小児の難治性白血病を引き起こす MEF2D-BCL9 融合遺伝子を発見 ポイント 小児がんのなかでも 最も頻度が高い急性リンパ性白血病を起こす新たな原因として MEF2D-BCL9 融合遺伝子を発見しました MEF2D-BCL9 融合遺伝子は 治療中に再発する難治性の白血病を引き起こしますが 新しい

Similar documents
Microsoft Word - all_ jp.docx

平成 30 年 2 月 5 日 若年性骨髄単球性白血病の新たな発症メカニズムとその治療法を発見! 今後の新規治療法開発への期待 名古屋大学大学院医学系研究科 ( 研究科長 門松健治 ) 小児科学の高橋義行 ( たかはしよしゆき ) 教授 村松秀城 ( むらまつひでき ) 助教 村上典寛 ( むらかみ

ポイント 急性リンパ性白血病の免疫療法が更に進展! -CAR-T 細胞療法の安全性評価のための新システム開発と名大発の CAR-T 細胞療法の安全性評価 - 〇 CAR-T 細胞の安全性を評価する新たな方法として これまでの方法よりも短時間で正確に解 析ができる tagmentation-assis

芽球性形質細胞様樹状細胞腫瘍 (BPDCN) の原因遺伝子変異を発見 ポイント 確立された治療法がない白血病である 芽球性形質細胞様樹状細胞腫瘍 (BPDCN) の遺伝子解析を行い MYB 融合遺伝子を発見しました MYB 融合遺伝子の検査法を確立し この白血病の診断に役立てることが可能になりました

平成 28 年 12 月 12 日 癌の転移の一種である胃癌腹膜播種 ( ふくまくはしゅ ) に特異的な新しい標的分子 synaptotagmin 8 の発見 ~ 革新的な分子標的治療薬とそのコンパニオン診断薬開発へ ~ 名古屋大学大学院医学系研究科 ( 研究科長 髙橋雅英 ) 消化器外科学の小寺泰

遺伝子の近傍に別の遺伝子の発現制御領域 ( エンハンサーなど ) が移動してくることによって その遺伝子の発現様式を変化させるものです ( 図 2) 融合タンパク質は比較的容易に検出できるので 前者のような二つの遺伝子組み換えの例はこれまで数多く発見されてきたのに対して 後者の場合は 広範囲のゲノム

検体採取 患者の検査前準備 検体採取のタイミング 記号 添加物 ( キャップ色等 ) 採取材料 採取量 測定材料 P EDTA-2Na( 薄紫 ) 血液 7 ml RNA 検体ラベル ( 単項目オーダー時 ) ホンハ ンテスト 注 外 N60 氷 MINテイリョウ. 採取容器について 0

統合失調症発症に強い影響を及ぼす遺伝子変異を,神経発達関連遺伝子のNDE1内に同定した

1.若年性骨髄単球性白血病の新規原因遺伝子を発見 2.骨髄異形症候群の白血病化の原因遺伝子異常を発見

再発小児 B 前駆細胞性急性リンパ性白血病におけるキメラ遺伝子の探索 ( この研究は 小児白血病リンパ腫研究グループ (JPLSG)ALL-B12 治療研究の付随研究として行われます ) 研究機関名及び研究責任者氏名 この研究が行われる研究機関と研究責任者は次に示す通りです 研究代表者眞田昌国立病院

(Microsoft Word - \203v\203\214\203X\203\212\203\212\201[\203X doc)

前立腺癌は男性特有の癌で 米国においては癌死亡者数の第 2 位 ( 約 20%) を占めてい ます 日本でも前立腺癌の罹患率 死亡者数は急激に上昇しており 現在は重篤な男性悪性腫瘍疾患の1つとなって図 1 います 図 1 初期段階の前立腺癌は男性ホルモン ( アンドロゲン ) に反応し増殖します そ

<4D F736F F D A88CF91F58BC696B190AC89CA95F18D BC696B18D8096DA816A9578E05691E595E390E690B6>

学位論文の内容の要旨 論文提出者氏名 小川憲人 論文審査担当者 主査田中真二 副査北川昌伸 渡邉守 論文題目 Clinical significance of platelet derived growth factor -C and -D in gastric cancer ( 論文内容の要旨 )

