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調査 1-1 あかつき金星周回軌道投入失敗の 原因究明結果を受けた今後の改善事項 宇宙航空研究開発機構 宇宙科学研究所 2012 年 1 月 31 日

目次 1. 経緯 1.1 あかつきの状況 1.2 逆止弁及び軌道制御エンジン (OME) 概要 1.3 軌道投入マヌーバ (VOI-1) で発生した事象の理解 1.4 燃料側逆止弁の閉塞メカニズム 1.5 開発時の考え方 1.6 今回起こった現象に基づく理解 2. 背後要因の分析と今後への改善事項 2.1 推進系開発における今後への改善事項 2.2 まとめと総括 1

1. 経緯 1.1 あかつきの状況 (1/2) 1. 金星探査機 あかつき は平成 22 年 5 月 21 日に H-IIA ロケット 17 号機で打ち上げられ, 計画通り金星に到達. 2. 平成 22 年 12 月 7 日に金星周回軌道への軌道投入マヌーバ (VOI-1) を実施. 軌道制御用エンジン (OME) の燃焼開始後約 152 秒後に大きな姿勢変動が発生し, 約 158 秒で燃焼を停止 ( 計画燃焼時間約 720 秒 ). 金星周回軌道投入に失敗し太陽周回軌道を飛行するに至った. 3. 平成 22 年 12 月 8 日の宇宙開発委員会において, 金星周回軌道投入失敗の原因究明並びにそれらの対策等に必要な技術的事項について調査部会において調査審議することを決定. 軌道投入マヌーバ (VOI-1) の運用計画 実際 2

1.1 あかつきの状況 (2/2) 4. 平成 22 年 12 月 17 日,27 日および, 平成 23 年 6 月 30 日の3 回にわたる調査部会において, 金星周回軌道投入失敗原因の究明と, 今後の対応についての検討や実証のための一連の地上試験について報告を行い, 投入失敗の直接原因は燃料側逆止弁の動作不良によるものと判断. それに伴い, 燃料 / 酸化剤混合比が設計条件を逸脱した結果,OME スラスタノズルが破損したと推定. 5. 平成 23 年 4 月 17 日には太陽周回軌道の近日点を通過. 設計条件を上回る熱入力による機器への影響を最小にする運用を実施. 6. 破損状態のOMEを使用し続けることができるかを検討. 特に, 破損進行を防止するための着火衝撃緩和が期待できる燃焼開始条件を地上試験により, サーベイした 7. OME 使用可否のデータ取得のため, 平成 23 年 9 月 7 日及び14 日に軌道上での試験噴射を実施. その結果, 試験噴射においてOMEの破損は進行したと推測された. 今後,2 液式のOME 使用を継続するよりも,1 液式の姿勢制御用スラスタ (RCS) による軌道制御に切り替えた方が効率が高いと判断. 8. 今後の金星再会合 再投入の軌道制御はRCSを用いて行う方針を策定し, 平成 23 年 9 月 30 日の調査部会において報告. 9. RCSは1 液式スラスタ ( 燃料を触媒反応で分解させて推力を得る ) であり, 今後の運用において酸化剤は不要かつ無駄な重量であるため, 探査機の重量を削減することを目的に酸化剤投棄運用を実施.( 平成 23 年 9 月 30~10 月 13 日 ) 10.11 月の近日点で,RCSによる軌道制御を実施. 現在,2015 年に金星再会合できる軌道を飛行中.( 平成 23 年 11 月 1 日 ~21 日 ) 3

1.2 逆止弁及び軌道制御エンジン (OME) 概要 逆止弁概要 逆止弁は, 流体の逆流を防止するために受動的に動作する弁であり, 下図のように動作する. なお, 通常は閉状態である. OME 概要 FC 燃料 燃焼用 燃料 酸化剤 FC 燃料 燃焼 差圧 ( 上流側圧力 - 下流側圧力 ) が規定圧力 ( クラッキング圧 ) 以上になると, 逆止弁の弁体が下流側に動き上下流の流路が開く. 燃焼ガス 差圧 ( 上流側圧力 - 下流側圧力 ) が規定圧力 ( リシート圧 ) 以下になると, 弁体がばね力により上流側に動いて, 上下流の流路は閉じる あかつきに 1 基搭載 推力 500N 級 燃料 ( ヒドラジン ), 酸化剤 (NTO) を使用した 2 液推進系 ヘリウムガスを調圧して加圧する調圧式推進系 燃焼器は 1 体構造の窒化珪素系モノリシックセラミックス 噴射器 ( インジェクタ ) はチタン合金製 燃焼器内面を燃料で冷却 ( フィルムクーリング FC) 噴射器から押し出された燃料 酸化剤を衝突 混合させて燃焼する 4

