経済レポート「所得ショックを乗り越え長期停滞を脱する個人消費」の発表

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Transcription:

2017 年 11 月 6 日三菱 UFJ リサーチ & コンサルティング株式会社 経済レポート 所得ショックを乗り越え長期停滞を脱する個人消費 の発表 ~ 世代ごとに進んできた所得減少への対応と今後の展望 ~ 三菱 UFJ リサーチ & コンサルティング株式会社 ( 本社 : 東京都港区 代表取締役社長 : 村林聡 ) は 所得ショックを乗 り越え長期停滞を脱する個人消費 ~ 世代ごとに進んできた所得減少への対応と今後の展望 ~ を発表いたします 詳細は本文をご覧ください 本件に関するお問い合わせ 三菱 UFJ リサーチ & コンサルティング株式会社調査部研究員土志田るり子 105-8501 東京都港区虎ノ門 5-11-2 オランダヒルズ森タワー TEL:03-6733-10 E-mail:chosa-report@murc.jp 配布先経済研究会

2017 年 11 月 6 日 経済レポート 調査と展望 所得ショックを乗り越え長期停滞を脱する個人消費 ~ 世代ごとに進んできた所得減少への対応と今後の展望 ~ 調査部研究員土志田るり子 家計の実質消費支出は 93 年をピークに 四半世紀近くにわたって減少傾向が続いてきた 消費は基本的に所得と連動するが 足元では所得が持ち直しているにもかかわらず 消費は停滞が続いている その原因として 所得の減少が続いた期間が非常に長かったことで 1 世帯あたりの所得を生涯にわたって積み上げた 生涯所得 への影響が大きなものとなり 世帯の消費意欲を下押ししてきたことが考えられる 年代には増加して当たり前だった所得は 9 0 年代のバブル崩壊や金融システム不安といった経済 金融環境の変化を背景に 98 年に減少に転じた この影響で 足元で生涯所得の水準が大きく低下しているだけでなく 貯蓄 負債の状況が悪化しており 消費支出の低迷につながっているとみられる また 毎年生涯所得の見通しが下振れしてきたことで 98 年よりも前に就職した世代では 再び生涯所得が減る警戒感から 生涯所得を低めに見積もる状況や 消費に消極的な姿勢が続いていると推測される もっとも 所得が減り始めた 98 年以降 各世帯では所得減少への対応を進めてきた 内容は世代によって異なり 例えば 男女雇用機会均等法の成立より後に就職した世代では 女性が結婚や出産を経ても仕事を続けやすい環境になったことなどを背景に ダブルで稼いで世帯所得を増やす対応が進んできた 消費についても ダブルで稼ぐことが難しい世代では消費支出を抑える対応が進んだほか 経済や金融環境の変化を背景に ダブルで稼ぐ世代でも自動車を購入しないという選択が広がるなど 消費の選択に変化があった 足元の所得増加により生涯所得の見通しはすでに底打ちしており 今後 小幅でも所得の増加が続けば 生涯所得の見込みは上振れが続く これが 消費マインドを改善させる可能性がある また 新しく労働力人口となる世代はスタート時点の所得が高く 生涯所得も前の世代よりは高い水準での推移が見込まれる 所得減少を経験していない世代は消費にも前向きと考えられ 世代交代が進むことも消費の回復に寄与するだろう もっとも足元で現役世代の負債が増大していることや 社会保険料負担が増していることは 消費の回復を遅らせる要因である このため 所得の増加がすぐに消費の持ち直しに結びつくわけではないが 消費意欲の高い世帯が増え さらに生涯所得が安定して伸びていくと確信を持てる環境が整えば 消費も堅調に増加を続けるようになるだろう 0 / 41

1. はじめに 90 年代初めにバブルが崩壊するまで 日本の家計の実質消費支出は増加が続き 人々の生活水準は年々向上していた ( 図表 1 ) 経済成長が続く中 将来もずっと暮らしは良くなっていくと期待されていたことであろう しかし 実質消費支出はバブル崩壊後の 93 年に減少に転じ その後 四半世紀近く減少傾向が続いてきた 足元では1 人あたり賃金が緩やかに持ち直しているが いまだ 消費は停滞を続けている 消費が長期停滞から脱せずにいる原因として 節約志向や将来不安の高まりが指摘されることもあるが いずれもここ数年で急速に高まっているとは言い難い それよりも 過去 所得の減少があまりに長く続いたために 想定される生涯所得が大幅に減少し 各世帯で継続的な消費水準の修正を迫られたことが大きく影響しているのではないだろうか また 長期間の所得減少が 消費者マインドや世帯の貯蓄 負債の状況を悪化させてきたため 所得が少々回復しただけで 消費がすぐに回復に向かう環境ではなくなっている可能性もある そこで本稿では 90 年代以降の消費の停滞を 所得減少の長期的な影響という観点から分析していく (2015 年 =100) 120 110 100 90 60 50 40 30 図表 1 実質消費支出の推移 55 60 65 75 85 90 9395 00 05 10 15 ( 注 ) 二人以上世帯 1962 年までは 全都市 63 年以降は 全国 ベース ( 出所 ) 総務省 家計調査年報 1 /40

2. 90 年代に減少に転じた所得と消費 ( 1 ) 90 年代の 2 度の所得ショック消費低迷の背景にあると考えられるのが所得の減少である 所得と消費支出の推移を見ると 両者の動きはおおむね一致しており 1990 年代に 2 つの転換点があることがわかる ( 図表 2 ) 最初の転換点は 93 年 それまで伸びてきた所得が横ばいとなった時である 年代後半から 90 年代初めまで 日本経済はバブルによる好景気を謳歌し 世帯所得は前年比 + 5% 前後で伸びていた しかし 1991 年にバブルが崩壊して景気が後退に転じ 企業業績が悪化すると 世帯所得の伸びは急速に縮小した また 95 年以降 デフレ傾向が強まるにつれて物価が伸び悩むと これも名目で見た所得の上昇を抑制したと考えられる この時期 消費は景気後退を背景に一度減少したが その後 97 年には 同年 4 月の消費税率引き上げの前に駆け込み需要が発生したことも影響し 持ち直しに転じた 2 つ目の転換点は 98 年 所得が横ばいから減少に転じた時である 景気は 93 年 10 月を底に持ち直し始めたが バブル期に膨らんだ不良債権が金融機関の経営を圧迫するなど バブル崩壊の影響は長引いた 97 年以降に金融機関の破たんが相次いで金融システム不安が発生すると 金融機関の貸出態度は急速に厳しくなった ( 図表 3 ) 企業では業績が悪化する中で資金ショートの恐れが高まり それまで回避していた人件費の削減に手をつけざるを得なくなり 世帯所得は前年比マイナス圏に突入したのである 年代までは毎年増えて当然であった所得が わずか 10 年の間に減少に転じたことは 家計にとって大きな衝撃であったと考えられる 多くの世帯では早急な対応を迫られ 所得に連動するように 消費支出は横ばいから減少に転じたと考えられる なお 家計への衝撃や影響の大きさから 本稿では 93 年の転換点を 第一次所得ショック 98 年の転換点を 第二次所得ショック と名付け 次節以降 長期的な影響を見る中でも特に注意して見ていくこととする 1 1 消費の水準を決める要因には 所得以外に物価が挙げられる 物価が下落している場面では 実質消費が押し上げられる効果があるが 同時に 物価の下落は賃金交渉において賃金引き上げ圧力を抑える効果も持つ このため 物価の変動が小幅であれば 消費に与える影響は限定的であろう 2 /40

図表 2 世帯所得と名目消費支出の推移 ( 百万円 年間 ) 0 650 第一次所得ショック ( 万円 1ヶ月あたり平均 ) 36 第二次所得ショック 34 600 32 550 30 500 450 世帯所得 ( 左目盛 ) 消費支出 ( 名目 二人以上世帯 右目盛 ) 85 90 95 00 05 10 15 ( 出所 ) 厚生労働省 国民生活基礎調査 総務省 家計調査年報 28 26 (% ポイント ) 50 図表 3 金融機関の貸出態度判断 DI 40 緩い 30 20 10 0-10 -20 厳しい -30-40 85 90 95 00 05 10 15 ( 注 1)DI= 緩い と答えた企業の割合 - 厳しい と答えた企業の割合 ( 注 2) シャドー部分は内閣府による景気後退期 ( 出所 ) 日本銀行 企業短期経済観測調査 大企業 中小企業 全規模 ( 年 四半期 ) 3 /40

