研究背景 糖尿病は 現在世界で4 億 2 千万人以上にものぼる患者がいますが その約 90% は 代表的な生活習慣病のひとつでもある 2 型糖尿病です 2 型糖尿病の治療薬の中でも 世界で最もよく処方されている経口投与薬メトホルミン ( 図 1) は 筋肉や脂肪組織への糖 ( グルコース ) の取り

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られる 糖尿病を合併した高血圧の治療の薬物治療の第一選択薬はアンジオテンシン変換酵素 (ACE) 阻害薬とアンジオテンシン II 受容体拮抗薬 (ARB) である このクラスの薬剤は単なる降圧効果のみならず 様々な臓器保護作用を有しているが ACE 阻害薬や ARB のプラセボ比較試験で糖尿病の新規

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平成 29 年 6 月 9 日 ニーマンピック病 C 型タンパク質の新しい機能の解明 リソソーム膜に特殊な領域を形成し 脂肪滴の取り込み 分解を促進する 名古屋大学大学院医学系研究科 ( 研究科長門松健治 ) 分子細胞学分野の辻琢磨 ( つじたくま ) 助教 藤本豊士 ( ふじもととよし ) 教授ら

新規遺伝子ARIAによる血管新生調節機構の解明

図 B 細胞受容体を介した NF-κB 活性化モデル

糖鎖の新しい機能を発見:補体系をコントロールして健康な脳神経を維持する

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サカナに逃げろ!と指令する神経細胞の分子メカニズムを解明 -個性的な神経細胞のでき方の理解につながり,難聴治療の創薬標的への応用に期待-

News Release 報道関係各位 2015 年 6 月 22 日 アストラゼネカ株式会社 40 代 ~70 代の経口薬のみで治療中の 2 型糖尿病患者さんと 2 型糖尿病治療に従事する医師の意識調査結果 経口薬のみで治療中の 2 型糖尿病患者さんは目標血糖値が達成できていなくても 6 割が治療

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報道発表資料 2006 年 4 月 13 日 独立行政法人理化学研究所 抗ウイルス免疫発動機構の解明 - 免疫 アレルギー制御のための新たな標的分子を発見 - ポイント 異物センサー TLR のシグナル伝達機構を解析 インターフェロン産生に必須な分子 IKK アルファ を発見 免疫 アレルギーの有効

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日本の糖尿病患者数は増え続けています (%) 糖 尿 25 病 倍 890 万人 患者数増加率 万人 690 万人 1620 万人 880 万人 2050 万人 1100 万人 糖尿病の 可能性が 否定できない人 680 万人 740 万人

高齢者の筋肉内への脂肪蓄積はサルコペニアと運動機能低下に関係する ポイント 高齢者の筋肉内に霜降り状に蓄積する脂肪 ( 筋内脂肪 ) を超音波画像を使って計測し, 高齢者の運動機能や体組成などの因子と関係するのかについて検討しました 高齢男性の筋内脂肪は,1) 筋肉の量,2) 脚の筋力指標となる椅子

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( 図 ) IP3 と IRBIT( アービット ) が IP3 受容体に競合して結合する様子

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統合失調症発症に強い影響を及ぼす遺伝子変異を,神経発達関連遺伝子のNDE1内に同定した

ヒト脂肪組織由来幹細胞における外因性脂肪酸結合タンパク (FABP)4 FABP 5 の影響 糖尿病 肥満の病態解明と脂肪幹細胞再生治療への可能性 ポイント 脂肪幹細胞の脂肪分化誘導に伴い FABP4( 脂肪細胞型 ) FABP5( 表皮型 ) が発現亢進し 分泌されることを確認しました トランスク

生物時計の安定性の秘密を解明

細胞膜由来活性酸素による寿命延長メカニズムを世界で初めて発見 - 新規食品素材 PQQ がもたらす寿命延長のしくみを解明 名古屋大学大学院理学研究科 ( 研究科長 : 杉山直 ) 附属ニューロサイエンス研究セ ンターセンター長の森郁恵 ( もりいくえ ) 教授 笹倉寛之 ( ささくらひろゆき ) 研

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図 1. 微小管 ( 赤線 ) は細胞分裂 伸長の方向を規定する本瀬准教授らは NIMA 関連キナーゼ 6 (NEK6) というタンパク質の機能を手がかりとして 微小管が整列するメカニズムを調べました NEK6 を欠損したシロイヌナズナ変異体では微小管が整列しないため 細胞と器官が異常な方向に伸長し