1.3 軌道投入マヌーバ (VOI-1) で発生した事象の理解 これまでの調査部会にて,2010 年 12 月の金星周回軌道投入時に発生した事象は, 以下の不具合シナリオにより説明できると結論した. 燃料側逆止弁 (CV F) で弁シールを透過した酸化剤蒸気と燃料蒸気の反応で生成された塩 ( 硝酸アンモニウム ) が CV-F を閉塞 燃料側逆止弁 (CV-F) VOI-1 噴射開始 152 秒後に破損 燃料タンク圧の低下により OME に供給される燃料流量が低下. OME での酸化剤 / 燃料混合比がスラスタの設計条件を逸脱 フライトでの計画作動範囲 VOI-1 噴射中の OME 作動履歴 想定外の高温での燃焼状態となり, スラスタノズルが破損 探査機姿勢に異常が発生し, 自律制御によって燃焼を停止 設計条件を逸脱した燃焼状態でのスラスタ破損事例 (VOI-1 再現地上燃焼試験 ) 5

1.4 燃料側逆止弁の閉塞メカニズム 酸化剤蒸気が弁シールを透過していった結果, 燃料側逆止弁を閉塞させるに至ったメカニズムについて再整理する 燃料側逆止弁閉塞のメカニズム 1 酸化剤蒸気が酸化剤側逆止弁 遮断弁の弁シールを透過して燃料側逆止弁に到達した 酸化剤蒸気の移動経路 燃料側逆止弁 (CV-F) 酸化剤蒸気 酸化剤側遮断弁 酸化剤側逆止弁 (CV-O) 2 燃料蒸気は燃料側逆止弁下流で飽和しているが, 燃料側逆止弁を透過しない 3 燃料蒸気と酸化剤蒸気が燃料側逆止弁内で反応して塩を生成した 4 生成した塩が燃料側逆止弁の動作を阻害し, 閉塞に至った 塩の生成確認 He + 燃料蒸気 しゅう動部 He + 酸化剤蒸気 シール部 塩を生成する反応 6N 2 H 4 + 3N 2 O 4 4NH 4 NO 3 + 2N 2 H 4 + 3N 2 9N 2 + 12H 2 O 透明逆止弁モデルを作成して, シール部付近およびしゅう動部近傍に, 固体の塩生成を確認. 塩 ( 硝酸アンモニウム ) 生成反応 通常の燃焼反応 6

開発時の設計の方針と考え方 1.5 開発時の考え方 1. 推進系の加圧系は, 高圧気蓄器から調圧されたヘリウムを燃料 酸化剤のタンクに分岐して供給する構成とした. 2. 酸化剤と燃料のガス系配管内での混合を防ぐために, 燃料側ダイヤフラム膜 逆止弁 酸化剤ガス系遮断弁で混合経路を遮断する設計とした. 3. バルブ類はフライト実績のあるコンポーネントを使用することとした. 今回閉塞に至った逆止弁は のぞみ で惑星探査機としてのフライト実績を有するものであった. 4. 推薬蒸気のバルブ上下流移動量は, 基準気体 ( ヘリウム ) での実測値で管理 1 できるとしていた. 推薬蒸気の移動には, リーク と 透過 2 という 2 つのメカニズムがあることは認識していたが, 他バルブの実液試験結果において実測した移動量はリークモデルからの推算値と同等であったため, リーク量で管理できると理解していた.( 平成 23 年第 1 回調査部会資料を参照 ) 5. 上述の考え方を前提に, 配置するバルブの個数 構成について, 配管内での推薬蒸気混合による 爆発的圧力上昇 を抑止する事を条件として設計した. 1 ヘリウムは分子が小さく, バルブ上下流の移動速度を測定しやすいことから, リーク評価において基準気体として用いられることが一般的である. 推薬蒸気の移動量は, 計測されたヘリウムのリーク量からモデルを用いて推算している. 2 リーク : 弁シール部の微小な隙間からガスが流れ出す現象透過 : 弁シール部の高分子材料内部にガスが溶解 拡散して透過する現象 7