( 2 ) 年齢階級により世帯所得の推移は異なる図表 4 は 図表 2 の世帯所得の推移を年齢階級別に見たものである いずれも 第一次所得ショックから第二次所得ショックまでの期間 伸びが大きく鈍化しているものの 減少には至っていない また いずれも 1998 年以降は減少傾向に転じており 第二次所得ショックが家計に与えた影響の大きさが伺える もっとも 年齢階級によって異なる点もある 93 年から 98 年の推移を見ると 30 歳代では年率 + 0.7% の緩やかな増加が続いているが 40 歳代では頭打ち感が強まり 伸びは同 + 0.5% と 30 歳代よりも小幅である また 50 歳代では 前年から減少する年も増えて 伸びは同 + 0.2% と ほぼ横ばいとなっている また 第二次所得ショック以降を見ると 30 歳代では第二次所得ショック直後の 99 年に 98 年を 100.0 とした指数で 91.6 と大きく落ち込んだ しかし 減少は短期間で終わり リーマンショック後の 10 年に 85.0 を下回った以外 90.0 前後の水準で横ばいとなっている なお 13 年以降は 90.0 を上回る水準が続くなど 足元では持ち直しの動きが見られる 一方 40 歳代では緩やかな減少が長期間続いた 第二次所得ショック直後の落ち込みは小さく 99 年の水準は 95.4 であったが リーマンショック後の 13 年まで低下傾向が続いた 14 年以降は 85.0 を超える水準となっており 足元では持ち直しつつある 50 歳代では 02 年頃まで 40 歳代よりも速いペースで減少が進み その後は振れを伴いながら 水準がさらに低下した 足元では持ち直しの兆しが見られるものの 水準は低く 若い年代と比べて回復が遅れている 単年の振れを均して比較すると 20 歳代や 30 歳代では 10 年前の水準の 90% 超に達しているのに対し 50 歳代では 87.2% にとどまっている ( 図表 5 ) もともとの所得水準が若い世代より高いことを考えると 金額ベースでの減少幅は大きく 家計に与えたショックも大きかったと推測できる 4 /40

図表 4 1 世帯あたりの所得の推移 ( 年齢階級別 ) (1998 年 =100) 30~39 歳 (1998 年 =100) 40~49 歳 110 110 105 105 98 年 100 93 年 100 93 年 98 年 95 95 90 90 85 85 75 75 65 65 60 60 85 87 89 91 93 95 97 99 01 03 05 07 09 11 13 15 85 87 89 91 93 95 97 99 01 03 05 07 09 11 13 15 ( 出所 ) 厚生労働省 国民生活基礎調査 ( 出所 ) 厚生労働省 国民生活基礎調査 (1998 年 =100) 50~59 歳 110 105 100 93 年 98 年 95 90 85 75 65 60 85 87 89 91 93 95 97 99 01 03 05 07 09 11 13 15 ( 出所 ) 厚生労働省 国民生活基礎調査 図表 5 10 年前と比較した1 世帯あたりの所得水準の回復度合い ( 万円 ) 900 1996~2000 年の平均 2011~2015 年の平均 0 0 600 500 400 300 200 100 0 29 歳以下 (99.5) 30~39 歳 (94.2) 40~49 歳 (88.4) 50~59 歳 (87.2) ( 年齢階級 ) ( 注 ) カッコ内の数字は 96~00 年の平均を 100 としたときの 11~15 年の比率 ( 出所 ) 厚生労働省 国民生活基礎調査 5 /40

( 3 ) 消費支出の推移も年齢階級により異なる同様に消費支出の推移を年齢階級別に見たのが図表 6 である いずれも第一次所得ショックの後 景気後退を背景に減少し その後 第二次所得ショックまでは消費税率引き上げ前の駆け込みもあって再び増加している しかし そのタイミングや程度は年齢階級によって異なる 30 歳代では 所得の緩やかな増加が続いた一方で 消費は 94 年にピークをつけ 翌年には前年比 - 2.2% と減少した しかし 翌 96 年には再び増加し さらに第二次所得ショック直前の 97 年には 94 年と同程度まで回復した 40 歳代では 所得の伸びが鈍る中 94 年の落ち込みは前年比 - 1.0% と 30 歳代よりも小幅であった さらに翌 95 年以降 消費支出は 3 年連続で増加し 第二次所得ショック直前の 97 年には 93 年を上回る水準に達した 50 歳代では 所得がほぼ横ばいで推移したことも影響してか 消費は 92 年にピークをつけると 95 年まで年率 - 1.6% の減少となった しかし 96 年以降は回復し 98 年には 92 年を上回る水準に達した 第二次所得ショック以降の消費支出は いずれの年齢階級でも減少に転じているが 減少のペースは年齢階級により異なる 30 歳代では 06 年まで減少傾向が続いた後 横ばいとなった 先に見た所得は第二次所得ショック直後に大きく減少し すぐに横ばいとなったが 家計が急激に支出を抑制することはせず 消費の水準は時間をかけて調整されたようだ 40 歳代では 第二次所得ショックの後 12 年まで消費の減少トレンドが続いた 減少は 30 歳代よりも長く続き 98 年を 100.0 とした指数は 12 年に 84.3 まで低下していた 所得の減少が緩やかであり これに合わせて消費が調整されたとみられる 50 歳代では 98 年をピークに 2000 年代前半まで 40 歳代よりも大きめの減少が続き 2000 年代後半以降は振れを伴いながら 徐々に水準が低下した 所得の減少が大きかったことに加え 大学の授業料など簡単に削ることができない支出が出てくるタイミングであることなども影響して 短期間では所得の減少に合わせて消費を調整しきれず 減少傾向が長く続いたとみられる 最後に足元の動きを確認すると 30 歳代では所得に持ち直しの動きが見られる一方で 消費はリーマンショック前と同水準で横ばいとなっている 完全に動きが一致しているわけではないが 遅れていた消費の調整は進んできている 40 歳代では 所得は 09 年頃の水準に達するなど持ち直しつつあるが 消費は 2 年続けて前年比マイナスとなるなど リーマンショック前の水準に届いておらず 所得に対して消費の回復力が弱い 50 歳代では 所得は足元で持ち直しの兆しが見られる一方 消費は 2010 年代に入って水準を一段と切り下げている 以上のように 所得や消費の推移には年齢階級による違いがある また 消費支出の推移は おおむね所得推移と連動するものの 動きが一致していない部分もある これらの違いの原因は 所得ショックが起きたときの年齢や環境などによって 影響の大小や家計の対応の仕方が異なることであろう そこで 第 3 章では 世代による所得減少の影響の違いについて さらに第 4 章では 世代による所得減少への対応の違いについて詳しく確認する 6 /40

図表 6 1 世帯あたりの所得と消費支出の推移 ( 年齢階級別 ) (1998 年 =100) 30~39 歳 110 105 100 95 90 85 75 93 年 98 年 消費支出 65 世帯所得 60 85 87 89 91 93 95 97 99 01 03 05 07 09 11 13 15 ( 出所 ) 厚生労働省 国民生活基礎調査 総務省 家計調査 (1998 年 =100) 40~49 歳 110 105 100 95 90 85 93 年 98 年 75 消費支出 世帯所得 65 60 85 87 89 91 93 95 97 99 01 03 05 07 09 11 13 15 ( 出所 ) 厚生労働省 国民生活基礎調査 総務省 家計調査 (1998 年 =100) 50~59 歳 110 105 100 95 90 85 93 年 98 年 75 消費支出 世帯所得 65 60 85 87 89 91 93 95 97 99 01 03 05 07 09 11 13 15 ( 出所 ) 厚生労働省 国民生活基礎調査 総務省 家計調査 7 /40

3. 所得減少の長期的な影響世帯所得の動きが年齢階級によって異なる理由の 1 つとして 1 人あたりの給与水準が下がった際 世代によってとられた対応が違ったことが考えられる その点を詳しく見るために 前章で見た年齢階級別の世帯所得の推移を 視点を変えて所得カーブの推移として見てみる ( 1 ) 98 年から 05 年は想定を下回る推移に図表 7 は 年齢階級ごとの世帯所得を 98 年の第二次所得ショック前と後の 2 つの期間に分けて見たものである 2 各折れ線グラフは そこに表示されている年における各年齢階級の所得を表しており グラフの左端は 29 歳以下の世帯の平均所得を 右端は 60~ 69 歳の世帯の平均所得を表している 全ての年齢階級で所得が増えればグラフは上方にシフトし 反対に所得が減少すればグラフは下方にシフトする また 年齢階級間で所得の差が広がると傾きは急になり 反対に年齢階級間の所得の差が小さくなれば 傾きは緩やかになる 左側の図表を見ると 年を追うごとにグラフが上方に移動しており 85 年から 98 年にかけて ほとんどの年齢階級で世帯所得が増えていたことがわかる しかし 右側の図表では 98 年から 2010 年にかけて下方にシフトしており 98 年をピークにほぼ全ての年齢階級で世帯所得が減少してきたことが確認できる また 移動の幅が均等でない点からは 年齢階級により所得が大きく減少したタイミングが異なることが読み取れる なお ここ数年は所得が持ち直しているため 15 年のグラフは 10 年から上方にシフトし 05 年 あるいは左のグラフの 90 年の水準とほぼ重なっている 図表 7 年齢階級別に見た世帯所得の推移 ( 万円 ) 900 0 0 1985~98 年 1998 年 1995 年 1990 年 ( 万円 ) 900 0 0 1 9 98 ~201 5 年 2005 年 1998 年 2000 年 600 500 400 1985 年 600 500 2010 年 2015 年 ( 点線 ) 300 400 200 ~29 30~ 39 40~ 49 ( 出所 ) 国民生活基礎調査 より作成 50~ 59 60~ 69 ( 歳 ) 300 ~29 30~ 39 40~ 49 ( 出所 ) 国民生活基礎調査 より作成 50~ 59 60~ 69 ( 歳 ) 2 5 年ごとにグラフを作成したが 所得が減少に転じた際の変化に注目するため 98 年のグラフを加えた 8 /40

