伝熱現象を定量的に評価することや, 機器の設計を行うためには, が不可欠である. 実際の伝熱現象は, 既存の手法で正確な評価を行うことが難しい場合が多い. 新しい機器の設計や, 新しい熱現象の解明には, 第一次近似として, が必要になる. 伝熱現象をし, 実用上評価可能な精度で伝熱現象を予測することが必要となる. ここでは, 実際の伝熱現象や機器の設計に必要な現象のモデル化とその評価について解説する. 1 シース熱電対の温度測定 課題 ダクト内を流れている500Kの空気温度をインコネルで被服されたシース熱電対で測りたい. 温度 350K の壁からシース熱電対を流れに垂直に挿入するとき, 5K 以内の精度で空気の温度を計測する 熱電対をどのくらい流体内に挿入する必要があるか. JSME テキストシリーズ 伝熱工学 例題 8.1 1
仮定とモデル化 (1) 流体中におかれた棒の先端温度が流体と比較してどのくらい異なるかで, 温度測定精度を検証する. () ダクト内のとする. (3) 熱電対のにあるものとし, 右図のモデルにおいて, 丸棒先端断面からの熱伝達は無視する. (4) ふく射による伝熱は無視する. (5) シース熱電対はし, 温度変化によらず物性値は一定とする. 3 シース熱電対の温度測定 フィンの温度分布 フィンの熱伝導 周囲流体温度 T P 周囲長 t hp 4h m 98.3 ka kd i 先端温度 T とするためには i coshml > 30またはmL > ln (30 30 1) Q x x L dq f dx A W Qx dx 矩形フィンの熱収支 x 4
結果の考察 (1) 実際の熱電対は, インコネルの中空パイプに絶縁材料と熱電対素線が封入されている. この熱電対の有効熱伝導率は, 解析モデルで用いた値よりも小さいため, 先端部分の温度はより空気温度に近い. () 熱電対端面の伝熱を無視しているので, 実際の測定温度は空気温度により近くなる. (3) 壁近傍における空気流の温度境界層が顕著な場合は, さらに長い熱電対が必要となる場合がある. 5 ジェット機の翼面温度推定 課題 マッハ数 0.87, 高度 1 万メートルで飛行しているジェット旅客機の翼に直射日光が30 度の角度で入射している. 翼弦 ( 翼の流れ方向の長さ ) の中央に設置されている燃料タンクの温度を推定せよ. 高空を巡航するジェット旅客機 JSME テキストシリーズ 伝熱工学 例題 8. 6 3
第 8 章伝熱問題のモデル化と設計 仮定とモデル化 (1) 太陽からのとの熱収支によって翼面温度が決定される. () 平板を流れる空気流による対流伝熱とふく射伝熱でタンクの温度が決定されるものとする. (3) として流れ方向の板の熱伝導は無視する. (4) 太陽の直達日射は宇宙空間の値 ( 太陽定数 ) と等しいものとする. 翼まわりの伝熱モデル 7 ジェット機の翼面温度推定 解析マッハ数よりジェット機の速度は, v 0.87 a 63 m/s (7) 翼弦の中央までの距離を代表長さとして, レイノルズ数は (8) となり, 流れは乱流である. この場合の局所ヌセルト数は, Johnson-Rubesin の式 () を用いると, (9) となり, 局所熱伝達率は, 以下のように見積もられる. (10) 一方, 太陽ふく射で翼表面を加熱する熱流束は, q q cos 545 W/m s 6 (11) 翼の裏面は断熱だから空気と翼面の温度差は, (1) 翼まわりの伝熱モデル 8 4
第 8 章伝熱問題のモデル化と設計結果の考察 (1) 本モデルでは, 太陽光照射を受けない翼下面の伝熱を考慮していないので, 実際の燃料タンクの温度は, 空気温度と翼上面温度の間の値となる. () 実際は翼面に沿って流速が変化するので, である. (3) 熱伝達率の大きさと有効ふく射熱伝達率を比較すると, 翼面からの放射冷却は無視できる. 高空を巡航するジェット旅客機 9 自動車の屋根の表面温度推定 課題 T 0 300K のとき,qq sol 700W/m の日射を吸収する自動車の屋根の温度を推定する. 自動車が静止している時と, 走行している時の屋根の表面温度を計算せよ. JSME テキストシリーズ 演習伝熱工学 例題 1.8 直射日光が当たっているときの車の屋根の温度 10 5
