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( 公財 ) 航空機国際共同開発促進基金 解説概要 19-3 この解説概要に対するアンケートにご協力ください 航空機の騒音低減技術に関する研究動向について 1. はじめに現在の航空機開発において, 環境適応性の確保は基本的で不可欠の要素となっている 環境適応性としては, 主として騒音とエミッションの特性が重要となるが, ここではそのうち騒音の問題に関して, 最近の規制や技術開発, 研究の動向を概観する 航空機騒音は従来, 主としてジェットエンジンから発生する音の問題として対策が講じられてきたが, 近年はエンジン騒音が低下してきたこともあり, 機体からの騒音も重要になっている 更に最近では機体とエンジンを統合した全機での騒音の検討も重要視されている また, 将来の民間超音速機の実現に向けて, 騒音対策が鍵を握る技術であり, 各国で低騒音化技術の基礎的な研究が行われている状況である 本稿ではこのような状況に鑑みて, 航空機騒音に関する技術の最近の研究開発動向を, ジェットエンジンの騒音に重点を置きつつ述べ, 今後の方向性を考察する 2. 騒音規制の動向民間航空機の騒音に関する環境基準は,1969 年に FAA が FAR Part36 を制定し, 続いて ICAO が 1971 年に Annex16 VolumeⅠを定めて, これらが以後の国際的な標準規定として採用されている 1976 年に Chapter 3 が制定され,1977 年 10 月以降に型式証明申請された機体に対して適用されてきたが, 近年になってより強い騒音規制が求められる状況から,2001 年には Chapter 4 が制定され,2006 年 1 月以降に型式証明申請された機体に適用されている 図 1は ICAO Chapter3 騒音規制で定められている 3 つの騒音計測点を示している (1) 離陸直下, 離陸側方, および着陸の 3 地点で騒音規制値が最大離陸重量の関数として, 図 2に示すように与えられている (1) 現行の Chapter4 では,Chapter3 の規制を基準として,3 点での累積値が Chapter3 より 10EPNdB 以上低減しなければならず, 更に加えて全ての計測点で Chapter3 を満足した上で, 少なくとも 2 つの計測点での累積値が Chapter3 に比べて 2EPNdB 下回ることが要求されている 図 2 には Chapter4 の規制も示されている また, 最近ではロンドン空港の夜間運航規制のような空港独自の規制もなされるようになって来ており, 騒音低減に対する要求は益々厳しさを増していく傾向にある したがって今後の航空機には,Chapter4 を満たすだけでなく, 更に十分なマージンを考える必要がある また, 実現が期待される超音速機に関しても, 騒音の環境基準は亜音速機と同じと想定され, 低騒音化技術は極めて重要となる 図 1 離着陸騒音の計測位置 (1)

図 2 Chapter3 および Chapter4 騒音規制 (1) 3. 騒音低減の経緯図 3は機体側方騒音レベルの年代による変遷を示している (2) エンジンがジェット化した初期のターボジェットエンジンからターボファンエンジンへの進展, ターボファンエンジンの高バイパス比化によって, 排気ジェットの騒音が大幅に低減した 更に音響ライニング ( 吸音ライナー ) によるファン騒音の低減などにより, 初期のジェットエンジンに比べて現在では 20dB 以上の騒音レベルの低下が実現されている しかし, 近年の減音の度合いは鈍っており, 一方で上述のように規制は益々強化される傾向であるので, 更なる騒音低減は非常に大きな技術課題であると言える エンジンが静かになるにつれて, 近年は離着陸騒音が必ずしもエンジン音のみによるのではなく, 機体から発生する音もかなりの寄与があることが明らかになってきた 図 4 は騒音を機体騒音とエンジン騒音に分離し, 更にエンジン騒音をその要素に分離して, それぞれの騒音レベルを示したものである (1) 特に着陸時には機体騒音がエンジン騒音と比肩し得る程度に大きいことが分かる そこで最近では機体構造から発生する空力音の研究や, 機体とエンジンを統合した全機形態での騒音解析が行われるようになってきている 120 ターボジェット EPNdB( 側方 ) 110 100 90 低バイパス ターボファン 第一世代高バイパス 第二世代高バイパス 80 1950 1960 1970 1980 1990 2000 2010 就航年 図 3 機体側方騒音レベルの変遷 (2)

