大麦や小麦は芒があって 何故イネは芒がないのか? イネが芒を失った理由の解明 このたび 名古屋大学大学院生命農学研究科 ( 研究科長 : 川北一人 ) 博士課程 3 年の上原奏子 ( うえはらかなこ ) 同大学生物機能開発利用研究センター( センター長 : 中園幹生 ) の芦苅基行 ( あしかりもと

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研究の背景と経緯 植物は 葉緑素で吸収した太陽光エネルギーを使って水から電子を奪い それを光合成に 用いている この反応の副産物として酸素が発生する しかし 光合成が地球上に誕生した 初期の段階では 水よりも電子を奪いやすい硫化水素 H2S がその電子源だったと考えられ ている 図1 現在も硫化水素

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遺伝子組み換えを使わない簡便な花粉管の遺伝子制御法の開発-育種や農業分野への応用に期待-

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脳組織傷害時におけるミクログリア形態変化および機能 Title変化に関する培養脳組織切片を用いた研究 ( Abstract_ 要旨 ) Author(s) 岡村, 敏行 Citation Kyoto University ( 京都大学 ) Issue Date URL http

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新規遺伝子ARIAによる血管新生調節機構の解明

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TuMV 720 nm 1 RNA 9,830 1 P1 HC Pro a NIa Pro 10 P1 HC Pro 3 P36 1 6K1 CI 6 2 6K2VPgNIa Pro b NIb CP HC Pro NIb CP TuMV Y OGAWA et al.,

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という特殊な細胞から分泌されるルアーと呼ばれる誘引物質が分泌され 同種の花粉管が正確に誘引されます (Higashiyama et al., 2001, Science; Okuda, Tsutsui et al., 2009, Nature) モデル植物であるシロイヌナズナにおいてもルアーが発見さ

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4. 発表内容 : 1 研究の背景 先行研究における問題点 正常な脳では 神経細胞が適切な相手と適切な数と強さの結合 ( シナプス ) を作り 機能的な神経回路が作られています このような機能的神経回路は 生まれた時に完成しているので はなく 生後の発達過程において必要なシナプスが残り不要なシナプス

背景 私たちの体はたくさんの細胞からできていますが そのそれぞれに遺伝情報が受け継がれるためには 細胞が分裂するときに染色体を正確に分配しなければいけません 染色体の分配は紡錘体という装置によって行われ この際にまず染色体が紡錘体の中央に集まって整列し その後 2 つの極の方向に引っ張られて分配され

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平成16年6月  日

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統合失調症モデルマウスを用いた解析で新たな統合失調症病態シグナルを同定-統合失調症における新たな予防法・治療法開発への手がかり-

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神経細胞での脂質ラフトを介した新たなシグナル伝達制御を発見

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平成24年7月x日

今後の展開現在でも 自己免疫疾患の発症機構については不明な点が多くあります 今回の発見により 今後自己免疫疾患の発症機構の理解が大きく前進すると共に 今まで見過ごされてきたイントロン残存の重要性が 生体反応の様々な局面で明らかにされることが期待されます 図 1 Jmjd6 欠損型の胸腺をヌードマウス

この研究成果は 日本時間の 2018 年 5 月 15 日午後 4 時 ( 英国時間 5 月 15 月午前 8 時 ) に英国オンライン科学雑誌 elife に掲載される予定です 本成果につきまして 下記のとおり記者説明会を開催し ご説明いたします ご多忙とは存じますが 是非ご参加いただきたく ご案

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のとなっています 特に てんかん患者の大部分を占める 特発性てんかん では 現在までに 9 個が報告されているにすぎません わが国でも 早くから全国レベルでの研究グループを組織し 日本人の熱性痙攣 てんかんの原因遺伝子の探求を進めてきましたが 大家系を必要とするこの分野では今まで海外に遅れをとること

遺伝子の近傍に別の遺伝子の発現制御領域 ( エンハンサーなど ) が移動してくることによって その遺伝子の発現様式を変化させるものです ( 図 2) 融合タンパク質は比較的容易に検出できるので 前者のような二つの遺伝子組み換えの例はこれまで数多く発見されてきたのに対して 後者の場合は 広範囲のゲノム

