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川崎医療福祉学会誌 Vol. 22 No. 2 2013 218 223 短 報 壁倒立時の心拍数と血圧の変化について 土田泰聖 * 1 和田拓真 * 1 小野寺昇 * 2 要 約 日常生活において様々な姿勢をとるが, われわれが日常生活の中で倒立姿勢をとることはほとんどない. 学校現場において児童生徒が安全に倒立運動を実施することができるよう, 倒立姿勢時の循環動態について明らかにする必要があると考え, 倒立運動による姿勢変換に伴う心拍数および壁倒立前後の血圧の変化について検討した. 被験者は, 健康な若年男性 10 名とした. 運動課題を壁倒立とし, 心拍数と壁倒立前後の血圧を測定した. その結果, 壁倒立開始と同時に心拍数が最大値を示し, その後低下した. 続いて, 座位安静に戻った後に再び心拍数が増加し, その後低下する傾向を示した. 壁倒立終了後の拡張期血圧が有意な低値を示した. 心拍数低下は, 座位安静中よりも壁倒立中の方が早いことが明らかになった. また, 壁倒立後には拡張期血圧が低下することが明らかとなり, 壁倒立が動脈圧受容器反射を誘発し, 心拍数を低下させることが示唆された. 1. はじめに人間は, 日常生活において様々な姿勢をとる. しかしながら, 日常生活においてわれわれが倒立姿勢をとることはほとんどない. 運動選手, パイロット, レインジャー部隊隊員などは倒立姿勢が訓練にプログラムされている 1). 立位, 座位および臥位姿勢に関する研究は多く散見されるが 2,3), 倒立姿勢などの非日常的な姿勢に関する先行研究はあまりみられない 4). 学校現場において児童生徒が安全に倒立運動を実施することができるよう, 倒立姿勢時の循環動態について明らかにする必要があると考える. そこで本研究では, 倒立運動による姿勢変換に伴う心拍数および壁倒立前後の血圧の変化について明らかにすることを目的とした. 2. 方法 2. 1 被験者被験者は, 健康な成人男性 10 名であった. 被験者の身体的特徴は身長 173.0±4.4cm, 体重 65.7±4.3 kg, 年齢 20.6±1.4 歳,( 各平均値 ± 標準偏差 ) であった. 全ての被験者には, ヘルシンキ宣言の趣旨に沿って, 研究の目的, 方法, 期待される効果, 不 利益が生じないこと, 危険に対する安全管理を行った環境で実施することおよび個人情報の保護についての説明を行い, 書面にて研究参加への同意を得た. 2. 2 実験手順運動課題は,30 秒間の壁倒立とした. 実験プロトコルを図 1に示す.1 分間の座位安静の後に運動課題を実施し, その後座位安静に戻るという試技を3 回繰り返した. 各壁倒立の間と3 回目の壁倒立後の座位安静は5 分間とした. 座位安静測定位置から倒立測定場所までの距離は 2mとし, 倒立開始の5 秒前から倒立姿勢の準備をすること, 倒立終了後は直ちに座位安静測定場所に戻るよう指示した. 2. 3 測定項目測定項目は, 心拍数および血圧とした. 心拍数は, 心拍計 (POLAR RS800CX:POLAR 社製 ) を, また血圧は, アネロイド血圧計 (Q9917 号 ; YAMASU) を用いて, 聴診法にて測定した. 心拍数は2 秒毎に測定し, 血圧は壁倒立の前後と実験終了前の計 7 回測定した. * 1 川崎医療福祉大学大学院医療技術学研究科健康体育学専攻 * 2 川崎医療福祉大学医療技術学部健康体育学科 ( 連絡先 ) 土田泰聖 701-0193 倉敷市松島 288 川崎医療福祉大学 E-Mail:w6312004@kwmw.jp 218

