具合が大きくなり 一般相対性理論 3 に基づく重力の記述が破綻するためである この問題を解決する新しいアプローチとして 1997 年米国プリンストン大のマルダセナ教授は ブラックホールの中心を含めて正しく重力を記述する理論を提唱した この理論によれば ちょうどホログラムが立体図形の情報を平面上に記録

Similar documents
ます この零エネルギーの輻射が量子もつれを共有できることから ブラックホールが極めて高温な防火壁で覆われているという仮説が論理的必然でないことを明らかにしました 本研究の成果は 米国物理学会誌 Physical Review Letters に 2018 年 5 月 4 日 ( 米国東部時間 ) オ

Microsoft Word - プレス原稿_0528【最終版】

ひも理論で探る ブラックホールの謎

1/10 平成 29 年 3 月 24 日午後 1 時 37 分第 5 章ローレンツ変換と回転 第 5 章ローレンツ変換と回転 Ⅰ. 回転 第 3 章光速度不変の原理とローレンツ変換 では 時間の遅れをローレンツ変換 ct 移動 v相対 v相対 ct - x x - ct = c, x c 2 移動

2011 年度第 41 回天文 天体物理若手夏の学校 2011/8/1( 月 )-4( 木 ) 星間現象 18b 初代星形成における水素分子冷却モデルの影響 平野信吾 ( 東京大学 M2) 1. Introduction 初代星と水素分子冷却ファーストスター ( 初代星, PopIII) は重元素を

相対性理論入門 1 Lorentz 変換 光がどのような座標系に対しても同一の速さ c で進むことから導かれる座標の一次変換である. (x, y, z, t ) の座標系が (x, y, z, t) の座標系に対して x 軸方向に w の速度で進んでいる場合, 座標系が一次変換で関係づけられるとする

報道発表資料 2008 年 11 月 10 日 独立行政法人理化学研究所 メタン酸化反応で生成する分子の散乱状態を可視化 複数の反応経路を観測 - メタンと酸素原子の反応は 挿入 引き抜き のどっち? に結論 - ポイント 成層圏における酸素原子とメタンの化学反応を実験室で再現 メタン酸化反応で生成

数値計算で学ぶ物理学 4 放物運動と惑星運動 地上のように下向きに重力がはたらいているような場においては 物体を投げると放物運動をする 一方 中心星のまわりの重力場中では 惑星は 円 だ円 放物線または双曲線を描きながら運動する ここでは 放物運動と惑星運動を 運動方程式を導出したうえで 数値シミュ

第2回 星の一生 星は生まれてから死ぬまでに元素を造りばらまく

研究機関とサイエンスコミュニケーション①(森田)

1/12 平成 29 年 3 月 24 日午後 1 時 1 分第 3 章測地線 第 3 章測地線 Ⅰ. 変分法と運動方程式最小作用の原理に基づくラグランジュの方法により 重力場中の粒子の運動方程式が求められる これは 力が未知の時に有効な方法であり 今のような 一般相対性理論における力を求めるのに使

多次元レーザー分光で探る凝縮分子系の超高速動力学

研究成果東京工業大学理学院の那須譲治助教と東京大学大学院工学系研究科の求幸年教授は 英国ケンブリッジ大学の Johannes Knolle 研究員 Dmitry Kovrizhin 研究員 ドイツマックスプランク研究所の Roderich Moessner 教授と共同で 絶対零度で量子スピン液体を示

銀河風の定常解

物理学 II( 熱力学 ) 期末試験問題 (2) 問 (2) : 以下のカルノーサイクルの p V 線図に関して以下の問題に答えなさい. (a) "! (a) p V 線図の各過程 ( ) の名称とそのと (& きの仕事 W の面積を図示せよ. # " %&! (' $! #! " $ %'!!!