次に 想定されていた所得水準と 実際に得た所得がどれだけ違っていたかを見るために 前のページで見たカーブを 各年代がどのように経てきたかを確認する 図表 8 は 図表 7 を 1 つに統合し 各折れ線グラフ上 世帯主が 1956~ 65 年生まれ 3 の世帯が該当する箇所を示したものである 4 そして これらの点をつないで実際の世帯所得の推移を示したのが図表 9 の黒い線である 実績のグラフは 1995 98 2000 年の折れ線グラフの下方を推移しており これらの年の見込みを下回る水準しか達成できなかったことがわかる また 98 年でグラフの傾きが大きく変わっているところからは 第二次所得ショックの影響の大きさが伺える 具体的な数字を見ていくと 98 年の当該世代の平均世帯所得は 661.4 万円であった ( 図表 9 の 印 ) この時点の 50~ 59 歳の人の年収は 866.5 万円 ( 同 印 ) であり 1956~ 65 年生まれの人も 50 歳代となる 15 年まで働けば 866.5 万円以上の世帯所得になると期待していたはずである 5 しかし 所得ショックの影響で所得は想定通りに伸びず 実際に 15 年に得ることができたのは 743.9 万円 ( 同 印 ) であった 6 このように 98 年以降 所得ショックの影響により 世帯所得は事前の想定よりも低い水準で推移してきた 期待していた金額から年間 100 万円以上も少ない所得しか得られないのであれば 消費水準に影響が出るのは避けられないだろう また 2010 年以降は所得が持ち直しているものの いまだ 水準は 98 年の想定と大きく離れていることも確認できる 同様に 1966~ 75 年生まれ 7 1976~ 85 年生まれ 8 について見たのが図表 10 である 1966~ 75 年生まれは 上で見た 1956~ 65 年生まれと同様に 実績が過去に想定されていた水準を下回って推移している それでも 98 年の第二次所得ショック以降もある程度の伸びを続けており 所得の伸びが明確に腰折れした 1956~ 65 年生まれとは対照的である 背景には 世代による所得減少への対応の違いがあると考えられるが この点については第 4 章で詳しく見ることとする 一方 1976~ 85 年生まれは 第二次所得ショックのころか それよりも後に就職した世代であり 所得が減少に転じたという経験はない また 足元で所得が伸びているため 実績が見込みから大きく下振れるような状況にもなっていない このように 見込みと実績のかい離にも 世代によって異なる特徴がある 3 2015 年に世帯主が 50~59 歳の世帯である また 以後 世代は世帯主の生年を基準に区分することとし 例えば 1956 年 ~1965 年生まれの世帯 という表現であれば 世帯主が 1956 年 ~1965 生まれの世帯を表すものとする 4 85 年の ~29 歳 95 年の 30~39 歳 2005 年の 40~49 歳 2015 年の 50~59 歳 2025 年の 60~69 歳 ( 見込み ) に加えて 90 年 2000 年 10 年 および 20 年 ( 見込み ) は 年齢階級の区切りが元データと合致しないため 例えば 1956~65 年生まれが 25~34 歳となる 90 年は ~29 歳 と 30~39 歳 の数値の平均値 35~44 歳となる 2000 年は 30~39 歳 と 40~49 歳 の平均値 同様に 10 年 20 年と計算した値を該当する点として示している 5 所得の増加が毎年続けば 年収は 866.5 万円よりも多くなると期待される 6 743.9 万円は 98 年時点で 2004 年に到達できると想定されていた水準 (748.2 万円 ) と同程度である 7 2015 年に世帯主が 40~49 歳の世帯である 8 2015 年に世帯主が 30~39 歳の世帯である 9 /40

図表 8 世帯所得の推移と 1956~65 年生まれ世帯の実績 1 ( 万円 ) 900 1985 0 1990 0 1995 600 1998 500 400 300 200 85 90 95 00 05 10 15 20 25 2000 2005 2010 2015 ~29 30~ 39 40~ 49 50~ 59 60~ 69 ( 歳 ) ( 出所 ) 総務省 国民生活基礎調査 より作成 図表 9 世帯所得の推移と 1956~65 年生まれ世帯の実績 2 ( 万円 ) 900 0 0 600 500 400 300 200 85 ~29 90 95 30~ 39 00 05 40~ 49 ( 出所 ) 厚生労働省 国民生活基礎調査 より作成 98 10 15 50~ 59 20 25 60~ 69 ( 歳 ) 1985 1990 1995 1998 2000 2005 2010 2015 実績 10 /40

図表 10 世帯所得の推移と各世代の実績 ( 万円 ) 900 0 0 600 500 400 300 200 95 ~29 00 05 30~ 39 1966~75 年生まれ 10 15 40~ 49 ( 出所 ) 厚生労働省 国民生活基礎調査 より作成 20 25 50~ 59 30 35 60~ 69 ( 歳 ) 1995 1998 2000 2005 2010 2015 実績 ( 万円 ) 900 1976~85 年生まれ 0 0 600 500 400 2005 2010 2015 実績 300 200 05 ~29 10 15 30~ 39 20 25 40~ 49 ( 出所 ) 厚生労働省 国民生活基礎調査 より作成 30 35 50~ 59 40 45 60~ 69 ( 歳 ) 11 /40

( 2 ) 長期的な視点の必要性単年の所得が減少すれば その年の消費支出は減少するだろう しかし 所得が持ち直す中で消費の停滞が続いている足元の状況は そのような所得の増減の短期的な影響だけでは説明が難しい そこで 本節以降では 所得の単年の減少が 長期的に家計に与える影響を考える 家計は 毎年の世帯所得を一生分積み上げた 生涯所得 がどのくらいになるか 大まかにイメージした上で消費や貯蓄をしていると考えられる 何年かにわたっての毎年の所得の合計額を考えるとき 所得が一度横ばいとなったり減少したりすると 翌期以降に所得増加率が大きく伸びない限り 所得の合計額は大きく下押しされる ( 補論 1 ) しかも 期間が長ければ長いほど 減少幅は単月あるいは単年の減少額の何倍にも膨らむのである 補論 1 では伸びが横ばいとなる状況を想定したが 実際の世帯所得は減少を続けてきており 生涯所得はさらに大きく下押しされてきたと考えられる また 単年の所得が減少すれば生涯所得の見通しは下方修正されるが 下方修正が何年も続くことで 翌年も さらにその翌年も下方修正が繰り返されるリスクが強く意識され 節約志向が強まるなど消費者マインドの悪化につながると考えられる もっとも ある年に全ての年齢階級で同じだけ年収が減っても 生涯所得の見通しの修正幅は世代によって異なる 長く勤めてから所得ショックを経験した世代は 所得ショックの時点ですでに生涯所得の多くの部分を受け取っているため 生涯所得への影響が小さい 一方 若い時に所得ショックを経験した世代は 長い期間 所得減少に直面したため 当初の想定から生涯所得が大きく減少していったと想像できる このため 消費の停滞を考える上では 足元の所得の状況だけでなく 所得減少の長期的な影響や 生涯所得の見込みがどのように変化してきたかを分析する必要がある そこで次節では 世代ごとの生涯所得の見通しの変化を確認する 12 /40