図 4 離着陸騒音の音源分類 (1) 4. 最近の研究プログラム現在, 環境適応性を重点項目として掲げた NEDO の 環境適応型小型航空機用エンジン プロジェクト ( 通称小型エコエンジンプロジェクト ) が精力的に進められている (3)(4) このプロジェクトは 50 席機クラス用の推力 8000~12000 ポンドクラスの先進的な小型ターボファンエンジンを研究開発することを目的とし, 平成 15 年度から 9 年間程度で飛行試験を含む技術実証を行おうとするプロジェクトである 小型航空機用エンジンの実用化につながる他機種との差別化技術の確立を目的として, 直接運航費用低減技術 ( コスト削減, 整備費用削減, 燃料消費量削減 ) とともに, 低騒音化および低 NOx 化という環境適応技術の開発を特に重点的に行っている また, 同じく NEDO により実施されている 環境適応型高性能小型航空機 研究開発プロジェクト ( 通称 MRJ 機プロジェクト ) では, 要素研究で機体から発生する騒音の研究が実施されている JAXA では小型エコエンジンプロジェクトを支援する, クリーンエンジン技術研究開発プロジェクトが実施されており, 騒音に関しては, ジェット騒音低減技術の実験や, 音源探査技術の開発, 小型無人ジェット機による飛行騒音試験などを行っている (5) 米国では DARPA や NASA などが中心となって様々な研究プログラムが実施されている 例えば QAT(Quiet Aircraft Technology) というプログラムは 2001 年から実施されているもので,2022 年までに 1997 年レベルの亜音速機騒音を 20dB 低減することなどを目指している (6)(7) 欧州では EU コミッションの統括下で, 航空機技術の飛躍的な進展を図るプログラムが ACARE(Advisory Council for Aeronautics Research in Europe) のもとに実施されているが, 騒音に関してはこれまで X-NOISE/SILENCE(R),VITAL といった総合的な研究プログラムが進められている状況である (8)(9) SILENCE(R) プログラムでは現実の機体に近い条件での統合評価が行われている 2007 年 6 月に最終ミーティングが開催され,2000 年レベルから 5dB の機体騒音低減が実現されたこと,2020 年までに 10dB の低減を実現

する見通しが得られたことなどが報告されている (10) このプログラムにはエアバス社, ロールスロイス社,MTU 社,Snecma 社および欧州の多くの研究機関, 大学が参加している ACARE としては,Chapter3 のレベルから 35dB 以上の騒音低減を 2020 年までに達成することに目標を置いているようである 超音速機の騒音低減に関しても, 各国で様々な研究開発が行われている 米国では DARPA および NASA を中心に QSP(Quiet Supersonic Platform) 等の枠組みで低騒音化およびソニックブーム低減の研究が実施されており (11), 低ソニックブーム機体の飛行試験も行われた 2005 年 6 月 14 日から 3 年間の期間で実施される予定でスタートした, 超音速機に関する日仏共同研究の枠組みで, ジェット騒音低減の共同研究が実施されている 日本側ではジェット騒音を適切に予測するための CAA(Computational Aeroacoustics) 技術の研究が実施されており, 一方フランスではジェット騒音の能動抑制技術の一つとして期待されるマイクロジェット噴射の実験が行われている 今後の成果が期待される 日本側では JAXA, 東京大学,IHI などの協力で, ジェット騒音の LES 解析などが精力的に実施されており, 騒音の予測や発生機構の解明に向けて, 徐々に成果が現れつつある また, ジェット騒音低減技術委員会が設けられ,ESPR 組合を中心に技術調査や情報交換, 上記解析に関する研究討論などが実施されている 