U 化学実習レポート Ⅰ-C タンパク質の 化学 (SDS 電気泳動 / ウエスタンブロット ) 実習担当 : 化学第 講座 作成 :070800375 下貴 ( 医学科 2008 年度 学 ) 1 実習の 的 体から分取した組織や培養細胞中に あるタンパク X が発現しているかどうか ( またどれだけ発現しているか ) を調べたいとき 化学でよく使われる 法の 1 つがウエスタンブロットである この 法は (1) まず SDS 電気泳動によって試料中のタンパクを分 量別に分けて (2) さらにタンパク X と特異的に結合する抗体を いて検出することで 的のタンパク X の存在とおよその発現量を い精度で知ることができる 本実習では ウエスタンブロットを いて Hela 細胞のリン酸化 EGFR (p-egfr) を検出することを 的とする EGF(epithelial growth factor; 上 増殖因 ) は細胞増殖を促すシグナル分 であり EGFR(EGF Receptor) は EGF と結合するチロシンキナーゼ型の受容体である 右図のように EGFR に EGF が結合すると 受容体の細胞内ドメインの交差的リン酸化が起こる この部分に各種のアダプタータンパクがつくことで シグナルを下流へと伝達される stryer 5th figure 15.34 本実習で いる抗 p-egfr 抗体は EGF 刺激により活性化されたリン酸化 EGFR(p-EGFR) と特異的に結合する ( リン酸化されていない EGFR には結合しない ) そこで Hela 細胞に EGF を添加したサンプル 添加していないサンプル の 2 種類を いて それぞれ電気泳動とウエスタンブロットを い 前者で p-egfr が存在し 後者では存在しないことを確認するのが 本実習の 的である これをより 般的に い直すと ウエスタンブロットによって EGF による EGFR のリン酸化を検出できる ことになる EGFR を介したシグナル伝達 (3 課題で説明する ) は 発がんに深くかかわっている たとえば抗が ん剤のゲフィチニブ ( 商品名イレッサ ) は 術不能または再発した 肺の 細胞癌に いられる が この作 機序は EGFR の リン酸化を選択的に阻害する というものである また がん組織で遺伝 のどの部分が変異したかによって イレッサの有効性が変わることが知られて いる そのため イレッサの投与前に EGFR の遺伝 診断を い 投与するかどうかを決定する こ の検査は 最もはやく保険適 された遺伝 診断の 1 つである 検査内容の概要を以下に す : 1
EGFR の exon18,19,21 はチロシンキナーゼ領域をコードしており この部分の遺伝 変異によりチロシンキナーゼ活性が恒常的に亢進することが 細胞のがん化に関与している. exon18,19,21 の変異を調べ 変異があるとイレッサが有効 exon20 の codon790 に変異 (T790M) があると イレッサに耐性 K-ras 遺伝 の codon12 あるいは 13 に点突然変異があると イレッサが無効となる可能性がある ( 臨床検査データブック 2009-2010 より ) 2 実験 法と結果 1 試料の準備 SDS-PAGE まで Hela 細胞を2つのディッシュで 清なしで 10 時間培養し その後 のディッシュのみ 50ng/ml の EGF を5 分間添加する Hela 細胞は 1951 年に亡くなった 宮頸がん患者に由来する はじめてのヒト由来の株化細胞 ( 培養 で半永久的に維持 増殖が可能な細胞 ) であり 現在でもヒト細胞を いた各種の研究でよく いられている 清には ( 各種の増殖因 も含め ) さまざまな物質が っているから 清なしで培養することで その影響が出ないようにしている SDS-PAGE サンプルバッファを添加して 細胞を超 波で破砕し (sonication) 加熱してタンパクの SDS 化を った アクリルアミドゲルを作成し 上記の SDS 化した試料の電気泳動 (SDS-PAGE) を った ここで レーン構成を下表にまとめておく SDS-PAGE の原理については 1-B のレポートですでに説明したから ここでは繰り返さない 1 2 3 4 5 6 7 8 9 A アミドブラック染 B ウエスタン (β- アクチン ) C ウエスタン (p-egfr) marker EGF(-) EGF(+) marker EGF(-) EGF(+) marker EGF(-) EGF(+) 2 ブロッティング ブロッキング 検出反応 前準備として スポンジ ろ紙 