日本語 日本文化研究 第 27 号 (2017) 手伝うことについての重い依頼に対する 断り の日タイ対照研究 親疎関係による分析 プーンウォンプラサートタニット 1. はじめに我々が他者とコミュニケーションを円滑に行うには 人間関係 相手の社会的地位などの社会文化的コンテクストに配慮し 適切な表現

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Title Author(s) 手伝うことについての重い依頼に対する 断り の日タイ対照研究 : 親疎関係による分析 プーンウォンプラサート, タニット Citation 日本語 日本文化研究. 27 P.170-P.182 Issue Date 2017-12-01 Text Version publisher URL http://hdl.handle.net/11094/69226 DOI rights

日本語 日本文化研究 第 27 号 (2017) 手伝うことについての重い依頼に対する 断り の日タイ対照研究 親疎関係による分析 プーンウォンプラサートタニット 1. はじめに我々が他者とコミュニケーションを円滑に行うには 人間関係 相手の社会的地位などの社会文化的コンテクストに配慮し 適切な表現を使用しなければならない 特に 本稿で扱う 断り は相手の意向に逆らうことなので 良好な人間関係を損ねないように表現に十分に気をつけることが重要になる 断り方を間違えるとコミュニケーション上の失敗を招いたり 無礼だと非難されたりする恐れがある ネウストプニー (1991) は コミュニケーションは 言語と文化という枠組みからなり 言語能力だけでなく社会文化能力と社会言語能力も重要だと述べているが 異なる文化的背景の人たちによるコミュニケーション活動においては 文化の相違による様々な誤解が生じる可能性がある ( 石井 1997) そのため 断り を日本語教育で扱う際には文化の相違にも留意しながら指導する必要がある 断りに関する先行研究では 提案 勧誘 物の貸し借りの依頼 に着目した断りに関する対照研究 ( ルンティーラ 2004 伊藤 2009 成田昌子 成田高宏 2010 等 ) は数多く見られるが 手伝ってほしいという依頼に対する断りを中心にした日タイ対照研究はまだなされていない そこで 本稿では 手伝いの依頼 に対する断りを取り上げ ロールプレイデータを用いて 日本語母語話者およびタイ語母語話者が用いる意味公式 (Beebe, Takahashi and Uliss- Weltz 1990) の違いを明らかにすることを目的とする さらに 異文化間コミュニケーションの誤解を減らすために 明らかになった点を踏まえ 日本語教育において留意すべき点を提案したい 2. 先行研究日本語とタイ語における依頼と断りを考察した主要な先行研究として 堀江 (1995) ルンティーラ (2004) 伊藤(2009) 成田昌子 成田高宏 (2010) の研究が挙げられる 依頼会話に関する日タイ対照研究を行った堀江 (1995) によると 日本語の依頼表現は 定型表現でも 丁寧さのバリエーションが豊富であり 状況や依頼の内容 あるいは相手 - 170 -

大阪大学大学院言語文化研究科日本語 日本文化専攻 との関係に応じた適切な表現が要求される 一方 タイ社会において依頼表現は相手との心的距離によって大きく変化する 親しい間柄であれば 面倒な前置き抜きにすぐ本題に入る 日本人にすれば こうしたタイ人の簡略的で直接的な依頼表現は無礼だと感じられることが少なくない しかし 目上の人に依頼する時は タイ人も日本人同様 丁寧に前置きなどの間接的な表現を使って都合を聞く このような文化 価値観の違いは双方のコミュニケーションのスタイルに大きく影響を与え 誤解の原因になりやすいと述べられている 提案に対する断りに関して調査を行ったルンティーラ (2004) は ロールプレイデータを用いて日本語 タイ語母語話者とタイ人日本語学習者が用いる意味公式の出現順序パターンに焦点を当てて分析を行っている 結果として 日本語もタイ語も 理由 が多用されていると述べており タイ人は親疎関係を 日本人は上下関係を考慮して断り方を選択すると報告している 伊藤 (2009) は ロールプレイデータを用いて ジャワ語 インドネシア語 マレーシア語 タイ語の母語話者を対象に 勧誘に対する断りを発話の順序の観点から分析し タイ語は相手との親疎関係に関わりなく 