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を実際に行うことである 彼はこのような発話を 行為遂行型発話 と名づけてその重要性を指摘したのである 他方で彼は 事実の記述であり真理値をもつ発話を 事実確認型発話 (constative utterance) と名づけ 従来の言語分析がこのような発話にのみ注目してきたことを批判し それを 記述主義的誤謬 として批判した (Austin 1962, 訳 p. 7) この批判は 現在もまだ有効であるように思われる オースティンは 事実確認型発話 と 行為遂行型発話 の区別から出発して 言語行為の一般論 を研究した サールは その試みを継承し 発語内行為の分類とその分析を発展させた (i) オースティンの言語行為論 オースティンは 発話の二つの型を区別した 事実確認型発話 は 世界を記述する発話であり これはリンゴです 私は これがリンゴだと主張する などである 行為遂行型発話は 発話によって同時になんらかの行為を行うことになる発話であり 私はこの船を と命名する 私は これを弟に遺産として与える 私は あなたと 明日雨が降る方に千円賭ける などである ここでは その文を口に出して言うことが 当の行為を実際に行うことに他ならない (Austin 1962, 訳 p. 11) しかしこの二分法が容易ではないことに気づいて 言語行為の一般理論 に取り掛かることになった 彼は 言語行為を 次の三つ 発語行為 発語内行為 発語媒介行為 の 3 つに分類する 1 発話行為 (locutionary act) は さらに次の三つの行為 音声行為 用語行為 意味行為からなる (Austin 1962, 訳 p. 165) 音声行為 は 単に一定の音声を発する行為 である 用語行為 は ある語彙に属し かつ ある文法に適合するある音語 あるいは 語 即ちある一定の音声を それがその語彙に属 するものとして また それがその文法に適合するものとして発する行為 である 意味行為 は そのような音語を ある程度明確な意味と対象言及とを伴って使用するという行為 である 音声行為も用語行為も 模倣可能であり 再現可能である 彼は 彼は 猫がマットの上に居る と言った という直接話法は 用語行為の報告であ り 彼は 猫がマットの上に居ると言った という間接話法は 意味行為の報告である と指 摘した 2 発語内行為 (illocutionary act) は オースティンの造語であり 何かを言うという行為の遂行ではなく 何かを言いつつ行っている別の行為の遂行 (Austin 1962, 訳 p. 172) を意味している オースティンは この一般理論では 事実確認型発話 (constative) と 行為遂行型発話 (performative) という二分法をとらず 発語内行為について 5 つの分類を提案する (1) 判定宣告型 (Verdictives) (2) 権限行使型 (Exercitives) (3) 行為拘束型 (Commissives) (4) 態度表明型 (Behabilitives) (5) 言明解説型 (Expositives) 3 発語媒介行為(perlocutionary act) もまたオースティンの造語であり これは 何かを言うことは 多くの場合というよりは むしろ通常の場合 聞き手 話し手 またはそれ以外の人物の感情 思考 行為に対して結果としての効果を生ずることがある さらに その効果を生ぜしめるという計画 意図 目的を伴って発言をおこなうということも可能である (Austin 1962, 訳 p. 175) と説明される

ちなみに オースティンは一つの言明が別の言明の真理性を含意する多くの仕方のうちの3つを説明し それに対する 3 つの違反について興味深い説明をしている (Austin 1962, 訳 pp. 83-90) 1 帰結する(Entails) 全ての人が赤面する は 赤面する人が存在する を帰結する しかし 全ての人が赤面するが いかなる人も赤面しない や 猫がそのマットの下にいて その同じ猫がその同じマットの上にいる とかいうことはできない なぜなら いずれの場合においても前の文が次の文の矛盾を帰結するからである (Austin 1962, 訳 p. 83) これを否定することは 不整合 である ( 同訳 p. 85) 2 含意する(Implies) その猫はマットの上にいる と述べることは その猫がマットの上にいると私が信じているということを含意する (Ibid. 訳 p. 84) 主張することは 信ずることを含意している それゆえに 信じていないときに主張することは 不誠実 となる 3 前提 (Presupposes) ジャックの子供はみな 禿げである は ジャックには子供がいる を前提している ここで ジョンに子供がいないとき この言明は 無意味ではなくて 無効 void であると オースティンはいう ( 同訳 p. 89) 現在のフランス王は禿げである は オースティンによれば 無意味でも 偽でもなく 無効 であるということになる (ii) サールの言語行為論サール (John Searle) は 言語行為 (1969) において 次の4つの言語行為を区別する (a) 発話行為 (utterance act)= 語 ( 形態素 文 ) を発話すること (b) 命題行為 (propositional act)= 指示と述定を遂行すること (c) 発語内行為 = 陳述 質疑 命令 約束 などを遂行すること ( d ) 発語媒介行為 = 発語内行為という概念に関係を持つものとして 発語内行為が聞き手の行動 思考 信念などに対して及ぼす帰結 (consequence) または結果 (effect) という概念が存在する 例えば 何事かを論ずることによって 何かを説得し 納得させる 警告を与えることによって 恐がらせたり 警戒心を起こさせる 依頼を行うことによって 何事かを行わせる 情報を伝達することによって 納得させ 啓蒙し 教化し 励まし 自覚させる この分類に 表現と意味 (1779) での次を加えることができるかもしれない (e) 間接的言語行為 (indirect speech act)

