癒しの業と宣教 ( ルカ 4:38~44) 1) ルカ福音書講義 (23) 章 38 イエス 2) は会堂から立ちあがり シモンの家 3) に入った シモンのしゅうとめが 高熱 4) で苦しめられており 彼らは 5) 彼女のことをイエス 6) に願った 39 彼は彼女の枕

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のですか あなたが誰か われらは知っています 神の聖者です 13) 35 イエスは彼を りつけて 14) 言った 黙れ 彼から出て行け 15) すると悪霊は彼を真ん中に投げ出し 彼を傷つけることなく 16) 彼から出て行った 36 すべてことに驚きが起こり 17) 人々 18) は互いに語り合って

2013 年 3 月 10 日 ( 日 ) 11 日 ( 月 ) 51 回目 Ⅵ-054 山上の垂訓 山上の垂訓 054 マタ 5:1~2 ルカ 6:17~19 1. はじめに (1) 呼び名について 1マタ 5:1~8:1 は 通常 山上の垂訓 ( 説教 ) と呼ばれる 2しかし この名称は 説教

牧会の祈り

創世記5 創世記2章4節b~25

神学総合演習・聖霊降臨後最終主日                  2005/11/16

2018 年 5 月 27 日 ( 日 ) 28 日 ( 月 ) 14 回 ペテロの第 2 のメッセージ (2) ペテロの第 2 のメッセージ (2) 使徒 3:17~26 1. はじめに (1) ペンテコステの日に教会が誕生した 1ペテロの第 1 回目のメッセージにより 3,000 人ほどの人たち

* ユダヤ人の歴史家ヨセフスもまた同じような書き方をしている 5 テオピロは ルカの執筆活動を支援するパトロンであった可能性が高い 6 もしそうなら テオピロはローマ人クリスチャンであったと思われる (2)1~2 節は ルカの福音書の要約である 1 前の書 というのは ルカの福音書 のことである 2

創世記5 創世記2章4節b~25

イエスさまの公的な活動は 2 年から 3 年と言われます その短い時間の中で人々に与えた影響は 考えられないほど大きいものでした ここに今日 わたしたちが集まって礼拝しているのも そのせいです けれどもその 2 年ないし 3 年のイエスさまの活動はずっと順調であったわけではありません イエスを愛し慕


2012 年 7 月 1 日 ( 日 ) 2 日 ( 月 ) 17 回目 Ⅴ-020~021 バプテスマのヨハネの登場 バプテスマのヨハネの登場 ルカ 3:1~2 マコ 1:2~6 1. はじめに (1) 文脈の確認 1バプテスマのヨハネの誕生 2イエスの誕生 3イエスの幼少期 (2) 今日の箇所は

* ダニエル書 3 捕囚期後 (3) * ハガイ書 * ゼカリヤ書 * マラキ書 (5) 預言者たちが語ったメッセージの要約 1 神の主権と聖なるご性質 2 契約の民イスラエルの不従順の罪 3 悔い改めへの招き 4 迫り来る神の裁きと捕囚 5イスラエルの民を攻撃する周辺国への裁き 6 捕囚からのレム

* ペリシテ人の古代都市ガザは 前 93 年に破壊され 前 57 年に再建された * この道路は ガザの遺跡を通過し 新ガザに至る荒野の道である 5 ピリポは その命令に従順に従った 2.27b~28 節 Act 8:27b すると そこに エチオピヤ人の女王カンダケの高官で 女王の財産全部を管理し

で宣教していると非難されないように そういう恐れがあるところでは一切 献金を受 けませんでしたが ピリピ教会との間にその心配はなかったのです このことから見て も いかにパウロと良好な関係にあった教会だったかが分かります さてパウロはこの手紙の執筆時 どこにいたのでしょう この手紙から分かることは

