日本語音 キ [k j i] と チ [tɕi] の語音知覚に関する評価の視点今村亜子 (NPO 法人ことリ ) usagitotugumi@coffee.ocn.ne.jp キーワード : カテゴリー知覚 1. はじめに本稿の目的は, 治りにくい構音障害の要因について仮説を立て, それを検証するための実用的な評価の視点を提案することである. 日本語話者の構音障害の臨床において, 改善しにくい音のペアに, 日本語音 キ [k j i] と チ [tɕi] がある 1. 機能性構音障害 2 は, 就学前後での適切な対応によって改善が可能だが, 学童期以降に持ち越されることも多く, 成人になっても残存していることもある. 構音 3 の誤りをもつ人たちの中には, 自分の産出音が, 目標音として同定されないような音になっていることを知覚できるタイプの人と, そうでないタイプの人がいることを経験する. 後者のタイプは, 他者には誤り音として聞き取られている音を産出しているにも関わらず, 自分ではそのことに気づかない様子が観察される. これは音素の弁別と関連すると考えられる. 音素の弁別は 音響的特徴の連続的な変化をそのまま連続的に知覚するの 1 対応する有声音, ギ [ɡ j i] ジ,[ʑi] または ヂ [dʑi] のペアにおいて も類似した現象がみられるが観察事例が少ないため本稿では扱わない. 2 構音障害の原因となるような明らかな異常や障害は認められないにもかかわら ず, 話し手が所属する言語社会の音韻体系の中で, 話し手の年齢からみて, 使いこなせるはずの語音とは異なる語音を習慣的に産生している場合をいう ( 今村 2014) 3 音声学の 調音 調音点 調音操作 と同義で, 構音 構音点 構音操作 という用語を用いる.
ではなく, ある境界地点から明確に2つのカテゴリーにわけて知覚することで行われる ( 梶川, 今井 2006). /ti/ と /ki/ に関しても, ある境界地点からどちらかのカテゴリーに振り分ける知覚 ( 以下, カテゴリー知覚 ) が働いていると考えられる. 今村他 (2006) では, 構音障害の改善が滞る要因として自己産出音に対するカテゴリー知覚の境界地点の基準が, 周囲と異なっている可能性を指摘している. 構音障害がある当事者が自己産出音に関してコメントした自発話には, こうしたカテゴリー知覚のズレを示唆するものがある. 今回は, 自発話の観察を基に仮説を立て, それを立証するための具体的な方法を検討した. カテゴリー知覚には, 正しい音を正しいと判断できる同定処理と, 誤り音を間違いと判断できる弁別処理がある. 発話の観察から, 自分が産出している音に対するカテゴリー知覚のズレには, 他者には誤って聞こえる音を, 自分では正しいと判断するタイプと, 他者には正しく聞こえる音を, 自分では誤りと判断するタイプがあると考えられた. そこで, 前者のような正誤判断の不一致をAタイプ, 後者の不一致をBタイプとして区別した. 自己産出音の誤りに気づかないのは, カテゴリー知覚が周囲の基準と異なっているためではないかという臨床経験は, このような正誤判断の一致, 不一致により観察可能と考えられる. 立証されれば, 治りにくいとされる構音障害への対応として応用できるだけではなく, 外国語学習における区別が難しい発音の習得にも活用できるだろう. 小河原 (1997) では, 外国人日本語学習者の発音と聞き取りの関係について, 聞き取りができれば発音ができる といえる場合は, 自分自身の発音の聞き取りができる 場合である, と報告している. また, 音韻体系が違えば当然, カテゴリー知覚の基準も違う. 杉山 (1998) は, 北方中国人を対象とした日本語の発音教育における留意点として, ki は チ に聞こえるので, 口蓋化のあまりない [ki] の練習をするとよい と述べている. これは外国語学習者にとっても, カテゴリー知覚のズレを考慮する必要性を示唆するものである. こうした観点から, 構音障害の臨床への実用的応用を目ざし, 評価表を試案した. 2. 日本語音 キ と チ に関わる先行研究日本語音 キ [k j i] と チ [tɕi] の区別が難しい理由として, 具体音化の際に硬口蓋方向に移動する舌運動との関係, 側音化構音や口蓋化構音のように通常ではあまりみられない舌運動との関係, そして, 発達からみた語音知覚との関係という3 点から整理しておく.
