J. Lumbar Spine Disord. 日本腰痛会誌 11 1 : 45 52, 2005 45 特集 急性腰痛に対する脊柱矯正法の現況 適応, 手技, 効果, 限界 急性腰痛に対するファセットテクニック 伊藤不二夫 Key words 椎間関節嵌頓 Facet locking 高速スラスト法 High velocity thrust 滑走性の回復 Restoration of mobility 脊椎には 1motor segment 椎間関節 椎間板 2 神経保護器官 脊柱管 神経孔 3 脊椎支持機構 筋 靭帯 関節包 としての三大構造と機能がある それぞれの破綻は初期では機能異常のため 各種保存療法で対処する 病理的変化へと発展すれば 手術的手段を時に選択する 急性腰痛症 ギックリ腰 の多くは椎間関節 一部仙腸関節 の微小な位置的異常 mal alignment からなり 関節可動性低下 嵌頓 locking fixation 状態となるが 医師が行う manipulation が治療法の第一選択となる なお 筋攣縮性急性腰痛は理学療法士 PTによる等尺収縮後筋弛緩法 post isometric relaxation-p I R が有益といえる 急性腰痛は 1 週以内に治癒せしめることが整形外科医としての信頼をうる第一条件となる Ⅰ. 脊椎疾患のspinal manual therapyは生体情報を直接運動学的に評価でき 治療上も有益である ターゲットから筋 神経 椎間関節 椎間板に対する徒手治療法が各々存在し また急性と慢性腰痛では手技の選択が異なる 器質的病的疾患は適応外となる 表 1 1muscle technique のうちP I R は急性筋攣縮性腰痛に対し 当該筋をいったん等尺性に抵抗をかけ収縮 α 系 させた後 神経反射により弛緩 γ 系 した筋を介助伸張させる方法である 急性筋性腰痛には多くは多裂筋 腰方形筋を選択し 急性臀部大腿部痛には梨状筋 腸腰筋 大腿筋膜張筋 ハムストリング 内転筋などを選択する 医師による圧痛筋ブロックや仙骨硬膜外ブロックの麻酔剤で筋緊張を一時的に緩解するのも同様の目的である 一方筋力増強は慢性期倦怠腰下肢痛に対して行うが 腹筋 大殿筋 中殿筋 大腿直筋 脊柱起立筋等を重点的に強化する Fujio ITO : Facet technique for acute low back pain 伊藤整形 内科クリニック 480-0102 愛知県丹羽郡扶桑町高雄郷東 41
46 図 1 spinal manual therapy の分類 脊椎徒手治療法 spinal manual therapy は muscle, nerve, facet, disc technique に四大別するが 特に facet への手技が主体となる 内塗りは急性腰痛に適応 表 1 腰痛の保存的治療法 spinal manual therapy のうちゴシックが急性腰痛症に対して 他は慢性腰痛に対しての手技である
47 図 2 急性腰痛の manipulation 頚椎 胸椎の一般 thrust 法で全身の筋緩和を同時に施行しておく 腰椎の facet locking が manipulation で release されやすくなる 2nerve technique は神経の滑走性を向上させる手技である SLR 足関節背屈 股内転で増強 頚部屈曲テストBrudzinski 大腿神経伸展テスト FNSTなどは神経根 硬膜の滑走性を評価するが これらの陽性所見は 突出椎間板との接触部分における摩擦抵抗の増加を示唆する 神経周辺の炎症 浮腫 循環障害 微小癒着による 神経 mobilizationは中度の快いテンションをかけながら神経の可動性を増していくが 疼痛は絶対起こさず 筋肉は弛緩位で治療することが大切である 慢性期腰痛の神経症状改善のリハビリである 3 facet technique のうち distraction や mobilizationは慢性期腰痛に対して椎間関節面 