( 3 ) 下振れが続いてきた生涯所得図表 11 は 生涯所得の見込みの変化を世代別に表したものである 本稿では 単純化のため 物価や賃金上昇率の変動を考慮せず その時点での所得のカーブ ( 図表 7 で表したもの ) に沿って年収が増加すると仮定し 直近までの累計額 ( 実績 ) と それ以降に見込まれる所得を 40 年分 足し合わせた金額を生涯所得とした 9 1956~ 65 年生まれと 1966~ 75 年生まれは 98 年より前からデータを追うことができ 生涯所得の見通しが 98 年の第二次所得ショックを受けて減少していることが確認できる また 98 年時点の生涯所得の見込みは 1966~ 75 年生まれの若い世代の方が多かったことがわかる これは 第二次所得ショックまでは全ての世代で所得が伸びていたため 若い世代ほどスタート時点の名目所得が多くなり 生涯所得が押し上げられていたためである ところが 2010 年にはこの2つの世代の生涯所得の見込みは逆転している 第二次所得ショック以降の所得減少により 若い世代ほど ショック後の より少ない所得しか得られない期間が長くなり 生涯所得が大きく下振れたためである 足元では 所得が再び増加基調となっているため 2010 年から 15 年にかけて いずれの世代でも生涯所得が上振れし 05 年の水準に近づいている 特に若い世代では上振れの幅が大きい これは 先に示した所得減少時の反対で 若い世代ほど 足元の所得増加の恩恵を受ける期間が長いことに加え このところは若い年代の方が所得の上昇幅が大きいためと考えられる 10 このような生涯所得の見込みの変化は 消費の停滞とも関連していると考えられる 足元で推計される生涯所得は 1998 年のピーク時よりも 2000~ 3000 万円ほど少ない それだけ各世帯が生涯で支出できる金額が減っているため 消費の下押し圧力になっていると考えられる 加えて 生涯所得が下振れしてきたために 負債が想定通りに減らない あるいは 考えていたほど貯蓄ができないといった状況が続き 足元では貯蓄 負債の状況の悪化がマクロで見た実質消費支出の低迷につながっている可能性がある さらに 1966~ 75 年生まれまでの世代には 所得ショックの記憶や 生涯所得の見通しが毎年下方修正されてきた経験がある このような世代では 再び所得ショックが起きることへの警戒感や 生涯所得がさらに下方修正されるリスクへの備えから 所得の見通しを本稿の推計よりも低く見積もっている可能性がある これが消費者マインドを悪化させ 消費の下押し要因となっていると考えられる 図表 6 で見たように 年上の世代ほど足元の消費の持ち直しが鈍く リーマンショック前の水準を回復できていないが これは 年上の世代ほど生涯所得の上振れ幅が小さいことや マインドの悪化が深刻であることが表れている可能性がある 9 10 例えば 1956~65 年生まれの 2000 年時点での生涯所得の見込み額は 1985 年 ~2000 年の実績額の累計に 2001 年 ~2024 年の各年の所得見込み額を足し合わせた金額である 図表 7の右のグラフにおいて 2010 年と 2015 年のカーブを比べると 上昇幅は若い世代で大きい 13 /40

図表 11 世代別の生涯所得の推移 ( 億円 ) 2.8 2.7 2.6 2.5 2.4 2.3 2.2 2.1 1956~65 年生まれ 2.0 1966~75 年生まれ 1.9 1976~85 年生まれ 1.8 85 90 95 98 00 05 10 15 ( 出所 ) 厚生労働省 国民生活基礎調査 より作成 14 /40

4. 世代ごとの生涯所得減少への対応世帯所得および生涯所得の見通しの推移や 世帯の消費支出の推移が年齢階級によって異なる背景には 世代ごとの所得ショックへの対応の違いがあると考えられる 本章では 各世代が生きてきた時代の経済 社会環境や 所得ショックに直面した年齢などで 対応にどのような違いがあったかを整理する ( 1 ) 世代により異なる所得ショックへの対応生涯所得の見通しが下振れすると 家計は生活を維持するために 様々な方法で対応する 対応方法は大きく 2 つに分類できるが 1 つは消費を抑えることである 実際に 第 2 章で見たように 所得の減少を受けて多くの世帯では消費水準が修正された もう1つは働く時間や期間を延ばしたり それまで専業主婦だった妻が仕事を始めるなど 収入を増やす対応である 対応が世代によって異なるのは 所得ショックを経験した年齢によって どれだけ機動的に対応できるかという点で差があることに加え 特に働き方を変えて収入を増やすような調整は 制度や価値観などの要因により 世代によって難易度に差があるためと考えられる 例えば 男女雇用機会均等法の成立前と成立後では 少なからず成立後の方が 女性は収入を増やしやすく 結婚や出産の後も仕事を続けやすいと考えられる また どの程度急いで対応しなければいけなかったかも世代により異なる 前章で見たように 1998 年よりも前に働き始めた世代は もらえるはずであった所得を急に得ることができなくなったが 現在 30 歳代の世代は 多くの人が所得ショックよりも後に就職しており 生涯所得の減少に比較的余裕をもって備えることができたと考えられる 次節以降では 2015 年に 30~ 39 歳 40~ 49 歳 50~ 59 歳となった各世代について 所得ショックへの対応にどのような違いがあったのか また 消費にどのような特徴があるかを整理していく 11 11 1 98 6 ~95 年生まれに関しては 得られるデータが少なく十分な分析ができないため 補論 2 として巻末に掲載してい る 15 /40

( 2 ) 1956~ 1965 年生まれ ~ 所得も消費も想定から下振れ こんなはずでは 続きの世代 1956~ 65 年生まれの世代は 2015 年に 50~ 59 歳となった世代で 就職後 ~ 就職 10 年目ごろとバブル期が重なる 98 年までは毎年の所得上昇の恩恵を受けていたが 98 年以降 所得は横ばいとなり 生涯所得も下振れが続いてきた 所得が減少することも 減少が長く続くことも 就職したころには想定していなかったと考えられ こんなはずでは という展開であったに違いない 10 歳下の世代と比較すると 所得ショックの後 所得の伸びが腰折れして伸び悩んでいる ( 図表 12) が その大きな理由は 共働きとなって世帯所得を増やすという対応ができなかったことであろう 図表 12 世帯所得の推移と各世代の実績 ( 再掲 ) ( 万円 ) 900 0 0 600 500 400 300 200 85 ~29 90 95 30~ 39 00 05 40~ 49 ( 出所 ) 厚生労働省 国民生活基礎調査 より作成 1956~65 年生まれ 10 15 50~ 59 20 25 60~ 69 ( 歳 ) 1985 1990 1995 1998 2000 2005 2010 2015 実績 ( 万円 ) 900 0 0 600 500 400 300 200 95 ~29 00 05 30~ 39 1966~75 年生まれ 10 15 40~ 49 ( 出所 ) 厚生労働省 国民生活基礎調査 より作成 20 25 50~ 59 30 35 60~ 69 ( 歳 ) 1995 1998 2000 2005 2010 2015 実績 16 /40

図表 13 は 1998 年における各年齢階級の女性の労働力率をプロットして線で結んだ いわゆる M 字カーブである 結婚や出産で離職する人の多い 20 歳代後半 ~ 40 歳代前半がくぼんでいる 所得ショックが発生した 98 年は 1956~ 65 年生まれの世代は 33~ 42 才と ちょうど離職する女性の多い時期であった 育児と仕事の両立に対する支援が現在ほど充実しておらず 想定外に発生した所得ショックの後でも 急に育児と仕事の両立を決断したり すぐに職場復帰するのは容易ではなかったと考えられる 図表 14 は 19 年から 2015 年までのM 字カーブを重ねたもので 1956~ 65 年生まれが該当する点を で示している 12 第二次所得ショックの前後である 95 年と 2000 年のグラフ上の あるいはさらに 5 年先の 05 年のグラフ上の はほとんど重なっており 所得ショックの後 1956~ 65 年生まれの世代では女性の労働参加で世帯所得を増やすという対応が進まなかったことが伺える 13 同時期に女性の労働力率が伸びた 1966~ 75 年生まれとは対照的である ( 図表 18 参照 ) 図表 13 女性の労働力率 (1998 年 ) 60 50 40 30 20 10 0 ( 出所 ) 厚生労働省 労働力調査 ( 歳 ) 12 1956~65 年の 10 年間に生まれた人を対象に見ているが M 字カーブは 5 歳刻みで 5 年ごとに描いている 例えば 19 年にはこの世代の人は 15~24 歳であるため 19 年のカーブ上の 15~19( 歳 ) と 20~24( 歳 ) の点を 1985 年には 20~29 歳であるため 1985 年のカーブ上の 20~24( 歳 ) と 25~29( 歳 ) を 同様に 2015 年には 50~59 歳であるため 2015 年のカーブ上の 50~54( 歳 ) と 55~59( 歳 ) の点を で示している 13 例えば 同じ 30~34 歳について 1990 年から 1995 年にかけて女性の労働力率が上昇すれば は間隔をあけて上下に並ぶはずであり 反対に 労働力率が全く上昇しなければ は同じ場所で重なる 17 /40

