第 2 部 環境問題の発生メカニズム 本章の概要 立命館大学経済学部 寺脇 拓 多くの環境問題は外部性の存在によって引き起こされるものと解釈される 本章では特に生産に伴って生じる外部費用に焦点を当て それが存在するときに市場メカニズムが非効率な資源配分をもたらすこと ( 市場の失敗 ) を理解する 加えてその処方箋としてのピグー税の考え方を学ぶ 2 11 1.1 外部性 外部性 (externalities) ある経済主体の行動が 市場での取引を経由せずに他の主体の厚生 (welfare) に影響を与えること 外部経済効果 あるいは単に外部効果部効 (external effects) ともいう 他の主体に与える影響が良いもの ( 正の外部性 ) か悪いもの ( 負の外部性 ) か そしてそれが消費段階で生じるもの ( 消費の外部性 ) か生産段階で生じるもの ( 生産の外部性 ) かによって 外部性は四つのタイプに分けられる ( 表 4.1) 外部費用 (external costs) 負の外部効果を金銭評価したもの 市場外の人々が負担する費用 ( 金銭の支出を伴うとは限らない ) 3 4
市場へ 紙製品 製紙工場 表 4.1 外部性の分類 消費の外部性 生産の外部性 負の外部性 正の外部性 例 : インフルエンザ予防接種による感染拡大の防止 例 : 休耕期のレンゲ植栽が養蜂農家に与える影響 排出物 (effluents) 負の外部性 例 : 公園での音楽演奏による騒音 例 : 製紙工場からの排水による水質悪化 市場外の人々へ 図 4.1 生産時に発生する負の外部性の例 5 6 12 1.2 限界外部費用と外部費用 限界外部費用 (marginal external costs) 生産 ( あるいは消費 ) を追加的に一単位増加させることによって生じる外部費用 環境の同化能力と人々の汚染に対する許容量ゆえ 外部費用は生産レベルが一定量に達した辺りから生じるものと考えられる ( 限界 ) 外部費用は汚染によって失われた環境質の ( 限界 ) 便益に等しい 環境質 (environmental quality) は環境の状態を広く指す言葉であり 水や大気だけでなく生態系の状態などにも用いられる 環境質の限界便益曲線はその環境質に対する需要曲線を表す 汚染がなければ環境質に対する需給は現在の水準で均衡する 汚染が進むとその便益の一部が失われ それが外部費用となる > 限界外部費用曲線は環境質の限界便益曲線と対称に描かれる 限界費用限界外部費用曲線環境の同化能力人々の許容汚染量 0 図 4.2 限界外部費用曲線 7 8
価格 限界便益 / 価格 限界便益 (WTP) 曲線 = 需要曲線 限界費用曲線 = 供給曲線 限界便益 (WTP) 曲線 = 需要曲線 生産 ( 汚染 ) の増加 限界費用曲線 = 供給曲線 均衡価格 均衡水準 失われた便益 = 外部費用 人々の許容汚染量 0 環境質 0 環境質 図 4.3 汚染がない時の環境質の需給 図 4.4 汚染の外部費用 ( 失われた便益 ) 9 10 限界外部費用と外部費用の数式表現 限界外部費用関数 : 限界外部費用 外部費用 財を 外部費用関数 : 単位生産しているときの限界外部費用を表す 限界外部費用関数 外部費用関数 財を 単位生産する際に発生する外部費用を表す 外部費用関数は限界外部費用関数を0から当該量まで積分することで得られる e(q 0 ) 限界外部費用関数は外部費用関数を微分することで得られる 費用関数と同様に次の二つの仮定を置く E(q 0 ) 0 q 0 0 q 0 a. 限界外部費用関数 b. 外部費用関数 図 4.5 限界外部費用関数と外部費用関数 11 12
21 2.1 私的費用と社会的費用 私的費用 (private costs) 企業が実際に支払う生産費用 2. 生産に伴って外部費用が発生するとき 企業が負担する費用を社会全体の費用と区別するために用いられる 以後 は私的費用を表す 社会的費用 (social costs) 社会全体にかかる費用 私的費用 + 外部費用によって計算される で表す 限界社会的費用もまた 限界私的費用限界私的費用 + 限界外部費用により導かれる 2. 13 2. 14 限界費用 限界社会的費用曲線 限界私的費用曲線 財を q 0 単位生産することの費用 社会的費用 :A+B+C 私的費用 :B+C 外部費用 :C(=A) 22 2.2 社会的効率生産 の生産に伴う社会的純便益の最大化問題 は消費者の便益を表す 最大化のための一階の条件式 A 限界外部費用曲線 B C 0 q 0 > これは単位生産するときの限界便益がそのときの限界社会的費用と等しくなるとき 社会厚生は最大化されることを意味する > 図式的には 限界便益曲線 ( 需要曲線 ) と限界社会的費用曲線が交差するところ (E s ) の水平軸座標 (q s ) で表される 図 4.6 限界社会的費用曲線の作図と意味 2. 15 2. 16
