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時間節および時間句 時 頃 の用法 前田直子 1 はじめに 時( とき ) と 頃 ( ころ ) はどちらも時間的状況を指定する副詞的従属節を構成する要素である 1) 東京へ出てきた { 時 / 頃 } この鞄を買った 品詞論的に言えば どちらも形式的な名詞であるが 時 は次のように 実質名詞としての用法を持ちうるのに対し 頃 は常に修飾節を伴う必要があり 形式度は 時 より 頃 のほうが高い 2) 時が経てば 時が来れば 時の権力者 一方 形式度が高い 頃 は 次のような複合名詞を盛んに構成するが 時 にはこのような機能はない 3)3 時頃 1 月頃 月曜日頃 明治時代頃 18 世紀の半ば頃こうした 頃 の機能は 頃 の意味的な特徴とも関わっている 頃 は辞書において 時を その前後を含めて漠然とさす語 ( 広辞苑第五版 ) と記述されているように おおよその時間を示す語であって 時 に比べるとゆるやかに時間的状況を限定すると言える このような特徴を持った 時 と 頃 は 形式的な名詞であって 接続助詞ではない よって 必ずしも常に主節の出来事に対する時間的な状況を示す節や句を構成するわけではない 例えば次のように 文の主題や主語 補語 あるいは連体修飾を行うことも可能である 4) 大学に入学した { 時 / 頃 } が一番楽しかった では 形式的な名詞である 時 や 頃 が節や句を構成する場合 主節事態を修飾する連用節あるいは連用句として機能する場合と 名詞を修 1

飾する連体節 連体句として機能する場合とではどちらが多いのだろうか 本稿は評論を対象とし 時 頃 という類義の形式的名詞の使われ方について調査する それにより 両名詞の文法的な差異を示すとともに 日本語教育における両名詞の指導についても考察する 2 連用節と連体節 複文を構成する従属節をどのように分類 体系化するかについては様々な考え方があるが ここでは 次のような分類体系であると認めておく (cf. 前田 2009) 5) {実質名詞修飾節( 連体修飾節 ) {連体節{{形式名詞修飾節( 補足節 ) 従属節{{副詞節{連用節{{並列節 連用節は主に接続助詞によって従属節と主節が結びつけられるのに対し 連体節は 被修飾名詞を修飾し その名詞が主節の何らかの成分となって 主節に組み込まれる このように 連用節と連体節は本質的には異なるものであるが 形式的な名詞を被修飾名詞とする場合は 従属節は連用節を構成するとも 連体節となっているとも考えられる 例えば 次の例文は 弟が生まれた時に が連用節となって主節を時間的に修飾 限定しているが 同時に 弟が生まれた が 時 を修飾する連体節となっているとも解釈できる 6) 弟が生まれた時に 父がこの鯉のぼりを買った 時 が次のように 文の必須的な成分になったり あるいは 時 のような形式的な名詞ではなく 実質的な名詞が用いられたりすると それは連体節と見なすのが より容易となる 7) 弟が生まれた時が 私たち家族の一番幸せな時代だった 8) 弟が生まれた年に 父がこの鯉のぼりを買った 2

日本語の連用節の中には 形式的な名詞から構成される形式が多々見られる それによって連用節が豊かになり 多様な意味の違いが表し分けられている そして 時 と 頃 はそのような性質を持つ典型的な形式的名詞である 3 時 と 頃 3.1 調査概要形式的な名詞である 時 と 頃 は 連用節にも連体節にもなり得るが ではいったいどちらの用法の方が多いのだろうか それを調べることによって 時 と 頃 のそれぞれが 名詞 ( 実質名詞 ) としての性質 機能をどのくらい持つのか あるいは逆に 接続助詞的な機能をどのくらい発達させているか どのくらい文法化されているか ということが見えてくるだろう なお 時 も 頃 も述語に後続するだけではなく 名詞 +の に後続して連用句 連体句を構成することもできる 名詞 +の に後続するのも 接続助詞にはない性質であり 名詞性の高さを示すものであると考えられる よって この点についても調査を行う 調査対象は 評論を中心に 49 冊を集約したコーパス Castel / J 2000 ( 日本語教育支援システム研究会 ) を使用した まずは位相的な変異の少ない かたい書きことばにおいて 時 と 頃 がどのように使われているかを確認するためである 3.2 調査結果と考察 3.2.1 節か句か 時 および 頃 が述語を受ける場合 すなわち節末に現れる場合と 名詞 +の や連体詞などを受ける場合 すなわち句末に現れる場合とを比べると 次のようになった 3