2.1 具体音化からみた特徴音素 /k/ と音素 /t/ が音声として実現する際, 後続母音が [i] の場合, 音声は [k j i],[tɕi] となり, ともに硬口蓋方向への移動がみられる.[k j i] は, 他の後続母音の構音点よりも硬口蓋方向に向かって, 前に構音点が動く. 逆に [tɕi] は, 他の後続母音の構音点に比べ, 硬口蓋に向かって後ろに動くという特徴がある. このような構音点の移動により,[k j i] と [tɕi] は他の後続母音の音節, たとえば [ka] と [ta] などに比べて, 構音点の距離が短い. この構音点の移動は, コントロールを誤ると目標音として同定できない音になる. 実際に,/ki/ を音声化する際に, 舌運動が硬口蓋より少し前に行き過ぎると, チ に同定されるような音になることがある. また, 逆に /ti/ を音声化する際に, 硬口蓋より少し後ろにずれただけでも, キ と聞こえる音になることもある.[k j i] と [tɕi] の構音点の距離が他の後続母音の音節のペアよりも接近していることや, 少しずれただけで, 別の音に置換したように聞こえることからも, 出し分けるのが難しい音のペアといえるだろう ( 今村 2009). 2.2 舌運動にみられる特徴舌運動に関する詳細な観察も重要である. 構音の誤りは, 本来の構音点や構音操作とは違った呼気の阻害の仕方をするような誤った舌運動によるところが大きい. 構音障害の臨床上では 側音化構音 口蓋化構音 4 という特徴的な誤り方に対する分類がある. 緒方 (2014) によると側音化構音は 構音時の舌が口蓋に左右非対称に接触したり口蓋中央で接するため, 呼気が正中から流出せず側方に偏って流れることで生じる歪み音 で, イ列音に生じることが多い. 口蓋化構音は 歯茎音の構音点が後方に移動し, 舌背と口蓋で産生される誤り音 とされる. どちらも特徴的な舌運動が認められる. 本多 (1998) が 歯茎音における舌尖の動きには舌上面に沿って走行する上縦舌筋とオトガイ舌筋の収縮が使われる. 口蓋音では補助舌筋の収縮により舌全体を挙上させ口蓋部における閉鎖を作る と記述しているように, 歯茎音と硬口蓋音では, 使われる 4 口蓋化構音という名称は, 音声学での 口蓋化 との不一致の指摘 ( 今村 2008) や, エレクトロパラトグラフィを用いた構音動態をふまえた報告 ( 藤原, 山本 2010) などで, 疑問が呈されている.
舌筋が違う. 側音化構音も口蓋化構音も働きかけとして, 上縦舌筋とオトガイ舌筋の収縮といった舌尖の動きを引き出す機能訓練も必要である. 側音化構音と口蓋化構音では, 舌運動の動態は異なるが,/ti/ に対応する音声が [tɕi] ではなく, どちらかといえば [k j i] と表記されるような音になる場合がある 5. 構音障害の臨床で, 日本語音 キ [k j i] と チ [tɕi] を適切に出し分けられない事例の中には, こうした側音化構音や口蓋化構音の事例も含まれる. これも改善が長引く一因であるだろう. 2.3 語音知覚からみた特徴最後に, キ と チ に関して, 他者が産出する単語に含まれる語音を弁別 同定 ( 以下, 外的モニタリング ) するときの特徴について発達の観点から触れる. 今村 (2011) は, 外的モニタリングに関して,4 歳から 8 歳までの構音障害をもつ子ども 42 名 ( 平均年齢 6 歳 ) を 2 グループに分けて, 日本語音 キ と チ の語音弁別に関する調査を行った 6. その結果, この音のペアの外的モニタリングが確実になる年齢は,7 歳以降ではないかと推測された. また単語に含まれる キ が [tɕi] に置換したり, チ が [k j i] に置換した場合に弁別できない反応が 6 歳未満のグループで確認された. また, ある年齢までは, 類似音に置換した場合には弁別せずに, 同定してしまう傾向がみられた. キ と チ の語音知覚には, 曖昧な時期があることも, 誤りが起きやすい要因として考えられる. 3. 自己産出音声に対するカテゴリー知覚に関わるエピソード他者が産出する音声に対するカテゴリー知覚を調査する方法は, モデル提示した音声がどう聞こえたかを確認すればよいので, 比較的容易に設定できる. しかし自己産出音声に関しては, 本人が, 発話している最中にその語音をどのように知覚しているかを調べなくてはならないため, 客観的な調査方法はまだ確立されていない. そこで, 着目したのが, 当事者の自発話エピソードである. キ と チ の構音障害の改善に取り組む過程で確認された当事者の発話内容から, 自 5 構音障害の臨床では,/k/ にも /t/ にもどちらにも同定できないような音を産出 する場合には, 歪み という概念を用いる. 6 調査語に対して 6 枚の絵カードを配したシートを提示し, 音声置換がない発語 には, シートの中に該当する絵が ある と答え, 音声置換がある発語にはシートの中に, それらしき絵があっても ない と答えるという手続きを採用した.
