網田, 五十嵐, 松川, 鈴木, 渡邉, 山谷, 永瀬 図 1. 腹腔鏡手術時の右卵管所見 A. 右卵管峡部 2 か所に腫瘤を認める ( 矢印 ) B. 腫瘤部位の卵管漿膜下にバソプレシン (0.1 単位 /ml) を局所注射した後に線状切開を加えた ( 矢印 ) 図 2. 卵管線上切開右卵管峡部の

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2. 診断 どうなったら TTTS か? 以下の基準を満たすと TTTS と診断します (1) 一絨毛膜性双胎であること (2) 羊水過多と羊水過少が同時に存在すること a) 羊水過多 :( 尿が多すぎる ) b) 羊水過少 :( 尿が作られない ) 参考 ; 重症度分類 (Quintero 分類

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これらの検査は 月経周期の中で下記のような時期に行われます ( いつでも検査できるわけではありません ) 図中のグラフは基礎体温の変動を示し 印は月経を示します 月経周期における検査の時期 高温期 低温期 月経 月経 血液検査 LH FSH E2( エストラジオール ) AMH 精液検査 排卵日 血

平成 27 年 8 月改定版こともあります [ アンタゴニスト法 ] 月経が開始してから2~3 日目 ( 前の周期に経口避妊薬を使うこともあります ) から卵巣刺激の注射 (hmg 製剤 FSH 製剤 ) を開始します 原則として連日注射し 数日間の注射の後には超音波検査やホルモン測定により 卵巣の

多量の性器出血があったとき 装着後数ヵ月以降に月経時期以外の 発熱をともなう下腹部痛があったとき 性交時にパートナーが子宮口の除去糸に触れ 陰茎痛を訴えたとき 脱出やずれが疑われる * 症状があるとき ( 出血や下腹部の痛み 腰痛の症状が続くなど ) * ご自身で腟内の除去糸を確認して脱出の有無を確

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であり 一方 既婚者は54人 41 2 た また外陰掻痒感 9 9 月経痛や月経量の増 であった 加など 6 8 月経の変化を訴える者もいた パー 未婚者では 20 24歳が最も多く61 6 を占 トナーの異常を訴える者は8例のみと少なかっ め 次いで15 19歳

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2章 部位別のアプローチ法は 最後はちょっと意地悪な質問であるが この一連の問答に 従来わが国で 腹部全般痛のアプローチ と呼ばれてきたものの本質がある わが国では腸閉塞のことを と表現すること もう 1 つ X 線 もしくは CT と腸閉塞を区別しよう でびまん性の腸管拡張を認めるものを と言うた

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日を記載してご本人にお渡ししています 以前は 母子手帳の届けは 胎児がはっきり見えて心拍動を確認してからと指導していましたが 妊娠初期の諸検査時 母子手帳内の妊婦健診の無料券 ( 割引券 ) をつかうと若干安くなりますし 梅毒やHIV( エイズ ) は 妊娠週数がすすむと胎児感染をおこす危険性があり

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て それ以後は中止してください [ ショート法 ]short 法 月経 周期の1~ 3 日目 から点鼻薬 ( スプレキュア ) を開始する方法で 卵巣機能が低下 ( 卵胞発育不十分 35 歳 ~) の場合にこの方法で行うことがあります スプレー開 始の翌日か翌々日に卵巣刺激の注射 ( hmg 製剤

( 様式甲 5) 学位論文内容の要旨 論文提出者氏名 論文審査担当者 主査 教授 大道正英 髙橋優子 副査副査 教授教授 岡 田 仁 克 辻 求 副査 教授 瀧内比呂也 主論文題名 Versican G1 and G3 domains are upregulated and latent trans

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特別講演 TLH での前方アプローチ 子宮動脈結紮は必須か 慶應義塾大学医学部産婦人科学教室 林茂徳 現在多くの医師が TLH を行うにあたりまず試みるのが倉敷流の前方アプローチからの子宮動脈結紮を最初に行う方法と思われる しかしながら多くの医師がこのステップを上手く行うことができず 結局子宮動脈

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全な生殖補助医療を含めて, それぞれの選択肢を示す必要がある. 3 種類の HIV 感染カップルの組み合わせとそれぞれの対応 1. 男性が HIV 陽性で女性が陰性の場合 体外受精この場合, もっとも考慮しなければいけないことは女性への感染予防である. 上記のように陽性である男性がすでに治療を受けて