表 1 節と句 節 句 計 時 2102 968 3070 頃 217 327 544 総数を見ると 頃 より 時 の方が 5 倍以上多く使用されている 日本語の時間表現として 時 は 頃 よりも基本的な形式であることがあらためて確認されたと言えるだろう また節か句かという点から見ると 時 に関しては従属節で使われる場合が従属句末の約 2 倍であるのに対し 頃 は従属句で用いられるほうが多く 節の場合の約 1.5 倍である 時 においては節での使用が圧倒的であったことに比べれば 頃 では節と句の使用はほぼ対等ともいえる すなわち 時 については 海外旅行に行った時 という節を受ける場合の方が 海外旅行の時 のような場合より多く使われる一方 頃 については 大学に通っていた頃 よりも 大学生の頃 の方がやや多く使われる ということである 3.2.2 連体節 連体句か 連用節 連用句か次に 節 句それぞれでの用法について 特に連体節が全体のどのくらいの割合を占めるかに注目する 時 も 頃 も 主節にかかっていく連用用法と の を伴って名詞にかかっていく連体用法を持ち さらに だ を伴って文の述語となる場合がある これらを分類すると 表 2 のようになる 表 2 連体用法 連用用法 述語用法 時 頃 節句計連体節連用節述語連体句連用句述語 206 (10%) 1826 70 125 (13%) 818 25 3070 2102 968 27 (12%) 179 11 40 (12%) 269 18 544 217 327 4

連体 連用 述語についての具体的な例を 節については 時 句については 頃 の例で挙げると 以下のようになる 9) この作品は その青木という男に町角でひょっくり出会った時の雄吉の気持ちの動きを書いたものであるが この中で 雄吉がはじめて青木にほれこむところをこう書いている ( 日本人の言語表現 ) 10) 自分が生きていく上で 会社の業務と小説を書くことを比ベた時 どちらがより本質的な仕事であるかについての答えはあまりに明確であったからだ ( 働くということ ) 11) 実際 会社勤めをしていて最も不安な気分に襲われるのは 企業の成績が振るわず しかもそれが続いて他社に吸収合併されるのではないか と噂が囁かれたりする時である ( 働くということ ) 12) 子供の頃の O は いたずら好きの元気な男の子であったが 学年が進むにつれて成績が下がり 英語と数学はとくに苦手で中学校は下の成績でやっと卒業した ( 犯罪の心理学 ) 13) 松の能 は荒神神楽と並んで慶長の頃 盛行した浄土神楽に関係する能といわれる ( 日本人の死生観 ) 14) 日本で特に雨の多い時期は, 南と北の高気圧がぶつかるつゆ ( 梅雨 ) と秋雨のころである ( 新しい社会地理 ) 表 2 の 連用 とは 時間的状況を示す副詞節 副詞句の場合だけでなく 文の必須成分 ( 例えば主語や対象語など ) の場合も含むため 当然ながら 時 でも 頃 でも また節 句ともに 連用 での用法が突出している 一方 時の 頃の といった連体用法は 10 13% 程度で 節を受ける 時 の場合に 10% と最も低くなるが あまり大きな差はないと言える 時間を表す節は連体用法を持つとはいえその割合は高くないこと 5

助動詞肯定否定ルテイル非過去過去非過去非過去非過去時間節および時間句 時 頃 の用法 ( 前田 ) を確認した 3.2.3 節の前に来る述語とその形式 時 頃 が接続助詞のように述語に続く場合 その述語の形態にはどのようなものが現れるだろうか 表 3 節の前に来る述語とその形式 動詞述語 タテイタイ形容詞述語過 去ない ナ形容詞述語過否去定名詞述語 過去否878 138 812 40 61 1 68 3 9 47 2 7 5 1 28 頃 39 89 19 4 62 1 1 1 1 圧倒的に動詞述語の肯定形が多く 形容詞述語 名詞述語は少ない中で 頃 のイ形容詞の割合が高いことが注目される 漠然とした時間を指す 頃 が 状態の開始 終了の明確でない形容詞となじむと言えるのかもしれない 動詞述語の場合 時 では非過去のほうが過去より多く 頃 では圧倒的に過去の方が多くなることから 頃 は具体的な事態の描写 ことに過去の描写の方に好まれるということがわかる 時 が非過去形で用いられるときは 一般的事象 反復 習慣的事象を述べる場合であり 条件節と近似の時もある 定時 15) 消費が落ち込むとき その対象となるのは 必需的消費ではなく選択的消費である ( 平成 5 年版経済白書 ) 16) 日本近代史を考えるとき つねにその光と影の両面をみすえたいと わたしはねがってきた ( 近代の潮流 ) 17) 新連邦と旧アラブ連合とを比較するとき そこには大きなヴィジョンの差が見受けられる ( 二十世紀の世界 ) 6