2 成果の内容本研究では 相関電子系において 非平衡性を利用した新たな超伝導増強の可能性を提示することを目指しました 本研究グループは 銅酸化物群に対する最も単純な理論模型での電子ダイナミクスについて 電子間相互作用の効果を精度よく取り込める数値計算手法を開発し それを用いた数値シミュレーションを実

ブラックホールを コンピュータ上で 創る 柴田大 ( 京都大学基礎物理学研究所 )

             論文の内容の要旨

報道関係者各位 平成 26 年 5 月 29 日 国立大学法人筑波大学 サッカーワールドカップブラジル大会公式球 ブラズーカ の秘密を科学的に解明 ~ ボールのパネル構成が空力特性や飛翔軌道を左右する ~ 研究成果のポイント 1. 現代サッカーボールのパネルの枚数 形状 向きと空力特性や飛翔軌道との

栗まんじゅう問題の考察 篠永康平 ドラえもんの有名な道具の一つに バイバイン というものがある これは液体状の薬品で 物体に 1 滴振り掛けると その物体の個数が 5 分ごとに 2 n 個に増殖する 食べ物の場合は 食べるなどして元の形が崩れると それ以上の増殖はない 5 分ごとに 2 倍に増えるの

1. 内容と成果研究チームは 天の川銀河の中心を含む数度の領域について 一酸化炭素分子が放つ波長 0.87mm の電波を観測しました 観測に使用した望遠鏡は 南米チリのアタカマ砂漠 ( 標高 4800m) に設置された直径 10m のアステ望遠鏡です 観測は 2005 年から 2010 年までの長期

Microsoft PowerPoint - H21生物計算化学2.ppt

陦ィ邏・3

報道関係者各位 平成 24 年 4 月 13 日 筑波大学 ナノ材料で Cs( セシウム ) イオンを結晶中に捕獲 研究成果のポイント : 放射性セシウム除染の切り札になりうる成果セシウムイオンを効率的にナノ空間 ナノの檻にぴったり収容して捕獲 除去 国立大学法人筑波大学 学長山田信博 ( 以下 筑

PRESS RELEASE 2019 年 4 月 3 日理化学研究所金沢大学国立天文台 ガンマ線バーストのスペクトルと明るさの相関関係の起源 - 宇宙最大の爆発現象の理論的解明へ前進 - 理化学研究所 ( 理研 ) 開拓研究本部長瀧天体ビッグバン研究室の伊藤裕貴研究員 長瀧重博主任研究員 数理創造プ

スライド 1

木村の理論化学小ネタ 理想気体と実在気体 A. 標準状態における気体 1mol の体積 標準状態における気体 1mol の体積は気体の種類に関係なく 22.4L のはずである しかし, 実際には, その体積が 22.4L より明らかに小さい

JPS-Niigata pptx

Microsoft PowerPoint - hiei_MasterThesis

Microsoft Word - 中村工大連携教材(最終 ).doc

DVIOUT-SS_Ma

早稲田大学大学院日本語教育研究科 修士論文概要書 論文題目 ネパール人日本語学習者による日本語のリズム生成 大熊伊宗 2018 年 3 月

WTENK5-6_26265.pdf

1. 背景血小板上の受容体 CLEC-2 と ある種のがん細胞の表面に発現するタンパク質 ポドプラニン やマムシ毒 ロドサイチン が結合すると 血小板が活性化され 血液が凝固します ( 図 1) ポドプラニンは O- 結合型糖鎖が結合した糖タンパク質であり CLEC-2 受容体との結合にはその糖鎖が

これまでの研究と将来構想

H20マナビスト自主企画講座「市民のための科学せミナー」

4. 発表内容研究の背景熱力学は物理学の基礎理論の一つであり その応用は熱機関や化学反応など多岐にわたっています 熱力学においてとりわけ重要なのは 第二法則です 熱力学第二法則とはエントロピー増大則に他ならず 断熱された系のエントロピーが減ることはない と表されます 熱力学第二法則は不可逆な変化に関

0 21 カラー反射率 slope aspect 図 2.9: 復元結果例 2.4 画像生成技術としての計算フォトグラフィ 3 次元情報を復元することにより, 画像生成 ( レンダリング ) に応用することが可能である. 近年, コンピュータにより, カメラで直接得られない画像を生成する技術分野が生

平成 28 年度山梨県学力把握調査 結果分析資料の見方 調査結果概況 正答数分布グラフ 分布の形状から児童生徒の解答状況が分かります 各学校の集計支援ツールでは, 形状だけでなく, 県のデータとの比較もできます 設問別正答率 無解答率グラフ 設問ごとの, 正答率や無解答率が分かります 正答率の低い設

博士論文 考え続ける義務感と反復思考の役割に注目した 診断横断的なメタ認知モデルの構築 ( 要約 ) 平成 30 年 3 月 広島大学大学院総合科学研究科 向井秀文

