる結論を得ることは難しい 従って 専門家集団が集めた疾患群と 精度の高い疫学研究のコラボレーションにより初めて有用なゲノムコホート研究が立ち上がると考えられ ただ単に一般住民を 10~20 万人集めればいいというものではないと言うのが久山町研究から学んだことである 7. 執筆担当者所感久山町研究は 1961 年から 50 年以上に渡って九州大学 町行政 地域の開業医などが 一体となって疫学調査が行われており 対象は 40 歳以上の全住民 受診率 80% 以上 また 50 年間の通算剖検率は 75% 追跡率 99% と 非常に高い数字である 心血管病の危険因子は久山町研究により 代謝性疾患であることがわかり 1988 年当時で男性の 15% 女性の 10% が糖尿病と診断された この頃の日本糖尿尿学会の見解では日本人の成人の糖尿病の頻度は 3~5% であると言っていた時代である 現在 日本は高齢化社会を迎え認知症が大問題となっている コホート研究で受診率 90% 以上まで調べないと認知症の正確な頻度は分からない 久山町研究を含むコホート研究の成果により 2012 年で 65 歳以上の高齢者の 18% に認知症があるとなっている つまり高齢者 5.6 人に一人が認知症となっている 認知症の予防法として 糖尿病 高血圧を予防し 罹患したら管理する たばこを吸わない 運動をする 推奨される食事パターンを摂る が有効であり このようなことを全て行えば認知症のリスクは半減する 以上のような結論は 50 年に渡り 久山町方式の共同作業関係者の方々の努力により 精度に拘り 徹底した調査が行われた結果であると言える 今後は 九州大学に総合コホートセンターが作られ 大規模コホート研究とビッグデータを活用した研究を推進していくことなり より精度の高い研究が行われることを期待する

86 第二章 我が国のコホート研究 2 東北大学東北メディカル メガバンク機構 ヒアリング先 東北大学東北メディカル メガバンク機構 山本 雅之 機構長 要約 東北大学東北メディカル メガバンク機構 Tohoku Medical Megabank Organization ToMMo は 東日本大震災被災地の復興に取り組むために作られた 健常者の大規模ゲノ ムコホート 且つ 試料と情報を併せ持つ複合バイオバンクであり 個別化予防 医療の 基盤形成を目指している 特徴として ①健常者 150,000 人と日本最大規模の試料収集を 目指している ②日本で唯一 健常者のゲノムコホートでバイオバンクを併設している ③試料と情報を併せ持つ複合バイオバンクである ④世界初の出生からの三世代コホート 研究も進めている 等が挙げられる これまでの成果として 2013 年 5 月から試料採取を開始し 2014 年 12 月までに既に 60,000 人の試料を収集している また 同じく 2013 年 5 月からゲノム解析を開始し 日 本で初の 1,000 人の全ゲノム解析を約半年間で完了した 単独の施設で 単一の方式で 遺伝的に均一性の高い国民集団を高精度で解析した事例は世界でも初めてである この高 精度シークエンスの解析結果から 2,400 万の遺伝子多型を見つけたが その内半数の 1,200 万の遺伝子多型はデータベースにはない 新たに発見された日本人固有のものであっ た また その頻度としては 0.1%以下の rare variant が最も多かった 更にこの高精度データを用いて構築した全ゲノムリファレンスパネルを基に 日本人ゲ ノム解析ツールとしてジャポニカアレイを開発し 東芝と共同して上市した このアレイ は ToMMo 全ゲノムリファレンスパネルから最大限に遺伝子型の補完が行えるよう設計 されており その解析結果から約 30 億塩基の全ゲノムシークエンスを安価に再構成 イ ンピュテーション できるようになった 今後 日本人に固有の体質や疾患に関連する遺 伝子の大規模探索研究が可能になると期待される 1 はじめに ToMMo の設立は 2012 年であり コホートの参加者募集が開始されてからまだ年月が経 っていないものの 1,000 人分の全ゲノム配列解読の達成 ToMMo 全ゲノムリファレンス パネルの公開 ジャポニカアレイの商業化など 早くも大きな成果を上げている これら の成果を生み出している原動力が何であるかを探るため 今回 ToMMo を訪問し 施設 の見学をさせていただくと共に 山本雅之機構長に 設立の経緯から進捗状況 研究成果 及び今後の展望についてお話を伺った 2 東北メディカル メガバンク機構 の概要 1 設立の経緯と研究目的 2011 年 3 月 11 日の東日本大震災が原点である 急性期の診療支援が終わった後で 被 災地の復興 再生に向けて 東北地方の発展に資する新たな目標や核 エンジン を設定 する必要があった さらに具体的な課題として 地域住民の長期健康支援 医療情報の IT

87 第二章 我が国のコホート研究 化と次世代地域医療体制の確立も挙げられた そこで これらの課題に対する方策として 日本のライフイノベーションをリードする新規拠点機能となる大規模ゲノムコホートと複 合バイオバンクの形成と個別化予防 医療の基盤整備が考えられた ToMMo 東北メディ カル メガバンク機構 は 当該事業を進めるために 2012 年 2 月に東北大学内に作られ た組織である 略称の ToMMo には 地域と共に 地域の友となり という精神が込めら れている 全体像を図1に示す 図1 東北メディカル メガバンクの全体像 東北メディカル メガバンク機構 山本雅之氏提供資料 図1に示される循環型医師支援制度は 若手医師が交代で地域医療機関へ赴く事業である ToMMo クリニカル フェローとして東北大学から若手医師を派遣するが 3 人の医師がチームを 作り 交代で医療機関を支援する形となる 4 ヶ月間被災地の医療機関に勤務して診療し 8 ヶ月 間は大学に勤務して 助教の身分で先進医療や臨床遺伝学の研修を行う 助教雇用のため 雇 用が安定している 派遣先は東北大学地域医療復興センターが統括して 恣意的な意図は全く 無く選定される 主に まだ仮設診療所である公立志津川病院や その他の沿岸部の病院を支 援している みやぎ医療福祉情報ネットワーク Miyagi Medical and Welfare Information Network MMWIN は地域共有型電子カルテ網である 総務省の支援で 宮城県 宮城県医師会 東北 大学病院が総力を挙げて 二度とカルテを失わない体制を作ることを目標に 宮城県全領域に地 域共有型の電子カルテ網を張り巡らせようとしている

88 第二章 我が国のコホート研究 2 コホート研究について ToMMo では 地域住民コホート研究と三世代コホート研究の 2 つのコホート研究を行 っている 図2 地域住民コホートでは 沿岸部を中心に 20 歳以上の一般住民 80,000 人以上を集める予定である 岩手県で 30,000 人 宮城県で 50,000 人の予定である 特定 健診相乗り型や支援センター型で集めるが 病院で診察を受け参加して頂く患者コホート と比べて 健常者を集める必要があり 難易度は高い 三世代コホートでは まず産院な どで妊婦を中心に協力を依頼し 妊婦及び子どもを各々20,000 人リクルートすることを予 定している また その父親は 10,000 人 祖父母世代は各々の 1/4 を仮定している 合わ せて 70,000 人規模となる 家族歴があることで 科学的に質の高いデータが得られる 特にトリオ解析が可能になり 疾患関連遺伝子の同定が加速されることが期待できる 出 生から追跡する三世代コホートは世界で初めての試みである 図2 地域住民コホート 三世代コホート 東北メディカル メガバンク機構 山本雅之氏提供資料 3 国内の主なゲノムバンク ゲノムコホートとの比較 患者コホートでは 比較的大規模なコホートとして バイオバンクジャパン 東京大学 医科学研究所 理化学研究所 ナショナルセンターバンク 難病バンク 医薬基盤研 究所 が挙げられ その他に小さなバンクも多数存在する 一方 健常者コホートとして は 150,000 人規模の ToMMo の他に 国立がん研究センター JPHC/JPHC-NEXT や 愛知がんセンター等 J-MICC 研究 山形分子疫学コホート 久山コホート ながはま 0 次予防コホート 等が知られている 図3 預かった試料や情報を他の研究者に提供して研究に使用できるバンクとしては 患者コ

89 第二章 我が国のコホート研究 ホートでは バイオバンクジャパン ナショナルセンターバンク 難病バンク の 3 つが挙げられる 一方で疾患研究では 健常人のコントロール 参照データが必要となる が 健常者ゲノムコホートでバンクを併設しているのは 日本では ToMMo のみである 図3 国内の主なバイオバンク ゲノムコホートの状況 東北メディカル メガバンク機構 山本雅之氏提供資料 4 対象疾患 本事業は健常者を対象とした前向きコホートであり 集団として見た時に今後罹患する 可能性のあるすべての疾患を対象としている 言い換えると 出現してきた疾患を解析す る無仮説コホートである 実際には多因子疾患や複数の遺伝要因と環境要因が影響して発 症する病気が対象となっている また 日本人の疾病状況の統計や先例等から ある程度 の傾向は分かっている 同意文書では疾患の例として 5 大疾病である 悪性新生物 心 臓病 脳血管疾患 糖尿病 精神疾患が挙げられている 体質 遺伝子 と生活習慣の組 み合せがどのように病気と関連しているかを明らかにすることが狙いである また 本事業では被災地住民の試料を中心に収集しており 被災によって患者数の増加 や病状の悪化が確認されている疾患を優先的な解析対象疾患としている 成人では心血管 障害 糖尿病 精神神経疾患 PTSD うつ病 認知症 が対象となっている 小児の疾 患は三世代コホートの調査において アレルギー疾患 アトピー性皮膚炎 喘息 自閉症 スペクトラムが対象となっている

90 第二章我が国のコホート研究 (5) 地域支援センター宮城県内においては 7 つの地域支援センター ( 仙台 大崎 白石 岩沼 気仙沼 石巻 多賀城 ) を作り 協力者に対する精密検査 健康調査を行っている また 圏内に約 50 の産科施設があるが 本センターはそれらの施設にゲノムメディカルリサーチコーディネーター (Genome Medical Research Coordinator;GMRC) を派遣する役割を担っている (6) 現時点でのゲノム解析の状況 2013 年 11 月に 日本で初となる 1,000 人の全ゲノム解析を約半年間で完了したことを発表した 国際 1,000 人ゲノムプロジェクトでは 複数の施設で 複数種のシークエンサーを用いて 10 以上の民族を解析しているが ToMMo のように単独の施設で 単一の方式で 遺伝的に均一性の高い国民集団を高精度で解析した事例は世界で初めてである さらに 本事業でのシークエンスの平均カバレッジは 32 であり 国際 1,000 人ゲノムプロジェクトのカバレッジ 6~10 と比較して はるかに高精度である この高精度シークエンスの解析結果から 2,400 万の遺伝子多型を検出したが 半数に相当する約 1,200 万の遺伝子多型はデータベースにはない 新たに発見された日本人固有のものであった また この新規の遺伝子多型の内 99% は頻度が 5% 以下の稀な多型であった 頻度 5% 以上の約 430 万の遺伝子多型と頻度の情報が 2014 年 8 月に科学技術振興機構バイオサイエンスデータベースセンター (National Bioscience Database Center ;NBDC) と ToMMo のポータルサイトにて Integrative Japanese Genome Variation Database(iJGVD) として公開された 国際 1,000 人ゲノムプロジェクトでは rare variant(0.1~0.5%) が最も多いが common variant(5% 以上 ) も low variant(0.5~5% 以上 ) も多く含まれている 一方 ToMMo ゲノムデータでは very-rare variant(0.1% 未満 ) が最も多く 次に rare variant が多いが common variant は非常に少ない 最近のゲノムコホート研究では rare variant の中に洞不全症候群 骨粗鬆症 2 型糖尿病等の責任変異が見つかっている しかしこの変異 1 つで疾患の発症が決まる訳ではなく 複数の遺伝子変異が影響しあい病気の発症を決定している 今後 very-rare variant の中から疾患と関連する遺伝子変異が見つかると考えられる 上記の通り これまでに地域コホート 1,070 人の全ゲノムシークエンスを行い 配列中の変異の場所と頻度の情報をデータベース化した これが ToMMo の全ゲノムリファレンスパネルである ( 図 4) 2014 年度中には少なくとも 2,000 人の全ゲノムシークエンスを実施し より高精度の全ゲノムリファレンスパネルの公開に繋げていく予定である 今後 患者のゲノムシークエンスから原因遺伝子を探索する場合に この全ゲノムリファレンスパネルが必須である 将来的には 他の民族との比較や国内の地域差の検証も可能である また 遺伝子多型のパターンによって 日本人も 300~500 通りに分類できると考えられる これを用いることで 医薬品開発における薬効の違いの 遺伝子多型のパターンによる層別解析が可能となるかもしれない

91 第二章 我が国のコホート研究 図4 ToMMo 全ゲノムリファレンスパネル 東北メディカル メガバンク機構 山本雅之氏提供資料 7 ジャポニカアレイ 1 人の全ゲノムシークエンスに要する費用は 試薬代だけを見ると 10 万円に近づいてい るが 実際には スーパーコンピューターの保守管理費用や DNA の抽出費用 解析の人 件費等を加味すると 万円を要すると考えられる したがって コホート 150,000 の全ゲノムシークエンスは総額約 500 億円が必要となり 非現実的である 一方で もし 全ゲノム解析が 1 人 1 万円台となれば 健康診断等での追加項目としての利用が現実的と なる 今回 ToMMo が構築した全ゲノムリファレンスパネルを基に 日本人ゲノム解析ツー ルとしてジャポニカアレイが開発された 図5 このパネルは最大限に遺伝子型の補完が 行えるよう設計されており 解析結果から約 30 億塩基の全ゲノム構造を疑似的に再構成 インピュテーション することができる 安価に擬似フルシークエンスを行う技術を社 会に実装することで 日本人に固有の体質 疾患の原因遺伝子の大規模探索研究が可能と なる この一連のスキームの基本事項は東芝にライセンス供与されており 2014 年 12 月より 東芝から ジャポニカアレイ V1.0 が発売された ジャポニカアレイを用いたゲノム解 析サービスは 東芝のライフサイエンス解析センターにて 研究機関から送付された検体 などから個人のゲノムシークエンスを解析する このサービスでは 日本人に特徴的な遺 伝情報を短時間で解読可能であり 解析に約1週間 1人当たり 19,800 円でゲノム解析 を実施できる ジャポニカアレイ V1.0 は Affymetrix の Axiom プラットフォームを採用している

92 第二章 我が国のコホート研究 1 枚のチップに 675,000 の遺伝子多型を搭載しており 日本人ゲノムの平均コールレート は 99.6 である わざと日本人にない多型を 0.3%搭載しているので 実質的に日本人に ない多型は 0.1%のみである さらに 頻度 1 程度の多型の 85 がインピュテーション 可能である 一方 ToMMo のデータでは Illumina の OmniExpress の平均コールレー トは 60 程度である ジャポニカアレイ V1.0 では搭載している遺伝子多型数は少ない が その分安価であり 日本人に特化している点が特徴である 図5 ジャポニカアレイにより疑似フルシークエンス 東北メディカル メガバンク機構 山本雅之氏提供資料 8 疾患原因遺伝子同定における三世代コホートの利用 血縁関係がない個人間では全ゲノム中に 300 万箇所の違いがある ところが血縁関係の ある親子間の違いは 100 箇所程度である そのため 疾患の原因を絞り込むには 家系情 報の活用は非常に有用である このことは アイスランドの家系情報付前向きコホートを行った decode Genetics decode が証明している decode はアイスランドの全国民 270,000 人 中 90,000 人分の DNA を取得し 1650 年からの全ての国民の家系図を保有している 限られた 90,000 人程度のコホートで 自閉症 統合失調症 アルツハイマー病 認知症 がん等 数多くの原因遺伝子の同定に成功した 家系情報が付与されていたことが成功の理由であ る ただし コホートのサイズが限られているため 0.1%以下の頻度の多型については検 出力が低かったと推察される decode の研究の流れでは まず 2,230 人の全ゲノムシークエンスから多型を同定する リファレンスパネルを作り 3,000 万の多型を同定した その後ゲノムインピュテーショ ンが可能なアイスランドアレイを作成して解析した さらに家系図の情報を用いて疾患遺

93 第二章 我が国のコホート研究 伝子を絞り込み 疾患と遺伝子のアソシエーション解析を行った ToMMo も decode と同様の戦略で進めている 図6 地域住民コホートで 3,000 人 の全ゲノムシークエンスを行う そこから全ゲノムリファレンスパネルを作り ジャポニ カアレイを作製した その後 三世代コホートを使ってアソシエーション解析を行う 図6 ToMMo におけるゲノム解析の流れ 東北メディカル メガバンク機構 山本雅之氏提供資料 ToMMo では独自の全ゲノムリファレンスパネルを作成したが さらに日本人の基準と なる全ゲノムリファレンスシークエンスを決定し 解析に応用する予定である 現在 ToMMo で使用しているリファレンスシークエンスは 国際ゲノムリファレンスシークエ ンス 37 版 Genome Reference Consortium, Human genome, build 37 GRCh37 であ る* 現状ではこのシークエンスが世界唯一であるが 白色人種由来であり日本人とはかな り異なる 今後は ToMMo の全ゲノムリファレンスパネルと全ゲノムリファレンスシー クエンスが両輪となり日本のゲノム解析を進めることになる * 最近 GRCh38 が公開されたので それも解析に利用している 9 バイオバンク バイオバンクとは 人体に由来する試料と情報を体系的に収集 保管 分配するシステ ムである 図7 大規模な試料と情報の集積は 疾患発生メ力ニズムの解明や効果的な予 防法 治療法の開発に重要であり 国民の健康 福祉の向上 科学研究の発展 経済にお ける国際競争力の維持等において必要不可欠である

94 第二章 我が国のコホート研究 ToMMo は健常人コホートを扱っているため 健常人の血清/血漿 血液細胞 尿 DNA 健診結果等が集積する ToMMo のバイオバンクは試料と情報の複合バイオバンクである ことが特徴である 試料の分譲は有限であるが 情報は蓄積される 基盤的な解析は ToMMo が行い 情報として分譲する 試料と情報の複合バイオバンクは世界的には新し い考え方で 今後世界の主流になると考えられる 図7 ToMMo バイオバンク 東北メディカル メガバンク機構 山本雅之氏提供資料 10 ゲノムコホート バイオバンクに関わる倫理上の課題 ToMMo では 医学研究の進展に伴い 幅広い研究に試料 情報を提供できるように 日本で最も幅広く個別化医療 予防に活用できる同意を取得している また 企業等へも 分譲する可能性のあることを説明して 同意を得ている 同意撤回についても 実施中の 研究の内容をホームページに公開することにより 特定の研究にのみ参加 試料の提供 を取りやめることができる 分譲留保 など ユニークな対応を取っている 結果の回付 については 健康調査結果や遺伝子解析の結果を回付するか否か 回付する場合にどのよ うに実施するか 健康上重要な知見が得られた場合にどう対応するかなど 現在検討を行 っている 特に遺伝情報の回付については 社会に前例がなく 非常に判断が難しい状況 にある 個人情報の保管についてはセキュリティ管理で二重以上の匿名化を行い 万全を 期している 11 進捗状況 2014 年 12 月の進捗状況を図8にまとめた 既に試料提供者数は全体で 60,000 人を超 えている また ToMMo の従事者は 最初 10 人程度であったが 現在は 440 人を超えてい

95 第二章 我が国のコホート研究 る その約半数が 対面で同意を取得する GMRC として従事している 図8 東北メディカル メガバンクの進捗状況 東北メディカル メガバンク機構 山本雅之氏提供資料 3 今後の展望と課題 1 個別化予防への応用 将来的には 健常者からのゲノム情報を解析し 疾患リスクとその予防法を提示し 実 際の医療へと応用する枠組みを作らなければ コホート研究の価値を活かしきれない そ のために まず遺伝情報の回付に伴う問題点を徹底的に抽出して それに対応していく必 要がある また社会的なコンセンサスの形成も必要である 2 医薬品開発への応用 日本人を類型化するために十分な全ゲノム解析のデータ数は推計上 8,000 人である 2014 年度中に 3,000 人近くまでの全ゲノム解析を実施する予定であるが 更なる 5,000 人の解析には 10 億円程度の予算が必要であるため 現時点で実施するかどうかは未定で ある 私たちは遺伝子多型のパターン 頻度による日本人の分類を医薬品開発に応用する ことが可能であると考えている 多額の解析費用を要するように見えるが 患者や経済面 の視点からは 無駄な投薬が減る 製薬企業の視点からは 開発失敗のリスクが減り 収 益改善につながる という可能性がある 遺伝子を基盤にした医薬品開発を真剣に考える 時期が来ている 海外大手製薬企業は自社でコホート研究を実施する可能性が高いが 日 本の企業は難しいかもしれない そこで ToMMo が日本の製薬企業と共同で患者層別化 による医薬品開発を進めて行きたい

96 第二章我が国のコホート研究 (3) オミクスへの応用ゲノム解析以外のオミクスについても予備的な検討を行っている 東北大学ではプロテオームとメタボロオーム 岩手医大では エピゲノム トランスクリプトームを担当している オミクス解析の課題の 1 つとして スループットの問題が挙げられる 例えば メタボロームに関しては スループットの高い NMR を使用して 地域医療センターで採取された品質の良い試料を用いて解析を行う計画である 4. 執筆担当者所感 ToMMo は 健常者を対象とした前向きコホート研究とバイオバンク機能を併せ持つとともに 他の同種の事業と比べても 圧倒的な規模と解析スピードを有することは注目に値する 健常者のリファレンスパネルやリファレンスシークエンスは 今後の基礎研究においても非常に重要な基盤データとなりうることは間違いない また 非常に高精度の解析結果から 多くの日本人固有の非常に稀な遺伝子多型を数多く発見しており 今後の疾患関連遺伝子の同定が期待される さらには 日本人を対象とした医薬品開発を行う上で 日本人固有のゲノム情報 ( 遺伝子多型パターンや頻度 ) に基づいた類別化による 薬効や副作用の層別解析は興味深い 現在の ToMMo の運営には東日本大震災復興特別会計による予算が計上されており 研究資金が確保された中で研究を進めている この特別会計が終了した後も 大規模なコホートを長期間追跡し また大規模なバンクを維持していくためには 継続した研究支援が不可欠であり 国の支援体制の構築が必要である 参考文献 1) 東北メディカル メガバンク機構 HP

97 第二章我が国のコホート研究 (3)IMM いわて東北メディカル メガバンク機構 ヒアリング先 : 岩手医科大学いわて東北メディカル メガバンク機構祖父江憲治機構長同人見次郎副機構長同清水厚志特命教授 要約東北メディカル メガバンク計画は 東日本大震災の復興事業のひとつとして立ちあげられ 2012 年 2 月に事業主体であるメガバンク機構が設立された 宮城県内においては東北大学が 岩手県内においては岩手医科大学 (IMM いわて東北メディカル メガバンク機構 ) が事業を展開している 地域住民の健康調査で得られる生活習慣 食生活 こころの健康度に関する調査票と種々の血液 尿検査の結果を ゲノム エピゲノム トランスクリプトーム解析の結果に関連付けて 多因子疾患に対する次世代の個別化医療 個別化予防の実現を目指している 健康調査 ( 地域住民コホート調査 ) は 三陸沿岸部の住民を対象として平成 25 年から 3 年間の計画でスタートした 目標参加人数は 30,000 人である 一方 コホート研究の目標は 生活習慣や食生活の情報に加えて 住民コホートの試料 ( 血液 ) を用いて 疾患予防に役立つゲノム エピゲノム情報を取得 解析することにある 特に ゲノムの環境要因による修飾である DNA メチル化変化 その変化がもたらすトランスクリプトーム 遺伝子発現の変化に着目し解析が進められている 現在取り組んでいる課題は 疾患リスク予測モデルと三層オミックス参照パネルの構築である 疾患発症の環境リスク及び遺伝 環境相互作用リスクを評価するためには 環境要因による後天的な体質の変化 ( オミックス情報 ) を明らかにすることが必要である オミックス情報は 解析対象とする血液細胞により異なること ゲノム情報に比較して不安定で劣化しやすいこと そもそも血液細胞のオミックス情報が疾患発症と相関するのかという疑問など解明すべき点は少なくない 岩手医科大学は 血液試料の採取 分取 一時保管 輸送及び測定までの各工程について 詳細に検討した 今後コホート試料のデータ解析と集積が進められる予定である さらに 疾患発症の遺伝寄与率を評価するために 多数遺伝子モデルを基として独自のアルゴリズム及びプログラムが開発された (IMM Polygenic model;ipm) 1. はじめにヒューマンサイエンス振興財団の創薬資源調査班は 2015 年 1 月 22 日に 岩手医科大学 ( 矢巾キャンパス ) に設置されたいわて東北メディカル メガバンク機構本部を訪れ 祖父江憲治副学長 ( 機構長 ) 人見次郎教授 ( 副機構長 副医学部長 ) 及び清水厚志特命教授 ( 同機構生体情報解析部門部門長代理 ) から 東北メディカル メガバンク計画に関する岩手医科大学における取組み状況についてお話を伺った 東北メディカル メガバンク計画の実施組織である機構は東北大学及び岩手医科大学に設置されており それらは地域住民コホート調査において担当地域は異なるものの 研究内容 分野においては相補的な関係にある 本章においては 岩手医科大学の取組み状況について報告する

98 第二章我が国のコホート研究 2.IMM いわて東北メディカル メガバンク機構の設立の経緯など東北メディカル メガバンク計画は 2011 年 3 月の東日本大震災の復興事業のひとつとして立ちあげられ 2012 年 2 月に事業主体である機構が設立された 宮城県内においては東北大学 ( 東北大学東北メディカル メガバンク機構 ) が事業を展開し 岩手県内においては特に三陸沿岸地域を中心として岩手医科大学 (IMM いわて東北メディカル メガバンク機構 ( 以下 メガバンク機構 と略 )) が事業を展開している 事業の目的は三つある 第一に地域住民の健康調査を通じて地域住民の健康維持 向上への貢献 第二に岩手医科大学からの計画的な医師の派遣による地域医療の支援 第三に健康調査において提供された生体試料の解析事業である 健康調査で得られる自覚所見 多種類の臨床検査及び生理学検査結果を試料のゲノム エピゲノム トランスクリプトーム解析結果に関連付けて 多因子疾患に対する次世代の個別化医療と個別化予防の実現を目指している 東北メディカル メガバンクの事業経費は 厚生労働省研究開発振興課の資料によると 平成 27 年度は 35.6 億円 ( その内 復興特別会計 29.6 億円 ) が計上されている 1) この経費は ( 独 ) 医療研究開発機構 (AMED) が一元的に管理及び環境整備を行なうものである IMM いわて東北メディカル メガバンク機構には この経費のおよそ五分の一が配分されている 3. メガバンク機構の組織及び活動 (1) 組織メガバンク機構は 岩手医科大学の災害復興事業本部の傘下に設置されている 6 つの部門 分野 ( 地域連携 医療情報 ICT 臨床研究 疫学研究 メガバンク データ管理 生体情報解析 イノベーション推進 人材育成部門 広報 企画の各部門 ) 及び事務局の活動は 運営委員会により調整 統合されている 2014 年 10 月現在の教職員の合計は 150 名である 地域住民コホート調査を進めるにあたり 機構内でのゲノムメディカルリサーチコーディネーター (Genome Medical Research Coordinator;GMRC) の確保は重要であるために メガバンク機構では GMRC の認定制度を設けている 希望人員を雇用後に育成プログラムに基づく講義及びロールプレイングによる研修会に参加させ 機構認定資格試験の合格者に認定資格を付与している 資格取得者はこれまでに 65 名となっている なお その内 18 名が 日本人類遺伝学会から GMRC の認定を受けている (2) 地域住民の健康調査 ( 地域住民コホート調査 ) 岩手県における健康調査 ( 地域住民コホート調査 ) は 震災被害の被害が著しい三陸沿岸部の市町村住民 (20 歳以上の男女 ) を対象として 2013 年から 3 年間の計画でスタートした 目標参加人数は 30,000 人である ( 図 1)

99 第二章 我が国のコホート研究 図1 地域住民コホート調査の概要 岩手医科大学 祖父江憲治氏提供資料 健康調査に参加を希望する住民は 集団型特定健診参加型調査 または サテライト 型調査 のいずれかに参加することとなる 前者は 国民健康保険の被保険者を対象とし 特定健診の受診時に調査協力を要請してその承諾者に対して行なうものである 後者は 主に社会保険の被保険者を対象とし 調査協力者は岩手医科大学矢巾キャンパスの矢巾セ ンター 若しくは岩手県内 5 ヶ所に設置した近隣のサテライト会場を訪れる 図2 図2 地域住民コホート調査対象地域 岩手医科大学 祖父江憲治氏提供資料 岩手県内の 20 の市町村の住民が健康調査の対象となる うち 沿岸部の 12 の市町村は 大きな津波被害を被った地域である 遠野市や住田町は内陸にあるが 仮設住宅には津波 被災者が多く居住する メガバンク機構が位置する矢巾町は 健康調査に先んじて先行研 究が実施された この地域は震災被害が比較的少ないため 比較対象となっている 調査