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法医学問題「想定問答」(記者会見後:平成15年  月  日)

平成14年度研究報告

PRESS RELEASE (2014/2/6) 北海道大学総務企画部広報課 札幌市北区北 8 条西 5 丁目 TEL FAX URL:

平成24年7月x日

報道発表資料 2006 年 8 月 7 日 独立行政法人理化学研究所 国立大学法人大阪大学 栄養素 亜鉛 は免疫のシグナル - 免疫系の活性化に細胞内亜鉛濃度が関与 - ポイント 亜鉛が免疫応答を制御 亜鉛がシグナル伝達分子として作用する 免疫の新領域を開拓独立行政法人理化学研究所 ( 野依良治理事

第三問 : 次の認知症に関する基礎知識について正しいものには を 間違っているものには を ( ) 内に記入してください 1( ) インスリン以外にも血糖値を下げるホルモンはいくつもある 2( ) ホルモンは ppm( 百万分の一 ) など微量で作用する 3( ) ホルモンによる作用を内分泌と呼ぶ

研究の背景と経緯 植物は 葉緑素で吸収した太陽光エネルギーを使って水から電子を奪い それを光合成に 用いている この反応の副産物として酸素が発生する しかし 光合成が地球上に誕生した 初期の段階では 水よりも電子を奪いやすい硫化水素 H2S がその電子源だったと考えられ ている 図1 現在も硫化水素

シトリン欠損症説明簡単患者用

生理学 1章 生理学の基礎 1-1. 細胞の主要な構成成分はどれか 1 タンパク質 2 ビタミン 3 無機塩類 4 ATP 第5回 按マ指 (1279) 1-2. 細胞膜の構成成分はどれか 1 無機りん酸 2 リボ核酸 3 りん脂質 4 乳酸 第6回 鍼灸 (1734) E L 1-3. 細胞膜につ

血糖値 (mg/dl) 血中インスリン濃度 (μu/ml) パラチノースガイドブック Ver.4. また 2 型糖尿病のボランティア 1 名を対象として 健康なボランティアの場合と同様の試験が行われています その結果 図 5 に示すように 摂取後 6 分までの血糖値および摂取後 9 分までのインスリ

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核内受容体遺伝子の分子生物学

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統合失調症モデルマウスを用いた解析で新たな統合失調症病態シグナルを同定-統合失調症における新たな予防法・治療法開発への手がかり-

抑制することが知られている 今回はヒト子宮内膜におけるコレステロール硫酸のプロテ アーゼ活性に対する効果を検討することとした コレステロール硫酸の着床期特異的な発現の機序を解明するために 合成酵素であるコ レステロール硫酸基転移酵素 (SULT2B1b) に着目した ヒト子宮内膜は排卵後 脱落膜 化

報道発表資料 2002 年 10 月 10 日 独立行政法人理化学研究所 頭にだけ脳ができるように制御している遺伝子を世界で初めて発見 - 再生医療につながる重要な基礎研究成果として期待 - 理化学研究所 ( 小林俊一理事長 ) は プラナリアを用いて 全能性幹細胞 ( 万能細胞 ) が頭部以外で脳

2. 看護に必要な栄養と代謝について説明できる 栄養素としての糖質 脂質 蛋白質 核酸 ビタミンなどの性質と役割 およびこれらの栄養素に関連する生命活動について具体例を挙げて説明できる 生体内では常に物質が交代していることを説明できる 代謝とは エネルギーを生み出し 生体成分を作り出す反応であること

脳組織傷害時におけるミクログリア形態変化および機能 Title変化に関する培養脳組織切片を用いた研究 ( Abstract_ 要旨 ) Author(s) 岡村, 敏行 Citation Kyoto University ( 京都大学 ) Issue Date URL http

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Microsoft Word - 運動が自閉症様行動とシナプス変性を改善する

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第6号-2/8)最前線(大矢)

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インスリンが十分に働かない ってどういうこと 糖尿病になると インスリンが十分に働かなくなり 血糖をうまく細胞に取り込めなくなります それには 2つの仕組みがあります ( 図2 インスリンが十分に働かない ) ①インスリン分泌不足 ②インスリン抵抗性 インスリン 鍵 が不足していて 糖が細胞の イン