219 土田泰聖 和田拓真 小野寺昇 図 1 実験プロトコル 3. 統計統計処理は, 統計ソフトMacintosh 版 Statview-J5.0を用いて行った. 測定によって得られた数値は,( 平均値 ± 標準偏差 ) で示した. 測定値の比較には, 対応のあるt 検定を用いた. 統計的な有意水準は, 危険率 5% 未満 (p<0.05) とした. 縮期血圧において,1 回目と2 回目で壁倒立終了後の収縮期血圧が有意な低値を示した (p<0.05) ( 図 6). また, 壁倒立開始前と壁倒立終了後の拡張期血圧は,3 回全ての運動課題において壁倒立終了後の拡張期血圧が有意な低値を示した (p<0.05) ( 図 7). 4. 結果 4. 1 心拍数について倒立中に心拍数の定常状態を観察した. そのため定常状態を基点として分析した. 定常状態は, 心拍数の時系列変化の中で, 変化率が5% 以下の部分とした.3 回の運動課題について, 壁倒立開始 10 秒前から座位安静中に心拍数が定常状態になるまでの心拍数の時系列変化をそれぞれ図 2 図 4に示す. 図中のエラーバーは標準偏差を示す. 全ての運動課題において, 壁倒立開始と同時に心拍数が最大値を示し, その後低下した. 座位安静に戻った後に再び心拍数が増加し, その後低下する傾向を示した. 倒立中の30 秒の間に, 最大心拍数から定常状態になるまでの時間をHT(Handstand Time), 倒立終了後座位安静中の5 分の間に, 最大心拍数から定常状態になるまでの時間をRT(Rest Time) とした ( 図 5). 壁倒立開始 1 分前から座位安静中に心拍数が定常状態になるまでを1 回とし, 計 3 回の運動課題について1 回目を1,2 回目を2,3 回目を3とした. HT1とRT1の間に有意な差がみられた (p<0.05).ht2とrt2の間に有意な差がみられた (p<0.05). また,HT3とRT3の間に有意な差がみられた (p<0.05)( 表 1) 4. 2 血圧について壁倒立前の血圧と壁倒立終了後の血圧を比較した. この結果, 壁倒立開始前と壁倒立終了後の収 5. 考察壁倒立の1 回目,2 回目および3 回目の心拍数において, 図 2 図 4のように同様な循環動態の傾向を示したことから, 回数に依存することなく, 同様の循環動態を示す可能性が考えられる. 壁倒立開始前から倒立開始時に心拍数が増加したことには, 倒立準備のために座位安静から立位姿勢になるという体位変換が影響すると考えられる. また, その後壁倒立終了にかけて心拍数が減少傾向を示すことについては, 重力の影響により静脈還流が増大する 5) ことから, 動脈圧が上昇し, 頸動脈および大動脈弓にある動脈圧受容器が興奮して心臓血管中枢が抑制されるものと考える. これらのことから, 心臓交感神経と血管収縮神経の活動が低下し, 心拍数の低下を引き起こしているものと考える. また,Boulainらの報告 6) をもとに吉岡らは, カテコラミンが静脈のαアドレナリン作動性受容体に作用し, 静脈の血管収縮が起こることによって1 回拍出量が増加したものと推測している 7). このことから, 壁倒立中の心拍数減少が重力の影響による静脈還流の増大に限らないと推測する. 座位安静時に心拍数が増大するのは, 倒立姿勢から座位姿勢への姿勢変換に伴う静脈還流の減少によるものであると考える. また, 血圧において, 壁倒立の前後で有意な差がみられたことは, 動脈圧受容器反射によるものと考える. 血圧の調節は, 神経性調節と体液性調節の2

壁倒立時の生理的応答 220 図 2 壁倒立時の心拍数の変化 (1 回目 ) 図 3 壁倒立時の心拍数の変化 (2 回目 ) 図 4 壁倒立時の心拍数の変化 (3 回目 )

221 土田泰聖 和田拓真 小野寺昇 図 5 (HT:Handstand Time, RT:Rest Time) 壁倒立中の最大心拍数から定常状態までの時間 (HT) と座位安静中の最大心拍数から定常状態までの時間 (RT) 表 1 心拍数の最大値から定常状態になるまでの時間 1: 壁倒立 (1 回目 ) 前の血圧測定 2: 壁倒立 (1 回目 ) 後の血圧測定 3: 壁倒立 (2 回目 ) 前の血圧測定 4: 壁倒立 (2 回目 ) 後の血圧測定 5: 壁倒立 (3 回目 ) 前の血圧測定 6: 壁倒立 (3 回目 ) 後の血圧測定 図 6 壁倒立前後の収縮期血圧