100 第二章 我が国のコホート研究 は地域住民の健康維持 管理に大いに貢献できることから 岩手県庁は協力的であり 調 査対象市町村の首長 医師会 保健所及び関係病院への協力要請時にも同道している ま た 市町村とは健康調査にあたり いわて東北メディカル メガバンク地域コホート研究 の実施に関する覚書 が交換されている 特定健診参加型の調査においては 2013 年 7 月 25 日の調査開始から 2014 年 12 月 26 日までに 17,926 人の住民が参加に同意し その内の 17,148 人が参加登録を終えている サテライト型調査においては 2013 年 10 月 23 日の調査開始から 2015 年 1 月 13 日まで に 922 人が参加同意し そのうち 921 人が参加登録を終えている 当初の計画を超えるス ピードで進行している 調査参加住民に記入を求める健康調査票には 食事状況 被災状況及び心の問題など多 くの項目が含まれている 特定健診参加型の場合には 通常の健診検査項目に加えて多く の血液 尿臨床検査項目 アレルギー 胃疾患 糖尿病 心疾患及び腎疾患関連の検査 が実施されている サテライト型の場合には さらにいくつかの生理学的検査 内臓脂肪 測定 血圧脈波 頸動脈エコー 骨密度 心電図及び眼底検査などの眼の検査 が追加さ れる サテライト型調査の流れは図3に示された通りである 健康調査票のデータ及び各 種の検査データは岩手県コホート情報データベースに保存される 一方 上記の臨床検査 用の検体以外に 一部の検体は健康調査現場で血清を遠心分離し 血漿 単核球分離用の 採血管 及び検査後の残余尿とともに東北大学に移送している 東北大学のメガバンク機 構では 血漿 単核球を分離分注するとともに バッフィーコートから DNA を注支出し それぞれバイオバンクに格納 保管される 図3 サテライト型調査の実施の流れ 岩手医科大学 祖父江憲治氏提供資料 健康調査の結果は郵便で健診 4 ヶ月以降に参加住民に知らされる その中には 臨床検 査の結果 栄養摂取状況 こころの健康状況 がん 循環器疾患のリスクそして生理学的

101 第二章 我が国のコホート研究 検査の結果が含まれている 健康調査結果説明会の際に実施されたアンケートによると 95%を超える調査参加者が 参加してよかった と答えている コホート研究で最も大切なことは追跡調査である メガバンク機構においては 住民の 生死情報は追跡調査票及び基本住民台帳から 死因情報は人口動態調査から得ている 疾 病発症情報については 岩手県には疾患発症登録事業 がん 脳卒中 心筋梗塞 の情報 が利用されている 糖尿病及び精神疾患 うつ PTSD については 追跡調査票と二次 調査で発症者が追跡されている これらに加えて 各サテライトに所属するリサーチナー スが医療機関に派遣され疾病発症の調査がなされている 図4 図4 追跡調査の実施方法に関する検討状況 岩手医科大学 祖父江憲治氏提供資料 3 地域医療の支援 岩手医科大学からは 震災前から県内の 26 の県立病院に約 250 名の医師が派遣されて いる それに加えて メディカル メガバンク事業 以下 メガバンク事業 と略 のた めに医師派遣制度 いわて東北メディカル メガバンクフェロー制度 が設けられ 沿岸 の 4 病院 久慈 宮古 釜石 大船渡の各県立病院 に現在延べ 8 名の医師が派遣されて いる この制度は 4 病院のいずれかに 6 ヶ月以上常勤した場合 その後に常勤期間の 2 倍 の期間をメガバンク機構において特命助教又は特命講師待遇で研究に従事することができ る制度であり 若手医師にとって魅力のある制度となっている 地域自治体 医師会及び地域医療機関等との提携関係を基とし メディカルバンク事業 のリーフレット 例えば いわてメディカル メガバンク通信 の配布 シンポジウム や講演会が催されている この種の催しは 地域住民の健康意識の向上に役立っている

102 第二章 我が国のコホート研究 4 岩手医科大学での解析研究 岩手医科大学における解析研究の目標は メガバンク計画の健康調査に際して採取され る住民コホートの生体試料 血液 を用いて 疾患予防に役だつゲノム エピゲノム情報 を取得 解析することである 疾患の予防には 生まれ持った体質 つまりゲノム情報に基づく疾患の発症予防 一次 予防 と メチローム及びトランスクリプトーム情報をも含めたオミックス情報に基づく 未病 潜在状態から疾患への進展防止 二次予防 がある 次世代の個別化疾患予防のた めには ゲノム情報に加えて環境要因を反映するオミックス情報を基にした疾患マーカー が必要である 岩手医科大学においては ゲノムの環境要因による修飾である DNA メチ ル化とその変化がもたらすトランスクリプトーム 遺伝子発現の変化に着目し解析が進め られている 一方 東北大学においては ゲノム情報の解析が精力的に進められ さらに 血清 血漿レベルのプロテオーム及びメタボローム解析も進めている このように 両大 学で解析研究に関して分担をしている 図5 図5 ゲノム オミックスデータを活用した疾患発症リスク予測 岩手医科大学 祖父江憲治氏提供資料 岩手医科大学で現在取り組んでいる課題は 三層オミックス参照パネルの構築である この研究においては 住民 健常者 の血液から全有核細胞及びいくつかの有核細胞種が 分画される 全血 全有核細胞及び分画細胞中の全ゲノムの DNA メチル化がそれぞれ定 量される それらのメチル化の定量値の差異とトランスクリプトーム発現の高低が視覚的 にとらえられるような参照パネルの構築が進められている 疾患発症者のそれらの定量値 と参照パネルを比較すれば 発症にかかわる疾患遺伝子及びオミックス変化が同定される ものと考えられている 二層オミックス解析 さらに東北大学のゲノム情報と統合することで ゲノム メチローム トランスクリプ

103 第二章 我が国のコホート研究 トームの三層オミックス解析のデータベースの構築が可能となる これまでにゲノムワイ ド関連分析 GWAS により 13,000 を超える疾患感受性多型 SNP が報告されている 多くは非コード領域の多型であり疾患発症メカニズムとの関連は充分に解析されていない 三層オミックス参照パネルを構築することにより ゲノム多型 そしてその多型がもたら す①遺伝子発現への影響 eqtl ②DNA メチル化への影響 mqtl さらに③DNA メチル化の変化がもたらす遺伝子発現 eqtm の関係 遺伝子制御機能アノテーション を解き明かすことが可能になるという これらのデータベースは 疾患発症メカニズム解 明の解析基盤となるものである 図6 図6 3 層オミックス統合データベース 岩手医科大学 祖父江憲治氏提供資料 メガバンク計画の研究においては 多因子疾患の発症予測 予防を目標に掲げている 多因子疾患の発症には 遺伝によるリスク 環境によるリスク及び遺伝と環境の相互作用 によるリスクが関わっている 遺伝リスクについてはゲノム多型を 環境リスク及び遺伝 環境相互作用リスクについては DNA メチル化などのオミックス情報をもとに予測しよう と考えられている 疾患発症の遺伝によるリスク 遺伝寄与率 を評価するために 岩手医科大学において は 2013 年頃から注目を集めている多数遺伝子モデル Polygenic Model PM 2 を基 として独自のアルゴリズム及びプログラムが開発された IMM Polygenic model IPM PM とは数理統計手法のひとつである ゲノム上に数千万存在する多型の中で 影響の大 きな少数の多型にのみ注目するのではなく すべての多型を用いて個人間のゲノムの類似 性を求めて解析する方法である 弱い影響力を持つ多数の多型を考慮できることを特徴と

104 第二章我が国のコホート研究 する IPM により身長にかかわる遺伝寄与率を算出すると 性及び年齢を考慮した場合 身長は約 80% が遺伝によると説明できるという この結果を手がかりとして 疾患発症の遺伝寄与率の評価につなげる展望が示された さらに 疾患発症の環境リスク及び遺伝 環境相互作用リスクを評価するためには 環境要因による後天的な体質の変化 ( オミックス情報 ) を明らかにすることが必要とされる オミックス情報は 解析対象とする血液細胞により異なること ゲノム情報に比較して不安定で劣化しやすいこと そもそも血液細胞のオミックス情報が疾患発症と相関するのかという疑問など 解明されるべき点は少なくない そこで岩手医科大学においては 血液試料の採取 分取 一時保管 輸送そして測定までの各工程について 採血管 ( 抗凝固剤の種類 ) 血清 血漿分離法 血液細胞の分離法 保管及び輸送時の時間 温度などが詳細に検討された そして それらの条件がトランスクリプトームの解析及び DNA メチル化の解析にもたらす影響が評価された 国内のコホート研究においては 代表的には 18 種の血液試料収集方法が使用されている これらの手法のうち DNA メチル化に与える影響の差が大きいと考えられた4 種の検討により 異なる収集方法がもたらす DNA メチル化解析結果へのバイアスが明らかにされつつある 適切なバイアス補正法が確立できれば 国内の既存コホート試料のオミックス情報の相互利用が実現でき 期待の持てる解析データが出つつある 疾患発症リスク予測は 環境リスク及び遺伝 環境相互作用リスクの寄与率の高い多因子疾患の予防に効果が期待できる それらの人たちに対して いかに予防介入するのかという情報提供 ( 予防プログラムの提供 ) が重要である 5. 執筆担当者所感数万人規模の地域住民コホートを対象とする研究は 少なく見積もっても運営費用は年間数億円を必要とするビッグプロジェクトである IMM いわて東北メディカル メガバンク機構のコホート研究もその例外ではない 中央省庁の科研費の支援なしにはその計画 実行は不可能である 東北 3 県の場合には 先の大震災の復興への道のりは長く続く 復興庁のホームページをみると 復興の加速には 住宅再建 産業の再生 健康 生活支援 福島県の復興 再生及び新しい東北の創造が必要であると掲げられている 各方面の復興の努力にもかかわらず 昨秋の時点での避難者は約 24 万人 仮設住宅の入居者は約 9 万人にのぼる 地域住民が震災時及びその後の不自由な暮らしで感じるストレスは想像するに余りある 統計数字は見出だせないが 震災地の医療関係者の語るところによると 仮設住宅の居住者には脳梗塞 心筋梗塞及びうつ病が増加したことを体感しているとのことである 祖父江機構長は 岩手医科大では 岩手県の北側を中心に震災前からコホート研究を実施している 震災前から 心筋梗塞と脳卒中の発症状況を調べている その研究から見ると 震災直後に心筋梗塞が起こるのではなく 1 ヶ月後くらいからじわじわと増えてくる と述べられた 同じ観点から人見副機構長は コホート調査の対象疾患は被災したことで増える疾患と捉えている 震災後 4 年たってもストレスの影響が残っている 過去に県北でおこなった独自の心 ( 精神 ) の健康調査があり メガバンクの健康調査でも ストレス うつ 不眠の 3 つを評価できる調査を実施している と述べられた 都市計画 震災復

105 第二章我が国のコホート研究 興の専門家である立命館大学 塩崎賢明教授は著書の中で 仮説建築物の老朽化や損傷は深刻で カビによる喘息などの健康被害も報告されている ( 中略 ) 石巻市の仮設住宅で集団検診を行なったところ 173 人中 32 人に喘息などの呼吸器疾患が見つかった と記載している いわて東北メディカル メガバンク事業はこのような厳しい環境に置かれた住民を対象としている事業である 健康調査を通じて地域住民の健康管理 地域医療の支援そして健康調査において提供された生体試料の解析事業である 被災地住民が求めるもののひとつである健康管理及び医療支援という実利と研究が不可分の関係にある それゆえに 中央省庁からの科研費支援 ( 東北メディカル メガバンク事業全体で平成 27 年度は 35.6 億円 ( その内 復興特別会計 29.6 億円 )) 1) は継続すべきで 安易に削減の対象にしてはならない 健康調査事業の継続によって 地域住民の健康意識が向上して 行動変容が起こり その結果として上記の疾患の罹患率が減少すれば 地域自治体の社会保険負担は有意に減るはずである 地域住民コホート研究においては 長期にわたる住民の健康追跡が重要である いわて東北メディカル メガバンク事業の研究においては 上記の多因子疾患の発症予測 予防を目標に掲げている 発症には 遺伝によるリスク 環境によるリスク及び遺伝と環境の相互作用によるリスクが関わっている 遺伝リスクについてはゲノム多型を 環境リスク及び遺伝 環境相互作用リスクについては DNA メチル化などのオミックス情報を基に予測したいと考えられている DNA メチル化解析を含む多層オミックス解析を研究テーマとする大規模コホート研究は 国内国外を問わず前例がないが 岩手医科大では独自の数理解析モデルを既に構築している さらに 試料の採取 試料の前処理法 保存法 輸送法及び解析測定法の基本面はよく吟味検討されている 今後は住民健康調査を 10 年単位の期間で追跡していくことが必要である この事業は 息の長い事業にしていかないと意味がない 公的資金の支援があってしかるべきである 研究の進展に大いに期待したい 一方 住民コホート研究は医療の質の確保にも貢献する側面がある 以下に人見副機構長のご意見を引用してまとめに代えたい 岩手医大では岩手県の宮古市から北側のエリアで 長年 健常者の前向きコホートを実施している 2002 年から実施しており 26,000 人が参加している 同意率が 85% と高い ゲノムコホートではない 主に脳卒中と心筋梗塞が対象となっている 津波の被害の大きかった地域が脳卒中若しくは心筋梗塞の発症が 1 か月以降で多くなった 県北コホートは東北研究ということで J-MICC などとも連携している このようなノウハウを活用して 追跡調査を実施しようとしている 年に 1 回の発症情報を把握している 多くの費用がかかる カルテ調査だけではだめで 症例検討をする必要がある 病院のスタッフを集めて症例研究をすることで 地域医療のボトムアップにつながる 脳卒中といっても医療機関ごとに診断能力が違うことがある 追跡調査によって 脳卒中の登録をする あるいは 心筋梗塞の登録をする 地域の中心となる医師に研究会に参加してもらうことによって 評価していくことが重要になる このような症例検討会を実施することで コホート研究と地域医療が一緒にレベルアップしていく 前向きコホートは地域医療に重要な役割となっている それによって 発症を漏れなく追跡できる あるいは標準化された登録基準を作ることで 個々の医師の診断技術 ( 能力 )

106 第二章我が国のコホート研究 が評価されてくる 量的精度と質的精度を 今後どのようにして保って行けるのかということが課題となっている それは臨床グループが中心となって検討している 具体的なリソースとしては住民異動 生存 死亡 死因については住民基本台帳や人口動態調査の情報を利用しているが これも症例検討会において人口動態調査情報の裏付けなどを検討している がん発症 脳卒中 心筋梗塞は県の登録業務になる これは 医師会と岩手医大がリンクしている 糖尿病はこれからであるが 発症を抑えることは難しくない 精神性疾患については 最初の健康調査票でかなりの所を掴めている これから 追跡調査でフォローしていく このような体制をいかに保っていくかということがコホート研究の成否になる 参考文献 1) ヒューマンサイエンス振興財団主催平成 26 年度第 7 回勉強会 ( 平成 27 年 1 月 19 日 ) 平成 27 年度における厚生労働省の医療分野関連予算について 厚生労働省医政局医療開発振興課配布資料 2) Common SNPs explain a large proportion of the heritability for human height, Yang, J. et al., Nat Genet. (2010) 42: ) 復興庁ホームページ, 4) 塩崎賢明復興 災害, 2014 年 12 月 19 日, 岩波書店

107 第二章我が国のコホート研究 (4) 鶴岡メタボロームコホート研究 ( 鶴岡みらい健康調査 ) ヒアリング先 : 慶應義塾大学医学部衛生学公衆衛生学教室 武林亨教授 原田成助教 要約 鶴岡メタボロームコホート研究 は 従来のコホート研究にマルチオミックス解析( ゲノム解析 メタボローム解析 ) を取り入れ 可能な範囲で網羅的生体情報の収集と解析を行い 個別化の予防医療実現に必要な信頼性の高いエビデンスを蓄積すること そして 鶴岡市民や鶴岡市内在勤者の健康増進と疾病予防を実現すること を目的としており 山形県鶴岡市在住の 35 歳から 74 歳の一般市民と在勤者 合計 1 万人を対象に 25 年間の追跡研究を行なう計画である 研究組織は 慶應義塾大学医学部衛生学公衆衛生学教室と同先端生命科学研究所が実施主体となり 鶴岡市 鶴岡市医師会 地域中核病院 山形県庄内保健所 並びに地域の医療機関のすべてが参加した体制となっている これら関係機関と市民の代表者が参加した健康調査推進会議を設置して 研究推進の方向性や倫理的課題が協議されている 2012 年 4 月から取組みを開始して 2014 年 11 月時点で既に参加登録者数 1 万人を達成しており 参加同意率は 89% と高い また ベースライン調査後の追跡調査は 人間ドック受診による生体試料取得を 3 年から 5 年毎 ライフスタイルや健康状態調査を 5 年ごとに実施する予定となっている これら参加には 市町村国保における人間ドック健診という場を活用できていることと 慶應義塾大学先端生命科学研究所の地域への健康コミュニケーション活動 ( からだ館健康情報ステーション ) を含む地域貢献に加え 厚生労働省のがん戦略研究の対象地域の一つであって研究グループと地域の医療者との間にネットワークがすでに存在していたこと 等が地域住民と地域の医療者のコホート研究に対する理解を深め 参加意識を向上させる要因になっている メタボローム解析をコホート研究へ活用することについては 予備検討を十分に行っている 検体採取から保存までの前処理条件 生体試料保存条件と安定性 質量分析計によるメタボローム分離条件 等の検討を行い プロトコールを確立している メタボロームとして 476 物質の定量的な解析が可能になっている また 将来 他コホート研究との統合にも対応できるように Japan Multi-Institutional Collaborative Cohort Study( 日本多施設共同コホート研究 J-MICC) と質問票を共通にしている 課題としては インフラ整備 ( 生体試料保管のリスク分散や保管設備の充実 専用分析機器の拡充 ) 関係研究者の確保 運営資金の確保が挙げられる 1. はじめに高齢化社会を迎え増加し続ける医療費を抑制するために 予防医学を推進し治療医学への比重を減らすことが求められている 予防医学を進める基盤の一つとして 分子疫学コホート研究の重要性が指摘されている 生活習慣や生活環境の調査 血液や尿等の生化学検査に加え ゲノムプロジェクト成果を利用した ゲノム 遺伝子 たんぱく質 代謝産

108 第二章我が国のコホート研究 物 等の網羅的解析が実施可能になり 疾患という表現型について分子レベルで検証できるようになってきている 分子疫学コホート研究の成果には 疾患の予防 罹患診断 治療効果 投薬効果 予後診断 等の指標となる バイオマーカー や 創薬標的分子 の発見と実用化 更には 個々人の遺伝子特性に基づく治療 ( 個別化医療 ) の実現が期待されている 鶴岡メタボロームコホート研究 1) は 慶應義塾大学と鶴岡市 市内医療関係機関 鶴岡医師会 が一体となって取り組んでいるコホート研究で 慶應義塾大学先端生命科学研究所 ( 以下 慶應先端生命研 ) のメタボローム解析技術を分子解析技法の一つとして取り入れている 国内でも特徴あるコホート研究である この度 コホート研究の現状と展望を調査する一環として 慶應義塾大学医学部衛生学公衆衛生学教室 武林亨教授と原田成助教に詳細を伺う機会を得たので以下に報告する 2. 鶴岡メタボロームコホート研究 の概要 (1) 研究目的本コホート研究では 1 一般コホート集団への多層オミックス解析 ( ゲノム解析とメタボローム解析 ) の適用により 網羅的な生体情報の収集と解析を行い 個別化予防医療実現に必要な信頼性の高い疫学知見を創出すること 及び 2 血液と尿の多層オミックス解析を実施し 生活習慣病を含む幅広い疾患の予防 罹患リスクの予測 早期診断と治療に有用なバイオマーカーや運動 食事 飲酒 ストレス 等の健康を構成するライフスタイル要因を反映するバイオマーカーを発見すること を目的としている (2) 背景 1メタボロームコホート研究の重要性健康と疾患の関連性としては 日々の生活や食習慣に代表されるライフスタイルや個々人の持つ遺伝的特性が疾患の要因となっている場合がある 近年 これら要因と病態との関連性を遺伝子 蛋白質 代謝物を測定することで定量的に解釈することが可能になってきている 遺伝子解析により遺伝的特性と生活環境との関連性を [0][1] の尺度で解析し メタボローム測定による定量的解析情報を加味することで 生体内情報を評価しやすくなる と考えられている 症例対照研究では 罹患者の血液や尿について健常人のそれらと比較し プロファイルの違いを見出し 診断バイオマーカーや疾患バイオマーカーを発見しようと試みられている 取り掛かり易いが 罹患者の健康時の情報がなく バイオマーカーとしての確からしさを検証するためのデータが不足している という欠点がある コホート研究では 健康時の血液や尿等の生体試料や解析データを保存しているため 将来罹患した時 あるいは 罹患リスクが生じた段階で採取した生体試料の解析データと比較することが可能である そのため 予測や診断に利用できるバイオマーカーの発見等に活用できる という優位性がある と言われている また コホート研究では 一疾患だけでなく複数のエンドポイントを追跡することも可能である 生活習慣病を含む幅広い疾患の罹患リスクの予測と予防 病態の早期診断と進行状況把握 等のためのバイオマーカーの探索を行うことで 健康を構成するライフスタイルの指標も明らかにできる と考えられている ( 図 1)

109 第二章 我が国のコホート研究 図1 メタボローム解析を取入れたコホート研究 慶應義塾大学 武林亨氏提供資料 ②メタボローム解析によるバイオマーカー探索 メタボロームは 遺伝子発現 生体内代謝の過程 生活環境やライフスタイルによる代 謝修飾 を反映しているので 遺伝情報と統合することで ライフスタイルや病態生理を 反映するバイオマーカーを見出すことができる と考えられている 図2 データ解析は 身体活動能力 飲酒 食事 喫煙 等のライフスタイル 中間リスクと しての肥満 高血圧 脂質異常 インスリン抵抗性 メタボリック症候群 そして 脳卒 中や心疾患 等の最終的な疾患との関連性について行なうことが考えられている 当初は ライフスタイルとメタボロームの関係を明らかにし 追跡研究を実施し 最終的にエンド ポイントである疾患との関係を明らかにしていく計画になっている 疫学研究は観察研究のため 信頼性を確保する精度と内的妥当性を担保することが重要 である とされている 内的妥当性とは バイアスや交絡因子が最小化されていることで バイアスの少ないランダム化比較試験の設計が求められている このことは どのコホー ト 研 究 に も 共 通 し て い る こ と で あ り JPHC Japan Public Health Center-based prospective Study 日本多目的コホート研究 の多目的コホート研究 2 福岡県久山町の コホート研究 久山町研究 3 J-MICC Japan Multi-Institutional Collaborative Cohort Study 日本多施設共同コホート研究 4 等と同じデザインが考えられている

110 第二章 我が国のコホート研究 図2 メタボローム解析によるバイオマーカー探索 慶應義塾大学 武林亨氏提供資料 メタボローム解析の精度に関しては 1 万人以上のコホート研究にメタボローム測定を 応用して実績を挙げているプログラムが国内に存在しないため 詳細が不明という状況に ある メタボローム解析をコホート研究に取り入れているプログラムは ドイツ 5 英国 米国7 にその例を見ることができる 鶴岡メタボロームコホート研究 では 2011 年 6 からメタボローム測定をコホート研究に応用するための予備検討を開始し 疫学研究で取 得 可 能 な 生 体 試 料 に つ い て 採 取 か ら 保 存 ま で の 処 理 手 順 CE-MS capillary electrophoresis-mass spectrometry と LC/MS/MS liquid chromatography coupled with tandem mass spectrometry によるメタボロームワイドな測定 等について検討し解析 プロトコールを確立している ③コホート研究地域としての鶴岡市 コホート研究は 10 年以上の長期間に渡り参加者の協力を得て実施する追跡研究が重要 である 参加者との信頼性醸成 コホート研究に対する参加者の理解 人口流動性が少な いこと 等が追跡研究を実施する際に重要な要因とされている 鶴岡市は 山形県北部の庄内平野に位置する人口約 13 万人の比較的人口流動性の少な い地域である これまでも健康に関する様々なプロジェクトがこの地域で実施されてきて いる 山形大学の 山形分子疫学コホート研究 酒田市 8 や 2008 年から厚生労働省の がん戦略研究の一つとして 緩和ケアによる地域介入研究 緩和ケアを導入することで在 宅死亡率や患者の QOL Quality Of Life がどれだけ改善されるか 鶴岡市 9 が行な

111 第二章我が国のコホート研究 われてきた また 鶴岡市に 2001 年に設置された慶應先端生命研が 2007 年から研究プロジェクトの一つとして 健康情報センター からだ館 10) を開始している このように 鶴岡市民の健康に対する意識を高める活動が行なわれてきた また 慶應先端生命研が CE-MS によるメタボローム解析研究手法を開発し 農業から医療まで広く活用し メタボロームをコアとした研究活動を行なっていることもメタボローム解析をコホート研究へ取り入れた背景にある 地域とのネットワークや信頼関係が確立されていたことが 鶴岡市でコホート研究を実施する大きな要因となっている 鶴岡市もメタボローム解析関連事業を産業育成の柱として積極的にバックアップしている (3) 組織運営運営組織には 鶴岡市 鶴岡市医師会 鶴岡市内病院 山形県保健所 等地域医療機関すべてが参加している 鶴岡市の副市長を議長とする推進会議を設置し その中に市民代表も参加して 新しい研究テーマについて 社会的 倫理的な課題の検討を行っている さらに予防医学の推進と共に 産業育成や地域活性に繋がる方向性を堅持して進められている この地域は塩分摂取量が比較的多く 日本平均と比較し 胃がん 脳卒中の罹患者が多いこともあり 地域のニーズとして コホート研究を実施することで健康状態の改善を図りたいという希望がある 鶴岡メタボロームコホート研究 の実施機関 連携研究機関は下記のようになっている 研究実施機関 慶應義塾大学 : 慶應義塾大学医学部衛生学公衆衛生学教室 先端生命科学研究所 SFC(Shonan Fujisawa Campus: 湘南藤沢キャンパス ) 環境情報学部 医学部 鶴岡市立荘内病院 鶴岡市医師会 庄内南部地域連携パス推進協議会 連携研究機関 鶴岡市 山形県庄内保健所 全国健康保険協会山形支部 荘内地区健康管理センター 鶴岡協立病院 斎藤胃腸クリニック 宮原病院 山形県立日本海総合病院 庄内余目病院 コホートに関する連携と協力 山形大学医学部 ( 先端分子疫学研究所 山形分子疫学コホート研究 ) 日本多施設共同コホート研究 (J-MICC 研究 ) (4) 具体的取組み 1 研究参加者研究参加者は ベースライン調査時点で 35 歳以上 74 歳以下の鶴岡市在住の市民 1 万人を 2012 年 4 月から 2015 年 3 月までに登録する予定で開始された

112 第二章我が国のコホート研究 内訳は A) 人間ドック受診者 7,800 名 : 国民健康保険ドック検診受診者並びに他の人間ドック受診者 B) 職域検診受信者 2,200 名 : 鶴岡市 ( 市立荘内病院含 ) 鶴岡市社会福祉協議会 鶴岡地区医師会 荘内銀行 等の定期健康診断受信者より成り インフォームド コンセントは検診受診時または事前に説明を行い ゲノム解析を含む包括的同意を文書により得ている 既に 2014 年 11 月に参加登録者数 1 万人を達成 2015 年 3 月までに 1 万 1,000 人の参加登録が期待されている 参加同意率は 89% である 2ベースライン調査時点での情報収集ベースライン調査では 人間ドックの受診 下記のような内容の問診票への回答 生体試料 ( 血液 尿 ) の採取 が行なわれている 採取された試料は 確立されたプロトコールに準じて前処理され超低温で保管されている ベースライン調査の内容は下記のようになっている また 表 1にベースライン調査時の健康診断と質問票の内容について記した ベースライン調査内容 健康診断情報( 人間ドック項目を含む ) の収集 生体試料の収集健康診断受診時に 本調査用の生体試料を追加採取血液 2 本 ( 血清用血液 :9ml 血漿用液:7ml) 尿 1 本 (12ml) それぞれ遠心分離後分注し凍結保管白血球層は DNA 分析用に凍結保存 質問票 及び 対面聞き取り調査自記式質問票により 生活習慣と食習慣 既往歴と現症 自覚的な健康状態等 調査に必要な情報が収集される 3メタボローム解析採血された血液は 血漿 血清に分画し 血漿を用いて 無極性のメタボライトは LC-MS/MS により 極性のメタボライトは抽出後 CE-MS による測定を実施している 合計 328 物質が測定されている 尿については 149 物質の測定を CE-MS により行なっている CE-MS は 測定できる極性物質の幅が広く 高感度で定量できる利点を持っている 慶應先端生命研の機器を一部使用し 定常的に年間を通じて測定を実施している 血漿の測定では S/N 比が 3 以上で エリア面積一定以上のピークが 1000 以上得られ その中から血漿 115 物質 尿 149 物質をルーチンとして定量している 非極性物質は LC/MS/MS を用いて測定しているが 脂肪酸 アラキドン酸 ドコサヘキサエン酸 アシルカルニチン リゾリン脂質ステロイド等 合計およそ 200 物質の定量を実施する計画になっている ベースライン調査で取得された 3,000 検体についてはメタボローム解析が終了している

