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交通 物流特集技術論文 24 フォークリフト開発を支えるマルチボディダイナミクス技術展開 Technical Approach to Apply Multibody Dynamics to Development of Forklift Truck *1 長谷川修 *2 赤木朋宏 Osamu Hasegawa Tomohiro Akaki *3 広江隆治 *2 村田直史 Takaharu Hiroe Tadashi Murata *4 正田功彦 *5 川口正隆 Katsuhiko Shoda Masataka Kawaguchi 当社ではフォークリフトを含む各種製品の開発効率化及び品質向上のために, 多体系の接触や摩擦等を含んだ動力学解析 ( マルチボディダイナミクス ) の適用を進め, より一層の現象把握と改善を進めている. 本報告では, フォークリフトの課題の一つとして大型フォークリフトの発進や変速時に自動変速機の切り替え動作によりオペレータが揺れを感じる現象 ( 変速ショック ) があり, マルチボディダイナミクスを適用した結果, 発生メカニズムを把握するとともに, 開発段階で問題を予見し改善できる技術が得られたので, 概要を紹介する. 1. はじめに 当社では各種製品の開発効率化及び品質向上のために, 多体系の接触や摩擦等を含んだ動力学解析 ( マルチボディーダイナミクス ) の適用を進めている. フォークリフトのような物流車両については, 本技術の適用が進んでいる自動車のように, 車両全系 ( フルビークル ) での現象解析が可能であるので, これまでは油圧系や動力伝達系の解析も含めた運動性能シミュレーションを製品開発に活用してきた. 最近では適用範囲を広げるとともに, 従来は実験主体で進められてきた課題についても問題解決を図るために, 解析モデルを高度化して適用を進めている. フォークリフトの課題の一つとして, 大型フォークリフトの発進や変速時に自動変速機の切り替え動作によりオペレータが揺れを感じる現象 ( 変速ショック ) が挙げられる. 今回, お客様の改善要望に迅速に対応可能とすることを目標に, タイヤ, 車体, ギヤトレイン等といった機構部品の運動のみならず, エンジンやトルクコンバータ, 油圧系等の動特性をも考慮したマルチボディダイナミクスによる解析モデルを作成し, 変速時の過渡的な現象解析を実施することにより発生メカニズムの把握に取り組んだ. これにより, 従来は実車を用いたパラメータ調整のために多大の開発期間と費用を要したものが, 改善のために装置の各種パラメータを品質工学的手法により最適化する事により開発段階で問題を予見し, 改善策を事前に準備できるようになったので, これまでの取組みと合わせて以下に紹介する. 2. これまでの取組み マルチボディダイナミクス技術を適用したフォークリフト開発のこれまでの取組みとして, フォークリフト特有の荷役動作を含む車両全体の運動性能シミュレーションモデルを開発し設計に適用してきた. 小型フォークリフトを対象としたシミュレーション事例を簡単に紹介する (1). *1 技術本部高砂研究所技術士 ( 機械 ) *2 技術本部高砂研究所 *3 技術本部横浜研究所室長 *4 技術本部高砂研究所主席研究員工博 *5 技術本部高砂研究所主幹研究員工博

25 フォークリフトの基本的な動作として荷役と走行があり, 荷役はリフト動作 ( マスト昇降 ) 及びチルト動作 ( マスト傾斜 ), 走行は加速, 制動, 定常円旋回, 障害物乗り越し等がある. ここでは, 図 1に示すような障害物乗り越しを例にとる. 地面に固定された半円棒の突起を右片輪, 両輪, 左片輪の順に乗り越すもので, 上段左の写真は実車による試験状況, その右の図は, 同条件によるシミュレーション状況を示している. 下段のグラフは, 障害乗り越し時の前輪の車軸中心付近における上下方向の応答加速度を示しており, シミュレーションは最大応答及び周期ともに良好に実測値と対応していることが分かる. なお, ここには記載しないが, 荷役性能や加速性能, 制動性能, 旋回性能についても ±10% 以内の精度で予測可能であることを確認済みである. また, 荷役動作と走行動作を複合させたシミュレーションも実施している. 図 2はその一例で, 旋回走行しながら荷物を持ち上げる動作を行っている状況を示す. 複合動作についても実験と数値シミュレーションが良好に対応することを確認しており, 設計段階の性能予測として規定の作業サイクルパターンに基づいたシミュレーションを行い, サイクルタイムや燃料消費量の評価を実施した. 図 2 複合動作のシミュレーション (1) 事例 (1) 図 1 障害物乗り越し動作のシミュレーション事例 3. 変速時のフィーリング改善への適用事例 3.1 解析手法 変速時の揺れはトランミッションの切り替え動作に起因して発生するものであり, この現象には図 3に示すとおり, エンジンの出力特性, トルクコンバータのトルク伝達特性, 変速機内のギヤトレインの伝達特性, タイヤ 車体の慣性等といった車体系の挙動と, クラッチの切替え動作にかかわる油圧系とその制御系の挙動が大きく関係していると考えられる. そこで, 変速時の揺れの再現モデルは, 車体系 ( エンジン トルクコンバータ系と変速機 車体系 ) と油圧系に分けて構築した. 図 3 変速時の揺れ現象再現モデルのモデル化範囲