プランクの公式と量子化

1/30 平成 29 年 3 月 24 日 ( 金 ) 午前 11 時 25 分第三章フェルミ量子場 : スピノール場 ( 次元あり ) 第三章フェルミ量子場 : スピノール場 フェルミ型 ボーズ量子場のエネルギーは 第二章ボーズ量子場 : スカラー場 の (2.18) より ˆ dp 1 1 =

デジカメ天文学実習 < ワークシート : 解説編 > ガリレオ衛星の動きと木星の質量 1. 目的 木星のガリレオ衛星をデジカメで撮影し その動きからケプラーの第三法則と万有引 力の法則を使って, 木星本体の質量を求める 2. ガリレオ衛星の撮影 (1) 撮影の方法 4つのガリレオ衛星の内 一番外側を

Exploring the Art of Vocabulary Learning Strategies: A Closer Look at Japanese EFL University Students A Dissertation Submitted t

研究の背景これまで, アルペンスキー競技の競技者にかかる空気抵抗 ( 抗力 ) に関する研究では, 実際のレーサーを対象に実験風洞 (Wind tunnel) を用いて, 滑走フォームと空気抵抗の関係や, スーツを含むスキー用具のデザインが検討されてきました. しかし, 風洞を用いた実験では, レー

物体の自由落下の跳ね返りの高さ 要約 物体の自由落下に対する物体の跳ね返りの高さを測定した 自由落下させる始点を高くするにつれ 跳ね返りの高さはただ単に始点の高さに比例するわけではなく 跳ね返る直前の速度に比例することがわかった

大宇宙

ニュートン重力理論.pptx

論文の内容の要旨

2 図微小要素の流体の流入出 方向の断面の流体の流入出の収支断面 Ⅰ から微小要素に流入出する流体の流量 Q 断面 Ⅰ は 以下のように定式化できる Q 断面 Ⅰ 流量 密度 流速 断面 Ⅰ の面積 微小要素の断面 Ⅰ から だけ移動した断面 Ⅱ を流入出する流体の流量 Q 断面 Ⅱ は以下のように

() 実験 Ⅱ. 太陽の寿命を計算する 秒あたりに太陽が放出している全エネルギー量を計測データをもとに求める 太陽の放出エネルギーの起源は, 水素の原子核 4 個が核融合しヘリウムになるときのエネルギーと仮定し, 質量とエネルギーの等価性から 回の核融合で放出される全放射エネルギーを求める 3.から

Microsoft Word - 201hyouka-tangen-1.doc

報道関係者各位 平成 29 年 10 月 30 日 国立大学法人筑波大学 ディンプル付きサッカーボールの飛び方 ~サッカーボール表面におけるディンプル形状の空力効果 ~ 研究成果のポイント 1. サッカーボール表面のディンプル形状が空力特性に及ぼす影響を 世界に先駆けて示しました 2. サッカーボー

する距離を一定に保ち温度を変化させた場合のセンサーのカウント ( センサーが計測した距離 ) の変化を調べた ( 図 4) 実験で得られたセンサーの温度変化とカウント変化の一例をグラフ 1 に載せる グラフにおいて赤いデータ点がセンサーのカウント値である 計測距離一定で実験を行ったので理想的にはカウ

パソコンシミュレータの現状

スライド 1

Microsoft PowerPoint - システム創成学基礎2.ppt [互換モード]

高エネルギー加速器研究機構

Excelによる統計分析検定_知識編_小塚明_5_9章.indd

Microsoft Word - 博士論文概要.docx

木村の物理小ネタ ケプラーの第 2 法則と角運動量保存則 A. 面積速度面積速度とは平面内に定点 O と動点 P があるとき, 定点 O と動点 P を結ぶ線分 OP( 動径 OP という) が単位時間に描く面積を 動点 P の定点 O に

ここで, 力の向きに動いた距離 とあることに注意しよう 仮にみかんを支えながら, 手を水平に 1 m 移動させる場合, 手がした仕事は 0 である 手がみかんに加える力の向きは鉛直上向き ( つまり真上 ) で, みかんが移動した向きはこれに垂直 みかんは力の向きに動いていないからである 解説 1