< 研究の背景 > 肉腫は骨や筋肉などの組織から発生するがんで 患者数が少ない稀少がんの代表格です その一方で 若い患者にしばしば発生すること 悪性度が高く難治性の症例が少なくないこと 早期発見が難しいことなど多くの問題を含んでいます ユーイング肉腫も小児や若年者に多く 発見が遅れると全身に転移する

<4D F736F F D FAC90EC816994AD955C8CE38F4390B394C F08BD682A082E8816A8F4390B38CE32E646F63>

白血病(2)急性白血病

いません AYA 世代の代表的ながん種は B-ALL ですが 9 割以上においてがん遺伝子 発がん 機構がわかっておらず 有効な分子標的療法も存在しません 小児 B-ALL の多くが MLL 融合 遺伝子や TEL-AML1 融合遺伝子が原因であることがわかっている一方 成人 ALL は BCR-A

PowerPoint プレゼンテーション

ん細胞の標的分子の遺伝子に高い頻度で変異が起きています その結果 標的分子の特定のアミノ酸が別のアミノ酸へと置き換わることで分子標的療法剤の標的分子への結合が阻害されて がん細胞が薬剤耐性を獲得します この病態を克服するためには 標的分子に遺伝子変異を持つモデル細胞を樹立して そのモデル細胞系を用い

報道発表資料 2007 年 10 月 22 日 独立行政法人理化学研究所 ヒト白血病の再発は ゆっくり分裂する白血病幹細胞が原因 - 抗がん剤に抵抗性を示す白血病の新しい治療戦略にむけた第一歩 - ポイント 患者の急性骨髄性白血病を再現する 白血病ヒト化マウス を開発 白血病幹細胞の抗がん剤抵抗性が

汎発性膿庖性乾癬の解明

法医学問題「想定問答」(記者会見後:平成15年  月  日)

るが AML 細胞における Notch シグナルの正確な役割はまだわかっていない mtor シグナル伝達系も白血病細胞の増殖に関与しており Palomero らのグループが Notch と mtor のクロストークについて報告している その報告によると 活性型 Notch が HES1 の発現を誘導

図 B 細胞受容体を介した NF-κB 活性化モデル

<4D F736F F D20322E CA48B8690AC89CA5B90B688E38CA E525D>

急性骨髄性白血病の新しい転写因子調節メカニズムを解明 従来とは逆にがん抑制遺伝子をターゲットにした治療戦略を提唱 概要従来 <がん抑制因子 >と考えられてきた転写因子 :Runt-related transcription factor 1 (RUNX1) は RUNX ファミリー因子 (RUNX1

10 年相対生存率 全患者 相対生存率 (%) (Period 法 ) Key Point 1 10 年相対生存率に明らかな男女差は見られない わずかではあ

解禁日時 :2019 年 2 月 4 日 ( 月 ) 午後 7 時 ( 日本時間 ) プレス通知資料 ( 研究成果 ) 報道関係各位 2019 年 2 月 1 日 国立大学法人東京医科歯科大学 国立研究開発法人日本医療研究開発機構 IL13Rα2 が血管新生を介して悪性黒色腫 ( メラノーマ ) を

一次サンプル採取マニュアル PM 共通 0001 Department of Clinical Laboratory, Kyoto University Hospital その他の検体検査 >> 8C. 遺伝子関連検査受託終了項目 23th May EGFR 遺伝子変異検

094 小細胞肺がんとはどのような肺がんですか んの 1 つです 小細胞肺がんは, 肺がんの約 15% を占めていて, 肺がんの組 織型のなかでは 3 番目に多いものです たばことの関係が強いが 小細胞肺がんは, ほかの組織型と比べて進行が速く転移しやすいため, 手術 可能な時期に発見されることは少

Untitled

PowerPoint プレゼンテーション

を作る 設計図 の量を測定します ですから PCR 値は CML 患者さんの体内に残っている白血病細胞の量と活動性の両方に関わるのです PCR は非常に微量の BCR-ABL 設計図 を検出することができるため 残存している病変を測定するものとよく言われます 4. PCR の検査は末梢血と骨髄のどち