(1) 車体系モデルの説明エンジン トルクコンバータ系は, アクセル操作量に応じて目標回転速度になるようエンジン出力トルクを制御するロジックとなっている. ここでトルクコンバータは, 図 4に示すように入力軸の回転速度 (=エンジン回転速度) と出力軸の回転速度の比 ( 速度比 ) からトルクコンバータ性能曲線図より, 容量係数とトルク比を決定し, この容量係数に入力軸の回転速度の二乗を乗じた値を入力軸, すなわち, エンジンへの負荷トルクとして返している. また, このトルクにトルク比を乗じた値が出力軸のトルクとなり, 変速機へ伝達される仕組みとなっており, これらの一連の動作を, 数式モデルによってモデル化している. 一方, 変速機 車体系は, 図 5に示すように変速機, クラッチ, タイヤ, 車体等から構成されており, 上述のエンジン トルクコンバータ系より出力されたトルクが, 変速機, 車軸, タイヤを介して路面に動力を伝達して車体を走行させるモデルとなっている. 変速機内部の前後進, 変速段クラッチでは, 後述する油圧系モデルから出力された油圧力を入力としてクラッチ板を押し付け, 押し付け面の摩擦トルクで車軸に動力を伝達する. 26 図 4 エンジン トルクコンバータ系モデルの概要 図 5 変速機 車体系モデルの概要

(2) 油圧系モデルの説明油圧系は図 6(a) に示すように, オリフィスやアキュームレータ等からなる流路と, これらの流路を介して油圧が供給されるクラッチピストンなどから構成されている. 一方, クラッチには各速比選択用に複数のクラッチがあり, バルブの切替えにより連結させるクラッチを切り替えることで変速が行われる. このような絞り流路中のオイル流れは, ベルヌーイの法則に従うと考えられるため, 絞り部の前の圧力を P 1 [Pa], 絞り後の圧力を P 2 [Pa], 体積流量をQ [m 3 /s], 絞り部の開口面積を A [m 2 ], 流量係数を c d [-], 流体の密度を ρ [kg/m 3 ] とすると流量は次式で表される. 27 ( P ) ρ Q = cd A 2 P (2.1) 1 2 一方, クラッチシリンダについては可変体積を仮定し, 油の体積弾性率を β [N/m 2 ], 可変体 積空間の体積をV [m 3 ] とする. また, ピストンを押し戻すバネ反力 f [N] と外圧 P E [Pa], 内側受圧面積 S [m 2 ], 外側受圧面積 S [m 2 ], ピストンの摩擦係数 c [N/(cm/s)] とすると, 圧力 P 2 [N/m 2 ] と体積 V [m 3 ] は次式で表される. [ Q V& ] P& = β 2 (2.2) V ( V ) PS P S f V& E E = S (2.3) c E 今回は, 油圧系の動特性表す以上の数式をもとに, 車速を入力, シリンダ圧力を出力とする図 6(b) に示すようなブロック図でモデル化し, 上述した車体系のマルチボディダイナミクスモデルと連成させることで, 変速時の揺れ現象の再現をねらった. (a) 油圧系の基本構成 (b) 油圧系の数式モデル 図 6 油圧系モデルの概要 図 7 シミュレーションと実車試験結果との比較 3.2 解析結果オペレータの揺れに対するフィーリングは図 7に示す様に変速時に発生する時刻暦の加速度波形から分析される初期加速度及びジャークに大きく影響され, これらは小さい方が良いと考えられている. 以上に着目して, 上記のシミュレーションモデルを用いて, 実車と同等の運転条件にて揺れの評価量となる車体前後加速度を計算し, 解析値と実測値の比較を行った. その結果, 揺れ現象の中でも特徴的な初期加速度やジャークといった現象が, 複数の条件で再現できており, 本モデルが揺れを忠実に再現できていることが確認できた.

