4. 発表内容 : 超伝導とは 低温で電子がクーパー対と呼ばれる対状態を形成することで金属の電気抵抗がゼロになる現象です これを室温で実現することができれば エネルギー損失のない送電や蓄電が可能になる等 工業的な応用の観点からも重要視され これまで盛んに研究されてきました 超伝導発現のメカニズム す

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体状態を保持したまま 電気伝導の獲得という電荷が担う性質の劇的な変化が起こる すなわ ち電荷とスピンが分離して振る舞うことを示しています そして このような状況で実現して いる金属が通常とは異なる特異な金属であることが 電気伝導度の温度依存性から明らかにされました もともと電子が持っていた電荷やスピ

2 成果の内容本研究では 相関電子系において 非平衡性を利用した新たな超伝導増強の可能性を提示することを目指しました 本研究グループは 銅酸化物群に対する最も単純な理論模型での電子ダイナミクスについて 電子間相互作用の効果を精度よく取り込める数値計算手法を開発し それを用いた数値シミュレーションを実

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研究成果東京工業大学理学院の那須譲治助教と東京大学大学院工学系研究科の求幸年教授は 英国ケンブリッジ大学の Johannes Knolle 研究員 Dmitry Kovrizhin 研究員 ドイツマックスプランク研究所の Roderich Moessner 教授と共同で 絶対零度で量子スピン液体を示

スピン流を用いて磁気の揺らぎを高感度に検出することに成功 スピン流を用いた高感度磁気センサへ道 1. 発表者 : 新見康洋 ( 大阪大学大学院理学研究科准教授 研究当時 : 東京大学物性研究所助教 ) 木俣基 ( 東京大学物性研究所助教 ) 大森康智 ( 東京大学新領域創成科学研究科物理学専攻博士課

と呼ばれる普通の電子とは全く異なる仮説的な粒子が出現することが予言されており その特異な統計性を利用した新機能デバイスへの応用も期待されています 今回研究グループは パラジウム (Pd) とビスマス (Bi) で構成される新規超伝導体 PdBi2 がトポロジカルな性質をもつ物質であることを明らかにし

価数の揺らぎが引き起こす電子の「量子」超臨界状態の発見

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本研究成果は 平成 28 年 8 月 19 日 ( 米国東部時間 ) に米国化学会誌 Journal of the American Chemical Society のオンライン速報版で公開されました 研究の背景と経緯 超伝導現象はゼロ抵抗や完全反磁性 ( 注 2) を示す科学の観点から重要な物理

超伝導研究の最前線

報道機関各位 平成 30 年 6 月 11 日 東京工業大学神奈川県立産業技術総合研究所東北大学 温めると縮む材料の合成に成功 - 室温条件で最も体積が収縮する材料 - 〇市販品の負熱膨張材料の体積収縮を大きく上回る 8.5% の収縮〇ペロブスカイト構造を持つバナジン酸鉛 PbVO3 を負熱膨張物質

< 研究の背景 内容 > 金属は電気を伝える媒体として利用されますが その過程で電気抵抗によりエネルギー損失が起こります 超伝導体は電気抵抗を持たないためエネルギー損失なく電気を運ぶことが可能で そのためできるだけ高い温度で超伝導になる物質の開発が急務とされています 多くの超伝導体は原子を構成単位と

平成 30 年 1 月 5 日 報道機関各位 東北大学大学院工学研究科 低温で利用可能な弾性熱量効果を確認 フロンガスを用いない地球環境にやさしい低温用固体冷却素子 としての応用が期待 発表のポイント 従来材料では 210K が最低温度であった超弾性注 1 に付随する冷却効果 ( 弾性熱量効果注 2

がら この巨大な熱電効果の起源は分かっておらず 熱電性能のさらなる向上に向けた設計指針 は得られていませんでした 今回 本研究グループは FeSb2 の超高純度単結晶を育成し その 結晶サイズを大きくすることで 実際に熱電効果が巨大化すること またその起源が結晶格子の振動 ( フォノン 注 2) と