神経細胞での脂質ラフトを介した新たなシグナル伝達制御を発見

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のと期待されます 本研究成果は 2011 年 4 月 5 日 ( 英国時間 ) に英国オンライン科学雑誌 Nature Communications で公開されます また 本研究成果は JST 戦略的創造研究推進事業チーム型研究 (CREST) の研究領域 アレルギー疾患 自己免疫疾患などの発症機構

別紙様式 (Ⅱ)-1 添付ファイル用 商品名 : イチョウ葉脳内 α( アルファ ) 安全性評価シート 食経験の評価 1 喫食実績による食経験の評価 ( 喫食実績が あり の場合 : 実績に基づく安全性の評価を記載 ) 弊社では当該製品 イチョウ葉脳内 α( アルファ ) と同一処方の製品を 200

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エネルギー代謝に関する調査研究

説明書

報道関係者各位 平成 26 年 1 月 20 日 国立大学法人筑波大学 動脈硬化の進行を促進するたんぱく質を発見 研究成果のポイント 1. 日本人の死因の第 2 位と第 4 位である心疾患 脳血管疾患のほとんどの原因は動脈硬化である 2. 酸化されたコレステロールを取り込んだマクロファージが大量に血

< 研究の背景 > 運動に疲労はつきもので その原因や予防策は多くの研究者や競技者 そしてスポーツ愛好者の興味を引く古くて新しいテーマです 運動時の疲労は 必要な力を発揮できなくなった状態 と定義され 疲労の原因が起こる身体部位によって末梢性疲労と中枢性疲労に分けることができます 末梢性疲労の原因の

解禁日時 :2019 年 2 月 4 日 ( 月 ) 午後 7 時 ( 日本時間 ) プレス通知資料 ( 研究成果 ) 報道関係各位 2019 年 2 月 1 日 国立大学法人東京医科歯科大学 国立研究開発法人日本医療研究開発機構 IL13Rα2 が血管新生を介して悪性黒色腫 ( メラノーマ ) を

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小児の難治性白血病を引き起こす MEF2D-BCL9 融合遺伝子を発見 ポイント 小児がんのなかでも 最も頻度が高い急性リンパ性白血病を起こす新たな原因として MEF2D-BCL9 融合遺伝子を発見しました MEF2D-BCL9 融合遺伝子は 治療中に再発する難治性の白血病を引き起こしますが 新しい

図 1 マイクロ RNA の標的遺伝 への結合の仕 antimir はマイクロ RNA に対するデコイ! antimirとは マイクロRNAと相補的なオリゴヌクレオチドである マイクロRNAに対するデコイとして働くことにより 標的遺伝 とマイクロRNAの結合を競合的に阻害する このためには 標的遺伝

相模女子大学 2017( 平成 29) 年度第 3 年次編入学試験 学力試験問題 ( 食品学分野 栄養学分野 ) 栄養科学部健康栄養学科 2016 年 7 月 2 日 ( 土 )11 時 30 分 ~13 時 00 分 注意事項 1. 監督の指示があるまで 問題用紙を開いてはいけません 2. 開始の

別紙 < 研究の背景と経緯 > 自閉症は 全人口の約 2% が罹患する非常に頻度の高い神経発達障害です 近年 クロマチンリモデ リング因子 ( 5) である CHD8 が自閉症の原因遺伝子として同定され 大変注目を集めています ( 図 1) 本研究グループは これまでに CHD8 遺伝子変異を持つ

報道発表資料 2007 年 8 月 1 日 独立行政法人理化学研究所 マイクロ RNA によるタンパク質合成阻害の仕組みを解明 - mrna の翻訳が抑制される過程を試験管内で再現することに成功 - ポイント マイクロ RNA が翻訳の開始段階を阻害 標的 mrna の尻尾 ポリ A テール を短縮

第四問 : パーキンソン病で問題となる運動障害の症状について 以下の ( 言葉を記入してください ) に当てはまる 症状 特徴 手や足がふるえる パーキンソン病において最初に気づくことの多い症状 筋肉がこわばる( 筋肉が固くなる ) 関節を動かすと 歯車のように カクカク と軋む 全ての動きが遅くな