90 60 50 40 30 20 10 0 図表 14 女性の労働力率の推移 (1956~65 年生まれ ) 19 1985 1990 1995 2000 2005 2010 2015 ( 注 )1956~65 年生まれの該当する箇所を と実線で示している 例えば 当該世代は 1985 年に 20~29 歳であるので 85 年のグラフ上 20~24 歳と 25~29 歳の 2 点を で示し その間を直線で結んでいる ( 出所 ) 厚生労働省 労働力調査 ( 歳 ) 18 /40

所得を増やすことができず 生涯所得の見通しも下方修正が続く状況では 支出を抑える必要があるだろう そこで 消費性向 ( 可処分所得のうちどれだけを消費支出に回したか ) の推移を確認してみる 図表 15 は各年齢階級の消費性向の推移を表したものであるが どの年齢階級においても 所得が減少傾向に転じた 98 年まで消費性向は低下し 98 年以降は上昇 あるいは横ばいとなっている これは 所得ショック以降 消費の削減ペースが所得の減少ペースと同程度か 同程度よりも遅かったためと考えられる グラフの中で 実線で示した部分が 1956~ 65 年生まれがおおよそ該当する期間である 14 が 40 歳代のグラフの実線部分を見ると 05 年まで横ばいで推移した後に低下し 98 年を下回る水準が続いている 同時期 ~ 29 歳 30 歳代 50 歳代では 98 年よりも高い水準で推移していることから 当該世代の所得ショック直後の対応では 他の世代よりも消費を抑える傾向が強かったことが読み取れる 一方 50 歳代のグラフでは 1956~ 65 年生まれが該当する箇所で 40 歳代と比べて消費性向がやや高くなっているが これは支払いが長期化したり 後ずれしている項目があるためと考えられる また 2015 年以降は所得が増えていることも影響してか 足元で消費性向は低下している しかし 想定していたほど貯蓄ができておらず 貯蓄志向の強い世帯が増えている可能性もある 図表 15 消費性向の推移 (1956~65 年生まれ ) 84 82 78 76 74 72 68 66 1998 年の消費性向の水準 64 82 84 86 88 90 92 94 96 98 00 02 04 06 08 10 12 14 16 ( 出所 ) 総務省 家計調査 78 76 74 72 68 ~29 歳 40~49 歳 1998 年の消費性向の水準 66 82 84 86 88 90 92 94 96 98 00 02 04 06 08 10 12 14 16 ( 出所 ) 総務省 家計調査 78 76 74 72 68 66 1998 年の消費性向の水準 64 82 84 86 88 90 92 94 96 98 00 02 04 06 08 10 12 14 16 ( 出所 ) 総務省 家計調査 82 78 76 74 72 30~39 歳 50~59 歳 1998 年の消費性向の水準 68 82 84 86 88 90 92 94 96 98 00 02 04 06 08 10 12 14 16 ( 出所 ) 総務省 家計調査 14 実線で表した部分の前後 5 年ずつにも 当該世代は含まれている 19 /40

消費性向が低い水準で推移したのは 所得を増やす対応ができずに消費を抑えたこと以外にも要因があるだろう 15 住宅ローン返済世帯の毎月のローン返済の負担を見ると 1956~ 65 年生まれが多く含まれる期間では それまでよりも負担が大きくなっている ( 図表 16) 第二次所得ショック以降は所得が減り続けたことが原因と考えられる なお 30 歳代では 住宅ローンの負担は所得が減少に転じる 98 年よりも前から高くなっている 土地や住宅価格が上昇していたバブル期や バブル崩壊直後で不動産価格が下がったとは言え まだ高い水準であった 90 年代前半に 所得が増えていく前提で住宅ローンを組んだ世帯では バブル崩壊後にローンの負担が高まった可能性がある 想定していなかった土地 住宅価格の下落や 所得の減少によるローン負担の高まりに こんなはずでは と感じた世帯は少なくないだろう 住宅ローンの負担が大きくなると消費支出に充てられる部分が減るため 消費性向も低い水準となってきた可能性がある 16 図表 16 住宅ローンの負担 30~39 歳 28 26 注 16 24 22 20 18 16 14 12 10 8 6 4 2 0 85 87 89 91 93 95 97 99 01 03 05 07 09 11 13 15 ( 注 ) 土地家屋借金返済 がある世帯における 土地家屋返済額 の可処分所得に対する割合 ( 出所 ) 総務省 家計調査 22 20 18 16 14 12 10 8 6 4 2 50~59 歳 0 85 87 89 91 93 95 97 99 01 03 05 07 09 11 13 15 ( 出所 ) 総務省 家計調査 22 20 18 16 14 12 10 8 6 4 2 0 40~49 歳 85 87 89 91 93 95 97 99 01 03 05 07 09 11 13 15 ( 出所 ) 総務省 家計調査 15 16 総務省 家計調査 において 土地住宅借金返済 がある世帯住宅ローンの貸出金利が低下したことで借入が増え 返済負担も高まったとみられる 20 /40

また 50 歳代の消費性向がそれまでよりも高い点について 教育への支出の時期が後ずれしていることが原因の 1 つと考えられる 消費支出のうち 教育 への支出が占める割合は 足元 50 歳代で顕著に他の年齢階級よりも高くなっている ( 図表 17) 晩産が進んだことで 構造的に教育費の負担の時期が後ずれしていると考えられる 50 歳代であれば定年退職を前に貯蓄を増やすのが理想であろうが 教育への支出を抑えるのは容易ではなく 家計の負担感が高まると同時に消費性向を押し上げている可能性が高い 12 10 図表 17 教育費の負担 1994 1999 2004 2009 2014 8 6 4 2 0 ~29 30~39 40~49 50~59 ( 歳 ) ( 注 ) 教育 への支出額の消費支出に占める割合 ( 出所 ) 総務省 消費実態調査 なお この世代で最年長の 1956 年生まれの人は 2016 年に 60 歳を迎えた 2016 年時点で約 8 割の企業が 60 歳を定年年齢としている 17 が 高年齢者雇用安定法の改正 年金の支給開始年齢引き上げや 人口減少を背景にした労働需給のタイト化などを背景に 高齢者の労働参加は今後さらに進むと見込まれ 多少は生涯所得が上振れする可能性がある もっとも 就職した時には定年延長を想定していた人は多くないと考えられ この点についても こんなはずでは と感じる人がいることであろう 17 厚生労働省 就労条件総合調査 によれば 2016 年調査では全体の 98.2% が一律定年制を定めており そのうち.7% が定年年齢を 60 歳としている 21 /40

( 3 ) 1966~ 75 年生まれ ~ ダブルで稼ぎ 消費に前向きだが 老後に不安を残す世代 1966~ 75 年生まれは 2015 年に 40~ 49 歳となった世代である 学生もしくは就職して間もない時期がバブル期と重なり 働き始めて比較的すぐに所得が減り始めた世代である 図表 18 は 図表 14 と同様に 女性の労働力率の推移について 1966 年 ~75 年生まれの該当する点を で示したものである M 字のくぼみにあたる時期に就業率が上昇し 10 歳上の 1956~ 65 年生まれ世代とは対照的に が上方に移動しているのがわかる 就職時期が 1985 年の男女雇用機会均等法成立 ( 86 年施行 ) より後の 女性がキャリアアップを目指す環境が整い始めた時期だったことが影響しているだろう これにより共働き世帯が増えたとみられ 世帯所得は 98 年以降もある程度の伸びが続いている ( 図表 19) もっとも 女性の社会進出と同時に進んだ晩婚 晩産が 30 歳代前半までの労働力率上昇に寄与した面もあるとみられ 女性の就業者数の増加分すべてが共働き世帯数の増加につながっているわけではないと考えられる 90 60 50 40 30 20 10 0 図表 18 女性の労働力率の推移 (1966~75 年生まれ ) 19 1985 1990 1995 2000 2005 2010 2015 ( 歳 ) ( 注 )1966~75 年生まれの該当する箇所を と実線で示している 例えば 当該世代は 1995 年に 20~29 歳であるので 95 年のグラフ上 20~24 歳と 25~29 歳の 2 点を で示し その間を直線で結んでいる ( 出所 ) 厚生労働省 労働力調査 22 /40