目上の相手の場合は 理由 詫び 同等の相手の場合は 結論 理由 の順に発言すると述べている 成田昌子 成田高宏 (2010) は ロールプレイデータを用いて 申し出に対する断り 表現における意味公式の使用の違いを研究し 理由 が最も多いことは日タイ両者に共通しているが 日本語 タイ語母語話者の意味公式使用の違いは日本語が直接的であるのに対してタイ語は間接的であるということを明らかにしている 先行研究においては 手伝いの依頼 に対する断りにおいて 日本語 タイ語母語話者が用いる意味公式の違いに焦点を置く研究は管見の限りまだない 手伝いの依頼 は恩恵授受関係のある言語行動であり 依頼に対して断りがなされた場合は 依頼者をがっかりさせたり 困らせたりする可能性がある また 依頼を断った人は思いやりがない人だと判断されるかもしれない このように 手伝いの依頼 に対する断りは人間関係に強い影響を与える可能性があることから 研究する必要性があると考える 3. 調査方法 3.1. 本稿の 手伝いの依頼 断り の定義本研究における 手伝いの依頼 とは 山岡 (2012) とグエン (2012:182) の定義に修正を加え 依頼者が 被依頼者 ( 相手 ) に依頼者の利益になるような行動を求めること その行動は被依頼者に手間をかけさせるものである とする - 171 -

日本語 日本文化研究 第 27 号 (2017) また 断り の定義は蔡 (2005) と権 (2008:225) による 断り の定義を参考にした 断り とは 相手 ( 依頼者 ) の依頼を受け入れないことを 相手に伝達する行為である と定義する 3.2. 調査方法調査の手段としては 大量のデータを収集することにより特徴や傾向を観察することができる談話完成テスト (DCT) を使用した 場面設定においては Brown and Levinson(1987) のポライトネス理論に基づき 親疎関係 上下関係 負担の度合い 3 つの要因を設定した 大学生活に起こり得る場面を設定するために まず日本語 タイ語母語話者の大学生それぞれ 25 名に依頼と断りの経験を聞き その意見を参考にして 8 つの場面を設定した そのうち 本稿は目上からの重い依頼に絞り 分析する 場面設定は親しい先生 あるいは 2-3 回ぐらい挨拶したことがある程度の親しくない学科の先生に 日曜日にオープンキャンパスの準備をすることを頼まれるという重い依頼を設定した DCT は日本語版とタイ語版があり 以下は日本語母語話者向けの DCT の一部である 場面 : 来週 大学でオープンキャンパスが行われます さまざまな高校の教員や高校生など 数多くの方が参加します そろそろイベントの日が近づいてきて 先生からあなたに日曜日に準備するのを手伝ってくれないかと依頼されました あなたは都合が悪いので 手伝いに行けません その時 あなたはどう言いますか 1. 依頼者 : いつもお世話になっている先生先生 : あのう 来週のオープンキャンパスのことなんですけど ちょっと手伝ってもらいたいことがあるんですが あなた : はい 何でしょうか 先生 : 準備がまだできていなくて 学生さんの力を貸してもらいたいんですけど もし日曜日 何も予定がなければ準備を手伝ってもらいたいんですが 大丈夫ですか あなた : 2. 依頼者 : あいさつ 2-3 回ぐらいしたことがある親しくない学科の先生あなた : 調査協力者は日本語母語話者 タイ語母語話者それぞれ 100 人の合計 200 人である 日本語母語話者 ( 以下 JJ ) は大阪大学の学生 100 名 1 タイ語母語話者( 以下 TT ) はチェンマイ大学とラジャマンガラ ラタナコーシン技術大学の学生 100 名 2 である 協力者の年齢は 18-23 歳である 調査は 2017 年 2 月 -3 月中旬にかけてタイのチェンマイとバンコクおよび日本の大阪で実施した DCT を完成してもらったことに加えて 日本語母語話者 47 名 タイ語母語話者 65 名に断り方の選択に対する意見についてフォローアップインタビューを行った - 172 -

