特定支出控除拡大でも税負担軽減者は少ない

Similar documents
2. 改正の趣旨 背景給与所得控除額の変遷 1 昭和 49 年産業構造が転換し会社員が急速に増加 ( 働き方が変化 ) する中 (1) 実際の勤務関連経費が給与所得控除を上回っても 当時は特定支出控除 ( 昭和 63 年導入 ) がなく 会社員は実際の勤務関連経費がいくら高くても実額控除できなかった

2019年度はマクロ経済スライド実施見込み

個人型確定拠出年金(iDeCo)の加入状況

個人型確定拠出年金(iDeCo)の加入状況

2011年度税制改正大綱(相続・贈与税)

有償ストック・オプションの会計処理が確定

[2] 株式の場合 (1) 発行会社以外に譲渡した場合株式の譲渡による譲渡所得は 上記の 不動産の場合 と同様に 譲渡収入から取得費および譲渡費用を控除した金額とされます (2) 発行会社に譲渡した場合株式を発行会社に譲渡した場合は 一定の場合を除いて 売却価格を 資本金等の払戻し と 留保利益の分

1 その年中の特定支出の額 ( 前払をした特定支出 ) 問資格取得費に該当する専門学校 (2 年制 ) の授業料等の支出をしましたが この特定支出については その支出した年分の特定支出の額の合計額に算入してよいですか... 各年において特定支出をした場合において その年中の特定支出の額の合計額が給与

税制改正を踏まえた生前贈与方法の検討<訂正版>

参考 平成 27 年 11 月 政府税制調査会 経済社会の構造変化を踏まえた税制のあり方に関する論点整理 において示された個人所得課税についての考え方 4 平成 28 年 11 月 14 日 政府税制調査会から 経済社会の構造変化を踏まえた税制のあり方に関する中間報告 が公表され 前記 1 の 配偶

2. 改正の趣旨 背景の等控除は 給与所得控除とは異なり収入が増加しても控除額に上限はなく 年金以外の所得がいくら高くても年金のみで暮らす者と同じ額の控除が受けられるなど 高所得の年金所得者にとって手厚い仕組みとなっている また に係る税制について諸外国は 基本的に 拠出段階 給付段階のいずれかで課

配偶者控除の改正で女性の働き方は変わるか

あえて年収を抑える559万人

PowerPoint プレゼンテーション

住宅取得等資金の贈与に係る贈与税の非課税制度の改正

2. 改正の趣旨 背景税制面では 配偶者のパート収入が103 万円を超えても世帯の手取りが逆転しないよう控除額を段階的に減少させる 配偶者特別控除 の導入により 103 万円の壁 は解消されている 他方 企業の配偶者手当の支給基準の援用や心理的な壁として 103 万円の壁 が作用し パート収入を10

平成19年度税制改正.xls

< E9197BF88EA8EAE817995F18D D9195DB8E5A92E895FB8EAE8CA992BC82B5816A817A2E786264>

公益法人の寄附金税制について

平成19年度分から

新旧児童手当、子ども手当と税制改正のQ&A

「恒久的施設」(PE)から除外する独立代理人の要件

2. 制度の概要 この制度は 非上場株式等の相続税 贈与税の納税猶予制度 とは異なり 自社株式に相当する出資持分の承継の取り扱いではなく 医療法人の出資者等が出資持分を放棄した場合に係る税負担を最終的に免除することにより 持分なし医療法人 に移行を促進する制度です 具体的には 持分なし医療法人 への

消費税増税等の家計への影響試算(2018年10月版)

給与所得控除額の改正前後の比較 改正前 改正後 給与等の収入金額給与所得控除額給与等の収入金額給与所得控除額 180 万円以下 収入金額 40% 65 万円に満たない場合は 65 万円 180 万円以下 収入金額 40%-10 万円 55 万円に満たない場合は 55 万円 180 万円超 360 万

企業中小企(2) 所得拡大促進税制の見直し ( 案 ) 大大企業については 前年度比 以上の賃上げを行う企業に支援を重点化した上で 給与支給総額の前年度からの増加額への支援を拡充します ( 現行制度とあわせて 1) 中小企業については 現行制度を維持しつつ 前年度比 以上の賃上げを行う企業について

スライド 1

土地建物等の譲渡損失は 同じ年の他の土地建物等の譲渡益から差し引くことができます 差し引き後に残った譲渡益については 下記の < 計算式 2> の計算を行います なお 譲渡益から引ききれずに残ってしまった譲渡損失は 原則として 土地建物等の譲渡所得以外のその年の所得から差し引くこと ( 損益通算 )

