issue date 218/5/25 金融市場調査部シニアアナリスト 石川久美子 米ドル高 新興国通貨安 相場の中で 香港ドル を考える KEY POINT 米ドル全面高のなかで新興国通貨安が進んだが 現時点で世界規模の金融危機に繋がる可能性は低い 香港ドルのドルペッグ維持への懸念も一部見られるが 外貨準備が潤沢で すぐに崩壊する可能性は低い 香港金利上昇が不動産バブル崩壊に繋がった場合は大きなリスク要因に 新興国通貨売りは 脆弱国 がターゲット 4 月後半以降 米長期金利の上昇を背景に 米ドルは多く の通貨に対して上昇しました ドル円は 3 月 26 日に 14 円 5 銭台まで値を下げたところから切り返し 5 月 21 日には 111 円 4 銭台まで値を伸ばしました ドルに対して 円よりも 大きく売られているのが新興国通貨です ( 図表 1) 特にアル ゼンチンペソの下げは大きく 年初来では一時 3% 超の下 落となりました 4 月下旬からの急落の際 アルゼンチン中 銀は通貨防衛のために政策金利を 27.25% から段階的に 4% へ引き上げましたが それでもアルゼンチンペソの下落 は止まらず マクリ大統領は国際通貨基金 (IMF) に支援を 求めるに至りました 米ドルの上昇局面でアルゼンチンペソ がひと際売られたのには理由があります 1 巨額の経常赤 字であること そして 2 高いインフレ率です 基本的に 経常 赤字や高インフレ抑制のためには利上げを行う必要があり ますが 利上げは経済を冷え込ませるため 元々景気の悪 い国にとっては厳しい政策となります アルゼンチンと同様 に財政赤字が大きく 対外債務が積み上がり 高いインフレ 率や政治リスクを抱えるトルコリラも 米ドルに対して大きく 売られました 米国の金利上昇を背景とする米ドルの上昇で新興国通貨 が急落する例は過去にも見られています 1994 年のメキシ 図表 1: 対ドルでの年初来騰落率 (5 月 24 日時点 ) 5 (%) -5-1 -15-2 -25-3 コペソ急落 通称 テキーラ危機 や 1997 年に発生した アジア通貨危機 などはその代表例です しかし 現時点ではこれら前例と今回の新興国通貨安を同じように扱うべきではないと見ています 理由としては 第一に 今回の新興国通貨安のきっかけとなった米国の景気に過熱感がないことが挙げられます 米ドル高が今後も 急激に 進み続ける可能性は低いため それに伴うパニック的な新興国通貨の全面安は避けられると考えられるためです 第二に 最も売られているアルゼンチンペソやその他多くの国の通貨は変動相場制を採用しており 上記の 2 つの危機が起こった大きな要因の一つである ドルペッグ制採用を背景とする通貨の過大評価 はごく一部の国を除いて発生していないためです 2 つの危機は 1 通貨が過大評価されていると見たヘッジファンドが売り仕掛け 2 中央銀行がドルペッグ制を維持するための介入し 急激に外貨準備高が減少 3 結局耐えられず ドルとの固定相場制を放棄 4 通貨安が暴落し 国家の危機に発展 5 世界経済にも不安をまき散らす事態となりました しかし 今回は変動相場制のなか 新興国通貨段階的に下げており ヘッジファンドによる急激な売りにも 制度変更が必要な事態にも繋がっていません そして第三に これまでの様々な金融危機から学び 多くの新興国 は外貨準備高を積み増している点です こうした新興国では 米金利の上昇や米ドルの上昇への 耐性 が高まっている点です 今回の局面が大きな逆風となるのは 一部 の 外貨準備高が不十分 もしくは 国内に政情不安など別の火種を抱えている という 基盤が脆弱な国に限られると考えられるでしょう これらを勘案すると 足下の新興国通貨安の局面が世界規模の金融危機に発展する可能性は低いと考えられます ドルペッグ制の 香港ドル に対する不安 ただし 現時点で 対ドルでほとんど下げていないにも関わらず不安を集めている通貨があります 香港ドルです 香港ドルは 1983 年以降 カレンシーボード制という いわゆるドルペッグ制を採用しています 当初は 1 米ドル=7.8 香港ドルに固定されていたましたが 25 年 5 月以降は香港金融管理局 (HKMA) によって 7.75~7.85 香港ドルのレンジ内で推移するようコントロールされています 今年に入っての香港ド 218/5/25 1