う特性に起因する固有の量子論的効果が多数現れるため 基礎学理の観点からも大きく注目されています しかし 特にゼロ質量電子系における電子相関効果については未だ十分な検証がなされておらず 実験的な解明が待たれていました 東北大学金属材料研究所の平田倫啓助教 東京大学大学院工学系研究科の石川恭平大学院生

機械学習により熱電変換性能を最大にするナノ構造の設計を実現

Microsoft PowerPoint - 第7章(自然対流熱伝達 )_H27.ppt [互換モード]

3 数値解の特性 3.1 CFL 条件 を 前の章では 波動方程式 f x= x0 = f x= x0 t f c x f =0 [1] c f 0 x= x 0 x 0 f x= x0 x 2 x 2 t [2] のように差分化して数値解を求めた ここでは このようにして得られた数値解の性質を 考

ゼロからはじめる「科学力」養成講座1(2009年度)

Xamテスト作成用テンプレート

共同研究目次.indd

Microsoft PowerPoint _量子力学短大.pptx

Microsoft Word - Chap17

PowerPoint Presentation

untitled

共同開発研究の中核として 研究開発を進めている 研究内容と成果 2 種類のシリコン結晶をひとつのウエハー内に持つという SOI 構造 ( 図 1) の特長を最大限に活かした 高い放射線検出効率を持った信号処理回路一体型の微細ピクセルセンサーを実現した ( 図 2 図 3) 開発した SOI ピクセル

基礎統計

Q

スライド タイトルなし

<91BA8E5290C428938C8B9E91E58A778D918DDB8D CA48B868F8A909495A898418C CA48B868B408D5C208B408D5C92B CD967B939682C982D082C682C282C882CC82A C2082B182CC92988ED282C995B782AF207C208CBB91E C8

線積分.indd

背景と経緯 現代の電子機器は電流により動作しています しかし電子の電気的性質 ( 電荷 ) の流れである電流を利用した場合 ジュール熱 ( 注 3) による巨大なエネルギー損失を避けることが原理的に不可能です このため近年は素子の発熱 高電力化が深刻な問題となり この状況を打開する新しい電子技術の開

ダンゴムシの 交替性転向反応に 関する研究 3A15 今野直輝

自然界に思いをはせる ( エーテル = 第 5 元素 ) 地と天は異なる組成 古代ギリシャの四元素説空気 火 木 地も天も同じ組成 古代中国の五行説 火 土土水 ( いずもりよう : 須藤靖 ものの大きさ 図 1.1 より ) 金 水 2

Microsoft PowerPoint - 1章 [互換モード]

Microsoft PowerPoint - 東大講義09-13.ppt [互換モード]

宇宙はなぜ暗いのか_0000.indd

ギリシャ文字の読み方を教えてください

Microsoft Word - t30_西_修正__ doc

プラズマ バブルの到達高度に関する研究 西岡未知 齊藤昭則 ( 京都大学理学研究科 ) 概要 TIMED 衛星搭載の GUVI によって観測された赤道異常のピーク位置と 地上 GPS 受信機網によって観測されたプラズマ バブルの出現率や到達率の関係を調べた 高太陽活動時と低太陽活動時について アジア

Microsoft PowerPoint - 公開講座 pptx

03マイクロ波による光速の測定

Microsoft PowerPoint - 測量学.ppt [互換モード]

Microsoft Word - 01.doc

と呼ばれる普通の電子とは全く異なる仮説的な粒子が出現することが予言されており その特異な統計性を利用した新機能デバイスへの応用も期待されています 今回研究グループは パラジウム (Pd) とビスマス (Bi) で構成される新規超伝導体 PdBi2 がトポロジカルな性質をもつ物質であることを明らかにし

<4D F736F F D C668DDA97705F81798D4C95F189DB8A6D A8DC58F4994C5979A97F082C882B581798D4C95F189DB8A6D A83743F838C83585F76325F4D F8D488A F6B6D5F A6D94468C8B89CA F

Transcription:

