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MEMOIRS OF SHONAN INSTITIUTE OF TECHNOLOGY Vol. 48, No. 1, 2013 長距離走における記録向上が 走フォームに及ぼす影響について 男子高校生を例に 是石直文 Effects of Record Progress of a Long Distance on Running Form Case of high school male students Naohumi KOREISHI Abstract: The term Center of Balance is often used in the field of long distance coaching practice. It has not clarified, however, what kind of change occurs in the body's center of gravity when recording progress of athletes. This article, thus, reports on changes of running form investigated via the motion analysis method. The results indicated that changes of running form along with record progress in a long distant running occurred when the body composition of gravity was high. It was also indicated that the migration length and time were shortened in the first half of support phase in which the fall of running speed is supposed to take place. KEY WORDS : body's center of gravity, running form, record s progress 要旨 : 長距離走における指導実践の場では 重心という言葉をよく使う しかし 実際の記録向上時に身体合成重心にどのような変化がおこるかは明らかとされていない そこで 高校生の男子長距離選手を対象に 記録の向上に伴う走フォームの変化について 映像解析法を用いて検討した その結果 長距離走の記録向上に伴う走フォームの変化は 身体合成重心高が高い位置へと推移した また 水平走速度の低下をもたらすと言われている支持期前半局面における移動距離と時間が短縮された キーワード : 身体重心, 走フォーム, 記録向上 - 97 -

湘南工科大学紀要第 48 巻第 1 号 1. はじめに陸上競技において 長距離走とは 3000m 以上の距離を走る種目のことをいう 日本では主に 3000m 走,5000m 走,10000m 走を意味し その他にハーフマラソンやフルマラソン 3000m 障害走 駅伝等が含まれる 長距離走の結果は 定められた距離を走りぬくのに要した時間で表されるので それを向上させるには高い走速度を長く維持することが重要となる そのため 長距離走では多くの生理的エネルギーを生み出すことが重要とされ 生理学的研究が多くなされてきた 1,2,3,4,5) 長距離走の指導書でも 有酸素持久力や筋持久力の向上を目的とした 持続走 インターバル トレーニング ファルトレーク トレーニング ペースランニング レペティション トレーニング タイムトライアル サーキット トレーニング クロスカントリー等のトレーニング法が紹介されている 6,7,8) 指導実践の場においても 長距離走のトレーニング法は指導書と同様に 生理的能力の向上を目的にしている報告も多い 9,10,11,12) しかし 生理学的研究の大きな指標の 1 つでもある 最大酸素摂取量がほぼ同一の能力を有していている選手であっても 競技記録において大きな差がでることがある 13,14) そのため 長距離走のトレーニングは 持久力トレーニングだけでは不十分と考える 湯ら 15) は 一流女子長距離ランナーの分析から 一流長距離ランナーになる条件として 体力的要素の高いことの他に 技術的要素も大きく関わっていることを示唆している 指導実践の場においても 効率のよい走フォームを狙いとして 