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子宮頸がんと子宮体がん 卵管 子宮体癌 子宮頸癌 子宮体癌 自覚症状初期は無症状不正性器出血 好発年齢 30~40 代 (20~30 代で急増 ) 閉経後の 50 代以降 卵巣 子宮頸癌 リスクファクター 高リスク型 HPV 感染 肥満 高血圧 糖尿病 未経産婦 エストロゲン製剤の長期使用など 腟

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配偶子凍結終了時 妊孕能温存施設より直接 妊孕能温存支援施設 ( がん治療施設 ) へ連絡がん治療担当医の先生へ妊孕能温存施設より妊孕能温存治療の終了報告 治療内容をご連絡します 次回がん治療の為の患者受診日が未定の場合は受診日を御指示下さい 原疾患治療期間中 妊孕能温存施設より患者の方々へ連絡 定

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1996年1月 13 佐藤他 (1) (3) (2) (1) A子 宮 の右 側 に子宮 体 部 と連 続 す る直 径 約3cmの B:バ 腫 瘤 像(造 影T1強 ナ ナ 状 子宮 内膜(T2強 図1妊 調 画 像) 調 画 像) 娠11週1日 のMRI像 (2) 直 径約3cmの (3) 腫瘤

検査項目情報 トータルHCG-β ( インタクトHCG+ フリー HCG-βサブユニット ) ( 緊急検査室 ) chorionic gonadotropin 連絡先 : 基本情報 ( 標準コード (JLAC10) ) 基本情報 ( 診療報酬 ) 標準コード (JLAC10)

その成果に関する報告はありますが 胎児治療に関する診療システムについて詳細に比較検討したものはありません これからの日本の胎児治療において 治療法の臨床応用推進と共に より充実した診療体制の構築と整備は非常に要請の高い課題であると思われます スライド 4 今回の目的です 海外の胎児治療の専門施設にお

己炎症性疾患と言います 具体的な症例それでは狭義の自己炎症性疾患の具体的な症例を 2 つほどご紹介致しましょう 症例は 12 歳の女性ですが 発熱 右下腹部痛を主訴に受診されました 理学所見で右下腹部に圧痛があり 血液検査で CRP 及び白血球上昇をみとめ 急性虫垂炎と診断 外科手術を受けました し

注射すると 1 個だけでなく複数の卵胞が大きくなり 10 日くらいで直径 18 mm前後となります この時期に 卵子の成熟と排卵を促す HCG と呼ばれるもう一つのホルモンを注射します 採卵の直前である HCG 投与後 34 時間から 36 時間ころに卵胞を穿刺し 卵子を採取します これを採卵といい

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山形医学 (ISSN0288-030X)2016;34(2):121-125 片側卵管の異所性双胎妊娠 DOI10.15022/00004074 腹腔鏡にて診断 治療しえた片側卵管の異所性双胎妊娠の一例 網田光善, 五十嵐秀樹, 松川淳, 鈴木聡子, 渡邉憲和, 山谷日鶴, 永瀬 智 山形大学医学部産科婦人科学講座 ( 平成 28 年 5 月 6 日受理 ) 抄 録 腹腔鏡が奏効し診断 治療した自然妊娠による片側卵管の異所性双胎妊娠 ( 以下 本症 ) を経験したので報告する 症例は 34 歳 未経妊の女性 尿妊娠反応陽性のため 近医を受診 ( 最終月経から妊娠 6 週 4 日相当 ) 精査の結果 異所性妊娠の疑いで当科に紹介となった 来院時 腹痛や性器出血はなく 内診上子宮は鶏卵大で付属器は触知せず 圧痛も認めなかった 経腟超音波検査では子宮内に胎嚢を認めず 血中 hcg 値は 4789.1mIU/mlであり 異所性妊娠疑いで入院となった 翌日 ( 妊娠 6 週 5 日相当 ) の超音波再検でも子宮内に胎嚢を認めず また 血中 hcg 値も上昇しないため 正常妊娠は否定的と判断した 流産と異所性妊娠の鑑別のために行った子宮内膜全面掻爬で採取した標本内に 絨毛組織は認められなかった 翌日 ( 妊娠 6 週 6 日相当 ) の血中 hcg 値は低下しなかったが 超音波検査で右子宮付属器領域に胎嚢様構造を認め 右卵管妊娠の疑いで診断と治療を兼ね腹腔鏡手術を施行した 右卵管峡部に2つの腫瘤が視認され それぞれを切開したところ ともに絨毛様組織が摘出され 術後に血中 hcg 値は下降した 摘出標本の病理検査でいずれも絨毛組織が確認され 本症と診断した 本症は全異所性妊娠の200 例に1 例の頻度で発生し これまでに約 100 例の文献報告がある 本症例では術前の確定診断には至らなかったが 腹腔鏡により早期に本症を診断 治療しえた 異所性妊娠の腹腔鏡手術においては 稀ではあるが多胎の可能性も念頭に置き 注意深く腹腔内を観察することが重要である キーワード : 異所性妊娠 双胎妊娠 片側卵管異所性双胎妊娠 腹腔鏡 緒言自然妊娠による片側卵管の二絨毛膜性異所性双胎妊娠は稀である 異所性双胎妊娠は早期に超音波検査により診断された症例の報告が多いが より早期の場合は 腹腔鏡手術で初めて診断されることがある 今回我々は 異所性妊娠に対する腹腔鏡手術で診断 治療しえた 自然妊娠による片側卵管の異所性双胎妊娠 ( 以下 本症 ) の一例を経験したので報告する 症例 症例 34 歳未経妊 主訴 無月経 尿妊娠反応陽性 月経歴 28 日型 整 家族歴 特記すべき事項なし 既往歴 12 歳 虫垂炎で虫垂切除 現病歴 最終月経から5 週 3 日 尿妊娠反応陽性を自覚 妊娠 6 週 4 日 上記主訴にて近医を受診した 経腟超音波検査にて子宮内外に胎嚢を確認できず 異所性妊娠の疑いで当科に紹介となった 現症 身長 156.5cm 体重 55.8kg 血圧 119/68mmHg 脈拍 59 回 / 分 体温 37.5 腹部は平坦で柔らかく 圧痛なし 筋性防御なし 腟鏡診で性器出血なし 内診上 子宮は鶏卵大で可動性良好 両側子宮付属器は触知せず 子宮付属器領域に圧痛も認めなかった 検査所見 経腟超音波検査 : 子宮内膜厚 15mmとやや肥厚していたが 子宮内および両側子宮付属器に胎嚢を確認でき - 121-