1 1. 課税の非対称性 問題 1 年をまたぐ同一の金融商品 ( 区分 ) 内の譲渡損益を通算できない問題 問題 2 同一商品で 異なる所得区分から損失を控除できない問題 問題 3 異なる金融商品間 および他の所得間で損失を控除できない問題

FX取引に係る確定申告について

218 年分以降の配偶者控除額は夫の年収に応じて減っていきます 217 年分までは が 13 万円 ( 合計所得金額 38 万円 以下であれば 夫の年収にかかわらず 配偶者控除額 38 万円 ( 住民税は 33 万円 を夫の所得から控除できました 218 年分以降は が 13 万円 ( 合計所得金額

下では特別償却と対比するため 特別控除については 特に断らない限り特定の機械や設備等の資産を取得した場合を前提として説明することとします 特別控除 内容 個別の制度例 特定の機械や設備等の資産を取得して事業の用に供したときや 特定の費用を支出したときなどに 取得価額や支出した費用の額等 一定割合 の

つのシナリオにおける社会保障給付費の超長期見通し ( マクロ ) (GDP 比 %) 年金 医療 介護の社会保障給付費合計 現行制度に即して社会保障給付の将来を推計 生産性 ( 実質賃金 ) 人口の規模や構成によって将来像 (1 人当たりや GDP 比 ) が違ってくる

上場株式等の住民税の課税方式の実質見直し

PowerPoint プレゼンテーション

1: とは 居住者の配偶者でその居住者と生計を一にするもの ( 青色事業専従者等に該当する者を除く ) のうち 合計所得金額 ( 2) が 38 万円以下である者 2: 合計所得金額とは 総所得金額 ( 3) と分離短期譲渡所得 分離長期譲渡所得 申告分離課税の上場株式等に係る配当所得の金額 申告分

<4D F736F F D208F8A93BE90C520926D8EAF94BB92E E291E >

住宅取得等資金の贈与に係る贈与税の非課税制度の改正

株式保有会社の相続税評価の緩和

年金型生命保険の二重課税問題についての論点整理

孫のために教育資金を支援するならどの制度?

上場株式等の住民税の課税方式の解説(法改正反映版)

第2回税制調査会 総2-2

税制について

資料9

金融庁の税制改正要望について(1)

1 各調整方式の比較 前提 : 法人実効税率 % 金融所得の税率 20% ( 配当軽課の場合の配当分の法人税率は 30%) 比較のポイント 適用税率 法人税率か所得税率か 金融所得課税一元化にマッチするか( 税率 損益通算 ) 簡素な制度か 特定口座への対応はか 法人の税負担は軽減されるか

従業員から役員になった場合の退職金計算の問題点【その2】

女性が働きやすい制度等への見直しについて

厚生年金上限引上げ、法人税率引下げを一部相殺

新・NPO法人申請マニュアル.pwd

厚生年金 健康保険の強制適用となる者の推計 粗い推計 民間給与実態統計調査 ( 平成 22 年 ) 国税庁 5,479 万人 ( 年間平均 ) 厚生年金 健康保険の強制被保険者の可能性が高い者の総数は 5,479 万人 - 約 681 万人 - 約 120 万人 = 約 4,678 万人 従業員五人

トランプ政権、税制改革案を公表

短時間労働者への厚生年金 国民年金の適用について 1 日又は 1 週間の所定労働時間 1 カ月の所定労働日数がそれぞれ当該事業所 において同種の業務に従事する通常の就労者のおおむね 4 分の 3 以上であるか 4 分の 3 以上である 4 分の 3 未満である 被用者年金制度の被保険者の 配偶者であ

消費税増税等の家計への影響試算(2017年10月版)<訂正版>

平成 24 年度国民健康保険税税率改定案 1 医療保険分 ( 基礎課税額 ) 現行 改定 増減 伸率 所得割額 4.30 % 4.63 % % 資産割額 % 9.80 % % 税率等 均等割額 17,100 円 18,000 円 900 円 5.3%

開示府令改正案(役員報酬の開示拡充へ)

このページを印刷する 2017 年 11 月 23 日森信茂樹 : 中央大学法科大学院教授東京財団上席研究員 副業 兼業の時代 所得税控除見直 し で不公平を正せ 来年度税制改正の作業が 与党税調で始まっている 連日のように改正案の 断片が報道されているが 全体像がいまだよくわからない そこで これ

