平成 27 年 11 月 30 日 学位論文の要約 Clostridium difficile Infection Is More Severe When Toxin Is Detected in the Stool than When Detected Only by a Toxigenic Culture 毒素を糞便検体から検出したクロストリジウム ディフィシル 感染症は発育したコロニーから検出した症例よりも重症である Hiroyuki Shimizu 清水博之 Department of Pediatrics Yokohama City University Graduate School of Medicine 横浜市立大学大学院医学研究科医科学専攻 発生成育小児医療学 (Doctoral Supervisor: Shuichi Ito, Professor) ( 指導教員 : 伊藤秀一教授 )
学位論文の要約 Clostridium difficile Infection Is More Severe When Toxin Is Detected in the Stool than When Detected Only by a Toxigenic Culture 毒素を糞便検体から検出したクロストリジウム ディフィシル 感染症は発育したコロニーから検出した症例よりも重症である https://www.jstage.jst.go.jp/article/internalmedicine/54/17/54_54.4641/_pdf 1. 序論 クロストリジウム ディフィシル (Clostridium difficile, 以下 C. difficile) は, 入院中の患 者が発症する下痢症の中で, 最も頻度の高い病原微生物であり, 抗菌薬関連下痢症の 15 25% を占める (Bartlett, 2002; Cohen et al., 2010). クロストリジウム ディフィシル感染症 (Clostridium difficile infection, 以下 CDI) の臨床症状は軽度の下痢から, 致死的合併症を有 する症例まで非常に幅広い臨床像を呈する (Rubin et al., 1995; Wanahita et al., 2002; Kelly and LaMont, 2008; Bagdasarian et al., 2015). また C. difficile は芽胞形成菌であり, アルコールに抵 抗性を示すため, 医療環境内で伝播しやすい. 従って迅速かつ正確な CDI の診断は, 治療 と感染制御の両方の観点から極めて重要である. CDI の診断方法は多種多様な検査法が存在し, これまではトキシンのみを検出する迅速 抗原検査が主流であったが, 最近になり本邦では GDH(glutamate dehydrogenase) とトキシ ンを同時に測定できる迅速抗原検査キット (C. DIFF QUIK CHEK COMPLETE, アリーアメ ディカル社 ) を導入する施設が増加した. この検査キットによってトキシンが陰性であっ ても GDH が陽性の場合は, 検出感度を高めることを目的として嫌気培養を追加し, 発育し たコロニーを用いてトキシンを再検する新しいアルゴリズムが提唱されている ( 澤辺ら, 2011; 森下ら, 2015). 1
本研究ではこのアルゴリズムに従い, 新しく診断されるようになった CDI がどの程度存 在するのかを明らかにするとともに, このような CDI の重症度を解析することで, 臨床に おける重要性を検討した. 2. 実験材料と方法 2013 年 4 月から 2014 年 3 月までに藤沢市民病院に入院中の患者で CDI と診断された全 患者を対象とした. トキシン検出は, 下痢症状を呈した患者から述べ 334 検体を採取して 実施した. 採取した便検体は,C. DIFF QUIK CHEK COMPLETE を使用して GDH および トキシンを同時に検出した.GDH 陽性かつトキシン陰性の場合は, 嫌気培養を追加し, 発 育したコロニーを用いて再度同キットでトキシン検出を試みた. CDI の重症度は既報のものを使用した (Zar et al., 2007). すなわち 60 歳以上, 体温 38.3 以上, 血清アルブミン値 2.5g/dL 未満, 末梢血白血球数 15,000/μL 以上の 4 項目のうち満足 する項目の総数を重症度スコアとした. 患者情報は電子診療録の記載を後方視的に収集し, 統計学的解析は SPSS(Statistical Package for the Social Sciences) を使用し,P 値は 0.05 未満 を有意とした. 3. 結果と考察 対象期間の 1 年間で得られた 334 検体に対して, 迅速抗原検査キットにて GDH およびト キシンの検出を行った.GDH 陽性が 82 検体で, そのうち 25 検体はトキシン陽性で CDI と 診断され, これを A 群 (16 例,25 検体 ) とした. 残りの 57 検体は GDH 陽性であるにも関 わらずトキシン陰性であった. これらの便検体について嫌気培養を追加し,7 検体で発育を 2