大阪大学大学院言語文化研究科日本語 日本文化専攻 なお 回答には調査地の方言による影響があるため 本稿の結果が日本語 タイ語の一 般的な傾向であると言えるかどうかについてはさらにデータを増やして検証する必要があ る 3.3. 分析方法 分析には意味公式 (semantic formulas) を用いる 本研究で用いる意味公式は Beebe, Takahashi and Uliss-Weltz(1990) 伊藤 (2010) と李 (2013) の意味公式と調査の結果を参考にし 修正を加えた まず DCT に書かれた断り文を 意味機能ごとに分類し ある意味公式を使 用したら 1 使用しなかったら 0 とカウントした その後 回答者全員に対する意味公式 を使用した回答者の割合を百分率で換算して出現率とした なお 意味公式は { } と表記す る 以下は収集された回答例について 意味公式による分析を行った例である 回答例 1: 申し訳ないですが 実は日曜日は用事があります 準備に行けないんです { 詫び } { 理由の内容 } { 結論 } 回答例 2:ว นอาท ตย น หรอคร บ ผมไม สะดวกคร บ เพราะผมต องพาพ อแม ไปโรงพยาบาล { 情報確認 } { 結論 } { 理由の内容 } ( 和訳 : 日曜日ですか? ちょっと行けないです 両親を病院へ連れて行きます ) 本研究で用いる意味公式は表 1 の通りである 表中に挙げられる回答例は日本語もタイ 語も同じ意味のものである 表 1 本研究で用いる意味公式 結論 詫び 意味公式意味機能回答例 理由の内容 3 理由の内容 + 説明積極的代案提示 消極的代案提示 条件提示 依頼に応じるのが不可能であることを示す 相手の意向に沿えないことに謝りの気持ちを表す 相手の意向に沿えない理由の内容だけ述べる理由の内容に加えて その理由に関する説明も述べる依頼に応じず 被依頼者が問題解決の方法として自分から積極的な働きかけを提案する 依頼に応じず 被依頼者が自分以外の人に依頼するように提案する 依頼を引き受けることのできる条件を提示する 手伝えないわ / 力になれません厳しいですね / 協力できかねます ช วยไม ได อะ / ไม สะดวกคร บ ค ะ / อาจจะไปไม ได คร บ ค ะ 申し訳ないですが / すみません / ごめんなさい ขอโทษคร บ ค ะ / โทษท นะคร บ ค ะ ちょっと日曜日は用事があるんで เผอ ญม ธ ระว นอาท ตย คร บ ค ะ ちょっと日曜日は用事があるんで 時間がないんです เผอ ญม ธ ระว นอาท ตย ไม ม เวลาคร บ ค ะ ( 私が ) 友達に聞いてみます / 友達に協力をお願いします เด ยวผม หน จะลองถามเพ อนด นะคร บ ค ะ / เด ยวผม หน จะขอความ ร วมม อจากเพ อนให นะคร บ ค ะ 他の友達に頼んでもらえますか? อาจารย ลองหาคนอ นนะคร บ ค ะ 別の日にしたら いかがですか? เปล ยนเป นว นอ นได ม ยคร บ ค ะ 約束 次回協力することを述べる また次の機会があれば 手伝わせていただきます ถ าม โอกาส ไว คร งหน าละก นนะ - 173 -

日本語 日本文化研究 第 27 号 (2017) 否定的反応 依頼に返答する前に 断り発話を予想させるような反応をする ちょっとー / うーん / あのー / んー / ああ / えー เอ อ.. / อ ม.../ เฮ ย... / ค อ... 理解 相手の話を理解したことを示す そうですか / そうですね / そうか หรอค ะ คร บ 驚き 驚きの感情を表す はー / えっ หา / จร งเหรอคร บ ค ะ 情報確認 相手が言ったことを確認する 日曜日ですか? ว นอาท ตย เหรอคร บ ค ะ 共感 相手の意向に添いたい心情を表明す 手伝いたい気持ちは山々ですが อยากไปช วยคร บ ค ะ แต.. る 呼びかけ 相手を呼ぶ 先生 อาจารย 4. 談話完成テストの分析結果 本節では 親しい目上と親しくない目上からの依頼に対する断りの場面において JJ と TT が用いた意味公式の出現率を比較する 4.1. 