体状態を保持したまま 電気伝導の獲得という電荷が担う性質の劇的な変化が起こる すなわ ち電荷とスピンが分離して振る舞うことを示しています そして このような状況で実現して いる金属が通常とは異なる特異な金属であることが 電気伝導度の温度依存性から明らかにされました もともと電子が持っていた電荷やスピ

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マスコミへの訃報送信における注意事項

マスコミへの訃報送信における注意事項

配信先 : 東北大学 宮城県政記者会 東北電力記者クラブ科学技術振興機構 文部科学記者会 科学記者会配付日時 : 平成 30 年 5 月 25 日午後 2 時 ( 日本時間 ) 解禁日時 : 平成 30 年 5 月 29 日午前 0 時 ( 日本時間 ) 報道機関各位 平成 30 年 5 月 25

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と呼ばれる普通の電子とは全く異なる仮説的な粒子が出現することが予言されており その特異な統計性を利用した新機能デバイスへの応用も期待されています 今回研究グループは パラジウム (Pd) とビスマス (Bi) で構成される新規超伝導体 PdBi2 がトポロジカルな性質をもつ物質であることを明らかにし

う特性に起因する固有の量子論的効果が多数現れるため 基礎学理の観点からも大きく注目されています しかし 特にゼロ質量電子系における電子相関効果については未だ十分な検証がなされておらず 実験的な解明が待たれていました 東北大学金属材料研究所の平田倫啓助教 東京大学大学院工学系研究科の石川恭平大学院生

研究成果東京工業大学理学院の那須譲治助教と東京大学大学院工学系研究科の求幸年教授は 英国ケンブリッジ大学の Johannes Knolle 研究員 Dmitry Kovrizhin 研究員 ドイツマックスプランク研究所の Roderich Moessner 教授と共同で 絶対零度で量子スピン液体を示

: (a) ( ) A (b) B ( ) A B 11.: (a) x,y (b) r,θ (c) A (x) V A B (x + dx) ( ) ( 11.(a)) dv dt = 0 (11.6) r= θ =

PRESS RELEASE (2015/10/23) 北海道大学総務企画部広報課 札幌市北区北 8 条西 5 丁目 TEL FAX URL:

る現象 ( 注 4) が確認されています しかし グラフェンでは本質的に電子間の電気 磁気的 な相互作用自体が弱く このため ディラック物質における電子社会の多様性については 実 験的にまだ十分に理解が進んでいないのが現状です 今回 仏グルノーブル国立科学研究センターの平田倫啓博士 ( 日本学術振興

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2 成果の内容本研究では 相関電子系において 非平衡性を利用した新たな超伝導増強の可能性を提示することを目指しました 本研究グループは 銅酸化物群に対する最も単純な理論模型での電子ダイナミクスについて 電子間相互作用の効果を精度よく取り込める数値計算手法を開発し それを用いた数値シミュレーションを実

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スピン流を用いて磁気の揺らぎを高感度に検出することに成功 スピン流を用いた高感度磁気センサへ道 1. 発表者 : 新見康洋 ( 大阪大学大学院理学研究科准教授 研究当時 : 東京大学物性研究所助教 ) 木俣基 ( 東京大学物性研究所助教 ) 大森康智 ( 東京大学新領域創成科学研究科物理学専攻博士課

論文の内容の要旨

平成22年11月15日

氏 名 田 尻 恭 之 学 位 の 種 類 博 学 位 記 番 号 工博甲第240号 学位与の日付 平成18年3月23日 学位与の要件 学位規則第4条第1項該当 学 位 論 文 題 目 La1-x Sr x MnO 3 ナノスケール結晶における新奇な磁気サイズ 士 工学 効果の研究 論 文 審 査

高集積化が可能な低電流スピントロニクス素子の開発に成功 ~ 固体電解質を用いたイオン移動で実現低電流 大容量メモリの実現へ前進 ~ 配布日時 : 平成 28 年 1 月 12 日 14 時国立研究開発法人物質 材料研究機構東京理科大学概要 1. 国立研究開発法人物質 材料研究機構国際ナノアーキテクト

