32. 成人期の未受診の高機能広汎性発達障害が疑われるひきこもり者に対する支援について 岩田光宏真志田直希勇智子伊藤桂子小川朋美正德篤司永井朋小坂淳 森川将行 ( 堺市こころの健康センター ) はじめに 内閣府が2010 年に発表した 若者の意識に関する調査 ( ひきこもりに関する実態調査 ) 1) によると 全国のひきこもり者の推計数を69.6 万人としている また 厚生労働省は ひきこもりの評価 支援に関するガイドライン 2) を発表し そのなかで全国のひきこもり推計数を25.5 万世帯としている ガイドラインのなかで地域保健におけるひきこもり相談の強化を推進しているように ひきこもり者への支援はなお地域保健の大きな課題であると言える 近藤ら 3) によると 精神保健福祉センターで相談を受けたひきこもり者に対して精神医学的障害の実態把握を行った結果 33% がひきこもりの発現に何らかの発達障害が関連しており治療や援助においても発達支援の視点が不可欠と判断されることがわかった また 発達障害のうち高機能広汎性発達障害 ( 以下 HFPDD) は 知的障害を伴わないため地域保健の網の目から漏れて支援の対象とならず 成人を迎える場合も少なくない そのため 成人期に就職等のライフイベントを乗り越えられず 他の精神疾患を伴ったり自宅にひきこもったりする場合がある そこで 近藤ら 4) は ひきこもりを呈するHFPDDの認知的 情緒的特性について検討した結果から ひきこもりを呈するHFPDDは 発達歴や現在症において広汎性発達障害に特徴的な所見が目立たない傾向があるために 乳幼児期から学童期において障害に気づかれにくい可能性を指摘しており 青年期においても一般的な精神科医療機関や相談機関では的確に診断されにくい可能性を示唆している そこで本研究では HFPDD の診断を受ける前にひきこもり状態となった者について ひきこもり状態や診断に至る状況の分析を行う 未診断でひきこもり状態を経験した事例について分析することで HFPDD のひきこもりを予防する方法について考察し HFPDD への効果的な支援のあり方を検討する 方法 1 調査対象堺市こころの健康センターが実施している ひきこもり専門相談 ( 平成 18 年度から実施 ) および 高機能広汎性発達障害専門相談 ( 平成 18 年度から平成 19 年度まで実施 ) において 平成 18 年度から平成 20 年度の 3 年間に受理した 246 例を対象とした そのなかで 1 相談受理時以前から平成 21 年度までの相談経過のなかで HFPDD の診断を受けた者 かつ 2HFPDD の診断より前にひきこもりの経験がある者 という条件を満たす事例を分析の対象とした なお HFPDD の診断は 広汎性発達障害 特定不能の広汎性発達障害 アスペルガー症候群 152
高機能自閉症で 知的障害の伴わないものとした また ひきこもり状態は 就学時については半年以上の不登校が認められた状態とし それ以外については 6 ヶ月以上にわたって概ね家庭にとどまり続けている状態 ( 他者と交わらない形での外出をしていてもよい ) とした 経過のなかで ひきこもり状態を複数経験している場合 直近のひきこもり状態を分析の対象とした 2 分析方法対象事例について ひきこもりの開始時期 ひきこもりのきっかけ ひきこもり期間について分析した また HFPDD の診断時期 受診時の状況 受診のきっかけについて分析した さらに その他のライフイベントとして 過去の精神科受診歴 (HFPDD の診断を受けた医療機関とは異なる精神科医療機関を過去に受診した ) 不登校歴 いじめ体験( いじめの被害者になった ) について経験の有無を調べた ひきこもりのきっかけは受理時の情報から いじめ 人間関係 ( いじめ以外の対人関係上の問題 ) 学業困難 ( 例 : 勉強についていけなくなった ) 業務困難 ( 例 : 業務成績が悪くて解雇された ) 進路未定 ( 例 : 高校を卒業したが就職が決まらなかった ) に分類した なお 人間関係 と 業務困難 の両方によりひきこもり状態となった場合などは 重複してカウントした ひきこもりの期間は 6 ヶ月から 1 年未満 1 年以上 3 年未満 3 年以上 5 年未満 5 年以上 10 年未満 10 年以上 15 年未満に分類した HFPDD の診断について 受診時の状況を ひきこもり 就職活動中 就学中 就労中 その他 に分類した また HFPDD の診断を受けた時の受診のきっかけについて 自分 ( 自分自身で HFPDD を疑って受診した ) 親 ( 親が HFPDD を疑って受診をすすめた ) 教員 ( 小中高教師 大学教員が HFPDD を疑って受診をすすめた ) 保健機関 ( 精神保健福祉センター 保健所 保健センターが HFPDD を疑って受診をすすめた ) その他の支援機関 および 他主訴で受診 ( 不眠等の他主訴で受診した際に HFPDD の診断を受けた ) に分類した 結果 平成 18 年度から平成 20 年度の 3 年間に受理した 246 例中 本研究の対象となる事例は 29 例見られた 以下 29 事例を対象に分析を行った 1 年齢 性別 診断名受理時の平均年齢は 23.4 歳 (SD=6.3) で 16 歳から 39 歳までの者が見られた 性別は 男性が 23 例 (79.3%) 女性が 6 例 (20.7%) であった HFPDD の診断名は 広汎性発達障害が 13 例 特定不能の広汎性発達障害が 5 例 アスペルガー症候群が 10 例 高機能自閉症が 1 例であった 2 ひきこもりの状況ひきこもりの開始時期は 小学校が 3 例 (10.3%) 中学校が 4 例 (13.8%) 中学校卒業後 18 歳未満が 7 例 (24.1%) 18 歳以上 22 歳未満が 8 例 (27.6%) 22 歳以上 30 歳未満が 6 例 (20.7%) 30 歳以上が 1 例 (3.4%) であった 中学卒業後から 22 歳未満までを合わせると 51.7% となり 思春期から青年期にひきこもり状態となるものが多かった ひきこもりのきっかけ ( 一部重複あり ) は 人間関係が 12 例 (41.4%) いじめが 3 例 (10.3%) 学業困難が 5 例 (17.2%) 業務困難が 4 例 (13.8%) 進路未定が 4 例 (13.8%) 不明が 7 例 (24.1%) 153
であった いじめと人間関係 ( 重複なし ) を合わせると 51.7% となり 何らかの対人関係のトラブルによりひきこもり状態になる者が多かった また 学業困難と業務困難 ( 重複なし ) を合わせると 31.0% となり 何らかの能力上の問題でひきこもり状態となる者も多かった ひきこもり期間は 6 ヶ月から 1 年未満が 6 例 (20.7%) 1 年以上 3 年未満が 11 例 (37.9%) 3 年以上 5 年未満が 6 例 (20.7%) 5 年以上 10 年未満が 4 例 (13.8%) 10 年以上 15 年未満が 2 例 (6.9%) であった 3 HFPDD 診断の状況 HFPDD の診断時期は 中学校が 1 例 (3.4%) 中学卒業後 18 歳未満が 5 例 (17.2%) 18 歳以上 22 歳未満が 9 例 (31.0%) 22 歳以上 30 歳未満が 10 例 (34.5%) 30 歳以上が 4 例 (13.8%) であった 義務教育終了後の診断がほとんどで 18 歳以上に診断を受けた事例を合わせると 79.3% となり 成人期を迎えた後に診断を受ける者が多かった 受診時の状況は ひきこもりが 20 例 (69.0%) 就学中が 4 例 (13.8%) 就職活動中および就労中がそれぞれ 2 例 (6.9%) その他が 1 例 (3.4%) であった ひきこもり状態にあるなかで HFPDD の診断を受けた者が 7 割近くと多かった 受診のきっかけは 自分が 1 例 (3.4%) 親が 2 例 (6.9%) 教員が 2 例 (6.9%) 保健機関が 7 例 (24.1%) その他の支援機関が 7 例 (24.1%) 他主訴で受診が 8 例 (27.6%) 不明が 2 例 (6.9%) であった なお その他の支援機関は 教育相談機関 就労支援機関などであった 自分 親 教員を合わせると 17.2% と少なく 一方 保健機関 その他の支援機関 他主訴で受診を合わせると 75.9% と多く 身近な者が気づくことは少なく 専門家が気づいて診断に至ることが多かった 4 その他ライフイベント過去の精神科受診歴は あるものが 11 例 (37.9%) であった そのときの診断名は とくになし が 3 例 学習障害が 2 例 適応障害が 2 例 その他が 2 例 不明が 2 例であった 過去に精神科に受診したが HFPDD の診断を受けず 別の機会に受診した際に改めて HFPDD の診断を受けた者が 37.9% と 4 割近くいることがわかった 不登校歴は あるものが 18 例 (62.1%) であった 不登校時期 ( 重複あり ) としては 小学校が 5 例 中学校が 9 例 専門学校 大学が 5 例であった また 2 箇所以上で 不登校を経験したものが 8 例見られた 不登校の経験があるものが 6 割以上と多く そのうち半数近くが不登校を繰り返していた いじめ体験は あるものが 17 例 (58.6%) であった いじめ体験の時期 ( 重複あり ) としては 小学校が 13 例 中学校が 11 例 高校が 5 例 職場が 1 例であった また 2 箇所以上でいじめを体験したものが 12 例見られた いじめの体験があるものが 6 割近くと多く そのうち半数以上が 2 箇所以上でいじめを受けたことがあった なお ひきこもり状態および診断に至る状況についてのまとめを図 1に示した 154