メンブレン ( ニトロセルロース膜 ) をブロッティング緩衝液に浸しておく 電気泳動したゲルを取り出し スポンジ ろ紙 ゲル メンブレン ろ紙 スポンジの順で 気泡が らないように密に重ねていき ブロッターにセットする 電源をつないて電圧をかけ (60V,60min) ゲルからメンブレンへとタンパクの転写 ( ブロッティング ) をおこなう メンブレンを A B C の3つに切断して それぞれ次のように処理する A は 以下の 順でアミドブラック染 を う アミドブラック液に浸す (10 分 ) 脱 剤に浸す (10 分 ) フィルムにパックしてそのまま保存する B C はブロッキング (5% スキムミルク /TBS-T 液に 40 分浸す ) し TBS-T で洗浄する 2
ここで SDS-PAGE 以降の実験 法についてまとめて解説しておこう 電気泳動後の アクリルアミドゲル アミドブラックによる 特異的染 ニトロセルロース膜に タンパクを転写 抗体を いた 特異的染 ニトロセルロース膜 http://www.bio.eng.osaka-u.ac.jp/ez/_userdata/2008_page_lecture.pdf( 改変 ) 概要 ( 上図 ) 電気泳動後のアクリルアミドゲルとニトロセルロース膜を重ねあわせて電圧をかけることで ゲル中のタンパクをニトロセルロース膜へと転写する ( ブロッティング ) ニトロセルロース膜を A~C の 3 つに切り離し A はアミドブラックによって 特異的なタンパクの染 を う ( アミドブラック染 ) B C はそれぞれβ-actin p-egfr に対する特異的抗体を いて これらのタンパクを検出する ブロッティングについて アクリルアミドゲルのままだと 抗体反応をうまく うことができない そこでゲルから特殊な素材の膜 ( 般名としてはメンブレンと呼ぶ 本実習ではニトロセルロース膜 ) へとタンパクを転写することで 抗体反応を うことができるようにする この操作をブロッティングという ウエスタンブロット の名称はこの操作から来ている 右図のように バッファーに浸したスポンジ ろ紙でゲルとニトロセルロース膜を挟み 両側から電圧をかける SDS 化したタンパクはマイナスの荷電を持つから プラス極 ( ゲルからニトロセルロース膜の ) へと移動する アミドブラック染 について アミドブラック (amido black 10B) は右図 のような構造式を持つ ので 全タン 3 wikipedia(e) amido black 10B
パクと結合する性質があるから ニトロセルロース膜上のタンパクを 特異的に染 することができる ブロッキングについてニトロセルロース膜には微細な孔が空いていて この孔にタンパクが り込むようになっている ブロッティングでアクリルアミドゲルのタンパクをニトロセルロース膜に転写した後 膜をタンパク溶液 ( ここでは市販のスキムミルク ) に浸して 残りの孔を埋めてやる この操作をブロッキングという ニトロセルロース膜は タンパクを< 層だけ> 吸着することのできる膜だと考えればいい ブロッキングを わずに抗体反応を うと 空いている孔に抗体が吸着してしまう スキムミルク中に豊富に含まれるタンパクで孔を全部埋めてやることで 抗体は 的のタンパク X と特異的に結合することができるようになるのである もちろん タンパクどうしが弱い接着や 抗体と 的以外のタンパクの弱い結合が起こることがある 順中の Wash は こうした弱く結合したタンパクを除去することを 的とする Wash に使う TBS-T はトリス緩衝液に Tween-20 を加えたもので Tween-20( 界 活性剤 ) を加えることで弱く結合したタンパクを除去しやすくしている 抗体反応と ECL による検出 ブロッキング後のニトロセルロース膜に 的のタンパク X に特異的に結合する 次抗体を加えて反応させる Wash して弱く結合したタンパクを除去した後 次抗体の Fc 部分に特異的に結合する 次抗体を加えて 反応させる ( 右図 ) この 次抗体には HRP(horse radish peroxidase; 洋わさびペルオキシダーゼ ) という酵素が結合されている そこで メンブレンに対して ECL 溶液を加えると 酵素反応により溶液中の蛍光物質が励起し 弱い蛍光を発する これを暗室中で X 線フィルムにあてて感光させることで 的のタンパク X の位置にバンドを得る ECL(enhanced cehmilunescence) は商品名 さて 上の説明を読んで 2 種類も抗体を 意して反応させるのは 倒だから 1 種類の抗体だけでできないのか