仮定 自動車が静止している時の自然対流熱伝達率を, 自動車が v 15m/s で走行している時の強制対流熱伝達率をとする. 屋根の裏面は断熱されているものとし, 屋根の放射率を 0.9 とする. 直射日光が当たっているときの車の屋根の温度 11 自動車の屋根の表面温度推定 解析 屋根の裏面が断熱条件なので, つまり, T T q /[ h ( T T T TT T )] 3 3 w 0 sol c 0 0 w 0 w w を満足するなる. T w を反復法で求めることに 自然対流熱伝達と強制対流熱伝達の場合では, 表面温度の収束解は, それぞれ for v 0, for となる. v 15 m/s 直射日光が当たっているときの車の屋根の温度 1 6
光ディスク書き込み時の記録層の温度推定 課題 書き換え可能な DVD レーザーディスクドライブでは, ポリカーボネート板中に記録層を挟みレーザーで加熱することによって, 記録層の光物性を変化させる. 出力 Q 15mW のレーザー光を直径 d 0.9 m に集光する. ディスクの初期温度が T 300K i, 加熱時間が t 0nsのとき, 記録層の到達温度を推定する. ただし, レーザー光に対する記録層の吸収率をとする. a 0.1 JSME テキストシリーズ 演習伝熱工学 例題 8.1 光ディスクドライバー ( 資料提供日立製作所 ( 株 )) 13 実例 DVD ドライブ ( 日立 ( 株 ) 提供 ) DVD 対物レンズ NA=0.6 λ=650nm 記録情報 0 1 0 0 0 0 0 1 0 0 0 0 0 0 0 0 1 0 0 0 0 0 1 0 0 1 0 0 0 記録信号 記録パワーレベル 1.mm 0.6mm 記録層 LD 出力 再生パワーレベル 0 レベル 光スポット光スポット 0.89μm 1.4μm トラックピッチ0.74μm 記録マーク例 書き込み時の信号パターン 14 7
光ディスク書き込み時の記録層の温度推定 仮定とモデル化 (1) レーザー光を吸収する記録層は程度で十分薄いため記録層の厚さは考慮しない. () ポリカーボネート板はレーザー光を吸収しない. (3) 記録層に吸収されたエネルギーが両側に拡散するモデルを考える. つまり, DVDディスクを二つ割りにした状態で () レーザー光焦点におけるエネルギー密度は一様とする. DVDディスク記録加熱のモデ15 ル化. 半無限固体の 1 次元解 熱伝導方程式 : T T t x 初期条件 : x 0, t 0 : T Ti T s Ttx (, ) x q T s Ttx (, ) T, h Ttx (, ) x x 第 1 種境界条件 ( 温度一定 ) t 0, x 0 : T T 第 種境界条件 ( 熱流束一定 ) t 0, x 0 : q q s 0 T s t t T T i T i T i x x x (a) 第 1 種境界条件 (b) 第 種境界条件 (c) 第 3 種境界条件 半無限固体の境界条件 t 第 3 種境界条件 ( 熱伝達率一定 ) t 0, x 0: h h 0 16 8
光ディスク書き込み時の記録層の温度推定半無限固体の 1 次元解 第 1 種境界条件 ( 温度一定 ) 1 1 erf x 1 erf t F0 (1) 第 種境界条件 ( 熱流束一定 ) T Ti exp( ) erfc( ) T T s ここで i 第 3 種境界条件 ( 熱伝達率一定 ) () 1 x Fo t T Ti x hx h t x h t erfc exp erfc T T i t k k t k 1 1 erfc expbi Bi Fo erfc Bi Fo Fo Fo 表面温度一定と熱流束一定の場合の過渡熱伝導温度分布 (3) 17 解析 焦点における片面当たりの加熱熱流束は, 全吸収エネルギーの半分となるので, (13) t 0ns における表面温度は, 前スライドの式 () より, (14) DVD ディスク記録加熱のモデル化. 18 9
光ディスク書き込み時の記録層の温度推定 結果の考察 (1) 焦点における一様ではない 焦点中心はこの推定値より高温になる. () ディスクは高速 ( 約 6m/s ) で移動している. 時間 0ns の照射時間では 0.1 m 移動するため加熱領域の移動を考慮する必要がある. (3) 温度変化が大きいので, を考慮する 必要がある. (4) 温度浸透厚さ を x / t 1 の値とすると, 0 ns では 111nm となる. これは加熱直径 900nm に比べて十分薄いのとはいえないので一次元熱伝導は近似的な目安である. DVD ディスク記録加熱のモデル化. (5) 温度浸透厚さは ポリカーボネート板の厚さに比べて十分薄いのでは成り立つ 過渡熱伝導温度分布 19 大気圏に再突入する宇宙往還機の断熱材厚さ 課題 宇宙往還機では, 高度 10 km から速度 7.8km/s で再突入する際に, 空力加熱で表面が 1500K から 000K に加熱される. 外周部はセラミック系の繊維を固めた断熱タイルで熱遮断を行っている. 実験機の断熱材裏面を T 450K 以下に保つ必要がある. c 初期温度 Ti 80K の断熱タイルが, 再突入時に表面温度 Ts 1600K の状態で10 分間加熱されるとき, 断熱タイルの必要厚さを推定する. 宇宙往還機の大気圏再突入実験 ( 資料提供宇宙航空研究開発機構 (JAXA)) JSME テキストシリーズ 演習伝熱工学 例題 8. 0 10