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世界初! 細胞内の線維を切るハサミの機構を解明 この度 名古屋大学大学院理学研究科の成田哲博准教授らの研究グループは 大阪大学 東海学院大学 豊田理化学研究所との共同研究で 細胞内で最もメジャーな線維であるアクチン線維を切断 分解する機構をクライオ電子顕微鏡法注 1) による構造解析によって解明する

平成24年7月x日

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( 様式甲 5) 学位論文内容の要旨 論文提出者氏名 論文審査担当者 主査 教授 大道正英 髙橋優子 副査副査 教授教授 岡 田 仁 克 辻 求 副査 教授 瀧内比呂也 主論文題名 Versican G1 and G3 domains are upregulated and latent trans

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く 細胞傷害活性の無い CD4 + ヘルパー T 細胞が必須と判明した 吉田らは 1988 年 C57BL/6 マウスが腹腔内に移植した BALB/c マウス由来の Meth A 腫瘍細胞 (CTL 耐性細胞株 ) を拒絶すること 1991 年 同種異系移植によって誘導されるマクロファージ (AIM

上原記念生命科学財団研究報告集, 30 (2016)

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2. PQQ を利用する酵素 AAS 脱水素酵素 クローニングした遺伝子からタンパク質の一次構造を推測したところ AAS 脱水素酵素の前半部分 (N 末端側 ) にはアミノ酸を捕捉するための構造があり 後半部分 (C 末端側 ) には PQQ 結合配列 が 7 つ連続して存在していました ( 図 3

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学位論文の内容の要旨 論文提出者氏名 松尾祐介 論文審査担当者 主査淺原弘嗣 副査関矢一郎 金井正美 論文題目 Local fibroblast proliferation but not influx is responsible for synovial hyperplasia in a mur

研究内容 心不全は 心臓の筋肉が障害されることにより心臓のポンプ機能が低下し 肺や全身の臓器に必要な血液量を送り出すことができない病態です 心不全患者の一部において 左心房の血圧の上昇が肺に血液を送り出す動脈 ( 肺動脈系 ) に影響し 肺動脈の収縮や肥厚 ( リモデリング ) が引き起こされ 肺高

本成果は 以下の研究助成金によって得られました JSPS 科研費 ( 井上由紀子 ) JSPS 科研費 , 16H06528( 井上高良 ) 精神 神経疾患研究開発費 24-12, 26-9, 27-

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小児の難治性白血病を引き起こす MEF2D-BCL9 融合遺伝子を発見 ポイント 小児がんのなかでも 最も頻度が高い急性リンパ性白血病を起こす新たな原因として MEF2D-BCL9 融合遺伝子を発見しました MEF2D-BCL9 融合遺伝子は 治療中に再発する難治性の白血病を引き起こしますが 新しい

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スライド 1

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大麦や小麦は芒があって 何故イネは芒がないのか? イネが芒を失った理由の解明 このたび 名古屋大学大学院生命農学研究科 ( 研究科長 : 川北一人 ) 博士課程 3 年の上原奏子 ( うえはらかなこ ) 同大学生物機能開発利用研究センター( センター長 : 中園幹生 ) の芦苅基行 ( あしかりもとゆき ) 教授の研究グループは イネの 芒 ( のぎ ) を制御する遺伝子の同定と機能解析に成功しました また オオムギやコムギには芒があるのに 何故イネには芒がないのか その分子メカニズムの一端も明らかにしました 芒とは 種子の先端に形成される突起状の構造物であり 長いものは十数 cm に達し その表面には鋸歯状の細かい棘が形成されています 自然環境下では 鳥獣による食害から種子を保護する役割があり また 細かい棘があるため動物の毛にからまって遠くへ種子を運搬させる役割があると言われています このため すべての野生イネでは種子先端に非常に長い芒が観察されますが 一方でほとんどの栽培イネではこの芒を保持していません これは 農業を行う上で芒が形成されていると播種や収穫を煩雑にし 種子貯蔵の際の妨げになるとして栽培化の過程で選抜 除去されたからだと考えられています 日本の山間部での稲作においては イノシシの食害が問題となっています 現在 イノシシの食害防除に芒をもつ在来イネなどが利用され一定の効果が見えて来ています 今後イノシシなどによる農作物の鳥獣被害について イネの芒の長さを遺伝子組み換えによらず交配のみで自由に調整し 鳥獣被害を防ぐ栽培にも期待ができます 本研究成果は 米国アカデミー紀要である Proceedings of the National Academy of Sciences (PNAS) に平成 28 年 7 月 25 日 ( 米国東部時間 ) 付けで発表されます ポイント イネの 芒 ( のぎ ) を制御する遺伝子の同定と機能解析に成功 原因遺伝子である RAE2 (Regulator of Awn Elongation 2 ) は新規の分泌型ペプチドであり イネにおいて初めて同定された RAE2 はアジアのイネの栽培化では機能喪失型が選抜されたが アフリカのイネにおいては違う遺伝子が選抜されたことを示した