レプラ患者の癒し ( ルカ 5:12~16) 1) ルカ福音書講義 (25) 章 12 イエスが 2) 町の一つにいたときのこと 3) みよ 全身がレプラ 4) に冒された男 5) が いた イエスを見ると 彼は顔を地につけ 6) イエスに願って 言った 主よ もし その気

としたこと それに対してイエスは 今は 止めないでほしい 正しい ことをすべて行うのは 我々にふさわしいことです ( マタイ 3 15) と 言って ヨハネから洗礼をお受けになったと伝えています しかしマルコ福音書は そういうことは何も伝えていません イエス は ユダヤの全地方から集まって来た大勢の

2017 年 10 月 8 日 ( 日 ) 9 日 ( 月 ) 15 回さらにすぐれた契約 さらにすぐれた契約 ヘブル 8:1~13 1. はじめに (1) この手紙が書かれた理由を再確認する 1 信仰が後退しつつあった第 2 世代のメシアニック ジューたちへの励まし (2) ユダヤ教の 3 つの柱

(2) ケンクレヤにある教会に属していた 1コリントの南東 11 キロのところにある港町 2コリントの東の港としての役割を果たした アジア方面の交易のための港 * 西の港は カイオン 両港の間の距離は 8 キロ 3パウロは 第 2 回伝道旅行でここを訪れている 4 誓願が成就したのを記念して そこで

3 章 蝮の裔よ ( ルカ 3:7~14) ルカ福音書講義 (15) そこで 彼から洗礼を受けよう 1) として出て来た民衆 2) に彼は言った 3) 蝮 の裔よ 4) 誰があなた方に 来るべき怒り 5) から逃れるように教えたのか 8 さ あ 悔い改め 6) にふさわしい

2011 年 10 月 16 日 ( 日 ) 17 日 ( 月 )42 ローマ人への手紙 11:25~36 拒否の解決 (3) イスラエルの救い 1. はじめに (1)10 月 13 日 ( 木 ) の日没から仮庵の祭りが始まった 1 第 7 の月の 15 日 満月 2 満月を眺めながら イスラエル

牧会の祈り

2012 年 1 月 22 日 ( 日 ) 23 日 ( 月 )54 ローマ人への手紙 15:4~13 希望から希望へ 1. はじめに (1) 文脈の確認 11~8 章が教理 29~11 章がイスラエルの救い 312~16 章が適用 (2)14:1~15:13 は 雑多な問題を扱っている 1 超道徳

2019 年 7 月 28 日 ( 日 ) 29 日 ( 月 ) 70 回 12 人の弟子たちの救い 12 人の弟子たちの救い 使徒 19:1~7 1. はじめに (1) 第三次伝道旅行が始まった 1 使 18:23~21:17( 紀元 53 年の春から 56 年の春 ) 2パウロは ひとりで出かけ

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(1) イゼベル 彼にとっては ネバテの子ヤロブアムの罪のうちを歩むことは軽いことであった それどころか彼は シドン人の王エテバアルの娘イゼベルを妻にめとり 行ってバアルに仕え それを拝んだ (1 列 16:31) 1オムリの子アハブは イゼベルと結婚し バアル礼拝をイスラエルに導入した 2 預言者

현장 전도를 위한 1단계 전도훈련교재 4


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2 奇跡 3 父 4 聖書 4. メッセージのゴール (1) イエスを誰だと言うか (2) イエスを信じる者の幸いとは何か このメッセージは イエスの業と主張について考えようとするものである Ⅰ. イエスと父は一体である (19~29 節 ) 1. 行動において まことに まことに あなたがたに告げ

受胎告知 ( ルカ 1:26-38) ルカ福音書講義 (3) か月目 1 に み使いガブリエルが神からナザレ 2 という名のガリラヤの町に遣わされた 27 ダビデの家の出 3 でヨセフという名の男と婚約中 4 のおとめのもとにである おとめの名はマリヤ 5 といった