報道関係者各位 平成 26 年 4 月 23 日大学共同利用機関法人高エネルギー加速器研究機構国立大学法人京都大学国立大学法人茨城大学 ブラックホールを記述する新理論をコンピュータで検証 本研究成果のポイント ホログラムが立体図形を平面上に記録できるように ブラックホールのように曲がった時空で起こる力学現象を平坦な時空上で厳密に記述できる新理論に基づき 重力の量子力学的効果が無視できない条件下でのブラックホールの質量と温度の関係をコンピュータで計算 従来の検証は 重力の量子力学的効果が無視できる状況下で多く行われてきたが 本研究で得られた結果は 新理論が重力の量子力学的効果が無視できない領域でも正しいことを強く示唆 この研究手法の発展により ブラックホールの蒸発に関連した様々な謎の解明につながるものと期待 概要 大学共同利用機関法人高エネルギー加速器研究機構 ( KEK) 素粒子原子核研究所の西村淳准教授は 京都大学の花田政範特定准教授 伊敷吾郎特任助教 茨城大学の百武慶文准教授と共同で ブラックホールで起こる力学現象を厳密に記述できる新理論を コンピュータによって数値的に検証した ブラックホール 1 は 一度中に落ち込むと光の速さをもってしても外に出られないという 宇宙空間にぽっかり開いた 黒い穴 である これに対して 1974 年 英国のホーキング博士は ブラックホールの周りで粒子と反粒子が対をなして生成したり消滅したりする微視的な効果を考慮することにより ブラックホールが輻射を出しながらゆっくりと蒸発していくことを理論的に導いた このことからホーキングは ブラックホールが一定の 温度 2 を持った物体と見なせることを示した 一方で このようなブラックホールの性質を ブラックホールの内部から精密に理解することは これまで困難と考えられてきた それは ブラックホールの中心に近づくにつれ 時空の曲がり

具合が大きくなり 一般相対性理論 3 に基づく重力の記述が破綻するためである この問題を解決する新しいアプローチとして 1997 年米国プリンストン大のマルダセナ教授は ブラックホールの中心を含めて正しく重力を記述する理論を提唱した この理論によれば ちょうどホログラムが立体図形の情報を平面上に記録できるのと同様に ブラックホールのように曲がった時空で起こる力学現象を 平坦な時空上で精密に記述できる 今回の研究では マルダセナの理論を用いてブラックホールの質量と温度の関係をコンピュータで数値的に計算 様々な大きさのブラックホールに対して計算した結果が 従来の超弦理論 4 に基づく重力の量子力学的な効果 5 の近似計算 ( 別の研究 ) の結果と一致することを確認した これまでの多くの検証は重力の量子力学的な効果が無視できる状況下で行われてきたが 本研究の検証はそれらを越える結果を与えるものである マルダセナの理論は 従来の超弦理論に基づく近似計算よりも適用範囲が広いと考えられ 本研究によって確立された数値的な手法をさらに発展させることにより ブラックホールの蒸発に関連した様々な謎の解明につながるものと期待される この研究成果は 2014 年 4 月 17 日 ( 米国東部時間 ) 付の米国科学誌 Science のオンライン版に掲載された 背景 一般相対性理論は 重力の起源を時空の曲がり具合に由来するとする アインシュタインの理論であり 重力にまつわる巨視的な現象の記述において 大きな成功をおさめてきた この理論により 宇宙が膨張していることや 宇宙にブラックホールなるものが存在しうることなどが理解されてきた 一方 宇宙の始まりやブラックホールの蒸発などを考えるには 重力の量子力学的な効果を取り入れた微視的な記述が必要である そのため 一般相対性理論を超えた理論が探求されてきた ブラックホールを含む重力理論について ホログラム のような見方を最初に議論したのは 1993 年トホーフトと1995 年のサスカインドの論文である マルダセナは重力の量子力学的な効果を取り入れた微視的な記述方法として最有力候補である超弦理論の研究に基づき ホログラム に相当する物理系を具体的に予想したのである マルダセナの理論の正しさは ここ十数年にわたる研究により 様々な角度から検証されてきた しかし これまでの解析的な研究は ブラックホール周辺の重力の量子力学的な効果が無視できる状況下のものが中心であり この制約を越えてマルダセナの理論が正しいかどうかについては ほとんど手がかりが得られていなかった コンピュータを用いた数値的な手法は こうした制約を越えてマルダセナの理論に関する具体的な計算を可能にするものであり 重力の量子力学的な効果を含めた検証というブレークスルーが期待されていた 研究内容と成果 マルダセナによれば ブラックホールの ホログラム に相当する理論を用いることにより ブラックホールの質量と温度の関係をはじめ ブラックホールの様々な性質を調べることができる そこで本研究では この理論に基づいてブラックホールの質量をコンピュータで計算し 重力の量子力学的な効果を正しく含む 従来の超弦理論に基づいて近似的に計算して得られた結果と比較した ( 図 1)