身体合成重心位置の高い走フォームが指導されている 7,18) 身体合成重心位置の高い走フォームは 身体各部分の正しい動作を身につけなければならないとされており 指導書などでも紹介されている 7) また 榎本ら 16,17) は 長距離レースにおいて 支持期前半における身体重心の低下が 疾走速度を減少させる原因になる ことを報告している これは支持期前半局面で 身体合成重心位置が低下しない走法の重要性を示唆するものと考えられる 身体合成重心位置の最も低くなるのが 支持期前半局面の終了する時期にあたることから 身体合成重心を高い位置で維持することで 疾走速度を減少させるとされる 支持期前半局面での身体重心の低下を防ぐのではないかと考えた しかし 記録の向上に伴い身体合成重心位置の高さなど 実際の走フォームにどのような変化が現れるのかは明らかでない そこで 本研究では 身体合成重心に着目し 長距離走の記録向上に伴う走フォームの変化について 3 次元ビデオ映像解析装置を用いて検討した 2. 研究方法 2-1. 被験者被験者は K 高等学校の陸上部に所属する男子長距離部員 3 名とした 被験者の身体特性と 5000m 走のベスト記録は表 1 に示した 表 1 被験者の身体特性と 5000m 走ベストタイム 年齢 ( 歳 ) 身長 (cm) 体重 (kg) 競技歴 ( 年 ) ベスト記録 被験者 A 17 169.0 57.0 5 16 分 20 秒 被験者 B 16 169.0 54.0 4 17 分 14 秒 被験者 C 16 166.0 48.0 4 17 分 16 秒 平均 16.3 168.0 53.0 4.3 16 分 57 秒 SD ±0.6 ±1.7 ±4.6 ±0.6 ±32 秒 2-2. 走動作の撮影および解析方法 1) 走動作の撮影 (1) 撮影および に撮影した (2) 撮影場所撮影場所はK 高等学校のグラウンド ( 土,200mトラック ) を使用した (3) 撮影機器とその配置撮影は2 台のビデオカメラ (Victor 社製 GR-DVL7) を使用し 200mトラックの 185mから 190mの地点で 幅 2mを分析範囲として 走動作の後方から 30 コマ / 秒 露出時間 1/250 秒で撮影した 撮影器材の配置は図 1 に示した (4) 撮影試技と撮影地点高校生の陸上競技長距離種目である 5000m のタイムトライアル走を行なった 走動作の撮影地点を 200m 地点 1000m 地点 2000m 地点 3000m 地点 4000m 地点 5000m 地点とし解析の対象とした - 98 -

長距離走における記録向上が 走フォームに及ぼす影響について ( 是石 ) カメラ 1 カメラ 2 2m スタートゴール撮影範囲 5m 図 1 実験器材の配置 図 3 身体計測点 (DKH 社マニュアルより ) 右脚接地時 右脚支持期中間点 右脚離地時 脚非接地時 左脚接地時 左脚支持期中間点 左脚離地時 脚非接地時 右脚接地時 前半後半前半後半非支持期支持期支持期 1ランニングサイクル 非支持期 図 2 1 ランニングサイクルの局面分け - 99 -

湘南工科大学紀要第 48 巻第 1 号 2) 分析方法 (1) 走行タイムの計測 5000m タイムトライアル走の総合タイムとその際のラップタイムを 200m 毎に計測した (2) 映像解析走動作の解析をねらいとして 1000m 毎の走動作の映像解析を 3 次元ビデオ動作解析装置 ( 株 )DKH 社製 Frame-DIASⅡ,V3 を用いて行った 動作の解析範囲は図 2 に示した 1 ランニングサイクルとし 1 秒間に 60 フィールドで解析した 1 ランニングサイクルは阿江 19) の定義に準じて 脚の接地している局面を支持期とし 接地していない局面を非支持期とした さらに支持期を 脚の接地からつま先の上を身体合成重心が通過するまでの局面 ( 支持期前半 ) とつま先の上を身体合成重心が通過する時点から離地までの局面 ( 支持期後半 ) に分けた また 身体合成重心がつま先の垂直線上を通過した瞬間を支持期中間点とした デジタイジングのポイントは図 3 に示した 23 箇所の身体関節中点とした 映像解析による分析項目は 身体合成重心高 身体合成重心の水平移動距離およびその所要時間にした 身体合成重心高は榎本 17) の定義に準じて 地面と身体合成重心との垂直方向の距離とし 脚接地時および 1 ランニングサイクル中における最高点と最下点について算出した 身体合成重心高は左右の平均として算出した 身体合成重心の水平移動距離およびその所要時間も同様に榎本 