網田, 五十嵐, 松川, 鈴木, 渡邉, 山谷, 永瀬 図 1. 腹腔鏡手術時の右卵管所見 A. 右卵管峡部 2 か所に腫瘤を認める ( 矢印 ) B. 腫瘤部位の卵管漿膜下にバソプレシン (0.1 単位 /ml) を局所注射した後に線状切開を加えた ( 矢印 ) 図 2. 卵管線上切開右卵管峡部の子宮側の腫瘤 (A) および卵管采側の腫瘤 (B) それぞれに線状切開を加えたところ それぞれから絨毛様の組織 (C,D) が摘出された なかった Douglas 窩に少量の液体貯留を認めた 血液検査 :hcg 4789.1mIU/ml Hb9.4g/dl クラミジア トラコマティスIgA(-) IgG(+) 入院後経過 同日( 妊娠 6 週 4 日 ) 異所性妊娠疑いで入院管理となった 入院 2 日目 ( 妊娠 6 週 5 日 ) 経腟超音波検査にて子宮内に胎嚢を認めず また 血中 hcg 値は4681.1mIU/mlと上昇を認めなかったため 正常妊娠は否定的であると判断した 流産と異所性妊娠の鑑別のために 子宮内膜全面掻爬術を施行した結果 子宮内からは内膜組織が採取されたが 肉眼的に絨毛様の組織は確認できなかった 入院 3 日目 ( 妊娠 6 週 6 日 ) 経腟超音波検査で右子宮付属器領域に 16mm 大の胎嚢様の嚢胞を認めた 血液検査ではhCG 値は4899.6mIU/mlと高値であり 右卵管妊娠と診断した 患者に メトトレキサート (MTX) による薬物療法あるいは腹腔鏡手術を提示したところ 後者を選択され 同日手術を行った 手術所見 腹腔内を観察すると 虫垂炎の既往のため右下腹部腹壁に大網が癒着していた 子宮は後屈し 子宮頸部 および子宮前壁左側に筋層内子宮筋腫を認めた 腹腔内に出血を認めず 腹水を少量認めた 両側子宮付属器周囲には クラミジア感染によると思われる膜状の癒着を認め 両側とも卵管采および卵巣は視認できなかった 両側卵管周囲の癒着を剥離すると卵管膨大部に腫瘤はなく 術前の超音波検査で胎嚢様にみられた嚢胞は右卵巣嚢胞であり 切開を加えたところ黄体と判明した さらに注意深く観察を続けると右卵管峡部 2か所に 腫瘤を認め ( 図 1A) 左卵管に異常所見は認めなかった 右卵管のそれぞれの 腫瘤部位の卵管漿膜下にバソプレシン (0.1IU/ml) を局所注射した後に線状切開を加えたところ ( 図 2A, B) それぞれから絨毛様の組織が摘出された( 図 2 C,D) 病理組織学的にはいずれにも絨毛構造が有り 本症と診断した 術後経過 血中 hcg 値は第 1 病日 2770.8mIU/ml 第 4 病日 680.5mIU/mlと順調に下降 全身状態も良好のため 第 5 病日 ( 入院 8 日目 ) に退院し外来管理となった 血中 hcg 値はその後も下降を続け 術後 2か月で陰性化し異所性妊娠存続症を認めず 同時期より月経が再開した 術後 4か月の子宮卵管造影検査で確認できなかった右卵管の通過性は 子宮鏡検査および卵管通水検査で証明できた ( 図 3) 考察異所性妊娠は 全妊娠の1~2% 程度の頻度で発症し およそ95% が卵管妊娠である 1) リスク因子として 卵管の先天的異常 機械的閉塞 感染や手術の既往 異所性妊娠の既往などが挙げられ 2),3) この30~ 40 年で異所性妊娠の頻度は増加している 4) このうち 本症 ( 片側卵管の異所性双胎妊娠 ) の報告は増加しておらず 1891 年にDeO tにより初めて報告されてから 5) これまでに約 100 例の文献報告をみる 6) 本症は全異所性妊娠の200 例に1 例の頻度で発生すると考えられており 7) 本症生存例の頻度は およそ125,000 妊娠に1 例程度であると概算される 2) 本症のリスク因子も異所性妊娠と同様であり 本症 - 122-