実例 JAXA ホームページより引用 1 大気圏に再突入する宇宙往還機の断熱材厚さ 実例 野村 航技研報告 779 号 (1983) 浅田他 航技研特別資料 SP-4(1994) 11
実例 3 大気圏に再突入する宇宙往還機の断熱材厚さ 仮定とモデル化 (1) 断熱タイルを平板の 問 題として簡略化する. () 再突入時の表面温度は, 再突入後すぐに断熱タイルの表面温度が T 1600K になると s 仮定する. 断熱タイルの伝熱様式 (3) アルミニウム合金の熱容量と伝熱は考慮せず, 断熱タイル裏面は断熱条件とする. (4) つまり, 断熱材裏面温度は, 両面が等温加熱される厚さ L のと等価となる. 断熱層内の温度変化 4 1
解析 時間 t 600s における裏面温度を T 450K c とすると, 無次元温度は, 右下図において, 平板の中心温度 c 0.871におけるフーリエ数は約 0.15である. 断熱層内の温度変化 第 1 種境界条件における平板の過渡温度分布 断熱タイルの物性値より, 断熱タイルの厚さは, (15) となる. 5 各種形状物体の中心部の過渡温度変化 大気圏に再突入する宇宙往還機の断熱材厚さ 結果の考察 (1) 大気圏再突入時は, 速度や周囲のので, 断熱タイル表面への熱流束も大きく変化する. この熱流束は, 位置によって変化するため, 表面温度も変化する. () 軌道再突入実験機では, 実際の宇宙往還機とは異なる飛行経路をとるので, 加熱時間は本例に比べて遙かに短い, 実験機の断熱タイル厚さは 0mm 程度である. (3) 断熱タイル裏面の金属構造体との接触面では熱流が存在し, このモデル化の条件よりは温度上昇が緩やかになる. (4) 高温における多孔質断熱材内の有効熱伝導率の や, 厳密には, 多孔質体内のふく射エネルギー輸送を考慮する必要がある. (5) 表面温度が低下しても断熱タイル内部は高温を保ち, その熱で内部の機器が高温に曝される場合がある. 文献 (1) 第章 伝熱の問題例 (a) を参照されたい. 6 13
高層ビルの断熱材厚さの推定 課題 高層ビルで火災が発生したとき, 火災によるビルの倒壊を防ぐために 建物を支える構造用鋼材はある一定時間火災の高温から熱を遮断する必要がある. 右図に示すように, ビル火災で断熱材表面が Ts 100K となっているとき, 鋼材表面温度を 時間の間 Tc 870K 以下に保つことを考える. 火災前の断熱材温度が Ti 300K のとき, 鋼材を覆っているロックウール断熱材の最小厚さを求めよ. ただし, 断熱材の熱拡散率は温度によら 7 ず一定で 9.0 10 m /s とする JSME テキストシリーズ 演習伝熱工学 練習問題.13 ビル鋼材の断熱 7 仮定とモデル化 (1) 断熱材をとして簡略化する. () 初期温度 Ti 300K の断熱材表面が T 100K w になると仮定する. (3) 鋼材ので断熱材中心の温度上昇を考える. 第 1 種境界条件における平板の過渡温度分布 (4) つまり, 厚さ L の 次元平板中心の温度変化を考える 8 14
高層ビルの断熱材厚さの推定 解析 中心の無次元温度は, ( T T )/( T T ) (870 1500)/(300-1500) 0.55 c s i s 厚さの断熱材中心温度の冷却曲線は右図に示されている. 上記無次元温度の時のフーリエ数は Fo 0.36 である. 7 熱拡散率は 9.0 10 m /s であるから, 中心温度を Tc 870K 以下に保つには, 最小断熱材厚さは, となり, 約が必要である. 以上の断熱材厚さ 各種形状物体の中心部の過渡温度変化 9 結果の考察 (1) 火災発生時は表面温度は高温にならないために耐熱時間は本計算例より長くなる () 構造材の熱容量を考慮すると耐熱時間は長くなる (3) 高温における多孔質断熱材内の有効熱伝導率の温度依存性や, 厳密には, 多孔質体内のふく射エネルギー輸送を考慮する必要がある. 高温の場合 熱拡散率は低温の場合より大きくなるため (4) 温度差が大きくなると する場合がある この場合は 耐熱時間が短くなる. 30 15