図表 19 世帯所得の推移と 1966~75 年生まれ世帯の実績 ( 再掲 ) ( 万円 ) 900 0 0 600 500 400 300 200 95 ~29 00 05 30~ 39 10 15 40~ 49 ( 出所 ) 厚生労働省 国民生活基礎調査 より作成 20 25 50~ 59 30 35 60~ 69 ( 歳 ) 1995 1998 2000 2005 2010 2015 実績 一方 住宅ローン返済の負担は 1956~ 65 年生まれよりも さらに毎月の負担が大きい ( 図表 20) 月々の返済額は年上の世代と同程度であるが 第二次所得ショック以降の所得の減少により 返済の負担が高まったと考えられる 図表 20 住宅ローンの負担 ( 再掲 ) 30~39 歳 40~49 歳 28 26 22 24 20 22 18 20 16 18 14 16 14 12 12 10 10 8 8 6 6 4 4 2 2 0 0 85 87 89 91 93 95 97 99 01 03 05 07 09 11 13 15 85 87 89 91 93 95 97 99 01 03 05 07 09 11 13 15 ( 注 ) 土地家屋借金返済 がある世帯における 土地家屋返済額 の可処分所得に対する割合 ( 出所 ) 総務省 家計調査 ( 出所 ) 総務省 家計調査 23 /40

しかし この世代では 住宅ローン返済の負担が大きくても 消費支出はそれほど下押しされていないようだ 18 年齢階級別の消費性向の動きを見ると 98 年以降 1966~ 75 年生まれが含まれる期間の消費性向は 上昇基調か横ばいでの推移となっている ( 図表 21) 共働きとなるなど 所得ショック後に所得を増やす対応を進めてこられたことで 10 歳上の 1956 ~ 65 年生まれと比べて消費に前向きな世帯が多いのだろう 84 82 78 76 74 72 図表 21 消費性向の推移 (1966~75 年生まれ ) 68 68 1998 年の消費性向の水準 66 66 1998 年の消費性向の水準 64 64 82 84 86 88 90 92 94 96 98 00 02 04 06 08 10 12 14 16 82 84 86 88 90 92 94 96 98 00 02 04 06 08 10 12 14 16 ( 出所 ) 総務省 家計調査 ( 出所 ) 総務省 家計調査 ~29 歳 40~49 歳 78 76 74 72 82 30~39 歳 50~59 歳 ( 参考 ) 78 76 74 72 78 76 74 72 68 1998 年の消費性向の水準 1998 年の消費性向の水準 68 66 82 84 86 88 90 92 94 96 98 00 02 04 06 08 10 12 14 16 82 84 86 88 90 92 94 96 98 00 02 04 06 08 10 12 14 16 ( 出所 ) 総務省 家計調査 ( 出所 ) 総務省 家計調査 18 土地住宅借金返済は消費支出に含まれない 24 /40

このことは 第 2 章で消費の推移を見た際に 30 歳代で他の世代よりも早い時期に第二次所得ショックの後の減少に歯止めがかかっていたこと整合的である ( 図表 22) また 所得の減少がごく短期間で終わった一方で消費の減少がそれよりも長引いたのは ダブルでしっかり稼ぐことができたため 第二次所得ショック後 悲観的になって消費を急激に抑えるような行動にはつながらず 時間をかけて徐々に消費を減らしたためと推測される なお 1966~ 75 年以降生まれの世代では 1956~ 65 年生まれの世代よりもさらに晩婚 晩産が進んでおり 今後 教育費の負担はますます後ずれすると考えられる このため 定年退職直前になっても思うように貯蓄を増やすことができず 50~ 59 歳の消費性向は 横ばいか上昇傾向で推移すると考えられる 図表 22 年齢階級別の 1 世帯あたりの消費支出 (1966~75 年生まれ ) (1998 年 =100) 110 105 100 ~29 歳 30~39 歳 40~49 歳 50~59 歳 95 90 85 98 年 75 85 87 89 91 93 95 97 99 01 03 05 07 09 11 13 15 ( 出所 ) 総務省 家計調査 25 /40

足元の貯蓄 負債の状況を確認すると 多くの年齢階級で貯蓄額が増加する中 当該世代では減少している ( 図表 23) ローンの負担が大きいながらも支出をそれほど抑えておらず 貯蓄に回せる金額が他の世代よりも少ないためと考えられる また これに伴い 貯蓄残高から負債残高を差し引いた純貯蓄の水準は 40 歳代では過去と比べても あるいは足元の 50 歳代の水準と比べても非常に低い ( 図表 24) 貯蓄が少ないことで老後への不安が高まれば 長期的に消費者マインドの下押し要因となる可能性がある ( 万円 ) 2,000 1,0 1,600 1,400 1,200 1,000 0 600 400 200 0 図表 23 貯蓄現在高の推移 50~59 歳 40~49 歳 30~39 歳 20~29 歳 82 84 86 88 90 92 94 96 98 00 02 04 06 08 10 12 14 16 ( 注 )2000 年までは 貯蓄動向調査 02 年以降は 家計調査 のデータを使用している 両調査のデータには接続性がないため 水準は比較できない ( 出所 ) 総務省 貯蓄動向調査 家計調査 当該世代 ( 万円 ) 1,400 1,200 1,000 0 600 400 200 0-200 -400-600 -0 図表 24 純貯蓄 ( 貯蓄 - 負債 ) 現在高の推移 50~59 歳 40~49 歳 20~29 歳 30~39 歳 82 84 86 88 90 92 94 96 98 00 02 04 06 08 10 12 14 16 ( 注 1) 勤労者世帯の 貯蓄額 - 負債額 ( 注 2)2000 年までは 貯蓄動向調査 02 年以降は 家計調査 のデータを使用している 両調査のデータには接続性がないため 水準は比較できない ( 出所 ) 総務省 貯蓄動向調査 家計調査 当該世代 26 /40

( 4 ) 1976~ 85 年生まれ ~ 所得が伸びない前提で消費は控えめ 右肩上がりを知らない世代 1976~ 85 年生まれは 2015 年に 30~ 39 歳となった世代であり 団塊ジュニアの大部分もこの世代に含まれる 第二次所得ショックが発生した 1998 年の年齢は 13~ 22 歳と 多くの人が就職する前であった いわゆる就職氷河期に就職期を迎え 就職した時期から上司 先輩ほどの給料はもらえないという認識から 早い段階で対応を考えていた世代と言えるだろう M 字カーブを見ると 1966~ 75 年生まれよりも さらに 20 歳代後半から 30 歳代の女性の労働力率が上昇している ( 図表 25) また M 字カーブのくぼみも小さくなっている 合計特殊出生率が横ばい圏で推移する中でもこのような変化が見られることから 女性が出産を経て職場復帰しやすい環境が整い 19 子育てをしながらもキャリアアップを目指す女性がさらに増えたと推測される もっとも 環境の変化が単純に女性の社会進出を後押したわけではなく 就職時から一人あたりの所得が減り続ける中 世帯所得を確保するために女性が仕事を続けざるを得ないという側面もあったと考えられる 90 60 50 40 30 20 10 0 図表 25 女性の労働力率の推移 (1976~85 年生まれ ) 19 1985 1990 1995 2000 2005 2010 2015 ( 注 )1976~85 年生まれの該当する箇所を と実線で示している 例えば 当該世代は 2005 年に 20~29 歳であるので 05 年のグラフ上 20~24 歳と 25~29 歳の 2 点を で示し その間を直線で結んでいる ( 出所 ) 厚生労働省 労働力調査 ( 歳 ) 19 育児休業が利用できるようになり 出産 育児に際し退職する必要がなくなったことが M 字カーブのくぼみを小さくしてきた可能性もある 27 /40

女性の労働力率が上がり ダブルで稼いでいる世帯が多いとみられる点は 1966~ 75 年生まれ世代と同じであるが 消費の傾向を見ると 必要度の低いものへの支出を抑えるなどして 堅実に家計をコントロールしている様子が伺える まず 長期的な影響が大きい住宅購入についての状況を見ると 10 歳上の 1966~ 75 年生まれの世代よりも 30 歳代の持家率がやや高い ( 図表 26) しかし 住宅ローンの返済負担は前の世代よりは抑えられており ( 図表 27) 月々の消費支出を下押しするなどの影響は出ていないようだ 持家率が高いことやローンの負担が小さいのは 低金利のメリットを享受しているためと考えられる また 早い段階から所得が減る動きに合わせて計画を立て そこから大きく外れずに生活してきたことも影響しているだろう 100 90 60 50 40 30 20 10 図表 26 持家率の推移 ~29 歳 30~39 歳 40~49 歳 50~59 歳 0 82 84 86 88 90 92 94 96 98 00 02 04 06 08 10 12 14 16 ( 注 )2000 年までは 貯蓄動向調査 01 年以降は 家計調査 のデータを使用している 両調査のデータには接続性がないため 水準は比較できない ( 出所 ) 総務省 貯蓄動向調査 家計調査 図表 27 住宅ローンの負担 30~39 歳 28 26 24 22 20 18 16 14 12 10 8 6 4 2 0 85 87 89 91 93 95 97 99 01 03 05 07 09 11 13 15 ( 注 ) 土地家屋借金返済 がある世帯における 土地家屋返済額 の可処分所得に対する割合 ( 出所 ) 総務省 家計調査 28 /40