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機械学習により熱電変換性能を最大にするナノ構造の設計を実現

             論文の内容の要旨

う特性に起因する固有の量子論的効果が多数現れるため 基礎学理の観点からも大きく注目されています しかし 特にゼロ質量電子系における電子相関効果については未だ十分な検証がなされておらず 実験的な解明が待たれていました 東北大学金属材料研究所の平田倫啓助教 東京大学大学院工学系研究科の石川恭平大学院生

: (a) ( ) A (b) B ( ) A B 11.: (a) x,y (b) r,θ (c) A (x) V A B (x + dx) ( ) ( 11.(a)) dv dt = 0 (11.6) r= θ =

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4. 発表内容 : 1 研究の背景グラフェン ( 注 6) やトポロジカル物質と呼ばれる新規なマテリアルでは 質量がゼロの特殊な電子によってその物性が記述されることが知られています 質量がゼロの電子 ( ゼロ質量電子 ) とは 光速の千分の一程度の速度で動く固体中の電子が 一定の条件下で 有効的に

配信先 : 東北大学 宮城県政記者会 東北電力記者クラブ科学技術振興機構 文部科学記者会 科学記者会配付日時 : 平成 30 年 5 月 25 日午後 2 時 ( 日本時間 ) 解禁日時 : 平成 30 年 5 月 29 日午前 0 時 ( 日本時間 ) 報道機関各位 平成 30 年 5 月 25

平成22年11月15日

4. 発表内容 : 1 研究の背景と経緯 電子は一つ一つが スピン角運動量と軌道角運動量の二つの成分からなる小さな磁石 ( 磁 気モーメント ) としての性質をもちます 物質中に無数に含まれる磁気モーメントが秩序だって整列すると物質全体が磁石としての性質を帯び モーターやハードディスクなど様々な用途

PRESS RELEASE (2015/10/23) 北海道大学総務企画部広報課 札幌市北区北 8 条西 5 丁目 TEL FAX URL:

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特別研究員高木里奈 ( たかぎりな ) ユニットリーダー関真一郎 ( せきしんいちろう ) ( 科学技術振興機構さきがけ研究者 ) 計算物質科学研究チームチームリーダー有田亮太郎 ( ありたりょうたろう ) ( 東京大学大学院工学系研究科教授 ) 強相関物性研究グループグループディレクター十倉好紀

金属酸化物からなる光相転移材料の創製

ます この零エネルギーの輻射が量子もつれを共有できることから ブラックホールが極めて高温な防火壁で覆われているという仮説が論理的必然でないことを明らかにしました 本研究の成果は 米国物理学会誌 Physical Review Letters に 2018 年 5 月 4 日 ( 米国東部時間 ) オ

氏 名 田 尻 恭 之 学 位 の 種 類 博 学 位 記 番 号 工博甲第240号 学位与の日付 平成18年3月23日 学位与の要件 学位規則第4条第1項該当 学 位 論 文 題 目 La1-x Sr x MnO 3 ナノスケール結晶における新奇な磁気サイズ 士 工学 効果の研究 論 文 審 査

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1. 背景血小板上の受容体 CLEC-2 と ある種のがん細胞の表面に発現するタンパク質 ポドプラニン やマムシ毒 ロドサイチン が結合すると 血小板が活性化され 血液が凝固します ( 図 1) ポドプラニンは O- 結合型糖鎖が結合した糖タンパク質であり CLEC-2 受容体との結合にはその糖鎖が

報道発表資料 2008 年 1 月 31 日 独立行政法人理化学研究所 酸化物半導体の謎 伝導電子が伝導しない? 機構を解明 - 金属の原子軌道と酸素の原子軌道の結合が そのメカニズムだった - ポイント チタン酸ストロンチウムに存在する 伝導しない伝導電子 の謎が明らかに 高精度の軟 X 線共鳴光