場面 1: 親しい目上からの重い依頼 (JJ TT の比較 ) 図 1 は親しい目上からの重い依頼を断る場合に JJ と TT が用いた意味公式の出現率を 比較するものである 図 1 親しい目上からの依頼 :JJ TT の比較 親しい目上からの重い依頼を断る場合に JJ が用いた意味公式のうち出現率が高い順に 挙げると { 理由の内容 }(94%) { 詫び }(93%) { 結論 }(92%) { 約束 }(59%) である 出現率が 低い意味公式は { 理由の内容 + 説明 }(6%) { 情報確認 }(7%) { 理解 }(8%) である 一方 TT は出現率が高い順に { 理由の内容 + 説明 }(85%) { 詫び }(51%) { 否定的反応 }(27%) { 呼びか け } (25%) である 出現率が低い意味公式は { 約束 }(3%) { 共感 }(4%) { 情報確認 }{ 理解 } ( それぞれ 5%) { 結論 }(9%) である JJ と TT の相違点は JJ は { 結論 }{ 詫び }{ 約束 } を多用しているということである JJ の 回答例を挙げる 例 1 すみません{ 詫び } 日曜日は用事があるので{ 理由の内容 } 行くことはできまが せん { 結論 } 今年 機会があれば 是非お手伝いさせていただきます来年 { 約束 } - 174 -

大阪大学大学院言語文化研究科日本語 日本文化専攻 例 2 申しわけないですが{ 詫び } 日曜日は先約があって{ 理由の内容 } 手伝いに行けそうにないです { 結論 } しかし TT は { 結論 }{ 詫び }{ 約束 } の使用を控えている 回答例を以下に示す 例 3 อ ม.. อาท ตย หรอคร บ ต ดธ ระสาค ญพอด ( 和訳 : うーん { 否定的反応 } 日曜日ですか{ 情報確認 }? ちょっと大切な用事があります { 理由の内容 } ) 例 4 อ อคร บ ว นอาท ตย ผมต องไปงานศพก บท บ าน ไม ม เวลาว างเลยคร บ ( 和訳 : そうですか { 理解 } 日曜日は家族と葬式に参加しなければなりません 暇な時間がないんです { 理由の内容 + 説明 } ) また 断りの理由を説明するという共通点が見られるが 理由の説明の仕方が異なる JJ は理由の内容を簡潔に言う 例 5 日曜日はアルバイトがあります 日曜日は先に予定を入れてしまっていて その日はどうしても外せない用事がありまして 先約があるので それに対して TT はどのような用事 約束があるか細かく説明し 家族 親戚に関することや自分の勉強を理由とする回答が多く見られた 例 6 พอด ว นอาท ตย ต ดธ ระ ต องไปเย ยมญาต ท ต างจ งหว ด ( 和訳 : 日曜日は用事があって 家族と親戚を訪問します ) 例 7 ค อว าว นอาท ตย หน ไม ว างค ะจารย พอด ต องไปทาบ ญท ว ด ( 和訳 : 日曜日は時間がないです 先生 お寺へ徳を積みに行きます ) 例 8 หน ต องอ านหน งส อเตร ยมต วสอบค ะ หน กล วทาข อสอบไม ได ( 和訳 : テスト勉強をしないといけません 試験のことは不安です ) さらに { 条件提示 } と { 呼びかけ } は TT にしか見られず TT と JJ の差が大きい TT の回答例を見ると 時間変更の条件提示も 手当支給の条件提示も見られる 例 9 เล กเร ยนเสร จแล ว ไปช วยได ม ยคร บ ( 和訳 : 授業が終わった後の時間なら いかがですか?) 例 10 ถ าอาจารย ม เบ ยเล ยงให ผมก ย นด ไปช วยคร บ ( 和訳 : もし手当の支給があったら 喜んで手伝いに行きます ) また { 呼びかけ } は断りの前に多く見られる 回答例は以下の通りである 例 11 อาจารย ค อหน ต ดธ ระค ะ ( 和訳 : 先生 { 呼びかけ } ちょっと用事があります { 理由の内容 } ) - 175 -

日本語 日本文化研究 第 27 号 (2017) 4.2. 場面 2: 親しくない目上からの重い依頼 (JJ TT の比較 ) 図 2 は親しくない目上からの重い依頼を断る場合に JJ と TT が用いた意味公式の出現 率を比較するものである 図 2 親しくない目上からの依頼 :JJ TT の比較 親しくない目上からの重い依頼を断る場合に JJ が用いた意味公式のうち出現率が高い 順に挙げると { 理由の内容 }(93%) { 詫び }(91%) { 結論 }(75%) { 否定的反応 }(23%) である 出現率が低い意味公式は { 積極的代案提示 }{ 消極的代案提示 }( それぞれ 1%) { 条件提 示 }(2%) { 理由の内容 }{ 情報確認 }( それぞれ 3%) { 理解 }(4%) である 一方 TT は出現率 が高い順に { 詫び }(93%) { 理由の内容 }(60%) { 結論 }(50%) { 理由の内容 + 説明 }(31%) であ る 出現率が低い意味公式は { 約束 }{ 理解 }( それぞれ 2%) { 情報確認 }(3%) { 消極的代案 提示 }{ 条件提示 }( それぞれ 6%) である JJ と TT の共通点は { 詫び } の出現率が非常に高いことである { 結論 }{ 理由の内容 } は JJ と TT ともに 出現率が 50% を超えるが JJ のほうが TT より出現率が遥かに高い そし て { 積極代案提示 }{ 消極的代案提示 }{ 条件提示 } は JJ も TT も 出現率が少ない (10% 以下 ) つまり 親しくない目上の依頼を断る際 相手を手伝う別の方法がほとんど提示されない 傾向が JJ TT 共に見られる 回答例は以下の通りである JJ:{ 積極的代案提示 } の例 人手が足りないようでしたら 知り合いに訪ねてみましょう か? TT:{ 積極的代案提示 } の例 เด ยวผมหาคนมาช วยคร บ ( 和訳 :( 私が ) 手伝いに行ける 友達を探して見ます ) JJ:{ 消極的代案提示 } の例 他の人に頼んでいただけますか? TT:{ 消極的代案提示 } の例 อาจารย ลองถามคนอ นด ด ( 和訳 : ほかの同級生に聞いてくれませ んか?) JJ:{ 条件提示 } の例 お手伝いは他の日にお願いできませんか? TT:{ 条件提 示 } の例 : เปล ยนเป นหล งเล กเร ยนได ม ยคร บ ( 和訳 : 授業が終わった後の時間はいかがです か?) また TT にしか見られない意味公式は { 約束 }{ 呼びかけ } であるが 出現率が低い - 176 -

大阪大学大学院言語文化研究科日本語 日本文化専攻 4.3. 日本語母語話者 : 場面 1 と場面 2 における意味公式の比較 図 3 は親しい目上 ( 場面 1) と親しくない目上 ( 場面 2) からの重い依頼を断る場合に JJ が 用いた意味公式の出現率を比較することを示すものである 図 3 日本語母語話者 : 場面 1 と場面 2 における意味公式の比較 JJ が親しい目上からの重い依頼を断る場合に用いた意味公式は 出現率が高い順に { 理由の内容 }(94%) { 詫び }(93%) { 結論 }(92%) { 約束 }(59%) という結果である 同じように親しくない目上からの重い依頼を断る場合には 最も出現率が高い順に { 理由の内容 }(93%) { 詫び }(91%) { 結論 }(75%) である 出現率を見ると 2 つの場面において { 結論 }{ 詫び }{ 理由の内容 } が多く使用されている しかし { 結論 } は親しい目上より親しくない目上のほうが出現率が少なく 17 ポイントの差異が見られる JJ において親疎関係によって 出現率が明らかに異なる意味公式は { 積極的代案提示 } と { 約束 } である { 積極的代案提示 } は親しい目上からの依頼の場面は出現率が 21% であるのに対して 親しくない目上の場面は 1% に過ぎない さらに { 約束 } は親しい目上からの依頼の場面は出現率が 59% を超えるが 親しくない目上の場面は全く見られない すなわち JJ は親疎関係にかかわらず { 結論 }{ 詫び }{ 理由の内容 } を多用する しかし { 積極的代案提示 } と { 約束 } は親疎関係によって出現率が異なり 親しい目上ならば 手伝いの方法や次回の協力が提示されるが 親しくない目上ならば ほとんど提示されないという傾向が見られた 4.4. タイ語母語話者 : 場面 1 と場面 2 における意味公式の比較 図 4 は親しい目上と親しくない目上からの重い依頼を断る場合に TT が用いた意味公式 の出現率を比較するものである - 177 -