23 2.3 市場の失敗 企業は限界私的費用曲線 ( 供給曲線 ) に従って行動するため 市場では限界便益曲線 ( 需要曲線 ) と限界私的費用曲線 ( 供給曲線 ) が交差するところ (E m ) の水平軸座標 (q m ) で生産量が決定される 負の外部性があるとき 財は社会的に効率な水準よりも過剰に生産される そして社会余剰はそれが最大になるときよりもE s HE m だけ小さくなる この現象を (market failure due to externalities) という 環境問題の原型 価格 A p s p m 需要曲線 = 限界便益曲線 G B E s D q s H 限界社会的費用曲線 E m F 供給曲線 = 限界私的費用曲線 限界外部費用曲線 0 C q m 過剰生産 社会効率 :E s 市場均衡 :EE m 図 4.7 2. 17 2. 18 24 2.4 ピグー税 表 42 4.2 外部性があるときの社会的余剰 余剰社会効率市場均衡 消費者余剰 p s AE s p m AE m 生産者余剰 0p s E s B 0p m E m 外部費用 CDq s =GE s B CFq m =GHE m を解決するための一つの方法は 生産一単位当たり 社会的に効率な生産水準における限界外部費用に等しい税額 (Dq s =E s B) を企業に課すことである 効率的な生産水準を で表せば 課される税額は で表 される 企業は新たな供給曲線 (YY ) に従って行動し 結果 社 会的に効率な水準で市場均衡が達成される これをピグー税 (Pigovian tax) という 社会的余剰 0AE s G 0AE s G-E s HE m 環境税の基本的な考え方 2. 19 2. 20
価格 A p s p m Y 需要曲線 = 限界便益曲線 G E s B D q s H 限界社会的費用曲線 E m F Y 供給曲線 = 限界私的費用曲線 限界外部費用曲線 0 C q m ピグー税 表 4.3 ピグー税を課したときの余剰 余剰ピグー税を課した場合市場均衡 消費者余剰 p s AE s p m AE m 生産者余剰 Y p s E s 0p m E m 税収 0Y E s B - 外部費用 CDq s =GE s B CFq m =GHE m 社会的余剰 0AE s G 0AE s G-E s HE m 図 4.8 ピグー税 2. 21 2. 22 25 2.5 社会的効率生産の別表現 社会純便益の最大化のための一階の条件式は次のように表すこともできる 限界便益 / 費用 ( 市場内の ) 限界純便益曲線 (= 限界便益 - 限界私的費用 ) > これはの生産に伴って市場内で生じる限界純便益と市場外で生じる限界外部費用が等しくなるとき 社会厚生は最大化されることを意味する > 社会厚生最大化のためには生態系の供給サービスを消費することの限界便益がその他の生態系サービスを失うことの限界費用と等しくならなければならない ( 第 1 章参照 ) E s 限界私的費用曲線 限界外部費用曲線 限界便益曲線 0 q s q m 図 4.9 社会的効率生産の別表現 2. 23 2. 24
31 3.1 外部費用が生じるまでの過程 排出物 (emissions[ 気体 ] effluents[ 液体 ]) 環境の中に排出される残留物 排出物が発生する場所 ( 工場 車など ) を排出源 (source) という 排出物が排出され それが移動する場 ( 大気 水 土壌 ) を環境媒体 (environmental media) という 環境負荷 (environmental load) 排出によって環境 ( 生態系 ) にかかる負荷 環境汚染 (environmental pollution) 同化能力を超える環境負荷によって生じる環境質の低下 環境汚染を引き起こす物質やエネルギーを汚染物質を汚染物質 (pollutant) という pollutant には 景観破壊などの汚染行為という意味も含まれる 25 26 環境被害 (environmental damages) 人間の許容量を超える汚染によって引き起こされる人間の厚生の低下 これを金銭評価したものが外部費用となる > 汚染のタイプによって 外部性問題の管理のしやすさが変わってくる 前節のモデルを ( そのまま ) 現実の外部性問題に適用するためには 少なくとも (1) 排出源が特定でき (2) 生産と汚染の関係が明確で (3) 制度の実施が実現可能でなければならない 排出源排出物環境媒体環境負荷生態系 同化能力環境汚染 環境質 人間の厚生 環境被害 外部費用 図 4.10 外部費用が発生するまでの過程 27 28
32 3.2 汚染源の分類 点汚染源 ( 特定汚染源 point-source of pollution) 二酸化硫黄を排出する発電所 有機廃水を出すパルプ工場など その特定が比較的容易な汚染源 外部性問題の管理が比較的容易 面汚染源 ( 非特定汚染源 nonpoint-source of pollution) 道路や屋根に堆積した汚濁 農薬の流出など 発生源が広範囲で汚染過程が明確でないがゆえにその特定が難しい汚染源 外部性問題の管理が難しい 33 3.3 汚染物質の分類 非累積型汚染物質 (noncumulative pollutant) 騒音 熱など 排出後ほどなく消失していく汚染物質 累積型汚染物質 (cumulative pollutant) 放射性廃棄物 プラスチックなど 排出時のまま環境中に留まる汚染物質 多くの汚染物質はこれらの中間的な性質を持つ 有機廃棄物は その排出量が環境の同化能力を超えてしまうと環境中に累積されていく 累積型汚染物質の場合は 第期の排出量 () をゼロにしたとしても 同じ期の外部費用 ( ) はゼロにならない 非累積型 : 累積型 : 29 30 34 3.4 汚染範囲の分類 局所的汚染 (local pollution) 騒音 景観破壊など 汚染の範囲が極めて局所的なもの 問題解決を国内の法制度下で取り組むことが通常可能 その国の汚染が他国の被害になることもある ( 法圏外環境問題 ) 地域的汚染 (regional pollution) 酸性雨などある特定の地域で生じる汚染 法圏を超える外部性 ( 越境環境問題 ) の場合は解決が難しい 大域的汚染 (global pollution) オゾン層破壊 地球温暖化など 広域に及ぶ汚染 国際的な取り組みが不可欠 31