113 第二章 我が国のコホート研究 表1 ベースライン調査 健康診断と質問票 身体計測 身長 体重 BMI 腹囲 視力 眼圧 聴力 1000Hz 4000Hz 胸部 X 線撮影 肺機能検査 心電図検査 眼底検査 片眼 非散瞳 血圧測定 人間ドック 血液検査 AST ALT γgtp ALP ZTT 総ビリルビン 実施項目 HDL LDL コレステロール 空腹時血糖 HbA1c 尿酸 アルブミン 赤血球数 白血球数 Hb 血小板数 末梢血液像 Ht CRP 血清クレアチニン 尿検査 尿蛋白 尿潜血 尿酸 尿クレアチニン 喫煙習慣 飲酒習慣 運動 身体活動 食事摂取 食事摂取頻度調査票 FFQ) ライフスタイル 睡眠 睡眠時間 アテネ睡眠尺度 サプリメント摂取 ソーシャルサポート/ネットワーク/キャピタル 教育歴 職歴 慶應義塾大学 武林亨氏提供資料を元に 公財 ヒューマンサイエンス振興財団 創薬資源調査班で作成 メタボローム解析の精度管理として考慮すべき点として以下の項目を挙る 生体試料の採取時における患者の条件 食事や日内変動等 生体試料の処理条件 血清や血漿の作製 代謝物の抽出条件や測定までの試料保存条件 処理中の温度条件や保存温度 等 標準物質の安定性 保存条件 測定条件 装置間の感度の違い 等 大量検体に対する試料の迅速な前処理と測定 化合物同定の手順 測定の安定性や前処理と保存条件の確立 ④追跡調査 2012 年 4 月から 2015 年 3 月までのベースライン調査では 採血と採尿 ライフスタイ ル質問票への回答 自記式栄養調査を行なっている 追跡及び継続検診は 25 年間行う計 画となっている 3 年から 5 年毎の継続検診調査では 人間ドック検診受診時の採血と採 尿 医学的検査を行ない 毎年の追跡調査では 疾患発症 がん 脳卒中 心疾患 死亡 受療状況 介護の有無 予防を含む を調査する予定となっている 追跡は住民基本台帳 データを基本としている 発症調査は 精度高く実施できると期待されている なぜなら 人口流動性が比較的低いことに加え拠点になる基幹 3 病院 山形県立鶴岡病院 山形県立 日本海総合病院 鶴岡市立荘内病院 で主要な疾患を治療している という理由からであ る ⑤情報管理 生体試料解析データやベースライン調査データは 個々のデータサーバーに保存されて おり 個人情報を含む情報はすべてネットワークから独立した研究専用サーバーに集積さ

114 第二章我が国のコホート研究 れ 匿名化処理後 解析するシステムになっている 6 他コホート研究との連携ベースライン調査で収集している情報は どのコホート研究でも共通の内容となっている 鶴岡コホート研究で使用している質問票は J-MICC と共通である 約 1 万人のコホート研究では 循環器疾患等の解析は可能であるが がん の解析には不十分な規模であるため J-MICC や山形大学のコホート研究との連携が考えられている J-MICC とは情報を共有しながら進めている 7 解析状況現在は 血漿 115 物質 尿 149 物質について ライフスタイル要因とメタボロームプロファイルとの関係 LDL(Low Density Lipoprotein; 低比重リポタンパク質 ) やコレステロール 内臓脂肪の蓄積 メタボリック症候群との関係 等に着目し解析を実施している また 飲酒と体内代謝に着目した解析を実施している 例えば メタボリック症候群の要素を持った人と全く持たない人について 50 種類の代謝物質のプロファイルを比較解析すると 分枝鎖アミノ酸 ( バリン ロイシン イソロイシン ) のプロファイルにより区別できることが確認された この結果は 2011 年の Nature 7) Medicine に掲載されたフラミンガム研究の結論とほぼ一致する結果であった オミックス解析データを統合し 受診者の層別化 リスクの層別化に活用できると考えられている 飲酒に着目したメタボローム解析は 時間断面研究であるが 飲酒量と血漿中 115 種類のメタボライトの変化を解析している 1,000 人の男性血漿について 115 種類のメタボライトを測定し 習慣的飲酒に有意に関連するメタボライトとして 33 種類を見出している アルコール関連遺伝子の SNP(Single Nucleotide Polymorphism; 一塩基多型 ) 解析を行い 遺伝子多型と飲酒に関連するメタボロームの関係を明らかにすることが考えられている コホート研究を有意義にするためには コホート研究に対する参加者の理解を深めること 参加者ニーズを汲取りそれにこたえる情報提供を行うこと 情報提供による受信者の行動パターンの変化を検証すること が必要と考えられている そのために 健康講座を開催し 広く研究活動を認知いただくための活動を行なっている 3. 今後の展望と課題 国等への要望事項コホート研究では 10 年以上の長期期間の追跡調査と解析が重要である しかし 予算の関係から質問票調査のみになり 生体試料の採取や解析が困難になるケースが散見される 逆に 生体試料の採取は毎年でも実施できる体制にありながら 運営資金や解析機器 分析担当者の充当が足りず 3 年から 5 年毎の試料採取 追跡調査となっているという現状がある 欧米においては 産官学連携により国がインフラ整備の資金を提供し 研究を推進する 11) 体制が構築されている 英国のナショナルセンター構想はその代表例である インフラ整備の遅れが世界との競争力を削いでいるという指摘がある 国の施策として コホー

115 第二章我が国のコホート研究 ト研究を完遂する予算確保 研究に係る人材の確保 分析機器や生体試料貯蔵設備等のインフラ整備 を進めることが求められている 全国で様々なコホート研究が実施されていることは 地方の情報を収集することや多様な地域特性を網羅する観点から重要と考えられている その研究が地域で完結するのではなく 日本全体の健康生活向上に役立つように 検体採取や保管のプロトコールを共通化し 採取した一部の生体試料について解析センター等で一括測定する 等の体制構築が望まれている また コホート研究の成果活用の一環として バイオマーカーや創薬標的分子候補についての知財化や知財化された成果の事業化が考えられており 企業の参画が望まれている そして利益の一部を研究費として あるいは コホートや地域住民の健康生活向上に還元することが期待されている 4. 執筆担当者所感慶應義塾大学医学部衛生学公衆衛生学教室が主体となって実施している 鶴岡メタボロームコホート研究 は メタボローム解析を生体試料解析の中心に位置づけた国内でも特徴あるコホート研究である 鶴岡市の地域的特性や市民との信頼性醸成への取組みもあり コホート研究として良好に推移しているように思える 生体試料収集に人間ドックを利用していることも興味深い メタボローム解析をゲノム解析と組み合わせることで ゲノム解析のみを取り入れたコホート研究と比較し どのような異なった知見が見出されてくるかが今後注目される メタボローム解析は 慶應先端生命研の確立した CE-MS を用いた解析を取り入れ 合計で 476 物質の解析が可能になっている メタボロームの網羅的定量解析により循環器系疾患関連のバイオマーカーが探索されることを期待したい また 国には 地域に根ざした特色あるコホート研究を日本の健康医療に活用するために 予算とインフラ整備の面から支える施策を考えていただきたい 参考文献 1) 鶴岡メタボロームコホート研究 ( 鶴岡みらい健康調査 ): 2) JPHC : 3) 久山町研究 :http ://jals.gr.jp/cohort/c024.html 4) J-MICC : 5) KORA S4/F4: 510%A8cHash%3Dce9d373724%3Flayout2010%3D1 6) Nature, 477:51-60, ) Nature Medicine, 17: , ) 山形分子疫学コホート研究 : 9) 厚生労働省 緩和ケア :iryou/kenkou/gan/gan-kanwa.html 10) 慶應義塾大学先端生命科学研究所 からだ舘 : 11) 英国のバイオバンク :

116 第二章我が国のコホート研究 (5) ながはま 0 次コホート事業 ヒアリング先 : 京都大学医学研究科附属ゲノム医学センター疾患ゲノム疫学分野 松田文彦教授 要約 ながはま 0 次コホート事業 は 滋賀県長浜市の健康な住民 (30 歳 ~74 歳 )1 万人を対象とした 長浜市と京都大学大学院医学研究科が共同で取り組むビッグデータ解析を取り入れた長期縦断ゲノムコホート研究である 予防医学研究 と 健康づくり 地域づくり を目的としており 将来的には先制医療の実現に向けて 疾患研究の標準的手法の確立を目指している 第 1 期のベースライン調査が既に終了し 現在 第 2 期のフォローアップ調査が進行しているところであるが 聞き取り調査よりも MRI 等の解析データや生体試料を用いた諸解析データの収集に注力し 科学的に測定できるものは測定するという方針で進められている 独自の解析データを収集すると共に新たな測定機器の開発等も企業と共に進められている このようにして得られるビッグデータを今後どのように先制医療実現に活用していくかがながはま 0 次コホート事業の課題となっている 1. はじめに日本における医療の危機的状況を打開し 健康で活力ある長寿社会を構築するためには 発症前にゲノム 診断マーカー 画像を駆使して診断を行い 個人に適した治療 投薬を発症前から行う介入医療を実施する 新しいコンセプトの予防医学である 先制医療 の実現をめざしていく必要がある この先制医療の実現をめざして 積極的に取り組んでいる京都大学 松田文彦教授から この新しいコンセプトの予防医学の必要性 日本での取組み状況 並びにパイロットスタディとして取り組まれている ながはま 0 次防コホート事業 ( ながはま 0 次予防コホート事業 ) についてお聞きした 2. 医療のあるべき理想像と先制医療の必要性現在 国民医療費は 40 兆円近くに上り 国民所得に対する比率の 10% を超えて増大し続けている この国民医療費の金額規模は 税収の約 95%(23 年度税収 41 兆円 医療費 38.6 兆円 ) に当たる また 高齢者医療については 近年 65~74 歳の高齢者数は大きく増加していないものの 75 歳以上の高齢者や要介護者が増えたことで 家庭や社会における負担が増え 介護費用は年間 10 兆円に迫る勢いで増大し続けている このような事態が生じたのは 現代医学のめざましい進歩により病気を治す医療技術が発展し 多数の病気を治すことができるようになったためである 医療の発展が長寿化に貢献する一方 患者数が多く 病気の期間が長く 根治法が無い 認知症や糖尿病等の慢性疾患が増加し 社会問題となってきた この日本における医療の危機的状況を打開するためには 病気の超早期の診断と発症前の治療を推進し 健康で活力ある長寿社会を構築しなければならない 現在の医療は 病気の発症後に 診断 予後予測 治療を行っている 診断や予後予測には マクロなマーカーや生活習慣等が用いられている 治療は 集団の平均値に基づい

117 第二章 我が国のコホート研究 た標準治療による画一的な医療であり 個人の体質の違いや疾患の多様性を活かした治療 はほとんどなされておらず その研究もあまり進んでいない そこで 提案されている新しい医療が先制医療である 発症前にゲノム情報 診断マー カー 画像等を駆使して診断を行い 個人に適した投薬等の介入医療を発症前から行う新 しいコンセプトの予防医学である この先制医療が 病気の発症の防止や病気の進行遅延 をもたらすことにより健康長寿社会を作ることができる また 病気の予防や発症前診断 により 医療費や介護費を劇的に削減できる さらに 個人への最適な治療や投薬が 効 率の良い医療と質の高い生活の実現を達成できる しかし 現在の日本の保険制度では 発症前の介入は自費診療となる エビデンスをもって 先制医療の推進を訴える必要があ る 図1 図1 先制医療の概念 京都大学 松田文彦氏提供資料 3 先制医療へのアプローチ法 ヒトの病気は ヒトを用いた研究で解明する これまで 多くの疾患研究は細胞や動物モデルが用いられてきた 疾患モデルマウスを 用い リウマチ等の自己免疫疾患やがん等を完治させることができる薬剤が多く報告され ている しかし その成果をヒトに応用し 創薬や根治法の開発に成功させた例は少ない この困難さの最大の理由は ヒトが極めて多様な集団であることである 研究に使用され るマウスは 遺伝的背景も 生育環境も同一である したがって 疾患モデルマウスに効 果があったという薬剤は すべてのマウスに効いたわけでは無く ある系統のマウスに効 いただけである ヒトに例えると ある個人にある薬剤を投与して奏功したという症例報 告 1 例と同じレベルである このような環境の中 現在以上にヒトの疾患を克服するため には これまでとは異なる高度な多様性を考慮した戦略を立てる必要がある

118 第二章我が国のコホート研究 その方法の一つが すでに世の中で盛んに行われている疾患の関連解析型遺伝子解析である 約 10 年前 ヒトの多型をまとめて載せたチップが開発され ゲノムスキャン ( ゲノム全体の遺伝的多型のプロファイル調査 ) ができるようになった これを用いて 特定の疾患の患者と対照群との比較を行い 表現型で分けた集団間で 遺伝子多型頻度の差異を解析できるようになった GWAS Diagram Browser(EMBL-EBI) 等 同定された疾患関連遺伝子のマップが公開されており それらをいつでも知ることができる しかし この横断型アプローチのみでの疾患解析には限界がある 一つには 病気の本態が極めて複雑であるにもかかわらず 多様な患者集団をある診断に基づき一括りにしていること 特に慢性疾患では 患者と健常者の定義が極めて困難で 常に診断基準のボーダーにいる人の扱いが明確でないことである 二つには 疾患発症にかかわる遺伝的背景 環境 生活習慣 地域特性を総合的に扱う遺伝解析はまだ始まったばかりであることである 三つには 多数の変量を扱う統計遺伝学的手法は存在していないことである この限界を解決する方法の一つが疾患のコホート型遺伝子解析である 大規模な集団を遺伝子型で分類したうえで長期間の追跡を行い 遺伝子型別に疾患発症の差異を解析する すべての病気の原因は遺伝子と環境の相乗作用であり 多数の人が病気に至る過程を追跡することにより, 疾患発症に至る遺伝子型と指標の組み合わせを知ることができる これには きわめて長期間の観察が必要だが その長期間の追跡をしっかりと行うことができれば 付随情報は豊富となり その有効性が高くなる その結果 様々なバイオマーカーの発見に繋がる可能性が高くなると考えられる 現在 このような ヒトの病気の本質や治療法を明らかにするために 大規模集団を長期観察し 生命情報を融合し ビッグデータを分析 解析する 研究の設計が可能となりつつある その理由を以下に挙げる 1 最小限の侵襲で以下のような生命情報を長期間収集することが可能となった 個人のゲノム情報の安価かつ短時間での解析 最先端の分析機器による高感度バイオマーカー測定 画像診断技術の進歩による非侵襲的な体内の観察 2 IT 技術の進歩により 個人の活動や環境曝露等の情報も 継時的にネットワークを介して収集できるようになりつつある この研究の成功のカギは 得られたビッグデータを バイオインフォマティクスを活用して解析を行う研究基盤の整備である 世界各地で 大集団を経時的に観察する疫学研究とゲノム解析を融合した研究が開始されている 4. 先制医療に対する日本での取組み海外で始まっているゲノムやバイオマーカーを融合させたコホート研究としては UK Biobank( 英国 50 万人規模 ) Canadian Longitudinal Study of Aging( カナダ 5 万人規模 ) China Kadoorie Biobank( 中国 50 万人 UK Biobank と同手法 ) Taiwan Biobank ( 台湾 20 万人規模 ) 等がある 日本にはまだ これらに匹敵する大規模なコホート研究が存在しない 英国では National Health Service に個人の健診 臨床情報等が保管されているため 情報の取得や追跡が簡単であるが 日本には国民の ID 制 ( マイナンバー制度 ) が無い これが日本でゲノムコホート研究が進んでいない最大の理由である

119 第二章我が国のコホート研究 日本では 日本学術会議から 2012 年 2013 年と 2 回 大規模なコホート研究に関す 1) る提言が出されている 1 回目はコホート研究の必要性 2 回目はコホート研究を進めるために必要な制度設計や組織構築が述べられている その内容は以下のとおりである 規模は 100 万人 地域差を考慮して全国に 10~15 ヶ所の地域拠点をつくり 各拠点で 5~10 万人の参加者を集める 人口 50 万 ~100 万人の地域においてその 1 割の参加者を想定 第 1 期の調査は 3~5 年間 再調査は 5 年に 1 回で 最低でも 2 回 10 年間 希望は 4 回 20 年間である この大規模ゲノムコホート研究に必要な原則は以下の 3 点である 1 日本は東西南北で 環境や生活習慣等が異なることから 地域性の偏在をなくす 2 検体収集は 高品質なデータを得るために統一規格で行う 3 倫理面の対応については 包括同意を取り 一度集めた情報や検体の個人情報を厳格に保護した上で 研究の自由度が認められるようにする 将来 新しい解析技術等が開発されそれを適用する際に 再同意を取る必要が無いようにする また 大規模なコホート研究を運営するために 研究全体を司る中核拠点を置き 地域拠点や分析 解析拠点 バイオバンク等を連携させた組織構築を行う 倫理委員会や外部評価委員会等も設置する このような大規模ゲノムコホートの運営の最大の課題は 生命ビッグデータの取り扱いであり 具体的には ビッグデータを蓄積する情報基盤 及び その情報を解析する手法の確立である まず 生命ビッグデータであるが これは以下のようなデータを指す ; 時間経過による変化のないデータとしては 個人の遺伝的背景 ( ゲノム配列 ) である 時間とともに変化するデータは沢山あり 遺伝子発現 遺伝子修飾 ( エピゲノム ) 体内生命分子( タンパク 脂質 代謝物等 ) 画像(X 線 CT MRI PET 等 ) 運動や行動 睡眠とその質 精神活動 環境曝露 生活習慣 食事等である ヒトを用いた生命科学の理解のためには これら生命のビッグデータを網羅的かつ効率的に蓄積する情報基盤が必要となる ゲノムはデジタルデータであり容易に変化しないが ヒトの体内では それ以外の多数の生命分子が生命活動を支えている 生命分子の微小変化が時間とともに蓄積され 緩やかに慢性疾患が進行する 従って 多くの慢性疾患において 健常と病気の線引きは極めて難しい このことが ヒトの誕生から死までの時間経過の中で 体質の多様性や老化等の正常の生命活動の追跡とともに 病気を理解するためのアプローチを必要とする これら生命ビッグデータについて 100 万人の一人ひとりから正確な情報を集めることは非常に難しい 従って 数で精度を上げ正確性を高めるために 大規模集団で研究を行う意義 及び 必要性が出てくる 多くの情報を観察することにより 情報が明確になり 詳細になり 正確性が増す 特に 偽陽性を否定する場合に有効であり 情報の正確性が多少欠けても 集団を大きくすると傾向が明瞭になる 数の力は重要である 次に解析を考えると 1 人から得られる時系列データだけでも膨大な上に これが数十万人分のデータの解析となると さらに難しくなる 解析に 高速かつ信頼性の高い解析手法の確立が不可欠となる これまでの医学分野における経時的解析は 通常 何かをす

120 第二章我が国のコホート研究 る前と後の 2 点を取り 差か比をみる程度で 3 点を取る解析ですら難しく 解析例が殆ど無い 従って 生命ビッグデータの解析には 計算科学 ( 降雨予測等 ) 金融工学 計量経済学 ( 株価予測 ) 等の解析手法を医学に持ち込む必要がある 上記のような日本学術会議から提言された 100 万人コホート計画の実現に向けた動きは現状 確認することができない 一方で わが国の健康 医療戦略において 10 万人規模のコホートを統合して数十万人にするという構想が出されている 松田氏は 健康 医療戦略の 集めた検体や情報を使う統合 ではなく 各コホートの参加者とのネットワークを利用して コホート研究自体を最初から統合して実施すべきとの見解である 本当の先制医療の実現を目指すためには 研究目的の明確化 共通プロトコールの作成 中核拠点の構築等 国のコホート研究に対する体制を整えることが必要とのことである このような状況の中で 松田氏は既に先制医療をめざし ビッグデータ解析を取り入れたコホート研究のモデルケースとして ながはま 0 次コホート事業 を進めている 以下にその研究の現在までの活動内容 成果 及び今後の活動内容等を紹介する 5. ながはま0 次コホート事業 (1) 概要 ながはま 0 次コホート事業 2) は 滋賀県長浜市の健康な住民 (30 歳 ~74 歳 )1 万人を対象とし 5 年ごとの詳細な健康診断と追跡調査をベースとした 20 年以上の長期縦断ゲノムコホート研究である ビッグデータ解析を取り入れたコホート研究であり 通常のコホート研究とは目的の切り口が異なる ヒトの誕生から死までを再構築し その流れの中で 疾患や老化を考え 測れるものはすべて測り 解析できるものはすべて解析することが基本である 滋賀県長浜市は 湖北地域の人口約 12 万人の都市で 65 歳以上の老年人口割合が 18 ~20% で 日本全国の平均値とほぼ同じであり 典型的 平均的な地方中堅都市である 30 歳以上の住民の移動が少ないことが特徴のひとつであり 80% 以上が長浜市で一生を過ごす マイナンバーの無い日本においては 追跡がしやすいという大きなメリットがある また 3 基幹病院 ( 市立長浜病院 長浜赤十字病院 市立湖北病院 ) で長浜市を中心に 20 万人以上の診療圏をカバーしているため よほどの病気でない限り 住民は市内の病院を利用するので臨床情報が集めやすい 3) コホートの対象疾患は図 2に挙げた通りであり 京都大学医学研究科の総力が結集され 13 診療科が協力して研究を進めている このコホート研究に特徴的な対象疾患として 高度近視 歯周病 ロコモティブシンドローム等が挙げられる 近視は身長と同様に非常に遺伝性が強く 国際的に GWAS 等遺伝解析も多く行われているが 影響度の大きい関連遺伝子が殆ど見つかっていない 一般的に眼軸長 ( 角膜から網膜までの眼球の長さ ) が長過ぎると近視になりやすいので ながはまコホートでは眼軸長を計測しており 眼軸長が長くなり かつ近視の頻度が高くなる遺伝子変異が見つかる可能性がある 歯周病については 口腔外科の医師が 1 万人の歯科検診を行い データ集積中である

121 第二章 我が国のコホート研究 図2 ながはま 0 次コホート事業 京都大学 松田文彦氏提供資料 2 目的と目標 ながはま 0 次コホート事業 の目的は以下の 3 つである ① 予防医学研究 時系列で収集された豊富な分析 解析データ 臨床情報 環境情報を統合したヒ ト生物学研究による疾患の総合的理解 ② 健康づくり 最先端の研究成果を用いた先進的な健康づくりによる 日本一こころとからだの 健康なまちを築き 健康長寿社会のモデルを提唱 ③ 地域づくり 現代社会で失われた人と人の関わりを IT 技術等の様々な先端技術を使ってとり もどす また新たな産業を生み出す 予防医学研究と健康づくり 地域づくりを両輪としたこのコホート研究の先には 各地 で同様なコホート研究を広げることにより 多施設参加型の新しい疾患研究の標準的手法 を確立することを目指している 3 ながはま 0 次コホート事業のあゆみ ながはま 0 次コホート事業のあゆみを図3に示す 2005 年度に京都大学大学院医学研究科から提案されたゲノム疫学研究事業に関する覚 書を長浜市と調印後 2007 年に住民 300 人弱を集めてパイロットスタディを開始した その間 事業計画の策定と共同研究協定の締結が行われ 倫理関連への対応として なが はまルール の策定が開始された その後 検体や情報の管理 保管方法等の具体的な内

122 第二章 我が国のコホート研究 容が検討され 2008 年に ながはまルール が条例化 それに則って本格的な事業がスタ ートしている 2009 年には 市民により NPO 法人 健康づくり 0 次クラブ 4 が立ち 上げられ 自主的に参加できる文化が生まれている これはコホート研究の質が低下しな いために非常に大切とのことである コホート研究を成功させるためには 決して無理な 勧誘は行わず住民中心の自然に浸透する環境 参加者が自分から受けたいと思う環境が必 要である 図3 ながはま 0 次コホートのあゆみ 京都大学 松田文彦氏提供資料 4 個人情報について ゲノムコホート研究で収集する情報には 遺伝情報 全ゲノム配列 のみならず 疾患 の既往歴 学歴 年収 家族構成等の個人情報が多く含まれている 一方 コホート研究 の参加者は 個別的な利益を受けることは原則として無いにもかかわらず 情報漏洩等の 様々なリスクに晒されている ながはまコホートにおける個人情報の取り扱いは 国の 3 省合同指針に則って 長浜市 と京大において包括同意による参加承諾取得が行われている 匿名化対応表の管理等の詳 細を決定し 地域ベースの研究で健常者集団の全ゲノム解析を行い 長期間の追跡とあら ゆる方法での分析 解析を可能とする連結可能匿名化での包括同意である 2008 年の長浜 市議会で ながはま 0 次予防コホート事業における試料等の蓄積及び管理運用に関する条 例 として ながはまルール が成立している そこでは 次の 5 つの基本方針が定めら れている ① 研究よりも人権を尊重 ② 二重の倫理審査

123 第二章 我が国のコホート研究 ③ 包括的インフォームド コンセントとオプトアウト式の再同意 ④ 二重匿名化による個人情報保護 ⑤ ルールの定期的な見直し 二重匿名化は 長浜市役所で匿名化し さらに京大で再匿名化を行い 双方で匿名化対 応表を厳重に管理している 採血や計測項目等の追加が必要となる新しい研究計画は 京 大の倫理委員会と長浜市コホート事業審査会で 市民 行政も交えて倫理審査を行う 例 えば 現在行っていない電子カルテへの対応等 計画が大きく変更される場合 告知の上 同意の撤回の機会を提供 オプトアウト方式 することとなっている 5 ベースライン調査の進捗状況 図4 第 1 期のベースライン調査では 質問票による環境 生活習慣調査と潜在的疾患スクリ ーニングは 742 項目 身体測定 生理学検査 血液検査 及び 尿検査では 145 項目がそ れぞれ調査または測定され 解析 測定用生体試料は 10,082 例全例から採取された 年までの 10,082 人分 他のコホート研究と同様 参加者は女性の方が男性の約 2 倍多い 背景として 女性は 健康意識が高いことと 健診に約 3 時間かかるため有職者は参加しにくいという理由があ る 歳は 脳血管 心血管系疾患の解明のために調査 採取したい年齢層であるが 参加者が少ない この層を集めるために 職域コホートとして ある地元企業に定期健診 への相乗りをお願いしたが 長浜市でデータを預かれない市外の従業員が居たことから 企業側は従業員に等しく機会を与えられない問題があるということで拒絶され 実現して いない 図4 ながはま 0 次コホート事業の進捗状況 ベースライン調査とフォローアップ調査 京都大学 松田文彦氏提供資料 現在 ながはま 0 次コホートは第 2 期のフォローアップ調査に入っている 第 1 期のベ ースライン調査の参加者のうち 85%が第 2 期の調査に協力しており ほぼ理想的な進捗 状況とのことである コホート研究は どれほどうまく運営しても 最初の調査から次の 調査の時点で 1 割がドロップアウトし 調査期間が 1 年空くごとに 1 2 がドロップア ウトする が維持できれば良いと言われている NPO 法人の定期的な呼びかけ や 市民同士の口コミ等が効果を上げている

124 第二章 我が国のコホート研究 第 2 期は 60 歳以上の希望者に認知機能検査と MRI 測定が導入されている 初期の認 知症患者は自ら病院を受診しないため 初期変化が病院では捉えられない 認知症はコホ ート研究に適した疾患である 現在の医療では治らない疾患のデータを返すことになるこ とから 情報を欲しくない人も多くいることに加え治療や発症遅延の手が打てないため参 加者に不安を与えると考え第 1 期では実施しなかったが 第 2 期では市民病院の医師から の意見もあり 研究のために重要なデータであるということで実施している ながはま 0 次コホート事業には 特徴的な調査項目があるが その例を挙げる 質問項目は 慢性疾患関連 歯科関連 呼吸器内科関連の項目が多い 身体計測 生理学的検査は 中心血圧 眼軸長 動脈波速度 動脈硬化度 血管年 齢 など通常の健診ではあまり測定されることのない項目の測定がある 血液検査は 様々なアレルゲンに対する IgE 抗体量を測定している また 医学的 に評価法や診断応用がまだ明確にされていないバイオマーカーも この事業を通し て評価するために測定されている 尿検査では コチニン ニコチンの分解物 を測定 喫煙量は 銘柄によるニコチ ン量の違いもあり 自己申告ではなかなか正確に知ることができないが コチニン をバイオマーカーとして継時的に測定すると 喫煙量を積算で推測可能となる ながはま 0 次コホート事業は 古典的な疫学の手法とは異なり 疾患要因への曝露状況 を質問票で聞いた上で 科学的に測定できるものは測定するという特徴的な手法で進めら れている 生体試料も十分に蓄積されており ゲノムスキャンデータだけでなく 血中代 謝物 血中転写物等の様々なデータが保管されている 図5 図5 ながはま 0 次コホート事業の進捗状況 生体試料の収集と解析データの蓄積 京都大学 松田文彦氏提供資料

125 第二章 我が国のコホート研究 6 ながはま 0 次コホート事業を利用した生体情報統合解析について ながはま 0 次コホート事業の成果を利用した生体情報統合解析が実施されており 成果 が少しずつ出てきている 以下にその解析成果の一部 及び特徴的な解析内容を紹介する 6 1 日本人ゲノム多様性データベース構築 遺伝子レファレンスライブラリー研究 次世代シークエンシング法による疾患と関連する遺伝子変異を探索する研究が広く行 われているが このような研究を実施するためには 患者と健常者の遺伝子配列の比較解 析が必要である しかし 健常者の間でも遺伝子変異のパターンは様々で 疾患と関連す る遺伝子変異は見極めることは難しい そこで必要となってくるのが 多くの健常者の遺 伝子配列の解析に基づいた標準的な遺伝子変異のデータベースである これまで 白人を 対象としたデータベースが作られてきたが 日本人と白人では遺伝子変異の場所や頻度が 異なっているため 日本人を対象とした研究には有用性が限られていた そこで 日本人ゲノムの多様性データベースの構築と公開 難病の遺伝子変異データベ ースの構築と公開を目指して 京都大学 東京大学 横浜市立大学 東北大学 及び 国 立成育医療研究センターの 5 ヶ所の難病解析拠点が参加する遺伝子レファレンスライブラ リー研究班を組み 厚生労動省の支援のもとで活動を行った その結果 各拠点で解析さ れた健常者の多様性情報 全エクソーム解析データ を集め 1,208 人分の遺伝子リファ レンスライブラリーを構築し そのデータを公開するに至っている5 このデータベース の活用により 日本人での疾患関連遺伝子や遺伝子変異の同定 見出された遺伝子変異が 疾患発症にかかわる可能性の評価 及び 解釈 種々の病気になりやすい遺伝的体質の解 明等に展望が開けてくる 図6に示すように 1,000 人ゲノムプロジェクトやハップマッ ププロジェクトを除くと 国際プロジェクトのデータベースには日本人のデータはほとん ど入っておらず 日本人の疾患解析を行う際に使える標準遺伝子情報が無かった 構築さ れた遺伝子リファレンスライブラリーは 日本人の健常者データとして公開後よく使われ ており 2013 年 11 月の公開後 2014 年末で約 127 万回のアクセスがあったとのことで ある なお データベースには ながはま 0 次コホート事業で得られたシークエンス情報 末梢血 白血球 由来の RNA 発現情報 eqtl 変異と遺伝子発現の変化の関係を示す情 報 も入っている 図6 日本人ゲノム変異データベースの公開 京都大学 松田文彦氏提供資料

