Kienbock 病 : キーンベック病 (130612) 研修に来ていた研修医が実際に自ら経験した病気 勉強になったのでまとめてみようと思う 20 代男性 大学生でテニス部 最終診断がつく 3 ヵ月前から 左手に荷重がかかった時などに軽度の痛みを認めていた ある朝起きた時に激痛になっており 特に誘因も無いため寝違えたかと思ったとのこと 持続痛と軽度の腫脹あり 手背中央に指 1 本で示せるくらいの圧痛点あり 発赤無し 外傷などの誘因無し 最初に診察した 2 人の整形外科医は写真で異常なしとの判断 3 人目の整形外科医が上記診断を下した 保存的加療で症状は軽快 病歴をまとめる O: 徐々に 安静では気がつかない位で発症した P: 安静で痛み無し 冷やすとやや軽減 手を突くような姿勢が痛い ( 手をついても背側に響いて痛い感じ ) 握るのは問題なし Q: ずきずきするように痛い 経験したことのないような痛み VAS 1 5/10( 人生最悪の痛みを 10) R: 放散無し 背側の手の付け根に限局 S: 一番痛い時には これは病院に行かないとマズイと感じるくらいの痛み ただ 最も痛い時でも生活上は困らないくらい T: 最初は負荷がかかった時だけの間欠痛であったが 最終的には持続痛 Kienbock 病について重要そうなところを抜き出してみる Kienbeck s 病は月状骨の無腐性壊死疾患であり 欧米にくらべるとわが国では比較的症例 が多い 3)
(Carpus. Wikipedia http://en.wikipedia.org/wiki/carpus) Kienbock は外傷後の月状骨軟化症の X 線所見と臨床症状を詳細に報告した 彼は 外力により月状骨の血行が途絶 軟化 圧壊すると考えた 以来 Kienbock 病の病因に関しては大きな外傷によるもの ( 特に骨折 ) 職業による頻回の微小外力などの説が有力である しかし最近 これらの力学的な原因よりも 栄養血管が破綻したり ( 虚血 ) 急速な閉塞を起こす( 梗塞 ) 要因が注目されている 1) 本疾患は青 壮年で手をよく使う労働に従事する男性に好発するという記載が多い しかし 外傷の既往のない人や 若年者や高齢者での発症がかなり報告されており われわれもこのような患者に遭遇することがある したがって本疾患の原因に 手関節の外傷や繰り返す微小外力が関与するという説は 推測の域を出ておらず いまだ病因としては一定の見解は得られていない 1) 成因に関して 慢性の繰り返される外力によって生じるものか 1 回の外力による骨折後の壊死なのかコンセンサスは得られていない 2) 本疾患の発症に関する危険因子としては ulnar minus variant( 尺骨が橈骨に比べて短い ) との関連 月状骨そのものの形態や月状骨の血管分布などが指摘されている 1) Hulten は ulnar minus variant の手関節では 繰り返すストレスが月状骨に作用しやすく Kienbock 病における ulnar minus variant の出現率は 78%(18/23) と高率であったと報告して
いる しかし 日本の Kienbock 病の患者での ulnar minus variant の出現率は 田島らによると 18% Yajima によると 22% と必ずしも高くない 1) 月状骨の血管分布の相違も危険因子として考えられている Gerberman らは 92% の月状骨は掌側および背側の 2 方向から血行を供給されているが 8% は掌側 1 方向から供給されていると報告した 月状骨の血行を生体でより詳細に観察できるようになると Kienbock 病が この 8% の人に起こりやすいのかどうか明らかにされるであろう 1) 最近 Kienbock 病を含めた骨壊死について 骨梗塞という概念が提唱されている Jurado は さまざまな原因で発生した炎症はサイトカインの産生を亢進し 凝固系システムを活性化することを指摘している そして 形成された血栓が 局所の血流を低下 ( 虚血 ) させたり 急速な塞栓を起こす ( 梗塞 ) 可能性を報告している 1) 手関節部の痛みや運動制限を主訴として来院する 1) 大部分は手関節に負担のかかる利き手発症である 3) 主要症状は 手関節月状骨部の圧痛 腫脹 可動域制限および握力低下 2) 手関節背側中央の疼痛 軽度腫脹を伴うこともあり 可動域制限がみられる 病期と臨床症状とは必ずしも一致せず 時に進行した Kienbock s 病による伸筋腱の皮下断裂 あるいは手根管症候群を発症して受診することもある 3) 大部分の症例では誘因となる特別な外傷の既往はない しかし 若年者 特に中学 高校生のスポーツ選手では