1 説 教 聖日礼拝 北浜チャーチ 黒田 禎一郎 2017 年 6 月 4 日 ( 日 ) 主 題 : すべてを感謝しましょう! テキスト :1コロサイ人への手紙 3 章 17 節 はじめに たった一度しかない人生 私たちはどのように生きているでしょうか? 生き方を知っている人は幸いです しかし 多

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お話 文芸思潮

聖書に聞く会 ( 第 2 回 ) マルコによる福音書 1 章 1-8 節 2014 年 5 月 8 日 古本靖久 1 聖歌 60 番 ヨルダンのほとりヨハネはさけべり 2 お祈り 3 テキストの位置 今日の箇所はマルコ福音書のはじめの部分であり この福音書は何について書くのか決定づける所です 特に

を与えられて 祈りつつ取り組んで行くように導かれる ですから私たちは自分の願い事を一方的に神に祈る祈りはやめて まず聖書を通してまず神を見上げること 御名を賛美することから始めたいのです そのような神への賛美また信仰告白から始まる祈りこそ祝福される祈りの基礎です さて第 2 の祈りは 御国が来ますよ

2011年度 牧羊者 第Ⅳ巻

2 イエスの戒めを守るなら イエスの愛に留まることになる (2) その教えを話した理由は 弟子たちが喜びに満たされるためである 1イエスは 自分が経験している喜びを弟子たちに与えようとしている 2イエスの喜びは 父なる神への従順 ( 喜ばせること ) によって生まれる 3ヘブ 12:2 Heb 12

(1) 神殿の聖所と至聖所を分ける幕である 1 長さが約 18 メートル 厚さが約 10 センチ 2この幕の内側に入れたのは 大祭司だけである それも年に一度だけ 3 大祭司 アロンの家系 ケハテ氏族 レビ族 イスラエルの民 全人類 (2) この幕が 上から下まで真っ二つに裂けた 1 神の御手がこれ

いでしょう (1)2 重の質問 1 弟子たちは いくつかのたとえ話とその解き明かしを聞いてきた 2ここでイエスは 弟子たちに考えるチャンスを与えている 3 弟子たちは 奥義としての王国 の性質について考え始める (2) イエスのたとえ話は 弟子たちが想像したものとは大いに異なる 1 種のたとえでは

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老いの顔を埋めて

4 これは皮肉である ヘロデは王のように振る舞い 墓穴を掘る (2) イエスと弟子たちの働きが 評判になっていた 1 それを耳にしたヘロデは 恐れを覚えた 2 罪責感から来る恐れである 2. ヘロデの結論 (14b~16 節 ) 人々は バプテスマのヨハネが死人の中からよみがえったのだ だから あん

5 節ごとに 洗礼者ヨハネ 殺される 6:14-15 ( そして ) イエス ( 彼 ) の名が知れ渡ったので ヘロデ王の耳にも入った 人々は言っていた 洗礼者ヨハネが死者の中から生き返ったのだ だから 奇跡を行う力が彼 ( のうち ) に働いている そのほかにも 彼はエリヤだ と言う人もいれば 昔

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よと言っておられます あなたが思っているような安定した生活を送ることはできない 心地よい生活ではない 狐や空の鳥以下の生活であると なぜイエス様ともあろう大先生の生活がこういうものなのでしょう その答えは一言で言えば 私たちのため ということです マルコの福音書 10 章 45 節 : 人の子も 仕

牧会の祈り

4きょう取り上げる 3~5のパターンは ユダヤ的に解釈する必要がある 5イエス時代のユダヤ教のラビたちの旧約聖書引用法 * 直接引用とその成就 * その箇所の解釈ではなく 適用である * きょうの3~5 のパターンは すべて適用である 6マタイは 5 つの引用によってイエスのメシア性を証明しようとし

聖書 : ピリピ 3:1~3 説教題 : 神の御霊による礼拝 日時 :2017 年 2 月 26 日 ( 朝拝 ) ピリピ人への手紙第 3 章に入ります この手紙は全部で 4 章からなっていますので 今日から後半部に入ることになります パウロは 最後に 私の兄弟たち と始めます この手紙はまだ半分ま