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コバルトとパラジウムから成る薄膜界面にて磁化を膜垂直方向に揃える界面電子軌道の形が明らかに -スピン軌道工学に道 1. 発表者 : 岡林潤 ( 東京大学大学院理学系研究科附属スペクトル化学研究センター准教授 ) 三浦良雄 ( 物質材料研究機構磁性 スピントロニクス材料研究拠点独立研究者 ) 宗片比呂

平成 30 年 8 月 6 日 報道機関各位 東京工業大学 東北大学 日本工業大学 高出力な全固体電池で超高速充放電を実現全固体電池の実用化に向けて大きな一歩 要点 5V 程度の高電圧を発生する全固体電池で極めて低い界面抵抗を実現 14 ma/cm 2 の高い電流密度での超高速充放電が可能に 界面形

1 背景 物質を構成する陽子や電子はフェルミ粒子と呼ばれ 通常反粒子が別の粒子として存在します 例えば 電 子の反粒子は陽電子であり 異なる符号の電荷を持つためこれらは別の粒子と見なせます 一方で 粒子と反 粒子が同一という特異な性質をもつ中性のフェルミ粒子が 素粒子の一つとして 1937 年に予言

鉱物と類似の構造を持つ白雲母の鉱物表面に挟まれた塩化ナトリウム (NaCl) 水溶液が 厚さ 1 ナノメートル ( 水分子約 3 個分の厚み ) 以下まで圧縮されても著しい潤滑性を示すことを実験的に明らかにしてきました しかし そのメカニズムについては解明されておらず 世界的にも存在が珍しいクリープ

平成 28 年 12 月 1 日 報道機関各位 国立大学法人東北大学大学院工学研究科 マンガンケイ化物系熱電変換材料で従来比約 2 倍の出力因子を実現 300~700 の未利用熱エネルギー有効利用に期待 概要 東北大学大学院工学研究科の宮﨑讓 ( 応用物理学専攻教授 ) 濱田陽紀 ( 同専攻博士前期

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図 1. スピネル型窒化ケイ素の透明多結晶体 図 2. スピネル型窒化ケイ素 透明多結晶体の透過型電子顕微鏡写真 平均粒径は約 150ナノメートル 背景ケイ素 (Si) と窒素 (N) は地表で簡単に手に入る元素である ケイ素は砂や石の主要元素で 地表そのものといってもいいほどありふれている 一方の

背景と経緯 現代の電子機器は電流により動作しています しかし電子の電気的性質 ( 電荷 ) の流れである電流を利用した場合 ジュール熱 ( 注 3) による巨大なエネルギー損失を避けることが原理的に不可能です このため近年は素子の発熱 高電力化が深刻な問題となり この状況を打開する新しい電子技術の開

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物理学 II( 熱力学 ) 期末試験問題 (2) 問 (2) : 以下のカルノーサイクルの p V 線図に関して以下の問題に答えなさい. (a) "! (a) p V 線図の各過程 ( ) の名称とそのと (& きの仕事 W の面積を図示せよ. # " %&! (' $! #! " $ %'!!!

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る現象 ( 注 4) が確認されています しかし グラフェンでは本質的に電子間の電気 磁気的 な相互作用自体が弱く このため ディラック物質における電子社会の多様性については 実 験的にまだ十分に理解が進んでいないのが現状です 今回 仏グルノーブル国立科学研究センターの平田倫啓博士 ( 日本学術振興

報道機関各位 平成 29 年 7 月 10 日 東北大学金属材料研究所 鉄と窒素からなる磁性材料熱を加える方向によって熱電変換効率が変化 特殊な結晶構造 型 Fe4N による熱電変換デバイスの高効率化実現へ道筋 発表のポイント 鉄と窒素という身近な元素から作製した磁性材料で 熱を加える方向によって熱