5. エンジン騒音 5.1 エンジン騒音の特性ジェットエンジンの騒音は, 主にファンと排気ジェットから発生する ファン騒音は動翼列と静翼列との空力干渉により発生する空力音であり, 翼枚数とエンジン回転数で決まる BPF(Blade Passage Frequency) の周波数が支配的な騒音である この種の騒音はファンだけでなく, 全てのターボ機械翼列から発生するものである 一方ジェット騒音は, ジェットと周囲空気との混合から発生する乱流音, および超音速ジェットの場合には, ジェット中の衝撃波構造に起因する音が, 支配的な空力音である 既に見たように, ターボジェットエンジンからターボファンエンジンへの移行, ファンエンジンのバイパス比増加により, エンジン騒音が大幅に低くなっている ジェット騒音は理想的な場合ジェット速度の 8 乗に比例するため, バイパス比の増加でジェット速度が低下することが, ジェット騒音の低減に大きく貢献している ファン騒音については動静翼列間の干渉を緩和する翼列設計や, 吸音ライニングをダクト壁に施すことにより, 大幅な低減がなされて来た 5.2 ファン騒音とその低減ファン騒音, 翼列騒音には, 上流側の翼列で発生する後流と, 下流側翼列との干渉音が支配的である どちらかの翼列が動翼列, もう一方が静翼列であり, 動静翼列間干渉により, 翼通過周波数を主成分とする離散的なスペクトルを持つ空力音が発生する その他, 上流乱れの流入による下流翼面境界層からの発生音や, 後流領域の混合音, 相対超音速流入の場合には前縁圧縮波に基づく音 ( バズソー音 ) などがある 支配的な干渉音を減少させるには, 動翼列と静翼列の間隔を広げるのが効果的である また, 周方向に幾何的な不均一性を導入して, 位相の揃った圧力波面の形成を妨げる方法

もある 例えばストラットの周方向配列に若干の不規則性を持たせることなどが効果を持つ あるいは動翼や静翼を半径方向に直立させず, 上流方向または下流方向に傾ける swept 翼を採用して, 発生音圧の大きい翼端側の動静翼列間隔を増加させるとともに, 半径方向の位相の一致を妨げる手法もとられる これらの技術は, 空力音の発生に関わる翼列流れの非定常性を考慮して, 幾何形状の設計を行う技術と捉えることができる 近年の流体数値解析 (CFD) を利用した三次元空力設計を詳細に行うことにより, 空力性能を落とさず翼列音の発生を最大限に低減する翼列設計が各国で実施されており, 小型エコエンジンでも音響特性に配慮した最適設計が目指されている このプロジェクトでは更に, シンプル化技術を追求するという目的で, ファンの出口案内翼を静翼と統合し, 静音空力設計を行うなど, 新しいコンセプトが空力設計に盛り込まれている 音響ライニングあるいは吸音ライナーは, 発生した干渉騒音を吸収する受動制御技術として広く用いられている これはダクト壁面に有限な音響インピーダンスを有するライナーを装着する方法で, 例えばファンダクトの壁面に, ハニカムと穴あき板により構成される Helmholtz 共鳴構造を有するライナーを施し, 共振周波数の音波が伝播する際に, 流体粒子が大きく振動し, ライナー内部で粘性混合することでエネルギーを消費することを介して, 音響エネルギーを吸収するものである 翼列音に対しては,BPF に共鳴構造の共振周波数をチューニングしておけば, 極めて効果的に音圧を低減させることができるが, 吸音特性が狭帯域であることから, これを広帯域にするため, ハニカム構造でなく多孔物質を内部に詰めたものなども用いられる また, ライナーの基本構造はハニカムであるが, チューニング周波数などの音響インピーダンス特性を空間的に変化させる, 分布インピーダンスライナーの技術も検討されている ESPR プロジェクトではジェット騒音を低減させるため, ミキサーエジェクターノズルの内壁面に多孔のライナーを装着し, 大きな低減効果を得ることに成功した 最近ではライナーの高性能化を目指し, 軽量で耐久性が高く, 広帯域で大きな吸音特性を有する素材の追及などが行われている 例えば CMC ライナーの試作と適用研究がなされている 今後の技術として, ファン騒音のアクティブコントロールが考えられる BPF の音波に対し, これを打ち消すような位相の圧力波を, アクチュエータ壁面で発生させ, もともとの発生音を消滅させようとする技術である 