[K15-029] 昆虫に病気を引き起こす微生物

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ごあいさつ バイオシミラーの課題 バイオ医薬品は 20 世紀後半に開発されて以来 癌や血液疾患 自己免疫疾患等多くの難治性疾患に卓抜した治療効果を示し また一般にベネフィット リスク評価が高いと言われています しかしその一方で しばしば高額となる薬剤費用が 患者の経済的負担や社会保障費の増大に繋がる


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三つ目は 樹木医制度がかなり定着してきており 現 在 1200 名ほどの樹木医さんが 単木の診断治療で活 躍している 樹木医は単木を扱っているので神社仏閣の 銘木あるいは街路樹 公園の樹木の診断管理を行ってい る分野である 天然林に発生する病害としては ブナの稚樹に発生す る病気がある ( 写真 1

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馬ロタウイルス感染症 ( アジュバント加 ) 不活化ワクチン ( シード ) 平成 24 年 7 月 4 日 ( 告示第 1622 号 ) 新規追加 1 定義シードロット規格に適合した馬ロタウイルス (A 群 G3 型 ) を同規格に適合した株化細胞で増殖させて得たウイルス液を不活化し アジュバント

表 1-2. コーデックスガイドライン (Codex Guidelines)2018 年 2 月現在 78 ガイドライン コーデックスガイドラインは 食品の安全性 品質 取込み可能性を確実にするために 証拠に基づいて 情報と助言を推奨手順と同時に提供するものである ガイドラインタイトル策定 部会 最

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やぶなべ会報 自然を見つめる やぶなべ会 ( 青森 ) 発行 誌名やぶなべ会報 号 / 発行年 / 頁 15 / 2000 / 29-32 タイトル昆虫に病気を引き起こす微生物 著者名三橋渡 自然を見つめるやぶなべ会 ( 青森 )

昆虫に病気を引き起こす微生物 第 27 代三橋 渡 やぶなべ会員にも少なくないチョウの愛好家は美しい成虫を得るために幼虫をよく飼育しますが そんな時幼虫が原因がよくわからぬままに死亡すると もしや伝染病では? 飼育中の他の虫に移ったら大変と気をもむことがあります しかし一般的には 昆虫の病気については このような昆虫愛好家や カイコやミツバチ等の農家くらいの間でしか関心が持たれないようです 昆虫が死ぬ原因としては 寿命 捕食等他者によって傷つけられるケースの他に病気が挙げられます その病気の原因は大きく分けて二つあり ひとつは生物の寄生によるもの ( 寄生病 ) もうひとつは中毒 遺伝病 物理的障害等々のいわゆる非寄生病です さらに寄生病の原因生物には 昆虫 ダニ センチュウ等の動物と 細菌 菌類 原虫 ウイルスという微生物が挙げられます ( 表 1) ウイルスは厳密には生物とは言えませんが 学問の世界では通常 ウイルスを微生物に含めます それらの微生物で死んだ死体の外観は他の原因で死んだ死体とは多少は異なることが多いです 柔らかく腐るか逆に乾燥した状態になることや体色は暗化または白化傾向が認められることが多く 体の表面に菌類 ( カビ ) を生やしている場合やある体形変化を起こしている場合もあります 上記 4つの微生物はそれぞれ通常 これらの変化のうちのある特定の状態を引き起こします しかし 菌類 ( カビ ) を体の表面に生やしている場合等を除けば 微生物以外の原因で死んだ場合との差は一般に微妙で 外観から微生物が死因かどうかの判断や ましてや微生物の種 (species) までを特定することは昆虫の微生物の専門家でも難しいことが多いのです 死後長い時間を経てしまうと昆虫に病気を起こす性質のない微生物も体内外で増殖することが多く 外からは益々死因が分からなくなります 結局 体内または体の表面の微生物を顕微鏡 ( 多くの場合は光学顕微鏡で用が足ります ) で検出することによって病因を確定するのが普通です これらの微生物は世界中で研究されていますが 研究の目的は 農林業害虫の防除剤として微生物を利用することやカイコ等の益虫を微生物病から守ること ウイルス等の遺伝子に医薬用の有用物質を作る遺伝子を組み込んでウイルス等にその物質を大量に生産させそれを利用すること 更には応用目的はさておいて純粋な基礎科学として科学的知見表 1 昆虫の病気の分類病気の分類を得ること等です 農林業の寄生虫寄生昆虫病寄生ダニ病センチュウ病害虫防除に微生物を利用する原虫病細菌病菌類 ( 糸状菌 ) 病目的は化学農薬による環境汚ウイルス病非寄生虫物理的障害中毒代謝異常遺伝病染等の弊害を少なくすること奇形腫瘍発育障害その他にあります 私は現在 昆虫に - 29 -