また 消費にやや消極的な姿勢が表れているのが 耐久消費財の保有状況である 図表 28 は勤労者世帯における自動車普及率を見たもので 濃い色の部分が当該世代の含まれる箇所である 09 年ごろから多くの年齢階級で自動車普及率は低下しているが 特に若い世代で低下が著しく また 2004 年に普及率が低下したのは当該世代が含まれる 30 歳未満のみであったことなどから 1976~ 85 年生まれの世代は 年上の世代よりも自動車購入に消極的であることがわかる 自動車普及率の低下には世帯人員の減少なども関連するが 自動車を保有しない理由を尋ねたアンケート調査では 上位に 収入の減少 少ない ガソリン代や駐車場代が負担 車検費用が負担 自動車税が負担 といった出費に関する項目が挙げられており 20 必要性を感じにくいものへの支出を抑えようとする姿勢が伺える 早い時期から所得を増やす対応をしている世代ではあるが 家計にゆとりがあるわけではなく このような対応がとられているのだろう 1976~ 85 年生まれの消費にやや消極的な姿勢が 第 2 章で見た 足元で所得に持ち直しの動きが見られる中でも消費が横ばいとなっているという状況につながっている可能性がある 100 図表 28 自動車の普及率の推移 (1976~85 年生まれ ) 94 年 99 年 04 年 09 年 14 年 90 60 50 40 30 30 歳未満 30~39 歳 40~49 歳 50~59 歳 60~69 歳 ( 出所 ) 総務省 消費実態調査 ( 年齢階級 ) 20 一般社団法人日本自動車工業会 (2016) 2015 年度乗用車市場動向調査 29 /40

このように 限られた所得の中で支出については取捨選択を行ってきた世代であることに加え 所得が増加してきたこともあり 足元では貯蓄額が増加傾向にある ( 図表 29) この点は 前節で見た 1966~ 75 年生まれとは対照的である ただし 貯蓄額の水準は依然として低い ( 万円 ) 900 図表 29 貯蓄額 (30~39 歳 ) 0 0 600 500 400 300 82 84 86 88 90 92 94 96 98 00 02 04 06 08 10 12 14 16 ( 注 )2000 年までは 貯蓄動向調査 02 年以降は 家計調査 のデータを使用している 両調査のデータには接続性がないため 水準は比較できない ( 出所 ) 総務省 貯蓄動向調査 家計調査 30 /40

5. 所得と消費の今後の展望 ( 1 ) 足元では生涯所得の水準が低く マインドの改善も不十分前章では 98 年の第二次所得ショック以降 世代によって異なる形で対応が進んできたことが分かった 所得面では 女性が結婚や出産を経ても仕事を続けやすい環境になったことなどを背景に ダブルで稼いで世帯所得を増やす対応が進んできた 消費については 世代による所得面での対応の進み方によって 消費マインドに違いがある さらに 経済や金融環境の変化を背景に 世代によって持家率や住宅ローンの負担が異なるほか 教育費の支払い時期の後ずれや自動車普及率の低下など 時の流れとともに 消費の内訳も変わっている 98 年から時間が経ち このように所得ショックへの対応が進んできたと考えられる中にあっても 各世代 消費に消極的な姿勢が大きく変わることはなく 足元の消費の持ち直しは力強さに欠ける 原因の 1 つは 生涯所得の見通しの下振れが続き 消費の主体である現役世代の生涯所得が 98 年の推計よりも低い水準にあることだろう 足元では持ち直しつつあるが 依然として水準は低い 生涯所得が少なければ生涯で支出できる金額が少なくなるため 消費の下押し要因となっていると考えられる また 1956~ 65 年生まれおよび 1966~ 75 年生まれの世帯は 所得ショックを経験している上に 1998 年以降の 10 年以上の間 ほぼ毎年 生涯所得の見込みが下方修正されてきた そのような世代では 再び下振れするリスクが意識され 本稿で試算した金額よりも生涯所得が低く見積もられることで マインドの悪化につながっている可能性がある もっとも 本稿で動向を確認してきた世代は順次 定年を迎え さらに若い世代が所得と消費のメインの層となる それでは 今後 所得と消費はどのように変化していくのだろうか 31 /40

( 2 ) 生涯所得の見通し 1 世帯所得の先行き毎年の世帯所得は 今後 増加基調で推移すると予想される 2014 年以降 春季労使交渉におけるベースアップが続いており 現金給与総額は小幅ながら上昇が続いている 加えて 趨勢的な労働力人口の減少を背景に 引き続き人手不足感の強い状態が続き 今後も女性や高齢者の労働参加が進むと考えられる 政策による子育て支援の充実や企業の人材確保のための待遇改善などで女性の労働参加率がさらに高まり 共働き世帯が増えたり 女性の所得水準が高まったりすれば 世帯所得は一段と押し上げられるだろう 2 生涯所得の先行き足元で正社員の所得の伸びは小幅だが それでも世帯所得の増加が続くことで 今後 生涯所得の見込みは上方修正が続くと見込まれる仮に 世帯所得が 2015 年から毎年 0.5% ずつ伸びていくと 生涯所得見通しの増加ペースは図表 30 のようになる 1990 年代に想定されていたような水準に達するには時間がかかるが 今後新たに就職する世代はスタート時点の所得が高くなっていき 生涯所得の見込みも 若い世代ほど高い水準での推移となる 仮定した所得の伸びが緩やかであるため 毎年の上方修正の幅は 19 年代のように大きくはなっていないが これが加速した場合には グラフの傾きは急になり 消費の増加ペースも高まってくるだろう ( 億円 ) 3.0 図表 30 世代別の生涯所得の推移 ( 見通し ) 2.8 2.6 2.4 2.2 2.0 1956~65 年生まれ 1966~75 年生まれ 1976~85 年生まれ 1986~95 年生まれ 1996~05 年生まれ 1.8 85 90 95 98 00 05 10 15 20 25 30 35 40 45 50 55 60 ( 出所 ) 国民生活基礎調査 よりMURC 作成 32 /40

( 3 ) 各世代の消費の先行き 所得と消費には世代ごとの特徴があったが 今後はどのように変化していくだろうか 1 1956~ 65 年生まれ就業期間の終盤に差し掛かっており 今後 生涯所得が大きく増えることはないと考えられる しかし 住宅ローンや教育ローンの返済が残っており 引き続き消費を抑えて貯蓄を増やすことが難しい状況が続くだろう このため 足元と消費行動が大きく変わることはない 定年延長で生涯所得がいくらか増えることで 先行き不安感が和らぎ 消費が上向く可能性があるものの 教育費の支出の後ずれなどの影響で貯蓄の水準は決して高くないため 大幅な改善は見込み難い 2 1966~ 75 年生まれ人口減少を背景に人手不足感が高まる中 ダブルで稼ぐ状況を維持する世帯が多いと考えられ 1956~ 65 年生まれ世代よりは世帯所得は高い水準を維持するだろう また 40 歳代で生涯所得の見通しが底打ちしたことや 足元の生涯所得の上振れ幅が 1956~ 65 年の世代より大きいことも 消費の回復につながるだろう 一方で これまで生涯所得の見通しが下振れしてきた経験から 生涯所得の見込みを小さめに見積もる傾向が強い状態が続くと考えられる また 足元で住宅ローンなどの負債が多いことに加えて 1956~ 65 年生まれと同様に 50 歳以降で教育費負担が膨らむ可能性が高く 貯蓄は増えづらい状況が続く これらは消費回復の重石となるだろう 3 1976~ 85 年生まれ早い段階から所得ショックへの対応を進めており 必要性の低い消費を抑えるなどしているが 貯蓄の水準は決して高くない このため 消費意欲が急激に高まるとは考えにくい もっとも 本稿で見た中では所得の持ち直しの恩恵が最も大きい世代であるうえに 生涯所得の見込みが下振れしてきた経験も短期間で終わっている さらに ダブルで稼ぐ世帯は 1966~ 75 年生まれよりも多いとみられ 所得に関する不安は上の世代と比べれば小さいと考えられる このため 所得の持ち直しが安定的なものとなれば マインドも改善してくると考えられる 4 1986 年以降生まれ 1986 年以降生まれの世代は 就職後 比較的すぐに所得の増加を経験しているか 就職した時には所得が増加し始めていた人々である 図表 30 で見た通り 生涯所得が高い水準で推移すると見込まれるうえに 所得ショックを経験していない世代であるため 消費に前向きな世代と言えよう 補論 2 で後述するように 1995 年までに生まれた世代は 1976~ 85 年と同様 必要度の低いものへの支出は抑えるような傾向があるが 所得の増加が安定的なものとなれば 節約志向は和らぐ可能性がある 33 /40