日本では ESPR プロジェクトなどで一部研究がなされているが, まだ有効な技術にまで確立されていない また, 欧米でも騒音低減研究プログラムの中でいくつかの研究が行われているようであるが, まだ成果が明らかにされていない 例えば欧州では Snecma 社を中心として, エンジンのファンダクト壁に圧電アクチュエータを装着し, 音響擾乱を発生させて騒音を低減させる実験が行われている また, 同様のアクチュエータを静翼表面に装着したシステムも提案されている これらではダクト壁に音響計測用のマイクロフォンも設置し, 伝播してくるファン騒音を計測して, これを打ち消す逆位相の音響擾乱をアクチュエータから発生させるような制御が行われる 5.3 ジェット騒音とその低減ジェット騒音を低減するには, ジェット噴出速度を下げること, 散逸あるいは吸音装置を用いること, 二次空気で音波を遮蔽すること, などが考えられる まず噴出速度を可能な限り低くする設計が有効だが, コアジェットの排気速度を下げるには限界があるので, ファン排気および周囲大気との混合を早めることが効果的である このため, 従来からロ

ーブ型ミキサーノズルなどが開発され, コア側とバイパス側の流れを迅速に混合する技術が適用されてきた ESPR プロジェクトでは更に, 超音速ジェットに対し, エンジン周囲の大気を吸い込んで排気と混合するミキサーエジェクターノズルが開発された ローブ型ミキサーエジェクターノズルに, 先進型音響ライニングを組み合わせた排気システムで, 18EPNdB の騒音低減を実現しており, 将来の超音速エンジン騒音低減技術にとって, 重要な研究成果と考えられる ミキサーにはジェットの渦構造を細分化し, 騒音の周波数成分を高周波側にシフトさせ, 音の減衰を早める効果もあり,ESPR プロジェクトでこの効果が確認された 最近では排気ノズルの出口を波形に整形するシェブロンノズルや, 小さな突起 ( タブ ) を周方向にいくつか設けて, 排気流れに縦渦を導入し, 混合を早める技術が種々研究開発されている 図 5 はボーイング B787 に搭載予定のエンジンに用いられるシェブロンノズルの模型を示している 小型エコエンジンでは, ノズル出口に切欠きを入れるノッチミキサーにより混合を促進し, ジェット騒音を低減する研究が実施されている 英国の QinetiQ 無響風洞を利用した騒音試験も行われた 図 5 シェブロンノズル 超音速ジェットの場合は, ジェットせん断層の乱れに基づく騒音に加え, 衝撃波に起因する騒音が発生する これは更に, 比較的広帯域のスペクトルを持つ衝撃波関連騒音と, 鋭いスペクトルピークを持つスクリーチ音から成っている スクリーチ音はジェット中の衝撃波セルの振動がノズル出口付近で自励的なフィードバック機構を形成して発生する離散音と考えられ, 一方広帯域の衝撃波関連騒音は, 衝撃波とジェットせん断層との干渉が関連する衝撃波の振動に起因すると思われるが, いずれもその発生機構は十分に解明されていない タブやシェブロンはジェット中の自励的フィードバック機構を阻害してスクリーチ音を低減させ, また衝撃波と剪断層との干渉を変化させる効果も持つと思われる 超音速機エンジンの騒音においては, ジェット騒音の低減が主要な課題となる 将来の環境適応性のある超音速機の実現には, これまで述べたようなジェット騒音の予測, 発生機構解明, 評価, および低減技術など, 基礎から応用までの広範囲な研究開発が必要である ジェット騒音に関して, アクティブコントロールの研究が各国で行われており, 近年は活発化している 米国では排気ノズル外部からジェット剪断層に向けて, 空気または水の小規模なジェットを吹きつける, マイクロジェット噴射により, ジェット騒音を低減する実験が行われた その結果, 確かに騒音低減の効果が得られているが, これまでのところ 2~3dB の低減に, 主流流量の 10% 程度と多量のジェットを噴射しており, 実用的な段階には至っていない 欧州でもフランスを中心に, この技術の研究が盛んになっており, まずは大学や研究所で基礎レベルの実験研究がなされている 日本でも最近, 基礎的な研究