4. 発表内容 : 1 研究の背景グラフェン ( 注 6) やトポロジカル物質と呼ばれる新規なマテリアルでは 質量がゼロの特殊な電子によってその物性が記述されることが知られています 質量がゼロの電子 ( ゼロ質量電子 ) とは 光速の千分の一程度の速度で動く固体中の電子が 一定の条件下で 有効的に

PowerPoint プレゼンテーション

背景と経緯 現代の電子機器は電流により動作しています しかし電子の電気的性質 ( 電荷 ) の流れである電流を利用した場合 ジュール熱 ( 注 3) による巨大なエネルギー損失を避けることが原理的に不可能です このため近年は素子の発熱 高電力化が深刻な問題となり この状況を打開する新しい電子技術の開

がら この巨大な熱電効果の起源は分かっておらず 熱電性能のさらなる向上に向けた設計指針 は得られていませんでした 今回 本研究グループは FeSb2 の超高純度単結晶を育成し その 結晶サイズを大きくすることで 実際に熱電効果が巨大化すること またその起源が結晶格子の振動 ( フォノン 注 2) と

マスコミへの訃報送信における注意事項

令和元年 6 月 1 3 日 科学技術振興機構 (JST) 日本原子力研究開発機構東北大学金属材料研究所東北大学材料科学高等研究所 (AIMR) 理化学研究所東京大学大学院工学系研究科 スピン流が機械的な動力を運ぶことを実証 ミクロな量子力学からマクロな機械運動を生み出す新手法 ポイント スピン流が

報道発表資料 2007 年 4 月 12 日 独立行政法人理化学研究所 電流の中の電子スピンの方向を選り分けるスピンホール効果の電気的検出に成功 - 次世代を担うスピントロニクス素子の物質探索が前進 - ポイント 室温でスピン流と電流の間の可逆的な相互変換( スピンホール効果 ) の実現に成功 電流

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互作用によって強磁性が誘起されるとともに 半導体中の上向きスピンをもつ電子と下向きスピンをもつ電子のエネルギー帯が大きく分裂することが期待されます しかし 実際にはこれまで電子のエネルギー帯のスピン分裂が実測された強磁性半導体は非常に稀で II-VI 族である (Cd,Mn)Te において極低温 (

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Microsoft PowerPoint - 第2回半導体工学

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図は ( 上 ) ローレンツ像の模式図と ( 下 ) パーマロイ磁性細線の実際のローレンツ像

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物性物理学 I( 平山 ) 補足資料 No.6 ( 量子ポイントコンタクト ) 右図のように 2つ物質が非常に小さな接点を介して接触している状況を考えましょう 物質中の電子の平均自由行程に比べて 接点のサイズが非常に小さな場合 この接点を量子ポイントコンタクトと呼ぶことがあります この系で左右の2つ

解法 1 原子の性質を周期表で理解する 原子の結合について理解するには まずは原子の種類 (= 元素 ) による性質の違いを知る必要がある 原子の性質は 次の 3 つによって理解することができる イオン化エネルギー = 原子から電子 1 個を取り除くのに必要なエネルギー ( イメージ ) 電子 原子

4. 発表内容 : 超伝導とは 低温で電子がクーパー対と呼ばれる対状態を形成することで金属の電気抵抗がゼロになる現象です これを室温で実現することができれば エネルギー損失のない送電や蓄電が可能になる等 工業的な応用の観点からも重要視され これまで盛んに研究されてきました 超伝導発現のメカニズム す

本研究成果は 平成 28 年 8 月 19 日 ( 米国東部時間 ) に米国化学会誌 Journal of the American Chemical Society のオンライン速報版で公開されました 研究の背景と経緯 超伝導現象はゼロ抵抗や完全反磁性 ( 注 2) を示す科学の観点から重要な物理

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銅酸化物高温超伝導体の フェルミ面を二分する性質と 超伝導に対する上純物効果

平成 27 年 12 月 11 日 報道機関各位 東北大学原子分子材料科学高等研究機構 (AIMR) 東北大学大学院理学研究科東北大学学際科学フロンティア研究所 電子 正孔対が作る原子層半導体の作製に成功 - グラフェンを超える電子デバイス応用へ道 - 概要 東北大学原子分子材料科学高等研究機構 (