第5回基礎問題小委員会 礎5-4

各年の住宅ローン控除額の算出 所得税から控除しきれない額は住民税からも控除 当該年分の住宅ローン控除額から当該年分の所得税額 ( 住宅ローン控除の適用がないものとした場合の所得税額 ) を控除した際に 残額がある場合については 翌年度分の個人住民税において 当該残額に相当する額が 以下の控除限度額の

2018 年版 初めての 年末調整セミナー 概要編 ハッピーニャーゴ 担当講師 : 平賀信幸 社会保険労務士ファイナンシャルプランナー (CFP 1 級 FP 技能士 )

<4D F736F F F696E74202D DB92B789EF8B638E9197BF C CA8F8A8E7B90DD81458DDD91EE B ED2816A817989DB92B789EF8B638CE38A6D92E894C5817A2E707074>

スライド 1

2. 改正の趣旨 背景給与所得控除 公的年金等控除から基礎控除へ 10 万円シフトすることにより 配偶者控除等の所得控除について 控除対象となる配偶者や扶養親族の適用範囲に影響を及ぼさないようにするため 各種所得控除の基準となる配偶者や扶養親族の合計所得金額が調整される 具体的には 配偶者控除 配偶

所得控除 基礎控除 配偶者控除などの下記の表に記載されたものをいいます それぞれ一定の要件を満たしている場合は 課税所得金額を計算する際に それぞれの控除が受けられます 個人の県民税 個人の市町村民税 12

2. 中小企業のための主な優遇制度 注 : 各項目に付記している番号は 関連する参考資料です 番号に対応する資料名などは 5~6 ページに掲載していますのでご参照ください [1] 中小法人等 に適用される主な優遇制度 紙面の都合により ここでは制度の種類と それに関連する参考資料の番号を紹介していま

2017 年度税制改正大綱のポイント ~ 積立 NISA の導入 配偶者控除見直し ~ 大和総研金融調査部研究員是枝俊悟

2018年度税制改正で所得税はどう変わるか

(2) 源泉分離課税制度源泉分離課税制度とは 他の所得と全く分離して 所得を支払う者 ( 銀行 証券会社等 ) がその所得の支払の際に 一定の税率で所得税を源泉徴収し それだけで所得税の納税が完結するものです 1 対象となる所得代表的なものとして 預金等の利子所得 定期積金の給付補てん金等があります

<4D F736F F D2095BD90AC E937890C590A789FC90B382C98AD682B782E D5F E646F63>

所得控除 雑損控除 医療費控除 社会保険料控除等 旧生命保険料控除 旧個人年金保険料控除 ( 実質損失額 - 総所得金額等の合計額 10%) 又は ( 災害関連支出の金額 -5 万円 ) のうち いずれか多い方の金額医療費の実質負担額 -(10 万円と総所得金額等の 5% のいずれか低い金額 ) 限

「図解 外形標準課税」(仮称)基本構想

所得税改革の次なる論点は?

いよいよ適用開始 投信制度改革 トータルリターン通知制度

平成19年度市民税のしおり

改正された事項 ( 平成 23 年 12 月 2 日公布 施行 ) 増税 減税 1. 復興増税 企業関係 法人税額の 10% を 3 年間上乗せ 法人税の臨時増税 復興特別法人税の創設 1 復興特別法人税の内容 a. 納税義務者は? 法人 ( 収益事業を行うなどの人格のない社団等及び法人課税信託の引

年金・社会保険セミナー

Microsoft Word - sample1.doc

野村資本市場研究所|顕著に現れた相続税制改正の影響-課税対象者は8割増、課税割合は過去最高の8%へ-(PDF)

所得税算出の流れ Q&A 通信の所得税の流れを詳しく教えてください 改めて以下の図版を見てください は収入から引かれる金額です 引かれる金 額の算出の計算方法をこれから解説します 1 支払金額 ( 給料 賞与 ) 2 給与所得控除後の金額 A 給与所得 所得税算出の流れ B 課税所得 D 所得税 E

相続税と所得税の二重課税容認へ?

