ICH 品質トピックの今 -Q8-Q10 ガイドラインの背景と今後について- 国立医薬品食品衛生研究所薬品部川西徹 日米欧医薬品規制調和国際会議 (ICH) の品質分野のガイドラインのテーマとして 医薬品ライフサイクル全体を通した製造科学とリスク管理に基づいた新しい品質管理システム構築が提案され その方針に基づいて Q8 から Q10 に至る一連の品質ガイドラインの国際調和活動が進んでいる 本発表では その背景 主だった内容をまとめるとともに 予想される医薬品規制へのインパクト 今後の課題について概観する [ 背景 ] 日米欧医薬品規制調和国際会議 (ICH) 品質分野の国際調和活動では 化学合成医薬品の規格および試験法 不純物 安定性 分析バリデーション等の主要な技術課題に関するガイドラインの国際調和は終了し バイオ医薬品についても品質特性関係の主要ガイドライン作成は終了した さらに 新医薬品の製造販売承認申請に際して添付資料として提出すべき品質関連の項目がリストアップ (CTD-Q) された 続いて その後に続くべき新たな医薬品品質関連のテーマが検討され 2003 年 7 月のブラッセル会議 GMP ワークショップにおいて 製造科学とリスク管理手法を統合したアプローチによる 医薬品のライフサイクル ( 開発から市販後 ) 全般に適用する新しい品質管理システムの構築 が提案され 品質の中心テーマとして取り上げることに三極は合意した その後この合意に従い 製剤開発に関するガイドライン (Q8) および 品質リスク管理に関するガイドライン (Q9) の国際調和が進みステップ 4 に達するとともに (http://www.pmda.go.jp/ich/ich_index.html) 現在さらに 製剤開発ガイドライン付属書 1 (Q8(R1)) および 医薬品品質システムに関するガイドライン (Q10) の国際調和作業が進められている このように新しい品質システム構築が提唱された背景としては 米国 FDA の新しい戦略があるものと思われる FDA は ゲノム創薬等新しい医薬品開発手法が生まれ 医薬品開発が活発化しているにもかかわらず 近年 承認される医薬品数が減少傾向にあることに危機感を表明するとともに 2004 年に Challenge and Opportunity on the Critical Path to New Medical Product という文書 (http://www.fda.gov/oc/initiatives/ criticalpath/whitepaper.html) を発表し 医薬品開発および承認審査を妨げる要因 (Critical Path) を解析し これを克服するための戦略を打ち出した これとほぼ時を同じくして 医薬品の品質管理においても新しい考え方を打ち出し Pharmaceutical CGMPs for the 21st century- A risk-based approach (http://www.fda.gov/cder/gmp/gmp2004
/GMP_finalreport2004.htm) として公表し 品質リスク管理法を基盤とした 新しい総合的品質システム構築を提唱した その後 後者の品質管理システム構築の提案は 前者の総合的な医薬品開発促進策の提案の一部に組み込まれ Critical Path Initiatives という国家計画として FDA によって再編成されている ( Critical Path Opportunities Initiated During 2006 (2006) ) (http://www.fda.gov/oc/initiatives/criticalpath /opportunities06.html) FDA の医薬品品質管理についての危機意識は以下のようなものである 医薬品のほとんどは製造開発企業にとって工業製品であるが 通常ヒトの体内に投与され 健康に直接的に係わるがゆえに 歴史的に極めて厳しい規制が行われてきた そのため 医薬品の開発製造コストが高騰し 承認までの時間も延長し 医薬品開発は困難なものとなりつつある また一度開発 承認されても 品質の向上あるいは製造コストの改善等を目指した製法変更は 規制当局による承認あるいは届出が科せられ 実施までに時間 経費がかかる そのため製造方法の変更を避ける傾向にあり 工業製品の中でも製造管理は旧態依然のシステムで行われていることが少なくない 一方規制側からみると 製法変更に関する承認審査 あるいは GMP 査察のために大きなリソースが必要とされるため 規制コストの増大を招いている このような問題を解決するために 医薬品の開発 品質管理に製造科学と品質リスク管理の考えを導入し 品質管理システムを近代化させる必要がある このような FDA の方向は 巨大化 グローバル化の方向にある先進的医薬品開発企業との利害とも一致し ICH においても推進すべきテーマとしてクローズアップされたものと考えられる [Q8 ガイドライン ] Q8 ガイドラインは 製品および製造工程の開発に際してとられたアプローチを説明するために設けられている CTD 