己産出音声に対するカテゴリー知覚を推測するという方法をとった. これは症例報告などの記述的研究という方法になるため, エビデンスレベル ( 福井他 2007) は, レベルⅤに該当する. 以下は, 日本語音 キ と チ に関する構音の誤りをもつ人たちが, 自分の産出音に対してコメントした自発話である.( 当事者の発話はゴシック体, 言語聴覚士の発話は斜め文字, 記号 ST は言語聴覚士の略 ) まず (1)(2) は, 自分では適正な産出をしているつもりの音が他者には誤り音として知覚されていると推測される.. (1) /ti/ tɕi (5 歳男児, 音声置換 ) ぼくのチ (/ki/) はチって聞こえているみたいなんだ (2) /ki/ tɕi (11 才女児, 音声置換 ) そこにチ( 木 ) があるやんっていうときチになっちゃうからおかしい チ(/ki/) のこといってるのにチになっちゃうからおかしい ST 自分ではちゃんといってるの? でもね, 友だちがおかしいっていう これらの事例から, 自己産出音が誤っている場合に, 聞き取ることができるか? という評価の視点があげられる. 一方,(3) は, 自分では出せていないように聞こえる自分の産出音が他者には正しい音として知覚されていることを示唆する自発話である.(1)(2) とは対の関係にあるデータとして重要である. (3) /ti/ k j i 20 才 ( 女性, 側音化構音 ) ( 単音節 チ の練習中に, 適正な産出をした当事者に対して ST が正し い音であることを伝えたとき ) 本当に, こっちがきれいなチですか? なんだか違ってきこえます ST どう違うんですか? 自分がいっていたチは, もっと頬に風があたる感じです. そっちのほうが懐かしい このとき, 産出者自身は, 目標音通りに産出できているという自覚を持つ ことが出来ない様子だった. カテゴリー知覚のズレを評価する視点として
は, 誤り音を聞き取れるだけでなく, 自己産出音が適正である場合に聞き取ることが出来る という同定処理をみることも必要と考えられた. さらに, 録音録画したものを再生して音声を聞いてもらうと自分では正しいつもりの音が誤っていることに気づくがある.(4) は, 単音節で [k j i] を3 回,[tɕi] を3 回, 産出するように求め録音した. どちらに対しても日本語音としては キ に聞こえる音を産出したため, 本人に出し分けたかどうか確認したところ, 区別して出したと答えたが, 録音を再生して聞いてもらったところ, 本人が驚いたように産出音の誤りに気づいた. (4) /ti/ k j i 10 才 ( 男児, 側音化構音 ) ( 音声置換している自己産出音の再生音声を聞いて ) あっ. キ になってる. また, 自分では誤っているように聞こえている音が正しいことに気づくこともある.(5) は, 先述した (3) のケースが絵本 7 の音読練習した時のものである. ちりぢり という語に含まれる目標音[tɕi] が, 自分ではうまくいえていないと判断し, 数回にわたって言い直しを続けていた. そこで録音を再生したものを確認してもらうと, 自分が正確な音をだしていたことを聞き取り納得した. (5) /ti/ k j i 20 才 ( 女性, 側音化構音 ) ( 正しく産出された自己産出音声を聞いて ) こうして聴くと, 言えてるんですね 自分が産出した音声に対してこのように聞こえ方に違いが生じるのは, 再 生音声は音源が外部であるため他者産出音声に対する知覚と同じ条件にな るためと考えられる. 4. 自己産出音声に対するカテゴリー知覚の評価の視点 こうした自発話エピソードから, 他者による正誤判断と産出者とのカテゴ リー知覚に基準の不一致があることが推測された. 他者と産出者自身によ 7 絵本 あなたのことがだーいすき ( ヒド ファン ヘネヒテン 2003) にある 文章, ちりぢりになって, わたしたちのもとにまいおりてくるの. それがゆき より.