壁倒立時の生理的応答 222 1: 壁倒立 (1 回目 ) 前の血圧測定 2: 壁倒立 (1 回目 ) 後の血圧測定 3: 壁倒立 (2 回目 ) 前の血圧測定 4: 壁倒立 (2 回目 ) 後の血圧測定 5: 壁倒立 (3 回目 ) 前の血圧測定 6: 壁倒立 (3 回目 ) 後の血圧測定 図 7 壁倒立前後の拡張期血圧 種類に分類される 8). 神経性調節は, 臥位から立位へ姿勢を変換させ, 急激に下肢へ血液が流入すると, すばやく大動脈や心臓, 肺などにある圧受容器が血圧変化を感知し, 血管運動中枢を興奮させて末梢血管を収縮させる働きである 8). 本実験では座位から倒立姿勢の場合であるため, 臥位から立位とは逆の循環動態を示すことが考えられる.3 回目の運動課題の前後において, 収縮期血圧に有意な差がみられなかったことは, 収縮期血圧が3 回目の運動課題において順応した可能性が考えられる. さらに, HTとRTに差がみられたのは, 壁倒立中において, 重力の影響が非常に大きかったということと, 日常的に重力に逆らって静脈還流を供給している下腿静脈の働きが重力によって促進されたためと推測する. 吉岡ら 7) は, 健常な成人に受動的下肢挙上を実施した際の心拍出量について, 安静時と比較して20 秒後に増大すると報告しており, 受動的下肢挙上実施時と安静時では循環動態に差が生じることを明ら かにしていることから, 壁倒立実施時にも同様の循環動態を示したと推測する. 今後は, 倒立訓練装置が起立性低血圧の治療に効果があると報告 9,10) されていることから, 壁倒立運動の起立性低血圧への効果について検討していきたい. 6. まとめ 30 秒間の壁倒立という運動課題後,5 分間座位安静を実施すると, 心拍数は壁倒立開始と同時に最大値を示し, その後低下する. 続いて, 座位安静に戻った後に再び増加し, その後低下する傾向を示すことが明らかになった. 座位安静中の心拍数低下よりも壁倒立中の心拍数低下が有意に早いことが明らかになった. さらに, 壁倒立後には拡張期血圧が低下することが明らかになった. 以上より, 壁倒立によって動脈圧受容器反射を誘発し, 心拍数を低下させることが示唆された. 文 献 1) 蓬萊裕, 鈴木謙三 : 倒立位における胸部 X 線像血圧値および心電図の変化について. 臨床放射線,16,79 82,1971. 2) 横井郁子 : 段階的座位時の血圧と心拍変動に関する研究. 東京保健科学誌,5(4),2003. 3) 高橋努, 山本眞千子, 高橋方子 : 受動的体位変換および能動的体位変換における循環動態 自律神経活動の比較. 宮城大学看護学部紀要,11(1),2008. 4) 竹宮隆 : 静的運動時の心電図について. 東京女子医科大学第一生理学教室研究報告,1968. 5) 福本一朗 : 倒立訓練装置による血管反射リハビリシステムの基礎研究. 長岡技術科学大学工学部生物系医用生体工学教室研究報告,25,2003. 6) Boulain T,Achard JM,Teboul JL,Richard C and Ginies G:Changes in BP induced by passive leg raising predict

223 土田泰聖 和田拓真 小野寺昇 response to fluid loading in critically ill patients.chest,121,1245 1252,2002. 7) 吉岡哲, 西村一樹, 関和俊, 小野寺昇 : 受動的な下肢挙上が下大静脈横断面積および一回拍出量に及ぼす影響. 川崎医療福祉学会誌,19(2),285 290,2010. 8) 春日規克, 竹倉宏明 : 改訂版運動生理学の基礎と発展.109 110,2007 9) 福本一朗, 郭怡, 内山尚志 : 物理的刺激による自律神経失調症リハビリシステムの基礎研究. 人間工学,40,2004. 10) 西塘修, 郭怡, 福本一朗 : 自重間欠牽引器による人体影響の基礎研究. 電子情報通信学会技術研究報告.MBE,MEとバイオサイバネティックス,103(327),85 90,2003. ( 平成 24 年 11 月 29 日受理 ) Effects of Wall Handstands on Heart Rate and Blood Pressure Yasukiyo TSUCHIDA, Takuma WADA and Sho ONODERA (Accepted Nov. 29, 2012) Key words:wall handstands, heart rate, blood pressure Correspondence to:yasukiyo TSUCHIDA Master's Program in Health and Sports Science Graduate School of Health Science and Technology Kawasaki University of Medical Welfare Kurashiki, 701-0193, Japan E-Mail:w6312004@kwmw.jp (Kawasaki Medical Welfare Journal Vol.22, No.2, 2013 218 223)