第 3 部 3.2.P.2 項 製剤開発の経過 の項で推奨される記載内容に関するガイドラインとして作成されたものである 本ガイドライン中に明確に記されてはいないものの 申請者は 経験に基づく ( 旧来の ) アプローチ ( 最小限のアプローチ approach at a minimum あるいは 基本的アプローチ basement approach と表現されている) あるいは より体系的な( 新しい ) アプローチ のどちらでも選択できるということは三極間で合意された見解であり 後者のアプローチの選択は義務的なものではない しかし Q8 ガイドラインは 記述のほぼ 100% を後者のアプローチに裂いており 実質的には後者に関するガイドラインである FDA は後者の体系的アプローチを当初より Quality by Design (QbD) アプローチと称しているが この言葉は新しいアプローチを表す象徴的名称として ICH 内の議論では一貫して用いられているものの 定義が不明確 という反対意見もつきまとっている アプローチの名称はともかく このガイドラインにおいて より体系的なアプローチ の意味する
ところは 環境要因 工程上の要因 原材料 品質特性といった工程上の重要な要素を確認し これら要素が医薬品の性能や品質へ及ぼす影響をリスクアセスメント手法を用いて解析 その結果に基づいて品質管理システムを構築するアプローチと表現できる このアプローチのメリットは 最終製品の規格試験による品質保証を 製剤設計や工程の設計 検証及び工程管理による品質保証に置き換えることにより リアルタイムの出荷を可能とすること さらには 製造管理においてその変動範囲では製品の品質特性の一定性が保証される デザインスペース を取り入れることにより 規制上の製法変更の手続きの弾力的な運用を可能とすることにある その際 製品の品質特性を近赤外やラマン分光あるいはイメージングによってリアルタイムにモニタリングする分析手法 (Process Analytical Technology (PAT)) は 品質を保証する上で重要な製造段階をモニターするための分析手法となり これらの手法を活用すれば 最終製品のロット試験なしにリアルタイムの出荷を実現させる強力なツールとなりうる したがって PAT は Q by D アプローチを実現させるために極めて有力な技術と位置づけられる ( 注 :PAT については 製造分析技術というより広い意味をもつ用語として用いられる場合もある ) [Q8(R1) ガイドラインの内容 ] 昨年 10 月にステップ2に至った Q8 ガイドラインは QbD アプローチという新しい製剤開発 品質管理手法を提案する先進的 / 先導的ガイドラインであるが 文書の中で用いている QbD アプローチ デザインスペースなどの新しい用語 / 概念について 定義や具体例について誰しもが同じ理解に至っていないと思われる状況のまま 合意に至った そのため 次のステップとして経口固形製剤 注射剤 経口液剤について 最小限アプローチ および 体系的アプローチ(QbD アプローチ ) について具体例を検討して新しいアプローチを実現してゆくという方向で まずは経口固形製剤に関する Q8 の補足的ガイドライン作成が開始された しかし Q8(R1) ガイドラインの方向は QbD アプローチの中でも 規制上の弾力性を持たせるうえで要となる概念であるデザインスペースの定義 設定方法に議論の焦点が移り ステップ2ガイドラインはデザインスペースについての概念の明確化 設定の考え方 CTD 中の記載方法に記述の相当部分が割かれることとなっている [Q9 ガイドラインの内容 ] 既にステップ5に達している 上に記したように 医薬品はヒトの健康に直接的に係わる製品であるが故に 極めて厳格な規制が要求されてきたため 工業製品としての品質管理の方策は古いままに留まっていると指摘されてきた Q8-Q10 品質ガイドラインは リスクマネジメントを利用した新しい医薬品開発 品質管理システムの採
用を提唱するガイドライン群であるが 中でも Q9 は製薬業界および規制当局がツールとして適用できる品質リスクマネジメントに関するガイドラインである リスクマネジメントは リスクアセスメント リスクコントロール リスクコミュニケーション リスクレビューの4つの要素からなるが 製剤 工程開発から製造 製造 品質管理に至る様々な段階で適用する機会があることが示されている Q9 ガイドラインは既にステップ 4 ガイドラインとして国際調和に合意が得られているが 国内通知発出とともに ブリーフィング パック日本語版も公開されており (http://www.pmda.go.jp/ich/quality%20risk%20management.htm) 総合機構ホームページからガイドラインと同様にダウンロードが可能である [Q10 ガイドラインの内容 ] 既にステップ2に至っており パブリックコメントの収集も終わり 現在ステップ 3に向けた作業の段階にある Q10 は ISO に基づいた品質システムについて記したものであるが 内容的には GMP を包含し ICHQ8 