図 1 ブラックホールの質量と温度の関係縦軸 横軸は それぞれブラックホールの質量と温度に相当する量を表し 通常の質量や温度を表すkgや といった単位とは異なる単位を用いている のシンボルはそれぞれ ブラックホールの構成要素の数 Nが 3 4 5の場合について マルダセナの理論によりブラックホールの質量を計算した結果を温度に対してプロットしたものである 一方 一点鎖線 破線 実線の3 種類の曲線は やはりブラックホールの構成要素の数 Nが 3 4 5の場合について 従来の超弦理論に基づいて重力の量子力学的効果を近似的に取り入れて計算した別の研究 (Y. Hyakutake, Prog.Theor. Exp.Phys.(2014) 033B04) からの結果である 両者は異なる理論計算に基づくが よく一致していることがわかる ブラックホールを構成する要素の数をNとすると 先行研究では主に Nが十分大きく 重力の量子力学的効果が無視できる場合の解析がなされており Nが小さい場合にこの理論が本当に正しくブラックホールを記述しているかどうかは 未解決の問題であった 図 1では ブラックホールを構成する要素の数をNとし N=3 4 5の場合について結果を示した Nが小さいほど小さなブラックホールを表し ブラックホール表面での時空の曲がり方が激しくなるため 重力の量子力学的効果が顕著になる この効果によりブラックホールが不安定になるため 計算が困難になることが知られていたが 今回 新しい計算法を考案することにより 計算上の技術的な困難を克服し 質量の値を求めることに成功した 2つの異なる理論計算が一致したことにより マルダセナの理論の計算から得られた結果が 従来の超弦理論と同様 重力の量子力学的効果を正しく含んでいると結論づけられた

本研究の意義 今後への期待 この研究では ホログラム を用いたブラックホールの新しい記述法に関するマルダセナの理論を検証した これまでの研究では 重力の量子力学的効果が無視できる状況下で様々な検証がなされてきたが 今回の研究ではこれをさらに一歩進めて 重力の量子力学的効果を含めた検証に成功した点において 大きな意義がある 従来の超弦理論に基づく計算は 量子重力的効果がさらに顕著になるような状況には適用できないことが知られているが マルダセナの理論を用いた計算手法は そのような状況にも適用可能と考えられており 今後 本研究をさらに発展させることにより ブラックホールの蒸発に関連した様々な謎が解明できるものと期待される 例えば ホーキングが用いた近似の範囲内では ブラックホールから発せられる輻射から そこに落ち込んだ物体の情報を読み取ることはできない これはブラックホールの蒸発に伴う 情報喪失問題 と呼ばれ 20 世紀に確立した現代物理学の二大柱である 一般相対性理論と量子力学の間の深刻なパラドックスと考えられてきた マルダセナの理論によるブラックホールの新しい記述法は ブラックホールが時間的に変化していく状況にも適用できると期待され この 情報喪失問題 の解明につながる可能性がある 本研究は多くの先行研究を受け継いたものであり その研究の流れの中で得られた研究成果の一つである また ホログラム を表す物理系を具体的に実現するマルダセナの理論は 重力の量子論の最有力候補である超弦理論に対する新しい研究手法の一つと見なすこともできる 今回の研究成果を契機に マルダセナの理論あるいは超弦理論の研究がさらに進展し 重力の量子力学的な効果が重要となる 宇宙の始まりや宇宙の成り立ちについても新しい知見が得られることが期待される なお 本研究で使用した計算機は KEKが保有するPCクラスターならびに HPCI 一般利用課題 スーパーコンピュータで解き明かす超弦理論の物理 ( 一般財団法人高度情報科学技術研究機構 (RIST) 神戸センター課題番号 hp120162 課題代表者: 花田 副代表者 : 伊敷 ) により提供された大阪大学のPCクラスターである 雑誌名 :Science ( オンライン版 :4 月 17 日号 ) 論文題名 : Holographic Description of a Quantum Black Hole on a Computer ( 和訳 : 量子ブラックホールのホログラム的記述の数値的検証 ) 著者名 :M. Hanada, Y. Hyakutake, G. Ishiki and J. Nishimura DOI: 10.1126/science.1250122 用語解説 1 ブラックホール大きな質量を持った物体が 非常に小さな領域に押し込められたときに形成される時空構造 重力の起源を時空の曲がり方とする一般相対性理論から その存在が予言された ブラックホールを直接的な観測により確認することは難しいが 様々な間接的な証拠により 宇宙にはたくさんのブラックホールが存在することがわかっている 生成過程としては様々なものが考えられているが 例えば 太陽の30 倍以上の質量を持った星が超新星爆発を起こした後に生成すると考えられる 天の川銀河の中心部にも巨大なブラックホールが存在すると考えられているが その生成過程は明らかになっていない