ルの変動幅は対ドルで.5% にも満たない下落で済んでいますが これは HKMA が 4 月以降 たびたび香港ドル買い 米ドル売り介入を行っているためです ( 図表 2) この香港ドルについて 足下では一部で 米ドル高 新興国通貨安が大きく進む事態となった場合 アジア通貨危機の際のように香港ドルも売り浴びせられるのではないか さらにカレンシーボード制を維持できなくなるのではないか との声が聞かれるようになりました そもそも 香港は経常黒字であり インフレ率も前年比 2% に留まっており 高インフレとは言えません また 通貨高圧力が掛かっていた過去 1 年以上の間に外貨準備が積み増されており 介入資金は潤沢です ( 図表 3) 4 月以降の介入により 香港の外貨準備高は 218 年 2 月をピークに減少していますが 4 月末時点では 4 億米ドルを超えており 外貨売り 香港ドル買い介入の余力は大きいと言えます 仮にアジア通貨危機の際のようにヘッジファンドが大量の香港ドル売りを浴びせようとしても それが可能なほど香港ドルを調達できる可能性は極めて低く ( 香港ドルの流動性は低く 調達コストが跳ね上がってしまう ) HKMA が外貨を全て使い切るほどの香港ドル売りの実現性は乏しいと考えられます ただし このところの外貨売り 香港ドル買い介入が 市中の銀行から香港ドルを吸収することになるため 事実上の金融引き締めとなっている点が気がかりです 金利上昇が景気の重しに 銀行間の資金のダブつきを示す決済性預金残高 (Aggregate Balance 日銀当座預金に当たる) は 年始の約 18 億香港ドルから 5 月 24 日時点では 195 億ドルまで減少しており ( 図表 4) 足下では金融環境がかなり引き締まってきている様子が見受けられます また 香港銀行間貸出金利 (HIBOR)3 カ月物は年始の段階では中国からの投資マネーの影響などもあって押さえられていましたが このところの HKMA の金融引き締めの影響で上昇しています ( 図表 5) 本稿執筆時点では 米中通商問題や北朝鮮との関係緊迫化などリスク要因が意識されて 米長期金利の上昇が一服し ドル高圧力が緩和 そうしたなかで HIBOR の上昇も一服していますが こうしたリスク要因が後退すれば 再び米ド 図表 2: 年初来の香港ドルの推移 ( 円 ) ( 香港ドル ) 14.6 対円 ( 左軸 ) 14.4 対ドル ( 右軸 逆目盛 ) 14.2 14. 13.8 7.8 7.81 7.82 7.83 図表 4: 決済性預金残高の推移 ( 億 HKD) 45 4 35 3 25 2 13.6 7.84 13.4 7.85 13.2 香港ドル買い 米ドル売り介入ライン 13. 7.86 218/1 218/2 218/3 218/4 218/5 図表 3: 香港の外貨準備高の推移 (1 億米ドル ) 5 45 4 35 3 25 2 15 1 5 23 24 25 26 27 28 29 21 211 212 213 214 215 216 217 218 出所 :HKMA 2. 1.8 1.6 1.4 1.2 1. 15 1 5 23 出所 :HKMA 24 25 26 27 28 図表 5:HIBOR と米ドル建て LIBOR(3 カ月物 ) 29.8 218/1 218/2 218/3 218/4 218/5 21 211 212 HIBOR3 カ月物 ( 左軸 ) 米ドル建て Libor3 ヵ月物 ( 右軸 ) 213 214 215 216 217 (%) (%) 218 2.5 2.4 2.3 2.2 2.1 2. 1.9 1.8 1.7 1.6 1.5 218/5/25 2
ル買いが始動し HIBOR も上昇すると考えられます そうなれば 住宅ローン金利 (HIBOR やプライマリーレートを元に算出 ) の上昇に繋がる可能性があります 29 年後半以降の香港経済は堅調で 218 年 1-3 月の国内総生産 (GDP) は前年比 +4.7% にも達しています この好景気を支えているのは低金利による内需の好調さです 小売売上高は今年 1-3 月の 3 カ月で月平均 +15.2%( 前年比 ) と大幅な伸びを見せました ただし 足下では 4 月日経香港 PMI が 49.1 と 好況 不況の境目である 5 を下回り 216 年 1 月以来の低水準を付けるなど 好況に陰りも見え始めています さらに 米国の保護貿易化によって 世界経済の好調さを支える自由貿易が阻害されれば アジアの貿易のハブである香港経済にとっては強い逆風です こうした状況下で住宅ローン金利が上り続けた場合 どうなるでしょうか 現在 不動産価格は 世界で一番買いにくい と言われるほど上昇しており 不動産バブルとの見方も根強いです ( 図表 6) 足下の香港において 住宅ローンの借り手は 25~4 歳の若年層に集中しており 住宅ローン金利の上昇はこうした世代の不動産およびその他消費財の購買力低下に繋がる公算です 景況感に弱さが見え始めた香港経済には重しとなるでしょう 不動産への購買力が低下し もしバブル崩壊となれば 香港経済は 1997 年の不動産バブルが崩壊した際のように 長期にわたって低迷することもあり得ます 慮するならば 少なくとも現行のカレンシーボード制の維持を諦めねばならない局面が来る可能性がありそうです また 香港の不動産に大量の資金を投入している中国にとっても 香港のバブル崩壊は大きなダメージになるでしょう さらに これが香港発の金融危機 香港ショック につながれば 内需と外需の好循環のなかで拡大している世界経済の腰折れ懸念が台頭することもあり得ます もっとも 世帯において適切な負担において適切な住宅に居住できるかどうか を表す不動産アフォーダビリティレシオ ( 図表 7) を見ると ジリジリ上昇してはいるものの 1997 年の不動産バブル崩壊直前の水準には程遠いです