表 4 節に後接する助詞ゼロににはにもがをとに(なる)に(比べからまではもでもなど時間節および時間句 時 頃 の用法 ( 前田 ) 3.2.4 節に後接する助詞 時 や 頃 はその後ろに に や は が付くほか 何も助詞が付かない (=ゼロの) 場合もあって そのことが 時 頃 が他の名詞と異なり 接続助詞的な性質を持つことを裏付ける根拠と考えられてきた では 実際にはどのような助詞と共起する ( あるいはゼロとなる ) 場合が多いのであろうか て)802 349 237 23 37 5 24 10 6 15 2 229 31 23 16 18 頃 67 25 16 2 1 3 6 1 33 1 21 2 1 すべて 時 に後続する場合で だけ より 各 3 よりも なんか というのは でさえ 各 2 って だけは なら ほど 各 1 である その他 時 時 頃 に後続する助詞で最も多いのは ゼロ すなわち 何も助詞類が付かない場合である このことは 時 頃 が名詞ではなく接続助詞として文中で機能しているということを改めて裏付けるものである 時間を表す 時 や 頃 は 格助詞 に とりたて助詞 は も そして両者が供に用いられた には にも を伴いやすいことが指摘されているが 今回の調査でもそれは裏付けられ 時 頃 ともに ゼロ>に>は>には>にも の順であった だが 時間的関係を表す助詞は に だけではない 期間を表す から まで は 時 よりも 頃 のほうに接続しやすい 特に 頃 は から との共起率が高い それは 時 が時間軸上の特定の一時点を指すのに対し 頃 はもう少し漠然とした時間を表すということとも関係しているであろう 一方 格助詞を伴い 文の成分となる すなわちまだ実質名詞性を色濃 7

く保持しているといえるのは 頃 ではなく 時 の方であり それは 時 のほうがより多様な助詞類と結びつくことからも言えるだろう あるいは 次のように 時 が単に時間的状況を表すだけでなく 時間 や 場面 と言った名詞と同義で用いられる場合があることからもわかる それに比べると 頃 はあくまでも修飾語を必須とする名詞 すなわち形式名詞としての性質が強いということになる 18) 本書もそろそろ 幕をおろさねばならないときがきたようである ( まなざしの人間関係 ) 19) カミが現われるところ そしてカミが示現するときが 神的なものが降臨する聖なる空間であり 時間であるとされたのである ( 神と仏 ) 20) おそらく未来永劫彼女らの本名は明らかになるときはあるまいと思われる ( 日本人の言語表現 ) 3.2.5 句の前に来る名詞のタイプ 時 と 頃 では 頃 の方が漠然とした時を表すという特徴を持つことは先に見たが では の時 の頃 の前に来る名詞類にはどのような違いがあるだろうか まず第一に 時 句 頃 句の前に来るもっとも頻度の高い形式は指示連体詞 この その あの であり 時 句 頃 句ともに出現例の半数以上を占めた 今回の調査対象は書きことばであり その この が高い頻度で出現したが あの もわずかに使われている 表 5 指示連体詞 + 時 句 この その あの 時 句 968 例 220 287 11 518 頃 句 327 例 84 87 4 175 304 374 15 693 8

指示連体詞に続いて多く出現するのが普通名詞である の時 の頃 の前に来る名詞は共通するものも多いが 異なるものもある 小学生 中学 1 年生 学生 など学校生活 学年に関わる名詞はどちらにも出現するが 幼少 幼児 少年 のような特定の範囲を指さない名詞になると 時 は使いにくく 頃 が用いられる また 子供 はどちらにも出現するが 特に 頃 での出現率が高い 時 のみで出現するのは する が接続できる漢語動詞のたぐいで 恋愛 選挙 食事 などであり また 結婚式 授業 スト のような出来事を表す名詞も 時 で使用される 一方 頃 のみで出現するのは 6 7 世紀 弥生 慶長 幕末 や 大正デモクラシー のような歴史的時代区分を表す場合 それから 最初 最後 初期 などである こうしたわずかな違いはあるが 両者は供に使われる場合も多く 特定の出来事 赤穂浪士討ち入り ( の頃の江戸の騒ぎを経験したい ) や 祭り など 人間の成長段階を示す 赤ちゃん 子ども 小学生 中学生 あるいは 歳 などは両者で使用される だが いよいよ ふつう といった副詞に の が後続して 時 に連なることがあるが 頃 にはこのような例はない 頃 より 時 の方が多様な用法を持つと言える 21) 底力を発揮するのは追い詰められたいよいよの時だ ( 日本語をみがく小辞典 < 名詞篇 >) 22) たしかに人間も樹木と同じようにふつうの時には みなそこそこに生きており 人間性 の骨格がぎりぎりのところで問われるようなことはあまりない ( 故事成語 ) 3.2.6 句に後接する助詞 3.2.4 で節を受けた 時 頃 に続く助詞類を見たが 句に続く場合は 9