126 第二章我が国のコホート研究 (6-2) バイオマーカーと遺伝子多型の量的関連臨床検査の基準値は 遺伝子型の違いを考慮しない集団において 上下 2.5% を除いた値が用いられている 遺伝子型を考慮すると 基準値の許容範囲すなわち従来の基準値の概念が変わってくる 代謝物 転写物解析に関しては 現在第 2 期の途中であり 基本的に第 1 期のベースライン情報しかないが この第 1 期のベースライン情報を用いて総ビリルビンについての解析が行われている まず 総ビリルビンの 9,805 人の測定値から 血中ビリルビン濃度には年齢差はあまりないが 男女差があることがわかってきた さらに 3,247 人の網羅的ゲノム解析を行った結果 ビリルビン値の高い人は UGT1A6( 染色体 2 番長腕のグルクロン酸転移酵素遺伝子 ) の変異を持っている場合が多いこともわかってきた 今後 遺伝子型ごとにコホート研究のデータを用いて疾患との関連を解析し 将来的に 遺伝子型を考慮した基準値に基づく健診指導をしたいと考えている なお その他に遺伝子型と強く関連するバイオマーカーとしては ACE ChE ALP 等がある 非常に有名なバイオマーカーであるが 遺伝子型と関連するため 解釈には注意する必要があるとのことである (6-3) ながはまコホートを利用した血漿中の代謝物網羅的解析京都大学内に島津製作所ライフサイエンス研究所とのジョイントユニットを作り 有用性あるいは存在が未知の血中バイオマーカーの網羅的探索も行われている 血中に存在する代謝物の状態とゲノム情報との関連を解析することで バイオマーカーの正確な評価が可能になると考え ながはま 0 次コホート事業参加者の血液について GC-MS を用いた既知 135 物質の網羅的解析が行われている (6-4) ながはまコホートを利用した認知症 MCI 解析ながはまコホートでは 第 2 期から MRI 画像の撮影と 認知機能検査 (MCI-screen と長谷川式 ) を実施し そのデータを蓄積している 認知機能と関連のあるバイオマーカーを見つけ 50 代以下での早期発見や予後予測等に役立てるため この第 2 期では さらに様々なバイオマーカー 画像 認知機能のスコアを組み合わせて解析する予定となっている ( 図 7)

127 第二章 我が国のコホート研究 図7 ながはまコホートを利用した認知症 MCI 解析の戦略 京都大学 松田文彦氏提供資料 7 今後の活動内容 従来の疫学研究は 日々の食生活や睡眠の情報や環境への曝露情報等について質問票に よる聞き取り調査で行われていた 質問票による調査からは 肥満 糖尿病 高血圧 動 脈硬化 不眠症 うつ等と睡眠時間に何らかの関係があるような結果が出る 中には本当 に関連するものもあるが 疑わしいものも多い 物質 例えば PCB 濃度の測定等 を特 定すれば体内濃度の測定は可能であるが 様々な物質を網羅的に測定することは技術的な 問題や血液等のサンプル量に限りがあり極めて困難である この問題の解決ができない限 り 厳密な解析に耐えうる環境 生活習慣情報を定量的に捉えることはできない そこで ながはま 0 次コホート事業では 聞き取り調査では分からないことや信頼性が低くなるデ ータはまず測ってみるという試みが行われている その一つが 滋賀医科大学 角谷寛先生が主宰する ながはま 0 次睡眠研究 である 質問票による調査は自己申告であるためデータが不正確であり 特に睡眠の質の評価がで きない そこで 試験的に数十人に睡眠時無呼吸 心電図 脳波等のデータを取っている また 京都大学 COI Center of Innovation STREAM として 日立製作所とともに個 人の行動と活動の記録を予防医療に応用する事業を開始している 日立との共同研究で 加速度センサーのデータをもとに 睡眠 デスクワーク 歩行等の毎日の動きを知ること ができる腕時計型のセンサーデバイス ライフレコーダー を開発している 質問票から でなく 実際の人の動きを詳細につかむことができる これに GPS 位置情報 SPEEDI のような放射線量 PM2.5 花粉予測等の 環境数値データベース 等のビッグデータを 重ね合わせることで 個人の環境汚染等の大まかな環境曝露を推定できる 非常に多くの データが毎日蓄積できるが 大量のデータから何を読み取るかがこれからの課題となって いる

128 第二章我が国のコホート研究 さらに 食生活の傾向を定量的に把握するため 無痛の血糖値測定器と同様な方法で 痛みなく微量の血液を採取し安定な状態で保つ方法と 血中の代謝物を感度良く網羅的に測定可能な分析装置の開発も考えられている 現在 健診等で使われている質問票で得られる食と栄養の曖昧な情報とともに プリン体 イソフラボン等血液中代謝物の追跡を行うと 少なくとも食生活の断面を知ることができる このように ながはま 0 次コホート事業は ゲノム情報だけでなく 測定データの収集にも力点を置いて進められている 一方で 医療情報の収集は国民 ID がないことが今後の大きな課題となっている 6. 執筆担当者所感ながはまコホート研究は 古典的な疫学に則ったコホート研究ではなく コホート研究を利用したゲノム バイオマーカー等の生命分子の網羅的解析を加えた新しい視点からのコホート研究である ヒト バイオロジー と 松田氏は述べている 様々な疾患を対象とし その時にしか集められない検体やデータである ビッグデータ を網羅的に収集する この ビッグデータ を使いこなせるかどうかが ながはまコホート研究の成功のカギであり 今後の研究動向が注目される 欧米では すでに大規模なゲノムコホートを始めており DB の質や量 その活用方法を着実に進歩させており 国民 患者の生活向上に役立てている 6) しかし それらと比較すると 日本の ビッグデータ を用いた研究は明らかに遅れており 早急にその体制を整える必要がある ビッグデータ をどのように活用するかというビジョンを明らかにし そのビジョンに基づき関係各分野が連携することが必要であるが それと同時に その体制を生み出すための国民 ID 制の構築や 10~20 年にわたる長期的な予算計画等の環境作りをすることが必要と思われる ながはまコホートが 日本におけるゲノムコホートのパイロットスタディとして継続し 様々な疾患研究の標準的手法を確立し 先制医療を実現させることを期待する 参考文献 1) 2012/8/8 提言 ヒト生命情報統合研究の拠点構築 - 国民の健康の礎となる大規模コホート研究 /7/26 提言 100 万人ゲノムコホート研究の実施に向けて 2) 滋賀県長浜市ながはま 0 次予防コホート事業 HP 3) 京都大学付属ゲノム医学センター HP 4) 特定非営利活動法人健康づくり 0 次クラブ HP 5) 6) 医療ビッグデータがもたらす社会変革監修 : 中山健夫発行 : 日経 BP 社

129 第二章我が国のコホート研究 (6) 多目的コホート研究並びに次世代多目的コホート研究 ヒアリング先 : 国立がん研究センターがん予防 検診研究センター 津金昌一郎センター長 要約多目的コホート研究 (Japan Public Health Center-based prospective Study ; JPHC-study) は 大規模で長期にわたる観察型の疫学研究として 国立がん研究センターを中心に 1990 年にスタートした 第 1 期は 1990 年開始のコホートI 及び 1993 年開始のコホート II から成り 国内 11 保健所管内在住住民から収集した合計約 13 万人分の健康診断 検診 アンケート調査データをベースライン情報として保有し その後 5 年間隔で 3 回フォローアップ調査が実施されている これらの情報及びサンプルを元に 生活習慣とがんや脳卒中 心筋梗塞などの疾病との関係分析に関する多くの研究が行われ 成果は科学的根拠のある疾病罹患及び疾病リスク分析結果として これまでに 200 を超える論文報告となっている 2011 年からは 第 2 期コホートとして ゲノム解析を含む多様な疫学研究に対応可能な包括的同意を取得した次世代多目的コホート研究 (JPHC-NEXT) が開始された 他の国内大規模コホートとのデータ統合も視野に入れながら 遺伝子配列解析を含むマルチオミックス解析情報の疾病罹患予測への活用を目指した研究が推進されている 1. はじめにコホート研究は 人に紐づく健康情報や臨床情報を収集し 採取した試料の分析を合せて実施することで 疾患の予防 診断 治療を可能にする研究を意味する 具体的には 地域住民などの一定の集団を対象として長期間にわたる追跡調査を行い 疾病のリスク 予防要因を明らかにする研究であり 生活習慣とさまざまな疾病の関連を把握するために行う疫学研究の中で代表的で信頼性の高い研究方法である 即ち 公衆衛生研究のためのプラットフォームと位置付けられ 国民の健康維持 増進に必須の研究基盤である 今回 多目的コホート研究の主任研究者である津金昌一郎国立がん研究センターがん予防 検診研究センター長に 現在までの多目的コホート研究及び次世代多目的コホート研究における研究活動と成果 今後の展望について伺った 2. 研究の目的多目的コホート研究は 日本人に適した予防医学実践のための科学的根拠の材料となるエビデンス構築を目的として国内で展開されている大規模疫学研究の1つとして位置づけられる すなわち 日本人の体質 生活習慣と QOL の低下や平均寿命前の死亡原因となる疾病の関係を大規模且つ長期間にわたって追跡 解析し 日本人の common disease を予防することで国民が健康寿命を全うできることを目標に開始された コホートの規模 追跡期間 多岐に渡る研究内容 のいずれを取っても我が国を代表するコホート研究である 対象となる疾病は がん 脳卒中 心筋梗塞 2 型糖尿病 うつ病 認知症など多岐に渡っていることから 多目的コホート研究と命名されている

130 第二章 我が国のコホート研究 3 実施体制 多目的コホートに基づくがん予防など健康の維持 増進に役立つエビデンスの構築に 関する研究 主任研究者 津金昌一郎 国立がん研究センターがん予防 検診研究センター 長 は 国立がん研究センター 国立循環器病研究センター 国立国際医療研究センター を始めとする多施設 大学等の研究機関 協力保健所との共同研究として行われている 平成 21 年度までは厚生労働省がん研究助成金による指定研究班として実施されていた が 平成 22 年度以降は独立行政法人国立がん研究センターのがん研究開発費によって運 営されている 4 多目的コホート研究詳細 1 国内健常人コホート研究としての多目的コホート研究 国内コホート研究は 1950 年代に開始された 放射線被爆や受動喫煙の健康への影響を 調査した第 1 世代コホートから始まった 年代にピークを迎えた第 2 世代コ ホートにおいては 調査票による問診形式が採用されるようになり また 血液などの生 体試料の収集も行われるようになった 2000 年代以降は 遺伝子解析を含むいわゆるゲノ ムコホート研究が主流となり 遺伝子配列解析が可能な形で試料を収集しているコホート は 第 3 世代と位置付けられる 多目的コホート研究は 1990 年開始のコホートI 5 保健所施設 及び 1993 年開始のコ ホート II 6 保健所施設 から成り 併せて 10 都府県 11 保健所管内の住民約 14 万人を 対象としており 第 2 世代の中では最も規模が大きい ベースライン情報として健診結果 の他 生活習慣を調査し 生体試料として約 6 万人の血液 血漿 白血球 赤血球 を収 集している ベースライン調査時 コホート開始時点 以外に 5 年間隔で複数回追跡調査 及び血液サンプル収集が実施されている点は 他の大規模コホートに例を見ない特徴であ る 図1 追跡している主なアウトカムも死亡 各種がん罹患 循環器疾患 脳卒中など 多岐に渡る 図1 第 1 期多目的コホート研究のデザイン 多目的コホート研究のパンフレットより

131 第二章 我が国のコホート研究 2011 年からは これら第 1 期に続いて次世代多目的コホート研究が開始された 次世代 多目的コホート研究は第 3 世代のゲノムコホート研究の1つであり この他に大規模なコ ホートとして 東北メディカル メガバンク ToMMo 東北大 岩手医大 及び日本多施 設共同コホート研究 J-MICC study 愛知がんセンター 名古屋大など があり いず れも 10 万人規模を目指している 2 健常人コホート研究と疾患コホート研究 多目的コホート研究に代表される健常人コホート研究と バイオバンクジャパン BBJ やナショナルセンターバイオバンクネットワーク NCBN に代表される疾患バンク コ ホート研究との違いは 健常人コホート研究が疾病発症前から長期に渡りデータとサンプ ルを収集し 追跡調査することで 疾病発症時点から振り返って発症前の状態と比較解析 する後ろ向き研究 実質的には 要因と病気の発症を時間軸において前向きに検討し得る ので前向き研究である を行い 疾病予防や早期診断法開発を目指すのに対して 疾患コ ホート研究においては疾患を罹患した患者の情報とサンプルを収集し 必要に応じて予後 を追跡調査することで 診断マーカーや疾病治療法の開発に主眼を置いて研究を実施する ことにあるが どちらも最終的には国民の健康維持と疾病予防 治療に資するエビデンス を構築するという同じ目標に向けた疫学研究である 図2 コホート研究の種類と目標 国立がん研究センター 津金昌一郎氏提供資料 健常人コホートは 特定の疾病を発症している集団から構成される疾患コホートとは異 なり基本的には偏りのない一般集団から構成される 健常人コホート内で特定の疾病につ き解析するためには その疾病を発症した集団と対照群となる疾病非発症群を比較するこ とになるため 母集団として一定の規模が必要となる また 疾病の原因究明においては

132 第二章 我が国のコホート研究 発症前と発症時 発症後の状態を比較解析できることが重要であり そのためには継時的 な情報やサンプルが必要となるが ベースライン調査以外に複数回の情報及びサンプルが 一定規模で収集されているのは 現時点では住民コホートである久山町以外では多目的コ ホートのみである 表1 表1 第 1 期多目的コホート研究で収集されたデータ サンプル数推移 国立がん研究センター 津金昌一郎氏提供資料 生活習慣や個人に付帯するデータを収集する具体的アンケート項目として 喫煙 飲酒 体格 栄養 食事 運動習慣 生理 出産 治療歴などを含む 3 追跡調査による疾病罹患数解析 1990 年に開始された第 1 期の多目的コホートでは 40 歳 69 歳の 14 万人を対象に 20 年間に渡り 疾病罹患 死亡の追跡調査が実施されている がん 循環器疾患に関しては 罹患した患者が通院する地域病院の協力により 患者把握 照合 作業が行われた 社会 保障番号制度が無い我が国においては 個人を特定する作業は容易ではなく 手間と費用 を要する ベースライン調査時以降に転出した住民については 市町村に住民票照会を継 続する方法で死亡確認が取得できるまで転出先が追跡され 死亡者については死因が把握 された 地域により転出者の割合は異なるが 20 年間で 20%を超えており 都市部では 50%に達した地域もある 綿密な追跡調査の結果 20 年以上を経過した現在においても 95%以上の追跡率が達成されている 1990 年 2010 年までの追跡調査の結果 約 2.1 万人の死亡を確認されており その死 因の内訳は がんによるものが 39 を占め最も多い 図3 また 約 1.7 万のがん罹患 6 千の脳卒中発症 約千の心筋梗塞発症が登録されている 心筋梗塞が少なく がんが多 いのが 日本の中高年の死因や疾病罹患の特色である

133 第二章 我が国のコホート研究 図3 死亡状況統計 年 国立がん研究センター 津金昌一郎氏提供資料 循環器疾患発症を追跡するコホート研究は 国内においては久山町など単一の町村ベー スの研究がほとんどであり 大規模で 10 年以上に渡り追跡が行われたのは多目的コホー ト研究のみである 第 1 期多目的コホート I 及び II 登録者は現在 歳となっており 対象地域で の残存数は約 8 万人である これらを対象に 老年コホート を立ち上げ 認知症リスク に関する研究を開始することが検討されている 介護が必要な重度認知症については介護 保険情報や主治医意見書から追跡が可能であるが 現状においては軽度認知障害を把握す ることが困難であるため メンタルヘルス検診などによる自覚症状のない時期の早期発見 が必要となる 4 疾病罹患リスク解析 収集された健康診断 検診情報 生活習慣に関するアンケート結果と その後のがん 脳 卒中 循環器疾患 糖尿病罹患に関する追跡調査情報を合わせることにより 各疾病の発 症リスクとなる生活習慣 食習慣や体質などの解明が行われ これまでに専門誌へ 200 を 超える論文が研究成果として発表されている これらの論文及びその概要は多目的コホー ト研究のホームページの検索システムで容易に見つけることができる 論文の内訳は 提供されたデータと疾病との関連に関する研究報告が 185 報 調査結果 の妥当性を検討した報告が 44 報 2013 年現在 である コホート研究開始から 10 年目 以降は公表数が順調に増加し 現在まで年間 20 報以上の成果が継続して公表されている 表2に解析された各種がんのリスク要因と相対リスクを示す 総合的なリスクは 相対

134 第二章 我が国のコホート研究 値としてのリスクが何倍増加するかという点のみでなく 本来個人が持っているリスクの 絶対値と合わせて勘案することが肝要である また 観察型研究において 結果をミスリ ードする恐れがある交絡要因を特定し補正することが真のリスク特定の過程における課題 である 例えば 飲酒量と肺がんの罹患リスクが正の相関関係にあるとの解析結果が得ら れた場合に 飲酒量が多い個人には喫煙者がかなりの割合で含まれるため 背後にある喫 煙量という要因による見かけ上の関係による影響を排除する必要がある 表2 主な要因によるがん発症の相対リスク 国立がん研究センター 津金昌一郎氏提供資料 非喫煙 節酒 適正塩分摂取 適正体重 身体活動の 5 つの健康習慣とがん罹患リス クに関する統計解析においては 性別にかかわらず 保有する健康習慣の数に応じてがん 罹患リスク値が段階的に低下することが検証された 図4 また 男女共に 60 歳以上 においても 生活習慣の改善により がんの予防効果が期待できることが示された

135 第二章 我が国のコホート研究 図4 5 つの健康習慣とがん罹患リスク 国立がん研究センター 津金昌一郎氏提供資料 図5には飽和脂肪酸摂取量と循環器疾患発症の関係を示す 心筋梗塞を発症した 610 例 の飽和脂肪酸摂取量を解析した結果 摂取量とハザード比は正の相関関係を示した 一方 深部脳出血 663 例及び日本人に多いラクナ梗塞発症 871 例の解析からは 飽和脂肪酸摂取 が多いほどリスクが低下する傾向が認められた これらの結果は 日本人が過去に比べて 飽和脂肪酸をより多く摂取するようになった結果 心筋梗塞リスクは増加したものの脳卒 中発症数が減少し 結果として寿命が顕著に伸び続けている事実を説明するものである 日本人の飽和脂肪酸摂取量は増加しているものの欧米人と比較すると少なく 心筋梗塞リ スクの絶対値は低い コホート研究では個々の疾病リスクにフォーカスするとともに 複 数の疾病発症における相関性を解析することも可能であり 全体として疾病リスクを軽減 することに結び付けることが重要である

136 第二章 我が国のコホート研究 図5 飽和脂肪酸摂取と循環器疾患 男女 82,000 人に対する約 11 年間の追跡結果による 国立がん研究センター 津金昌一郎氏提供資料 5 疾病罹患予測ツール コホート研究の中でリスク因子であると特定された生活習慣や個人に帰属する特性を 点数化し 該当する点数を積算する形で疾病罹患を予測するツールが開発された 肝がんのように C 型肝炎 B 型肝炎感染が主要な原因とされている疾病に関しては そ の他の生活習慣と組み合わせることで の範囲で発症予測が可能である 図6 1 また 脳卒中に関しては 年齢 性別 喫煙 肥満度 糖尿病歴 血圧を指標と して 1 20%の範囲で罹患予測できる 一方 大腸がんにおいては 現状では最大 7.4%の 予測確率に留まっており 更なる精度を確保するために 適切なバイオマーカーの探索が 待たれる 図6 2-130 -

137 第二章 我が国のコホート研究 Michikawa T, et al. Prev Med 2012; 55:137 図6 1 肝がん罹患予測ツール 国立がん研究センター 津金昌一郎氏提供資料 図6 2 大腸がん罹患予測ツール 国立がん研究センター 津金昌一郎氏提供資料

138 第二章 我が国のコホート研究 6 血液サンプルを用いた研究 コホート内症例対照研究として ベースライン調査時に収集された血液を使用してバイ オマーカーが探索されている 疾病罹患者に対して対照者を設定し 胃がんに関しては ピロリ菌抗体を始めとして数種 乳がんについては女性ホルモンやイソフラボン 前立腺 がんについてはテストステロン Sex Hormone-Binding Globulin などさまざまな生体物 質や食品成分が測定されている 疾病発症の時点から遡って過去に採取された血液を分析 することで疾病リスクを解析するため 調査開始時に採取され保存された血液は貴重な研 究資源である 7 分子疫学コホート コホート研究は 調査票による生活習慣や病歴 血液中の特定の物質と疾病リスクの関 係解析の時代から 次世代シーケンサーによる遺伝子解析技術の進歩に伴って 遺伝子配 列情報解析を行うゲノムコホート研究や 遺伝子発現情報であるトランスクリプトーム解 析 プロテオーム解析 代謝体解析であるメタボローム解析を含む包括的オミックス解析 研究へと進展しつつあり 分子疫学コホート研究と呼ばれている 多目的コホート研究においても オミックス解析を疾病リスク予測に組み込むことを目 的に コホート I II で収集した検体について 遺伝子配列解析を含む包括的な解析を行 うために ヒトゲノム 遺伝子解析研究の倫理指針に基づいた 試料提供者への通知と利 用への拒否の機会を保障する手続きを実施した 血液検体提供者 4 万 6 千人のうち 6 名が 利用の拒否を申し出た 次世代多目的コホート研究においては ベースライン調査時に全 ゲノム解析を実施する説明同意文書が提示されている 解析可能な検体を用いて 国立が ん研究センターと他研究機関との共同研究下に 大腸がん 膵がん 胃がん 前立腺がん 肝がん 糖尿病など多岐に渡る分子疫学コホート研究が開始されている 表3 遺伝子変異 多型との関連が報告されているがんの例 国立がん研究センター 津金昌一郎氏提供資料

139 第二章 我が国のコホート研究 がんと遺伝子変異研究については 世界中で精力的なゲノムワイド解析 Genome Wide Association Study GWAS が実施されているが 現状においては 乳がんにおける BRCA1 や甲状腺がんにおける RET など がん発症リスクを数十倍増加させる強力なドライバー 変異としてこれまでに報告された遺伝子変異に匹敵するものは見出されていない 表3 これはがんを始め多くの疾病が多因子疾患であることに起因している 乳がんの場合は 初潮年齢 初産年齢 乳がん家族歴などを元にリスクを割り出すゲイルモデルによる予測 率は約 58%であるが さらに 10 個の遺伝子変異を加えた場合にも予測率が飛躍的に向上 することはなく 61.8%に留まった しかし 遺伝子変異と生活習慣などの変容可能要因との相互作用が有ると解析されたあ るがん種においては 数個の遺伝子変異から予測されるがん罹患リスクが高い場合でも喫 煙などの生活習慣の是正によりリスク低減が可能であり 遺伝的低リスク者が悪い生活習 慣によりがんを発症するリスクを下回る場合があるとの結果が得られた すなわち 遺伝 的要因 図7 緑色部分 に起因する確率が高い場合においても環境要因 図7 青色部 分 の確率を下げることにより疾病発症を回避できる可能性があることが示された 図7 疾病発症リスクを決める遺伝子要因と環境要因 国立がん研究センター 吉田輝彦氏提供資料 がんや生活習慣病には遺伝子変異解析によって明らかになる遺伝的要因以外に 生活習 慣や環境による体質の変化も関係するため 遺伝子変異解析のみを偏重するのではなく コホート研究を通じて生活習慣の持つ意義を正しく理解し 患者 健常者の具体的行動変 容へ結び付けることで疾病予防を実現することが臨床 公衆衛生現場の使命である

140 第二章我が国のコホート研究 5. 多目的コホート研究を含めた国内コホート研究の課題我が国は これまでビッグデータを扱って多変量解析を行う生物統計の分野に注力して来なかったこともあり 欧米と比較して圧倒的に統計解析で後塵を拝している コホート研究を推進するためには生物統計家及びバイオインフォマティシャンの育成 拡充が急務である また 国からの予算が単年ごとに配分されるという現状のシステムが 追跡 継続性が重要であるコホート研究の存続を危うくしており 持続的なファンディングの仕組み作りが望まれる 不足している生物統計家及びバイオインフォマティシャンを採用する場合にも 安定的な雇用が大前提となる 大規模コホート研究のさらなる医療への活用のため 統合データベースを構築する検討が進められている しかしながら コホート毎に独自の調査票フォーマット 生体試料採取方法 個人追跡方法などを採用しており統一された形式ではないため統合は容易ではない 統合推進や その後の解析研究の推進 外部との共同研究などをマネジメントする司令塔的存在も必要である また 効率的な追跡調査を可能にする社会保障番号制度の導入も待たれる がんについては がん登録推進法が 2013 年 12 月 6 日成立し 2016 年から全国的な登録が開始される 全国のがん罹患者データベース化が進めば がんに関する各種疫学研究が効率的に推進できるようになる 6. 今後のコホート研究の展望因果関係解析の精度向上を目指して 多目的コホート I,II を含む国内の第 2 世代コホート約 52 万人分のデータベースを統合し解析する試みが実施されている さらなる大規模解析により コホート毎のバイアスが極力排除された 最終的な 日本人疾病リスク解析 結果が報告可能となる さらに 日本人数十万人規模の大規模分子疫学コホート研究の構築 推進に必要な方法論の確立と社会実装を最終目標として 国立がん研究センターが研究を統括する形で 文部科学省科学技術戦略推進費 ( 平成 25 年度よりは 社会システム改革と研究開発の一体的推進 ) によるプロジェクト 大規模分子疫学コホート研究の推進と統合 が進められた その中で 日本大規模分子疫学コホート研究コンソーシアム (JCOSMOS) が構想された 現行の分子疫学コホート研究 ( 次世代多目的コホート研究 東北メディカル メガバンク及び日本多施設共同コホート研究の 3 大コホート ) の調査票情報 生体試料情報 追跡調査情報などの統合 管理手法を開発するため 3 年間の計画が推進され 統合可能な準備が出来ている ( 参考 : 評価結果 これら個別コホートの枠を超えた全国規模の統合解析により 国際的に通用するエビデンスを構築し オーダーメイド ゲノム医療や先制医療を目指している また 国際的な取組みとしては 日本以外にインド バングラデッシュ 韓国 中国 台湾 シンガポールが参加した 100 万人規模のアジアコホート連合研究等もある 7. 執筆担当者所感 日本人の疾病リスクがエビデンスに裏打ちされた具体的な数値となって提示されてお り 疫学研究として多くの成果が生み出されていると実感できたが 一方で リスク予測

141 第二章我が国のコホート研究 予防医療という側面が強いためか 製薬企業 診断薬企業との共同研究が実施されていないのは残念である 多くの疾病は多因子疾患であるため 原因究明やリスク予測が必ずしも容易ではないが 環境要因により影響されるエピゲノムの解析や 各種オミックス解析を統合して分析する多層オミックス解析などの新規解析プラットフォームの充実に伴う今後の研究進展が 新たなリスク因子解明に結び付くのではないかと感じた その過程で 発症前を含む継時的な情報とサンプルを保有していることが強みになると思われる また これまでは 主にがんや生活習慣病に関してリスク解析 エビデンス構築が実施されてきたが 日本人の長寿化に伴い 認知症患者数が今後増えることは必至であるため 軽度認知症をどのように把握するかという課題はあるものの 大規模コホートで長期追跡することにより認知症発症につながるリスクを特定できれば大きなインパクトを生むものと思う 将来に向けて 健康診断データと医療情報を一体化して各種疾病の予防や先制医療を推進しようとの動きもあるため コホート研究はその過程で大きな役割を担って行くものと思われる また 今春には独立行政法人日本医療研究開発機構が始動することから これまで異なる省庁から予算を獲得し 個別に行われていた国内コホート研究の統合が加速されるであろう 社会保障番号制度の元に 個人の健康情報や病歴 投薬歴などのデータすべてが一元化された統合データベースとして保管管理されると共に適時更新され 研究者はデータベースにアクセスして疫学研究を自由に実施することができ 医療関係者は個人を治療するために必要なデータを取り出せて さらに個人も自分自身のデータを閲覧することにより自らの健康維持に主体的にかかわる という究極の健康システムが コホート研究をベースとして将来整備されることを期待する 参考文献 1) 多目的コホート研究 HP 2) JPHC パンフレット : 多目的コホート研究の成果 3) JCOSMOS HP