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プランクの公式と量子化

報道発表資料 2007 年 4 月 12 日 独立行政法人理化学研究所 電流の中の電子スピンの方向を選り分けるスピンホール効果の電気的検出に成功 - 次世代を担うスピントロニクス素子の物質探索が前進 - ポイント 室温でスピン流と電流の間の可逆的な相互変換( スピンホール効果 ) の実現に成功 電流

<4D F736F F D208DC58F4994C581798D4C95F189DB8A6D A C91E A838A838A815B83588CB48D EA F48D4189C88

熱電材料として注目されるコバルト酸化物 早稲田大学理工学部 寺崎一郎 遷移金属酸化物は機能の宝庫ある物質が注目される理由は, その物質が面白い性質を持っているか, あるいは役に立つ機能を持っているかのどちらかであろう ところが, ある種のコバルト酸化物は面白くて役に立つ 面白くて役に立つ酸化物の代表

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互作用によって強磁性が誘起されるとともに 半導体中の上向きスピンをもつ電子と下向きスピンをもつ電子のエネルギー帯が大きく分裂することが期待されます しかし 実際にはこれまで電子のエネルギー帯のスピン分裂が実測された強磁性半導体は非常に稀で II-VI 族である (Cd,Mn)Te において極低温 (

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ナノテク新素材の至高の目標 ~ グラフェンの従兄弟 プランベン の発見に成功!~ この度 名古屋大学大学院工学研究科の柚原淳司准教授 賀邦傑 (M2) 松波 紀明非常勤研究員らは エクス - マルセイユ大学 ( 仏 ) のギー ルレイ名誉教授らとの 日仏国際共同研究で ナノマテリアルの新素材として注

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今までの研究成果概要 西田信彦実験手法として 極低温技術 超高真空技術 極低温走査トンネル分光法 ミュオンスピン回転法を用いて また 世界最高精度で測定できる装置を設計製作して 新しい実験研究を行うように心掛けてきた 現在 自作の STM/STS は 空間分解能 安定度で世界最先端が実現してされてい

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4. 発表内容研究の背景熱力学は物理学の基礎理論の一つであり その応用は熱機関や化学反応など多岐にわたっています 熱力学においてとりわけ重要なのは 第二法則です 熱力学第二法則とはエントロピー増大則に他ならず 断熱された系のエントロピーが減ることはない と表されます 熱力学第二法則は不可逆な変化に関


報道機関各位 平成 28 年 8 月 23 日 東京工業大学東京大学 電気分極の回転による圧電特性の向上を確認 圧電メカニズムを実験で解明 非鉛材料の開発に道 概要 東京工業大学科学技術創成研究院フロンティア材料研究所の北條元助教 東正樹教授 清水啓佑大学院生 東京大学大学院工学系研究科の幾原雄一教