る正誤判断が同じであれば, カテゴリー知覚の基準の不一致はないが, 異 なっていれば, 基準の不一致があると考えられる (6). (6) 他者による正誤判断自己による正誤判断基準の不一致 エピソード 正 正 無 誤 正 有 (1)(2)(4) 正 誤 有 (3)(5) 誤 誤 無 目標音として同定できる音は, 音響的な差異を捨象して音素ある一定の許 容範囲があると考えられる. ある境界をこえると目標音として同定できな い反応になることを模式的に表す. (7) 目標音として同定 その言語の使用者にとって同定できる範囲にズレがある場合には,2 つのパタンがあると想定される. ひとつは, 産出している本人の同定範囲が (8) のようにズレていると, 適正でない音を産出していても, それを正しいと判断することになる. (8) 目標音として同定 ( 産出者 ) 目標音として同定 他者には誤りに聞こえる音を正しいと知覚 もうひとつは,(9) のようにズレていると, 適正な音を産出していても, それを誤りと判断してしまう場合が想定される. (9) ( 産出者 ) 目標音として同定 目標音として同定 他者には正しく聞こえる音を誤りとして知覚
カテゴリー知覚の基準が異なるかどうかを見るには, この (8)(9) の 2 点を評価できる方法をとればよいと考え, 二つのタイプを想定した. (10) 評価の視点 Aタイプ : 他者には誤った音に聞こえる音を産出者が正しいとする場合 Bタイプ : 他者には正しい音に聞こえる音を産出者が誤りとする場合 5. カテゴリー知覚のズレに関する評価方法構音障害の臨床への実用的応用を目指して, 評価の手順やリストを試案した. 前提として, 他者が産出する語音に関する知覚には問題がないことを確かめる必要がある. 他者産出の [k j i] と [tɕi] に関して, 単音節や連続音節でモデル提示したときに聴覚的に弁別できるかどうかについては,[k j i] と [tɕi], あるいはこれらを含む無意味音節などが適切に聞き分けられているかを見ればよい. 単語に含まれる [k j i] と [tɕi] の聴覚的弁別に関しては, (11) に示すようなミニマルペアを用いることで評価することができる. (11)[k j i] と [tɕi] のミニマルペア [ik j i]( 息 ) - [itɕi]( 位置 ) [mak j i]( 薪 ) - [matɕi]( 町 ) [mik j i]( 幹 ) - [mitɕi]( 未知 ) [sekk j i]( 石器 )- [settɕi]( 設置 ) [tok j i]( 時 ) - [totɕi]( 土地 ) ミニマルペアを臨床に用いる場合, 対象者の年齢や語彙力に応じてペアを考案する必要がある上, ペアの数が限られているため, 得られる反応数が少ないという難点がある. そこで, キ または チ が, 語頭, 語中, 語尾に含まれる単語を用いて, 音声置換させた非語とのペアをつくる方法による代用を考案した. キリン を チリン, チカラ を キカラ のように置換させた非語に対して, 適正ではないことを表現してもらえるような設定をすれば, 比較的多くの反応を観察できる. いくつかの単語の絵を1 枚のシートに描いたものを用意し, 正しい音声と置換させた非語の音声をランダムに組み合わせて, 検査者が読み上げ, 本人には, ある か ない かについて答えてもらうやり方は簡便である. 今回の試案では, 目標音を語頭, 語中, 語尾に含む語を4 語づつ,6つのリストにした. 単語数は, 暫定的に24 語とした. 単語は, 絵などで視覚的