寄生するウイルスの試験研究を行っていますが 一言でウイルスと言っても種類も多く 実際はコガネムシの一種であるドウガネブイブイやガの一種のクワゴマダラヒトリ等農林業に関係のある昆虫に寄生する数種のウイルスの研究をしています 応用的な目的はやはり そのウイルスを害虫防除に利用することや 長期的には ウイルス遺伝子に有用なタンパク質の遺伝子を組み込んで ウイルスにそのタンパク質を大量に生産させ そのタンパク質を農業 医療その他の世界で利用することです 今回は ウイルスに限定せず 昆虫に病気を生じさせる微生物全体について少し解説をしてみたいと思います 細菌の仲間では バシラス科 腸内細菌科 リケッチア マイコプラズマ等に属する細菌の中に病原細菌があります 具体的には Bacillus thuringiensis B. popilliae Serratia marcescens Rikcettsiella popilliae 等が代表的な種です この中でもB. thuringiensis は重要害虫に対する殺虫性が高い系統がいくつも発見されており 微生物農薬としての利用を目ざして古くから研究が積み重ねられてきた結果として 日本も含めて多くの国で実用化されています 細菌が害虫を殺すメカニズムは種によって様々ですが B. thuringiensis の場合は細菌内の毒素が昆虫に中毒を生じさせるためです 農薬としては2つのタイプがあり 成分がこの毒素単独のものと毒素と菌の胞子を混ぜたものがあります 細菌は食物などとともに経口的に虫体に感染します 病原細菌は 口から中腸内に取込まれた際 腸管から体内に侵入したり腸内で大増殖する能力があるために 一般の細菌と違って昆虫に害をなすことができるのです 次に 菌類 ( 糸状菌とも言う ) による病気を見てみましょう 菌類は細菌と違って核膜を有しており真核生物に含まれます 病原菌類としては 属で言うと Entomophthora Entomophaga Metarhizium Nomuraea Paecilomyces Beauveria Verticillium 等が代表格としてあげられます その中でも Beauveria に属する B. bassiana B. brongniartii はある種の農業 森林害虫に対する殺虫効果が高く 微生物農薬としての利用の期待が高いもので 現にいくつかの国で実用化されています 菌類の感染方法は 他の微生物がふつう口から食べ物等とともに侵入するのに対して 自力で昆虫の皮膚を突き破って体内に侵入するものがほとんどです また 死亡した虫が乾燥状態になる ( 体は硬くなる ) ケースやその菌を体の表面に生やすケースが多いのが菌類による死亡の特徴です 昆虫は長い年月の間に時々大発生することがあり それが数年間も続く場合や 周期的な大発生のパターンを示す場合もあります 例えば 森林の一部の木々が昆虫に葉を食べ尽くされ冬でもないのに丸坊主になっている光景はそれほど珍しいものではありません この大発生はいずれ終息し その時がうそであったかのように個体数が減ってしまうわけですが この終息の原因はいろいろあり 時々 Entomophaga のような菌類やあとで述べるウイルスの一部の種が昆虫の集団で大流行して大半の昆虫が死亡したためである場合があります しかし どの種類の微生物もが流行病を起こすわけではなく その種類や昆虫の種類も大体限定されま - 30 -