これは グライスのいう 会話の含み の一種とみなすことができるものである サールは 言語行為 では発語内行為の分類を行なっていないが その後 論文 発語内行為の分類 (1975) で発語内行為を5つに分類する (1) 断定型 (assertives) B(p) これは 事実について陳述するものであり この分類の中で唯一 真偽を言うことのできる発話である (2) 行為指示型 (directives)! W(H does A) これは 聞き手にある行為を指示するものである 懇願 依頼 命令 要求 勧誘 許可 助言 など (3) 行為拘束型 (commissives) C I(S does A) これは 話し手がある行為を約束するものである (4) 表出型 (expressives) Eφ(p)(S/H + property) これは 話し手の心理状態を表現するものである お祝い 陳謝 お悔やみ 嘆き 歓迎 など (5) 宣言型 (declarations) D (p) 首尾よく遂行されれば 命題内容と現実との一致をもたらすものである 洗礼すること 命名すること 任命すること 判決を下すこと など 1 番目の記号 (! C E D) は 発語内行為の種類を表す 2 番目の記号は 適合の方向 (direction of fit) を表す つまり 言葉を世界に合わせる か 世界を言葉に合わせる か の区別である 主張は 命令や約束は である 宣言の は両方向 表出型のφは無方向 を表す 3 番目の記号は 心理状態を表す Bは信念 (belief) Iは意図 (intention) Wは欲求 (want) を表す Hは聞き手 (hearer),sは話し手(speaker) を表す ( 聞き手というのは 発話の受信者として意図されている人であって 単にその発話を聞いている人のことではない ) さらにその後 サールは論文 遂行発話はどのように働くのか (Searle 1989) で 発話行為 の新しい分類方法を提案する 彼はまず, 遂行発話 (a performative utterance) と 遂行動詞 (a performative verb) を次のように定義する 遂行型発話は < 発話がその文の中の遂行的表現によって名指されている行為の遂行を構成 するように話されたときの > 遂行文の発話である 遂行動詞は 遂行文における主たる動 詞として出現しうる動詞である (Searle 1989, pp. 89f.) この遂行型発話 ( 遂行動詞をもつ遂行文の発話 ) をサールは 宣言型発話 と呼ぶ そして 宣言型発話以外の発話については これまで通りに分類するので 発語内行為の区別は次のようになる 主張型発話行為指示型発話行為拘束型発話

表現型発話 宣言型発話 例えば これは赤い は主張型発話であり 私はこれは赤いと主張する は宣言型発話となる それをとってください は行為指示型発話であり 私はあなたにそれをとるように依頼します は宣言型発話になる その他の発話行為も同様である ここでの発語内行為の分類は 次のように表記できるだろう 遂行動詞を含まない発話の発語内行為の分類 (P)!(P) C(P) E(P) D (p) 遂行動詞を含む遂行発話の発語内行為の分類 D( P) D(!P) D(CP) D(EP) D(DP) ミニレポート課題 1 遂行動詞を含まない発話の例を挙げてください (P) 例文!(P) 例文 C(P) 例文 E(P) 例文 D (P) 例文 遂行動詞を含む遂行発話の例を挙げてください D( P) 例文 D(!P) 例文 D(CP) 例文 D(EP) 例文 D(DP) 例文 課題 2 もしこの 10 種類に分類できないと思われる発話が見つかれば それを書いて下さい このような発語内行為の分類の中で サールは 質問の発話を情報伝達の依頼という依頼の発話の 一種とみなしているが ここでは そのような質問の理解が記述主義的誤謬であることを示し 質 問型発話が特殊な発語内行為であることを指摘したい 1 2 質問発話の特殊性 問いは発話の半製品であるという主張が 言語行為に関しても当てはまることを示したい まず 質問発話が 全ての他の発語内行為に対置される特殊なものであることを確認する 質問発話は 依頼の発話の一種ではないこと 質問発話は その返答がどのような発語内行為を行うかを指定し ており その意味で他の発語内行為とは全く異なるユニークな発語内行為である 次に この分析 をもとにするならば かつてコリングウッドは 質問発話以外のすべての発話の意味は 相関質 1 この節の議論は 拙論 ( 入江幸男 1992) がもとになっている