2012 年 2 月 26 日 ( 日 ) 27 日 ( 月 )59 ローマ人への手紙総まとめ 総まとめ 1. はじめに (1) 執筆の意図 1 使徒としての使命 * 所々 かなり大胆に書いた (15:15) 2 使徒としての奉仕の原則 * 他人の土台の上に建てない (15:20) * これまで ロ

エジプト、アブ・シール南丘陵頂部・石造建造物のロータス柱の建造方法

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Rev 7:1 この後 私は見た 四人の御使いが地の四隅に立って 地の四方の風を堅く押さえ 地にも海にもどんな木にも 吹きつけないようにしていた (1) この後 私は見た 1 物事の時間的流れではなく ヨハネが見た幻の順番を示している 2この幻は 神の裁きが迫っていることを示唆している 3 地の四方

Heb 11:7 信仰によって ノアは まだ見ていない事がらについて神から警告を受けたとき 恐れかしこんで その家族の救いのために箱舟を造り その箱舟によって 世の罪を定め 信仰による義を相続する者となりました (1) ノアは 神から警告を受けた 1 創 6:17 Gen 6:17 わたしは今 いの


一 マリヤへの恵みある教会に 何かというと 恵まれた女よ おめでとう と言う人がいました 女性のための聖書のクラスで 誰かが正しい答えを言ったら 恵まれた女よ おめでとう 感謝なことの証しをしたら 恵まれた女よ おめでとう 誰かが牧師に祈ってもらっている姿を見たら 恵まれた女よ おめでとう 彼女はい

2016 年 12 月 10 日 ( 日 ) 11 日 ( 月 ) 16 回 ラッパの裁き 5 ラッパの裁き 5 黙 9:1~11 1. はじめに (1)6 章から 9 章までの流れ 16 章で 巻き物の封印が解かれる 最初の 6 つの封印 * ここから大患難時代が始まる 27 章は 挿入句である

2017 年 2 月 21 日 ( 火 ) 60 分でわかる旧約聖書 (24) エレミヤ書 60 分でわかる旧約聖書 (24) エレミヤ書 1. はじめに (1) 預言者たちの中でのエレミヤの位置づけ 1 預言書を書いた預言者 (the writing prophet) * 王国が南北に分裂して以降

2013 年 3 月 24 日 ( 日 ) 25 日 ( 月 ) 52 回目 Ⅵ-054 八福の教え 八福の教え 054 マタ 5:3~12 ルカ 6:20~26 1. はじめに (1) 文脈の重要性 1 文脈を無視して 山上の垂訓のある言葉を取り出すことが余りにも多い 2イエスは 神の国の福音をも



に知恵と英知と知識とあらゆる仕事において 神の霊を満たした (2~3 節 ) (1) ユダ部族のフル その子ウリ その子ベツァルエル 1フルとはモーセの手を両側から支えた 2 人のうちのひとり ( 出 17 章 ) 2フルの孫がベツァルエルである (2) 神の霊を満たした 1 知恵 (wisdom)

は歯が痛くなるとズキンズキンとして何をしていても繰り返し襲って来る痛みに悩まされますが そのように 絶えず痛みがある と言わずにいられないような痛みを感じ続けていた 一体それはどんな悲しみ 痛みだったのでしょうか それが同胞ユダヤ人の不信仰に関することでした パウロがどんなに同胞 同国人のことを思っ

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WINS クラブ ニュース

6ユダヤ人は 人種的 宗教的理由によって サマリヤ人を軽蔑した * ユダヤの格言 私の目が サマリヤ人を見ることがないように 7サマリヤ人も ユダヤ人を軽蔑し 敵対した * ユダヤ人がエルサレムから下ることは許したが 上ることは許さなかった 8 現代もサマリヤ人の子孫たちが存在している ( 千名以下