日本語 日本文化研究 第 27 号 (2017) 図 4 タイ語母語話者 : 場面 1 と場面 2 における意味公式の比較 TT が親しい目上からの重い依頼を断る場合に用いた意味公式は 出現率が高い順に { 理由の内容 + 説明 }(85%) { 詫び }(51%) { 否定的反応 }(27%) { 呼びかけ }(25%) { 積極的代案提示 }(22%) である それに対して 親しくない目上からの重い依頼を断る場合 最も出現率が高い順に { 詫び }(93%) { 理由の内容 } (60%) { 結論 }(50%) { 理由の内容 + 説明 }(31%) である 親疎関係により意味公式の出現率が明らかに異なる意味公式の一つ目は { 結論 } で 親しい目上からの依頼の場面は出現率がわずか 9% であるが 親しくない目上の場面は 50% である 同じように { 詫び } は 親しい目上からの依頼の場面は出現率が 51% であるが 親しくない目上の場面は 93% と非常に高い さらに 親しい目上に { 理由の内容 + 説明 }(85%) 親しくない目上に { 理由の内容 }(60%) が多く使用される傾向が見られる 加えて { 積極的代案提示 }{ 条件提示 } は親しい目上のほうが 親しくない目上より出現率が高い また { 否定的反応 }{ 驚き }{ 共感 }{ 呼びかけ } などの気持ちを表す意味公式も同じ傾向である つまり 親しくない目上に対しては手伝う方法があまり提示されておらず 気持ちを表す意味公式もあまり用いられない すなわち TT は親しい目上より親しくない目上に対してのほうが { 結論 }{ 詫び } を多く使用する 親しい目上ならば 理由の説明が細かくなり 手伝う方法が提示される 親しくない目上ならば 手伝う方法がほとんど提示されない しかも 気持ちを表す意味公式は親しくない目上にはほとんど用いられないという傾向が見られた 5. 結果の考察分析の結果から JJ と TT の意味公式の使用における大きな違いとして 以下の点が挙げられる まず JJ は親疎関係に関わらず { 結論 }{ 詫び } を多く使用し { 理由の内容 } のみ言う傾向が見られる 親しい目上ならば { 約束 } が多く提示されるが 親しくない目上なら - 178 -

大阪大学大学院言語文化研究科日本語 日本文化専攻 ば 全く提示されない それに対して TT は親疎関係によって { 結論 }{ 詫び }{ 理由の内容 }{ 理由の内容 + 説明 } の出現率が異なる これはルンティーラ (2004) と同じ結果であった また { 約束 } はほとんど提示されないことが分かった 以下に述べるフォローアップインタビューの結果を見ると JJ と TT の断りに対する考え方の違いが意味公式の選択に影響を与えているのではないかと考えられる JJ の意見では 直接的な断りを明言するのは大事なことであり 直接的な断りを言わないと 手伝えるかどうかが相手に伝わりにくく 誤解される恐れがある 相手に誤解されてしまった場合 将来の信頼関係に強い影響を与える と考えている しかし TT の意見では 直接的断りは相手の気持ちを傷つけたり 特に親しい目上に対しては相手との関係を損ねてしまう と思っているので 使用を避ける それに対して 親しくない目上とは関係が薄く 直接的に断っても 相手との将来の関係に影響を与えない と思っており このことが親しくない目上のほうが { 結論 } の出現率が高いということにつながっているようである 日 タイ共通して 理由を言って断ることが多いが 注目すべき点は理由の説明の仕方が異なることである JJ は { 理由の内容 } のみ言う傾向が見られるが TT は { 理由の内容 + 説明 } を言うという特徴がある JJ の意見では 直接的断りだけだと冷たいので 加えて理由を説明することは大事なことではあるが 理由を細かく説明すると言い訳っぽく うるさく聞こえる ということである その点は成田昌子 成田高宏 (2010) と同じ結果である 回答例を見ると JJ は 用事 約束がある ということのみ言う場合が多い 具体的な理由を述べる場合は スポーツの練習 アルバイト などが見られた 一方 TT は { 理由の内容 + 説明 } を言う特徴が見られる どのような用事 約束があるか具体的に説明し 家族 親戚に関することや自分の勉強を理由とすることが多く 親しければ親しいほど理由を細かく説明する ( 親しい目上 85%, 親しくない目上 31%) TT によると 特に親しい目上に対しては { 理由 } を細かく説明しないと 断りの意志が十分に伝わらず 相手に納得してもらえない恐れがある 逆に 親しくない目上に対しては 関係が薄いので 理由を細かく説明しなくてもいい という回答が多かった 断りの際 TT が 家族 親戚に関することや自分の勉強 を理由として取り上げるのは そのことがタイ人にとって十分正当な理由になり得るから 家族と勉強に関係がある理由を説明すれば 相手が仕方ないと納得してくれる ということであった 以上の結果から JJ と TT は理由の説明の仕方のみならず 理由として取り上げられる話題も異なっていた また { 詫び } の出現率では JJ と TT の間に大きな違いがある すべての場面において 90% 以上の JJ は { 詫び } をするが TT は親しい目上に対しては 51% 親しくない目上に対 - 179 -