1. 研究の背景我々人類は穀物 野菜 果物などの農作物より多くのエネルギーを摂取しており 農作物は人類の生存と存続に絶対的に必要なものであります 人類にエネルギーを供給するこれらの作物 ( 栽培種 ) はもともと地球上にあったわけではなく 野生種と呼ばれる植物を数千年 1 万年かけて人類が改良してできたものです 野生種を栽培種に改良することを 栽培化 といいます 例えば 私たちは毎日 甘くておいしい大きなトマトを食べていますが 大昔 このようにおいしいトマトはありませんでした もともとは非常に小さくて 酸っぱく 色が悪くて 堅くて おおよそ現在のトマトと似つかない野生のトマトを 長い年月をかけて 少しでも 大きく 甘く おいしいトマトを選ぶという繰り返しを続けた結果 現在の大きくて甘いトマトができあがりました このように 現在人類が利用している重要な作物は 野生種から 栽培化 を通して誕生しました すなわち栽培化とは 野生の植物をより扱いやすく より収量が高く安定的に採集でき より食味のよいものへと改良していく取組みと言い換えることができます 作物の中でも イネ コムギ トウモロコシの3 穀類は人間の摂取カロリーの約 50% を供給しており 人類にとってもっとも重要な作物です 穀類もまた人類の手によって野生種から栽培種に栽培化されました 栽培化された形質はいくつもありますが 今回 我々は日本人の主食であるイネの 芒 ( のげ ) 形質に着目し研究を進めました ( 図 1) 芒は 種子の先端に形成される突起状構造物で 長いものは十数 cmに達し その表面には鋸歯状の細かい棘が形成されるため 自然環境下では鳥獣による食害から種子を保護する役割 および動物の毛にからまって遠くに種子を運搬させる役割があると言われ すべての野生イネでは種子先端に非常に長い芒が観察されます しかし ほとんどの栽培イネでは この芒を保持していません これは 芒は農業を行う上で 播種や収穫を煩雑にし 種子貯蔵の際の妨げになるとして栽培化の過程で選抜 除去されからだと考えられています 我々はイネがどうして芒を喪失したか遺伝子レベルで調べることにしました

2. 研究の概要芒遺伝子の同定研究チーム ( 注 1) はまず 栽培イネの染色体背景に野生種及び近縁種の染色体断片を置換した複数の系統群 ( 染色体断片部分置換系統群 CSSLs: Chromosome Segment Substitution Lines) を用いて 芒の有無と遺伝子型を比較し 12 本ある染色体のうち 第 4 第 8 染色体の2つに芒形成の遺伝子があることを見いだしました それぞれ Regulator of Awn Elongation 1 (RAE1) RAE2 と命名し 今回 RAE2 遺伝子 (Os08g0485500) を突き止めることに成功しました 芒のある野生イネの RAE2 遺伝子を栽培イネの1つであり芒の無い日本晴に導入したところ 芒が形成されました ( 図 2) また芒のある系統で RAE2 遺伝子の発現を抑制すると芒の長さが短くなりました 遺伝子配列検索の結果 RAE2 は EPFL1 とよばれる分泌型ペプチドの一つであることが明らかになりました 分泌型ペプチドとは N 末端側に存在する分泌型シグナル配列をもち 小胞体やゴルジ体を経由して細胞外へ分泌される比較的短いペプチドのことを指します この中には 様々な翻訳後修飾やプロテアーゼによる切断を受けて 10 アミノ酸程度となってから分泌されるものと ( 短鎖翻訳後修飾ペプチド ) 分子内ジスルフィド結合の形成を経て比較的長鎖のまま分泌されるもの ( システインリッチペプチド (CRP)) の二種類に大別することができます このうち RAE2 は システインリッチペプチド (CRP) に属していました 野生イネでは RAE2 が正常に機能していますが 栽培イネでは この RAE2 遺伝子に突然変異が入り 機能が喪失していました ( 図 3) これまで多くの植物の形態形成や細胞間情報伝達は サイトカイニンやオーキシンといった植物ホルモンによって制御されることが報告されてきましたが 近年 分泌型ペプチドを介した制御機構の存在が次々と明らかになってきています 今回 分泌型ペプチド RAE2 がイネの芒形成に関与していることが明らかになりました