( 4 ) 消費は次第に上向くが下押し要因も今後 時間の経過とともに前節の1~4の世代が入れ替わる 生涯所得の水準が低く 下方修正ばかりを経験してきた世代が次第に減少し 生涯所得の見込みの上方修正を経験する世代が増えてくることで 所得水準とともにマインドも改善し 消費の回復傾向が定着すると考えられる もっとも 入れ替わりには時間がかかるため 実際に消費が上向くまでには時間がかかるだろう それ以外にも 所得の増加が すぐには消費に結びつかない要因が2 つ考えられる 1 負債残高の多さが消費回復の重石となる消費を下押しすると考えられる要因の1つが足元の負債残高の多さである 第 4 章で見たように 若い世代で住宅ローン残高が増加していることも影響し 足元では負債残高が増加している 負債の多い世帯では 所得が増加しても返済にばかり充てられて消費支出の増加に結びつかない可能性があり 拡大してきた負債が縮小するまでは 消費の回復を遅らせ可能性がある また 歴史的低水準にある金利が 小幅でも上昇すると返済負担が増してくることも 消費の回復を遅らせる要因となる 2 社会保険料負担の増加が可処分所得の増加を下押しする社会保険料の負担が増加していることも 消費の回復を遅らせる可能性がある 家計が消費行動を決める上で重要なのは 所得のいわゆる額面金額よりも 税金や社会保険料を支払った後に残る可処分所得の水準であろう 世帯所得と世帯の可処分所得の動きを比較すると 2000 年以降 可処分所得の減り方の方が急になっている ( 図表 31) これは介護保険制度が開始されたことによると考えられ 実収入に対する非消費支出の比率を見ても 2000 年以降 顕著に負担が高まっている ( 図表 32) 今後も 少子高齢化が進む中で負担は増大すると考えられ 可処分所得の伸びを下押しする可能性が高い 結果として 可処分所得ベースで見た生涯所得が伸び悩み 消費の回復が遅れる要因となると考えられる すでに第二次所得ショックから 15 年以上が経ち 各世代で対応が進んできた 生涯所得の見通しもすでに底打ちしており 基本的に消費は持ち直しの方向にある 以上のような要因により 所得の改善がすぐに消費の持ち直しに結びつくわけではないが 消費意欲の高い世帯が増え さらに生涯所得が安定して伸びていくと確信を持てる環境が整えば 消費も堅調に増加を続けるようになるだろう 34 /40

(1998 年 =100) 105 100 95 90 85 75 図表 31 1 世帯あたりの所得と可処分所得の推移 可処分所得 ( 左目盛 ) 世帯所得 ( 右目盛 ) 65 85 90 95 00 05 10 15 ( 注 ) 可処分所得は データが欠落している年がある ( 出所 ) 厚生労働省 国民生活基礎調査 図表 32 実収入に対する非消費支出 ( 社会保険料 税 ) の比率 20 19 18 17 16 15 14 88 90 92 94 96 98 00 02 04 06 08 10 12 14 16 ( 出所 ) 総務省 家計調査年報 35 /40

< 補論 1 > 図表 33 はそれぞれ 1 : 所得が毎年前年比 + 1.0% で伸びた場合 2 : 1 年目のみ所得が伸びなかった場合 3 : 1 年目から 10 年間所得が伸びなかった場合 について 10 年間の合計所得を比較したものである なお スタート時点の年収は簡易的に 250 万円としている 計算によると 2 のように 1 年目のみ所得が増えなかっただけでも 10 年間で 23.4 万円が失われる また 3 のように 10 年間所得が伸びなかった場合には 2 の 5 倍に相当する 115.6 万円が失われる なお 同様に毎年の賃金上昇率が 3%( 2 についても 2 年目以降は 3.0% の伸びと仮定 ) であった場合では 同じくスタートが 250 万円で 2 では 76.2 万円 3 では 366.0 万円もが失われる計算である 当然 スタート時点の年収が増えれば それだけ失われる金額も大きくなる 図表 33 所得減少の長期的な影響 ( 表 ) 1 2 3 スタート時点 +1 年 +2 年 +3 年 +4 年 +5 年 +6 年 +7 年 +8 年 +9 年 合計 ( 万円 ) 1 との差 ( 万円 ) 賃金上昇率 1.0% 1.0% 1.0% 1.0% 1.0% 1.0% 1.0% 1.0% 1.0% 年収 ( 万円 ) 250.0 252.5 255.0 257.6 260.2 262.8 265.4 268.0 2.7 273.4 2615.6 賃金上昇率 - 0.0% 1.0% 1.0% 1.0% 1.0% 1.0% 1.0% 1.0% 1.0% 年収 ( 万円 ) 250.0 250.0 252.5 255.0 257.6 260.2 262.8 265.4 268.0 2.7 2592.1-23.4 賃金上昇率 - 0.0% 0.0% 0.0% 0.0% 0.0% 0.0% 0.0% 0.0% 0.0% 年収 ( 万円 ) 250.0 250.0 250 250.0 250.0 250.0 250.0 250.0 250.0 250.0 2500.0-115.6 年収 ( 万円 ) 275 2 図表 34 所得減少の長期的な影響 ( グラフ ) 1 2 3 265 260 255 250 245 0 +1 年 +2 年 +3 年 +4 年 +5 年 +6 年 +7 年 +8 年 +9 年 36 /40

< 補論 2 > 1986~ 95 年生まれ世帯の対応 1986~ 95 年生まれは 2015 年に 20~ 29 歳となった世代である バブル崩壊後の低成長が始まった前後に生まれた世代であるが 2014 年以降 小幅ながらベースアップが行われるなど 就職後の所得環境は比較的良い 加えて 近年の所得増加は若い世代で増加幅が大きい傾向があるため その恩恵を受けている世代でもあるだろう 女性の社会進出はこれまで見てきた世代よりもさらに進んでおり 共働き世帯もさらに増えていると考えられる ( 図表 35) 90 60 50 40 30 20 10 0 図表 35 女性の労働力率の推移 (1986~95 年生まれ ) 19 1985 1990 1995 2000 2005 2010 2015 ( 注 )1986~95 年生まれの該当する箇所を と実線で示している 当該世代は 2015 年に 20~29 歳であるので 15 年のグラフ上 20~24 歳と 25~29 歳の 2 点を で示し その間を直線で結んでいる ( 出所 ) 厚生労働省 労働力調査 ( 歳 ) 37 /40

持家率が足元で高い水準となっている点は 1976~ 85 年生まれと共通である ( 図表 36) 特に 29 歳以下については 2014 年に持家率が急上昇しており 所得環境の改善と金利低下が 住宅取得を一層進めた可能性がある 一方で 毎月の住宅ローンの負担は 1976~ 85 年生まれの世代よりもやや高めとなっている ( 図表 37) 100 90 60 50 40 30 20 10 図表 36 持家率の推移 ~29 歳 30~39 歳 40~49 歳 50~59 歳 0 82 84 86 88 90 92 94 96 98 00 02 04 06 08 10 12 14 16 ( 注 )2000 年までは 貯蓄動向調査 01 年以降は 家計調査 のデータを使用している 両調査のデータには接続性がないため 水準は比較できない ( 出所 ) 総務省 貯蓄動向調査 家計調査 図表 37 住宅ローン返済額の負担 (~29 歳 ) 38 36 34 32 30 28 26 24 22 20 18 16 14 12 10 8 6 4 2 0 85 87 89 91 93 95 97 99 01 03 05 07 09 11 13 15 ( 出所 ) 総務省 家計調査 38 /40

2014 年以降は持家率が上昇したことで住宅ローンを抱えている世帯も増えたため 勤労者 世帯の負債の平均水準が過去と比較すると高くなっている ( 図表 38) ( 万円 ) 1400 1200 1000 0 図表 38 負債残高の推移 ~29 歳 30~39 歳 40~49 歳 50~59 歳 600 400 200 0 82 84 86 88 90 92 94 96 98 00 02 04 06 08 10 12 14 16 ( 注 1) 勤労者世帯の住宅ローン残高の年間所得に対する倍率 ( 注 2)2000 年までは 貯蓄動向調査 02 年以降は 家計調査 のデータを使用している 両調査のデータには接続性がないため 水準は比較できない ( 出所 ) 総務省 貯蓄動向調査 家計調査 消費については 1976~ 85 年生まれよりもさらに自動車の普及率が低く 必要性を感じに くいものへの支出を抑える傾向は より強いようだ ( 図表 39) 図表 39 自動車の普及率の推移 (1986~95 年生まれ ) 100 94 年 99 年 04 年 09 年 14 年 90 60 50 40 30 30 歳未満 30~39 歳 40~49 歳 50~59 歳 60~69 歳 ( 出所 ) 総務省 消費実態調査 ( 年齢階級 ) 39 /40

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