を離開し 関節包を伸張することにより facetの hypomobilityを改善する方法である PTによる AKA 関節運動学的治療法 も同様であり いずれも生理的可動域内での振幅運動である これに対し manipulation high velocity thrust は瞬間的な靭帯性関節包のストレッチ法であり 椎間関節のロッキング 雨戸が引っかかった状態 を瞬時に解除する方法である 生理的可動域を超えるが解剖的可動域は超えないことが大前提である 椎間関節滑液内の発泡によるクラック音が聞かれ 同時に靭帯 筋反射により当該分節筋の攣縮が解除され 微小な位置異常が修復され
図 3 症例 1 側屈制限例 48 painful scoliosis が顕著であり左側屈が強く制限されていた 2 日間の manipulation で脊椎の可動性が増し 強腰痛も激減 る 急性腰痛の速効的緩解 脊椎の可動域の向上 筋性 SLR の向上 疼痛性側弯 筋性防御が目に見えて激減する 急性腰痛であっても筆者は頸椎 胸椎の一般的 manipulation を加え semi-fixation している他椎間関節の可動域増強をあらかじめ軽く行っておく 頸椎性の全身筋緊張をまずリラクゼーションさせ 胸椎脊柱起立筋の関連 性緊張も緩解しておくことが 腰椎 facet lockingの解除をよりスムーズにしてくれるからである 筋緊張が異常に高く 十分解除されそうにない場合は 硬膜外腔や椎間関節内に局麻剤を注入しておくのも補助となる manipulation は整形外科医が行う準手術行為であり PT や他のパラメディカルスタッフが行うのは望ましくない 図 2
図 4 症例 1 : 機能撮影 49 L4 は右傾斜 8 に lock されており 両側屈にても不動で fixation を示す 治療 2 日後 L4 の mobility が出現 疼痛も激減した 4disc technique は椎間板性の腰下肢痛に対する徒手治療法であるが 急性期には効少なく 慢性期に PT が行うリハビリの一法である 垂直加重を軽減すべく 骨盤の徒手牽引や 特殊テーブルを用いた下肢 骨盤牽引は疼痛緩解の方向へ三次元的に施術できる点で 単純な一方向の器械牽引とは異なる 腹臥位で棘突起を開くように挙上するのも一法である 水平後方への圧迫を緩和するためには 疼痛が生じない方向で股 膝を屈曲して 後縦靭帯を緊張させ椎間板の膨隆を軽減化せしめたり 棘突起を非疼痛側へ回旋させ神経根とヘルニアとの位置関係を微妙に変化させたりする 神経根の滑走性を向上すべく 神経ストレッチもよい いずれも疼痛を起こさない方向を捜しながら PTが行うとよい Ⅱ. 症例 1( 側屈制限例 ) 48 歳男性 物を持ち上げようとして急激な腰痛が発症し
図 5 症例 2 : 伸展側屈制限例 50 伸展制限と疼痛が強く 側屈も制限されていた 頸 胸 腰部 thrust 法で直ちに腰痛軽減と可動域が増強した painful scoliosis を呈して来院 左側屈制限が強く 伸展制限もあり強痛が生ずる SLR に異常はない manipulation は頸椎 胸椎 腰椎に施行 半減するも疼痛残存のため 翌日も施行 結果はVAS10の疼痛は 2に激減したため治療を終了した 動画からの脊椎可動性比較 ( 図 3) 上段は治療前 下段は治療 2 日目のムー ビーからの写真である 治療前中間位ですでに脊椎は10 の右方 painful scoliosis を示し 右側屈では45 の側屈を疼痛なく行えた しかし左側屈では強痛のため強く制限された 2 日目のmanipulation 後 中間直立位では側屈 5 に軽減した 右側屈は術前と同様制限はない 左側屈では12 37 208% up と可動域が増し 疼痛は激減した なお 前屈制