< F2D E38E748E9696B18DEC8BC695E28F958ED288E790AC>

平成 31 年度 ( 平成 30 年分 ) 所得控除 雑損控除 納税義務者又はその者と生計同一の配偶者 その他親族が有する資産について 災害 盗難 横領によ る住宅 家財 現金の損害一定額 控除計算 A B いずれか多い方の金額 A:( 損失額 - 保険金等による補てん額 )-( 総所得金額等の合計

[Case 2-1] 横浜さんは 首尾良く就職できて昨年 4 月から新社会人となり仕事をしている 学生の時よりは自由な時間は減ったが 毎月 まとまった給与がもらえて 学生の時よりはるかに自分の自由になるお金を得ることができた しかし給与明細を見ると 支給額は 215,000 円のはずなのに 実際の手

PowerPoint プレゼンテーション

所得控除 基礎控除 配偶者控除などの下記の表に記載されたものをいいます それぞれ一定の要件を満たしている場合は 課税所得金額を計算する際に それぞれの控除が受けられます 個人の県民税 個人の市町村民税 12

Microsoft PowerPoint 寄附金控除制度概要.ppt

税・社会保障等を通じた受益と負担について

(0830時点)PR版

第11 源泉徴収票及び支払調書の提出

上乗部分Q1. 基金制度のどの給付区分が分配金の対象となるのか A1 基金の給付区分は 国の厚生年金の一部を代行している 代行部分 と 基金独自の 上乗部分 から構成されています 代行部分は 解散により国に返還され 解散後は国から年金が支給されますので 分配金の対象となるのは基金独自の上乗部分となり

役員給与の見直し(10月施行分)のポイント

Microsoft PowerPoint - (参考資料1)介護保険サービスに関する消費税の取扱い等について

税幅を 1% ずつ小刻みに引き上げるべきであるといった意見も浮上しており 予定通り引上げが実施されるかは 不透明な状況です Q 消費税増税で住宅取得時の税負担は どのくらい増加しますか A そもそも住宅購入にかかる消費税は 土地にはかからず新築物件なら建物部分のみです 仮に図表 1の モデル のよう

はじめに 会社の経営には 様々な判断が必要です そのなかには 税金に関連することも多いでしょう 間違った判断をしてしまった結果 受けられるはずの特例が受けられなかった 本来より多額の税金を支払うことになってしまった という事態になり 場合によっては 会社の経営に大きな影響を及ぼすこともあります また

登録審査機関の審査ポイント

N 譲渡所得は 売却した土地や借地権 建物などの所有期間によって 長期譲渡所得 と 短期譲渡所得 に分けられ それぞれに定められた税率を乗じて税額を計算します この長期と短期の区分は 土地や借地権 建物などの場合は 売却した資産が 譲渡した年の1 月 1 日における所有期間が5 年以下のとき 短期譲

Ⅰ 年の中途で行う年末調整の対象となる人 年末調整は 原則として給与の支払者に 給与所得者の扶養控除等 ( 異動 ) 申告書 ( 以下 扶養控除等申告書 といいます ) を提出している人について その年最後に給与の支払をする時に行うことになっていますので 通常は12 月に行うこととなりますが 次に掲

図表 2 住宅ローン減税の拡充 消費税率が 5% の場合 消費税率が 8% または 10% の 場合 適用期間 ~2014 年 3 月 2014 年 4 月 ~2017 年末 最大控除額 (10 年間合計 ) 200 万円 (20 万円 10 年間 ) 400 万円 (40 万円 10 年間 ) 控

目次 1. 年末調整とは 2. 平成 30 年分の留意点 3. 給与所得者の扶養控除等 ( 異動 ) 申告書の書き方 4. 給与所得者の配偶者控除等申告書の書き方 5. 給与所得者の保険料控除申告書の書き方 2

Transcription:

Legal and Tax Report 2010 年 12 月 9 日全 7 頁特定支出控除拡大でも税負担軽減者は少ない 資本市場調査部制度調査課是枝俊悟政府税制調査会で検討されている特定支出控除の改正案の分析 [ 要約 ] 特定支出控除は 給与所得者が支払った 特定支出 の金額が給与所得控除額を超える場合 その超える分の控除を認める制度である 政府税調は (1) 特定支出 の範囲を拡充し 勤務必要経費 ( 書籍費 被服費 交際費等 ただし計 65 万円以内 ) 弁護士 公認会計士 税理士等の資格取得費を含めること (2) 特定支出が給与所得控除額の 1/2 を超える分について控除を認めること を検討している 改正案が実施されても 勤務必要経費 ( 書籍費 被服費 交際費等 ) があるだけで 税負担が軽減される可能性があるのは 年収 380 万円以下の者に限られる 例えば年収 600 万円の者が特定支出控除を利用できるケースは 改正案のもとでも年間 87 万円以上 ( うち 25 万円以上は 勤務必要経費 以外の費用 ) の 特定支出 が必要であり 相当に高額な資格取得費を支払っているケースなどに限られる 仮に特定支出控除制度が政府税調案のように拡充されたとしても それによって税負担が軽減される者はかなり少ないものと考えられる 1. 特定支出控除 給与所得控除制度の現状 収入 から必要経費を引いた金額が所得税法上の 所得 となる 所得 から基礎控除や扶養控除などの所得控除を差し引いた 課税所得金額 に税率をかけて所得税額が求められる 給与所得者については 原則として必要経費は収入に応じて 給与所得控除 として以下の算式で算出される 図表 1 給与所得控除額の速算表 収入金額 給与所得控除額 162.5 万円以下 65 万円 ( 最低保証額 ) 162.5 万円超 180 万円以下 収入金額 40% 180 万円超 360 万円以下 収入金額 30%+ 18 万円 360 万円超 660 万円以下 収入金額 20%+ 54 万円 660 万円超 1,000 万円以下 収入金額 10%+ 120 万円 1,000 万円超 収入金額 5%+ 170 万円 ( 出所 ) 所得税法をもとに大和総研制度調査課作成 給与所得控除額は 収入が 162.5 万円以下の場合は 65 万円の最低保証額となる 収入が 162.5 万円超の場合は 収入に応じて定められた割合で給与所得控除額が算定され その割合は年収が増加するにつれ 40% から 株式会社大和総研丸の内オフィス 100-6756 東京都千代田区丸の内一丁目 9 番 1 号グラントウキョウノースタワーこのレポートは 投資の参考となる情報提供を目的としたもので 投資勧誘を意図するものではありません 投資の決定はご自身の判断と責任でなされますようお願い申し上げます レポートに記載された内容等は作成時点のものであり 正確性 完全性を保証するものではなく 今後予告なく修正 変更されることがあります 大和総研の親会社である 大和総研ホールディングスと大和証券キャピタル マーケッツ 及び大和証券 は 大和証券グループ本社を親会社とする大和証券グループの会社です 内容に関する一切の権利は 大和総研にあります 事前の了承なく複製または転送等を行わないようお願いします

2 / 7 5% まで減少していく 金額としては 年収が増加するほど給与所得控除額は増加し 上限はない 給与所得を得るために不可欠とされる必要経費と 給与所得控除額とを比較すると 給与所得控除の方が多いと考えられている 1 このため 給与所得控除額は 給与所得者にかかる 勤務費用の概算控除 としての位置づけのほか 給与所得者特有の事情に配慮した 他の所得との負担調整のための特別控除 という二つの要素を含むものとされている 2 実際にかかった 特定支出 がこの給与所得控除額より多い場合は 給与所得控除額に加えて 特定支出が給与所得控除を超過した額について 特定支出控除 として給与所得から控除することができる 武田昌輔監修の DHCコンメンタール所得税法 では この給与所得者の特定支出控除制度は 特定の支出の負担を余儀なくされるサラリーマンの負担を考慮するものとして昭和 62 年度の改正の際に創設されたものであるが 必要経費の実額控除を認めるものではない この制度は給与所得の必要経費の概念自体をどう捉えるかは別として サラリーマンが負担を余儀なくされるような特有の支出の額が給与所得控除額を上回るときは その上回る部分の金額を控除するものである趣旨の制度であり 従って 控除の対象とされる特定の支出の範囲もサラリーマン特有の支出として限定的なものとなっている と説明している 特定支出控除制度はサラリーマンの必要経費の実費控除という位置づけではなく また 特定支出に含まれる支出の範囲が給与所得控除として概算される必要経費の範囲を示すものという位置づけでもないようである 特定支出 として認められているものは図表 2の 5 点に限定されており その範囲は極めて狭く 近年の年間利用者数はわずか 10 名前後で推移している ( 図表 3) 図表 2 特定支出の対象 一般の通勤者として通常必要であると認められる通勤のための支出 転勤に伴う転居のために通常必要であると認められる支出のうち一定のもの 職務に直接必要な技術や知識を得ることを目的として研修を受けるための支出 職務に直接必要な資格( ) を取得するための支出 単身赴任などの場合で その者の勤務地又は居所と自宅の間の旅行のために通常必要な支出のうち一定のもの ( ) 弁護士 税理士 公認会計士などの人の資格で法令の規定に基づきその資格を有する者に限り特定の業務を営むことができることとされているもの ( 業務独占資格 ) を除く ( 出所 ) 通達等をもとに大和総研制度調査課作成図表 3 特定支出控除の利用者数の推移 2004 年 2005 年 2006 年 2007 年 2008 年特定支出控除利用者数 9 人 13 人 9 人 7 人 6 人 ( 出所 ) 国税庁課税部個人課税課の調べより 1 給与所得者の必要経費額について推計したものには 田中修司 給与所得控除の本質と課税最低限をめぐる問題 -その改革をめぐって (1995 年 ) ( 旧 ) 政府税制調査会答申 わが国税制の現状と課題 -21 世紀に向けた国民の参加と選択 (2000 年 ) 小林豊 給与所得控除の理論的根拠についての考察 (2009 年 ) などがあるが これらのいずれも実際の給与所得者の必要経費に対して 給与所得控除額は過大になっていると推計している 2 ( 旧 ) 政府税制調査会 個人所得課税に関する論点整理 (2005 年 ) を参照