1.6 今回起こった現象に基づく理解 今回の不具合原因調査の結果, あかつきの VOI-1 時に起きた現象の理解に基づいて得られた知見を以下に示す. ( 平成 23 年第 1 回調査部会資料を参照 ) 弁シールを通過してガスが移動するメカニズムには, リーク と 透過 の 2 種類があるが, バルブの内部構造 ( シールの形状 材質等 ) によっては, 透過量がリーク量に比べて, 桁の違う程度に大きくなることがあると分かったこと. 希薄な酸化剤と燃料の蒸気同士が混合すると低温の緩やかな反応となり, 燃焼反応には至らず, 塩が生成されることがある. この反応で生じた塩が, バルブの動作不良 閉塞を引き起こす原因となる可能性があると分かったこと. 8

2. 背後要因の分析と今後への改善事項 今回の金星周回軌道投入失敗の原因であると結論した事象 ( 塩生成によるバルブの閉塞 ) が顕在化するに至った背後要因について, 開発における以下の各段階において当該事象の予測, 検証, 対策ができなかった原因を分析した. 1) 設計段階における問題 2) バルブ選定 調達時における問題 3) 試験検証計画の立案における問題 なお, 背後要因の分析と今後への改善事項をまとめるにあたり, まずは頂上事象からその要因を繰り返しブレークダウンする手法で根本的な要因を識別した.(APPENDIX A) 内外の専門家を招聘した有識者会合 ( 注 ) において, 背後要因の分析結果, 及び, 分析結果に基づいて抽出した教訓について意見を求めた. そこでの提言をもとに, 背後要因を再整理し, 教訓を抽出した (APPENDIX B). これらを基に, 本報告では今後のミッションにおいて取り組むべき改善事項をまとめた. ( 注 ) 有識者会合 : 正式名称は あかつき不具合原因検証計画検討会. あかつきの金星周回軌道投入失敗を受け, 探査機不具合の原因究明, 今後の運用のための試験検証計画の立案, および背景要因の分析などについて, 専門的な助言を得ることを目的として JAXA 内の会議として開催. これまで 4 回の会合を実施. 9

2.1 推進系開発における今後への改善事項 (1/2) 背後要因分析から抽出した教訓 (APPENDIX-B) に基づき, 以下の改善事項を実行する. 推進系の技術力向上および, 技術情報の共有 バルブのみに限らず, 推進系システムの信頼性向上のために, 基盤的な技術, 知見の一層の蓄積 共有が必要であることを踏まえ, 以下の改善を図る. 今回得られた新たな知見を宇宙機用推進系設計標準 (JERG-2-340) へ反映するとともに, 今後も継続的に改訂する. JAXA 主導での基礎的な技術データの更なる蓄積, および国内の製造メーカの技術, ノウハウについて集約 整理する. 今後の開発に活用できるように, 推進系データベースを充実させる. 部品選定 調達の信頼性向上 今回の事例において, バルブベンダの経験や実績を含めた技術力に関する情報収集に課題が見出されたことを受け, 以下の改善を図る. コンポーネントの選定時にベンダの実績, 能力について精査を徹底する. 現地コンサルタントの活用などにより, ブラックボックスの範囲を最小化する 今回の事例に基づく具体的な実行施策を, 衛星開発における海外部品 コンポーネント品質向上ガイドライン (JERG-2-022) へ反映する. 10

2.1 推進系開発における今後への改善事項 (2/2) 実使用環境を指向した試験検証 のぞみ の実績に対する過大な評価を含め, 試験検証計画の策定における反省を踏まえ, 以下の改善を図る. 過去の実績については, システムに組み込まれた状態における機器の運用条件を十分に精査した上で, 信頼性に係わる評価を行う. 地上検証においては, 可能な限り実使用環境に近い条件での試験を指向する. 要求仕様の検証条件と機器の実使用環境に差異がある場合には, この差異に起因するリスクについて, 解析や要素試験等の組合わせによる検証を徹底する. 人材の育成 潜在的な不具合事象の洗い出しについては, 技術者 研究者の経験や想像力および技術の継承に負うところが大きいとの観点から, 以下の取り組みの継続的な改善を図る. 種々のインハウス実験などによる研究的および実践的経験機会を充実させる. 様々なバックグラウンドを有するメンバが一体となり推進する研究活動やプロジェクト等への参加機会の増加を図る. 11