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電子軌道の量子揺らぎによる新しい超伝導 1. 発表者 : 松本洋介 ( 東京大学物性研究所新物質科学研究部門助教 ) 辻本真規 ( 東京大学大学院新領域創成科学研究科基盤科学研究系物質系専攻博士課程 1 年 ) 冨田崇弘 ( 東京大学物性研究所新物質科学研究部門特任研究員 ) 酒井明人 ( アウグスブルグ大学日本学術振興会海外特別研究員 東京大学物性研究所新物質科学研究部門元博士課程学生 ) 中辻知 ( 東京大学物性研究所新物質科学研究部門准教授 ) 2. 発表のポイント : 電子の形を決める電子軌道が量子的に揺らぐ異常な電子状態を常圧下で実現 電子の形の量子揺らぎを媒介とした新しい超伝導の発見 電子軌道の自由度を用いた物質科学研究の新たな方向性を提示 3. 発表概要 : 超伝導とは 低温で電子がクーパー対と呼ばれる対を形成することで金属の電気抵抗がゼロになる現象で 工業的な応用の観点からも重要視され これまで盛んに研究されてきました この電子同士がクーパー対を形成するためには 電子同士を引きつける力が必要です この引きつける力の起源として これまで格子振動 ( 注 1) が考えられてきました しかし 近年の研究から 銅酸化物高温超伝導体等ではスピンと呼ばれる電子が持つ非常に小さな磁石の揺らぎが 電子同士を引きつける力として重要な役割を果たすことが分かっています 今回 東京大学物性研究所 ( 所長瀧川仁 ) の松本洋介助教 同大学院新領域創成科学研究科博士課程の辻本真規大学院生 同物性研究所の中辻知准教授らの研究グループは 希土類金属間化合物 PrV 2 Al 20 (Pr: プラセオジム V: バナジウム Al: アルミニウム ) において 異常な金属状態が実現することを見出しました また この異常な金属状態は 電子の形を決める電子軌道の量子揺らぎによるものであることが分かりました さらに この電子の形の揺らぎを媒介とした新しいタイプの超伝導 ( 図 1) が常圧下 (1 気圧 ) で初めて実現していることを明らかにしました この新たな電子の対形成メカニズムの発見は 超伝導研究の新たなブレークスルーとなる可能性を秘めていると同時に 電子の形 ( 電子軌道 ) の揺らぎを用いた新たな物質科学研究の方向性を提示する重要な成果です 本研究成果は 科学技術振興機構 (JST) 戦略的創造研究推進事業さきがけの一環として行われ 2014 年 12 月 16 日 ( 米国時間 ) の米物理学会学術誌 Physical Review Letters オンライン版で発表されます

4. 発表内容 : 超伝導とは 低温で電子がクーパー対と呼ばれる対状態を形成することで金属の電気抵抗がゼロになる現象です これを室温で実現することができれば エネルギー損失のない送電や蓄電が可能になる等 工業的な応用の観点からも重要視され これまで盛んに研究されてきました 超伝導発現のメカニズム すなわち電子同士がクーパー対を形成する 引力 の起源は 古くから知られている従来の超伝導体 BCS 超伝導体 ( 注 2) では 格子振動であることが既に分かっています 一方で 銅酸化物高温超伝導体 ( 注 3) 等では 従来の超伝導体とはクーパー対を形成するメカニズムが異なり スピンと呼ばれる電子が持つ非常に小さな磁石の揺らぎが重要な役割を果たすと考えられています このような磁気的な揺らぎによる超伝導を研究する上で格好の舞台を提供する物質群として 重い電子系と呼ばれる一連の希土類を含んだ金属間化合物が良く知られています これらの物質では 局在性の強い f 電子 ( 注 4) がその性質を決めるうえで重要な役割を果たしますが その特徴的なエネルギースケールが小さいため 圧力や磁場といった外場によって 低温での物質の状態を大きく変えることが可能です 特に磁場や圧力などの外場によって 局在した f 電子がその磁気モーメントを整列 ( 秩序化 ) した状態を f 電子が固体中の他の伝導電子との相互作用を通じて伝導する 重い電子状態 ( 注 5) に変化させることができます 興味深いことに 量子臨界点 と呼ばれる この二つの異なる状態間の量子相転移 ( 注 6) が起きる磁場や圧力の近傍で 従来の超伝導とは異なる超伝導が数多く見つかってきました これは量子臨界点近傍で磁気的なスピンの揺らぎを媒介とした超伝導が生じていることを意味しています より高い温度で超伝導になる物質の開発 あるいは新たな機能性を有した超伝導体の開発において 格子振動やスピンの揺らぎに代わる 新たな 引力 の起源を見出すことは非常に有効なアプローチと言えます では 電子の磁気的な自由度 ( スピン ) ではなくて 電子の形 ( 軌道 ) の自由度を用いた新しい超伝導は可能でしょうか すなわち スピンの整列 ( 秩序 ) が電子の形の整列 ( 軌道秩序 ) に置き換わった場合 何が起きるのでしょうか ( 図 2) これは理論的にも実験的にもよく分かっていない 全く非自明で興味深い問題です 純粋に電子の形 ( 軌道 ) に由来する現象を明らかにするには 低温でスピンの自由度を持たない物質が重要です その上でさらに 相互作用が強く純良な試料が得られることも必要ですが 残念ながら これらをすべて満たす物質はこれまでのところ見出されてきませんでした 2 研究内容このような状況の下 最近 東京大学物性研究所の中辻知准教授らの研究によって 希土類金属間化合物 PrTi 2 Al 20 (Ti: チタン ) と PrV 2 Al 20 が 上記の軌道自由度による新奇物性を研究する上で 格好の研究対象となることが明らかになってきました これらの物質において Pr 原子が持つ f 電子は低温で磁気自由度を持たず 軌道自由度のみを有します さらに Pr 原子の周りを 16 個の Al 原子が籠状に取り囲む構造をしているため Pr 原子の f 電子と Al 原子から供給される伝導電子は強く相互作用 ( 混成 ) しています PrV 2 Al 20 は PrTi 2 Al 20 に比べて格子定数が小さく 籠のサイズが小さいため より混成が大きいことが期待されますが 実際 PrV 2 Al 20 の方がより低温まで電子軌道が規則正しく整列した軌道秩序が起きず 異常な電子状態が実現していることが分かっています しかしながらこの物質は純良化が難しく 低温における本質的な振る舞いは明らかになっていませんでした 今回 東京大学物性研究所の松本洋介助教 同大学院新領域創成科学研究科博士課程の辻本真規大学院生 同物性研究所の中辻知准教授らの研究グループは PrV 2 Al 20 の純良化に成功し