142 第二章我が国のコホート研究 (7) 日本多施設共同コーホート研究 (J-MICC) ヒアリング先 : 愛知県がんセンター研究所疫学予防部 田中英夫部長 要約日本多施設共同コーホート研究 (Japan Multi-institutional Collaborative Cohort Study;J-MICC Study) は 2005 年に文部科学省 がん研究に係わる特定領域研究 の研究枠で 5 年間の事業として開始され 2010 年度からは日本学術振興科学研究費助成事業新学術領域研究 がん研究分野の特性等を踏まえた支援活動 として継続されてきた 開始当初から 疾患の原因を調べ 予防対策の根拠を提供する という目的を持っているが 2010 年度からは 集められた生体試料を外部研究へ活用する新たなバイオバンクとしての枠組みが加えられ 今日に至っている 一般健常住民 10 万人以上を対象に 20 年間に渡り追跡するとして 全国 12 の大学 研究機関 ( 研究サイト ) と連携した多施設共同コーホート研究として開始され 2014 年 8 月時点で目標の研究参加者 10 万人のリクルートを達成している リクルートをした際に 14cc の血液を採取し 同時に 生活習慣 既往歴 現病歴 家族歴等の情報を調査票にて収集する 最初のリクルートから 5 年後にもう一度採血及び 同じ調査票を用いた情報の収集を行う 追跡調査は毎年実施し がん罹患の有無 死亡の有無 死亡原因の把握を行っている 追跡調査の終了予定は 2025 年を予定している 最近では 他のコーホート研究やバイオバンクとの連携を進めている 1. はじめに 2005 年より開始された日本多施設共同コーホート研究 (Japan Multi-Institutional Collaborative Cohort study;j-micc study) は 地域住民を対象とした 所謂 健常人コーホートであり 日本での大規模な集団を対象とした環境要因と遺伝子型の違いを解析することにより疾患の原因を解明しようとした本格的な分子疫学コーホート研究の先駆け的研究の1つである 1) また 当時 新規に整備されてきた 疫学研究に関する倫理指針 ヒトゲノム 遺伝子解析研究に関する倫理指針 個人情報保護法 等に則って研究計画されたという点でも日本での先駆的な分子疫学コーホート研究となっている この度 コーホート研究の現状と将来への展望を調査する一環として 愛知県がんセンター研究所 田中英夫部長に詳細を伺う機会を得たので以下に報告する 2. 日本多施設共同コーホート研究 :J-MICC Study の概要 (1) 研究目的 J-MICC Study は 10 万人以上の人々の健康状況を 20 年に渡って追跡し 環境と遺伝子型と疾病発症との関連を調べるコーホート研究である 2005 年に文部科学省の がん研究に係わる特定領域研究 という研究枠で 5 年間 2010 年度からは日本学術振興科学研究費助成事業 ( 新学術領域研究 ) の がん研究分野の特性等を踏まえた支援活動 ( 研究代

143 第二章 我が国のコホート研究 表 中村祐輔 2010 年度 11 年度 今井浩三 2012 年度 の中の がん疫学 予 防研究支援活動 班長 田中英夫 として現在も継続中である J-MICC Study の目的は 体質を考慮したがんを含む生活習慣病の予防対策に必要な基 礎資料を提供するとしている 2) 病気のかかりやすさ 疾病体質 疾病要因は 遺伝子と 環境の相互作用に依存する部分が大きいことが明らかにされつつあり 遺伝的背景 遺伝 子型 と環境 生活習慣 生体指標と疾病リスクとの関連を解析することで がんあるい は生活習慣病の発症リスクを規定する遺伝的要因 生体指標 環境要因の関連の解明につ ながり 多様な体質に応じた生活習慣を改善することによる疾病予防対策の科学的根拠を 提供するとしている 図1 J-MICC Study では 生活習慣に関連する情報と遺伝子型の 解析情報を収集するコーホート研究計画となっている 図1 J-MICC Study の目的 J-MICC ホームページより 2 研究組織体制 J-MICC Study は独立した研究グループが共通の研究計画書 プロトコールをもとに行 う多施設参加型の共同研究である 図2 コーホート研究実施グループは全国 12 の大学 研究機関より構成されており 表1 名古屋大学大学院医学系研究科内に中央事務局が設 置されている 研究参加者の情報は各コーホート研究実施グループにて個人情報管理者に より匿名化され管理される 匿名化された情報及び生体試料は中央事務局に送付され各コ ーホート研究実施グループと中央事務局での 2 か所で管理されている 外部の研究者 有 識者からなる 研究モニタリング委員会 並びに 外部評価委員会 が設置されており 研究実施の妥当性の検討 モニタリング 実施方法 内容の妥当性の評価が行われており 研究の透明性を確保するようにしている 各コーホート研究実施機関では独自の研究を実施することが認められており 共通の質 問票以外に 独自の質問項目等の追加が可能となっている それぞれの研究は各実施施設 の倫理委員会の承認のもと実施される

144 第二章 我が国のコホート研究 図 2 J-MICC Study の組織図 J-MICC ホームページより 表1 コーホート研究実施機関 J-MICC ホームページの資料を元に作成 コーホート研究実施機関 千葉県がんセンター研究局がん予防センター 静岡県立大学食品栄養科学部公衆衛生学 名古屋大学大学院医学系研究科予防医学 千葉県がんセンター研究局がん予防センター 愛知県がんセンター研究所疫学 予防部 名古屋市立大学大学院医学研究科公衆衛生学 滋賀医科大学公衆衛生学 京都府立医科大学大学院医学研究科地域保健医療疫学 徳島大学大学院ヘルスバイオサイエンス研究部予防医学 九州大学大学院医学研究院予防医学 九州大学大学院医学研究院感染環境医学 佐賀大学医学部予防医学 鹿児島大学大学院医歯学総合研究科国際島嶼医療学 3 研究参加者 J-MICC Study は地域住民コーホート研究及び医療施設受診者コーホート研究を統合し たものとなっており 研究参加者のリクルートは一般住民へのポスティングや健診受診者 及び病院の初診外来患者である ベースライン調査時点で 35 歳から 69 歳の居住地住民基 本台帳に登録されている男女としており 目標協力者数を 10 万人と設定して開始し 2014 年 8 月に目標の 10 万人の登録を達成した

145 第二章 我が国のコホート研究 4 調査方法 調査は ベースライン調査 第二次調査 追跡調査よりなる 図3 ①ベースライン調査 各研究実施グループにて 研究協力者リクルート時に コーホート研究共通の自記入式 質問票による生活習慣 既往歴 現病歴 家族歴等の質問票調査及び共通の手順書に基づ き 14 cc の生体試料 血液 を採取する 生体試料 血液 は 各研究実施グループにて 血漿 血清 バフィーコート DNA が調製され 血液 7 cc 分は各研究実施グループに て保管され 残りの 7 cc 分は名古屋大の中央事務局に送られ保管管理される 情報及び生 体試料を研究実施グループと中央事務局にて分散保管することで 災害時逸失の対策とな っている 調査項目と測定項目の一覧は表 2 に示す 図3 調査方法 J-MICC ホームページより 生活習慣を情報としてどのようにとらえるかは疫学研究では重要である 食事を例にす ると 食物摂取頻度調査を指標としている 例えば 野菜の摂取頻度などを抽象的な聞き 方ではその人の摂取量をどれだけ反映できるかという事は常に問題になるが バリデーシ ョンを行い検討を加えている すなわち食物頻度調査で答えたデータと 同じ人が各季節 で 3 日間 実際に摂取した食物の種類 量から計算した栄養摂取量との相関を見て 最も 相関するような計算式を作っている また 調査票では期間を広く取っている バラツキ はあるが 疫学調査では 1 人 1 人の摂取量を必ずしも正確に表す必要はなく あくまで目 的としては摂取量と疾患の発症頻度の相関を見ることであり 摂取量に応じて階層化し 相対リスクとして捉えることができるかどうかが重要なポイントとなる

146 第二章 我が国のコホート研究 表2 調査対象項目 J-MICC ホームページ中の資料を元に作成 調査対象項目 解析内容 人口学的特徴 生活習慣等 検診結果 検診日を含む 質問票からえられた人口学的情報 質問票から収集 身長 体重 肥満度 血圧 尿糖 尿蛋白 総蛋白 アルブミン 蛋白 分画 アルブミン グロブリン比 中性脂肪 総コレステロール HDL コレステロール LDL コレステロール GOT GTP γgtp ALP LDH CPR 尿酸 尿素窒素 クレアチニン 以上血清 ヘモグロビン ヘマトクリ ット 赤血球数 白血球数 血小板数 血糖 HbA1c PSA 骨密度 サイトカイン ケモカイン 炎症マーカー 腫瘍マーカー ホルモン関 連成分 肥満関連成分 成長因子関連成分 血漿 DNA 量 血漿 RNA 量 糖尿病関連成分 ストレス関連成分 微量金属 栄養素 脂質 植物エ ストロジェン B 型肝炎ウイルス関連項目 C 型肝炎ウイルス関連項目 ヒトパピローマウイルス関連項目 HTLV-1 関連項目 EB ウイルス関連 項目 ピロリ菌関連項目 その他 ペプシノゲン ヒアルロン酸 ホモ システイン が ん 発 生 に 関 す る 遺 伝 子 プ ロ モ ー タ ー 領 域 の メ チ ル 化 CDKN2A RASSF1A RASSF2 RASSF4 DAPK1 MGMT APC HIC1 CDH1 RARB2 GSTP1 MYOD1 MLH1 BRCA1 RIZ1 XIST ESR1 CALCA PGR など 及び全 DNA メチル化状態の定量的評価 血漿中に遊離される癌抑制遺伝子及び発癌遺伝子の変異 欠失 増幅 血液成分 DNA のメチル化 血漿中遊離 DNA の 変異 欠失 増幅 遺伝子型 がん罹患 死因別死亡 1 発がん物質代謝酵素及び薬剤代謝酵素 2 DNA 修復酵素 3 DNA 複製 核酸代謝酵素及び葉酸代謝酵素 4 細胞周期及びアポトーシスに関与する物質 5 サイトカイン ケモカイン 成長因子及びその受容体 炎症関連物質 6 上記以外の遺伝子でシグナル伝達に関与する物質と受容体 7 ホルモン代謝酵素と受容体 8 アルコール代謝酵素 9 脂質代謝に関する物質 10 糖代謝及び移送に関する物質 11 血圧調節に関する物質 12 神経伝達物質の代謝酵素及び受容体 13 薬物移送物質 14 血液凝固に関する物質 15 基質合成分解酵素 16 ミトコンドリア遺伝子 17 上記に含まれない生活習慣病に関連すると想定される遺伝子多型 18 ゲノムワイド解析用 SNP チップで決定された遺伝子型 国際疾病分類に基づいて細分された良性 悪性新生物並びに前がん病変 全死亡 部位病変型に基づいて細分された新生物死亡 病名病型などに基づいて細分化された循環器系の疾患死亡 その他 国際疾病分類に基づいた病名別死亡のうち 糖尿病 肥満 症 高脂血症 高尿酸血症 肝疾患 胆のう 胆管の疾患 腎疾患 呼吸器 系の疾患 血液及び造血器の疾患 骨粗しょう症に関するもの

147 第二章我が国のコホート研究 2 第二次調査 初回リクルート時から 5 年後に 初回時同様の質問票による調査及び 14cc の生体試料 ( 血液 ) の採取を行う 管理方法はベースライン時と同様である 3 追跡調査研究参加者に対して 毎年がん罹患の有無 死亡の有無 死亡原因の把握等の追跡調査を行っており 追跡調査の終了は 2025 年を予定している 現在までの追跡補足率は 90% 程度で 追跡脱落は他府県への転出が主な要因である がんの罹患についても これまでは都道府県のがん登録事業で把握されたがん登録者ファイルとコーホートの研究参加者ファイルとを突合させて がん罹患の有無を把握していた 都道府県単位で行っているため 他都道府県に転出してその先でがんに罹患した場合は突合しても分からない状況にあった 2013 年 12 月に がん登録推進法 が可決 成立した そのため 2016 年 1 月以降にがんに罹患した人については 国立がん研究センターの 全国がん登録データベース で把握が可能になる これと突合することで 漏れなくがんの罹患については把握が可能となり 大きな改善点となる がん登録事業については NPO 法人地域がん登録全国協議会 が技術的な支援を行っており 2016 年以後のコーホート研究 バイオバンクにおける研究参加者の その後のがん罹患をどのように効率的に把握するかについて検討されている がん罹患情報の把握はこの他にも コーホート研究実施機関によって レセプト調査など独自の方法を用いている所もある 研究サイトによっては糖尿病や循環器疾患に興味のある研究者が主導している場合もあり 独自研究として そのような疾患をアウトプットとした追跡調査を行っている 具体的には地域の主要な医療機関にカルテ調査等で入り 該当の疾患に罹患していないかどうかを独自に把握している (5) 現時点での調査解析状況コ-ホート研究の場合 追跡調査の結果を見てアウトカムが出てくるまでには数年から十数年がかかる 現時点では ベースライン調査で得た生活習慣情報と生体試料を解析した 横断研究 や初回採血後早期 (2 年以内 ) の発症症例から早期診断に利用できる生体指標を探索する 発症前診断研究 を行ってきており 多数の成果が上がってきている 3) (6) 生体試料の管理研究協力者より採取した血液は各コーホート研究グループにて匿名化され分離調整処理されたのち 各コーホート研究グループ及び中央事務局にて-80 にて保管管理される ( 図 4) 最近では 後述のようにこれら生体試料を外部研究との研究支援に利用する動きもある

148 第二章 我が国のコホート研究 図4 生体試料の管理 J-MICC ホームページより 3 今後の展望 1 他コーホート研究やバイオバンクとの連携 ここ 2 3 年 全国のゲノムコーホートが連携することで 国内での横断的研究組織体 制を構築する動きが加速している J-MICC と国立がん研究センター 多目的コホート研 究 Japan Public Health Center-based Prospective Study JPHC study は 将来的 なデータ統合を目指しており 調査票の統合ができるか 統合する場合どのようなキャリ ブレーションが必要かを検討中である 具体的には 調査票の中でも統合が難しい食物摂 取頻度調査 食事記録調査 調査対象者が何をどれだけ食べ どのような栄養素を取って いるかを把握する調査 やその他調査について 現時点ではそれぞれ別の調査票を用いて いるが データを統合する際の比較が可能か 統合の際に係数をかけて同じ量とみなして 解析することが可能か等を検討している また 2013 年度からは バイオバンクジャパンから提案を受け J-MICC JPHC 東 北メディカル メガバンクにおいて 一般健常人のコーホート研究参加者について DNA を用いた GWAS 解析を理化学研究所の協力のもと行っている 合計 3 万数千人分の GWAS 解析のうち J-MICC は 1 万 4 千人強分の研究参加者の DNA を GWAS 解析に寄与した バイオバンクジャパンはがんや循環器疾患をはじめとする 47 疾患の患者試料を持ってい るため 3 つのコーホートから提出された一般健常人をコントロールとして用い 症例対 照研究を行っており 現在解析が進んでいる さらに 山形大学グローバル COE プログラム 分子疫学の国際教育研究ネットワーク の構築 コーホート 1 万 5 千人については 2011 年に また 慶応義塾大学が山形県鶴岡

149 第二章 我が国のコホート研究 市で運営している 鶴岡みらい健康調査 鶴岡メタボロームコホート研究 1 万人につい ては 2012 年に それぞれ J-MICC との連携の覚書を締結した 山形大学グローバル COE プログラム及び慶応義塾大学 鶴岡みらい健康調査 は J-MICC より後にコーホート研 究を始めたため J-MICC が使用している調査票を提供しているので 同じ調査を行うこ とで将来的にデータの統合解析が可能となっている 2 生体試料を用いた研究支援 2010 年度からの活動内容に 外部研究機関に生体試料を提供するというバイオバンク的 な機能を追加し 生体試料を用いた外部への研究支援を行っている 具体的には J-MICC の各研究サイトと研究支援を希望する外部研究機関との共同研究の形となり 研究の申し 出に賛同した研究サイトが担当することになる 手続きとしては 名古屋大学中央事務局 に共同研究のコーディネイター的役割をもたせ J-MICC 共同研究促進委員会で研究の必 要性 重要性 実施可能性等を検討後 共同研究希望者と 研究事務局が選定したマッチ ング候補サイト間でやり取りし 共同研究が開始される 図5 1 つのサイトだけではサ ンプル数が足りない場合は 複数のサイトが集まり共同研究の形で支援をすることもある さらに 今後は 民間企業との共同研究も進めていきたい とのことであった 図5 生体試料を用いた研究支援 J-MICC ホームページより

150 第二章我が国のコホート研究 4. 執筆担当者所感コーホート研究は 数と追跡調査が重要なファクターであると考える その観点から考えると J-MICC Study は すでに 10 万人ものリクルートを完了し 現時点で 10 年間にわたって 90% 程度の追跡率をもって継続されてきていることは大変貴重な先駆的なコーホート研究であると言える さらに 住民健常人コーホート研究でありながら 一地方集約型ではなく 多施設共同研究の形をとっていることもあり その結果 日本の広範な部分をカバーする住民コーホートとなっている点も特徴であると考える コーホート研究は追跡調査に 20 年 30 年と時間がかかる その間に科学の進歩によっては 必要な測定項目や測定方法等も進化していくのではないかと考えられる コーホート研究は 20 年 30 年の時間の先を見据えた初期計画 組織体制が非常に重要であると思われた また 生体試料の保存は コーホート研究にとっては 20 年後 30 年後 科学的進歩の面から再測定できるよう十分な検討がなされる必要がある 環境情報を伴った生体試料は非常に貴重であり これら生体試料の保存 保管もコーホート研究の重要な役割であると感じた J-MICC Study は その先駆的な研究の経験は 今後 新たに開始されるコーホート研究に生かされるべきであり また 今後さらに他コーホート バイオバンクとの連携が図られるようであるので オールジャパンの共同研究コーホートの核となっていくことが期待される コーホート研究は 20 年 30 年と追跡することに意味があるわけであるが 一方 20 年 30 年にわたる安定した予算の確保が大変困難であることが問題であると聞く 是非とも長期的視点にたって 当初計画した期間の追跡調査を完遂して欲しいものである 参考文献 1) Tanaka H. Advances in cancer epidemiology in Japan. Int J Cancer ) J-MICC ホームページ : 3) 研究成果 (2014 年以降の J-MICC の英文論文を抜粋 ) 1 Hara M, Nakamura K, Nanri H, Nishida Y, Hishida A, Kawai S, Hamajima N, Kita Y, Suzuki S, Mantjoro E M, Ohnaka K, Uemura H, Matsui D, Oze I, Mikami H, Kubo M, Tanaka H. Associations between hogg1 Ser326Cys polymorphism and increased body mass index and fasting glucose level in the Japanese general population. J Epidemiol Katsuura-Kamano S, Uemura H, Arisawa K, Yamaguchi M, Hamajima N, Wakai K, Okada R, Suzuki S, Taguchi N, Kita Y, Ohnaka K, Kairupan T S, Matsui D, Oze I, Mikami H, Kubo M, Tanaka H. A polymorphism near MC4R gene ( rs ) is associated with serum triglyceride levels in the general Japanese population: the J-MICC Study. Endocrine Hishida A, Takashima N, Turin T C, Kawai S, Wakai K, Hamajima N, Hosono S, Nishida Y, Suzuki S, Nakahata N, Mikami H, Ohnaka K, Matsui D, Katsuura-Kamano S, Kubo M, Tanaka H, Kita Y. GCK, GCKR polymorphisms and risk of chronic kidney disease in Japanese individuals: data from the J-MICC Study. J Nephrol

151 第二章我が国のコホート研究 4 Hishida A, Wakai K, Naito M, Suma S, Sasakabe T, Hamajima N, Hosono S, Horita M, Turin TC, Suzuki S, Kairupan TS, Mikami H, Ohnaka K, Watanabe I, Uemura H, Kubo M, Tanaka H. Polymorphisms of genes involved in lipid metabolism and risk of chronic kidney disease in Japanese cross-sectional data from the J-MICC study. Lipids Health Dis Nishida Y, Higaki Y, Taguchi N, Hara M, Nakamura K, Nanri H, Imaizumi T, Sakamoto T, Horita M, Shinchi K, Tanaka K. Objectively measured physical activity and inflammatory cytokine levels in middle-aged Japanese people. Prev Med Shimanoe C, Otsuka Y, Hara M, Nanri H, Nishida Y, Nakamura K, Higaki Y, Imaizumi T, Taguchi N, Sakamoto T, Horita M, Shinchi K, Tanaka K. Gender-specific associations of perceived stress and coping strategies with C-reactive protein in middle-aged and older men and women. IJBM Sugimoto Y, Wakai K, Nakagawa H, Suma S, Sasakabe T, Sakamoto T, Takashima N, Suzuki S, Ogawa S, Ohnaka K, Kuriyama N, Arisawa K, Mikami, H, Kubo M, Hosono S, Hamajima N, Tanaka H. J-MICC group. Associations between polymorphisms of interleukin-6 and related cytokine genes and serum liver damage markers: a cross-sectional study in the Japan Multi-Institutional Collaborative Cohort (J-MICC) Study. Gene

152 第二章我が国のコホート研究 (8) オーダーメイド医療の実現プログラム / バイオバンクジャパン ヒアリング先 : 理化学研究所統合生命医科学研究センター 疾患多様性医科学研究部門 久保充明副センター長 要約 オーダーメイド医療実現プログラム は 医療現場で一人ひとりの体質に最適な医療を実現することを目的に 文部科学省の委託事業として理化学研究所 ( 以下 理研 ) と東京大学医科学研究所 ( 以下 東大医科研 ) を中心に 2003 年にスタートした 第 1 期 (2003~ 2007 年 ) では 47 疾患を対象に約 20 万人の患者の DNA 血清及び臨床情報を収集しバイオバンクジャパン ( 以下 BBJ) の基盤整備を行なった 第 2 期 (2008~2012 年 ) では BBJ で収集した試料の全ゲノム解析による基礎研究を実施し 235 論文を発表 280 個の新規疾患 薬剤関連遺伝子を同定した 3つの薬剤関連遺伝子については 薬効または副作用を指標に臨床研究を行ないそれらの有用性を検討した 現在は第 3 期目 (2013~2017 年 ) に入り 基盤の拡充 応用研究及び基礎研究の発展のため 第 1 期の患者の追跡調査とともに新たに 38 疾患を対象に 10 万人の試料収集を開始している また 疾患の発症には遺伝要因だけでなく環境要因も関与しているため 他バンクや住民コホートとも連携しつつ 本プログラムの目的であるオーダーメイド医療の実現を目指している 1. はじめに製薬企業は薬を開発するに当り 動物実験により人での投与量を推定し 臨床試験で効果 副作用及び投与量を検証している しかしながら 薬に対するヒトの反応には個体差があり 動物試験の結果から得られた投与量では薬効を示さない あるいは副作用が出現する等の患者が存在することが経験されている これらの原因は代謝酵素やトランスポーターなどの吸収 排泄にかかわる蛋白質の違いによることが報告されており 患者一人ひとりのゲノムの違いに起因していることが考えられる 医療現場において 患者一人ひとりの最適治療を目標とした研究が理研と東大医科研を中心に オーダーメイド医療実現プログラム 1) として 現在行われている そのプログラムリーダーである理研統合生命医科学研究センター副センター長久保充明先生に現在までの活動内容 成果 及び今後の活動内容をお聞きした 2. 目的及び概要 オーダーメイド医療実現プログラム は 一人ひとりの遺伝情報を調査することにより 医療現場で一人ひとりの体質に最適な医療を実現することを目的に 文部科学省の委託事業として 2003 年にスタートした ( 図 1) 2003 から 2007 年度までの第 1 期では BBJ の基盤整備を行った 2008~2012 年度までの第 2 期では BBJ のサンプルを用いた全ゲノム SNP 解析による疾患遺伝子及び薬剤応答関連遺伝子解明の基礎研究を行った 現在 2013~2017 年度までの第 3 期では 基盤の拡充 基礎研究とともに薬剤関連遺伝子の応用研究 他バンクとの連携を行っている

153 第二章 我が国のコホート研究 図1 オーダーメイド医療実現化プロジェクト 理研 久保充明氏提供資料 3 実施体制 本プログラムの実施体制を図2に示す 文部科学省の下に トップの意思決定機関とし ての推進委員会 その下にプログラム運営会議があり 実働部隊として東大医科研内の BBJ と研究中核組織がある 研究組織は理研と東大医科研が中心となりゲノム解析を推進 するとともに 他の研究機関とも共同研究を推進している 推進委員会と独立してゲノム 研究の倫理面を担当する Ethical, Legal and Social Issues ELSI)委員会及び バイオバ ンクのサンプルの外部配布時の審査を行う試料等配布審査会がある 図2 オーダーメイド医療実現化プロジェクト 実施体制 理研 久保充明氏提供資料

154 第二章 我が国のコホート研究 本プログラムには 全国各地に 50 以上の施設を含む 12 の協力医療機関がある 図3 それらの医療機関でインフォームド コンセントを取得後採集された試料が BBJ に保管さ れ 臨床データと共に管理されている 図3 協力医療機関 理研 久保充明氏提供試料 4 BBJ 1 概要 BBJ では 第 1 期に図4 5に示すように 47 疾患を対象に約 20 万人の患者及び約 34 万の症例を登録し DNA 血清 臨床情報を収集した 現在の呼称は第 1 コホート 疾 患には高脂血症 糖尿病 脳梗塞などの循環器 代謝疾患や 大腸がん 乳がん 前立腺 がんなどの一般的な疾患の多くが含まれる 第 2 期では 第 1 コホート登録患者から引 続き血清と臨床情報を収集し その内 15 万人については 現在も生存調査を行っている 第 3 期 2013 年からは第 2 コホートとして脳出血及び精神疾患である認知症 うつ病を新 たに加え 38 疾患を対象に 10 万人を目標として DNA 臨床情報を収集している 図6) 2014 年時点で 2 万数千人の試料を採集している また 2005 年から公的バイオバンクと して 外部機関へ試料を配布している2-148 -

155 第二章 我が国のコホート研究 図4 バイオバンクジャパンの研究基盤整備 理研 久保充明氏提供資料 図5 バイオバンク登録症例数(第1コホート) 理研 久保充明氏提供資料

156 第二章 我が国のコホート研究 図6 第 2 コホートの対象疾患 理研 久保充明氏提供資料 2 DNA バンク 東大医科研内にあり 室内温度は 4 に設定 また 2 次元バーコードですべてのチュー ブを管理する装置が導入され 自動でのチューブの出し入れ 確保が可能となっている 3 血清バンク 東大医科研の地下にあり 47 台の液体窒素タンクが設置されている 血清は同一患者か ら毎年採集しており のべ 67 万人分が 150 で保管されている 4 臨床情報の管理 医療機関のカルテ情報から BBJ の調査票に必要な項目を抜き出し 入力システムに入力 している これらの情報は 機関内の閉鎖ネットワーク内サーバーに蓄積され 年 1 回の 匿名化処理後回収され統合臨床データベースに取り込まれている 即ち 患者の暗号番号 は医療機関と BBJ では異なっている(1次匿名化) また 理研や東大医科研などの研究機 関に試料が提供される場合にも 乱数番号化(2 次匿名化システム)し 個人情報を保護して いる 図7-150 -

157 第二章 我が国のコホート研究 図7 ゲノム解析における試料 情報の流れと個人情報保護の仕組み 理研 久保充明氏提供資料 5 外部機関への試料配布 2005 年より公的バイオバンクとして 外部の研究機関 企業へ試料を配布するようにな った2 試料配布の流れとしては ①解析対象試料を事前に問い合わせた後申請 ②試料 配布審査委員会及び倫理委員会での審査 承認後契約 ③試料配布 請求書受領 支払 ④研究終了後 成果報告書を提出 である 論文等で公表する場合には BBJ 試料である ことを記載する必要がある 研究により得られた知財権は企業または研究機関所有となる 現在までに大学 研究機関に 25 件 企業 14 件に試料を配布している 費用は1試料当た りアカデミア 5,000 円 企業 10,000 円である 6 バイオバンクとしての特徴 バイオバンクは 大きくは一般地域住民を対象とした住民コホートと疾患をベースにし た患者バンクに分けることができる 患者バンクは 更に 患者コホート型と試料集積型 に分けられる BBJ の特徴は生存患者から試料を収集し 住民コホートと同様に患者を追 跡調査して情報収集していることである 世界の主なバイオバンクとの比較では 欧州にバイオバンクは多く 特に Biobanking and Biomolecular Resources Research infrastructure BBMRI という大きなバンクの ネットワークが形成されている しかし 住民バンクが多く BBJ のような患者バンクは 数少ない

158 第二章我が国のコホート研究 5. ゲノム解析とその応用 (1) 方法第 1 期 第 2 期を通して Genome Wide Association Study(GWAS; ゲノムワイド関連解析 ) を行っている すなわち ある疾患を保持する患者と保持しない人を対象に 一人あたり 50 万か所の Single Nucleotide Polymorphism(SNP; 個体間においてゲノム DNA 上の 1 塩基が異なる現象 ) のタイピングを行い 病気と関係する遺伝子を探索している (2) 成果第 2 期に BBJ で第 1 期に収集した試料の GWAS 解析による疾患遺伝子及び薬剤関連遺伝子解明の基礎研究を行なった 2013 年までに 258 個の新規疾患関連遺伝子及び 22 個の薬剤関連遺伝子の計 280 個を同定し 235 論文を発表した 例えば 関節リウマチ患者 10 万人以上の GWAS 解析により 101 個の疾患感受性遺伝子領域が同定され その結果と生物学的データベースを用いた遺伝子 タンパク質の相互作用のネットワーク解析結果により 同定遺伝子と現在使用されている TNF IL6R JAK に対する薬剤との関連を見出すことができた 3) さらに CDK4 などの遺伝子の関与も見出され これらに対する薬剤のリウマチ治療薬としての Drug repositioning の可能性が示唆されている (3) ゲノム情報を用いた医療応用の最近の動向米国では遺伝子検査による疾患発症リスク診断は中断しているが 遺伝性疾患 ダウン症の出生前診断といった医療応用が新聞紙上を賑わせている 女優アンジェリーナ ジョリーの両側乳房切除により有名となった BRCA1 変異による乳がんはほぼ 100% 発症する 一方 一般的な乳がんでは なりやすい遺伝子型を保持していても発症するとは限らず 遺伝性疾患と多因子疾患では ゲノム情報が持つ影響力には大きな違いがある がんの分子標的薬の選択では EML4-ALK に対する分子標的薬が上市され脚光を浴びている また 原因不明の疾患に対する全エクソンシークエンス解析による原因遺伝子同定が米国や欧州で広がっている (4) 遺伝要因と環境要因ゲノム情報から個人の身長 太りやすさ 病気のなりやすさ 治療効果 薬の副作用などが推定できるが これらには多くの遺伝子が関係している 例えば 糖尿病 リウマチ等の疾患では 50~100 の関連遺伝子が同定され これらは遺伝要因の 2~5 割を説明できるが これは逆に まだ発見されていない遺伝要因が多数存在することを意味している また 一般的な病気のなりやすさは 遺伝要因だけでなく環境要因が関係している 遺伝的リスクは一生変わらないが 環境要因は千差万別であるため 個人の体質を考慮したオーダーメイド医療 予防の実現には 3つの条件 遺伝 環境要因の解明 ( 全ての関連遺伝子をみつける 環境との関係を調べる ) リスク予測 ( 遺伝 環境リスクを用いて将来を予測する ) 及び リスクに応じた介入 ( 遺伝リスクの高い人に対する治療法や予防法を見つける ) の確立が必要である