が行われ始めている 既に述べたように, 日仏共同研究でもマイクロジェット噴射による ジェット騒音低減がテーマになっている 5.4 マイクロジェットによるジェット騒音低減の研究例東京大学では二次元に近い形状の, アスペクト比の大きい矩形ノズルから噴出するジェットに対し, マイクロジェットを噴射することによってジェット騒音を低減する実験が行われている (12) 図 6にジェット出口の模式図を示す 実際にはノズル上下の長辺の長さ ( ジェットの幅 ) が 72mm, 垂直方向の短辺 ( ジェットの厚さ ) は 7mm で, アスペクト比は約 10 となっている ノズルリップ上下の長辺に直径 0.8mm の噴出孔を 22 個ずつ, 計 44 個あけ, ここからマイクロジェットを, メインジェットに対し 60 の角度であてる 図 7 は遠方場のある点で計測した音のスペクトルで, もともとのマイクロジェットを用いない場合と, マイクロジェットを噴射した場合の結果を比較している 図からほぼ全帯域でマイクロジェットにより音圧レベルが減少していることが分かる マイクロジェットを噴射しないもとのスペクトルで,3500Hz 付近に緩やかなピークをもつ衝撃波関連騒音が全く消え, また,8500Hz 付近とその 2 倍の周波数に鋭いピークを持つスクリーチ音も完全に消えている 更に, 広帯域の乱流騒音も若干であるが低下しているのが分かる この位置に限れば, マイクロジェットによる騒音低減量は 10dB に及んでいる なお, このときのマイクロジェットの噴射量はメインジェットの 6% 程度であった 図 8はマイクロジェットの噴射圧力に対し, 遠方場でのオーバーオールな音圧を示したものである 噴射圧の増加とともに音圧値は単調に減少しており, オーバーオール値でも最大 8dB の低減が得られている 実際にこの技術を用いるときは, マイクロジェットの流量と騒音低減量との相関を考慮する必要があるだろう 今後は騒音低減の物理的なメカニズムを解明することが望まれる 図 6 メインジェットへのマイクロジェット噴射の概念 図 7 ジェット騒音の音圧スペクトル

180 Power Level[dB] 178 176 174 172 170 w/o 0.20 0.30 0.41 0.51 Microjet Pressure[MPa] 図 8 マイクロジェット噴射圧によるジェット騒音パワーレベルの変化 6. 機体騒音前述のように, エンジンが静かになるにつれて, 近年は離着陸騒音が必ずしもエンジン音のみによるのではなく, 機体から発生する音もかなりの寄与があることが明らかになってきた 特に着陸時の騒音では, 機体からの音がエンジン騒音に匹敵するレベルとなる そこで, 機体構造から発生する空力音の研究や, 機体とエンジンを統合した全機形態での騒音解析が行われるようになってきている JAXA では MRJ 機プロジェクトに関連して, 離着陸時に高揚力装置や降着装置から発生する騒音について, 風洞実験と数値解析による研究を行っている 独自に開発した音源探査システムにより, 主翼のどの部分から音が発生するかを特定することに成功した また, 前縁スラット周辺の複雑な流れから発生する空力音の詳細な数値解析を行い, 流れ場を明らかにするとともに, 低騒音の形態を設計する指針を得ている 更に小型無人ジェット機の飛行試験による音源探査を行い, 興味深い結果を得ている (5) 機体とエンジンそれぞれの騒音を解析し, 低減を図ることは重要であるが, 更にエンジンと機体の統合形態について, 全体の騒音低減を実現するための研究が必要となる このため, 主翼 + エンジンの形態での数値的な流体解析などが, 近年行われるようになっている 機体構造によりエンジン騒音を遮蔽する可能性もある 例えば機体上部にエンジンをマウントする構造もその一つであり, また, エンジン空気取入口の下方を上方より長くし, 地上への騒音伝播を低減する入口スカーフと呼ばれる工夫などもなされている このように機体とエンジンの統合技術として, 騒音特性を考慮することも有効である 英国ではケンブリッジ大学, サザンプトン大学, ロールスロイス社を中心に, 以前から空力騒音の研究が盛んに行われている 最近では Silent Aircraft Initiative という研究プロジェクトがケンブリッジ大学と米国 MIT との連携を中心に実施され, 基礎的な研究成果がまとめられている (13)