極低温度における精密物性測定から この物質の軌道揺らぎによる異常な電子状態と さらにこの軌道揺らぎを媒介とした新しい超伝導を発見しました 興味深いのは転移点 ( 超伝導を示す温度 ) 以上の温度における異常な電子状態に加え これらの転移温度以下で軌道揺らぎによるギャップレスモード ( 注 7) が存在することが明らかになった点です このような強い軌道揺らぎを伴う状況の下 この物質は 0.05 ケルビン ( 摂氏 -273.1 度 ) で超伝導を示します 驚くべきことに この超伝導において クーパー対を形成する電子の有効的な質量が 通常の約 140 倍まで増大していることが分かりました その起源は f 電子の軌道揺らぎによる可能性があります すなわち 強い軌道揺らぎを伴う f 電子同志が 固体中を動きだし クーパー対を組んでいると考えられます ( 図 1) より混成が小さい PrTi 2 Al 20 の場合は 10 万気圧程度の高圧力下で軌道揺らぎのために電子の有効質量が 100 倍まで増大した超伝導が発現します (*) が このような振舞いが常圧下で見つかったのは今回の研究成果が初めてです これは PrV 2 Al 20 がより軌道秩序の量子臨界点に近いため 軌道揺らぎの下で異常な電子状態に加え 新しい超伝導が発現していることを意味しています 今回の研究成果を元に 今後 軌道揺らぎを媒介とした新しい超伝導のみならず 軌道揺らぎを用いた新奇物性探索の研究が加速的に進むことが期待されます なお 本研究は 科学技術振興機構 (JST) 戦略的創造研究推進事業個人型研究 ( さきがけ ) の 新物質科学と元素戦略 研究領域 ( 研究総括 : 細野秀雄東京工業大学フロンティア研究センター / 応用セラミックス研究所教授 ) における研究課題 スピンのナノ立体構造制御による革新的電子機能物質の創製 ( 研究代表者 : 中辻知 ) の一環として行われました *K. Matsubayashi, T. Tanaka, A. Sakai, S. Nakatsuji, Y. Kubo, Y. Uwatoko, Phys. Rev. Lett. 109 (2012) 18704. 5. 発表雑誌 : 雑誌名 : Physical Review Letters (12 月 16 日オンライン掲載予定 ) 論文タイトル :Heavy Fermion Superconductivity in the Quadrupole Ordered State of PrV 2 Al 20 著者 :Masaki Tsujimoto, Yosuke Matsumoto, Takahiro Tomita, Akito Sakai, and Satoru Nakatsuji* 6. 問い合わせ先 : 東京大学物性研究所助教松本洋介 E-mail : matsumoto@issp.u-tokyo.ac.jp Tel/Fax : 04-7136-3242 東京大学物性研究所准教授中辻知 E-mail : satoru@issp.u-tokyo.ac.jp Tel/Fax : 04-7136-3240