問へ答えとしてのみ確定する 2 と主張していたが 発語内行為に拡張して 質問発話以外のす べての発話の発語内行為は 相関質問への答えとしてのみ確定する と主張できることを示したい (1) 質問は情報提供の依頼かサールは質問を情報提供の依頼と考える 彼は 言語行為 で次のように述べている 質問するということは 実際は 依頼の特殊例 すなわち 情報を依頼している ( 本来の質問 ) か 聞き手が知識を提示することを依頼している ( 試験の場合の質問 ) かのいずれかの依頼なのである (Searle 1969, p. 69, 訳 p.119) このように質問を情報提供の依頼ととらえることは サールに限らず一般的な質問の理解のようである3 まず この点を検討しよう 本来の質問 ( 試験の質問のようなケースを除く ) の場合 サールの言うように 質問はつねに情報提供を依頼しているのだと言えるだろうか たしかに 彼が例に挙げるような 合衆国初代大統領の名前は何ですか? という質問は 情報提供を依頼している このような問いの答は 主張型発話である しかし すべての質問が主張型発話を答えとするのではない サールの上の主張は 主張型発話を答えとする質問だけを念頭においたものであり 行為指示型や行為拘束型の発話を答えとする質問を見過ごしている そのことは サールが 質問発話が充たすべき事前規則の一つとして 話し手は答えを知らない すなわち その命題が真であるか否か あるいは 命題関数の場合には 補充してその命題を真にするために必要な情報を知らない 4と述べていることからも明らかである オースティンは 全ての発話を真理値をもつ言明として理解することを 記述主義的誤謬 5 と呼んだが それに倣うならば全ての質問を 主張型の発話を答とする質問として理解することもまた記述主義的誤謬だといえるだろう ところで 行為指示型や行為拘束型の発話などの真理値を持たない答えも 情報を提供していると言えるだろうか たとえば あなたはその本を私にくれますか という質問に対する答が はい さしあげます であれ いいえ困ります であれ こられの答が情報を提供しているとはふつう言わないだろう 情報というのは ふつうは客観的事実についての記述であり 発話者の意図や決意を含まない 彼は と約束します というような主張型は事実の記述であって情報を提供しているが 私は と約束します という発話は 情報提供しているというよりも 意図決定を行っており 約束という行為を行っているのであって 一つの出来事を生み出している この場合 次のような反論があるかもしれない 曰く 確かに 返答者にとってはそのような発話は情報提供ではないとしても 質問者にとってはその返答は情報提供という意味を持っており その意味で 質問者は情報提供を求めているのである と しかし この場合の返答を 質問者は単なる情報提供として受け取るのではない ここでの質問者は 相手に意図決定 態度決定を求め 2 これはコリングウッドの主張の表現そのままではなく それを言い換えたものである これをコリングウッド テーゼと名付けて証明を試みてきた (Irie 2009) そのテーゼを変更する必要があるとは考えていないが 現在はそのテーゼをより広い観点から位置づけ直す必要があると考えている 3 たとえば J. ヒンティカは 問いの論理を研究する論理学者や問いの構文論を研究する言語学 者はたくさんいるが すべての連中が潜在的に一致していることが何かあるとすれば それは質 問が情報の要求であるという考えである (Hintikka 1974 p. 104) と述べている 4 Searle, J. R., Speech Acts, Cambridge UP, 1969, p. 66, 前掲訳 125 頁 5 J. L. Austin, How to Do Things With Words, second ed., Oxford UP, 1975 (first ed. 1962), p. 3, p. 100.