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平成**年*月**日

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共同研究グループ理化学研究所創発物性科学研究センター強相関量子伝導研究チームチームリーダー十倉好紀 ( とくらよしのり ) 基礎科学特別研究員吉見龍太郎 ( よしみりゅうたろう ) 強相関物性研究グループ客員研究員安田憲司 ( やすだけんじ ) ( 米国マサチューセッツ工科大学ポストドクトラルアソシ

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平成18年2月24日

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第1章 様々な運動

             論文の内容の要旨

共同研究グループ 理化学研究所創発物性科学研究センター 量子情報エレクトロニクス部門 量子ナノ磁性研究チーム 研究員 近藤浩太 ( こんどうこうた ) 客員研究員 福間康裕 ( ふくまやすひろ ) ( 九州工業大学大学院情報工学研究院電子情報工学研究系准教授 ) チームリーダー 大谷義近 ( おおた

( 全体 ) 年 1 月 8 日,2017/1/8 戸田昭彦 ( 参考 1G) 温度計の種類 1 次温度計 : 熱力学温度そのものの測定が可能な温度計 どれも熱エネルギー k B T を

C-2 NiS A, NSRRC B, SL C, D, E, F A, B, Yen-Fa Liao B, Ku-Ding Tsuei B, C, C, D, D, E, F, A NiS 260 K V 2 O 3 MIT [1] MIT MIT NiS MIT NiS Ni 3 S 2 Ni

トポロジカル絶縁体ヘテロ接合による量子技術の基盤創成 ( 研究代表者 : 川﨑雅司 ) の事業の一環として行われました 共同研究グループ理化学研究所創発物性科学研究センター強相関物理部門強相関物性研究グループ研修生安田憲司 ( やすだけんじ ) ( 東京大学大学院工学系研究科博士課程 2 年 ) 研

Microsoft Word - プレス原稿_0528【最終版】

予定 (川口担当分)

1. 背景強相関電子系は 多くの電子が高密度に詰め込まれて強く相互作用している電子集団です 強相関電子系で現れる電荷整列状態では 電荷が大量に存在しているため本来は金属となるはずの物質であっても クーロン相互作用によって電荷同士が反発し合い 格子状に電荷が整列して動かなくなってしまう絶縁体状態を示し

コバルトとパラジウムから成る薄膜界面にて磁化を膜垂直方向に揃える界面電子軌道の形が明らかに -スピン軌道工学に道 1. 発表者 : 岡林潤 ( 東京大学大学院理学系研究科附属スペクトル化学研究センター准教授 ) 三浦良雄 ( 物質材料研究機構磁性 スピントロニクス材料研究拠点独立研究者 ) 宗片比呂

1 背景 物質を構成する陽子や電子はフェルミ粒子と呼ばれ 通常反粒子が別の粒子として存在します 例えば 電 子の反粒子は陽電子であり 異なる符号の電荷を持つためこれらは別の粒子と見なせます 一方で 粒子と反 粒子が同一という特異な性質をもつ中性のフェルミ粒子が 素粒子の一つとして 1937 年に予言

ます この零エネルギーの輻射が量子もつれを共有できることから ブラックホールが極めて高温な防火壁で覆われているという仮説が論理的必然でないことを明らかにしました 本研究の成果は 米国物理学会誌 Physical Review Letters に 2018 年 5 月 4 日 ( 米国東部時間 ) オ

磁気でイオンを輸送する新原理のトランジスタを開発

5. 磁性イオン間の相互作用

スピントロニクスにおける新原理「磁気スピンホール効果」の発見

< 研究の背景 内容 > 金属は電気を伝える媒体として利用されますが その過程で電気抵抗によりエネルギー損失が起こります 超伝導体は電気抵抗を持たないためエネルギー損失なく電気を運ぶことが可能で そのためできるだけ高い温度で超伝導になる物質の開発が急務とされています 多くの超伝導体は原子を構成単位と

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Microsoft PowerPoint - 東大講義09-13.ppt [互換モード]

非磁性原子を置換することで磁性・誘電特性の制御に成功

 