きっかけとなる外傷の既往があることが多い 1) 外傷時に自覚した疼痛は 安静により寛解するため そのまま放置したり あるいは 病院で受診していても 手関節捻挫 と診断され しばらく様子をみましょう と言われていることが多い そして しばらく痛みはなかったが 最近ふたたび痛みを自覚するようになったということで来院するが このときの痛みはすでに月状骨の圧面のはじまりを意味している 1) 確定診断は手関節単純 X 線写真による 月状骨に限局した硬化像 圧壊 扁平化 分節化像などを認める 3) 手関節の基本的な撮影は正面 ( 背 - 掌側方向 ) 像と側面像である 1) 月状骨の X 線像の変化に基づいた Lichtman の病期分類は 本症の病態を把握するうえでも また治療法の選択をするうえでも有用である 1) stage I: 骨折のある例を除いて通常は正常像である stage II: 月状骨に骨硬化像を認める 後期になると橈側に軽度の圧壊を認める stage Ⅲ: 月状骨全体の圧壊を認める 手根骨間の靱帯に弛みが生じ いわゆる手根不安定症をきたす Ⅲ-A では 舟状骨の掌側回旋変形は固定していないが 皿 -B になると同変形が固定される stage Ⅳ:stageⅢの所見に加えて 手根骨間や橈骨手関節間に変形性関節症を認め
る Stage I から stage Ⅳの初期における単純 X 画像の所見は非常に軽微なため診断が難しい 1) 成長期においては初期像を見逃さないことが重要であり わずかな骨梁の乱れや骨硬化像を左右比較して評価する 2) 病変は月状骨の橈側 橈骨月状骨関節面に近い部分に強く変化が現れるが 全体に変化の及ぶ場合もある 尺骨突き上げ症候群や骨嚢腫などとの鑑別診断が時に困難な場合もみられる 3) 初診時の単純 X 線検査で異常が見つからず その後数週しても月状骨や月状骨周囲の圧痛が残存している合 本症の早期発見のためには MRI は過剰検査といえない 1) ( 参考文献 1 より引用 ) 単純 X 線像にて不明瞭な場合は MRI が有用であり T1 強調像で月状骨内が低信号を呈し
ていれば Kienbock 病が強く疑える 2) 正常海綿骨は T1 強調像で高信号 T2 強調像で中程度の信号強度を示す 虚血により海綿骨の脂肪組織すなわち黄色骨髄が失われるために T1 強調像で低信号を呈することが特徴であり 診断的価値が高い しかし T2 強調像については 虚血による壊死の進行度や修復機転の程度によって信号強度は複雑に変化するため その診断的価値については重きをおくべきではないといわれている T1 強調像で信号の低下を認めるが 一部に高信号部分を認める場合には 治療により良好な予後が期待できるとの報告がある 1) 成長期における骨修復能力の高さおよび骨端線の存在から 初期例では まずは保存療法が選択されるべきであり 安静固定や背側装具療法などを行う しかし一定期間の保存療法が無効 あるいは圧潰により骨形態の変化をきたしている進行旧例は手術療法の適応 2) 成長期における手術法の選択に際し 各種骨切り術や固定術などは 骨端線の存在から問題点も指摘されている しかし骨端線閉鎖が近い症例では 骨 関節形態を変化させる手術を行っても 術後の骨成長障害は軽微であり 成人 Kienbock 病と同様な方針でよいと考える 2) ( 文献 2 の ) 著者らは ulnar minus variant 症例には 橈骨短縮術 ( 短縮幅 2~3mm) を zero または plus variant 例では橈骨楔状骨切り術を施行している 骨端線閉鎖までにかなりの骨成長が予測される年少者には 舟状骨 大菱形骨 小菱形骨間 (STT) 仮固定や血行再建術が適切 2) stage による治療方法のおおよそのめやすを示したが コンセンサスを得られていないのが現状であり 症例に応じて年齢 性別 職業などを考慮し 各治療方法の長所 短所を考慮して適応を決めているのが実際である 3) ( 参考文献 3 より引用 )
安易に捻挫や関節炎と診断せずに 経過が長い場合には Kienbock 病も念頭に置きながら診察 していきたいと思う X 線写真も 漫然と眺めることなく 注意する点をはっきりさせながら読影を心 掛けようと思う 参考文献 1. 伊藤和生, 高原政利, 荻野利彦.Kienbock 病と手根骨壊死の画像診断. 臨床画像 22(5): 548-554, 2006. 2. 山崎哲也. 手関節のスポーツ外傷 障害. 関節外科 27(12): 1604-1609, 2008. 3. 堀井恵美子, 篠原孝明, 建部将広. 狭義の手根骨に起因する痛みの診断と治療. 痛みと臨床 6(1): 36-44, 2006.