2.2 まとめと総括 今回の不具合の背後要因の抽出と改善事項の指摘から, 衛星 探査機の推進系開発において, より本質的なこととして今後取り組むべき方向性を以下にまとめる. 1. 推進系システムおよびバルブなどの部品に関する基礎的データや知見が蓄積されているところであるが, これらのデータについて, ミッションごとの負荷の程度や内容および遭遇する環境や運用方法の相違などを参照できるような, より体系的で, 知見の普遍化と情報の共有が容易な形でのデータベース化を図る. 新規の技術 部品についてはもとより, リスクが低いと判断した既存技術や既開発類似品の採用に当たっても, システムレベルで可能な限りの検証試験を計画する. 一方で試験による検証の限界を知り, 内在するリスクを正しく認識した上でこれらに取り組む. 2. プロジェクト, 推進系, メーカなどの開発実行者には, その世代交代や体制の変化を経ても, 知識や経験を受け継いでいく意識の醸成と仕組みが必要である. その上でミッションを成功させるために想像力の限りを尽くして事に当たる態度を養うような人材の充実とその育成を図る. このために必要なインハウスの実験機会や実践機会の充実を図る. 12

APPENDIX A 背後要因の分析手法 B-1 設計段階における問題の分析と教訓の抽出 B-2 バルブ選定 調達時における問題の分析と教訓の抽出 B-3 試験検証計画の立案における問題の分析と教訓の抽出 13

A 背後要因の分析手法 バルブ閉塞の背後要因を以下の手法で分析した. 背後要因分析の頂上事象は なぜバルブの閉塞を避けられなかったのか? とした. 当該事象が発生するに至った要因を提示し, さらにその要因を引き起こした要因を論理的なつながりを持って繰り返すことで背後要因を分析した. 類似要因を統合 再整理して有識者の提言をもとに教訓を抽出した. 要因の識別 なぜバルブの閉塞を避けられなかったのか? バルブ閉塞を予測できていなかった 実液 実時間の試験 ベンダも製造に反映できる を行っていなかった知見を有していなかった 推薬蒸気の透過を反映したモデルで評価していない ヘリウムで推薬蒸気の移動量を管理していた 類似要因の統合 再整理 酸化剤蒸気透過メカニズムの理解不足に起因するもの (P.15) バルブベンダの事前調査および情報共有の不足によるもの (P.17) 要求仕様に関するもの (P.18) 試験検証計画の不十分さに起因するもの (P.20) 教訓の抽出 14

B-1 設計段階における問題の分析と教訓の抽出 (1/2) 酸化剤蒸気透過メカニズムの理解不足に起因するもの 酸化剤蒸気の移動には, リーク と 透過 という 2 つのメカニズムがあることは認識していた. しかし,JAXA で実施した他バルブでの実液試験の結果, 酸化剤蒸気の弁上下流移動量はリークモデルからの推算値と同等であったため, 基準気体 ( ヘリウム ) を用いて移動速度を管理できると考え, 透過メカニズムの検討には至らなかった. 推薬蒸気のリークおよび透過による移動速度は, シール形状 材質等に依存するものであり, バルブの種類ごとに大きく異なる可能性に気付けなかった. あかつきに搭載したバルブは, 過去に JAXA で実液試験を行ったものとは異なり, かつ海外調達品のため設計が ブラックボックス であったにも関わらず, 他バルブの試験結果に基づいて, 推薬蒸気の移動速度を基準気体の移動速度で管理した. 我が国におけるバルブの実液試験実績は少ない. 推薬蒸気の移動といった現象に対する技術的知見が十分でなかったことこそが, 今回のバルブ閉塞に至った根源的な要因である. これにより, 物性取得をはじめとする基礎的な研究 データをバルブ仕様の技術データも含めて, より一層充実させる必要があると再認識された. 15

B-1 設計段階における問題の分析と教訓の抽出 (2/2) 以上に示した背後要因から抽出される教訓を以下にまとめる. 教訓 1-1 将来ミッションの推進系システム設計において, 推薬蒸気移動はリークと透過の両方の効果を考慮する. 特に酸化剤蒸気の移動については実液 実バルブなどによる実測や解析に基づいた定量化が必須である. 教訓 1-2 搭載コンポーネントに関する基礎的なデータの蓄積が, ミッションの信頼性を確保する基盤となる. 推進系においては, 実液 実バルブなどの実測や解析のための基礎物理データを蓄積すべきである. 16

B-2 バルブ選定 調達時における問題の分析と教訓の抽出 (1/3) 1 バルブベンダの事前調査および情報共有の不足によるもの 不具合原因究明の過程における調査の結果, 当該バルブのベンダを含め, 多くの海外バルブベンダは, 実液を取り扱える設備並びに技術を有しておらず, 推進系システムレベルの設計に必要な技術データや知見が十分に蓄積されていない可能性があることが判明した. 今回の事例においては, バルブ選定時のベンダ能力や実績の調査が不十分であった. 一方で, バルブベンダは, 製造実績の蓄積に加え, 他ミッションへの供給経験を通して得られたノウハウを有している場合がある. 特に海外調達の場合, ベンダ側の技術情報をより多く入手するという観点から現地コンサルタントの活用も重要である. また, バルブ調達にあたっては, 最低限の仕様の提示にとどまらず, 実際の運用におけるバルブの使用環境 条件などを含め, 可能な範囲で情報共有を図ることが, ベンダ側のノウハウの最大限の活用につながると考えられる. 17

