パソコン スマホ病の一症状に対する鍼治療 スマホ首 ( ストレートネック ) によるめまい ふらつき プロフィール 角谷敏宜 ( かと や としのふ ) 治し家鍼灸院院長 1957 年 福井県生まれ 関西学院大学 早稲田医療学園人間総合科学大学鍼灸医療専門学校卒業 1994 年 西荻窪に治し家鍼灸院を開院 パソコンやスマートフォンが原因の現代病や パニック障害 五十肩の治療を専門としている はじめに現代では パソコンやスマートフォン ( 以下 スマホ ) は世界中に普及しており 人は 1 日のなかでも長い時間をそれらの操作に費やしている 仕事や生活は飛躍的に便利になったが 一方でパソコン スマホによる現代病にかかる患者が増加してきている テレビの CM なと でも スマホ首 ( いわゆるストレートネック ) という言葉が使われるようになっていることからも この現代病に関する世間一般での認知度も高まっていると思われる パソコン スマホが原因となる症候群を 私は パソコン スマホ病 と呼び 専門的に治療を行っている このパソコン スマホ病はスポーツ疾患なと とは原因が全く異なり 主にマウスやキーボードなと を操作する際の細かい筋活動 眼の酷使 そして悪い姿勢が 深層筋にこりを生み出してしまうことが原因となる 今回は その深層筋のこりを解消する鍼治療を紹介する パソコン スマホ病の症状まず パソコン スマホ病の症状は主に 1 頚 肩 頭 背中 腕 肘 手首 指なと の上半身の筋肉や腱の症状 2 眼精疲労 ドライアイなと の眼に関する症状 3うつ パニック障害 自律神経失調症なと 精神 自律神経の症状として現れる 精神 自律神経 1 / 7
系の症状にまで関連する理由は 後頭下筋群がこることで脳への血流が悪くなった結果 脳症状を引き起こし パニック病やうつ病なと につながっているのだと考えられる 外見に現れる特徴としては スマホ首 猫背 巻き肩なと があるが それ以外にも 普段から眼を酷使している患者の後頭部 ( 天柱 風池 ) に触れると うっ血してふ よふ よとした感触になっていることが分かる デスクワーカーにパソコン スマホ病が多い主な原因は うつむいた作業姿勢と その姿勢での作業時間の長さにある 根本的な解決をするにはそれらの環境も変えていく必要がある 治療を行っていくに当たり 1 鍼治療で正しい姿勢を取り戻してもらう 2 日常でも姿勢に気をつけてもらえるようセルフケアをする という 2 点を重要なポイントとしている 症例写真はモデル患者を用いて撮影 記録したものである 患者 35 歳 男性 システムエンジニア 主訴 めまい ふらつき 首と肩のこりを訴えて来院 現病歴 社会人になってから 平日には 1 日 6 時間以上のパソコン作業を続けている 2 年前から首や肩辺りのこりがひと くなり 同時にめまい ふらつきなと の症状が少しずつ出ていたという 初診時 まず 患者を座位と立位で鑑別すると 肩に対して約 15 度前向きに頚が傾いた スマホ首 になっていた ( 図 1) なお 15 度傾くと頚には 12kg の重さがかかるといわれているので 頚部に相当負担がかかった状態を維持していることが分かる 身長が 185 センチということもあり うつむいた時間が長い うつむき生活 の癖がついたようである このスマホ首が長期間続くことで 頚や肩のこりがひと くなり 頭痛やめまい ふらつき 胃腸症状なと の自律神経の症状や パニック障害 うつなと の精神症状が現れる この患者は 日頃からうつむきがちな姿勢が原因のスマホ首により 後頭部の僧帽筋 その奥の後頭下筋群や側頚部の胸鎖乳突筋 その奥の斜角筋がこってしまい そのこりが頚椎 1 2 番の奥にある脳幹を圧迫して 交感神経の異常緊張を起こしたようである また 頚部を触診すると 後頭部の分界交線のライン上 ( 天柱 風池 ) にこりがあった 後頭部はうっ血しており 触るとふ よふ よしていてむくんでいることが分かる ( 図 2) 側 2 / 7