3.3 最適化 (1) 変速時の揺れ改善策揺れ改善策としては, 一般的に以下の手法が考えられる. a. エンジン制御方式 : 1 2 速に切り替える際に, エンジンの着火タイミングを遅らせることで振動源となるエンジンの発生トルクを抑え, クラッチに対する吸収エネルギを小さくする方式. b. 油圧制御方式 : 比例弁によるライン圧制御により, クラッチ係合が滑らかになるように油圧波形を調整する. c. 構造 機構的対処 : ばね要素挿入によりクラッチ板との急激な係合をばね要素の変形で吸収する. d. 油圧系パラメータの調整 : クラッチを制御する油圧系のバルブやオリフィス等のパラメータを変更することでクラッチの係合タイミングを微調整し, 滑らかな変速動作を実現する. このうちa~cは費用対効果が低く, 確度も不確かなため容易には適用できない. そこで, 現状の装置構成を大幅に変更することなく対応可能なd 案のうち,1クラッチ枚数,2オリフィス径,3アキュームレータ初期圧を取り上げ, 揺れ低減に最適なパラメータの組合せを, シミュレーションモデルを用いて予測した. (2) 最適改善案のシミュレーションによる予測実験計画法を使って上記 1~4の因子の最適組合せを予測した上で, 標準条件に対する最適条件の効果予測を行った. その結果, 図 8(a) に示すとおり, 最適条件では初期加速度は改善前 ( 標準仕様 ) より 55% 低減, ジャーク値は 32% 低減する効果が見込まれることが分かった. (3) 実車試験による確認結果上記のシミュレーションモデルによる予測の妥当性を検証するために, シミュレーションと同一の条件で実車試験を行った. その結果を図 8(b) 示す. 28 (a) シミュレーションによる予測値 (b) 実車試験での確認結果図 8 変速時の揺れ現象の最適条件確認結果この図より, シミュレーション上は 55% 低減すると予測されていた初期加速度が, 実車では 54% 低減, ジャーク値についてはシミュレーション予測値 32% 低減に対し, 実車では 56% 低減するなど, 減少傾向は概ね一致していた.

なお, 上記の標準条件と最適条件の各々の条件で, 車体前後加速度の実測波形とシミュレーション波形を比較したものが図 9である. 29 (a) 改善前 ( 標準仕様 ) (b) 改善後 ( 最適条件 ) 図 9 シミュレーションと実車試験結果との比較 以上のとおり, シミュレーションと実測は概ね良好に対応しており, すべての項目でシミュレーションモデルを用いた予測と同一傾向の結果が得られることが確認できた. また, 同時に実施したオペレータのフィーリング調査においても, 改善前と比べて, 変速時の揺れが少なくスムーズに変速できており大幅に向上できていることが確認され, フィーリング面での改善も達成できた. このことから, 今回構築したシミュレーションモデルは変速時の揺れ現象をほぼ忠実に再現できているとともに, このシミュレーションモデルを用いることで, 開発段階で問題を予見し, 事前に改善策を準備できるため, 実車での試行錯誤回数を大幅に低減するのに有効であることが分かった. 4. まとめ 本報では, 変速時の揺れ現象に関与する車体系と油圧系の連成計算が可能なマルチボディダイナミクスモデルを構築し, 変速時の揺れ現象特有のタイムラグやジャークといった現象が再現できること, そして, このモデルを用いて予測した油圧系パラメータの最適組合せによる効果予測が, 実車試験で得られた効果とほぼ一致することを紹介した. このように, マルチボディダイナミクス技術は, これまで経験に基づく実機調整が避けられないと思われていた作業を, 大幅に効率化する上でも有効な手段であると考えられる. したがって今後も, 製品開発の様々な段階への適用を進め, 開発期間の短縮や設計段階での品質のつくり込みのみならず, お客様のニーズに迅速に対応可能な技術の蓄積に努めていく所存である. 参考文献 (1) 赤木朋宏ほか, フォークリフトの運動性能シミュレーション技術, 日本機械学会機械力学 計測制御部門講演会論文 ) 集 (2003)p.87 (2) 小澤豊, 先進技術が拓く三菱重工製品のあした, 三菱重工技報 Vol.40 No.6(2003)p.316 (3) 赤澤公雄ほか, 生産システムや製品開発における IVR の活用, 三菱重工技報 Vol.40 No.6(2003)p.360