大学記者クラブ加盟各社 御中

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学位論文の要約

1. 背景血小板上の受容体 CLEC-2 と ある種のがん細胞の表面に発現するタンパク質 ポドプラニン やマムシ毒 ロドサイチン が結合すると 血小板が活性化され 血液が凝固します ( 図 1) ポドプラニンは O- 結合型糖鎖が結合した糖タンパク質であり CLEC-2 受容体との結合にはその糖鎖が

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4. 発表内容 : [ 研究の背景 ] 1 型糖尿病 ( 注 1) は 主に 免疫系の細胞 (T 細胞 ) が膵臓の β 細胞 ( インスリンを産生する細胞 ) に対して免疫応答を起こすことによって発症します 特定の HLA 遺伝子型を持つと 1 型糖尿病の発症率が高くなることが 日本人 欧米人 ア

2. PQQ を利用する酵素 AAS 脱水素酵素 クローニングした遺伝子からタンパク質の一次構造を推測したところ AAS 脱水素酵素の前半部分 (N 末端側 ) にはアミノ酸を捕捉するための構造があり 後半部分 (C 末端側 ) には PQQ 結合配列 が 7 つ連続して存在していました ( 図 3

研究の背景社会生活を送る上では 衝動的な行動や不必要な行動を抑制できることがとても重要です ところが注意欠陥多動性障害やパーキンソン病などの精神 神経疾患をもつ患者さんの多くでは この行動抑制の能力が低下しています これまでの先行研究により 行動抑制では 脳の中の前頭前野や大脳基底核と呼ばれる領域が

第6回 糖新生とグリコーゲン分解

グルコースは膵 β 細胞内に糖輸送担体を介して取り込まれて代謝され A T P が産生される その結果 A T P 感受性 K チャンネルの閉鎖 細胞膜の脱分極 電位依存性 Caチャンネルの開口 細胞内 Ca 2+ 濃度の上昇が起こり インスリンが分泌される これをインスリン分泌の惹起経路と呼ぶ イ

(1) ビフィズス菌および乳酸桿菌の菌数とうつ病リスク被験者の便を採取して ビフィズス菌と乳酸桿菌 ( ラクトバチルス ) の菌量を 16S rrna 遺伝子の逆転写定量的 PCR 法によって測定し比較しました 菌数の測定はそれぞれの検体が患者のものか健常者のものかについて測定者に知らされない状態で

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報道発表資料 2001 年 12 月 29 日 独立行政法人理化学研究所 生きた細胞を詳細に観察できる新しい蛍光タンパク質を開発 - とらえられなかった細胞内現象を可視化 - 理化学研究所 ( 小林俊一理事長 ) は 生きた細胞内における現象を詳細に観察することができる新しい蛍光タンパク質の開発に成

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( 続紙 1 ) 京都大学 博士 ( 薬学 ) 氏名 大西正俊 論文題目 出血性脳障害におけるミクログリアおよびMAPキナーゼ経路の役割に関する研究 ( 論文内容の要旨 ) 脳内出血は 高血圧などの原因により脳血管が破綻し 脳実質へ出血した病態をいう 漏出する血液中の種々の因子の中でも 血液凝固に関

世界初! 細胞内の線維を切るハサミの機構を解明 この度 名古屋大学大学院理学研究科の成田哲博准教授らの研究グループは 大阪大学 東海学院大学 豊田理化学研究所との共同研究で 細胞内で最もメジャーな線維であるアクチン線維を切断 分解する機構をクライオ電子顕微鏡法注 1) による構造解析によって解明する

統合失調症といった精神疾患では シナプス形成やシナプス機能の調節の異常が発症の原因の一つであると考えられています これまでの研究で シナプスの形を作り出す細胞骨格系のタンパク質 細胞同士をつないでシナプス形成に関与する細胞接着分子群 あるいはグルタミン酸やドーパミン 2 系分子といったシナプス伝達を

配信先 : 宮城県政記者会 平成 30 年 6 月 8 日 報道機関各位 東北大学学際科学フロンティア研究所東北大学大学院生命科学研究科 光合成を支える葉緑体チラコイド膜の新しい性質 : チラコイド膜を小さな有機物が透過する 通路 を発見 発表のポイント 光を受容して化学エネルギーに変換する光合成の