片側卵管の異所性双胎妊娠 図 3. 子宮鏡下卵管通水子宮鏡にて卵管口を確認し (A) 卵管通水を行った (B) 卵管通水後 経腟超音波検査にて右子宮付属器 (C, 赤矢印 ) 周囲に 液体の貯留 (C, 黄色矢印 ) を認め卵管の通過性を確認した 例ではクラミジア トラコマティスの抗体検査が陽性で 手術時に両側卵管周囲の癒着を認め クラミジア性の卵管炎の既往があり 卵管内での卵の輸送が妨げられたと推察される 本症例は片側卵管の異なる2か所の部位に絨毛組織を認めたため 二絨毛膜性双胎であると考えられるが 文献上は片側卵管の異所性双胎妊娠のほとんどは一卵性で 8) 一絨毛膜一羊膜性が多いと報告されている 4) 初期の一卵性双胎の卵は 単胎の卵に比べ径が大きいと推測され そのため卵管から子宮への卵の輸送が妨げられやすく 卵管に着床し 異所性双胎妊娠に至ると考えられる 9) 初期の双胎では 一児の消失をみることがあること (vanishingtwin) また異所性妊娠の手術の際に摘出した卵管で 病理学的に初期の双胎を診断することが難しいことがあること 早期に異所性妊娠が診断され薬物治療が行われた場合には 異所性双胎妊娠の診断が難しいこと などの理由から 本症の頻度は報告よりも実際には高い可能性があると考えられる なお 生殖補助医療も異所性双胎妊娠のリスクを増加させるとの報告もあるが 10) 正確な頻度は不明である 本症は かつては卵管破裂に対する手術時に診断されることが多かったが 1986 年にSantos らにより 初 11) めて超音波検査による診断が報告されて以来 検査精度の向上とともに術前超音波検査で診断される症例も増えてきている 10),12) 本症例では妊娠週数が早かったため 術前診断には至らなかった 術前の血中 hcg 値が4899.6mIU/mlと超音波検査で胎嚢を確認しうる値を超えていたことから右子宮付属器領域の嚢胞を卵管内の胎嚢と術前診断し手術に至ったが 実際には右卵巣黄体であった 本症例における右卵管の異所性双 胎妊娠部位は超音波検査で診断しうる大きさではなかった Göker らは 初期の血中 hcg 値が異所性妊娠としては高値であることが 本症の特徴の一つではないかと述べており 1) 本症例でも 妊娠部位の大きさに比べ 血中 hcg 値が高値であったことが 術前診断を難しくする要因となったと考える 本症の治療は かつては手術時に初めて診断されることが多かったため 手術加療が主であった しかし 超音波検査の精度が上がったこと 血中 hcg 値の測定と超音波検査を組み合わせて早期に診断できるようになってきたことから 近年ではMTX による保存的治療も報告されている 4) 本症例では腹腔鏡手術で本症と診断できたが 保存的治療を選択していたとすれば確定診断には至らなかったと思われる 前述のように 本症例のような経過でMTX 治療を選択することにより 異所性双胎妊娠と診断されていない症例が 実際には数多くあることが予想される 一方腹腔鏡手術の際は 稀ではあるが本症の可能性も念頭に置き 特に臨床所見に比し血中 hcg 高値の場合 注意深く腹腔内を観察することが重要である 結語自然妊娠による片側卵管の異所性双胎妊娠を経験した 本症例では術前の確定診断には至らなかったが 腹腔鏡により早期に本症を診断 治療しえた 文献 1. Göker EN,Tavmergen E,Ozçakir HT,LeviR, Adakan S.: Unilateral ectopic twin pregnancy folowinganivfcycle.jobstetgynaecolres.2001; 4:213-215. 2. ParkerJ,Hewson AD,Calder-Mason T,LaiJ.: Transvaginalultrasounddiagnosisofalivetwintubal ectopicpregnancy.australasradiol.1999;43:95-97. 3. Ghanbarzadeh N, Nadjafi-Semnani M, Nadjafi- SemnaniA,Nadjfai-SemnaniF,Shahabinejad S.: Unilateraltwintubalectopicpregnancyinapatient folowingtubalsurgery.jresmedsci.2015;20:196-198. 4. Arikan DC, Kiran G, Coskun A, Kostu B.: Unilateraltubaltwinectopicpregnancytreatedwith single-dosemethotrexate.archgynecolobstet.2011; 283:397-399. 5. DeO td.:acaseofunilateraltubaltwingestation. AnnGynecolObstet.1891;36:304. - 123-