7. 用語解説 : ( 注 1) 格子振動結晶中の原子 ( 格子 ) は 熱エネルギーによって あるいは絶対零度においても量子力学的な効果によって振動します ( 注 2)BCS 超伝導体単純金属等に見られる通常の超伝導では 固体の格子振動がクーパー対を形成する引力の起源となることが理論的に分かっています このような超伝導体は この理論を提唱したバーディーン (Bardeen) クーパー(Cooper) シュリーファー(Schrieffer) の 3 名の頭文字をとって BCS 超伝導体と呼ばれます ( 注 3) 銅酸化物高温超伝導体銅の酸化物 ( セラミックスの一種 ) において 1986 年にベドノルツとミュラーによって発見された超伝導は その後 液体窒素温度 (77 ケルビン, 摂氏 -196 度 ) を超える転移温度を有する超伝導に至る一連の発見につながりました ここでの非常に高い転移温度は BCS 理論では説明できないため 非従来型超伝導と呼ばれています その起源は発見から 30 年近くたった今も完全には理解されていませんが 電子の持つスピンという非常に小さな磁石が重要な役割を果たすと考えられています ( 注 4)f 電子固体中の電子が原子核の周りを回るとき その空間分布 ( 電子軌道 電子の形 ) は s, p, d, f といったラベルで分類されます この内 f 軌道に収容された電子 すなわち f 電子は 他の軌道の電子に比べて原子核近傍に引き寄せられており ( 局在性が強く ) 物質の磁気的な性質等を特徴付ける重要な役割を果たします ( 注 5) 重い電子状態局在したf 電子が 他の伝導電子との相互作用によって低温で動き出すことがあります この時 この f 電子はあたかもその質量が 1000 倍程度まで重くなったかのように振舞うため このような状態を重い電子状態と呼びます ( 注 6) 量子相転移例えば水は液体状態の他に 気体 ( 水蒸気 ) 固体( 氷 ) といった状態 ( 相と呼ぶ ) をとります これらの状態間の変化を相転移と呼びますが 水の場合のように熱的な揺らぎによって起きる相転移に対して 絶対零度で磁場や圧力等を変化させたときに起こる相転移は量子相転移と呼ばれ 量子揺らぎが重要な役割を果たします ( 注 7) ギャップレスモード絶対零度における最低エネルギー状態 ( 基底状態 ) から その上のエネルギー状態 ( 励起状態 ) に 電子のエネルギー状態を連続的に変化させることができることを指します

8. 添付資料 : 図 1 強い軌道揺らぎにより f 電子同士がクーパー対を組み 超伝導状態の固体内を伝搬している様子を示す概念図 図 2 (A) 磁気秩序が抑制されることで生じる量子臨界点の概念図 量子臨界点では スピンが秩序した状態からバラバラに振舞っている状態への量子相転移が起きています この量子臨界点近傍でスピンの揺らぎを媒介とした従来とは異なる超伝導が見つかってきました (B) 軌道秩序が抑制されることで生じる量子臨界点 ((A) における磁気秩序を軌道秩序に置き換えた場合 ) の概念図 このような量子臨界点近傍で何が起こるかは理論的にも実験的にもよく分かっていません