芽球性形質細胞様樹状細胞腫瘍における高頻度の 8q24 再構成 : 細胞形態,MYC 発現, 薬剤感受性との関連 Recurrent 8q24 rearrangement in blastic plasmacytoid dendritic cell neoplasm: association wit

上原記念生命科学財団研究報告集, 31 (2017)

白血病とは 異常な血液細胞がふえ 正常な血液細胞の産生を妨げる病気です 血液のがん 白血病は 血液細胞のもとになる細胞が異常をきたして白血病細胞となり 無秩 序にふえてしまう病気で 血液のがん ともいわれています 白血病細胞が血液をつくる場所である骨髄の中でふえて 正常な血液細胞の産 生を抑えてしま

統合失調症モデルマウスを用いた解析で新たな統合失調症病態シグナルを同定-統合失調症における新たな予防法・治療法開発への手がかり-

汎発性膿疱性乾癬のうちインターロイキン 36 受容体拮抗因子欠損症の病態の解明と治療法の開発について ポイント 厚生労働省の難治性疾患克服事業における臨床調査研究対象疾患 指定難病の 1 つである汎発性膿疱性乾癬のうち 尋常性乾癬を併発しないものはインターロイキン 36 1 受容体拮抗因子欠損症 (

血漿エクソソーム由来microRNAを用いたグリオブラストーマ診断バイオマーカーの探索 [全文の要約]

虎ノ門医学セミナー

BLF57E002C_ボシュリフ服薬日記_ indd

平成14年度研究報告

この研究成果は 日本時間の 2018 年 5 月 15 日午後 4 時 ( 英国時間 5 月 15 月午前 8 時 ) に英国オンライン科学雑誌 elife に掲載される予定です 本成果につきまして 下記のとおり記者説明会を開催し ご説明いたします ご多忙とは存じますが 是非ご参加いただきたく ご案

の活性化が背景となるヒト悪性腫瘍の治療薬開発につながる 図4 研究である 研究内容 私たちは図3に示すようなyeast two hybrid 法を用いて AKT分子に結合する細胞内分子のスクリーニングを行った この結果 これまで機能の分からなかったプロトオンコジン TCL1がAKTと結合し多量体を形

日本医科大学医学会雑誌第11巻第4号

統合失調症の発症に関与するゲノムコピー数変異の同定と病態メカニズムの解明 ポイント 統合失調症の発症に関与するゲノムコピー数変異 (CNV) が 患者全体の約 9% で同定され 難病として医療費助成の対象になっている疾患も含まれることが分かった 発症に関連した CNV を持つ患者では その 40%

学位論文の内容の要旨 論文提出者氏名 佐藤雄哉 論文審査担当者 主査田中真二 副査三宅智 明石巧 論文題目 Relationship between expression of IGFBP7 and clinicopathological variables in gastric cancer (

ヒト脂肪組織由来幹細胞における外因性脂肪酸結合タンパク (FABP)4 FABP 5 の影響 糖尿病 肥満の病態解明と脂肪幹細胞再生治療への可能性 ポイント 脂肪幹細胞の脂肪分化誘導に伴い FABP4( 脂肪細胞型 ) FABP5( 表皮型 ) が発現亢進し 分泌されることを確認しました トランスク

するものであり 分子標的治療薬の 標的 とする分子です 表 : 日本で承認されている分子標的治療薬 薬剤名 ( 商品の名称 ) 一般名 ( 国際的に用いられる名称 ) 分類 主な標的分子 対象となるがん イレッサ ゲフィニチブ 低分子 EGFR 非小細胞肺がん タルセバ エルロチニブ 低分子 EGF

界では年間約 2700 万人が敗血症を発症し その多くを発展途上国の乳幼児が占めています 抗菌薬などの発症早期の治療法の進歩が見られるものの 先進国でも高齢者が発症後数ヶ月の 間に新たな感染症にかかって亡くなる例が多いことが知られています 発症早期には 全身に広がった感染によって炎症反応が過剰になり