報道機関各位 平成 30 年 6 月 11 日 東京工業大学神奈川県立産業技術総合研究所東北大学 温めると縮む材料の合成に成功 - 室温条件で最も体積が収縮する材料 - 〇市販品の負熱膨張材料の体積収縮を大きく上回る 8.5% の収縮〇ペロブスカイト構造を持つバナジン酸鉛 PbVO3 を負熱膨張物質

B. モル濃度 速度定数と化学反応の速さ 1.1 段階反応 ( 単純反応 ): + I HI を例に H ヨウ化水素 HI が生成する速さ は,H と I のモル濃度をそれぞれ [ ], [ I ] [ H ] [ I ] に比例することが, 実験により, わかっている したがって, 比例定数を k

フォルハルト法 NH SCN の標準液または KSCN の標準液を用い,Ag または Hg を直接沈殿滴定する方法 および Cl, Br, I, CN, 試料溶液に Fe SCN, S 2 を指示薬として加える 例 : Cl の逆滴定による定量 などを逆滴定する方法をいう Fe を加えた試料液に硝酸

内容 1. 宇宙に存在する最も純粋で単純な物質 2. 絶対零度への挑戦 3. 原子を支配する法則 4. 物理学における最も劇的な現象 超伝導 超流動 ボース アインシュタイン凝縮特に超伝導を中心に 5.21 世紀の最先端科学技術としての超伝導 超伝導 : 発見されてちょうど 100 年

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マスコミへの訃報送信における注意事項

イン版 (2 月 22 日付け : 日本時間 2 月 23 日 ) に掲載されます 注 )R. Yoshimi, K. Yasuda, A. Tsukazaki, K.S. Takahashi, N. Nagaosa, M. Kawasaki and Y. Tokura, Quantum Hall

Microsoft Word - 11 進化ゲーム

超伝導研究の最前線

4. 発表内容 : 1 研究の背景と経緯 電子は一つ一つが スピン角運動量と軌道角運動量の二つの成分からなる小さな磁石 ( 磁 気モーメント ) としての性質をもちます 物質中に無数に含まれる磁気モーメントが秩序だって整列すると物質全体が磁石としての性質を帯び モーターやハードディスクなど様々な用途

60 秒でわかるプレスリリース 2008 年 5 月 15 日 独立行政法人理化学研究所 モット先生 (1977 年ノーベル物理学賞受賞 ) の謎を解明 - 酸化ニッケルはなぜ金属ではないのか? - 銀白色の金属として知られるニッケルは 耐食性が高くステンレス鋼や硬貨などの原料として広く利用されてい

素粒子物理学2 素粒子物理学序論B 2010年度講義第4回

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Microsoft Word - プレリリース参考資料_ver8青柳(最終版)

特別研究員高木里奈 ( たかぎりな ) ユニットリーダー関真一郎 ( せきしんいちろう ) ( 科学技術振興機構さきがけ研究者 ) 計算物質科学研究チームチームリーダー有田亮太郎 ( ありたりょうたろう ) ( 東京大学大学院工学系研究科教授 ) 強相関物性研究グループグループディレクター十倉好紀

SE法の基礎

生物時計の安定性の秘密を解明

生物 第39講~第47講 テキスト

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Microsoft PowerPoint - 物質の磁性090918配布

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最新フッ素関連トピックス 2018 年 3 月号フッ素系磁性材料 1 はじめにこの 1 年余り フッ素系磁性材料の文献をよく目にする 今回はその目にした文献を紹介し ここ数年の日本特許を合わせて紹介し その動向を最後にまとめてみた 2 文献情報 L.B. Drissi らは 下記のゲルマニウム グラ

相対性理論入門 1 Lorentz 変換 光がどのような座標系に対しても同一の速さ c で進むことから導かれる座標の一次変換である. (x, y, z, t ) の座標系が (x, y, z, t) の座標系に対して x 軸方向に w の速度で進んでいる場合, 座標系が一次変換で関係づけられるとする

高校電磁気学 ~ 電磁誘導編 ~ 問題演習

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研究の背景 強い光の照射によって 物質が元の光とは異なる色で光ったり 弱い光が増幅されたりする現象は 非線形光学効果と呼ばれます 第二高調波発生などの波長変換 ( 図 1a) やレーザーの原理として知られる誘導放出 ( 図 1b) はその代表的例です 近年のレーザー技術の進歩は アト秒 (1 アト秒