に表現できるものを選んだ (12)~(17). リストにある 4 単語の絵を 1 枚に記 載したシートを作成した (18). (12) 語頭に キ を含む語と キ を チ に置換させた非語のリスト1 正 誤 1 キリン [k j iɾin] チリン [tɕiɾin] 2 キイロ [k j iɾiɾo] チイロ [tɕiɾiɾo] 3 キツネ [k j itsɯne] チツネ [tɕitsɯne] 4 キモノ [k j imono] チモノ [tɕimono] (13) 語頭に チ を含む語と チ を キ に置換させた非語のリスト2 正 誤 5 チカラ [tɕikaɾa] キカラ [k j ikaɾa] 6 チクワ [tɕikɯwa] キクワ [k j ikɯwa] 7 チカテツ [tɕikatetsɯ] キカテツ [k j ikatetsɯ] 8 チンハ ンシ ー [tɕinpandʑi:] キンハ ンシ ー [k j inpandʑi:] (14) 語中に キ を含む語と キ を チ に置換させた非語のリスト3 正 誤 9 カキネ [kak j ime] カチネ [katɕime] 10 タキビ [tak j ibi] タチビ [tatɕibi] 11 ヤキイモ [jak j iimo] ヤチイモ [jatɕiimo] 12 カマキリ [kamak j iɾi] カマチリ [kamatɕiɾi] (15) 語中に チ を含む語と チ を キ に置換させた非語のリスト4 正 誤 13 イチゴ [itɕigo] イキゴ [ik j igo] 14 ヘチマ [hetɕima] ヘキマ [hek j ima] 15 クチバシ [kɯtɕibaɕi] クキバシ [kɯk j ibaɕi] 16 ハチミツ [hatɕimitsɯ] ハキミツ [hak j imitsɯ] (16) 語尾に キ を含む語と キ を チ に置換させた非語のリスト5 正 誤 17 タヌキ [tanɯk j i] タヌチ [tanɯtɕi] 18 ススキ [sɯsɯk j i] ススチ [sɯsɯtɕi]
19 ツミキ [tsɯmik j i] ツミチ [tsɯmitɕi] 20 ツナヒキ [tsɯnaçik j i] ツナヒチ [tsɯnaçitɕi] (17) 語尾に チ を含む語と チ を キ に置換させた非語のリスト6 正 誤 21 サカダチ [sakadatɕi] サカダキ [sakadak j i] 22 シリモチ [ɕiɾimotɕi] シリモキ [ɕiɾimok j i] 23 トモダチ [tomodatɕi] トモダキ [tomodak j i] 24 ハンカチ [hankatɕi] ハンカキ [hankak j i] (18) リストの単語を絵で配置したシート ( 案 ) ( 黄色 ) 黄色に着色 リスト 1 リスト 2 ( キリン, キイロ, キツネ, キモノ ) ( チカラ, チクワ, チカテツ, チンハ ンシ ー ) 評価は,Ⅰ 他者産出語音に対する知覚のズレの有無,Ⅱ 自己産出語音に対する知覚のズレの有無,Ⅲ 自己産出語音の再生音に対する知覚のズレの有無という3 種類をみていく. まず,Ⅰの他者産出語音に対する知覚のズレの有無を評価するために,(18) のシートを被験者に提示し, 検査者が, それぞれのリストの4 単語をあらかじめランダムに配した (19) のリストを読み上げる. リスト左端の数字は,24 枚の単語に付した番号である. 被験者は, 正しい産出に対しては絵のなかにあるので ある, 置換した非語に対しては ない と答える. 被験者の反応を ある は, ない は で記入して, 他者の産出音に対する正誤判断が適正かどうかを調べる. 適正な語音 ( 例 : キツネ ) に対して ある, 置換させた非語 ( 例 ; チツネ ) に対して ない という両方の正誤判断のうち, どちらか一方でも誤った場合は, 問題ありとして評価する.