ていたのだから その返答に対して それを受諾するか拒否するかについて 応答する責務をもつし また諾否に応じて様々な責務をもつことになる そのような返答は 質問者にとっても単なる情報提供 事実の報告ではなくて それに対して応答すべき問いかけになっている 以上のよう質問の中には 単なる情報の依頼のケースだけでなく 意思決定の依頼のケースもある 質問に 意思決定の依頼の場合があることを考慮してかどうか分からないが サールは論文 発語内行為の分類 では 質問を情報提供の依頼としてではなく 次のように述べている 質問は行為指示型の下位集合である というのは 質問は SがHに答えさせようとする つまりある言語行為を遂行させようとする試みであるからである 6 (2) 質問発話の特殊性 サールが言うように 同じ命題の表現が 異なる発語内行為を行うために行われることがある 7 サールが挙げる同じ命題の例をあげよう 1 Sam smokes habitually. サムは習慣的に喫煙する ( 主張 ) 2 Does Sam smoke habitually? サムは習慣的に喫煙するのか ( 質問 ) 3 Sam, smoke habitually! サムよ 習慣的に喫煙せよ ( 命令 ) 4 Would that Sam smoked habitually. サムが習慣的に喫煙してくれたらなあ ( 願望 ) これらの発話の指示と述定は共通している 二つの異なる発語内行為が同じ指示と述定を含んでいるときは 指示表現の意味が同一であればつねに 同じ命題が表現されているということにしよう (Searle 1969, 訳 p. 50) そして 命題を表現することは命題行為である サールは 厳密に言うならば 文が命題を表現するのではなく 文を発話する際に話し手が命題を表現する と言う 上の4つの文で 同一である部分が 命題表示部分 (propositional indicator) であり 異なる部分が 発語内的力表示部分 (illocutionary force inicator) と言われる(52) この4つの文の発話は (p)?(p)!(p) E(p) と表示される 2の質問に対する答えは (p) あるいは ( p) になるだろう 8 例えば あなたは習慣的に禁煙しますか? とサムが問われて 私サムは 習慣的に喫煙しま す とか 私サムは 習慣的に喫煙しません と答えるとき この問答は次のようになるだろう 6 Searl,J.R., "A taxonomy of illocutionary acts", Expression and Meaning, Cambridge U.P. 1979, p14. 7 サール 言語行為 p. 7 8 サールは 命題的否定と区別して 発語内的否定を考えていたので 返答の候補としては (p) も考えられるが これについては脚注 30 を参照 )

しかし 先にみたように 質問に対する答は 主張型だけでなく 行為指示型や行為拘束型やその他の場合もある 例えば 私サム に習慣的に喫煙することを命じますか? とサムに問われて サムよ 習慣的に喫煙しなさい とか サムよ 習慣的に喫煙をやめなさい と答えるとき この問答は次のようになるだろう?(p)!(p) あるいは!( p) と表示されることになるだろう また 例えば サム あなは習慣的に喫煙しますか? 私 サムは 習慣的に喫煙します ( 約束 ) あるいは 私 サムは 習慣的には喫煙しません ( 約束 ) と答えるとき この問答は この問答は次のようになるだろう?(p) C(p) あるいは C( p) また 例えば サムが習慣的に喫煙してくれたらなあ ですか? サムが 習慣的に喫煙てくれたらなあ ( 表現 ) あるいは サムが 習慣的には喫煙しなければなあ ( 表現 ) と答えるとき この問答は この問答は次のようになるだろう?(p) E(p) あるいは E( p) また 例えば サムは習慣的に喫煙しますか? ( 判定を求める質問 ) サムは習慣的に喫煙します ( 判定 ) あるいは サムは習慣的には喫煙しません ( 判定 ) と答えるとき この問答は この問答は次のようになるだろう?(p) C(p) あるいは C( p) これらの 5 つの質問において 指示と述定は同一である したがってサールの表記法によるならば すべて?(p) となる しかし この表記では不十分である なぜなら それらの答えは 次のように異なる発語内行為を持つからである (p)!(p) C(P) E(P) D(P) 答えがどのような発語内行為をもつかは それぞれの相関質問においてすでに指示されているはずである したがって 質問を次のように表示する必要があるだろう? (p)?!(p)?c(p)?e(p)?d(p) 一般的にいえば 質問の発話は もしそれがF(p) を答とするのならば?F(p) と表示するのがよいのだろう もし質問発話がこのように表示されるべきだとすると 質問発話は ユニークであり 他の発語内行為とは全く異なるものであることになる なぜなら それは他の発話の発語内行為を指定しているからである ところでサールの改訂版の発語内行為の分類では 発語内行為はつぎのように分類された 遂行動詞を含まない発話 : (P)!(P) C(P) E(P) D (p) 遂行文の発話 : D (P) D!(P) DC(P) DE(P) DD(P) 9 9 遂行発話を次のように表記することも考えられるかもしれない

前者の < 遂行動詞を含まない発話 > を答えとする質問は 次のように表記できるだろう? (P)?!(P)?C(P)?E(P)?D (p) 後者の < 遂行文発話を答えとする質問発話 > は 次のように表記され それ自体もまた返答の遂行 動詞を含む質問になるだろう?D (P)?D!(P)?DC(P)?DE(P)?DD(P) これらの質問発話は サールの挙げた 5 つのタイプの発語内行為とは異なる第 6 のタイプに分類す るべきであろう ミニレポート課題 3 < 遂行動詞を含まない発話 >を答えとする質問の例を挙げてください? (P)??!(P)??C(P)??E(P)??D (P)? < 遂行文発話 >を答えとする質問発話の例を挙げてください?D (P)??D!(P)??DC(P)??DE(P)??DD(P)? 課題 4 同一文の発話であるが 発語内行為が異なる例を考えて それぞれの発話の相関質問の例を考えてください P? (P)??!(P)??C(P)??E(P)??D (P)? D( P) D(!P) D(CP) D(EP) D(DP))