この解説概要に対するアンケートにご協力ください JAXA では, 将来の超音速機を目指して静粛超音速機プロジェクトの開発計画が立案されている 次世代の静粛な超音速機を目指し, 騒音については Chapter4 に適合し, ソニックブームの強度を現行技術の半分に低減することを目標とする機体技術の基礎研究が実施されている (5) 飛行実験を計画し, 機体形状の最適化設計なども実施されている 7. おわりに- 今後の騒音低減に向けて- 以上見てきたように, 航空機騒音の低減は緊急性の極めて高い技術課題であり, 世界各国で様々な研究開発が盛んに実施されている 今後の騒音低減に向けた研究の方向は, エンジンからの視点では以下のようにまとめられるであろう (1) 騒音発生を抑制する設計 - 三次元翼, 翼 / ストラット配置, ノズル形状,etc. (2) 吸音 - 音響ライニング, 共鳴機構プラグ,etc. (3) 指向性制御 - 入口スカーフ,etc. (4) 機体との統合効果 - 干渉音を考慮した空力設計, 遮蔽,etc. (5) 能動抑制 - マイクロジェット, 音響アクチュエータ,etc. 一方, 機体騒音に関しては以下のような要素が挙げられる (1) 高揚力装置など複雑形状構造の静音設計 (2) エンジンとの統合, 遮蔽 (3) 低ソニックブーム機体形状, 能動抑制 (4) 音源探査, 飛行経路最適化,etc. これらの技術項目に対して有効な研究開発を実施し, これからの騒音規制の強化に対して十分な余裕を持って先行することが重要である また, 超音速機の実現に向けて, ソニックブーム低減技術も重要となる これらの技術開発のためには騒音の発生機構や, 低減技術の効果の機構を物理的に明らかにする基礎研究が, 必須であることを忘れてはならない 参考文献 (1) 大石勉, 航空機騒音の低減化技術の現状と今後, 日本ガスタービン学会誌,Vol.33, No.6,pp.568-572,2005. (2) 安達竹雄, 日本の民間エンジン産業の現状と課題, 第 34 回ガスタービンセミナー / パネルディスカッション配付資料, 日本ガスタービン学会,(2006-1). (3) 船渡川治, 藤村哲司, 小林健児, 環境適合型小型航空機用エンジンの研究開発, 日本ガスタービン学会誌,Vol.34,No.3,(2006),pp.172-177. (4) 環境適応型小型航空機用エンジン研究開発( エコエンジンプロジェクト ) 特集号, IHI 技報,Vol.47,No.3,2007. (5) JAXA ホームページ http://www.jaxa.jp/ (6) NASA ホームページ http://www.grc.nasa.gov/www/turbineseal/papers/2004/03ginty.pdf (7) NASA ホームページ http://www.grc.nasa.gov/www/acoustics/media/20051117.pw/pw_fellows_lectu re_11-17-05.pdf

(8) X-NOISE ホームページ http://www.xnoise.eu/ (9) AIAA ホームページ http://www.aiaa.org/pdf/industry/presentations/aero04kors.pdf#search='silence( R)' (10)EU コミッションホームページ http://ec.europa.eu/research/transport/news/article_5637_en.html (11)FAA ホームページ https://www.faa.gov/about/office_org/headquarters_offices/aep/supersonic_noise/ index.cfm?print=go (12) 儘田あゆみ, 渡辺紀徳, 鵜沢聖治, 姫野武洋, マイクロジェット噴射による超音速ジェット騒音低減に関する実験, 第 35 回ガスタービン定期講演会講演論文集, 日本ガスタービン学会,pp.221-226,2007. (13) A. P. Dowling and T. Hynes, Towards a silent aircraft, The Aeronautical Journal, August 2006, pp.487-494, 2006.