という疑問を持つ がいるかもしれない この疑問に対しては 次のように答えることができる すなわち 確かに 1 種類の抗体だけで済む製品もある ( たいていはかなり有名なタンパクを検出する製品 ) しかし 般に < 的のタンパク X に対する 次抗体をつくる>と < 次抗体に結合する 酵素で標識した 次抗体をつくる>という 2 つの作業に分割した が 全体としてコストは低くなる 3 1 次抗体 2 次抗体 ECL による検出まで メンブレン B C を パックしたフィルム内で 1 次抗体と結合させ (40 分 ) その後 TBS-T で洗浄 する (10 分 +5 分 +5 分 ) < 添加する 1 次抗体 > メンブレン B:β-actin( mouse anti-human β-actin) 1000 in 5% skim-milk/tbs-t メンブレン C:P-EGFR(rabbit anti-human P-EGFR) 1000 in 5% skim-milk/tbs-t 4
これらの 次抗体はそれぞれ ヒトβ-actin に対する マウス由来の抗体 ヒト p-egfr に対する ラビット由来の抗体 を意味する また 1000 は 1000 倍濃縮 つまり 1000 倍の skim-milk/tbs-t に溶解して使うという意味 各メンブレンを やはりパックしたフィルム内で2 次抗体と結合させ (40 分 ) その後 TBS-T で洗浄する (10 分 +5 分 +5 分 ) < 添加する 2 次抗体 > メンブレン B:HRP-conjugated rabbit anti-mouse IgG 2000 in 5% skim-milk/tbs-t メンブレン C:HRP-conjugated goat anti-rabbit IgG 2000 in 5% skim-milk/tbs-t これらの 次抗体はそれぞれ HRP を結合させた マウス IgG に対する ラビット由来の抗体 HRP を結合させた ラビット IgG に対する ヤギ由来の抗体 を意味する ECL 溶液を調製してメンブレンに添加し 暗室中で X 線フィルムへの感光を う 4 結果の検討 β-actin( 遺伝 名は ACTB) は actin のアイソフォームの 1 つで 筋組織以外の細胞 格にユビキタスに発現しているので ウエスタンブロットで positive control としてよく いられる positive control とは 必ず成功する対照群のこと 対象となる細胞は必ずβ- actin を含み また抗 β- actin 抗体の信頼性も確かめられているから ウエスタンブロットを うとβ- actin は必ず正しいバンドが出るはず 逆にβ - actin のバンドが出ないということは (β- actin が存在しないのではなく ) 実験が失敗した と考えらえる positive control と対をなすのは negative control で これは 必ず失敗する対照群のこと たとえば細胞を SDS 化した試料のかわりに を加えてウエスタンブロットを うと バンドが出るはずがない もしここでバンドが出た場合は たとえば実験途中で何らかのタンパクが混 したり 抗体の特異性が りない ブロッキングがうまくいっていないなどの可能性が考えられる NCBI のデータベースより 各タンパクの分 量は β-actin(np_001092.1) 41.6(kDa) EGFR(NP_005219) 132.0(kDa) となるが これはペプチド配列から計算した値で EGFR はさらに 40kDa の糖鎖がつき 全体で 170kDa となるようだ ( タカラバイオ Active EGF receptor EIA Kit の製品ページによる ) また p-egfr は リン酸化によって分 量がやや上昇していると思われる 下図にアミドブラック染 したメンブレン A ECL によるタンパク検出を ったメンブレン B C を す 5