17) の定義に準じた 身体合成重心の水平移動距離は 1 ランニングサイクルの局面において身体合成重心が移動した水平距離とし 支持期前半について算出した また 局面の所要時間については映像のコマ数から求め 支持期前半について算出した これらは左右両脚の合計を算出した 3) データの比較 5000m タイムトライアル走の総合タイム 200m 毎のラップタイム及び映像解析データを と で比較した その際 200m 毎のラップタイムを 初期 ( スタートから 1000m 地点 ), 中期 (2000m 地点から 3000m 地点 ), 後期 (4000m 地点から 5000m 地点 ) に分けて時期毎に比較した 同様に映像解析データについても 初期 (200m 地点,1000 m 地点 ), 中期 (2000m 地点,3000m 地点 ), 後期 (4000 m 地点,5000m 地点 ) に分けて時期毎に比較した 200m 毎のラップタイム (sec) 4) 統計処理記録向上前後の各分析時期の比較のための統計処理には対応のある t 検定を用いた なお統計学的有意水準は 5% 以下とした 3-1. 走行タイム 3. 結果 1) 5000m タイムトライアル走の総合タイムおよび 200m 毎のラップタイムの全体での比較 3 名の被験者よる 5000m タイムトライアル走の総合タイムを表 2 に示した 3 名の総合タイムをと について比較した結果 実数値では被験者 3 名の記録は向上していた 表 2 5000m タイムトライアル走の総合タイム 被験者 A 17 分 22 秒 17 分 05 秒 被験者 B 18 分 31 秒 16 分 58 秒 被験者 C 19 分 07 秒 18 分 05 秒 2) 200m 毎のラップタイム 5000m タイムトライアル走の 200m 毎のラップタイムを 初期, 中期, 後期に分け と 10 週後のデータを比較した ( 図 4) 49.0 47.0 45.0 43.0 41.0 39.0 37.0 35.0 図 4 200m 毎のラップタイムの比較 ( 初期 n=15, 中 後期 n=18, p<0.01) - 100 -

長距離走における記録向上が 走フォームに及ぼす影響について ( 是石 ) その結果 初期 ( 41.1±1.6 秒 10 週後 39.2±0.7 秒 ), 中期 ( 44.7±2.1 秒 42.3±1.8 秒 ), 後期 ( 45.4 ±3.0 秒 42.5±2.3 秒 ) のいずれの時期においても有意な差が認められ にラップタイムが短縮する傾向が示された 3-2. 身体合成重心高 1) 身体合成重心高の最高点 身体合成重心高 (cm) 100.00 98.00 96.00 94.00 92.00 90.00 88.00 86.00 84.00 と の身体合成重心高の最高点を 初期 中期 後期で比較した結果 初期 ( 94.48±0.97cm 95.88±0.76cm), 中期 ( 94.93±0.77cm 96.52±0.64cm), 後期 ( 94.55±0.79cm に 96.18 ±0.81cm) いずれの場合も有意な差が認められ 身体合成重心高の最高点は高くなる傾向が示された ( 図 5) 82.00 80.00 図 6 脚接地時の身体合成重心高の比較 (n=6) 3) 身体合成重心高の最下点 身体合成重心高 (cm) 100.00 98.00 96.00 94.00 92.00 90.00 88.00 86.00 84.00 * * 次に身体合成重心高の最下点を と 10 週後で比較した 初期の最下点は (86.43±0.76cm 10 週後 87.08±1.58cm) で有意な差は認められなかった しかし中期 ( 86.58±0.74cm 87.67±0.75cm), 後期 ( 86.45±0.44 87.53±0.60) で 共に有意な差が認められ 身体合成重心高の最下点が高くなる傾向を示した ( 図 7) 82.00 80.00 100.00 図 5 身体合成重心高の最高点の比較 (n=6, * p<0.05, p<0.01) 98.00 96.00 2) 脚接地時の身体合成重心高 脚接地時の身体合成重心高について と測定開始 で比較した 初期 ( 90.67±0.74cm 91.36 ±1.30cm), 中期 ( 91.47±0.34cm 10 週後 92.18±0.88cm), 後期 ( 90.74± 0.49cm 91.68±0.84cm) で 脚接地時の身体合成重心高は 全ての時期において有意な差は認められなかった ( 図 6) 身体合成重心高 (cm) 94.00 92.00 90.00 88.00 86.00 84.00 82.00 80.00 図 7 身体合成重心高の最下点の比較 (n=6, * p<0.05, p<0.01) * - 101 -