論文題目  腸管分化に関わるmiRNAの探索とその発現制御解析

2017 年 12 月 15 日 報道機関各位 国立大学法人東北大学大学院医学系研究科国立大学法人九州大学生体防御医学研究所国立研究開発法人日本医療研究開発機構 ヒト胎盤幹細胞の樹立に世界で初めて成功 - 生殖医療 再生医療への貢献が期待 - 研究のポイント 注 胎盤幹細胞 (TS 細胞 ) 1 は

33 NCCN Guidelines Version NCCN Clinical Practice Guidelines in Oncology (NCCN Guidelines ) (NCCN 腫瘍学臨床診療ガイドライン ) 非ホジキンリンパ腫 2015 年第 2 版 NCCN.or

研究の詳細な説明 1. 背景細菌 ウイルス ワクチンなどの抗原が人の体内に入るとリンパ組織の中で胚中心が形成されます メモリー B 細胞は胚中心に存在する胚中心 B 細胞から誘導されてくること知られています しかし その誘導の仕組みについてはよくわかっておらず その仕組みの解明は重要な課題として残っ

上原記念生命科学財団研究報告集, 30 (2016)

イマチニブ家族10-11

大学院博士課程共通科目ベーシックプログラム

1. Caov-3 細胞株 A2780 細胞株においてシスプラチン単剤 シスプラチンとトポテカン併用添加での殺細胞効果を MTS assay を用い検討した 2. Caov-3 細胞株においてシスプラチンによって誘導される Akt の活性化に対し トポテカンが影響するか否かを調べるために シスプラチ

<4D F736F F D F4390B388C4817A C A838A815B8358>

1. 研究の名称 : 芽球性形質細胞様樹状細胞腫瘍の分子病理学的研究 2. 研究組織 : 研究責任者 : 埼玉医科大学総合医療センター病理部 准教授 百瀬修二 研究実施者 : 埼玉医科大学総合医療センター病理部 教授 田丸淳一 埼玉医科大学総合医療センター血液内科 助教 田中佑加 基盤施設研究責任者

Powered by TCPDF ( Title 造血器腫瘍のリプログラミング治療 Sub Title Reprogramming of hematological malignancies Author 松木, 絵里 (Matsuki, Eri) Publisher P

関係があると報告もされており 卵巣明細胞腺癌において PI3K 経路は非常に重要であると考えられる PI3K 経路が活性化すると mtor ならびに HIF-1αが活性化することが知られている HIF-1αは様々な癌種における薬理学的な標的の一つであるが 卵巣癌においても同様である そこで 本研究で

<4D F736F F D DC58F4994C A5F88E38A D91AE F838A838A815B835895B68F FC189BB8AED93E089C82D918189CD A2E646F63>

査を実施し 必要に応じ適切な措置を講ずること (2) 本品の警告 効能 効果 性能 用法 用量及び使用方法は以下のとお りであるので 特段の留意をお願いすること なお その他の使用上の注意については 添付文書を参照されたいこと 警告 1 本品投与後に重篤な有害事象の発現が認められていること 及び本品

Microsoft Word CREST中山(確定版)

白血病

60 秒でわかるプレスリリース 2006 年 4 月 21 日 独立行政法人理化学研究所 敗血症の本質にせまる 新規治療法開発 大きく前進 - 制御性樹状細胞を用い 敗血症の治療に世界で初めて成功 - 敗血症 は 細菌などの微生物による感染が全身に広がって 発熱や機能障害などの急激な炎症反応が引き起

報道発表資料 2006 年 8 月 7 日 独立行政法人理化学研究所 国立大学法人大阪大学 栄養素 亜鉛 は免疫のシグナル - 免疫系の活性化に細胞内亜鉛濃度が関与 - ポイント 亜鉛が免疫応答を制御 亜鉛がシグナル伝達分子として作用する 免疫の新領域を開拓独立行政法人理化学研究所 ( 野依良治理事