網田, 五十嵐, 松川, 鈴木, 渡邉, 山谷, 永瀬 6. Longoria TC,Stephenson ML,Speir VJ.:Live unilateraltwinectopicpregnancyinafalopiantube remnantafterpreviousipsilateralsalpingectomy.j ClinUltrasound.2014;42:169-171. 7.Breen JL.: A 21 year survey of 654 ectopic pregnancies.am JObstetGynecol.1970;106:1004-1019. 8. Storch MP,Petrie RH.: Unilateral tubal twin gestation.am JObstetGynecol.1976;125:1148. 9. HoisEL,HibbelnJF,SclambergJS.:Spontaneous twintubalectopicgestation.jclinultrasound.2006; 34:352-355. 10. Tam T, Khazaei A.: Spontaneous unilateral dizygotictwin tubalpregnancy.j Clin Ultrasound. 2009;37:104-106. 11. Santos,C.A.,B.S.Sicuranza,M.S.Chaterjee.: Twin tubal gestation diagnosed before rupture. PerinatolNeonatol.1986;10:52-53. 12. EddibA,OlawaiyeA,Withiam-LeitchM,Rodgers B,Yeh J.:Livetwin tubalectopicpregnancy.intj GynaecolObstet.2006;93:154-155. - 124-

YamagataMedJ(ISSN 0288-030X)2016;34(2):121-125 片側卵管の異所性双胎妊娠 Unilateraltwin tubalectopicpregnancy diagnosed and treated with laparoscopicsurgery:a casereport MitsuyoshiAmita,HidekiIgarashi,Jun Matsukawa,Satoko Suzuki, Norikazu Watanabe,Hizuru Yamatani,Satoru Nagase DepartmentofObstetricsandGynecology,YamagataUniversityFacultyofMedicine ABSTRACT Unilateraltwinectopicpregnancyisarareoccurrence,withanestimatedincidenceof1in200ectopic pregnancies.wepresentacaseofaspontaneousunilateraltwintubalectopicpregnancythatwas diagnosedwith laparoscopyandtreatedwith laparoscopicsurgery.thepatientwasa34-year-old nuliparouswoman.shewenttoaclinicwithcomplaintofamenorrheaandpositiveurinepregnancy test.transvaginalsonographic examination did not show an intrauterine gestation.she was transferredtoourhospitalwithsuspiciousofectopicpregnancy.diagnostictestrevealedaserum hcg levelof4789.1miu/ml.sincethehcg levelwasplateaufor2days,dilationandcuretageofuteruswas performed,andintrauterinegestationwasdenied.thenrighttubalectopicpregnancywasstrongly suspected with transvaginal sonographic examination, laparoscopic surgery was performed. Laparoscopicfindingshowedthattwoseparateimplantationsitesatrighttubalisthmus.Weperformed salpingectomiesofeachsitesandprovedchorionicvilibypathology.weemphasizethatitisimportant toobserveintraperitonealcarefuly,inlaparoscopicsurgeryofectopicpregnancy,inordernottomiss twinpregnancy,eventhoughitisveryrarecase. Keywords:ectopicpregnancy,twin,unilateralectopictwinpregnancy,laparoscopicsurgery - 125-