湘南工科大学紀要第 48 巻第 1 号 3-3. 支持期前半局面における身体合成重心 1) 支持期前半局面における身体合成重心の水平移動距離 支持期前半局面における身体合成重心の水平移動距離について と で比較した 初期の支持期前半局面における身体合成重心の水平移動距離は (1.07±0.07m 0.97±0.06m) で有意な差は認められなかった しかし中期 ( 1.07±0.08m 1.02± 0.06m), 後期 ( 1.10±0.08m 0.98±0.09m) で 有意な差が認められ 支持期前半局面における身体合成重心の水平移動距離は減少する傾向を示した ( 図 8) 所要時間 (sec) 0.270 0.260 0.250 0.240 0.230 0.220 0.210 0.200 0.190 0.180 図 9 支持期前半における所要時間の比較 (n=6, p<0.01) 水平重心移動距離 (m) 1.30 1.20 1.10 1.00 0.90 0.80 0.70 図 8 支持期前半局面における身体合成重心の水平移動距離の比較 (n=6, * p<0.05) 2) 支持期前半局面の所要時間 * 支持期前半局面の所要時間を と で比較した 支持期前半局面の所要時間は 初期 ( 0.214±0.016 秒 0.192±0.014 秒 ), 後期 ( 0.225±0.027 秒 0.194±0.023 秒 ) で共に有意な差は認められなかった しかし中期 ( 0.236±0.020 秒 0.211±0.014 秒 ) で有意な差が認められ 支持期前半局面の所要時間に減少する傾向が示された ( 図 9) * 4. 考察 本研究では高校生の男子長距離選手を対象に 記録の向上に伴う走フォームの変化について検討した 被験者 3 名によると の 5000m タイムトライアル走の総合タイムは 実数値で向上していた 5000m タイムトライアル走中の 200m 毎のラップタイムを 初期, 中期, 後期の 3 つの時期に分け比較した結果でも その全ての時期で有意な差が認められ に比べ のラップタイムは 短縮する傾向を示した 長距離走の総合タイムはラップタイムの積み重ねであるため 200m 毎のラップタイムが短縮したことは 記録の向上を示しているといえる しかも その記録の向上は全ての時期でのラップタイムの短縮によるものであることが明らかとなった 5000m タイムトライアル走の初期, 中期, 後期における身体合成重心高について と を比較した結果 身体合成重心高の最高点は 記録が向上した に 初期, 中期, 後期の全ての時期において高くなる傾向が示された また 身体合成重心高の最下点についても 中期および後期で高くなる傾向が示された したがって 記録の向上に伴い身体合成重心高は 高い位置で推移するようになっていると言える これは 実践の場で指導されている 身体合成重心の高い走フォームがよい という考えと合致するものであった しかし 脚接地時の身体合成重心高に有意な差は認められなかっ - 102 -

長距離走における記録向上が 走フォームに及ぼす影響について ( 是石 ) た 記録の向上に伴い脚接地時の身体合成重心高も高くなると思われたが 変化は見られなかった 水平走速度は 1 ランニングサイクルにおける身体合成重心の水平移動距離とその所要時間の積によって決定される 19) このランニングサイクルを構成している 支持期前半局面での身体合成重心の水平移動距離は の中期および後期において有意な差が認められ 減少する傾向が示された さらに 身体合成重心の水平移動距離と同様に 支持期前半局面についての所要時間も比較した その結果 中期で有意な差が認められ では減少する傾向がみられた この所要時間の減少は 支持期前半局面での身体合成重心の水平移動距離が減少したことに伴った時間の変化だと考えられる これらは 榎本ら 16,17) が走速度を減少させると指摘した 支持期前半局面が走行タイムの向上に伴い短縮することを示しており の記録の向上に繋がったと推察できる 以上のことから 記録の向上に伴い身体合成重心高が高い位置で推移するようになること 支持期前半局面における身体合成重心の水平移動距離が減少することが明らかとなった このことから 長距離走において身体合成重心を高くした走フォームは 記録の向上に有用であると考えられる 5. まとめ 本研究では高校生の男子長距離選手を対象に 記録の向上に伴う走フォームの変化について 映像解析法を用いて検討した その結果 以下のことが明らかとなった 1. 