159 第二章我が国のコホート研究 (5) コホート ( 長期追跡 ) 研究との連携住民コホート研究では 大規模な集団の長期間にわたる健康診断や質問票調査を行なうことにより 遺伝要因が疾患の発症に及ぼす影響やそれらを修飾する生活習慣などの環境要因が明らかになり 疾患発症リスク算定 予防法及びそれによる疾患発症率低下の評価が可能となる オーダーメイド医療 予防の実現の 3 条件確立のために コホート研究との連携は重要である (6) 予防のための早期診断への応用早期診断は罹患早期に変化する事象を捉える必要があり 種々のバイオマーカーが利用されている 遺伝情報は基本的に一生変化しないので 早期のバイオマーカーとしては利用できないと思われる 一方 DNA のメチル化の変化や関連遺伝子の遺伝子産物やその調節蛋白質がバイオマーカーになる可能性は考えられるが まだ基礎研究段階で確立されていない 6. 臨床現場での適用 本プロジェクトで同定された次の 3 つの薬剤関連遺伝子を用いて 2011 年より臨床介入 研究が開始され 既に一部で期待する結果を得ている (1) カルバマゼピン誘発薬疹のバイオマーカー (HLA-A*31:01) ゲノム解析の結果 HLA-A * 31:01 を保持する人が保持しない人に比べカルバマゼピンによる薬疹発症率が約 10 倍高く また 薬疹を発症した人の約 6 割が HLA-A * 31:01 を有していた 臨床研究において HLA-A * 31:01 陰性患者にはカルバマゼピン 陽性患者には代替薬を 8 週間投与したところ 一般的な薬疹発症率 3~5% に対し 1.6~1.8% と約半分の発症率となった (2014 年 8 月末での途中経過 ) (2) ワルファリン維持投与量のバイオマーカー (VKORC1,CYP2C9) ワルファリンの活性に VKORC1 CYP2C9 遺伝子が大きな影響を及ぼすことが知られている ワルファリンの維持量を決めるためには 1 週間ごとに International Normalized Ratio(INR) を測定し用量を調整する 臨床研究では 遺伝子検査群と標準治療群に分け 維持量に到達する期間を 2 4 及び 8 週で比較したところ 遺伝子検査群のほうが標準治療群に比べ到達までの期間が有意に短い結果となった (3) タモキシフェン有効性のバイオマーカー (CYP2D6) 乳がんに使用されるタモキシフェンはその薬効発現に CYP2D6 遺伝子の活性が重要であることが知られている CYP2D6 遺伝子は多型を有し 欧米人では酵素活性がゼロとなる型が多い 一方 日本人の患者では正常型が約 3 割 低下型が約 7 割であった 現在 正常患者では 20mg 活性低下型患者ではランダム化し 20 及び 40mg で治療効果を比較検討している 目標症例数 260 例で 2014 年 8 月末までに 84 症例の登録を終了している

160 第二章我が国のコホート研究 7. 今後の活動計画 (1) 疾病克服に向けたゲノム医療実現化プロジェクト疾病克服に向けたゲノム医療実現化プロジェクトは 我が国の健康医療戦略の一つとして 文部科学省と厚生労働省が連携し がんや生活習慣病などの疾患克服に向けたオーダーメイド ゲノム医療の実現 を目標に 2015 年 4 月にスタートする このコンセプトは本ブログラムのものと基本的に変わらない 研究 基盤整備においては バーチャルメガ バイオバンク及びセントラルゲノムセンター (CGC) の構築または設置が計画され それぞれに BBJ と理研が入っている バーチャルメガ バイオバンクには BBJ だけでなく National Center Biobank Network (NCBN) 東北メディカルメガバンク( 東北 MMB) も入っており ここで集められる情報や試料を用いて セントラルゲノムセンターで大規模ゲノム解析を行ない医療応用できるゲノム情報を抽出する 抽出されたゲノム情報を利用してメディカルゲノムセンター (MGC) で臨床研究 治験を行いゲノム情報の有効性を確認し 発症予防 予測診断 適正治療を実現 疾患を克服する という構想である (2) 日本人の疾患 薬剤関連遺伝子研究データベースの構築 ( 本プログラムでの取組み ) BBJ は第 1 コホートで 47 疾患 約 20 万人の臨床情報及び 95 万か所の SNP 情報を得るとともに 過去 10 年間 臨床情報を年 1 回追跡調査して収集し 疾患及び薬剤に関する情報をデータベース化している 更に その 15 万人については年 1 回 生存 死亡情報を継続して収集しており 20 万人のゲノム情報 臨床情報及び追跡情報がセットになった大きなデータベースを構築している 2013 年に 国内の 3 つのコホート (J-MICC 研究 JPHC 研究 東北 MMB) の協力により約 35,000 人の試料提供を受け SNP 情報を取得し 大きなデータベースを構築している ( 図 8) これらの日本人の遺伝子データベースを用いることにより 複数の疾患 病態別疾患関連遺伝子解析 複数疾患で使われる薬剤関連遺伝子解析及び合併症や予後の関連遺伝子解析が可能になり オーダーメイド医療 予防の実現のための研究が進むと期待できる

161 第二章 我が国のコホート研究 図8 日本人の疾患 薬剤遺伝子研究データベースの構築 理研 久保充明氏提供資料 3 研究基盤の拡充 ①ゲノム解析部門 DNA 解析のため 次世代シークエンサーの増強を行っている 2014 年末までに 理研 で 15 台 東大医科研では 5 台が整備される ②BBJ DNA バンクの収容能力はこれまでの 100 万本のままであるが 血清 血漿バンクでは 液体窒素タンクが 11 台増え 収容能力は 330 万本に増強される 2015 年春には 液体窒 素タンク 12 台 48 万本の収容能力を持つ組織バンクがスタートする 4 全ゲノムシークエンス解析 2013 年 10 月より薬疹 がん 循環器疾患を対象に遺伝的関与が大きいと推定される症 例を計 1,000 例選択し全ゲノムシークエンス解析を開始し終了した 現在データ解析中で ある 今後日本人のゲノム参照配列を決定し 遺伝子多型データベースを作成する そう することにより 既に保持している 20 万人のデータベースから全ゲノム上の頻度の高い SNP を網羅的に推定することが可能となり すべての遺伝子多型を対象とした疾患 薬剤 関連遺伝子研究を進めることができるようになる 5 初期インフォームド コンセント逸脱への対応 第1期では全ゲノムシークエンス解析がインフォームド コンセントに含まれていなか ったため 第3期では全ゲノムシークエンスを前提としたインフォームド コンセントを 取得している 第1期については 東大医科研及び理研の倫理委員会を通した上でシーク エンス解析ができるようにしている

162 第二章 我が国のコホート研究 6 ゲノム医療実現に向けた新たな研究推進戦略 本年度 文部科学省が主導する ゲノム医療実現に向けた新たな研究推進戦略 に沿っ て活動を拡大している BBJ 内で 2015 年春にスタートする組織バンクは 日本病理学会 と共同して組織試料の収集に関する品質管理手順の標準化を進めている 来年には組織取 扱規定が制定され 研修会も開始される予定である また BBJ は NCBN National Hospital Organization NHO 国立病院機構 Japan Clinical Oncology Group (JCOG 日本臨床腫瘍研究グループ) 及び Japan Children s Cancer Group (JCCG 日本小児が ん治療研究グループ)と連携し それぞれの組織で実施される臨床研究のサンプルをバンキ ングするとともに 既存の臨床研究において各研究グループが保管している試料を用いた ゲノム解析を実施し 臨床研究推進のための研究も進めている 8 遺伝(ゲノム)情報を用いた医療 予防の将来像 今後 疾患遺伝子だけでなく環境因子 臨床情報が蓄積され 最終的には遺伝情報から 推定される疾患リスク 治療リスク及びその対処法がデータベース化される 図9 この データベースが国の共有財産として活用されれば 個人のゲノム情報 健康診断情報 臨 床情報のインプットによる個別化医療 個別化予防が可能になる 図9 遺伝(ゲノム)情報を用いた医療 予防の将来像 理研 久保充明氏提供資料 9 執筆担当者所感 300 近くの疾患及び薬剤関連遺伝子が同定され 患者の臨床情報も追跡 蓄積されてい る 更に 38 疾患 10 万人の患者のゲノム解析が進められている このような状況から 本プログラムの目的である 医療現場で一人ひとりの体質に最適な医療を実現 が近い将

163 第二章我が国のコホート研究 来のことと期待されたが 実際には遺伝性疾患以外の疾患は多因子疾患で遺伝要因と環境要因に拠っているため 一朝一夕には実現しない 今後これら要因の解析に時間がかかり 数十年単位の期間が必要であると思われる また 欧米人 アジア人 日本人の間には人種間で遺伝的な隔たりがあることもゲノム解析により判明しており 国レベルでのプロジェクト化の必要性を実感した 本プログラムで今後も多くの疾患 薬剤関連遺伝子が同定されると思われるが 患者の追跡調査 長期間の住民コホート研究による一般人の環境及び遺伝要因の解析結果も合わせて評価し 本プログラムが早期に実現することを期待する 参考文献 1) 2) 3) Genetics of rheumatoid arthritis contributes to biology and drug discovery. Okada A et al. Nature 506(7488), (2014)

164 第二章我が国のコホート研究 第 2 節コホート研究の実施 運営上の課題 (1) コホート研究における諸課題 ヒアリング先 : 北海道大学大学院医学研究科社会医学講座公衆衛生学分野 玉腰暁子教授 要約国内では以前より多くのコホート研究が実施されているが 近年では 10 万人を超すような大型のコホート研究も国からの研究費の援助の下でいくつか進められ 多くはゲノム情報を取り扱うゲノムコホート研究となっている コホート研究を成果に結び付けるにはそのデザインが重要で 特にベースラインで取っておくべき情報とアウトカムとして取得する情報 及びその組み合わせについて十分検討を重ねる必要がある コホート研究で得られる生体試料と臨床情報は 将来の他のコホート研究や医学研究に重要なものになるので 広範な同意を取得するなど倫理面の対応を取り 個人情報を適切に管理することが必要となる 1. はじめにコホート研究は 調査対象となる集団から調査開始時点の生活習慣情報や検査値 生体試料を収集し その後に発生する疾病や死亡等との関連を検討する研究である さらに ゲノムコホート研究は生活習慣情報に加えて体質情報としてゲノム情報も用いるものであり 健康障害への影響を生活習慣と体質を組み合わせて検討することが可能になる そのため 疾病予防のための生活習慣等が個々人の体質 ( 遺伝子 ) 別に明らかになることが期待される 一方でゲノム情報は究極の個人情報と言われているのみならず 疾病の予測可能性があることから差別につながるなどの問題もあり その取り扱いには十分な注意が求められ 現在 国内では ヒトゲノム 遺伝子解析研究に関する倫理指針 と 疫学研究に関する倫理指針 ( 臨床研究に関する倫理指針 と併合の上 改訂された 人を対象とする医学系研究の倫理指針 として 2015 年 4 月より施行される予定 ) を遵守して研究が進められる コホート研究の実際の運営や実施する上での課題について 国内のコホート研究の網羅的な調査を行われたことがあり 1) 生命倫理的な対応面についても詳しい 2) 北海道大学大学院医学研究科社会医学講座公衆衛生学分野 玉腰暁子教授にお話を伺ったので報告する 2. コホート研究の概要コホート研究の特徴は 開始時点で先にいろいろな情報 ( 要素 ) を取っておけば 後でどのようなエンドポイントを拾うのかでいろいろな組み合わせができることにあり 最初に情報を取らなかった場合は価値が大きく低下する 最近は 調査票情報だけではなく 生体試料を取って測定をする あるいは 試料を取っておいて時間が経ってからアウトカムで出てきたケースとコントロールに対して振り返って Nested Case Control study

165 第二章我が国のコホート研究 (NCCS) を実施するという形の研究も出ている この時 ゲノム情報を使えばゲノムコホート研究となる ゲノム情報だけでアウトカムを見るのであれば横断研究で実施可能である 一方 コホートで実施する場合には生活習慣の情報 ( 例えば喫煙 飲酒など ) と遺伝子情報とを組み合わせることに意味が出てくるが そのためには かなりの人数で実施しないと差を検出することは難しい 3. コホート研究の実施状況我が国では これまで多くのコホート研究が実施されている 久山町研究は元来 循環器系の研究であるが 規模はそれほど大きくなく 今でも約 7,000~8,000 人が対象である 早くから開始された他のコホート研究では あまりコホートということを意識せずに自治体と協力して情報を集めているうちに コホートに発展したというケースも多い これまで実施された国内コホート研究の大部分は 脳卒中など発症頻度の高い疾患を対象とするコホート研究が多く それほど規模も大きくないため 研究費の面でも実施しやすかったと考えられる また コホート研究を行う中で 減塩指導や健康指導を実施することにより 発症や死亡が減ってきたという成果が出ているケースもある 介入の側面が生じるとは言え このようにコホート研究活動が地域住民の疾病の予防に結び付けられると良いが 近年 コホート研究が大型化するにしたがって 成果の地域住民への還元に手が届かなくなってきている かつてのコホート研究は疾病予防などで成果を挙げてはいたものの 地域との協力関係の中で住民のためにという意識が強かった上 倫理に対する指針も無かったこともあり 対象者のデータを使っているという意識は希薄で インフォームド コンセント (IC) について配慮が必要だと感じている研究者も少なかったなど 現在から振り返ってみれば 種々の問題があった JACC Study(The Japan Collaborative Cohort Study for Evaluation of Cancer Risk) は文部科学省の補助金で運営されてきた 10 万人規模のコホート研究であり がんや生活習慣が研究対象であった この研究は 名古屋大学の青木國雄教授 ( 当時 ) が始め その後 3 代目を玉腰氏が引き継いでいる 開始当時 (1980 年代 ) としては画期的に 共通の IC 取得を原則としたものの 実際の対応は施設の判断に委ねられた 24 施設 45 地区 約 10 万人が対象で それぞれの地域との関係で実施していた研究をベースにしてデータが集められた 多目的コホート研究 JPHC (Japan Public Health Center-based Prospective Study) は JACC の少し後の 1990 年から始まっている JPHC ではデータ収集が保健所ベースとなっており 統一的な情報収集方法が採用された JPHC の後 2005 年にスタートした日本多施設共同コホート研究 J-MICC(Japan Multi-Institutional Collaborative Cohort Study) は 生活習慣と遺伝体質の関係を調査するコホート研究となっている 10 万人を目標に始め 既に登録数は目標を達成した この時代になると個人情報保護法が発効し 指針も作成されるようになり IC には各施設がかなりの人力を割いている J-MICC も 11~12 か所が協同して実施している研究で それぞれの施設で そのための人を雇用してマニュアル通りのプロセスを経て 進められている JACC Study と同様 補助金で運営されているが 補助金自体が 5 年サイクルで見直されることから その都度 評価を受けている

166 第二章我が国のコホート研究 最近では 次世代多目的コホート研究 JPHC-NEXT が 2012 年に始まっている JPHC の第 1 期 第 2 期の後 少し間が空いて JPHC-NEXT がスタートした この研究のための予算は事業費として下りてきている ここでも生活習慣と遺伝の関係を見ており J-MICC と近い状況となっている このようにコホート研究といっても開始時期や目的によって規模も違い 研究費の性格も異なる さらに 社会の意識や実際に従うべき指針も違っている 4. 適切なアウトカムの収集に向けてコホート研究とは正確にベースライン情報を集めて時間をかけてアウトカムを取っていく研究であり アウトカムを追えないものは脱落となり この割合が高いと結果に偏りが生じる恐れがある アウトカムの項目や追跡方法によっては 脱落無しということもありうる 例えば生死だけをアウトカムにするのであれば 戸籍を使って追いかけていけば 基本的には限りなく脱落をゼロにできる 通常は戸籍そのものではなく 死亡小票で死因まで調べることになるが それを請求する範囲に対象者が居ないと追うことができず 多くのコホート研究では 市町村から転出した場合は脱落扱いとしている 今後は がん登録について全国で同じ登録方法が広がる 都道府県を越えて いかにうまくデータを集められるようにするかなどが課題とされている コホート研究を実施している研究者にとって 脱落をなるべく小さくしたいと思うのは共通で 研究のデザインについては十分な工夫が必要となる 5. ベースライン情報ベースライン情報は 研究者の関心により選択される ここで何を取るかということもそのコホート研究の特徴となる 例えば エコチル調査 ( 子どもの健康と環境に関する全国調査 ) は 赤ちゃんがお母さんのお腹の中にいる時から 13 歳になるまで健康状態を定期的に調べる出生調査である その目的は 子どもの成長や健康に影響をあたえる 環境要因 を探し 解明していくことにある J-MICC や JHPC-NEXT のように 遺伝子多型と生活習慣を調べるものもある 最近では ソーシャルキャピタルと言われているものと健康との関係を見るための情報を収集している研究もある ベースラインとアウトカムの組み合わせによっていろいろなテーマを検討できる しかし 時間がかかるので うまい仕掛けにしておかないと後から取得した情報では結論を出すのに不足するということも起きる 6. コホート研究の別の役割 重要であると考えられている事柄原発事故のあった地域や化学物質の汚染地域で 汚染発生前に戻って試料を調べ その後と比較することは通常できない しかし コホート研究では 開始時に一定のポピュレーションをベースに生体試料を集めていることが強みになる もともとのコホート研究の目的とは別に 何かあった時に基本データが提供でき ベースラインとして比較できるデータを持っていれば その数が多いのか少ないのかという議論ができる アウトカムの情報は正確に取る必要があり 例えば レセプト情報を本当にうまく使えるかというのは これからの課題である レセプト情報はその本来の目的から 必ずしも

167 第二章我が国のコホート研究 質が一定ではなく 使えるようになっても本当にアウトカムとして 疾病発症としてとらえてよいのかという疑問がある 一方で それらを使えなければ 罹患の情報を研究者が集めることは困難である 病院に出向いて情報を収集するとしても 1 か所の病院にだけ対象者がかかるわけではない 容易に使えるデータセットがあるということは 追跡を行うに当たって重要な点である 死亡小票も完全に正確な訳ではない 例えば 女性で前立腺がんによる死亡が出てきたり 子宮がんとの記載のため 残念ながら子宮頸がんなのか 子宮体がんなのかの区別がつかないという場合もある いかに正確に使えるデータがあり それぞれが容易に結合できて しかも 個人情報として適切な管理ができているということが コホート研究を推進するために非常に重要な条件となる 7. 倫理的配慮現在では コホート研究を立ち上げる場合 将来の研究も見据えた広範な同意の取得を含めて研究計画を立案することが重要である 新しい解析方法が出てくれば情報が増えるし また 他の研究機関と共同研究を実施するなどで対象者数を増やすこともあり せっかく集めた情報や試料を無駄にしないようにすることが大事である そのためには それに則して社会的な配慮ができるかどうかということが大きな課題であるとともに 別の所で得られた情報や試料をうまく利用できるような仕組みが必要である 成果を如何に社会に還元していけるかということは重要な課題である 多くのコホート研究の成果は これまで 何らかの生活習慣と病気との関係が判明した リスクがどの程度上昇した 等の結果であり 学術誌に発表される場合が多かったが 最近はもう少し一般の方にも内容や成果が分かるような形で報告しようという流れになってきている 最初に紹介したように 昔から実施されている研究では地域と密着していることによってうまく運営されると共に 成果も直に還元されていたと感じている研究者も多く 今後の課題である 8. 執筆担当者所感コホート研究により減塩指導など 国民の健康 長寿に貢献する研究成果が得られてきている 治療に重点を置いた医療行政は 高齢化社会の進展で限界が近づいており ゲノムコホート研究により予防につながる知見が蓄積されることが必要と思われる コホート研究の成功には 計画の緻密さとともに 参加率の高さと罹患情報の正確な把握が求められ 最終的な成果が出る基盤が整うまでに相当の年数がかかる 今後 高齢化社会の進展により 地域によっては 調査年齢の偏りが生じ ゲノムコホート研究の実施が困難になることも考えられる 地方でのゲノムコホート研究を活性化させるためには 現在政府が進めている地域活性化政策により若年者が地方に移住し 出生率が上昇することが必要となる ゲノムコホート研究の成果を基にした健康地域実現の取組みが活性化し それが全国に拡大していくことで 国民の健康と長寿に結びつくことを切に願う

168 第二章我が国のコホート研究 参考文献 1) 玉腰暁子 佐藤恵子 松井憲志 増井徹 丸山英二日本における地域住民対象中高齢者コホート研究の現状とゲノム時代の新たなコホート研究構築に向けての提言保健医療科学 : ) 玉腰暁子 : ゲノムコホート研究とバイオバンクにおける倫理的配慮とは 2014 年 3 月 28 日開催 オーダーメイド医療の実現プログラム シンポジウム 日本のゲノムコホート研究 バイオバンクの倫理的課題 - 信頼と責任を考える 記録集 P3~P

169 第二章我が国のコホート研究 (2) ゲノムコホート研究の技術的側面 ヒアリング先 : 東京医科歯科大学大学院環境社会医歯学難治疾患研究所 ゲノム応用医学部門分子疫学村松正明教授 要約ヒトゲノムプロジェクトが 2003 年に終了し 予想外に遺伝子数が少ないことが明らかとなった その後の数年間でマイクロアレイ等の技術により 数百万の遺伝子多型 (SNPs) のデータが蓄積されてきた さらに 2007 年疾患の表現型情報と SNPs 変異の膨大なデータを統計的に解析する GWAS がスタートした この方法により多くのありふれた疾患では 疾患原因遺伝子の変異に基づく従来の 1 遺伝子 =1 疾患 という概念ではほとんど説明ができず 疾患感受性遺伝子上の SNPs の変異が関係することが明らかになった また 一つの疾患の成り易さにおいても疾患同士 遺伝子同士等の関連も解析され 人種を超えて原因となる共通の遺伝子変異が同定された しかしながら 世界レベルでの解析が進んだ結果 同時に人種差による疾患と遺伝子の関係が異なることも明らかにされた こうした背景から日本における医療及び創薬開発には環境因子も含めた日本独自の多因子解析によるデータの蓄積が必要になり 現在のバイオバンクと連動するゲノムコホート研究の流れにつながっている この種の研究で共通して言えることは ベースライン調査 追跡調査を含め 医療に役に立つ成果が出るまでに数十年はかかる訳であるが その間 参加者に如何にしてそれを還元するかという点が課題となっている また 個人が疾患の成り易さを把握し 発症前に如何に回避できるかという観点から先制医療或いは 4P 医療というコンセプトが出てきている しかし 将来的な医療の発展からみると医療とヘルスケアの境界が判り難くなってくる可能性も出てくる この点を踏まえて今後のゲノム創薬 診断薬の将来像の方向性を検討していくべきである 1. はじめに現在 主に日常的疾患 (Common Disease) にフォーカスしたゲノムコホート研究が 乱立状態にある 地域住民参加型のものもあれば 100 万人規模で行おうとしているものもあり その形態は多様である この背景には ヒト全ゲノムの解読が終了してからすでに 11 年が経過し 現在まで 遺伝子数が 25,000~30,000 個 翻訳される遺伝子部分はわずか 2~3% で大部分は意義不明の部分であるということが明らかになったことがある さらに マイクロアレイ技術等の確立により ゲノムワイドな解析が可能になり 疾患と遺伝子の関係が一対一の対応では捉えられないことが次第に明らかになってきた その技術面及び解析面でのブレークスルーによって 現在の あるいは将来のゲノムコホート研究はあるべき方向に推進されていくと推定される また この技術的側面から今後どのような問題が浮かび上がってくるかということを推測することも重要である その辺りの突破口となるような技術的なコンセプトについて 東京医科歯科大学難治疾患研究所分子疫学研究室 村松正明教授にご意見を伺った

170 第二章我が国のコホート研究 2.GWAS の貢献 (1)GWAS のスタートヒトゲノム解読後 2007 年にゲノムワイド関連解析 (Genome Wide Association Study;GWAS) が始まったことは大きな展開点であった GWAS の概念は Science 誌における breakthrough of the year 2007 に選出された 2003 年にヒトゲノムの解読が完了し それから 3 年ほどかけて様々な SNP(Single Nucleotide Polymorphism) や SNV(Single Nucleotide Variant) 等のバリエーションに関する情報が蓄積された それが DNA チップ技術と一緒になり初めて強力なツールになったのが 2007 年であり Welcome Trust Case-Control Consortium(WTCCC) より 1) Nature 誌に GWAS の最初の画期的な論文が発表された (2) 多因子疾患のゲノムワイド関連解析 (GWAS) GWAS は DNA チップ上で多くの遺伝子多型に関する症例対照研究を一度に行うものである それまでは TaqMan Invader 等の方法でひとつひとつ遺伝子多型を解析していたが一挙にスループットが上がった GWAS は当初 数万 SNP 程度のレベルで行っていたが 現在では 100 万レベルの SNP を同時に解析することができる SNP では Polymorphism の定義上アレル頻度は 1% 以上の頻度のものを対象として扱うが 最近のチップはより頻度の低いバリエーションを乗せることができるようになった それが SNV(Single Nucleotide Variation) である さらに SNV をコモンバリアントとレアバリアントに分けることができる 図 1は横軸には 1 番染色体から 22 番染色体 X 染色体 Y 染色体と並べ 縦軸にはそれぞれの点 (SNP) が疾患と関連する有意水準 P 値の-log で示しており 上に行けば行くほどケースとコントロールとの遺伝子型頻度の差が大きいこと 即ち疾患との関連する確率が高いことを示している この図はマンハッタンプロットと呼ばれ ( マンハッタンの高層ビル群に似ていることから由来している ) 染色体の何処に疾患と関連する SNP があるかわかるようになっており ありとあらゆる多因子疾患で解析が行われている 2)

171 第二章 我が国のコホート研究 図1. ゲノムワイド関連解析 GWAS とマンハッタンプロット 東京医科歯科大 村松正明氏提供資料 3 単因子疾患から多因子疾患へ 単因子疾患は希少な遺伝子疾患であり 家系解析から責任遺伝子の発見に連鎖解析が有 効であったが 一方 多因子疾患では連鎖解析はあまり有効ではなく 関連解析が行われ ていた ここに GWAS 手法が確立されて 一般ポピュレーションの中での解析ができる ため圧倒的な速さで普及することができた その結果 p を有意水準とする 17 の表現型 心筋梗塞 糖尿病 リウマチ等 に対するローカス 座位 が発見され 多数の多因子疾患関連の SNV が同定された 図 2 しかし このような解析では数千人レベルのサンプルが必要であり 単一ラボレベルでの 解析は困難である また これまでそのほとんどが欧米の報告であったので 日本人のポ ピュレーションでも今後 SNV の同定が必要になってくる それまでは候補遺伝子検索法として 例えば糖尿病であればインスリン感受性等に関連 することが判明している遺伝子の多型を解析する方法で行っていた しかしこの方法は再 現性に問題が多く 欧米のデータを日本で再現することが出来ないものも多いことを経験 する ところが欧米で GWAS が報告されてきたものを日本人のコホートに当て嵌めると 遥かによく再現できることが明らかとなった これが技術的側面としての GWAS の威力 であり 2007 年以降のゲノムと多因子疾患との関連性の見方を根本的に変えさせたことは 非常に大きな出来事であった

172 第二章 我が国のコホート研究 図2 17 の表現型に対する関連 SNV の同定 東京医科歯科大 村松正明氏提供資料 4 GWAS の成果の応用の可能性 GWAS の成果により候補遺伝子 候補 SNP が多く分かってきており ゲノム創薬への 応用が考えられるようになってきた GWAS が始まった 2007 年から既に 7 年が経過して おり 創薬ターゲットは明らかになりつつあるが 未だ創薬に至っていないのが現状であ る その理由の一つとして 従来から単一の遺伝子を創薬の標的としてスクリーニングを実 施してきたが GWAS の疾患解析データにより その遺伝子を含む Pathway の重要性が 明らかになってきたことが挙げられる 例えば 糖尿病に関しては GWAS により 80 程度のリスク感受性遺伝子が見つかってい るが 何故その遺伝子が糖尿病に関連しているのかが不明なケースがよくある インスリ ンや関連酵素の Pathway に全く関連がない遺伝子が見つかり それらがインスリン分泌 不全などの表現型に連動していることが明らかとなってきた それを解明するためには 従来の創薬の基本的な考えから脱却した 新たなコンセプトによる創薬手法が必要になっ てくる 一方 遺伝子検査的な観点に立つと GWAS によって疾患リスク算出ができるようにな り Direct To Consumer DTC タイプの検査のビジネス化が可能になってきたことが挙 げられる 実際 アイスランド decodeme 米国 Navigenics 米国 23andme 等が 2007 年前後から DTC 型遺伝子検査ビジネスを開始した ところが decodeme Navigenics