栽培化の過程での RAE2 の選抜イネは他の穀物とは異なり 単一起源では無く アジアとアフリカという 2 ヶ所の栽培化がおこりました アジアでは野生種 Oryza rufipogon から O. sativa が アフリカでは野生種 O. barthii から O. glaberrima が栽培化されましたが 両者とも栽培化の過程で芒を失っています アジアとアフリカの野生イネ アジアとアフリカの栽培イネにおいて RAE2 遺伝子の配列を比較してみると アジアの栽培イネの多くは RAE2 遺伝子に突然変異がはいっていましたが アフリカの栽培イネにはこの遺伝子に突然変異がありませんでした この結果から アフリカの栽培イネでは これまでに同定された RAE1 RAE2 とは異なる遺伝子 RAE3( 未同定 ) が機能喪失していることが遺伝学的に証明されました これまで アフリカとアジアにおけるイネの栽培過程では様々な共通した形質が選抜されてきました 例えば 白い種皮色の獲得 種子が穂から自然落下する脱粒性の喪失 収穫を容易にするための垂直な草型などです これらの形質は O. sativa と O. glaberrima の 2 種で同一の遺伝子に異なる変異がおこり それぞれ同じ表現型になったことが知られています しかし一方これまで アフリカとアジアにおけるイネの栽培過程で同じ形質が誕生したにもかかわらず 違う遺伝子の選抜が原因だった例は見つかっていませんでした 本研究は 地理的に離れた 2 つの地域で栽培化された種において 芒を喪失するという同じ表現型を 異なる遺伝子が すなわちアジアでは RAE1 と RAE2 が アフリカでは RAE3 を喪失したことによって無芒化されたことを示した 初の例となりました ( 図 4) 本研究成果は 2016 年 7 月 25 日 ( 米国東部時間 ) 米国科学アカデミー紀要 (PNAS) に掲載されます

論文に関する情報タイトル : Loss of function at RAE2, a novel EPFL, is required for awnlessness in cultivated Asian rice. 著者名 :Kanako Bessho- Uehara, Diane R. Wang, Tomoyuki Furuta, Anzu Minami, Keisuke Nagai, Rico Gamuyao, Kenji Asano, Rosalyn B. Angeles-Shim, Yoshihiro Shimizu, Madoka Ayano, Norio Komeda, Kazuyuki Doi, Kotaro Miura, Yosuke Toda, Toshinori Kinoshita, Satohiro Okuda, Tetsuya Higashiyama, Mika Nomoto, Yasuomi Tada, Hidefumi Shinohara, Yoshikatsu Matsubayashi, Anthony Greenberg, Jianzhong Wu, Hideshi Yasui, Atsushi Yoshimura, Hitoshi Mori, Susan R. McCouch & Motoyuki Ashikari 研究チーム : 名古屋大学 生物機能開発利用研究センター ( 上原奏子 芦苅基行 古田智敬 南杏鶴 永井啓祐 Rico Gamuyao 米田典央 Rosalyn B. Angels-Shim 清水義弘 綾野まどか ) 名古屋大学 生命農学研究科 ( 森仁志 土井一行 ) 名古屋大学 生命理学研究科 ( 東山哲也 木下俊則 松林嘉克 多田安臣 奥田哲弘 戸田洋介 篠原秀文 野元美佳 ) 福井県立大学 ( 三浦孝太郎 ) 北海道農業研究所 ( 浅野賢治 ) 農業生物資源研究所 ( 呉健忠 ) 九州大学 ( 吉村淳 安井秀 ) コーネル大学 (Diane R. Wang Anthony Greenberg Susan R. McCouch) 掲載雑誌 :Proceedings of the National Academy of Sciences (PNAS)