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糖尿病治療薬の作用標的タンパク質を発見 ~ 新薬の開発加速に糸口 ~ 名古屋大学大学院理学研究科 ( 研究科長 : 松本邦弘 ) 脳神経回路研究ユニットのユ ( 注ヨンジェ特任准教授らの日米韓国際共同研究グループは この度 2 型糖尿病 1) の治療薬が作用する新たな標的分子を発見しました この2 型糖尿病は 糖尿病の約 9 割を占めており 代表的生活習慣病のひとつでもあります 2 型糖尿病の治療薬としては メトホルミン ( 注 2) という経口薬が 世界で最も多く処方されています ユ特任准教授らは メトホルミンを代表的実験動物である線虫とショウジョウバエに与え その影響を調べた結果 栄養の取り込みや分解といった細胞内の物質移動と代謝に関わるエンドソーム ( 注 3) とよばれる細胞内の袋状器官にある Na/H 交換輸送体というタンパク質に このメトホルミンが作用して エンドソームの細胞内輸送が阻害されることを突き止めました 線虫とショウジョウバエは 進化の上で遠く離れた動物種であるにもかかわらず 共通の作用メカニズムが見出されたことから このメカニズムが ヒトを含む動物全体にも共通である可能性が高いと考えられます 従って 今回の成果から 2 型糖尿病の原因のひとつに エンドソームによる物質輸送や それに伴う物質代謝の不全があり メトホルミンは Na/H 交換輸送体に作用して エンドソーム輸送を調整することで治療効果を発揮する という新メカニズムが提唱されました 線虫とショウジョウバエは 大規模かつ迅速な薬理検査法が確立されており 今後 Na/H 交換輸送体を創薬ターゲットとした糖尿病治療薬の新規開発を加速することが期待できます この研究成果は 平成 28 年 8 月 26 日付米国科学雑誌 The Journal of Biological Chemistry に掲載されました ポイント 2 型糖尿病の代表的治療薬メトホルミンの新規作用標的候補分子として 細胞内エンドソーム膜に存在する Na + /H + 交換輸送体 (NHE) ( 注 4) を 線虫 C. elegans とキイロショウジョウバエで発見 2 型糖尿病の細胞レベルの根本原因のひとつに エンドソーム輸送や それにともなう物質代謝の不全があり メトホルミンはそれらを調節して治療効果を発揮する という新仮説を提唱 今後 エンドソーム輸送やエンドソーム NHE を標的とした糖尿病研究の進展や 新規糖尿病治療薬の開発が期待される 今回の発見につながった線虫やショウジョウバエは 大規模かつ迅速に薬理検査や分子メカニズム解明が進められるため 新薬開発の加速に期待

研究背景 糖尿病は 現在世界で4 億 2 千万人以上にものぼる患者がいますが その約 90% は 代表的な生活習慣病のひとつでもある 2 型糖尿病です 2 型糖尿病の治療薬の中でも 世界で最もよく処方されている経口投与薬メトホルミン ( 図 1) は 筋肉や脂肪組織への糖 ( グルコース ) の取り込みを増加させつつ 肝臓での糖新生を減少させることで 血糖値を下げ症状を改善させます メトホルミンが影響する生体内分子は これまでにもいくつか報告がありますが 他にも未知の重要な作用標的分子があると考えられており 特に メトホルミンが直接結合する分子はまだ発見されていませんでした 今回 ユ ヨンジェ特任准教授 ( 理学研究科脳神経回路研究ユニット ) を中心とする日米韓の国際研究チームは 線虫 C. elegans( シー エレガンス ; 図 2) を用いて そのような直接標的分子の新たな候補として 細胞内エンドソーム膜に存在する Na + /H + 交換輸送体 (NHE; 図 3) を発見しました さらに メトホルミンの新規作用メカニズムとして NHE が担うエンドソームの細胞内輸送と それが関わる細胞内代謝の調整 を提唱しました 研究成果 線虫 C. elegans は 代謝 ( 生体内のさまざまな化学反応 ) や生殖 加齢などの我々にも身近な一般的生物学現象の研究や ヒト疾患の分子メカニズムを理解するために用いられています 研究チームはまず メトホルミンが 飢餓状態における線虫の生存期間を短くすることを見出しました ( 図 4 左 黒線 ) この現象について 遺伝子に突然変異を引き起こしたさまざまな線虫個体において調べたところ ( 巻末参考資料 ) エンドソーム Na + /H +