10 年相対生存率 全患者 相対生存率 (%) (Period 法 ) Key Point 1

平成 28 年 2 月 1 日 膠芽腫に対する新たな治療法の開発 ポドプラニンに対するキメラ遺伝子改変 T 細胞受容体 T 細胞療法 名古屋大学大学院医学系研究科 ( 研究科長 髙橋雅英 ) 脳神経外科学の夏目敦至 ( なつめあつし ) 准教授 及び東北大学大学院医学系研究科 ( 研究科長 下瀬川徹

学位論文の内容の要旨 論文提出者氏名 中谷夏織 論文審査担当者 主査神奈木真理副査鍔田武志 東田修二 論文題目 Cord blood transplantation is associated with rapid B-cell neogenesis compared with BM transpl

学位論文の内容の要旨 論文提出者氏名 野上彩子 論文審査担当者 主査神奈木真理 副査北川昌伸 東田修二 論文題目 FLT3-ITD confers resistance to the PI3K/Akt pathway inhibitors by protecting the mtor/4ebp1/m

1 AML Network TCGAR. N Engl J Med. 2013; 368: 種類以上の遺伝子変異が認められる肺がんや乳がんなどと比較して,AML は最も遺伝子変異が少ないがん腫の 1 つであり,AML ゲノムの遺伝子変異数の平均は 13 種類と報告された.

別紙 < 研究の背景と経緯 > 自閉症は 全人口の約 2% が罹患する非常に頻度の高い神経発達障害です 近年 クロマチンリモデ リング因子 ( 5) である CHD8 が自閉症の原因遺伝子として同定され 大変注目を集めています ( 図 1) 本研究グループは これまでに CHD8 遺伝子変異を持つ

( 様式甲 5) 学位論文内容の要旨 論文提出者氏名 論文審査担当者 主査 教授 森脇真一 井上善博 副査副査 教授教授 東 治 人 上 田 晃 一 副査 教授 朝日通雄 主論文題名 Transgene number-dependent, gene expression rate-independe

新規遺伝子ARIAによる血管新生調節機構の解明

スライド 1

<4D F736F F D208DC58F4994C581798D4C95F189DB8A6D A C91E A838A838A815B83588CB48D EA F48D4189C88

疫学研究の病院HPによる情報公開 様式の作成について

の感染が阻止されるという いわゆる 二度なし現象 の原理であり 予防接種 ( ワクチン ) を行う根拠でもあります 特定の抗原を認識する記憶 B 細胞は体内を循環していますがその数は非常に少なく その中で抗原に遭遇した僅かな記憶 B 細胞が著しく増殖し 効率良く形質細胞に分化することが 大量の抗体産

1. はじめに ステージティーエスワンこの文書は Stage Ⅲ 治癒切除胃癌症例における TS-1 術後補助化学療法の予後 予測因子および副作用発現の危険因子についての探索的研究 (JACCRO GC-07AR) という臨床研究について説明したものです この文書と私の説明のな かで わかりにくいと

ダラツムマブってどんな薬? 初発の患者さん ( 初めて治療を受ける患者さん ) の治験募集についてー 米国で承認された ダラツムマブ という新薬について Q&A 形式でご紹介します Q&A の監修は 名古屋市立大学病院血液 腫瘍内科診療部長飯田真介先生です Q1 ダラツムマブという薬が米国で承認され

細胞老化による発がん抑制作用を個体レベルで解明 ~ 細胞老化の仕組みを利用した新たながん治療法開発に向けて ~ 1. ポイント : 明細胞肉腫 (Clear Cell Sarcoma : CCS 注 1) の細胞株から ips 細胞 (CCS-iPSCs) を作製し がん細胞である CCS と同じ遺

報道関係者各位 平成 26 年 1 月 20 日 国立大学法人筑波大学 動脈硬化の進行を促進するたんぱく質を発見 研究成果のポイント 1. 日本人の死因の第 2 位と第 4 位である心疾患 脳血管疾患のほとんどの原因は動脈硬化である 2. 酸化されたコレステロールを取り込んだマクロファージが大量に血