熱線流速計の測定 課題 熱線流速計は, 極細線の熱線を気流中で加熱し, その伝熱量から流速を計測する装置である. 一般的には, 熱線を一定温度に保つための電気回路を設け, その電流を計ることによって流速を計測する. 速度 v 10m/s で流れている温度 T0 300 K の空気流速を熱線流速計で測定するときの必要印加電流を推定する. 熱線は直径 d 5 m, 長さ l 5mm のタングステン線で, 温度 T に加熱され w 400K ている. JSME テキストシリーズ 演習伝熱工学 例題 8.7 熱線流速計による流速測定 31 仮定とモデル化 (1) 熱線は直径に比べて十分長いので, 両端からの熱伝導による熱損失は無視できる. () である. (3) 熱線からの伝熱は, のみ を考慮する. 熱線流速計による流速測定 3 16
熱線流速計の測定 解析 タングステン線の直径を代表長さとしたレイノルズ数は, vd Re 3.165 (16) このレイノルズ数に対応した円柱の平均ヌセルト数は, Collisの式を用いると, Re 44 (17) 熱線からの伝熱量は, 0.45 T T w 0 lka (0.4 0.56 Re ) ( Tw T0 ) 4.98010 W T0 0.17 タングステン線の電気抵抗は, l R 0.37 d /4 (18) (19) 33 解析 電流 i(a) が流れたときの加熱量は, Q Ri (0) 式 (18) と (0) より, 求める電流は次式となる. 1/ 4.96810 0.37 4.939 10 A (1) 右図に各電流における流速の変化を示す 34 印加電流と流速およびその測定精度の変化 17
熱線流速計の測定 結果の考察 (1) 実際の熱線流速計では, 細線の電気抵抗値の推定精度が高くないため, ピトー管など他の速度計測法を用いて流速を検定してから使用することが一般的である. () 多くの計測器では電圧を測定している. この場合, 回路中の他の抵抗も考慮する必要がある. 4 (3) 仮定 () について, 後述の例題で示されるように, ビオ数は Bi 1.9 10 となる. ビオ数が小さいのでタングステン線できる. 3 (4) 式 (17) より, 対流熱伝達率は h 6.3310 W/(m K) であり, 有効ふく射熱伝達率に比べて著しく大きいので, 35 熱電対の温度応答特性の推定 課題 素線径の裸熱電対の接点が直径 d 150 m の球となっている. この熱電対を水に挿入したとき, その無次元温度が 1/e となる応答時間を求めよ. レイノルズ数が非常に小さいとき 球の熱伝達率を表すヌセルト数は Nu hd / k f とする. 熱電対の顕微鏡写真 JSME テキストシリーズ 演習伝熱工学 練習問題.1 36 18
熱線流速計の温度応答特性の推定 過渡熱伝導の分類 T T T T(0, x) i T T(0, x) i T t t t T T T T L L L L L L Bi 1 T T() t Bi 1 T T(, t x) Bi 1 T T(, t x) (a) (b) (c) ビオ数 hl Bi の大きさによる平板内 k 過渡温度分布の違い 各種ビオ数における過渡温度分布 37 集中熱容量モデル Bi 1 では, 物体内の温度分布を無視して 1.0 熱容量だけを集中系として取り扱うことができる. このモデルを集中熱容量モデル (lumped capacitance model) という. 0.6 物体における熱量の収支は次式で表される. dt 0.4 cv hs( T T ) (1) dt 0. 初期条件を用いて積分定数を決めると, 次の解が得られる. 0.0 0 1 3 () FoBi=hAt/(cV ) FoBi hst ( cv ) =(T-T )/(T i -T )0.8 集中熱量系の過渡温度変化 38 19
解析 ヌセルト数から熱伝達率を計算すると, h Nuk d 3 f / 4.069 10 W/(m K) 代表長さは球の体積を表面積で除した値 L 5.5 10 m として, ビオ数を計算すると, 3 5 hl 4.069 10.510 Bi k 90.5 m 3 1.14 10 1 熱電対の顕微鏡写真 FoBi ln(1/ e) 1 つまり, したがって, 熱電対の応答時間は, となり, 集中熱容量系が適用できるから, テキスト式 (.46) より, 5 (5 10 ) 1.1410.910 3 5 9.71 10 s となる. 39 第 8 章おわり 40 0