(19) Ⅰ 他者産出語音に対する知覚のズレをみる評価用紙 ( 試案 ) リスト1~2のみ掲載 リスト1 正誤 被験者による判断 リスト2 正誤 被験者による判断 3 チツネ 8 キンハ ンシ ー 2 チイロ 6 チクワ 1 キリン 7 チカテツ 3 キツネ 7 キカテツ 2 キイロ 8 チンハ ンシ ー 4 チモノ 5 キカラ 4 キモノ 6 キクワ 1 チリン 5 チカラ 次に,Ⅱ の自己産出音のカテゴリー知覚のズレについて, 評価用紙 ( 試案 ) (20) を用いて評価する.Ⅰと同様に, 各リストに対応した絵カードを提示して, 被験者に呼称してもらう. 検査者は音声記号で記録する. 産出直後に, 被験者に正誤判断を求め, 被験者による正誤判断( 直後 ) の欄に記入する. 検査者は, 音声記号の記録を元に, 被験者の正誤判断が一致しているかどうかを評価する. 検査者の判断が 誤り, 被験者の判断が 正しい とした語をAタイプの不一致, 検査者の判断が 正しい, 被験者の判断が 誤り とした語をBタイプの不一致とする. (20) Ⅱ 自己産出語音に対する知覚のズレをみる評価用紙 ( 試案 ) リスト1~2のみ掲載 音声記号 被験者による 判断の不一致 ( 検査者記入 ) 正誤判断 ( 直後 ) A タイプ B タイプ リスト1 1 キリン 2 キイロ 3 キツネ 4 キモノ リスト2 1 チカラ 2 チクワ 3 チカテツ 4 チンハ ンシ -
Ⅲ の自己産出音声の再生音に対する知覚は,Ⅱ の評価で録音 ( 録画 ) した ものを再生して, 被験者に聞かせて, 正誤判断を求める (21).( 検査者に よる正誤判断は,(20) で評価した結果と同じ ) (21) Ⅲ 自己産出音声の再生音に対する知覚のズレをみる評価用紙 ( 試案 ) リスト 1~2 のみ掲載 リスト1 検査者による正誤判断 被験者による正誤判断 ( 再生音 ) 1 キリン 2 キイロ 3 キツネ 4 キモノ リスト2 検査者による正誤判断 被験者による正誤判断 ( 再生音 ) 1 チカラ 2 チクワ 5 チカテツ 6 チンハ ンシ - 以上の結果をもとに,Ⅰ,Ⅱ,Ⅲ の条件における各単語 ( 全 24 語 ) の語音 知覚が他者と一致していれば, 不一致の場合は を記入する.Ⅱ の不一 致では, そのタイプを A か B かで記録する. (22) それぞれの音源に対する被験者の語音知覚 ( 正誤判断 ) の比較 ( 試案 ) 被験者産出音 Ⅰ 他者産出音 Ⅱ 自己産出語音 (A/B) Ⅲ 自己産出語音の 1 キリン 2 キイロ 3 キツネ 4 キモノ 5 チカラ 6 チクワ 7 チカテツ 8 チンハ ンシ - 音声記号の正誤判断の正誤判断再生音の正誤判断 24 ハンカチ
6. 考察臨床上経験するような 他者の産出する語音に対しては語音知覚に問題がなくて, 自分が産出する語音に関する語音知覚に問題がある というケースは,Ⅰ,Ⅲの条件では問題が無く,Ⅱ 自己産出語音に対する語音知覚という条件で不一致が検出されることが予想される. たとえば,/ti/ [k j i] となるような音声置換が長期化しているケースの初期は, 産出された音が置換しているにも関わらず, 自己産出音を 正しい と判断するような不一致 Aタイプの結果が予測される (23). (23) モデルケース訓練初期の予測 ( 音声置換 /ti/ [k j i]) 被験者産出音 Ⅰ 他者産出音 Ⅱ 自己産出語音 (A/B) Ⅲ 自己産出語の音声記号の正誤判断知の正誤判断再生音の正誤判断 1キリン [k j iɾin] 2キイロ [k j iɾiɾo] 3キツネ [k j itsɯne] 4キモノ [k j imono] 5チカラ [k j ikaɾa] 不一致 A 6チクワ [k j ikɯwa] 不一致 A 7チカテツ [k j ikatetsɯ] 不一致 A 8チンハ ンシ - [k j inpandʑi:] 不一致 A 一方, 目標音の産出訓練に取り組む過程など, 正しい音が出せても同定 しきれない (23) のような結果も過渡的に生じることも予測される. (24) (23) のモデルケースが [tɕi] を産出できるようになった時期の予測 被験者産出音 Ⅰ 他者産出音 Ⅱ 自己産出音 (A/B) Ⅲ 自己産出語の音声記号の正誤判断の正誤判断再生音の正誤判断 1 キリン [k j iɾin] 2キイロ [k j iɾiɾo] 3キツネ [k j itsɯne] 4キモノ [k j imono] 5チカラ [tɕikaɾa] 不一致 B 6チクワ [tɕikɯwa] 不一致 B 7チカテツ [tɕikatetsɯ] 不一致 B 8チンハ ンシ - [tɕinpandʑi:] 不一致 B