Transcription:

4. 発表内容 : 電子は電荷とスピンを持っており 電荷は電気伝導の起源 スピンは磁性の起源になって います 電荷同士の反発力が強い物質中では 結晶の格子点上に二つの電荷が同時に存在する ことができません その結果 結晶の格子点の数と電子の数が等しい場合は 電子が一つずつ各格子点上に止まったモット絶縁体と呼ばれる状態になります ( 図 1) モット絶縁体の多く は 隣接する結晶格子点に存在する電子のスピン同士が逆向きになろうとする相互作用の効果 により 電子のスピンが互い違い並んだ反強磁性状態になります しかし 三角形の結晶格子 ( 三角格子 ) を持つモット絶縁体においては隣り合うスピンがすべて互い違いに並ぶことがで きません ( 図 1) 実際に 極低温まで冷やしても量子力学的なゼロ点振動の効果でスピンが 揺らぐ スピン液体 と呼ばれる状態が 三角格子のモット絶縁体において発見されています 電子は電荷とスピンの両方をもつ粒子であるにも関わらず スピン液体中では 電荷は格子点 上に止まり スピンだけが量子力学的効果によって動いているように見えます スピン液体は 特異な磁気的状態として近年の物理学において最も関心を引く問題の一つとなっていますが これまではモット絶縁体でのみ その存在が確認されていました スピン液体はこのような特殊な磁気的性質を持っているため キャリアドープによって金 属状態が実現した際には スピンと電荷がどのように振る舞うのかというのは非自明な問題です 理論的な研究は 30 年前から行われており キャリアドープされたスピン液体は高温超伝 導の起源を解明する鍵になると考えられていました 高温超伝導を示す銅酸化物において 反 強磁性磁気秩序を持つモット絶縁体がキャリアドープによってスピン液体へと変化することで 高温超伝導が形成されるという可能性が指摘されていたためです このように スピン液体へ のキャリアドープについて興味が持たれる一方で キャリアドープによって起こる金属状態に おけるスピン液体の実験的検証は行われていませんでした 本研究グループは 三角格子構造を持ち モット絶縁体にキャリアドープした ( 格子点当 たり 11% の電子が引き抜かれた ) と考えられる分子性結晶 -(ET)4Hg2.89Br8( 図 2) の電気抵 抗率とスピン磁化率の測定を行いました 図 3 左に示したように スピン液体の電気抵抗率は 絶縁体的な振る舞いをしているのに対し キャリアドープされたスピン液体の電気抵抗率は金 属的な振る舞いをしました これは 期待通りキャリアドープによってモット絶縁体が金属に 変わったことを意味しています 一方で 図 3 右に示したように スピン磁化率の振る舞いはドープされる前のモット絶縁体が示すスピン液体の振る舞いとほとんど変わらないことを見出 しました 一般に 絶縁体が金属変わるときには 止まっていた電子が動き出すことから 電 子という存在を特徴づける電荷とスピンの振る舞いはどちらも劇的に変化します 今回の実験 結果は スピンが液体状態にある特異な絶縁体にキャリアドープを行うと スピンは特異な液

体状態を保持したまま 電気伝導の獲得という電荷が担う性質の劇的な変化が起こる すなわ ち電荷とスピンが分離して振る舞うことを示しています そして このような状況で実現して いる金属が通常とは異なる特異な金属であることが 電気伝導度の温度依存性から明らかにされました もともと電子が持っていた電荷やスピンなどの性質が 物質中でバラバラに独立して振る 舞う現象は 強い磁場下 電子の運動が一方向に限定された物質 物質の表面など特殊な状況 で発見され 現代物理学の中心的なテーマへと発展しています 今回の三角格子物質における スピン液体金属の発見は 電子の集団運動の新たな側面を明らかにするものであり 今後の発 展が期待されます 本研究は 2017 年 10 月 2 日 ( 日本時間 ) に英国科学誌 Nature Communications ( 電子版 ) で公開されます 5. 発表雑誌 : 雑誌名 : Nature Communications ( 10 月 2 日 ) 論文タイトル : Anomalous metallic behaviour in the doped spin liquid candidate - (ET)4Hg2.89Br8 著者 :Hiroshi Oike, Yuji Suzuki, Hiromi Taniguchi, Yasuhide Seki, Kazuya Miyagawa, Kazushi Kanoda DOI 番号 : 10.1038/s41467-017-00941-6 アブストラクト URL: http://www.nature.com/ncomms