認めなかったが, 残りの 50 検体でコロニーの発育を認めた. 得られたコロニーを使用して 再度トキシン検出を試みた結果,27 検体 (47.4%) でトキシン陽性であり, これを B 群 (12 例,27 検体 ) とした. 従来のトキシンだけを検出する迅速抗原検査では A 群 16 例のみが CDI と診断されていたが,C. DIFF QUIK CHEK COMPLETE の導入によって B 群 12 例が新 たに診断されたことが分かった. 両群の患者背景,CDI 発症の危険因子, 治療, 再発, 重症度スコアを比較した ( 表 ). 平 均年齢は A 群 77.0±8.7 歳,B 群 64.6±22.0 歳であった (p=0.049). CDI 発症の各種危険因 子, 入院後から発症までの在院日数などに有意差は認めなかった. 診断時の血清アルブミ ン値は A 群 2.5±0.5 g/dl,b 群 3.1±0.8 g/dl であった (p=0.024). 重症度スコアは A 群 2.2 ±0.7,B 群 1.4±0.5(p=0.002) であり A 群の重症度が有意に高かった. 両群の重症度の差はトキシン産生量の差であると想定している.EIA 法によるトキシン 検出は, 高い特異性を有しており広く用いられている. しかし陽性となるためにはトキシ ン A およびトキシン B ともに最低 100 1,000pg の濃度が必要であるため感度の問題は残っ ている (Bartlett, 2002).Warny et al. (2005) によると NAP1/027 による CDI の重症化はトキシ ンの過剰産生が原因であるとしている. すなわちトキシン産生量が多いほど,CDI の症状 は強くなる. 従って, 最初のスクリーニング試験の段階ではトキシン産生量が検出限界以 下のために陰性と判断されたが, 後に培養コロニーを用いて陽性となる CDI は, トキシン 産生量が少なかったために軽症例のことが多いと推察される. 今回我々は, 直接便検体を用いたスクリーニング試験でトキシンを検出した CDI は, 嫌 気培養で得られたコロニーを用いて初めてトキシンを検出した CDI よりも重症であること を明らかにした. また,CDI の重症度に最も寄与した因子は, 年齢と血清アルブミン値で あった. 3
キーワード : クロストリジウム ディフィシル, トキシン, グルタミン酸デヒドロゲナーゼ,2 段階 診断法 4
表両群における患者背景,CDI 発症の危険因子, 治療, 再発, 重症度スコアの比較 5
引用文献 Bagdasarian, N., Rao, K. & Malani, P. N. (2015), Diagnosis and treatment of Clostridium difficile in adults: a systematic review. JAMA, 313, 398-408. Bartlett, J. G. (2002), Clinical practice. Antibiotic-associated diarrhea. N Engl J Med, 346, 334-339. Cohen, S. H., Gerding, D. N., Johnson, S., Kelly, C. P., Loo, V. G., Mcdonald, L. C., Pepin, J., Wilcox, M. H., Society for Healthcare Epidemiology Of, A. & Infectious Diseases Society Of, A. (2010), Clinical practice guidelines for Clostridium difficile infection in adults: 2010 update by the society for healthcare epidemiology of America (SHEA) and the infectious diseases society of America (IDSA). Infect Control Hosp Epidemiol, 31, 431-455. Kelly, C. P. & Lamont, J. T. (2008), Clostridium difficile--more difficult than ever. N Engl J Med, 359, 1932-1940. 森下良美, 宇賀神和久, 津田祥子, 望月照次, 詫間隆博, 福地邦彦 (2015), Clostridium difficile 迅速診断キットの運用評価分離菌株を用いた Toxin 検出感度の向上, 医学検査, 64, 216-220. Rubin, M. S., Bodenstein, L. E. & Kent, K. C. (1995), Severe Clostridium difficile colitis. Dis Colon Rectum, 38, 350-354. 