marker A. アミドブラック染 B. ウエスタン C. ウエスタン (β-actin) (p-egfr) 250 150 75 50 75 50 37 150 100 25 M - + M - + M - + メンブレン B からみると 分 量が 37-50kDa の間に明瞭なバンドをみとめる これはβ-actin と考えて間違いないだろう メンブレン A でもβ-actin と思われる明瞭なバンドをみとめる ( 印 ) この結果から 実験操作は成功していると考えられる 次にメンブレン C をみると 150-250kDa の間 (250kDa より ) に明瞭なバンドをみとめる やや分 量が くみえるのが気になるが p-egfr だと考えられる これはメンブレン A では この辺りの分 量のタンパクが薄くなって判別できない 細胞内に存在する EGFR/p-EGFR の量が相対的にわずかだであることが原因だとおもわれる http://www.scbt. 参考までに 右図はバイオ企業の EGFR 関連製品からの引 で レ com/ja/datasheet-16802-pegfr-tyr-1092h-antibody.html ーン A は EGFR レーン B は p-egfr を す p-egfr のバンドは 132-243kDa の間の 243kDa に近い に出ており メンブレン C のバンドが p-egfr であるという推定を 持している また p-egfr のバンドが ( リン酸化により?) EGFR と べやや 分 量側にシフトしていることがわかる 3 課題 1 SDS-PAGE について 濃縮ゲルと分離ゲルのそれぞれの役割について述べよ SDS-PAGE の概要については 1-A のレポートで説明した SDS-PAGE では右図のように 濃縮ゲル (stacking gel) と分離ゲル (separating gel; running gel) という 組成の異なる 2 種類のゲルを いる 各ゲルと泳動 バッファの組成は : 濃縮ゲル l:tris-hcl(ph6.8),6-18 % Polyacrylamide 分離ゲル :Tris-HCl(pH8.3),6-18 % Polyacrylamide 泳動バッファ :Tris(pH8.3), グリシン 泳動バッファ中のグリシン (Gly) の等電点は約 6 だから グリシンは ph8.3 では きく負に ph6.8 で はわずかに負に帯電している 6
( 右図上 ) 濃縮ゲル (ph6.8) 中では グリシンの電荷は少なく 移動速度は Cl - イオン > SDS 化タンパク > Gly の順になる Cl - イオンは最もはやく流れるので Cl - イオンと Gly の間のイオン濃度が低下 = 抵抗が増 し この領域に い電圧がかかる そのため SDS 化タンパクと Gly は Cl - イオンを追いかけるようにして はやく進む しかし Cl - イオンとの境界付近では イオン濃度が い= 電圧は くないため 移動速度は遅くなる このようにして 濃縮ゲルと分離ゲルの境界付近で 的のタンパクが濃縮される (stacking は積み重なる くらいの意味 ) buffer stacking gel running gel buffer Gly SDS 化 タンパク Cl- イオン ( 右図下 ) 分離ゲル (ph8.3) 中では グリシンの荷電が きくなることで グリシンが SDS 化タンパクに先 し SDS 化タンパクの付近では電位が均 になる そこで SDS 化タンパクは分 量にしたがった移動速度で移動する ( つまり 分離される ) http://www.bio.eng.osaka-u.ac. jp/ez/_userdata/2008_page_lecture.pdf( 改変 ) 2 EGF のシグナル伝達経路について説明せよ EGFR を介するシグナル伝達経路は細胞のがん化に深くかかわることから よく調べられている 下に すに主要な経路を 順に追っていこう EGF が受容体チロシンキナーゼである EGFR に結合すると EGFR は 量体化し 互いに互いの細胞内 ドメインをリン酸化して 活性化する EGFR の細胞内ドメインにはさまざまなアダプタータンパクが つく 図では きく 3 つの経路が されている 図の左側から順に 簡単に説明すると : (1)PLC 活性化 細胞膜の PIP3 を DG と IP3 に分解 IP3 は 胞体の Ca チャネルに作 してこれを開き 細胞質の Ca2+ 濃度が上昇 DG と Ca2+ は PKC を活性化 活性型 PKC は核に移 し 転写因 を活性化 (2)JAK 活性化 転写因 STAT シリーズが活性化し 核に移 (3)GRB 活性化 Sos を介して Ras 活性化 MAPK カスケード (MAPKKK MAPKK MAPK) 7
各種転写因 の活性化 以上のような各経路で 細胞増殖に必要な遺伝 の転写が活性化され 細胞増殖という effect が実現す る http://kugi.kribb.re.kr/kugi/pathways/biocarta/h_egfpathway/ 3 EGF および β-actin の分 量を調べ 実験結果と 較して検討せよ 2-4 ですでに述べた 8