記録の向上に伴い 初期, 中期, 後期の全ての時期で身体合成重心高の最高点において高くなる傾向が示された 2. 記録の向上に伴い 中期および後期で身体合成重心高の最下点が 高くなる傾向が示された 3. 支持期前半局面における身体合成重心の水平移動距離は 記録の向上に伴い中期および後期で減少し 中期でその所要時間が減少する傾向がみられた 以上のことから 長距離走の記録向上に伴う走フォームの変化は 身体合成重心高が高い位置へと推移し 水平走速度の低下をもたらすと言われている支持期前半局面が短縮されたと言える 6. 引用 参考文献 1) 曽根裕二, 藤枝賢晴, 寺門節雄, 三浦剛士 : 最大酸素摂取量ならびに嫌気性代謝閾値は, 中長距離選手の競技力を反映しえるか?-isocapnic buffering 期における酸素摂取量と Borg スケール値の推移観察の有用性 -. ランニング学研究,12,(1),25-31,(2001) 2) 勝田茂, 宮田浩文, 麻場一徳, 原田健, 永井純 : 中長距離選手におけるランニング効率とパフォーマンスとの関係について. 大学体育研究,8,45-52,(1986) 3) 綱分憲明, 田原靖昭, 湯川幸一, 道向良, 岡崎寛 : 高校長距離ランナーにおける身体組成, 最大酸素摂取量, 最大酸素負債量および競技成績とその性差. 陸上競技研究,27,(4),2-11,(1996) 4) 佐伯徹郎, 三本木温, 鍋倉賢治, 高松薫 : 長距離における無気的トレーニングの役割について - 有気的能力を高める可能性に着目して -. 陸上競技研究,59,(4),2-12,(2004) 5) 三本木温 : 持久走における筋力 筋パワーからみた脚筋疲労に関する研究. 筑波大学博士学位論文, 乙,1832,(2002) 6) 丸山吉五郎, 古藤高良, 佐々木秀幸 : スポーツ V コース陸上競技教室, 第 26 版. 大修館書店 : 東京,87-101,(2005) 7) 財団法人日本陸上競技連盟 : 陸上競技指導教本 種目別実技編, 第 6 版. 大修館書店 : 東京,37-50,(1999) 8) ラリー グリーン ルス パティ : 中 高校生の中長距離走トレーニング, 第 5 版. 大修館書店 : 東京,83-133,(2005) 9) 桑原仁史 有吉正博 繁田進 : 国内一流長距離 マラソン選手のトレーニング方法に関する分析的研究. 陸上競技研究,5,(2),18-24,(1991) 10) 山内武 : 大学女子長距離選手のトレーニング. 陸上競技研究,19,(4),32-36,(1994) 11) 松田三笠 図子浩二 平田文雄 金高宏文 爪田吉久 : 永田宏一郎選手の実施した大学 4 年間のトレーニング事例. 陸上競技研究,46,(3),25-35,(2001) 12) 川久保一浩 : 藤原正和のトレーニング. 陸上競技研究,49,(2),22-26,(2002) 13) 勝田茂, 宮田浩文, 麻場一徳, 原田健, 永井純 : 中長距離選手におけるランニング効率とパフォーマンスとの関係について. 大学体育研究,8,45-52,(1986) - 103 -

湘南工科大学紀要第 48 巻第 1 号 14) 吉儀宏, 澤木哲祐, 仲村明 : 長距離走者の競技力と脚筋力. 陸上競技研究,41,(2),13-18,(2000) 15) 湯海鵬 : 機械的エネルギーからみた一流女子長距離ランナーの疾走フォームに関する研究 - 王軍霞選手と五十嵐選手の比較 -.Japanese Journal of SPORTS SCIENCES,15,(6),415-420 16) 榎本靖士, 阿江通良, 岡田英孝 : 長距離走の疾走動作と力学的エネルギー利用の有効性. 陸上競技研究,28,(1),8-15,(1997) 17) 榎本靖士 : 長距離走動作のバイオメカニクス的評価法に関する研究. 筑波大学博士学位論文, 乙,2029(2004) 18) 弘山勉 : 弘山晴美のマラソン術スピードトレーニングでタイムが伸びる, 初版. 学習研究社 : 東京,44-61,(2005) 19) 金子公宥, 福永哲夫 : バイオメカニクス - 身体運動の科学的基礎 -, 第 1 版. 杏林書院 : 東京,166-178,(2004) - 104 -