3 / 7 2. 政府税制調査会の特定支出控除拡充案 2010 年 11 月 25 日の政府税制調査会では 個人所得課税の見直し案として給与所得控除に上限を設定する一方で 特定支出控除制度を拡充する案が提案された 政府税制調査会の特定支出控除拡充案は 以下の図表 4に示される 図表 4 政府税制調査会の特定支出控除拡充案 ( 出所 ) 政府税制調査会資料 業務独占資格の取得費 現行法令上 簿記検定や英語検定など 独占業務資格とは関係ない資格取得費については 業務の遂行に直接必要なものであれば 特定支出控除の対象になるものと考えられる 他方 弁護士 税理士 公認会計士などの業務独占資格に関する資格取得費については 現行法令上 特定支出控除の対象とされていない 例えば 税理士事務所に勤めながら資格予備校に通い 税理士試験の合格を目指している給与所得者がいるとする この給与所得者については 現行法令上では 資格予備校の受講料等について 特定支出 とすることができない 3 3 現行法令上 税理士資格取得が職務上求められている場合においても税理士資格取得費が 特定支出 の対象にならない

4 / 7 政府税制調査会の案では 弁護士 税理士 公認会計士などの資格取得費 について 特定支出の対象に含めることを検討しており 上記のような例を特定支出の対象に入れるものといえる.. 政府税制調査会の案では 弁護士 税理士 公認会計士などの資格取得費 を特定支出の対象とするとしているが この など については 現行法令上特定支出として認められない業務独占資格の資格取得費全般が入るように思われる 主な業務独占資格のうち給与所得者の取得が想定されるもの 4 は 以下の図表 5のようなものがある 下記 18 資格の年間受験者数を合計すると 延べ約 130 万人となる これらの受験者のうちには自営業者や学生など 給与所得者ではない者が含まれていたり 複数の資格を受験している者が重複して計算されていたりする場合などがある しかし それらの分を差し引いても 年間数十万人規模の給与所得者が何らかの業務独占資格を受験しているものと見てよいだろう 図表 5 主な業務独占資格 ( うち給与所得者の取得が想定されるもの ) と年間受験者数 所轄官庁等 資格名 年間受験者数 ( 人 ) 社会保険労務士 55,445 2010 年度 厚生労働省 登録販売者 44,788 2009 年度 ボイラー技士 46,144 2009 年度 ( 注 1) 建築士 78,955 2009 年度 ( 注 2) 自動車整備士 48,312 2009 年度 ( 注 3) 国土交通省 測量士 2,256 2010 年度旅行業務取扱管理者 23,247 2010 年度 ( 注 4) 宅地建物取扱管理者 186,508 2010 年度 不動産鑑定士 1,130 2010 年度 電気工事士 135,270 2010 年度 ( 注 5) 経済産業省 弁理士 6,582 2010 年度危険物取扱者 488,182 2009 年度 ( 注 6) 行政書士 67,348 2009 年度 財務省 税理士 51,479 2009 年度通関士 10,367 2009 年度 法務省 司法書士 26,958 2009 年度 内閣府 公認会計士 25,147 2010 年度 ( 注 7) 最高裁判所 弁護士 8,163 2010 年度 ( 注 8) ( 参考 ) 上記資格受験者の計 1,306,281 ( 注 1) 特級 1 級 2 級の計 ( 注 2)1 級 2 級の計 ( 注 3) 登録試験の 各科目延べ人数 ( 注 4) 国内 総合の計 ( 注 5)1 種 2 種の計 ( 注 6) 甲種 乙種各類 丙種の計 ( 注 7) 短答式の受験者数 ( 注 8) 新司法試験の受験者数 ( 出所 ) 大和総研制度調査課作成 ただし 政府税制調査会の案でも 取得目的によっては業務独占資格の取得費を 特定支出 に入れられない可能性もある 現行法令の考え方は 職務に直接必要な 費用について 特定支出 に入れるものである この考え のだから もちろん 税務と関係のない業務を行っている一般のサラリーマンにおいても税理士取得費は 特定支出 に含まれない 4 医師 看護師 薬剤師 理容師 美容師 保育士などの資格は 一般的に資格取得後に就職するケースが多いと思われるため除外した