考察 1 ひきこもり状態に至る背景についてひきこもりのきっかけについての分析結果から いじめなど何らかの対人関係のトラブルでひきこもり状態になる者が 5 割以上見られた また いじめ体験のある者が 6 割近くと多く そのうち半数以上が 2 箇所以上でいじめを受けていた さらに 不登校の経験があるものが 6 割以上で そのうち半数近くが不登校を繰り返していた そして 思春期にひきこもり状態となるものが 5 割以上であった したがって 未診断のままひきこもり状態になる経過に 学校でいじめられたり不登校になったりするが HFPDD に気づかれずに過ごすことが多いと言える そして 対人関係上のトラブルが続くことで やがてひきこもり状態になっているという経過が推測された 2 HFPDD の診断に至る背景について未診断のままひきこもりとなった者が診断を受ける場合 約 8 割が 18 歳以上に診断を受けていた したがって 未診断の状態でひきこもりとなった場合 診断時期が遅れてしまい 成人期を迎えた後に診断を受ける場合が多いと言える また 受診時の状況として 約 7 割がひきこもり状態で HFPDD の診断を受けていた 受診に至るきっかけは 身近な者が気づくことは少なく 専門家が気づいて診断に至ることが 7 割以上と多かった さらに 過去に精神科の受診歴があるものが 4 割近く見られた したがって HFPDD の診断時期が遅れる背景に 学校など集団生活のなかで対人関係上のトラブルなどが見られても HFPDD に気づかずに経過していくため 身近な者が改めて気づくことは少ないことが推測された そして やがてひきこもり状態になり 専門家に相談することでやっと診断に繋がる という経過が推測された 3 HFPDD 早期発見とひきこもりの予防についてひきこもり状態の前に いじめや不登校などの問題が生じていることが多いため HFPDD の早期発見のためには 親や教員など身近な者が気づくよう啓発を十分に行うことが重要であると考えられる 一方 いじめ体験や不登校を繰り返した後 ひきこもり状態になっている場合や 過去に精神 155
科受診歴があっても HFPDD の診断に至らない場合もあった このことから 問題が起こっても 障害の程度によって本人や周囲の努力で問題を乗り越えたり 症状への一時的な治療でやり過ごしたりしていることが推測される 問題が起こっても HFPDD の診断を受けずに問題をやり過ごすことができた場合 次の問題が起こったとき背景に HFPDD があることを身近な者が気づきにくくなると推測される そのため ひきこもり状態を併発させてしまう場合が多いと考えられる こうした場合 ひきこもり問題の切り口で相談に繋がり そこで HFPDD に気づかれることが多かった したがって さまざまな経過の結果 ひきこもり状態になった場合 なるべく早くひきこもり相談窓口に繋がることが重要であると言える そのため HFPDD の早期発見の手段として ひきこもり問題の相談窓口を強化し そこで HFPDD に気づく機能を強化することが有効であると言える 4 今後の課題本研究では ひきこもり状態を経験した未診断の HFPDD 事例を分析することで HFPDD の早期診断のための方法を提案した 本研究の結果から ひきこもり状態を経験した場合 過去にさまざまな失敗体験があることが多いため 診断後の支援では HFPDD の特性に応じた支援に加えて 失敗体験へのケアなど心理的な支援も重要であることが示唆される このため 成人期以降に診断された HFPDD に対する効果的な支援のあり方を検討することが今後の課題である 文献 1) 内閣府 : 若者の意識に関する調査 ( ひきこもりに関する実態調査 ),2010 2) 厚生労働省 : ひきこもりの評価 支援に関するガイドライン,2010 3) 近藤直司, 宮沢久江, 境泉洋ほか : 思春期ひきこもりにおける精神医学的障害の実態把握に関する研究. 厚生労働科学研究 ( こころの健康科学研究事業 ) 思春期のひきこもりをもたらす精神科疾患の実態把握と精神医学的治療 援助システムの構築に関する研究 ( 主任研究者 : 齊藤万比古 ) 平成 20 年度研究報告書,2009 4) 近藤直司, 小林真理子, 宇留賀正二ほか : 在宅青年 成人の支援に関する研究 ライフステージからみた青年 成人期 PDDケースの効果的支援に関する研究. 厚生労働科学研究 ( 障害保健福祉総合研究事業 ) ライフステージに応じた広汎性発達障害者に対する支援のあり方に関する研究 ( 主任研究者 神尾陽子 ) 平成 20 年度研究報告書,2009 ( 経費使途明細 ) 統計処理ソフト購入費 (SPSS(option),AMOS) 278,250 参考書籍購入費 54,264 印刷費等 ( 論文複写サービス等 ) 9,639 合計 342,153 156