構音運動に意識を向けながら適正な音を出せるようになるだけでなく, 自然な日常会話でも適正な音を使いこなせるようになるにはタイプA, タイプBの不一致が解消されなければならない. 改善には, 自分の産出音が誤った時に即時に気づいて修正できることが必要と考える. 7. まとめこのように, 構音障害がおこる背景について音素という観点から, 推論を試み, カテゴリー知覚に着目して, 語音の知覚を観察する具体的な方法を考案してみた. 自己産出音に対するカテゴリー知覚のズレがあるというのは現時点では仮説の段階だが, このような評価の視点を定めて観察を行い, ズレが起こりえることを確かめていきたい. 今回は, 日本語音 キ と チ に関する単語レベルでのカテゴリー知覚のズレを評価する手続きについて試案した. 方法としては,Ⅰ 他者産出語音に対する正誤判断,Ⅱ 自己産出音声に対する正誤判断, および,Ⅲ 自己産出音の録音再生音に対する正誤判断という3つの条件において, 誤りを分析することによって, カテゴリー知覚のズレについての評価を行えると仮定した. 特に, 自己産出音の正誤判断において, 自分の誤り音が聞き取れない場合 (Aタイプ) だけでなく, 正しい音を出しているのに誤りとして聞き取ってしまう場合 (Bタイプ) を考慮した点が, この評価の特徴である. 今後はこの評価試案を用いてデータを集めて, カテゴリー知覚のズレの有無を評価したうえで, 目標音習得のための訓練を行い, その過程で, ズレが修正されていく経過を追跡していきたい. 自分の産出音の誤りに気づくようにする試みは, 実際の構音訓練においても取り入れられているが, 評価方法が確立されれば, より根拠に基づいた訓練アプローチが行えるようになる. また今回は, 日本語音 キ と チ に限局したが, この試案のような簡便な方法で評価出来れば, ヒ [çi] と シ [ɕi] など, 治りにくい音のペアや, 外国語学習者が習得しにくいとされる音のペアにも応用していける. 今後, この試案を実際の事例に用いて検証を重ねていきたい. 謝辞本稿は, 構音障害の臨床と, 音声学 音韻論の分野とを結びつけるための研究の一環である. 構音障害の背景について音素から推論していくことの大切さを, 着想の段階からご指導下さった坂本勉先生に, 心から感謝の気持ちを申し上げたい. なお, 本稿におけるすべての誤りは, 筆者の責任である.
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Japanese Phonic Syllables ki [k j i] and chi [tɕi] Assessment of Speech Perception in those with Articulation Disorder Ako Imamura (NPO Kotori Corporation) The purpose of this paper is to suggest an evaluation procedure for hypothetical patients suffering from difficult articulation disorder, and to verify this procedure. In Japanese patients with this disorder, pronouncing the two particular syllables [k j i] and [tɕi] is often substituting. In order to delve deeper into the background of this phenomenon and to gain a better understanding, a new criteria process was explored. From observing patients first-hand with this difficulty, a realization came to the author that there are actually two categories to this particular disorder. A deviation from the categorical perception was noticed that there are those who are unaware of their different pronunciation, but noticed by others (Type A). Alternatively there are those patients who are unaware of their correct pronunciation, but noticed by others (Type B). By classifying the type of problem being experienced from these two types of articulation disorder, the displacement of categorical perception can be evaluated, and acted upon.