5 / 7 方を維持するならば たとえ業務独占資格について 特定支出 に入れられるものとしたとしても 税務とは全く関係ない業務を行っている一般のサラリーマンが転職や開業のために税理士資格取得を目指す場合については 職務に直接必要な 費用ではないとして 特定支出 に入れられないものとも考えられる 勤務必要経費 政府税制調査会は 勤務必要経費 ( 仮称 ) として 職務に必要な図書の購入費 衣服費 交際費 職務上の団体の経費 を新たに特定支出の対象に含めることを検討している この勤務必要経費は 家事費との区別が困難な場合が多く また 高額なものを購入できる高額所得者を過度に優遇することになりかねないことから 総額で 65 万円を上限とする等の一定の制限を設ける 案となっている 所得税法 45 条は 家事上の経費 5 ( 家事費 ) については 不動産所得 事業所得 山林所得 雑所得の計算上 必要経費に算入しないと規定している 給与所得の必要経費の計算においては 現行制度下では家事費について必要経費に算入する余地がほぼないため 所得税法 45 条の対象となっていない しかし 仮に勤務必要経費を特定支出控除の対象に含めるとした場合は 家事費について必要経費として算入されないようにする法令整備が必要なものと考えられる 給与所得控除を 勤務費用の概算控除 と 他の所得との負担調整 に二分 政府税制調査会は 給与所得控除を 勤務費用の概算控除 部分と 他の所得との負担調整 部分に分け 各々 1/2 ずつと明確化した上で 特定支出の比較対象となる給与所得控除については 勤務費用の概算控除 部分とすることを検討している 例えば 年収 600 万円の給与所得者の場合 給与所得控除額は 174 万円である 政府税調案では この 174 万円のうち 1/2 の 87 万円の部分が 勤務費用の概算控除 部分となる この給与所得者の特定支出が 100 万円だったとすると 現行法令では特定支出控除の金額が給与所得控除額を超えないので 特定支出控除は利用できない 一方 政府税調案の下では 特定支出の 100 万円から 勤務費用の概算控除 部分である 87 万円を控除した 13 万円について 特定支出控除を利用できるようになる 3. 新たに特定支出控除を利用できる者についての検討と考察 政府税制調査会の特定支出控除拡充案 ( 以下 新制度案とする ) が施行された場合 新たに特定支出控除を利用できる者はどの程度いるのか検討する 新制度案の内容は 以下のものとした 業務独占資格の取得費についても 特定支出に含める 職務に必要な図書の購入費 衣服費 交際費 職務上の団体の経費などを 勤務必要経費 として 特定支出に含める ただし 勤務必要経費 の上限は 65 万円 給与所得控除額の 1/2 を 勤務費用の概算控除 部分とし 特定支出の合計額が 勤務費用の概算控 5 正確には 家事上の経費及びこれに関連する経費で政令で定めるもの