す 原虫は原生動物とも言い 単細胞性動物の総称です 昆虫寄生性のものは微胞子虫類に最も多く あとは真胞子虫類に属するものが大半です 有名なものでは 蚕糸業の敵として知られるカイコに寄生するNosema bombycis があります また 害虫の防除に実用化されている種類が外国にあります 虫体内での増殖は遅く 感染虫は比較的長期間生存します 最後にウイルス病について解説します ここは私の専門分野ですので少し詳しくお話しましょう 病原ウイルスの属する主な属としては Baculovirus Cypovirus Entomopoxvirus A Entomopoxvirus B Iridovirus Densovirus が挙げられます この内 Cypovirus のみが核酸が RNA から成り 他のウイルスは DNA を核酸としています Baculovirus 属は 昆虫に対する感染力の比較的強い種類が多いことや ほ乳類に寄生するウイルスから全くかけ離れた分類上の存在であるために人畜に寄生することはないと考えられていること等から 微生物農薬としての利用が最も期待されてきたウイルス群であり 現に海外では 10 種類程度のウイルスが実用化されています 日本で農薬化されていない理由としては ウイルスを大量に増埴するための昆虫の大量飼育 虫へのウイルス接種等々を人手に頼って行うことからくる生産コストの高さ等から メーカーが商品化しないことが挙げられます そのため 日本のような人件費の高い国で昆虫寄生のウイルスを農薬として実用化するためには ウイルス生産過程をできるだけ機械化することを始めとして生産コストを大幅に低減する技術開発が必要となります ウイルスは属する科によって形態は様々ですが 一部の種類は封入体と呼ばれるウイルス自身の持つ遺伝子から合成されるタンパク質の結晶体を作り この中にウイルスをたくさん包埋しています この封入体は光学顕微鏡で確認できる大きさです ( 図 1) が ウイルス自体は電子顕微鏡を使用しないと見えないほど小さいものです 昆虫に病原性のある微生物のうちウイルスのみが光学顕微鏡では識別できません ウイルスはそれ自体は野外では日光 通常の温度等で ほどなく病原性を失いますが この封入体中に包埋されている場合は 日光にはやはり弱いものの土中の封入体は通常の温度による害から長期間守られ 寄主である昆虫への感染のチャンスを待ちます この封入体は ウイルスが昆虫という短期間しか生きない生物が死亡してから次の生きた昆虫に乗り移るまでの比較的長期間を乗り切るために進化の過程で獲得したものと言えるのではないでしょうか 感染してから死亡するまでの期間はウイルス種によって様々です 鱗翅目に寄生するものでは 1 ~ 2 週間 コガネムシに寄生するものでは数ヶ月間が普通です 私はここ数年 ドウガネブイブイに寄生するドウガネブイブイ昆虫ポックスウイルスという名のウイルスを研究材料としています 幼虫が土中でエサの腐葉土とともにこのウイルスを含んだ封入体 ( 図 1) を一定数以上体内に取り込むとウイルス病を発 - 31 -

病します 感染した幼虫は 数ヶ月間生存してほとんどが蛹になる前までには死亡しますが この間に食害のスピ-ドは落ちるものの林業用の苗木の根やいろいろな作物の地下部分を食べ続けます 従ってこのウイルスをドウガネブイブイの防除に使用しても短期間での効果は期待薄なので ウイルスの遺伝子組み換えで強い殺虫力を持ったドウガネブイブイ昆虫ポックスウイルスを作り出してそれを使用するという方法が現場での使用方法の一つとして考えられます 野外で使用する際は 事前にウイルスが環境 人畜へ悪影響を及ぼさないことを確認しておくことは無論のことです 昆虫に寄生する微生物を使用する微生物農薬の長所は 先に述べたように人畜への害がまず考えられないということです 一般的に 特定の 1 2 の種やそれに近縁な昆虫にのみ殺虫活性を示すのです これは 微生物農薬を野外に散布しても益虫を通常殺さないで済むという長所でもありますが 反面 化学農薬に較べて効果のある害虫の種類が限られてしまうという欠点にもなるわけです また 殺虫率も一般に化学農薬より低く 速効性でも劣ることが多いのです そこで 微生物農薬は それの単独使用だけではなく 化学農薬との併用や お互いに時期をずらしてそれぞれを使用する等の方法も選択枝としてあります 昆虫に寄生する微生物は農林業の場においてのみ利用されるものではありません 例えば 日本では あるメーカーがカイコに寄生するウイルスの遺伝子にネコのインターフェロンを作る遺伝子を組み込んでそのウイルスをカイコで大量増殖させ その際作られるインタ-フェロンを生産しており 実際にネコのウイルス病の治療にこの薬が用いられています 今後は この組み換えウイルスが 種々の医薬品の生産に利用される可能性が十分にあります また 漢方薬として使用されている冬虫夏草は昆虫に寄生する菌類がその正体です 微生物の農林業以外の分野への応用を広げるための研究も必要とされています 最後に この拙文が日頃皆様の意識にあまり上らない昆虫にまつわる一面についての認識を強めることにお役に立てれば幸いと思います また 執筆にあたっては福原敏彦著 昆虫病理学 (1979 学会出版センター) を参考にしたことを付しておきます 図 1. ドウガネブイブイ 昆虫ポックスウイルスの封入体 楕円体と呼ばれるタイプのもの この封入体の中に多数のウイルス粒子が包埋されている バーは 10 μmを表す - 32 -