図 6 症例 3 筋性 SLR 改善例 51 manipulation の結果 関節 - 筋反射により筋緩和が生じ筋性要素部分の SLR が増加した 限はないが 伸展制限が同時にあった 治療後頚胸腰椎伸展合計は40 65 63% up に増加した XP 正面機能撮影による比較 ( 図 4) 治療前の機能撮影ではL4 椎体の可動性が全くなく 右傾斜 8 に固定されたままであった 側屈は上位椎間関節で行われている 2 日治療後の機能撮影ではL4 椎体の可動性が出現し 中間起立位では 4 の傾斜に軽減し 特に左側屈では左へ3 の傾斜がみられ 全体的にも脊柱の左側屈が大きく改善した 限局性にL4 facetの左側屈方向のlocking が解除され 同時に伸展制限も軽減した症例であった 症例 2( 伸展制限例 ) 図 550 歳男性 物を拾おうとしてかかんだ瞬間に腰が抜けたような感じがして 特に腰をそらす場合さらに左側屈時に強痛を感じて動きが制限された 頸椎 胸椎 腰椎のmanipulation を施行した直後より疼痛はVAS で10 3となり 胸腰椎伸展は16 が治療後 31 94% up に向上し 頸椎も51 61 と改善し 合計全脊椎可動域は伸展において 67 94 40% up と直ちに向上した 脊柱前屈も楽に行え 頸胸腰椎合計屈曲は105 120 14% up に増加した 右側屈合計は 73 89 22% up と向上 左側屈合計は術前 42 術後 67 60% up と向上 強い伸展制限および中程度側屈制限の複合タイプといえる
52 症例 3(SLR 改善例 ) 図 637 歳男性 10 日前より腰下肢痛があり SLR 制限が出現するも MRI では異常がなかった 胸腰椎前後屈が強く制限され強痛であった 頚椎 胸腰椎矯正直後より 右 SLR65 85 31% UP 左 SLR48 65 35% UP と向上した SLR には微小癒着性の神経滑走性の低下と後背部筋緊張による筋性要素が混在するが manipulation で facet locking が release されると 反射機序によりSLR の筋性要素部分が改善する 他に全脊椎屈曲は 50 58 16% up 全脊椎伸展は 60 95 58% up 右側屈は 55 77 40% up 左側屈は50 70 40% up に改善した Ⅲ. 発症 2 週以内の急性腰痛では椎間関節への high velocity thrust 法 manipulation が first choice の治療法となるが 医師の手により1 2 回の操作で1 週間以内に完了すべきである MRI で中等度以上のヘルニアがあったり 強痛が2 週以上持続すれば 各種神経ブロックにきりかえる 多量の液体 仙骨硬膜外ブロック 生食 8cc+0.5% リドカイン8cc 椎 間板注入 神経根ブロック 造影剤 10cc+0.5% リドカイン 20cc を使用し 神経 根 硬膜周辺の微小癒着を洗浄剥離し 神経 の滑走性 mobility を高めることを主たる目的 とする thrust 以外の manual therapy は理 学療法士が行うが 筋 神経 椎間関節 椎 間板などの正常な mobility を回復することが 主眼であり 他の理学療法との組み合わせで 慢性期腰痛に対処していく 文 1 伊藤不二夫 カイロプラクティック 産婦人科シリーズ 34 東京 南江堂 1983 31 44. 2 伊藤不二夫 関節モビリゼーションの神経学的背景 理療. 1984; 13: 23 30. 3 伊藤不二夫 腰痛に対するマニピュレーション法 ペインクリニック. 1986; 7: 302 312. 4 伊藤不二夫 スポーツによる腰痛とマニピュレーションの実際 臨床スポーツ医学. 1986; 3: 787 797. 5 高橋長雄編 腰痛 腰下肢痛の保存療法 8. マニピュレーション 東京 南江堂 1991. 6 伊藤不二夫 腰痛に対する力学的治療法の適応と臨床考察 理学診療. 1993; 4: 66 71. 7 伊藤不二夫 腰痛に対する力学的徒手治療法 日本腰痛会誌. 1995; 1: 57 66. 8 伊藤不二夫 脊椎徒手治療法 脊椎脊髄. 2000; 13: 606 613. 献 * * *