臨床研究の概要および研究計画

B型肝炎ウイルスのキャリアで免疫抑制・化学療法を受ける患者さんへ

Untitled

多様なモノクロナル抗体分子を 迅速に作製するペプチドバーコード手法を確立 動物を使わずに試験管内で多様な抗体を調製することが可能に 概要 京都大学大学院農学研究科応用生命科学専攻 植田充美 教授 青木航 同助教 宮本佳奈 同修士課程学生 現 小野薬品工業株式会社 らの研究グループは ペプチドバーコー

Microsoft Word _ASH2012 Data Press Release.docx

10,000 L 30,000 50,000 L 30,000 50,000 L 図 1 白血球増加の主な初期対応 表 1 好中球増加 ( 好中球 >8,000/μL) の疾患 1 CML 2 / G CSF 太字は頻度の高い疾患 32

H26大腸がん

今後の展開現在でも 自己免疫疾患の発症機構については不明な点が多くあります 今回の発見により 今後自己免疫疾患の発症機構の理解が大きく前進すると共に 今まで見過ごされてきたイントロン残存の重要性が 生体反応の様々な局面で明らかにされることが期待されます 図 1 Jmjd6 欠損型の胸腺をヌードマウス

革新的がん治療薬の実用化を目指した非臨床研究 ( 厚生労働科学研究 ) に採択 大学院医歯学総合研究科遺伝子治療 再生医学分野の小戝健一郎教授の 難治癌を標的治療できる完全オリジナルのウイルス遺伝子医薬の実用化のための前臨床研究 が 平成 24 年度の厚生労働科学研究費補助金 ( 難病 がん等の疾患

研究背景 糖尿病は 現在世界で4 億 2 千万人以上にものぼる患者がいますが その約 90% は 代表的な生活習慣病のひとつでもある 2 型糖尿病です 2 型糖尿病の治療薬の中でも 世界で最もよく処方されている経口投与薬メトホルミン ( 図 1) は 筋肉や脂肪組織への糖 ( グルコース ) の取り


報道発表資料 2006 年 4 月 13 日 独立行政法人理化学研究所 抗ウイルス免疫発動機構の解明 - 免疫 アレルギー制御のための新たな標的分子を発見 - ポイント 異物センサー TLR のシグナル伝達機構を解析 インターフェロン産生に必須な分子 IKK アルファ を発見 免疫 アレルギーの有効

学位論文の内容の要旨 論文提出者氏名 松尾祐介 論文審査担当者 主査淺原弘嗣 副査関矢一郎 金井正美 論文題目 Local fibroblast proliferation but not influx is responsible for synovial hyperplasia in a mur

リンパ腫グループ:リンパ腫治療開発マップ

研究成果報告書

Transcription:

平成 28 年 8 月 9 日 小児の難治性白血病を引き起こす MEF2D-BCL9 融合遺伝子を発見 名古屋大学大学院医学系研究科 ( 研究科長 髙橋雅英 ) 小児科学の小島勢二 ( こじませいじ ) 名誉教授 村松秀城 ( むらまつひでき ) 助教 鈴木喬悟 ( すずききょうご ) 大学院生 名古屋大学医学部附属病院先端医療 臨床研究支援センターの奥野友介 ( おくのゆうすけ ) 特任講師らの研究グループは 小児がんのなかでも最も頻度が高い急性リンパ性白血病 (Acute lymphoblastic leukemia; ALL) の新たな原因として MEF2D-BCL9 融合遺伝子を発見し その機能を解析しました ALL は 小児期において最も頻度が高い血液がんです 治療成績は向上しつつありますが 再発した患者では依然として予後不良です 小児の再発 治療抵抗性 ALL を引き起こす遺伝子の異常を発見するため 本研究グループは 59 人の患者で次世代シーケンサーを用いた遺伝子解析を行いました その結果 4 人にこれまで報告のない MEF2D-BCL9 融合遺伝子を検出しました この融合遺伝子をもつ白血病は 特徴として 思春期 (10 歳以降 ) の発症 B 前駆細胞性に分類される免疫表現型 細胞内に多くの空胞を持つ特異な形態 従来の抗がん剤治療に対して極めて抵抗性を持つ などがあります MEF2D-BCL9 融合遺伝子を ALL のモデル細胞に遺伝子導入すると 細胞の増殖が促進され 治療の鍵を握る副腎皮質ステロイド薬が効きにくくなりました しかしその一方 ヒストン脱アセチル化酵素阻害薬や プロテアソーム阻害薬といった 他のがんで実用化されている分子標的薬の効果が期待できることが示されました 本研究結果から MEF2D-BCL9 融合遺伝子は 予後を予測する分子マーカーとして有用である事が分かり 分子標的薬を組み入れた新しい治療方針の策定や この融合遺伝子を標的とした新薬開発などの応用研究による ALL の治療成績の向上が期待できます 本研究成果は 米国臨床腫瘍学会 (American Society of Clinical Oncology) より発行されている科学誌 Journal of Clinical Oncology ( 米国東部標準時間 2016 年 8 月 8 日付の電子版 ) に掲載されました 本研究の一部は 日本対がん協会リレー フォー ライフ ジャパン プロジェクト未来 助成によってサポートされました