交換輸送体 (NHE) タンパク質 (nhx-5) を持たない変異体では メトホルミンがほとんど影響しなくなると分かりました ( 図 4 左 赤線 ) すなわち エンドソーム NHE は メトホルミンの作用を受ける新規の標的分子であり 飢餓条件下での線虫の生存に関与していることが示されました さらに メトホルミンによる生存期間の短縮と エンドソームNHE(nhe3) の変異によるその効果の減少は キイロショウジョウバエでも見られました ( 図 4 右 ) 線形動物である線虫と昆虫であるショウジョウバエは 進化上 はるかに離れているにも関わらず 共通のメカニズムが見られたということから エンドソームNHEは ヒトを含む動物全体で共通のメトホルミン作用標的である可能性が高いと考えられました 成果の意義と将来展望 ( 表 1) 本研究では 主要な2 型糖尿病治療薬であるメトホルミンの新規標的分子として エンドソーム膜にある Na + /H + 交換輸送体 (NHE) を同定しました エンドソームとその細胞内輸送経路は 脂肪や炭水化物 コレステロール タンパク質といったさまざまな物質を 細胞の内と外や 細胞内小器官の間で輸送する物質循環システムの役割を担っています ( 図 5) エンドソームの輸送は エンドソーム内の ph に依存するため それを制御する NHE は 結果として細胞内のさまざまな物質の輸送速度や 代謝速度を微調整します したがって本研究成果から メトホルミンはエンドソーム NHE( 図 5;NHX-5) の機能に影響して 細胞内の物質移動や代謝を調整するという新作用メカニズムが示唆されました 本研究は世界で初めて 糖尿病およびメトホルミンの作用と エンドソーム物質循環システムを結びつけました この発見は メトホルミン作用のさらなる理解と 2 型糖尿病治療薬の改良につながると期待されます また 今回の発見されたメカニズムは ヒトを含む動物全体で広く共通であると考

えられます 今回の研究に用いられた線虫やショウジョウバエでは 大規模かつ迅速な薬理検査や分子メカニズムの解明手法を進められる手法が確立しているため 今後これらの動物を用いて エンドソーム NHE を創薬標的とした2 型糖尿病治療薬の新規開発も加速されると期待されます さらに 今後は糖尿病だけでなく 脳機能障害の治療や解明に結びつく可能性も考えられます ヒトのエンドソーム NHE 遺伝子 ( 遺伝子名 SLC9A6) の突然変異は エンジェルマン様症候群と呼ばれる知的障害を引き起こす原因として知られていますが 今後 エンドソーム NHE が関わる代謝や細胞内輸送の絶妙な制御が 脳機能とどう結びつくかを解き明かす糸口となる可能性もあります 用語説明 ( 注 1)2 型糖尿病 : 血糖値が慢性的に高くなる糖尿病の1 種で 糖尿病患者全体の約 90% を占める 生活習慣病の代表的な1つ すい臓から分泌されて血糖値を下げるホルモンである インスリンの体への作用が弱まるインスリン抵抗性や インスリン分泌低下を示すのが特徴 ( 注 2) メトホルミン ( 図 1): 2 型糖尿病治療における第一選択薬として 世界中で広く処方されている 筋肉や脂肪組織への糖取り込みを増加させつつ 肝臓での糖新生 ( 糖質以外の物質からグルコースを生産する過程 ) を減少させることで 血糖値を下げ症状を改善させる ( 注 3) エンドソーム ( 図 5): 細胞が自分自身の細胞膜ごと細胞外の物質を取り込んで出来る 真核細胞内の膜で包まれた袋状構造 ( 小胞 ) の一種 細胞内外や細胞内小器官の間で物質輸送を行う 細胞内の物質循環システムの一部 ( 注 4)Na + /H + 交換輸送体 (NHE; 図 3): 生体膜を貫通し 膜を通して物質を輸送する輸送体タンパク質の1 種 あらゆる細胞に存在しており ナトリウムイオンと水素イオンを逆向きに交換輸送することで ph や Na + 濃度の調節に寄与する

論文情報 掲載雑誌 : The Journal of Biological Chemistry, 291(35):18591-9 著者 : Kim J, Lee HY, Ahn J, Hyun M, Lee I, Min KJ, You YJ (2016) NHX-5, an Endosomal Na+/H+ Exchanger, Is Associated with Metformin Action. DOI: 10.1074/jbc.C116.744037 参考資料 実験概要