B-2 バルブ選定 調達時における問題の分析と教訓の抽出 (2/3) 2 要求仕様に関するもの 一般に機器 部品の要求仕様を規定する際に, 想定される故障モード分析の結果, リスクが低いと判断される事項に関しては, コスト スケジュールの観点も踏まえ, 直接的な仕様から, より簡易に検証可能な仕様への置き換えを行うことがある. 今回の事例においては, これまでの理解 (APPENDIX B-1) から, 当該バルブに対し, ヘリウムを使用したリーク量要求, および, 使用流体を仕様として規定していた. バルブベンダにおいても, それぞれの複合事象である今回の不具合について予見されず, 現実には, 前述の通りベンダにおいて実液の移動量の規定を試験において検証することは困難であったが, 結果的に要求仕様の規定の仕方は問題を回避できるものとなっていなかった. 18

B-2 バルブ選定 調達時における問題の分析と教訓の抽出 (3/3) 以上に示した背後要因から抽出される教訓を以下にまとめる. 教訓 2-1 類似の条件における実績が十分でない海外機器の調達においては, 当該ベンダの実力調査 ( 開発能力, 実績, 品質レベル, 保有設備など ) が重要である. ミッションや運用方針などコンポーネントの使用条件に関する情報をベンダにインプットすることで, 発注側も気付かない不具合の発見に繋がる可能性がある. また, 海外調達の場合, 現地コンサルタントの活用も, より多くの技術情報を得るという観点から重要である. 教訓 2-2 実使用環境における評価 検証について, 類似の評価方法に簡略化して要求仕様を設定した場合, 簡略化した条件および, それに起因するリスクを明らかにすることが重要である. リスクが重大な場合は, 別途解析や要素試験等で正しくリスク評価できるだけの基礎データを取得し, 実使用環境において問題なく使用できることを確認することが必要である. 19

B-3 試験検証計画の立案における問題の分析と教訓の抽出 (1/2) 試験検証計画の不十分さに起因するもの あかつき の推進系システムで実環境形態を再現した試験を行って, 起こりうるすべての不具合事象を検証することは困難であった. そのため, 技術リスク, スケジュール, コストの総合的な判断により, 実液を用いたフライトコンフィグレーションでの実時間試験を省略した. 実環境模擬や end-to-end 試験を省略しつつも, 当時の知識 経験から不具合を未然に防止できる網羅的な試験検証計画の立案に努めた. しかし, 結果的には今回の予想外の不具合事象 故障モードを洗い出すものとなっておらず, 想像力の不足により検証計画の体系的 網羅的な検討やリスク管理が不十分であったと言わざるを得ない. 試験検証計画が不十分であったのは, 本バルブが のぞみ でのフライト実績を有するものと認識していたことに起因する面が大きい. 今回の不具合事例については, 配管系の設計に依存するものであったが, のぞみ と あかつき では推進系コンフィグレーションに相違があり, 実績として単純に参照すべきものではなかった. 使用環境, 期間, 使用条件など, フライト実績の精査 考察が不足していたと言える. 20

B-3 試験検証計画の立案における問題の分析と教訓の抽出 (2/2) 以上に示した背後要因から抽出される教訓を以下にまとめる. 教訓 3-1 FMEA(Failure Mode and Effects Analysis), DRBFM(Design Review Based on Failure Mode), 仮想 FTA(Fault Tree Analysis) などの手法を活用し, 体系的 網羅的にリスクの識別とその対策を検討し, 試験検証計画に反映する. さらに地上試験において検証できる範囲と実環境との差に起因するリスクが内在している可能性を十分に考慮した上で, 要素試験や解析の組み合わせなどでリスクを最小化する検証計画を立案する. 教訓 3-2 フライト実績の調査にあたっては, 使用環境や期間に加え, 当該部品が使用されるシステムとしてのコンフィグレーションを含む使用条件についても十分に精査を行う. 異なる環境や条件での使用が想定される場合には, 他ミッションでの実績に過度に依存することなく, 必要な評価が実施できる検証計画を策定する. 21