澤辺悦子, 北村優佳, 古畑紀子, 高橋里枝子, 市村直也, 春山友希, 武部功, 萩原三千男, 東田修二, 東條尚子 (2011), Clostridium difficile 感染症の迅速診断における糞便中 C.difficile 抗原およびトキシン A/B 同時検出キット C.DIFF QUIK CHEK COMPLETE の有用性に関する検討, 日本臨床微生物学雑誌, 21, 253-25. Wanahita, A., Goldsmith, E. A. & Musher, D. M. (2002), Conditions associated with leukocytosis in a tertiary care hospital, with particular attention to the role of infection caused by clostridium difficile. Clin Infect Dis, 34, 1585-1592. Warny, M., Pepin, J., Fang, A., Killgore, G., Thompson, A., Brazier, J., Frost, E. & Mcdonald, L. C. (2005), Toxin production by an emerging strain of Clostridium difficile associated with outbreaks of severe disease in North America and Europe. Lancet, 366, 1079-1084. 6
Zar, F. A., Bakkanagari, S. R., Moorthi, K. M. & Davis, M. B. (2007), A comparison of vancomycin and metronidazole for the treatment of Clostridium difficile-associated diarrhea, stratified by disease severity, Clin Infect Dis, 45, 302-307. 7
論文目録 Ⅰ 主論文 Clostridium difficile Infection Is More Severe When Toxin Is Detected in the Stool than When Detected Only by a Toxigenic Culture Shimizu H: Internal Medicine (in press) Ⅱ 副論文 1. Vertebral osteomyelitis caused by non-tuberculous mycobacteria: case reports and review Shimizu H, Mizuno Y, Nakamura I, Fukushima S, Endo K, Matsumoto T Journal of Infection and Chemotherapy Vol.19, No.5, Page 972-977, 2013 Ⅲ 参考論文 1. Diphyllobothriasis nihonkaiense: possibly acquired in Switzerland from imported Pacific salmon Shimizu H, Kawakatsu H, Shimizu T, Yamada M, Tegoshi T, Uchikawa R, Arizono N. Internal Medicine Vol.47, No.14, Page 1359-1362, 2008 2. A 群 β 溶連菌に対するペニシリン系とセフェム系抗菌薬の除菌率及び再発率 清水博之, 齋藤美和子, 厚見恵, 久保田千鳥, 森雅亮 日本小児科学会雑誌第 117 巻 10 号 1569 頁 1573 頁 2013 年 3. ヒブワクチン, 肺炎球菌結合型ワクチン導入後の小児菌血症の経年的変化 8
清水博之, 船曳哲典 日本小児科学会雑誌第 118 巻 7 号 1073 頁 1078 頁 2014 年 4. Analysis of Haemophilus influenzae serotype f isolated from three Japanese children with invasive H. influenzae infection Hoshino T, Hachisu Y, Kikuchi T, Tokutake S, Okui H, Kutsuna S, Fukasawa C, Murayama K, Oohara A, Shimizu H, Ito M, Takahashi Y, Ishiwada N Journal of Medical Microbiology Vol.64, No., Page 355-358, 2015 5. 小児科診療所における 6 年間 (2008 2013 年 ) の RSV 感染症 395 例の臨床的特徴および 疫学的特徴の解析 清水博之, 関根佳織, 平井康太, 高倉広充, 鈴木一雄, 多田奈緒, 厚見恵, 森雅亮, 久保田千 鳥 小児感染免疫第 27 巻 2 号 (in press) 9