2 ブラックホールの温度ホーキングの研究により ブラックホールはすべての物を飲み込んでしまうだけではなく 少しずつ粒子などを放出することが理論的に示された 放出される粒子などのエネルギー分布は 熱せられた黒体 ( 電磁波を完全に吸収するような物体 ) から発せられるものと一致しており その黒体の温度が何度の場合に一致しているか ということをもって そのブラックホールの温度を定義することができる ホーキングの計算は ブラックホールの表面で起こる粒子 反粒子の対生成 対消滅という量子力学的な現象の考察に基づいており ブラックホールの内部に存在する物体の温度と解釈できるものかどうかは明らかでなかった これはブラックホールの内部を正しく取り扱うために 量子重力的な記述が必要不可欠であるためである マルダセナの理論においては ブラックホールの温度は ホログラム を表す物理系の温度と同定できる 3 一般相対性理論アインシュタインが提唱した重力の理論 それまで重力の理論としては ニュートンの万有引力の法則が知られていた アインシュタインは光の速度が どのような速さで動いている人から見ても一定であることを原理として いわゆる特殊相対性理論を構築 時間と空間を完全に独立した概念とする従来の考え方を修正した さらにこれを 11 年かけて発展させ 重力を時空の曲がり方によって記述する一般相対性理論を構築した 重力が十分弱い状況では ニュートンの万有引力の法則が再現されるが 重力がある程度以上強い状況では 違う結果を予言する そのような状況で 一般相対性理論の方が正しい予言を与えることは 水星の近日点移動などの観測から確認されている また重い天体によって時空が実際に曲がることは その重い天体の背後にある天体の像が二重に見える 重力レンズ効果 によっても確認されている 一方 重力が極端に強くなる状況下では 一般相対性理論に基づく時空の描像が破綻することが知られている 4 超弦理論素粒子を大きさのない点ではなく 弦 すなわち紐状の広がりを持ったものと考える素粒子の理論 その原型は 核力を微視的に記述する模型として 1970 年前後にベネチアーノ 南部 後藤をはじめとする研究者によって提唱された 一般相対性理論を越えて 重力を微視的に記述する理論の候補として考えられるようになったのは 1980 年代前半頃からであり これにはグリーン シュワルツ ウィッテンをはじめとする多くの研究者が貢献した 1990 年代半ばになると Dブレーン と呼ばれる 弦の凝縮状態 がポルチンスキーによって解明され これが超弦理論におけるブラックホールに相当することがわかった マルダセナの理論は この Dブレーンの研究に基づいて提唱された 5 重力の量子力学的効果量子力学とは 20 世紀初頭に確立した新しい力学法則 量子力学においては 一般に物理量は不確定性を持っており どのような確率でどのような測定結果が得られる といった確率的な予言しかできない 巨視的な現象においては こうした不確定性が無視できるほど小さく 従来の古典力学が近似的に再現されることがわかるが 微視的な現象の記述においては 正しく量子力学的な効果を取り入れる必要がある 一般相対性理論は 重力の古典力学的な記述のしかたを与えるものであり 量子力学的な効果は取り入れられていない 従って 重力が極端に強くなり その結果として時空の曲がり方が

極端に大きくなると 量子力学的な効果が無視できなくなり 一般相対性理論に基づく時空の記述のしかたは破綻する 超弦理論は 重力の量子力学的効果を正しく記述する理論の最有力候補として40 年以上にわたり研究されてきたが 現時点で確立している超弦理論の計算手法では 重力の量子力学的効果が比較的小さいときに これを近似的に取り入れることしかできない これに対して 超弦理論から発展したマルダセナの理論は 重力の量子力学的効果を完全に取り入れることができると予想されており そのような効果が非常に大きい状況にも適用可能な計算方法として期待されている