173 第二章 我が国のコホート研究 は 5 年程度で事業を閉鎖し 23andme は昨年 FDA から業務停止勧告を受けている 日本では DeNA ヤフー等により遺伝子検査がようやくこの 1 年くらい活発になってき た 日本のゲノム産業活性化のためにも 正しく実施されてビジネスチャンスを捉えるこ とが期待される 3 ゲノム情報からの疾患発症リスクの予測 1 日本人における 2 型糖尿病のリスク計算と評価 当研究室の佐藤憲子准教授が 2014 年に Endocrine Journal に投稿した論文 3 では 日 本人における 2 型糖尿病のリスク計算を行っている 2 型糖尿病全体では約 3,000 論文 129 SNPs が報告されているが 日本人を対象とした研究として 286 論文 69 SNPs まで 絞り込むことができた そこで 解析結果の P 値の分布 サンプルサイズ 何回独立した 研究室で再現されているか等で信頼度順に SNP を並び替え それぞれの論文報告をもと に尤度比 Likelihood Ratio LR を計算した結果を図3に示す 図3 2 型糖尿病関連 SNP の日本人と欧米人の比較 東京医科歯科大 村松正明氏提供資料 左側の表は日本人用の 2 型糖尿病関連 SNP リストで 右側の表は欧米人用として報告 されているものである 最も信頼度が高いものは日本人 欧米人共に 最初に GWAS で 発見された Transcription factor 7-like 2 TCF7L2 遺伝子である また Top10 を見る と 順位の違いはあるが頻出する SNP は同じである 一方 10 位以降 30 位までを見る と 欧米特異的 アジア特異的な SNP が共通の SNP の中に含まれてきて人種差が歴然と してくる 以上の点を踏まえて Top10 のみで計算するのであれば欧米人用を適用しても 良いが 欧米人用ではオッズ比等の考え方が異なることもあり なるべく日本人用を使用 した方が良いことがわかる

174 第二章 我が国のコホート研究 2 高畠コホート研究のデータを用いた検証 上述の日本人用 SNP リストを作った上で 論文から取ってきた数値から算定式を作り 高畠コホート研究のデータを用いて検証した 高畠コホートとは文部科学省 21 世紀 COE プログラム の一環として平成 16 年度より山形大学医学部が山形県高畠町と共同で実施 したゲノムコホート研究である 使用したのは高畠コホートの 1,615 人 男性 724 人 女性 891 人 のデータである 年 齢は 61.3±10.2 BMI は 23.4±3.1 高血圧 Hyper Tension HT は 52.3 で 2 型糖 尿病の罹患率は 9.5 であった その中で SNP データ BMI HT のフェノタイプデー タの欠損値のないデータセットを使用し 事後確率値がどのくらい正確に 2 型糖尿病を判 別できるのか Receiver Operating Characteristic (ROC) 分析により検証を行った 図4 図4 高畠コホート研究のデータセットを用いた ROC 分析 東京医科歯科大 村松正明氏提供資料 BMI あるいは HT のみでは pre-test probability と比較してほぼ変わらない これに 20SNPs を入れると多少上がり ROC 曲線の下面積 area under the curve AUC は となる このように SNP データを入れると 事後確率値が上昇することが分かる 抽出した中で 61 歳男性の例では BMI で見ると痩せており HT も無く糖尿病リスク は減るが SNP の Genotype ではリスクのある方のジェノタイプがホモとなっている 1 つ 1 つの事前確率 事後確率を見るとリスクが積み上がっており 検査前確率 pre-test probability では 19 であるが 事後テスト確率 post-test probability of risk は 32 と 約 1.5 倍 risk が上昇している 図5 そして実際に この人は痩せていて血圧が低 いにもかかわらず糖尿病であった このように遺伝子検査は使い方一つで有効に個人のリ スクを判定することも可能である

175 第二章 我が国のコホート研究 図5 高畠コホート研究のデータセットを用いた 2 型糖尿病のリスク評価の一例 東京医科歯科大 村松正明氏提供資料 3 日常的疾患に対する遺伝子検査 Common Disease の予測的遺伝子診断 Predictive Genetic Test PGT は GWAS 等 の疾患関連 SNP 同定の成果を事業化したものである 大抵の疾患ではそれぞれ 個 の SNPs が報告されており その中でも特にオッズ比の高い 個を使って解析をし ている 日常疾患の PGT は医療と言うより占いに近いと言う議論がある 今後 ゲノム研究の 目標のひとつは 占いとは呼ばせない レベルの遺伝子検査を可能にすることであろう 今まで見ているのは DNA チップ上の 100 万の SNPs であるが それらは Common な SNP が多い 一方 次世代シーケンサーで読み その人しか保持していないようなゲノムの変 異により ある疾患に罹患しやすいという予測ができれば 予測精度は高くなる そのた めには レアバリアント エピゲノム あるいは遺伝因子-遺伝因子相互作用 Gene-by-Gene GxG 遺伝因子-環境因子相互作用 Gene-by-Environment GxE 等の要因を検査に組み込んでいく必要がある しかし 本当にそこまでの予測精度の向上が可能なのかという点については 今まで真 剣に議論されていない 4 遺伝子因子と環境因子 図6に示すように 多因子疾患の場合 患疾の原因を環境因子と遺伝因子に分けること ができる 遺伝因子については GWAS の結果 明らかに幾つかの遺伝子が分かってきて

176 第二章 我が国のコホート研究 いるが カラーリングされている部分 おそらく遺伝因子 Common SNP の中にもまだ 説明できていないものがある それは 1 以下のレアバリアントかエピゲノムか あるい はそれ以外かもしれない 仮に 遺伝因子を全て理解できたとしても 一方で環境因子の 影響は非常に強いため どの程度の予測が可能なのか分からない 図6 遺伝因子と環境因子の疾患発症への寄与度 東京医科歯科大 村松正明氏提供資料 4 大規模ゲノムコホート研究の現状と課題 1 今 何故ゲノムコホートなのか 発見されるべき疾患関連コモンバリアントは既に発見し尽くされていると言われてい る 我々は高畠コホート等で日本人での再現を取っているが GWAS で期待したよりもコ モンバリアントの総和の効果が小さかった 次のステップとして レアバリアント 或い はエピゲノムを標的にして 例えば レアバリアントを解析するためには DNA チップで はなくホールゲノムシークエンスによって解析する必要が出てくるであろう GxG 若し くは GxE として ある SNP 相互作用の研究をするには かなりのサンプルサイズが必要 になる さらに 今後の課題として 研究参加者には遺伝子解析結果を返し 個別化予防 医療の実現を最終目標としなければならない 積極的に研究参加者には結果を返す前提が ないと 今後どれほど疾患を予測する精度が上がっても 個人の利益に結びつかず 医療 ヘルスケアの進展にはつながらない 参加者に返してはじめて ゲノムコホートを基盤と した医療 ヘルスケアが実現される 2 100 万人ゲノムコホート研究 日本学術会議提言 2013 年7月に日本学術会議よりゲノムコホート研究に関する提言が出された この提言 100 万人ゲノムコホートの実施に向けて は 100 万人の規模で精度の高いレアバリア ントの解析をすることで 1 ランク高い精度の予測を目指すというものである 図7 英 国では既に 50 万人規模のバンクを持っている 本提言では さらに大規模な日本独自の

177 第二章 我が国のコホート研究 コホートを目指すとしている 従来の疫学研究 ゲノム疫学研究では 10 万人規模のコホートは現存するが 小規模コ ホートを集めたものが多く 情報の質の差や階層化によるバイアスが問題である一方 新 規バイオマーカーを含めた豊富な臨床データを得る等が特徴とされている また 従来の 研究では達成できないライフイノベーションを目指し 日本独自のエビデンスが得られる というメリットもある 図7 100 万人ゲノムコホート研究の特徴 東京医科歯科大 村松正明氏提供資料 3 100 万人ゲノムコホート研究の実施項目について 100 万人ゲノムコホート研究で実施される項目として ①実施基盤整備 ②対象者の登 録と調査 ③IT ネットワーク整備 ④ゲノム疫学研究 ⑤解析技術開発 ⑥人材育成 ⑦ 国際連携 ⑧社会との連携がある ゲノムコホート研究の技術的側面から見て 実施しな ければいけない項目も多くある バイオバンクとは連動せずに動いているものの 個人情 報保護のためのデータベース 解析プログラム アジアコンソーシアムの構築等 共通の 項目が挙げられている また 5 年毎の繰り返し追跡調査は未だ難しく そのための IT の ネットワーク整備を行う必要がある 今後 ゲノムコホート研究体制はゲノム疫学研究と して 医療やヘルスケアにおける IT のイノベーションと合体して進められていくものと 思われる さらに ホールゲノムシークエンス エピジェネティック解析 発現解析及び ゲノムだけではなくオミックス解析も行う等としている また 解析技術の開発や人材育 成等も含まれており 最も重要な点として 得られた情報を参加した人 個人の健康情報 を供与した人 にどのようにフィードバックするかという点も解決する必要がある ゲノ

178 第二章 我が国のコホート研究 ム創薬は非常に意味があるが レアバリアントから見つかる創薬シーズはそれほど多くは なく むしろ P4 医療 後述 への視点と展望が必要となろう 4 100 万人ゲノムコホート研究のロードマップ ロードマップでは 2014 年時点で中核拠点を確立し 10 万人の登録を行うことになって いる 図8 また ゲノム オミックスのデータ収集 分析の第一期が始まり 2020 年 に向けてベースライン調査を行う予定である 解析技術の開発はゲノムコホート研究とは 全く別次元の分野のものであり 人材育成についても同様である 制度 システム改革や 国際連携については具体性に欠ける面があり 今後の進捗に期待したい ゲノムコホートでは少なくとも 10 年程度 できれば 20 年程追いかけなければ実質的に 得られるものはない 図8 100 万人ゲノムコホート研究のロードマップ 東京医科歯科大 村松正明氏提供資料 5 ゲノムコホート研究の倫理面の課題 1 日本のゲノムコホート研究とバイオバンクの倫理的課題 現在のゲノムコホート研究は ヒトゲノム 遺伝子解析研究に関する倫理指針 4 及び 疫学研究に関する倫理指針 5 2015 年 4 月以降は 人を対象とする医学系研究に関す る倫理指針 に改訂予定 によって規制されている 試料 情報のさらなる利活用にむけ たインフォームド コンセントや倫理審査に関する課題が挙げられており さらに コホ

179 第二章我が国のコホート研究 ート研究のために試料 情報を提供した個人への十分な配慮 結果の情報公開による不利益にならない配慮など 今後益々重要な課題も想定される コホート研究の目的は 成果を地域住民 或いは国民への医療や予防に還元することにある したがって あなたの世代には役に立たないが 次の世代には役に立つかもしれないのでデータを下さい と同意を得たとしても 提供者に対して可能な限り何らかの形でフィードバックをする努力をすべきである 特にリスク算出の結果を返すことは必要である 知らない権利 は教えないことで済むが 知る権利 を行使したい人には開示することを原則と考えるべきであろう その際のインフォームド コンセントのあり方は非常に重要である (2) 偶発的所見 (Incidental findings) の問題点ホールゲノムシークエンス (Whole Genome Sequencing;WGS) を行うと 必然的に個人に属する変異が多く見つかってくる 例えば ある医療検査目的で WGS を行った場合に BRAC1 の変異が偶然見つかった場合はどうするかという問題がすでに欧米では大きく議論されている 健康に重大な影響を及ぼす変異が偶然発見されることもあり 特に医学的に予防可能なものに関しては積極的に本人に開示すべきとの見解が米国臨床遺伝学会 (American College of Medical Genetics and Genomics;ACMG) から公表されている 6) 7) ACMG は その場合 本人の再同意を取らずに告知するべき としている 例えば心肥大で胸部の写真を撮った時に がんがあることが分かったら医師は必ず患者に告知するだろうし 言わないことは非倫理的である 一方 それに対抗して異なる意見もある 例えば脳のイメージングを行い未破裂の脳動静脈奇形が見つかった場合に 本人が元気でありインフォームド コンセントにも触れられていなければ 本人に告知しない等のケースはかなりの頻度で出てくるだろう (3)ACMG-56 ACMG では 56 遺伝子の変異を開示するように求め 更に踏み込んだ見解 ACMG56 を発表している 6) 56 遺伝子としては遺伝性乳癌 卵巣癌として BRCA1 BRCA2 家族性癌として P53 PTEN 心疾患( 突然死関連 ) として FBN MYBC3 が挙げられている しかしながら 米国でも強い反論が出されており 議論は紛糾し継続中となっている 7)8) 日本においては 2013 年改正 ヒトゲノム 遺伝子解析研究に関する倫理指針 が出され 7) 研究責任者は incidental findings の開示に関し インフォームド コンセント承諾の際には その方針を説明し 理解を得るよう努めることとしている また Q&A の項では 遺伝子情報の開示を希望していない場合であっても 遺伝情報が提供者等の生命に重大な影響を与えることが判明し 有効な対処方法がある時は 研究機関の長に報告し 開示の可否 内容 方法について倫理委員会の意見を求め 十分な説明を行った上で 提供者の意向を確認し 提供者が開示を希望する場合は開示する必要がある としている 9) (4) 知るべきか 知らざるべきか それが問題だ上記以外でも不都合な真実が出てくる可能性がある 個人のエクソーム解析結果で 23,000 遺伝子 2 ペアのうち 366 か所 0.8% がフレームシフトで壊れている場合 劣性遺伝子病の変異であれば 2 か所が揃えば発症する 近年では BabySeq として Harvard

180 第二章 我が国のコホート研究 大学でも出生児検査に全ゲノム解析を取り入れることの有効性の是非を検討する研究プロ ジェクトが開始されているが 個人の遺伝子異常が明らかにされることの社会的 医療的 な側面への影響を この分野に携わる人は真剣に考えるべきである ゲノムコホート研究 をすることは その問題と真正面から取り組むべきということを肝に銘ずべきである 6 先制医療をはじめとする医療 ヘルスケアの将来像 1 先制医療について 井村 裕夫 京都大学名誉教授 元総長は先制医療について 臨床症状が出る前に診断 して 介入することが必要となってきている 当初は未病の医療を考えたが漢方用語があ いまいな概念なので 米国で使われている Preemptive medicine 先制医療 を使うこと にした そして先制医療は従来の予防医療と違って Personalized Medicine 個別化医療 であり 発症前治療と定義する と提唱している10 この背景には 少子高齢化が年々 加速されている日本の将来において医療経済とその制度の破綻が危惧されており これを 回避し 安定した健康な長寿社会を築くためには 第一に病気を未然に防ぎ病気になる人 の数を減らすべきである というコンセプトがある 図9に示すように 疾患は遺伝子素 因及び環境因子があり 発症前期の状態を経て発症する 先制医療は限りなくヘルスケア に近く 医療とヘルスケアのボーダーが曖昧になってきていると言える 図9 先制医療の概念 東京医科歯科大 村松正明氏提供資料 医療は厚生労働省の範疇であるため 基本的にはヘルスケアの分野で 発症の遅延 防 止 や 診断 予測 治療的介入 を行う ということである 医療と考えるか ヘルス ケアと考えるかで 予測的遺伝子診断 predictive gene testing の捉え方が大きく変っ てくる可能性がある

181 第二章我が国のコホート研究 (2)P4 医療 P4:personalized( 個別化 ) predictive( 予測 ) preventive( 予防 ) participatory( 参加型 ) 医療という概念が 世界的に広く普及している これも上述の Preemptive medicine ( 先制医療 ) と同様に 個人の遺伝情報等のバイオマーカーを利用して診断 予測を行い 予防的な医療介入をしようとするものである この 4P 医療を推進する原動力の一つが personal genome であり それをどのように個の予防医療として役立てるかということになる (3)The Angelina Effect は P4 医療の先駆けか? 2013 年 女優の Angelina Jolie は 乳癌の家族歴等の personal な状況から 遺伝子検査を実施し乳癌発症率が 87%( この場合は BRCA1) と predict された そこで preventive な処置として両側乳腺切除を行い 術後発症確率を 5% に低下させた Angelina は女優としての知名度を利用して 私の経験から女性たちが何かを得てほしい と告白することで participatory とした 11) このようなケースが増加してくると医療の見方や 患者の役割がかなり変化してくるものと思われる (4) ゲノムからオミックスへ :ipop(integrated personal omics profiling) Stanford 大学の Michael Snyder 教授はゲノムだけではなく オミックス情報も重要であると考え integrated personal omics profiling(ipop) を推進している 昨年 開催された Omix 医療研究会で同教授は 糖尿病のリスクが一般の米国人の遺伝子型では 26% であったが 本人が 46% であり 実際に風邪を契機で糖尿病を発症したが この情報を知っていたため早期に食事療法 運動療法を行い 回復したとの個人的経験を発表した (5) 医療 ヘルスケアの IT 化 : スマホパーソナルゲノムアプリ医療 ヘルスケアにおいて IT 化が 1 つのキーワードとなっている 最近ではスマートフォンでパーソナルゲノムアプリが出てきており こうなると医療ではなくヘルスケアになる 自分のゲノム情報をヘルスケアで扱うことは大丈夫なのか これらの境界線はどこにあるかということを考えていかなければいけない 7. 執筆担当者所感村松教授の ゲノムコホート研究の技術的側面 に関するヒアリングから 我々は今後どのような課題に取り組まなければならないか理解できた 特に これからの創薬を目指した先進医療的な展開の中で ゲノム情報を基盤とした個別医療のための制度的なシステム作りが避けられない状況にあることを認識させられた これを各要素別に分解してみると 一つはゲノム解析技術の加速化による次世代シークエンサー等の医療機器の導入的な取組みとそれを稼働するための検査施設の整備 2 つ目は既にスタートしているバイオバンクやゲノムコホート研究の再点検と最終成果を如何にして国民へ還元するかの問題 3 つ目は今後先制医療または 4P 医療の展開によっては 医療とヘルスケアの境界がなくなっていくと予測される中 これからの医療を如何に 国民の健康維持という目標 に具体

182 第二章我が国のコホート研究 的に合致させ ヘルスケアと差別化していくかの問題 さらに4つ目として これからの個別化医療を進めるにあたって 膨大な個人のゲノムを含めた情報のビッグデータ化に対するセキュリィティの確立と その扱い方の規制化あるいは横断的な学会レベルでのそのコンセンサスの確立 ガイドライン作り さらには省庁レベルの指導などが挙げられる 現状では どれ一つとして方向が見えず 模索中である状況にあるようであるが このような状況の中で 本年 4 月からスタートする日本医療研究開発機構 (Japan Agency for Medical Research and Development;AMED) 設立に向けての準備がなされており 前述した課題の一つ一つはおそらくは AMED が実際に動いて解決すべき課題も含まれるだろう その中でヒューマンサイエンス振興財団創薬資源調査班の調査活動の一環として 提言し行動していくことは一製薬企業の立場を超えて大変重要な使命であると痛感している 参考文献 1) Wellcome Trust Case Control Consortium et al.genome-wide association study of 14,000 cases of seven common diseases and 3,000 shared controls. Nature 2007;447: ) 3) Sato N.,et.al.: Likelihood ratio-based integrated personal risk assessment of type 2 diabetes. Endocr J.2014 ;61: ) ヒトゲノム 遺伝子解析研究に関する倫理指針 平成 25 年 2 月 8 日全部改正 文部科学省 厚生労働省 経済産業省 5) 疫学研究に関する倫理指針 平成 20 年 12 月 1 日一部改正文部科学省 厚生労働省 Q&A 平成 19 年 11 月 1 日 臨床研究に関する倫理指針 平成 20 年 12 月 1 日一部改正 6) Green C.R., et al. ACMG recommendations for reporting of incidental findings in clnical exome and genome sequencing. Genet Med ;15: ) Burke W., et al. Recommendations for returning genomic incidental findings? We need to talk! Genet Med.2013;15: ) Johnson KJ., et al. Return of results from genomic sequencing: A policy discussion of secondary findings for cancer predisposition. J Cancer Policy.2014 ;2: ) ヒトゲノム 遺伝子解析研究に関する倫理指針 についての Q&A 指針 8. 遺伝情報の開示 平成 25 年 4 月 22 日 10) 井村裕夫全体編集 日本の未来を拓く医療治療医学から先制医療へ : 診療と治療社 東京 2012 年 11) Time May 27,

183 第二章我が国のコホート研究 (3) ベンチャー企業のコホート研究への取組み ヒアリング先 : ヒュービットジェノミクス株式会社 一圓剛代表取締役社長 要約コホート研究に関して その総論的な意義や課題を久山町コホート研究とヒュービットジェノミクスの取組みを中心に解説した コホート研究には医学 遺伝学 免疫学などの科学的に緻密な評価と 蓄積データの理論的な解析が不可欠であるが 現在の日本の医療制度を背景とした問題点が山積している そのなかでも久山町コホート研究は成功を収めた研究であり これには小規模ではあるが正確 精密な評価や継続的な取組みが効果的であった 今後は 個人の遺伝子情報と自分記録を含めた医療情報の活用を有機的に進めていく必要がある 患者のデータからアクセスする創薬や医療はプラチナ産業とも言われており 民間企業の積極的な参入が不可欠であり期待されている 1. はじめに日本におけるコホート研究を二つに大別すると 健常人 住民コホート研究と疾患コホート研究がある 健常人 住民コホート研究の代表例は 九州大学の久山町研究 国立がん研究センターの多目的コホート研究 東北大学の東北メディカル メガバンク 山形大学の山形分子疫学コホート 京都大学のながはま 0 次予防コホート研究などである 疾患コホート研究の代表例は 理化学研究所のオーダーメイド医療実現化プロジェクト 国立がん研究センターのがん検診受診者コホート 愛知医科大学などの JACC study がん特定領域大規模コホート研究 千葉県がんセンターのがんの分子疫学コホート調査研究事業 横浜市立大の心疾患における酸化ストレスに関する前向きコホート研究 九州大学の喫煙関連呼吸器難病に対する前向きコホート研究 国立精神神経医療研究センターの精神障害 精神保健に関する疫学 コホート研究などである 今回 久山町研究をはじめ多くのコホート研究にいろいろな形で関与しているヒュービットジェノミクス株式会社の一圓剛氏にコホート研究全般の現状と今後の課題に関してのヒアリングを行ったのでその内容をまとめる 2. 久山町コホート研究からの教訓 (1) コホート研究は何故大事か 久山町コホートの歴史から久山町コホート研究では 40 歳以上の 85% が健診を受けており 死亡者の 90% が剖検される 加えて追跡率は 99.9% であり 今まで追跡出来ずに調査対象から外れたのは 3 名だけである この追跡率の高さから 精度の高い認知証の発症率予測を出している 1985 年 1990 年 2000 年の時点での久山町のデータから 認知症になったかどうかを調べ 発症率を計算したところ 2005 年時点の要介護の認知症患者の推定人口は 300 万人と推計された 厚生労働省は当初 150 万人と推計していたが 近年では久山町の推計と同じ 300 ~400 万人へと改定している 久山町がこのような正確な統計を出せた背景には 研究の継続性が大きな要因となって

184 第二章我が国のコホート研究 いる 研究の発端は 50 年前に勝木司馬之助氏が熊本大学から九州大学医学部第二内科教授に移籍した際 米国から帰国していた荒木淑郎氏より剖検データを基に統計解析ができるということを聞き 荒木氏と共に日本での脳出血と脳梗塞の発症数のエビデンスを確かめる研究を米国 NIH に申請したことに始まる 研究の継続性については 町が本研究に多大な協力を行ったことが非常に大きい 通常の疫学研究では行政からの支援は限られているが 久山町では 5 代の町長 ( 江口浩平氏 小早川新氏 佐伯勝重氏 鮎川正義氏 久芳菊司氏 ) が いずれも健康畑出身者であったこともあり 久山町研究をサポートし続けた コホートを設定した時に一番問題になるのはその自治体の首長が代わり 180 度施策が変わることである 多くの政治家は先代の施策を否定するが 50 年間 5 代に渡り継続するのは容易ではない 特に 2 代目の小早川氏は 第 4 代経団連会長の土光敏夫氏のブレインであったが 非常にユニークな町政を行った 久山町は非常に財政が困難な状況であり 十年前までプールがなかったが プール作るくらいであれば川を泳げるようにする 上水道を綺麗にして福岡市に水を売却し その代わり下水道処理を無料で福岡に依頼する 保育園も無いが 子供を育てるのは親と家族の責任であるとし 皆で育てる環境をつくる 但し生活に困った人を預かることは行う 風邪にかかると自費であるが 子供の 3,000 円を超す医療費は すべて町が負担するなどがある このように 歴代の町長が久山町研究の鍵を握った また 九州大学の教授も 5 代続き 病理学教室も 5 代目 保健師も 5 代目 開業医はその子息らが引き継いでおり 久山長研究は 50 年間続いている (2) 久山町の医療体制久山町では 住民は一般的に開業医が診療しており 医師の手に負えないときには患者を九州大学付属病院に紹介している また 九州大学での調査データは開業医に送られている すなわち 住民のデータを開業医と九州大学が共通で見るという非常にシンプルな形である もし開業医でしか見ることが出来なければそれぞれにデータベースが存在することになり 電子カルテがあったとしても互いに参照できない つまり 久山町では今の電子カルテによる共通化をアナログで行っているのである (3) 久山町研究の費用と成果久山町研究の費用面については 当初米国 NIH から研究費を得ていたが 1973 年 ~2001 年は九州大学から 450 万円 久山町から 2,800 万円が提供された また 別途 久山町が健康診断の費用を捻出している 久山町研究の成果としては 脳卒中の原因遺伝子が 2006 年に GWAS で見つかった際にその論文のコントロールデータとして使われたのが最初である その後 Nature Genetics 誌で疫学研究として初めて掲載され 最近では毎年 The Lancet 誌 2 報ずつ The New England Journal of Medicine 誌 Nature Genetics 誌等に論文が出てきつつあり 2006 年は合計 13 報 2010 年は合計 35 報の論文数がある (4) 久山町研究の成功要因 久山町研究における大きな成功要因は 地域のカルチャーに加え 個人情報を大切に扱

185 第二章 我が国のコホート研究 うなど様々な研究関係者が努力をしてきたことである さらに 上記のような公的資金に 運営を依存しない自立性と 社会における合意形成も要因として挙げられる 久山町研究 では過去に 当時の疫学研究者が遺伝子解析をするには同意が必要だと知らなかったため 住民に無断で遺伝子解析を行っていたことがある このことが問題になり 研究関係者ら が住民世帯全戸に謝りに行ったが その時に 良い研究をやっているのだから続けて欲し い という町民側の要望の声が大きく出てきたため 継続させることができた 現在では 久山町での遺伝子検査は 5 年毎の定期診断で得られた試料を理化学研究所の久保 充明氏 らが解析しており その他研究のコントロールデータとしても非常に有用なものとなって いる また 完全な情報公開も重要な要因の 1 つである 図1 図1 久山町研究と久山町の健康事業 ヒュービットジェノミックス社 一圓剛氏提供資料 3 コホート研究に関する課題と意見 1 長期の格差 Inequality in long run 長期の格差 この言葉は 2014 年 5 月 23 日の Science 誌 の表紙を飾ったフランスの経済学者 Thomas Piketty の論文中の言葉である Piketty は 科学が進み社会構造が屈折する中で 貧富の格差が拡大する 貧困層が 30 を超えた時 に必ず革命が起きており 現在の米国にとっては重大な危機である と指摘している Science 誌の論文では この長期の格差を解決する方法が科学の中にあるかということを 論点としている その結論は 正しい情報に基づいた分析 多様性 突発性の克服こそが貧富の格差を 無くしうる唯一のキーワードである と書かれている Piketty の論文の背景には 収入 資産 税など経済活動に関するビッグデータの解析があり 格差問題が自由な社会の当然

186 第二章我が国のコホート研究 の結果ではなく 解決すべき問題であることを強調している 一圓氏は 疫学データは医薬品の開発や使用のために使うのではなくて 社会構造を変 えるために使うべきであると考えている (2) 革新的イノベーション創出プログラム 2014 年度の 革新的イノベーション創出プログラム (Center of Innovation Science and Technology based Radical Innovation and Entrepreneurship Program;COI STREAM) の中でコホート研究の応募は 13 件ある COI は大学の研究でイノベーションを起こすことを目的としているが イノベーションの矛先がビッグデータ 医療データ 遺伝子データ オミックスデータへと変化してきている COI STREAM のガバニング委員長である前東京大学総長の小宮山宏氏らは 集団のデータを集め解析をすることで ビッグデータ解析が可能になるとともに より大きな社会問題を解決する突破口になるのではないかという意見を挙げている (3) 日本の医療データの分析小学校の健康診断のデータは 小学校 保健所にあり ほとんど統計解析されていない その理由は日本にはデータを分析する職種と人材が極めて少ないためである また 多くの健診の対象者は 40 歳以上であるため 若い人の病気は把握することができていない 例えば糖尿病の罹患率について厚生労働省からは 1,280 万人 1,000 万人 960 万人 840 万人 550 万人という数字が 同じ省庁から統計として出されている これらの数字を検証するには 一般的に去年受けた国民健康保険による健康診断のデータを取得する必要があるが 国保加入者の健康診断の受診率は 30% である 国保の加入者数が全国民 ( 母集団 ) の約半分とすると たった 15% のデータで予測をしていることになり 統計解析として無理が生じている状況にある (4) 日常生活のデータ 紫式部は何を食べていたか などを題材にした本がある その本を基に平安時代の貴族が食べていた食事を再現したところ 炊飯を食べ 瓜の漬物を食べ おやつに蘇 ( 乳製品 ) を食べていた 蘇は 2,500kcal くらいあり 高カロリーであるため 合計すると現在の食事よりカロリーが高い また この時期の書物に水を欲して発汗し多尿で最後に死亡する飲水病と思われる記載があり 糖尿病を罹患していた人も存在していたと考えられる 一方 日本で最も貧しかった時代は戦後であり 昭和 10 年 (1935 年 ) 代から昭和 30 年代くらいが最も栄養が少ない時代であった そのような時代背景を基に疫学統計を行うのが フランスや英国では流行しており 出生時の体重が軽いほど糖尿病になりやすいという研究報告などが出されている (5) 医療情報の利活用の構図医療情報は様々なところにあるが 統合して誰が使うかを分かるようにする必要がある 基本的に健康保険料は 3 割を自身が負担するが 7 割は国や健康保険組合の負担であること考えると 国が持つべきだとの意見も多い しかしそのリソースは個人であるため 健