表 6 句に後接する助詞ゼロににはにもがをとに(なる)からまでまでにより(比はもでもだけまで時間節および時間句 時 頃 の用法 ( 前田 ) 以下のようになった 較)は355119 43 8 9 5 8 9 19 2 1 4 95 20 5 6 6 頃 116 25 19 2 6 4 10 46 2 1 1 30 1 2 1 その他 時 その他は 時 が 以外 以来 だって でさえ など ばかり 頃 は 以降 である 句の場合の後ろに続く助詞に関しても 節と類似の結果となった やはりゼロが最も多く 続いて に または は そして には が続く また 頃 に関しては から との共起が高い頻度を占める点も共通である 3.3 日本語教育に与える示唆 時 と 頃 はいずれも時間を表す形式的な名詞であるが 日本語教育における扱いは両者で違いがある 時 は基本的な表現として 初級文法において必ず取り上げられるものであるが 頃 は中級でも取り上げられない場合がある 文法的 機能的語句を網羅的に記述しているグループ ジャマシイ 教師と学習者のための日本語文型辞典 ( くろしお出版 ) にも 時 は取り上げられているが 頃 は取り上げられていない おそらく 文法的な形式というよりは 実質的な形式と考えられているのであろう しかし 両者の違いを考えるとき 意味的な側面だけでなく文法的 形式的な面でも違いがあることを指摘することは重要であろう 頃 は 時 よりも後から取り上げられるべき学習項目であることは当然として その使い方については 以下のような点に注意が必要であると考えられる 10

⑴ 時 および 頃 については 節の用法 すなわち接続助詞的な機能が全面に出されることが多いが 名詞 +の に続くような句の用法についても十分に導入することが必要である この時 時 頃 の名詞としての本来の意味をしっかり理解すること ( そして それ自体はそれほど難しいことではない ) が 他の用法への理解と産出にもつながるだろう ⑵ 名詞性を持つ 時 頃 は連用用法だけでなく連体用法 ( 時の N 頃の N) を持つが 文の必須成分になる場合も含めて, 連用用法が 9 割を占め 中心的な用法であると言える 残り 1 割強の分布を持つ連体用法については それほど難しいとは思われないので 必須成分になる場合のほかにも 様々な助詞類に接続する場合を含めて 中級より上の段階での確認が期待される ⑶ 句の用法では 圧倒的に指示代名詞 ( この その あの ) が付く場合が多い この用法は 節の用法や生産的な句の用法に入る前に導入することが実際的な面では有効であるが 一方で指示語 ( コ ソ ア ) の体系についての理解が必要となる ⑷ 句の用法の場合 時 と 頃 では前に来る名詞に違いがある それはこの 2 形式の本来の意味とも関わるが 頃 のほうが決まった名詞につきやすく 生産性に劣るので 学習者にとっては定型的な使用が可能となり 理解や使用の負担はむしろ少ないと言える ⑸ 時 および 頃 に後続する助詞が ゼロか に か は か には かについては かたい文体では ゼロ が圧倒的に多いことを指摘することは 学習者の学習負担を減らすことになると考えられる 4 おわりに 時 と 頃 は 意味的には違いがあるものの どちらも時間を表す形式的な名詞であり 格助詞を伴わないでも用いられ 接続助詞的な機能 11

を果たすものと考えられてきた この 2 形式について書きことば ( 評論 ) をデータに 先行する節の述語形式や語句 後続する助詞について調査を行なった その結果 両者は類似している点が多いものの 相違点もあり それらをもとに 日本語教育の場面での導入について考察 提案を行った 時 と 頃 は意味的な違いは比較的明確であるものの 使用環境について比較した考察は従来 あまりなかったが 今後は こうした類義表現についての形式的な相違について コーパスを利用して数量的に調査することが 日本語学習者と日本語教師の様々な負担を軽減するものと期待できる また それは類義表現研究の新たな側面を指摘するものであることも期待されるであろう 参考文献グループ ジャマシイ (1998) 教師と学習者のための日本語文型辞典 くろしお出版塩入すみ (1995) トキとトキニとトキ( ニ ) ハ 時を表す従属節の主題化形式と非主題化形式 日本語類義表現の文法( 下 ) くろしお出版日本語記述文法研究会 (2008) 現代日本語文法 6 第 11 部複文 くろしお出版豊田豊子 (1977) と と とき( 時 ) 日本語教育 第 33 号前田直子 (2009) 日本語の複文 条件文と原因 理由文の記述的研究 くろしお出版 ( 日本語日本文学科教授 ) 12