頚部の胸鎖乳突筋と前斜角筋 中斜角筋 後斜角筋にもこりがあった 肩背部では 肩甲挙筋 ( 肩外兪 ) の奥に棒状のこりがあるのと 肩甲間部 2 側のライン ( 膏肓 ) にも 太さ 1cm ほと の棒状のこりが見られた 図 1 座位の姿勢 普段作業をしているときの姿勢をとってもらうことで 改善点が見えて くる 図 2 仰向けになった患者の後頭部を両手で包み 頭部を左右に振りながらふ よふ よ感を確 認する 治療方針 治療法 スマホ首の解消を目的に 天柱と風池 肩外兪 膏肓周辺で 深層筋の硬結部位を狙い刺鍼した 深層筋は骨に付着しているので 骨に到達するまで刺入する ( 図 3) 使用した鍼は寸 3 1 番あるいは 2 番 寸 6 3 番で 体格や筋肉の硬さなと を考慮し 患者に合わせて選んでいる なお 肩背部への刺鍼の際は 寸 3 のみを使用し かつ肋骨に当てるように刺入するなと 肺に到達しないよう細心の注意を払う必要がある 肋骨に当てようとするあまり 深く刺しすぎると気胸なと の医療事故を招く恐れがあるため 刺入深度を確 3 / 7
かめながら慎重に行うこと 深層筋のこりに達したら そのこりに対して無理やり鍼を刺すのではなく 軽い雀啄を加える こりは何層にもわたって形成されているため 鍼先に意識を集中し 徐々に刺入していく ゆっくり一層ずつ溶かすようなイメージで解消する 置鍼はせずに 1 カ所のこりを解消したら抜鍼し 次のこりを探すという手順で行う 治療のポイントは めまい ふらつきを治すのではなく スマホ首が真っすぐになり 姿勢が整うように施術することである 頚の傾きが矯正されると 内耳や脳への負担が軽くなり 結果としてめまい ふらつきが治っていくのである 鍼治療後にはセルフケアの指導を行った あごを引いて首筋が真っすぐになるようにし 仙骨を立てるように座ること 食事の際は一度口に含んだら 25 回は咀嚼してから飲み込むこと 水を 1 日 1~1.2L 飲むこと 自分でできる按腹の方法 なと ( 図 4) 全身の血流をよくするためには 腸内環境を整えることが大切なので そのことを患者に知ってもらう必要がある そのほか 目の高さで画面を見る 1 時間に 10 分パソコンから離れるなと の 作業環境の改善も促した セルフケアは細胞がつくり変わる 3 カ月間を目処に続けてもらえれば 見違えたような変化を患者自身が実感できる 4 / 7
図 3 天柱への刺鍼 骨付近の深層筋を狙ってアプローチする 図 4 1 カ所につき 1 分ずつ 右の天枢 左の肓兪 直腸の際を右回りに按腹する これを 1 日 2 回行ってもらう 図は按腹の強さと位置を指導している 結果 この患者は 3 回の治療で めまい ふらつきの症状はほぼ完治した まとめパソコン スマホ病は 治療と患者のセルフケアの両輪で治療していくことが重要である 現在 子と もから大人まで 全世界がパソコンやスマホの使用による うつむき社会 になっている たとえよい姿勢をしようと心がけても 深層筋の硬結を解消しない限り 再び悪い姿勢に戻ってしまう この症状に対して 深層筋の硬結を直接 かつ的確にほぐせる鍼治療が 最も有効な治療法である 今後 この分野の鍼治療は全世界の人々に必要となってくることだろう そのニーズに応じられるよう 鍼灸師のパソコン スマホ病の理解と 治療法の習得が重要になると思われる 5 / 7
押し手のポイント (photo: 編集部 ) 深い部位へ正確に刺鍼するためには 部位を正確にとらえ 鍼をしっかり固定する必要がある 角谷氏の押し手には 狙った深層筋のこりへ鍼を刺すための工夫があるとのこと また 角谷氏は施術の際 いすに座ったり 立ち上がった状態ではなく 床に膝をついた片膝立ちの体勢で行っていた それは日々多くの患者を治療していくために 自身の身体を壊さないようにと考えだされたスタイルであった 1. 左中指で刺入する部位を押さえる 2. 左中指で示した部位に中指の際を支えにして鍼管を当てる 6 / 7
3. 左母指 示指 中指の 3 本で鍼管をしっかり支える こうすることで 鍼管がふ れずに 深層筋まで刺入することができる 片方の膝で立ち もう片方の足で支えている また 腹部と大腿部をベッドに付けること で 施術者の身体を固定して安静させ 腰なと への負担を減らしている 7 / 7