日本語 日本文化研究 第 27 号 (2017) しては 93% と 親疎関係により出現率の差が開くことが分かった JJ は { 詫び } をするのは相手との良好な関係を維持するために必要なことであり 言わないと失礼であると思う と答えた 逆に TT は 親しい人に { 詫び } をするのは距離を置くことになってしまうと感じるので { 詫び } を避けるのだ と答えた さらに JJ は断りの最後に { 約束 } を言うかどうかが親疎関係によって異なる 親しい目上なら 多く使われ (59%) 親しくない目上なら全く使われない JJ の意見では どうしても手伝えない場合 { 約束 } を言うことにより相手との関係を将来的に維持することができる ということであった しかし TT の意見では { 約束 } は今回の協力ができない印象が強くなり 相手に直接的断りだと解釈されるかもしれない また 将来の約束をしてしまったら 次回手伝えない場合は 自分に対する信頼性を失うことになる恐れがあるので { 約束 } を控えるのだ と答えた 最後に 今回の調査では { 呼びかけ } は TT にしか見られなかった まず { 呼びかけ } を言ってから 断りの理由を説明するという特徴が見られる { 呼びかけ } の機能は断りの前置きだけではなく 手伝えないことに対する残念な気持ちや詫びの気持ちを伝える機能も果たしている 親しい目上に対してのほうが (25%) 親しくない目上に対してより (7%) 出現率が高い 一方 日本語の { 呼びかけ } は 主として注意を向けさせるために 人を呼ぶ時に使用される ( 崔 2008) 元々の用法の違いが出現率に影響を与えているのではないかと考えられる 6. まとめ本稿では 目上からの重い依頼に対する断りにおいて日本語母語話者とタイ語母語話者が用いる意味公式の違いに着目し 共通点と相違点を調べた その結果 JJ は親しい目上でも 親しくない目上でも 断りの際 { 結論 } と { 詫び } を多く使用し { 理由の内容 } のみ言う特徴が見られる 親しい目上ならば { 約束 } が多く提示されるが 親しくない目上ならば 全く見られない この結果から 日本語母語話者は断りにおいて直接的であると言える 逆に TT は親疎関係によって { 結論 }{ 詫び }{ 理由の内容 }{ 理由の内容 + 説明 } の出現率が異なる 親しければ親しいほど { 結論 } と { 詫び } の出現率が低くなる 親しい目上なら 家族 親戚 自分の勉強を理由とした細かい説明をする特徴がある このような違いにより 両言語の母語話者が接触する際に誤解が生じる可能性がある 筆者の経験では タイでの日本語教育において 断り表現の導入方法は パターンを利用して教えられる 学習者は文脈に合わせて言葉を入れ替えたり 文末表現を変えたりして 習ったパターンで発話する練習をする 例えば 断りの場合は直接的な不可表現を使 - 180 -

大阪大学大学院言語文化研究科日本語 日本文化専攻 わずに 断りの前置きとして先に ちょっと と言ってから 理由を述べて断る練習をする このような方法の問題点は 実際の会話においては 依頼 勧誘 申し出に対する断りにはそれぞれ違いがあるので ちょっと の後に理由を述べるなどの決まったパターンだけを使うと コミュニケーション上の丁寧さや自然さが不足する場合があるということである さらに 教科書には 断りの際に注意しなければならないことは何か明確に書かれていない もし タイ語を母語とする日本語学習者が { 詫び } を言わずに 理由を細かく説明するタイ式の断り方を母語から転移すれば 恐らく日本語母語話者にとっては言い訳のように聞こえるであろうし 無礼な人だという印象を与えるかもしれない 本研究で得られた知見を利用して日本語母語話者が実際に使う様々な断り方の説明を追加し 同じ場面でもタイ語母語話者と日本語母語話者の断り方が違うということを学習者に意識させれば 日本語母語話者の考え方や文化の違いなどを理解することができ 異文化間コミュニケーションにおける誤解が減ることにつながると思われる 本稿では目上からの重い依頼を中心に 日本語母語話者とタイ語母語話者が用いる意味公式の違いを分析したが 場面が限られているので 意味公式の分析としては不十分な点もある 今後は 目上からの軽い依頼 同等からの重い 軽い依頼の設定を加えた上で 複数の意味公式の組み合わせがどのように JJ と TT で出現するかについて分析したい 参考文献石井敏 (1997) 異文化コミュニケーション ハンドブック 有斐閣選書. 