また 5 月 9 日 国際通貨基金 (IMF) の陳方楠 駐香港分処代表は ( 米国および香港の ) 今後の利上げによって家庭の債務負担が高まる可能性があるが 銀行のバランスシートは良好で緩衝の余地を与えられるため利上げによる香港経済への影響は大きくない と発言しており 目先の危機感は薄いことは確かです 米金利上昇に追随しての香港の金利上昇 香港の不動産バブル崩壊 中国経済を毀損 世界経済の腰折れ懸念 というシナリオは頭の片隅に置きつつも 過度に警戒すべきでないと考えます 石川久美子 香港ショック の可能性は否定できないが では 仮に香港の不動産バブルが崩壊した場合 香港ドルはどうなるのでしょうか 香港はカレンシーボード制を取っているがゆえに HKMA は自由な金融政策を取ることが出来ません 本来であれば景気を支えるために金融緩和に動きたいところです しかし 米ドルに米国の利上げの影響で上昇圧力が掛かっており 足下のように米ドルにペッグし続けるために香港ドル買い介入を続ければ 景気悪化のなかで金融引き締めを行う 事になってしまいます 香港経済に配 図表 6: 香港の民間不動産価格指数 (1999=1) 4 35 3 25 2 15 1 5 2 21 22 23 24 25 26 27 28 29 21 211 212 213 214 215 216 217 218 出所 : 香港差餉物業估價署 図表 7: 香港の不動産アフォーダブルレシオ 1 9 8 7 6 5 4 3 2 1 出所 :Bloomberg 1997 年の不動産バブル 1995 1996 1997 1998 1999 2 21 22 23 24 25 26 27 28 29 21 211 212 213 214 215 216 217 218/5/25 3
ソニーフィナンシャルホールディングス金融市場調査部 研究員紹介 尾河眞樹 ( おがわまき ) 執行役員兼金融市場調査部長チーフアナリスト ファースト シカゴ銀行 JP モルガン証券などの為替ディーラーを経て ソニー財務部にて為替リスクヘッジと市場調査に従事 その後シティバンク銀行 ( 現 SMBC 信託銀行 ) で個人金融部門の投資調査企画部長として 金融市場の調査 分析 および個人投資家向け情報提供を担当 216 年 8 月より現職 テレビ東京 News モーニングサテライト 日経 CNBC などにレギュラー出演し 金融市場の解説を行っている 著書に 為替がわかればビジネスが変わる (214 年日経 BP 社 ) 富裕層に学ぶ外貨投資術 (215 年日経新聞出版社 ) 新版 本当にわかる為替相場 (216 年日本実業出版社 ) などがある 菅野雅明 ( かんのまさあき ) シニアフェローチーフエコノミスト 1974 年日本銀行に入行後 秘書室兼政策委員会調査役 ロンドン事務所次長 調査統計局経済統計課長 同参事などの役職を歴任 日本経済研究センター主任研究員 ( 日本銀行より出向 ) を経て 1999 年 JP モルガン証券入社 チーフエコノミスト 経済調査部長 マネジングディレクターとして日本の金融経済分析 予測を担当 217 年 4 月より現職 総務省 統計審議会 委員 財務省 関税 外国為替等審議会 専門委員 内閣府 経済財政諮問会議グローバル化改革専門調査会 金融 資本市場ワーキンググループ メンバー 内閣官房 公的 準公的資金の運用 リスク管理等の高度化等に関する有識者会議 メンバー 厚生労働省 年金積立金の管理運用に係る法人のガバナンスの在り方検討作業班 専門委員などを歴任 日本経済新聞 十字路 経済教室 日経 QUICK QUICK エコノミスト情報 東洋経済 経済を見る眼 論点 NTT 出版 危機の日本経済 など執筆多数 テレビ東京 News モーニングサテライト レギュラーコメンテーター 1974 年東京大学経済学部卒 1979 年シカゴ大学大学院経済学修士号取得 渡辺浩志 ( わたなべひろし ) 金融市場調査部シニアエコノミスト 1999 年に大和総研に入社し 経済調査部にてエコノミストとしてのキャリアをスタート 26 年 ~28 年は内閣府政策統括官室 ( 経済財政分析 総括担当 ) へ出向し 経済財政白書 等の執筆を行う 211 年からは SMBC 日興証券金融経済調査部および株式調査部にて機関投資家向けの経済分析 情報発信に従事 217 年 1 月より現職 内外のマクロ経済についての調査 分析業務を担当 ロジカルかつデータの裏付けを重視した分析を行っている 石川久美子 ( いしかわくみこ ) 金融市場調査部シニアアナリスト 商品先物専門紙での貴金属および外国為替担当の編集記者を経て 29 年 4 月に外為どっとコムに入社し 外為どっとコム総合研究所の立ち上げに参画 同年 6 月から研究員として 外国為替相場について調査 分析 レポートや書籍 ブログ Twitter などの執筆 セミナー講師 テレビやラジオなどのコメンテーターとして活動 216 年 11 月より現職 外国為替市場の調査 分析業務を担当
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