このメッセージは メシアの義とパリサイ人の義について学ぼうとするものである Ⅰ. 真の信仰者の特徴 (5:13~16) 1. 地の塩 (13 節 ) あなたがたは 地の塩です もし塩が塩けをなくしたら 何によって塩けをつけるのでしょう もう何の役にも立たず 外に捨てられて 人々に踏みつけられるだけで


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1.1 節 Rev 14:1 また私は見た 見よ 小羊がシオンの山の上に立っていた また小羊とともに十四万四千人の人たちがいて その額には小羊の名と 小羊の父の名とがしるしてあった (1) ヨハネは キリストの再臨後の状況を見ている 1 実際にキリストの再臨が起こるのは 19 章になってからである

マタイによる福音書 10 章 イエスに遣わされる 1A 十二人の指名 1-4 2A 宣教の性質 B 先駆者 5-8 2B 全権大使 A 迫害 B 人々への用心 B 人々への恐れ B 仲間との確執 A 受け入れる者への報い

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礼拝の恵み 牧師チャールズ フレドリクソン どうして クリスチャンは日曜日に礼拝するの? 多くのクリスチャンやまだクリスチャンではない人たちも この疑問を持っています そもそも 聖書時代には 今日でもそうなのですが 安息日を守るという律法がありました 安息日は 金曜日の夜から土曜日の日没までの一日で

あるそうです 彼についても聖書に記された名はこれのみです アンデレ そしてこの ピリポ ギリシャ語名が連続して記されたこの事実は イスラエルの民に繋がる異邦人に対する神のご計画が繰り返しによって強調されていると考えられます 神は決してイスラエルだけを選んでおられるわけではないのです 神のご計画はイス

2017 年 2 月 5 日 ( 日 ) 6 日 ( 月 ) 22 回 イスラエルに対する戦い (2) イスラエルに対する戦い (2) 黙 12:7~17 1. はじめに (1) キリストの再臨の前に何が起こるかを見ている 110 章 ~14 章は 挿入箇所である * 物語の進展はなく 状況の説明が

2016 年 2 月 14 日川越教会 すべての民と共に 加藤享 [ 聖書 ] ローマの信徒への手紙 15 章 7~13 節だから 神の栄光のためにキリストがあなたがたを受け入れてくださったように あなたがたも互いに相手を受け入れなさい わたしは言う キリストは神の真実を現すために 割礼ある者たちに

存在する 弟子訓練は 人が思考 感情 行動において よりキリストに似た者となることを手助けするプロセスである このプロセスは 人が新しく生まれたときから始まり 残る生涯中続くものである このキリストを わたしたちは宣べ伝えており すべての人がキリストに結ばれて完全な者となるように 知恵を尽くしてすべ

2

ゲーム論 I 第二回

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さまいイエス様は生きておられる! ふくいんしょしょうふくいんしょしょうふくいんしょマタイによる福音書 28 章とマルコによる福音書 16 章とルカによる福音書 24 章ふくいんしょしょうかはなしさいわヨハネによる福音書 20 章に書かれているお話の再話 しょうと せいしょものがたり ミニ聖書物語 フ

1:14 ことばは人となって 私たちの間に住まわれた 私たちはこの方の栄光を見た 父のみもとから来られた ひとり子としての栄光である この方は恵みとまことに満ちておられた 今日はこの後 神が人となってくださったことについて考えたいと思いますが まずこの聖句にある 住まわ れた について ご一緒に考え

2012 年 1 月 15 日 ( 日 ) 16 日 ( 月 )53 ローマ人への手紙 14:13~15:3 キリスト者の自由 1. はじめに (1) 文脈の確認 11~8 章が教理 29~11 章がイスラエルの救い 312~16 章が適用 (2)12 章は 基本的には教会内の行動についての勧めであ

(1) 千年王国の最後に サタンが底知れぬ所から再び解き放たれる 1 その理由は 再び人類を試すためである 2 神は 人類がいかに堕落しているかを証明される (2) 千年王国にも罪は存在する 1 千年王国が始まった時点では 未信者は存在しない 2 千年王国では ほぼ理想に近いような生活環境が実現する