伊藤恵美子 (2009) 断り表現を構成する発話の順序 ジャワ語 インドネシア語 マレーシア語 タイ語を勧誘場面で比較して 異文化コミュニケーション研究 21,185-208. 蔡胤柱 (2005) 日本語母語話者の E メールにおける 断り 待遇コミュニケーション の観点から 早稲田大学日本語教育研究 7, 95-108. グエンイェンティハイ (2012) 依頼に対する断り談話 : 日本語母語話者とベトナム語母語話者との比較 言語 地域文化研究 18, 181-192. 権英秀 (2008) 断り 表現の分析方法 : フェイス複合現象の紹介 現代社会文化研究 43, 225-242. 崔祐寅 (2008) 日本語母語話者の呼称と呼びかけの使用実態調査 大学院教育改革支援プログラム 日本文化研究の国際的情報伝達スキルの育成 活動報告書 2008 年 03 月 31 日, 216-219. 成田昌子 成田高宏 (2010) 申し出の断り 表現における日本語 タイ語母語話者 およびタイ人日本語学習者の意味公式使用の相違 小出記念日本語教育研究会 18, 23-39 - 181 -

日本語 日本文化研究 第 27 号 (2017) ネウストプニー J V(1991) 新しい日本語教育のために 大修館書店堀江 インカピロム プリヤー (1995) 依頼表現の対照研究 タイ語の依頼表現 日本語学 10 月号 76-83. 山岡政紀 (2012) コミュニケーションと配慮表現 日本語語用論入門 明治書院. 李海燕 (2013) 断り 表現の日中対照研究 東北大学国際文化研究科博士論文ルンティーラ ワンウィモン (2004) タイ人日本語学習者の 提案に対する断り 表現における語用論的転移 : タイ語と日本語の発話パターンの比較から 日本語教育 121,46-55. Beebe, L. M., Takahashi, T., and Uliss-Weltz, R. (1990). Pragmatic Transfer in ESL Refusals. IN: Scarcella, R. C., Andersen E. S., and Krashen S.D. (Eds.), Developing Communicative Competence in a Second Language (pp.55 73). Rowley, MA: Newbury House Publishers. Brown, P.,and S.C.Levinson. (1987). Politeness: Some Universals in language usage. Cambridge : Cambridge University Press. 1 日本語母語話者 100 名の性別の内訳は 男女それぞれ 50 名である すべてタイ語を専攻としない学生である 2 タイ語母語話者 100 名の性別の内訳は チェンマイ大学の大学生 ( 男女それぞれ 25 名 合計 50 名 ) とラジャマンガラ ラタナコーシン技術大学の大学生 ( 男女それぞれ 25 名 合計 50 名 ) すべて日本語を専攻としない学生である 3 先行研究では { 理由 } を { 理由の内容 }{ 理由の内容 + 説明 } に分けていないが 本研究の結果では 日本語母語話者とタイ語母語話者は理由の説明の仕方が異なるため 2 つに分けた 日本語母語話者は理由を簡潔に説明する特徴が見られる ( 例えば 用事があります 時間がないので ) しかし タイ語母語話者は理由の内容に関わらず その理由に関して詳しく説明する傾向がある ( 例えば その日は用事があります 病気になった猫を病院に連れて行こうと思います ) このような理由の説明の仕方を明確に区別するために 理由を { 理由の内容 } と { 理由の内容 + 説明 } に分けた - 182 -