187 第二章 我が国のコホート研究 康診断のデータを個人に返して貰い それを預かるビジネスがあってもいいのではないか というのが一圓氏の考えである 社会インフラとして様々なところでの仕組みが考えられている 従来の仕組みは医療情 報を単純に社会インフラとしてデータをまとめたものである これに対し学術会議などで は 将来の社会像として医療情報に対し デポジットを利用するシステムであるためお金 がかかるが IC カードなどでアクセスが可能になる時代が来るのではないかと議論されて いる この仕組みは情報管理銀行と呼ばれている 個人が情報を持っていても理解も使用 もできないが 何れかの場所に保管しておくことで 将来の専門臨床医による診断の際に 役に立つと考えられる 糖尿病に自覚症状はない とよく言われている しかし糖尿病になった患者の経時的 記録を見ると面白い出来事が見えてくる 例えばストレスを受けた時に直ちに空腹時血糖 が上昇するが HbA1c はそれから数ヶ月経たないと上昇しない また その人たちが休暇 を取りインスリンを投与されると元に戻る このような糖尿病が存在しうるということは 糖尿病を発症した際に どのような自覚症状があるかということを見なければならず こ れらは自分記録を含めたデータでしか分からない 一圓氏らは 患者が健康な時点から毎年健診を受けてもらいつつ SNS で情報を集める ということをあるコホート研究の中で検討している これが将来どの程度 他のコホート 研究に浸透するかは分からないが これに遺伝子データが加わるととてつもないビッグデ ータになる がんに限っては体細胞変異を解析することが診断上有用になってきた時代に なっているが 遺伝子データはいつでも取得できるので 今は遺伝子解析の情報よりも 医療情報を取るためにお金をかけるべきと考えている 図2 図2 自分記録管理 医療情報と自分記録の保管と活用 ヒュービットジェノミックス社 一圓剛氏提供資料

188 第二章我が国のコホート研究 (6) 考えられるプラチナ産業一圓氏が考える最適な IT 健康 予防モデルは 久山町と野村総合研究所による 健康みらい予報 であり 生活習慣病発症予測システムとしてすでに構築出来ている 使用コストの問題はあるが 例えばこれをオープンソースで誰でも使えるようにして 自分の身長 体重等のデータを入れると 遺伝子データ抜きでも自分が将来どれくらいの確率で罹患するかが分かるようになる また 遺伝子データ抜きで予測を行ったデータを 1 とすると 遺伝子データを入れると 1.2 倍ほど精度は高くなる 1.2 倍は 例えば 120 万人の患者を 100 万人に減らすことができるという意味を持つため 遺伝子データをこれに統合させていくことには意義がある このようなプラチナ産業となりうる 医療情報の個人管理システム や 新たな就労モデルロボット社会 IT 健康住宅モデル グローバル製薬企業 等について 幾つかの勉強会を作って取り組んでいる (7) カルテ情報の取り扱い東京大学医学部第三内科教授 沖中重雄氏は 目の前の苦しむ患者の中に明日の医学がある と発言している カルテの中に書きこまれた文章は非常に大事であり 現在 疫学を研究する際に 医師の書き込んだ情報を電子カルテから引き出すことがなされている カルテの内容は 例えば 狭心症があった 顔面に冷や汗がでた 病院に行った 血管が詰まっていた 治療して治った というものである 統計の数字だけでは細かいヒストリーは分からず 心臓の音がどうだったかも分からないが このようなカルテの情報を引き出すだけで かなり有意義な情報が得られる (8) 個別医療や予防医療への展開乳がん患者の診断と治療で最近使われるようになった 分子標的薬 コンパニオン診断薬 ファーマコゲノミクスは いずれも日本で出来た言葉で 同じ概念であるが種々の言葉が使われている ) しかし 共通する考え方は 的確に効く患者に 効く薬を与え 予防できる人には予防するという非常にシンプルなものである (9) 遺伝子情報の取り扱い遺伝子情報の取り扱いについては考慮すべきことが多い 例えば 一卵性双生児の肥満と痩せについての論文では 1) 子供たちの糞便を採取し ネズミに摂取させると太った子供の糞便を食したネズミは太り 痩せた子供の糞便を食したネズミは痩せるという報告がなされている すなわち この現象には腸内細菌叢が関与しており 遺伝子に関係ない肥満の要因が存在することが証明されたのである この実験の検証は困難と思われるが 対応する方法はある 東京大学附属小学校では 双子を優先的に入学させており 親は子供のデータの使用に対して 同意書を書いている これらの双子に関する莫大なデータがあり 追跡もできる 例えば 一卵性双生児間では 数学の成績は一致しない 近くにいる程性格は似なくなるが 片方を祖父母の家に離すと性格は似る というようなデータがある また 勉強の成績データは 69 年間分もあるが まだ十分に解析されていない このように色々なところに研究のヒントがあるが 遺伝子のデータ解析の研究に入る前

189 第二章我が国のコホート研究 に サンプルの性質が研究目的に合致しているかどうかを確認することが重要である (10) インターネットによる臨床研究や市販後調査 ALS 患者にリチウム製剤が有効かどうかという臨床試験を行った際 オンライン患者コミュニティ PatientsLikeMe がネットで患者を募った 応募の ALS 患者に対し 医師によるアンケートをインターネットによるアンケートで統計解析したところ 臨床試験と同じデータが得られた アンケートの整合性や統計解析に若干問題があるという指摘もあるが FDA は このような評価の方法もある との意見を出している つまり 市販後調査を患者ダイレクトで行える時代が到来する可能性がある 多大な費用がかかる臨床研究や市販後調査を代替できるのかどうかについて また 臨床研究や市販後調査との関係をどう説明していくかを統計学的に検討していくこととなる 4. コホート研究においてその他の考慮すべき点 当調査班からの質問に対する 一圓氏の意見を以下にまとめた (1) コホート研究とケースコントロール研究ケースコントロール研究の課題は 疾患群の定義である バイオマーカー探索ならばゲノムコホート研究 創薬ターゲットのバリデーション等は ケースコントロール研究が良い 最近の新薬開発の大ヒットに 帝人ファーマの TMX-67 ( 開発コード 一般名 : フェブキソスタット ) がある 現時点では痛風 高尿酸血症治療剤となっている キサンチオキシダーゼ活性を阻害したら尿酸を下げるということは分かっていたが 痛風の病態がどうなるかはまだ実は分かっていない この化合物はもともと タンパク 3000 プロジェクト で キサンチオキシダーゼのピュアな結晶が得られたことで 発見に至った 現在 様々な疫学データが出てきており 尿酸が高いことが様々な疾患のリスクになっているということが分かってきた 最近 血糖値等を下げたために隠れていたリスクなのか あるいは他の要因かはわからないが そのようなものが疫学研究から分かってくる (2) 日本のコホート研究と海外のコホート研究 decode( アイスランド ) エストニア 英国 フランスでのコホート研究は 規模が 大きく 情報もかなり精度が高い 日本の研究は 統計が弱いと思われる (3) 今後のコホート研究について 100 万人ゲノムコホート研究では 皆でお金を出す方向で動いている 国でお金を出すのは無理だと考える どのようなスキームで可能なのかとなるが 最近では患者の会で良い会が出来てきている 例えば久山町 有田町 舟形町等は町がお金を捻出している 涙ぐましい努力をしている 後になって 良いデータがあるので使わせて下さい とはならないため 汗をかいて協力しておくことが重要である 提言では 企業が資金を出せるとは思っていない と記載した 最近様々なところで提案があり 文部科学省や厚生労働省に研究者の先生方が面談に行くが しかしながら文

190 第二章我が国のコホート研究 部科学省や厚生労働省は 2 年で担当が変わるため 細かい部分はあまり考慮せずに予算をどのように抑えるかばかりを考えている 細かい部分を知らずに 同時に 3 年後に成果を提出と言う 3 年後にデータが出るものを疫学研究とは言わないため 無理だということになる これからは患者や人が疫学研究を支える時代になると思う 典型的な例では 一型糖尿病の患者の会で井上龍夫氏がやられている会があるが ここは年間自前で年間 1 億円を集めて研究者にファンディングしている これは凄い会で 何故ここまで力があるのかとも思う 患者の徹底した管理を実施している そのために東北大震災において インスリンが無くて亡くなった人は一人もいない 全員にヘリコプターでインスリンを届けた 患者の会はそれほど力がある そのような会が今後も出てくるのではないかと思う 日本にはお金持ちの方は意外と多いが そのような人たちが何故ファンドにお金を出さない環境になっているかを考えると そのようなところにヒントがあると思う (4) ビッグデータの創薬研究ツールとしての可能性について製薬会社が 薬を作るためにこのようなデータが欲しい という言い方をするようだが 一圓氏は それほど欲しいデータであれば自分で取ったらどうか と思う 国として大事であるのは 使えるかどうかは別にして健康福祉と予防に役立つデータを作ることへの支援である その中で使ってもいいというデータを使わせてもらえる企業がどう創薬に活用していくかは今後大事だと思う (5) 疫学研究倫理指針の改訂と今後のコホート研究に与える影響疫学研究指針は変わってもあまり関係ないと思う むしろ臨床研究で介入がある場合に影響があるだろう 例えば糖尿病治療薬メトフォルミンだけが 長期投与で糖尿病によるがんの発症を抑えている 薬を前向きに飲ませる場合は 新しい方法を考えないと検査が必須になるため難しいと思う 言えることは ゲノムが出てきたお陰でそのような研究に関しては二重盲検が必要なくなると言うことである 理由はゲノムデータを取っているため メトフォルミンの効果があった人と効果が無かった人でゲノムを解析し 効果があった人がある特殊な遺伝子を持っていることがわかると メトフォルミンのターゲットが GWAS で引っ張り出せる そうすると臨床データをオープンに取り 遺伝子で振り分けるという二重盲検も可能になるだろうということである 実際にそのような発想でやり始めているベンチャー企業もある 電子化をしてどれだけ情報を取っていくかについては シンプルなデータとして臨床情報を得る体制が構築できないと 臨床研究の倫理指針への対応上 困ると思う (6) ヒュービットジェノミクスの今後の活動について SNP 解析や GWAS 中心から全ゲノム塩基配列解析へ切り替えている ゲノム解析はタイピングの時代はほぼ終わったが 解析技術や遺伝統計は弱いので これが一番重要と考えている 遺伝統計学解析は株式会社スタージェンの鎌谷直之氏と多型解析のアルゴリズムで提携しているが むしろデータのテキストマイニングに力を入れている PD-1 抗体の出現で 今後は 体細胞変異のエクソンシーケンスが主流になると思う

191 第二章我が国のコホート研究 (7) コホート研究の倫理審査 地域でコホート研究をやる場合は 臨床機関もヒュービットも各地域で倫理審査委員会 での審議を実施し すべての手順を踏んでいる (8) 地域コホート研究での臨床試験受託 新規医薬品で実施することは可能であるが 単独のコホートでは無理があり かなりの 母集団が必要である (9) 疾患コホート研究と画像診断について北海道大学では日立製作所の光トポロジーを活用している 画像診断は極めて大きなマーカーだと思う 認知症では画像解析と患者へのアンケート結果とは一致しない 日立と北海道大学がかなり混み入ったことを考えている 北海道大学は よく考えたコホートを設計している 欧米の学会では画像診断が進んでおり 国内は遅れているように思うが 先生方の中に画像診断の開発をしたいという方は多い 画像診断の際に開発したアルゴリズムが単なる機械のおまけになるのかどうかによって企業の利益回収の程度が異なる 先生方の中には どのようなものを企業が求めているかのディスカッションが出来ないという言い方をする人もいるが 作ったアルゴリズムがどのように利益になるかを企業が上手く言えれば理解されると思う 久山町は単純に やはりアンケートによる診断は間違っている では全例を撮ろう という話でありシンプルである 久山町の画像の解析は 九州大学大学院医学研究院附属総合コホートセンター研究管理部門教授の二宮利治氏が担当されている (10) 電子カルテからのデータマイニング電子カルテからのデータマイニングの例として 認知症患者の言葉のテキスト解析をしている施設がある 認知症の患者がどのような言葉をどの程度の間隔でしゃべった 齢をとったら同じことを言う 等をすべて分析し 脳機能との相関を見るところまできている アンケート結果の解析アルゴリズムには立命館大学で開発された KHcoder というテキストマイニングツールがある テキストデータに画像解析データを加えたビッグデータによりかなりの確率で診断が付き そのビッグデータで数年後にどうなるということが分かる時代が来ると思う 5. 執筆担当者所感今回 コホート研究に関して その総論的な意義や課題を久山町コホート研究とヒュービット社の取組みを中心に解説いただき コホート研究全般の現状と今後の課題に関して理解を深めることができた また 幅広い事例紹介の中で ケースコントロール研究の成果が新薬開発研究において役立っていることも実例をもって理解できた 特に 久山町研究の紹介の中で 全 5 代に渡って町長が研究をサポートし続けたこと プールを作るくらいであれば川を泳げるようにするといった非常にユニークな町政 遺伝子解析に同意をとらず問題となったが 良い研究をやっているのだから続けて欲しい と

192 第二章我が国のコホート研究 いう町民側からの要望が出たことなどが印象に残った 地域に密着し 町民から信頼を得ることでコホート研究が結実するものであることを実感した コホート研究は 時間 人 費用 設備に大きな負担がかかる大事業であり これを支えるシステムをどのように構築していくかが重要な課題であるが 製薬企業は不確定な利益への投資に及び腰であり 国は政党や担当する役人が変わると予算や方針に影響が出る等の問題点があることが判った 講演を通じて コホート研究を支えるのは 一型糖尿病の患者の会や久山町研究のように患者や人材だと感じた そして 特に重要な患者の利益としての還元システムは 一圓氏が提唱する 医療データを誰でも使えるオープンソースにして 自分の身長 体重 自然歴としての自分記録や薬歴のデータの入力から 自分が将来どれくらいの確率で罹患するかが分かるようになる IT 健康 予防モデルすなわち生活習慣病発症予測システム が成功すれば人々が求める画期的なものになると感じた 人々への還元システムの実現には 個人の遺伝子情報と自然歴である自分記録を含めた医療情報の活用を有機的に進めていく必要がある その過程や結果で実現する 患者のデータを活用した創薬や医療は プラチナ産業とも言われている すなわち 新規薬剤の開発 オーダーメイド医療 分子標的治療 遺伝子診断や遺伝子治療といった最新の医療や生活習慣病に対する先進医療への貢献だけでなく 遺伝子検査や血液中の未知成分検査を行う機器の開発やその検査結果であるビッグデータを管理 解析する並列コンピューターやそのソフトウェアの開発など コホート研究の成果が波及する関連研究は非常に多くかつ規模が大きい コホート研究成果の有機的な活用に多くの産業が意欲を持っていることは想像に難くなく 今後 製薬企業や民間企業が多方面から多目的にかつ積極的に参入を希望するようなシステムが構築されることを期待したい 参考文献 1) Human Gut Microbes Alter Mouse Metabolism, Depending On Diet American Association for the Advancement of Science September 5,

193 第三章行政の動向 第三章行政の動向 はじめに 本章では 平成 27 年 1 月 16 日に 日本医療研究開発機構設立委員会 理化学研究所 医薬基盤研究所 産業技術総合研究所の主催で 大阪のグランフロント大阪で開催された創薬支援ネットワークシンポジウム オールジャパンの創薬支援 - 創薬立国日本に向けて - 1) 並びに平成 27 年 1 月 19 日に開催された ヒューマンサイエンス振興財団主催平成 26 年度第 7 回勉強会講演 平成 27 年度における厚生労働省の医療分野関連予算について 2) での諸講演 さらには 内閣官房健康 医療戦略室のホームページ掲載の資料 その他を参考とし 今後 日本医療研究開発機構が中心に進めていくと見られる医療分野での研究開発振興政策を纏め-た 特に重点戦略の一つである ゲノム医療の実現に関してコホート研究やバイオバンクの果たす役割は大きく 最近 新設された ゲノム医療推進協議会 の動きなども今後 注視していく必要がある (1) 健康 医療戦略と日本医療研究開発機構 1. 健康 医療戦略推進法平成 26 年 6 月 24 日に閣議決定された 日本再興戦略 改訂 未来への挑戦 - において がん 難病 希少疾病 感染症 認知症等の克服に必要なわが国発の優れた革新的医療技術の核となる医薬品 医療機器 再生医療製品等を世界に先駆けて開発し 素早い承認を経て製品化し 同時に世界に輸出することで 日本の革新的医療技術の更なる発展につながる好循環が形成されている社会を目指すことが明記された それに基づいて 世界最高水準の医療の提供に資する研究開発等により 健康長寿社会の形成を促進することを目的とした 健康 医療戦略推進法 3) が平成 26 年 6 月 10 日に公布された 健康 医療戦略推進法案の概要の骨格については 図 1に示す 平成 25 年 8 月に閣議決定により設置されていた 健康 医療推進本部 は 健康 医療戦略推進法 の成立に伴い 平成 26 年 6 月から同法に基づく法定の本部として医療分野の研究開発推進計画の策定を行い 新独立行政法人 日本医療研究開発機構 の業務運営の基本方針を決定 関係各府省に対しは予算を含めた総合調整を行うなど 司令塔の機能を担っている

194 第三章 行政の動向 図1 健康 医療戦略推進法の概要の骨格 平成 26 年 3 月 31 日 第 6 回健康 医療戦略参与会合資料4 より 2 新たな医療分野の研究開発体制の全体像 内閣総理大臣を本部長とする健康 医療戦略推進本部の設置により新たな医療分野の研 究開発体制が構築され 一元化された総合的な予算要求配分調整が可能となった 図2に 示すように 健康 医療戦略推進本部が医療分野の研究開発推進計画を策定 司令塔とし て総合的な予算要求配分調整を行い 調整費の使途を戦略的 重点的な予算配分を行う観 点から決定する 平成 26 年度予算案においては 国が定めた戦略に基づき日本医療研究 開発機構が配分を行うトップダウン型の研究に約 1,200 億円が計上されており これに加 えて 国の研究機関のインハウス研究に約 750 億円 研究者の発案によるボトムアップ型 の基礎研究に科学研究費助成事業として約 650 億円 調整費から 175 億円が医療関係の研 究開発に費やされる

195 第三章 行政の動向 図2 新たな医療分野の研究開発体制の全体像 平成 26 年 3 月 31 日 第 6 回健康 医療戦略参与会合資料4 より 3 医療分野研究開発等施策における達成目標 健康 医療戦略推進本部が決定した 医療分野研究開発推進計画 では 医療分野での 研究開発等の施策について 基礎研究成果を実用化につなぐ体制の構築 医薬品 医療 機器開発の新たな仕組みの構築 などをはじめとする 10 の基本方針及び具体的な達成目 標が示されている 基礎研究から実用化ベースへ一貫してつなぐプロジェクトとしては ①医薬品創出 ② 医療機器開発 ③革新的な医療技術創出拠点 ④再生医療 ⑤オーダーメイド ゲノム医 療 ⑥がん ⑦精神 神経疾患 ⑧新興 再興感染症 ⑨難病 の 9 つが実施されること になる これらのプロジェクトの達成目標の一部を図 3 に示す 達成目標の中の医薬品創 出では 2015 年度までに相談シーズ評価 400 件 有望シーズへの創薬支援 40 件 企業 への導出 ライセンスアウト 1 件と設定されている 2020 年頃までとなると 相談シー ズ評価 1,500 件 有望シーズへの創薬支援 200 件 企業への導出 ライセンスアウト 5 件 創薬ターゲットの同定 10 件 と非常に具体的な数値目標が設定されている

196 第三章 行政の動向 図3 医療分野の研究開発等施策の達成目標 平成 26 年 7 月 22 日 第 2 回健康 医療戦略推進本部資料5 より 4 独立行政法人日本医療研究開発機構 健康 医療推進本部により提示された基本方針に基づいて 医療分野の研究開発及びそ の環境の整備 助言等の業務を行うための独立行政法人日本医療研究開発機構の設立を目 的とした 独立行政法人日本医療研究開発機構法 6 が平成 26 年 5 月 23 日に成立し これに基づく独立行政法人の設立が平成 27 年 4 月 1 日に予定されている 図4 図4 独立行政法人日本医療研究開発機構法 平成 26 年 3 月 31 日 第 7 回健康 医療戦略参与会合資料4 より

197 第三章 行政の動向 5 創薬立国に向けた日本医療研究開発機構の役割 平成 27 年 1 月 16 日に開催された 創薬支援ネットワークシンポジウム オールジャパ ンの創薬支援 の冒頭は 平成 27 年 4 月に発足する日本医療研究開発機構の理事長に指 名されている現慶応義塾大学医学部長 教授の末松 誠氏が 創薬立国に向けた日本医療 研究開発機構の役割 の演題で基調講演を行った 日本医療研究開発機構は 医療分野の研究開発における基礎から実用化までの一貫した 研究開発の推進 成果の円滑な実用化及び医療分野の研究開発のための環境の整備を総合 的かつ効果的に行うため 健康 医療戦略推進本部が作成する医療分野研究開発推進計画 に基づき 医療分野の研究開発及びその環境の整備の実施 助成等の業務を行うことを目 的に設立される 文部科学省 厚生労働省 経済産業省の医学 医療研究費を一括管理し 創薬や医療機 器の実用化プロセスの加速 推進をミッションとして担うことになる 健康 医療戦略では 1 医療分野の研究開発 2 新産業の創出 3 医療の国際展 開 4 医療 ICT 化 が掲げられているが 日本医療研究開発機構は 基礎研究と臨床研 究の連携を深めるための PDCA サイクルの構築 医療の R&D マネジメント 再生医 療などの世界最先端医療の実現 公正な研究を行う仕組みの整備 などが基本方針とし て掲げられている ミッションの実現のためには すでにアカデミア創薬の牽引役として 大きく貢献している創薬支援ネットワークなどとの連携が必要である 図5に 医療分野 の研究開発等の新たな推進体制 を示した 図5 医療分野の研究開発等の新たな推進体制 平成 26 年 12 月 8 日 第 9 回健康 医療戦略参与会合資料7 より

198 第三章 行政の動向 新たに設立される日本医療研究開発機構に求められる機能を以下に示す ① 医療に関する研究開発の実施 プログラムディレクター PD プログラムオフィサ ー PO 等を活用したマネジメント機能 PDCA サイクルの徹底 ファンディング機 能の集約化 適正な研究実施のための監視 管理機能 ② 臨床研究等の基盤整備 臨床研究中核病院 早期 探索的臨床試験拠点 橋渡し研究 支援拠点の強化 体制整備 EBM エビデンス に基づいた予防医療 サービス手法 を開発するためのバイオバンク等の整備 ③ 産業化に向けた支援 知的財産権取得に向けた研究機関への支援機能 実用化に向け た企業連携 連携支援機能 ④ 国際戦略の推進 国際共同研究の支援機能 日本医療研究開発機構の組織体制については図6に示す 事業部門としては 戦略推進部 産学連携部 国際事業部 バイオバンク事業部 臨床 研究 治験基盤事業部 創薬支援戦略部の 6 つが設置され 上述の 4 つの機能を充実させ ていくものと思われる 図6 日本医療研究開発機構の組織体制 平成 26 年 12 月 8 日 第 9 回健康 医療戦略参与会合資料7 より 戦略推進部には 医薬品研究課 再生医療研究課 がん研究課 脳と心の研究課 難病 研究課 感染症研究課 研究企画課が設置される 図7 研究企画課以外の 6 つの研究 課がそれぞれの担当事業を推進するにあたり 上記の 5 つの事業部門が横櫛機能を発揮し 縦横連携を形成 マトリックス管理 運営を行うことにより全体最適化が図られる

199 第三章 行政の動向 図7 日本医療研究開発機構のプロジェクト推進のマトリックス管理 平成 26 年 12 月 8 日 第 9 回健康 医療戦略参与会合資料7 より 6 ゲノム医療への取組み 平成 27 年 1 月 21 日の健康 医療戦略推進会議において 健康 医療戦略及び医療分野 研究開発推進計画で決定されている ゲノム医療を実現するための取組みを関係府省 関 係機関が連携して推進するため ゲノム医療実現推進協議会 を設置することが決定され 第1回会合が 2 月 13 日に開催されている 構成メンバーは 内閣官房 健康 医療戦略 室長を議長に 文部科学省 厚生労働省 経済産業省の局長 審議官 コホート研究やバ イオバンクを実施 運営する大学や国立研究機関の責任者 研究者 医薬品医療機器総合 機構理事長が参加 民間からは日本製薬工業協会の代表者が加わっている 日本医療研究開発機構も上述のように バイオバンク事業部を設置しており ゲノム医 療実現推進に向けての司令塔機能を果たすことが期待される タイミングを合わせるように 米国ではオバマ大統領が年初の一般教書演説にて Presision Medicine Initiative と称する 個人毎の違いを考慮した予防 治療法を確立す るという政策を発表しており その中で 100 万人規模の研究コホートを創設することを 明言している これに匹敵するような画期的な提言が ゲノム医療実現推進協議会 から 発信されるのかどうか 注視しておく必要がある

200 第三章行政の動向 (2) オールジャパンでの創薬支援 1. 創薬支援ネットワーク平成 25 年 5 月に創薬支援ネットワークの本部機能を担う創薬支援戦略室が医薬基盤研究所に設置され 大学や公的研究機関等で生み出された優れた基礎研究の成果を医薬品としての実用化につなげるため 医薬基盤研究所 理化学研究所 産業技術総合研究所を中核としたオールジャパンの創薬支援体制が構築された 平成 26 年 5 月 23 日に健康 医療戦略推進法及び日本医療研究開発機構法が成立し 平成 27 年 4 月からは 創薬支援ネットワークの本部機能は 新たな独立行政法人である日本医療研究開発機構に移管されることになっている 2. 創薬支援ネットワークの現状と今後の展開医薬基盤研究所 理化学研究所 産業技術総合研究所の 3 独立行政法人が協力 連携して取り組んでいる創薬支援ネットワークにおいては 有望シーズの発掘からターゲットバリデーション HTS( ハイスループット スクリーニング ) 最適化研究 非臨床試験に至るまでの応用研究を中心に 革新的医薬品の創出を目指した切れ目ない創薬支援を推進している 創薬支援ネットワークを関係府省 関係機関が連携して推進するため 創薬支援ネットワーク協議会が設置された 協議会の構成員は 内閣官房健康 医療戦略室長を議長に 内閣府 文部科学省 厚生労働省 経済産業省の審議官 局長クラス 医薬基盤研究所理事長 理化学研究所総括担当理事 産業技術総合研究所ライフサイエンス担当理事 日本製薬工業会会長よりなる 本事業の特徴は これまでの研究助成を主とした研究支援とは異なり 豊富な経験と幅広い知識を養ってきた製薬企業出身の創薬支援戦略コーディネイターによる研究開発戦略の策定助言に加え 創薬支援ネットワークによる技術支援 最適化研究や非臨床試験に係る CRO 経費の負担が三位一体となった総合的な支援である アカデミア発の基礎研究成果を医薬品としての実用化へ繋げるべく 継ぎ目なく支援することが期待される 平成 26 年 10 月末までの創薬支援実績は 相談 評価によるシーズ評価 ( 目利き評価 ) 件数は 200 件以上を数え ネットワークによる技術支援を含めた総合支援による支援実施プロジェクトは 22 件に上っている 創薬支援ネットワークの構成と取組みを図 8に 2014 年 9 月までの創薬支援協議会の主な成果を図 9に示す

201 第三章 行政の動向 図8 創薬支援ネットワーク 平成 26 年 12 月 8 日 第 9 回健康 医療戦略参与会合資料8 より 図9 創薬支援ネットワーク協議会の主な成果 平成 26 年 12 月 8 日 第 9 回健康 医療戦略参与会合資料8 より

202 第三章 行政の動向 3 ARO 構築と創薬支援ネットワーク 日本医療研究開発機構が 適切にデザインされた科学研究費の公募要項と申請様式 レ ギュラトリーサイエンスに則した厳格な審査 そして周到なプロジェクトマネジメントを 適用すれば わが国は世界最強のイノベーション創出国家となるであろう ライフサイエンス イノベーションの目的は 疾病の制圧であり この目標を見失わず に英知を結集してことを進めることが肝要である イノベーションの創出には 医薬品の 開発 医療機器の開発のプロセスを医薬品医療機器等法に基づいて進めなければならない 文部科学省は 2007 年からの橋渡し研究支援推進プロジェクト 厚生労働省は 2011 年に 始まった早期探索臨床試験拠点整備事業 臨床研究中核病院整備事業のもとに 薬事面を 重視し ICH-GCP 準拠の質の高い臨床研究や治験を実施できるよう研究開発基盤の整備 を行いつつ 実際の開発の推進を行ってきた この利用者の取組みは 現在統合され革新的医療技術創出拠点 ARO Academic Research Organization 構築事業として進行している 文部科学省のプログラムによっ て 2014 年 8 月現在 計 30 を超える大学発シーズが治験に入っており 7 件のシーズが 承認 市販に至っている 加えて厚生労働省による難治性疾患克服事業においては 重点 課題として 2012 年と 2013 年にステップ 1 とステップ 2 を合わせて計 25 件が採択され ステップ 2 として治験を対象に予算投入された案件は 2015 年 1 月時点で全て治験に入っ ており 1 件は承認されている 革新的医療技術創出拠点プロジェクトの概要を図10に示す 図10 革新的医療技術創出拠点プロジェクト 健康 医療戦略室ホームページ掲載 平成 27 年度医療分野の研究開発関連予算のポイント 9)より

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