6 / 7 除 部分を上回ったら 上回った額だけ特定支出控除を認める 勤務必要経費 については いくら必要経費が発生したとしても 65 万円までしか 特定支出 に算入できない このため 勤務必要経費 があるだけでは 特定支出 は 65 万円までにしかならない 年収 380 万円超の給与所得者は 勤務費用の概算控除 部分が 65 万円を超える この場合 勤務必要経費 がたとえ 65 万円以上あったとしても 勤務必要経費として控除できる上限は 65 万円なので 他の特定支出が一定額 ( 以下の図表 6) 以上ないと 特定支出控除を利用することができない 図表 6 特定支出控除を利用するために 勤務必要経費 以外で最低必要な特定支出額 ( 単位 : 万円 ) 給与収入 A B C 給与所得控除 ( 現行水準 ) 勤務費用の概算控除 部分 (A 1/2) 特定支出控除を利用するために 勤務必要経費 以外で最低必要な特定支出額 (B-65 万円 ) 200 78 39 0 300 108 54 0 380 130 65 0 400 134 67 2 500 154 77 12 600 174 87 22 700 190 95 30 800 200 100 35 900 210 105 40 1,000 220 110 45 1,200 230 115 50 1,500 245 122.5 57.5 1,800 260 130 65 2,000 270 135 70 ( 注 ) 政府税制調査会は給与所得控除額に上限を設ける案を検討し ており 現在の案では年収 1,200 万円超の給与所得者について給与 所得控除額が引き下げられる可能性がある ( 出所 ) 大和総研制度調査課作成 勤務必要経費 が全くなくとも 資格取得費が 100 万円以上ある場合などは特定支出を受けられることになるが そのような場合は非常に稀であろう 新制度案の下で特定支出控除を利用できるケースとしては 勤務必要経費 が上限の 65 万円かそれに近い額であり かつ 20~30 万円程度の資格取得費など他の特定支出の対象となる費用がある場合というのが主なものとなるだろう 設例による検討 例えば 年収 600 万円の給与所得者の場合を考える この給与所得者が スーツ代等の被服費に年間 20 万円 勤務に直接必要な交際費のうち会社から補填されない部分に年間 20 万円 勤務に直接必要な書籍代 新聞代等に年間 20 万円 勤務関連の団体の会費に年間 5 万円をそれぞれ払っており これらが全て 勤務必要経費 として認められたとすると 合計 65 万円となる その上で さらにこの給与所得者が税理士資格の資格予備校代として年間 30 万円を支払っていて その費用が 職務に直接必要な ものであると認められたとする ( 注 : 現行法令の考え方を踏襲すると 職務に直接必要な ものと認められるケースは 税理士事務所で勤務している場合等に限られるものと考えられる 4 ページ参照 )

7 / 7 この場合 新制度案の下ではこの給与所得者の特定支出額は 95 万円ということになり 勤務費用の概算控除部分 の 87 万円を上回る 8 万円について 特定支出控除が利用できることになる 特定支出控除を利用することにより この給与所得者の税負担が軽減される額は年間 1 万 6,000 円程度と考えられる 6 考察 上記の例で分かるように 新制度の下でも 特定支出控除を利用できる場合は 勤務必要経費 として相当に高額な必要経費を支払っており かつ相当に高額な資格取得費などを支払っている ( 上でかつその費用が 職務に直接必要 なものと認められる ) ケースに限られることになる 仮に特定支出控除制度が政府税調案のように拡充されたとしても それによって税負担が軽減される者はかなり少ないものと考えられる 現行制度の年間 10 人前後よりは増加するものの せいぜい適用者は数万人規模 ( 給与所得者全体のうち 1% 未満 ) と筆者は予想する 逆に考えると 現在の給与所得控除が想定している 勤務費用の概算控除部分 の金額は 実際の勤務費用の金額より相当に大きな金額になっているものといえる なお 職務に直接必要な資格の取得のための 7 補助制度については 雇用保険に 教育訓練給付制度 がある ほとんどの給与所得者は雇用保険に加入しており 8 3 年以上 ( 初回利用の場合は 1 年以上 ) の勤務期間があれば 指定講座の入学金 授業料等のうち 20%( 最大 10 万円まで ) が支給される 特定支出控除制度の拡充を検討する際には 教育訓練給付制度との整合性も検討する必要があるだろう 6 所得税率 10% 住民税率 10% が適用されるものとした 7 教育訓練給付金の対象となるものは 雇用の安定及び就職の促進を図るために必要な職業に関する教育訓練として厚生労働大臣が指定する教育訓練 である ( 雇用保険法 60 条の2) 税理士 公認会計士 行政書士など多数の 業務独占資格 を取得するための講座が 教育訓練給付金の対象に含まれている 8 雇用保険の適用除外となるのは 常時 5 人未満の労働者を雇用する個人事業の農林水産業に限られ いわゆる 非正規労働者 であっても雇用保険の適用対象となっている ( 雇用保険法附則 2 条 )