小児の難治性白血病を引き起こす MEF2D-BCL9 融合遺伝子を発見 ポイント 小児がんのなかでも 最も頻度が高い急性リンパ性白血病を起こす新たな原因として MEF2D-BCL9 融合遺伝子を発見しました MEF2D-BCL9 融合遺伝子は 治療中に再発する難治性の白血病を引き起こしますが 新しい薬剤 ( 分子標的薬 ) により治療できる可能性が示されました 今後 この融合遺伝子を検出して患者ごとの予後を予測し 新しい薬剤を組み入れた治療を行うことで 治療成績が向上することが期待できます 1. 背景急性リンパ性白血病 (Acute lymphoblastic leukemia; ALL) は小児期において最も頻度が高い血液がんで 日本では 1 年間に約 600 人の小児が新たに発症します 白血病の悪性度に基づいた適切な強度の治療 ( 層別化治療 ) 複数の抗がん剤を組み合わせた多剤併用化学療法の改良 骨髄移植などの造血幹細胞移植の導入により治療成績は向上し 80~90% の患者において長期の生存が得られるようになりました しかしながら 一旦再発した患者では 依然として予後は不良です ALL は様々な遺伝子の異常を伴って発症することが知られています 染色体が切断され 間違った形につなぎ合わせられることで 2 つの遺伝子が結合し 異常な機能を獲得する融合遺伝子もその一つです 融合遺伝子をターゲットとした治療薬が様々ながんにおいて開発されており その有効性が報告されています 例えば BCR-ABL1 融合遺伝子を持つ ALL は かつて非常に予後が悪いとされていましたが チロシンキナーゼ阻害薬という BCR-ABL1 に特別に作用する薬 ( 分子標的薬 ) の導入により 劇的に予後が改善しました 近年飛躍的に進歩した遺伝子解析の方法を用いて 小児 ALL における新しい遺伝子の異常を見つけることで より適切な悪性度の決定 ( リスク層別化 ) 新しい薬剤の組み入れ あるいは分子標的薬の開発が可能になり さらなる治療成績の向上を目指すことができます 2. 研究成果本研究グループは 小児の再発 あるいは寛解導入治療に抵抗性の ALL に関連する遺伝子の異常を発見するため 次世代シーケンサーという遺伝子解析方法を用いて 59 例の患者で RNA シーケンス解析を行いました その結果 4 例において MEF2D 遺伝子と BCL9 遺伝子の異常な融合を検出しました ( 図 1) この 2 つの遺伝子は 1 番染色体上の比較的近い場所に位置しており ごく短い領域の染色体が切断され 逆向きにつなぎ合わせられる ( 逆位 ) ことにより MEF2D-BCL9 融合遺伝子が生じると考えられました これは 従来の G-banding 法などの検査では検出できない異常でした この融合遺伝子をもつ白血病は 思春期 (10 歳以降 ) の発症 B 前駆細胞性に分類される免疫表現型 空胞を多く有する特異な形態 ( 図 2) 従来の抗がん剤治療が効きにくく治療中に再発する などの点で共通していました また それぞれの遺伝子の使われ方の特