8. 用語解説 : ( 注 1) ゼロ点振動 : 不確定性原理により 粒子の位置が確定できない性質に基づくゆらぎの こと 熱エネルギーによって引き起こされた振動とは異なり 絶対零度でも存在する ( 注 2) スピン : 量子力学的な粒子が持つ角運動量のこと 物質中には数多くの電子が存在し ており その一つひとつがスピンを持っている スピンの向きが一方向に揃った場合 その物 質は磁石 ( 強磁性体 ) としての性質を示す ( 注 3) 結晶の格子点 : 原子が特定のパターンで周期的に並んでいる物質を結晶という この 周期的な並び方は 特定の模様のタイルが隙間なく敷き詰められている状況に似ている したがって 結晶構造を特徴づける情報は 一つの周期の中でどのようなパターンで原子が配置し ているか ( どのような模様のタイルか ) と どのような周期構造を有しているか ( どのような 形状のタイルか ) の 2 点に分割できる 周期構造に注目するために 一周期中の原子の配置を 一つの点で代表させたものを 結晶の格子点という 電子同士の反発力を考慮しない場合 結 晶の格子点あたりの電子の数が奇数の物質は電気伝導性を有することが予測されている ( 注 4) キャリアドープ : 電子の数を変化させること 半導体の電気伝導度を変化させる方法 として広く用いられている ( 注 5) 電気抵抗率 : 物質に電流を印加すると物質中に電圧が生じる 生じた電圧を印加した 電流の値で割ったものを電気抵抗という 電気抵抗率は 試料の長さと断面積の情報を用いて 電気抵抗を試料の形状に依らない量に規格化したもの 絶縁体の電気抵抗率は高く温度を下げるとさらに高くなるのに対し 金属の電気抵抗率は低く温度を下げるとさらに低くなる ( 注 6) スピン磁化率 : 物質に磁場を印加すると 物質は磁石としての性質を帯びる この磁石の強さを印加した磁場の強さで割ったものを磁化率という 磁化率が有限の値をとる原因としては 電荷の運動やスピンの向きが磁場によって変化することが挙げられるが 後者の寄与のみを取り出したものをスピン磁化率という 通常の金属のスピン磁化率は 温度に依らず一定の値を示すことが予測されている

9. 添付資料 : 図 1 モット絶縁体の模式図 電子は電荷とスピンを持っており 電荷は電気伝導の起源 スピンは磁性の起源になっている 格子点と電子の数が一致すると 同じ符号の電荷同士 ( 電子の場合はマイナス ) が反発する性質により 電子が各格子点上に止まることがある この電子が止まった状態が モット絶縁体と呼ばれている モット絶縁体中のスピンは 隣の格子点にある電子のスピンと 逆向きを向こうとすることが多い しかし 右図の三角格子上では 隣り合うスピンがすべて互い違いに並ぶことができない 図 2 分子性結晶 -(ET)4Hg2.89Br8 の構造 ET 分子が形成する層と 水銀 (Hg) イオンと臭素 (Br) イオンが形成する層が交互に積層している ET 層では2つの ET 分子がペアになって三角格子を形成している ET 分子のペアを一つの格子点と見做すことができ 格子点あたりの動ける電子の数は 0.89 になっている この電子数は モット絶縁体の条件である1 よりも 11% 少ない

図 3 スピン液体 -(ET)2Cu2(CN)3 とキャリアドープされたスピン液体 -(ET)4Hg2.89Br8 の比較 電気抵抗率は対照的な振る舞いをする一方で スピン磁化率は 2つの物質がほぼ同じ振る舞いを示した 磁化率のデータについては スピン同士の相互作用の強さが異なる二つの物質のスピンの状態を定量的に比較するために 隣り合う 2つのスピン間に働く相互作用のエネルギーが1になるような単位系を用いて表示した