および Q9 を補完するもので 医薬品の製品研究開発から製造 品質管理全般を包括的に管理し さらに継続的改善を推進するための取り組みを示した製薬企業向けのガイドラインである GMP で包含されていない経営者 管理者の責任 製品開発と生産工場の間の技術 知識の共有などに係わる指針をも含んでいる ただし 現行の GMP 要件以外の付加的な内容は遵守が必須とされる要件ではない 適用範囲としては 研究開発企業 後発品企業 原薬製造メーカー バイオテク応用医薬品メーカー 小企業から大企業まで幅広く適用され 製品ライフサイクルに関しては 新規製品のみならず既存製品にも適用される [ICH における品質ガイドラインの今後 ] 昨年 10 月の ICH-EWG 横浜会議において Q8(R1) ガイドラインはステップ2に達し 日本国内ではパブリックコメント収集のための翻訳作業が行われている 演者の個人的な印象ながら デザインスペースについては 未だ共通理解 ( 認識 ) が得られているとは言い難く ステップ4に向けて追加的な議論が行われる可能性がある このガイドラインはステップ4 合意後は Q8 ガイドラインの付属書として Q8 ガイドラインと一体化され Q8 改訂ガイドラインとなる予定と聞いている Q10 ガイドラインについては パブリックコメント収集は既に終了し 特に大きな修正を要すると思われるような指摘はないと聞いている したがって 2008 年夏にステップ4に達するものと思われる 一方 Q8-Q10 については インプリメンテイションを円滑にすすめるために作業グループを立ち上げ 事例の集約および Q&A 作成を 1-2 年の内に行い ガイドラインの実際の運用の準備が進められている
ICH 品質関連で Q8-Q10 に引き続く新しいテーマとしては Q8 の原薬バージョンにあたる原薬製法ガイドラインのドラフト作成を開始するべく 今現在非公式作業グループがコンセプトペーパー作成を行っている 原薬ガイドラインは化学合成医薬品に加え バイオテク応用医薬品を適用対象とし Q8 と同じく QbD 的アプローチを推奨する方向のコンセプトペーパードラフト作成作業が行われている QbD 的アプローチの適用を考えた場合 議論の焦点はデザインスペースの設定になると考えられる この点で化学合成医薬品原薬においては デザインスペース設定の議論の焦点となる品質特性は不純物と思われるが ICH 不純物ガイドライン等に沿ってデザインスペースの設定方法を議論すれば Q8 に比較しても ガイドライン作成は比較的容易と思われる しかし バイオテク応用医薬品 とりわけ分子多様性を示す複合タンパク質を適用対象とした場合 安全性および有効性に影響する品質特性の特定は困難な場合が少なくなく さらに不純物の議論の困難さも合わせて考えると 医薬品規制ガイドラインとして具体性 実効性のある内容にまとめるには 困難が予想される [ 新しい品質ガイドライン群のインパクト ] これら新しい品質システムガイドラインは 従来の ICH 品質ガイドラインと異なり 多くの部分は承認申請の必須要件として提案されたものではなく 医薬品品質確保の新しいアプローチとして提示されたものである しかしながら 製薬メーカーが今後欧米に承認申請する医薬品の場合は この新しい医薬品開発 品質管理のアプローチをとることが強く推奨される方向にあると予想される またわが国において 欧米企業から申請される医薬品審査にあたる規制当局は 新しいアプローチで開発された医薬品の承認審査に直面することとなり また欧米の規制下で製造された原薬を調達し 製剤化してわが国で販売する製薬企業にとっても すぐに影響が現れると考えられる これら新しい品質ガイドラインによって推進される新しい医薬品開発 品質管理システムは 数多くの患者を対象とし 生産量も多く 息の長い医薬品においてはその品質確保 品質の向上に資する所甚だ大であり 規制当局にとっても規制コストの低減に結びつくことが期待でき 患者にとっても好ましい医薬品開発 品質管理の方向と考えられる しかし一方では 稀少疾病薬のように生産量が少なく 生産規模の小さい医薬品にまでこの開発手法を採用することは 開発コストの増大 引いてはここの種の医薬品開発を困難なものとし 患者の不利益を招くことになりかねない またこのような開発 品質管理手法をとることは規模の小さい企業にとっては困難であり 多様な医薬品開発の目を摘む恐れがあると考えられる したがって QbD 的アプローチということばで表現されている新しい医薬品開発 品質管理システムは 対象とされる医薬品の特性に応じて選択されるべきものと考えられる ただし Q8 ガイドラインで対照的な概念として示されている 経験に基づく ( 旧
来の ) アプローチ と より体系的な ( 新しい ) アプローチ は 医薬品の開発 品質管理のアプローチとしては二者択一のものとは思われない Q9 Q10 ガイドラインの内容は Q8 および Q8(R1) の議論でいう 旧来のアプローチ においても 有用な内容のものであり 現実的には 個々の医薬品の特性に応じて 総体として中間的なアプローチがとられるものと思われる