徴 ( 発現プロファイル ) も他の ALL とは異なりました すなわち MEF2D-BCL9 融合遺伝子は 小児 ALL の新たな一群を特徴づけるものと考えられました この融合遺伝子は診断時点から検出でき 加えて細胞のがん化の原因となる他の遺伝子異常が検出されなったため この融合遺伝子は白血病を発症する引き金であると考えられます MEF2D-BCL9 融合遺伝子の機能を解析するため ALL のモデルとなる細胞 ( 細胞株 ) にこの融合遺伝子を導入する実験を行いました その結果 この融合遺伝子を持った細胞は増殖が速くなるとともに ALL 治療のカギとなる副腎皮質ステロイド薬が効きにくくなることが分かりました その一方で 薬剤感受性試験の結果からは ヒストン脱アセチル化酵素阻害剤やプロテアソーム阻害剤など すでに他のがん あるいは他の白血病では実用化されている分子標的薬の効果が期待できることが示されました 図 1. MEF2D-BCL9 融合遺伝子 1 番染色体のごく短い領域が切断され 逆向きにつなぎ合わせられる ( 逆位 ) ことにより MEF2D-BCL9 融合遺伝子が生じます

図 2. MEF2D-BCL9 融合遺伝子をもつ白血病細胞典型的な B 前駆細胞性 ALL とは異なり 細胞が大きく 細胞質の青味が強く 白く抜けた空胞 ( ) を多くもつ特異な形態を示します 3. 今後の展開本研究により発見され その機能が明らかとなった MEF2D-BCL9 融合遺伝子は 分子マーカーとしてリスク層別化や治療効果の判定に早期の実用化が可能と考えられます また この融合遺伝子を持つ白血病に対しての 分子標的薬を組み入れた新しい治療方針の策定や この融合遺伝子を標的とした新薬開発へ応用研究を進めることにより 小児 ALL の治療成績の向上を期待できます ( 図 3) 図 3. 今後の治療戦略 MEF2D-BCL9 融合遺伝子をリスク層別化や治療効果の判定に利用するとともに 分子標的薬を組み入れた新しい治療を行うことで治療成績の改善を期待できます

4. 用語説明 層別化治療 : 小児 ALL は予後因子に基づいて低リスク 標準リスク 高リスクに分類され それぞれのリスクに応じた適切な強度の治療が行われます 予後因子には 発症時の年齢と白血球数 治療開始初期の副腎皮質ステロイド薬への反応性 BCR-ABL1 融合遺伝子や MLL 遺伝子再構成に代表される遺伝子異常などがあります 分子標的薬 : がん細胞のもつ性質を分子レベルで捉え それを標的として効率よく作用するように作られた薬剤のことを指します 次世代シーケンサー :DNA などの塩基配列を読み取る装置をシーケンサーといいます 次世代シーケンサー は従来の 第 1 世代シーケンサー と対比させて使われる用語で 次世代シーケンサーでは従来のものと比べて大量の塩基配列を低コストで迅速に解析することが可能となっています RNA シーケンス解析 : 次世代シーケンサーを用いて RNA の塩基配列を網羅的に解析する手法を指します 融合遺伝子の網羅的な検出や遺伝子発現の定量も可能です 免疫表現型 : 細胞表面にある抗原の発現形式のことで 起源となる細胞に基づいた白血病の基本的な病型分類に用いられます 4. 発表雑誌 Suzuki K, Okuno Y, Kawashima N, Muramatsu H, Okuno T, Wang X, Kataoka S, Sekiya Y, Hamada M, Murakami N, Kojima D, Narita K, Narita A, Sakaguchi H, Sakaguchi K, Yoshida N, Nishio N, Hama A, Takahashi Y, Kudo K, Kato K, Kojima S. MEF2D-BCL9 fusion gene is associated with high-risk acute B-cell precursor lymphoblastic leukemia in adolescents. Journal of Clinical Oncology ( 米国東部標準時間 2016 年 8 月 8 日付の電子版に掲載 ) English ver. http://www.med.nagoya-u.ac.jp/english01/dbps_data/_material_/nu_medical_en/_res/researchtopics/2016/mef2d-bcl9_20160809en.pdf