2008 年 7 月 27 日 ( 日 ) 28 日 ( 月 ) ハーベストフォーラム東京創世記 8 創世記 8 創世記 3 章 14 節 ~24 節 アダム契約 イントロ : 1. 前回までの復習 (1) 創世記には 11 の区分 ( トルドット ) がある (2) 第 1のトルドットには 人類の

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2014 年 10 月 7 日 ( 火 ) 60 分で分かる創世記 60 分で分かる創世記 1. はじめに (1) 60 分で分かる〇〇 のシリーズを開始する 11 節 1 節の解説も重要であるが 鳥瞰図的な理解も必要である 2その場合重要なのは センス オブ プロポーション である (2) 創世記

2011 年 07 月 17 日 ( 日 ) 18 日 ( 月 )29 ローマ人への手紙 8:12~17 聖化の力 ( 聖霊 )(3) 養子の霊 1. はじめに (1) 聖化 に関する 8 回目の学びである 最終回 1 最大の悲劇は 律法を行うことによって聖化を達成しようとすること 2この理解は ク

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2017 年 8 月 13 日 ( 日 ) 14 日 ( 月 ) 7 回 第 2 の警告 (2) 第 2 の警告 (2) ヘブル 4:1~13 1. はじめに (1) この手紙が書かれた理由を再確認する 1 信仰が後退しつつあった第 2 世代のメシアニック ジューたちへの励まし 2 彼らは 迫害と誤

2000 年は二日です ですからこちらも 遅い! と言えるほど 時は経っていないと言えます もちろん 1000 年イコール一日と言われているのではなく 一日のようだと言われていますので 単純計算できる話ではないのですが 先ほど引用した詩篇 90 篇 4 節では 私たちの時間のはかなさ 些細さという側

ここで 私たちの人生の旅路を思い起こすならば 荒れ野 とはまさに私たちの人生そのものだと言えましょう より正確に言えば 人生の旅路の中で さまざまな出来事や事件が起こり 私たちはしばしば困難な状況に置かれることがあり その点で 私たちは荒れ野時代を避けることが出来ないのです もちろん 人生がただ荒れ

束の地カナンに入ることが許されなかった 9 死を前にして ヨシュアを後継者に任命し 120 歳でモアブのネボ山で死んだ 10 モーセという人は 地上のだれにもまさって非常に謙遜であった ( 民数記 12:3) 11 自分を しもべとして神の家全体のために忠実でした ( ヘフ ル 3:5) 新約聖書に

付録 C の 1 Page 1 of 9 10/26/2003 付録 C クリスチャン ギリシア語聖書における Kyrios 新世界訳聖書は ギリシア語 Kyrios( ) をさまざ

こころのままを なさってください 14:37 それから イエスは戻って来て 彼らの眠っているのを見つけ ペテロに言われた シモン 眠っているのか 一時間でも目をさましていることができなかったのか 14:38 誘惑に陥らないように 目をさまして 祈り続けなさい 心は燃えていても 肉体は弱いのです 14

1 パンの家 という意味 農業生産の豊かな地 ダビデの町とも呼ばれた 2ガリラヤのベツレヘムと区別するために ユダヤのベツレヘムと書かれている 年代 200 軒の家 クリスチャンとイスラム教徒が平和に住んでいる 4 今日 パレスチナ自治区 2 万 2 千人 クリスチャンは迫害に会っている

  聖 書 へブル12:11,12 (第41講)

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Transcription:

癒しの業と宣教 ( ルカ 4:38~44) 1) ルカ福音書講義 (23) 2017.05.21 4 章 38 イエス 2) は会堂から立ちあがり シモンの家 3) に入った シモンのしゅうとめが 高熱 4) で苦しめられており 彼らは 5) 彼女のことをイエス 6) に願った 39 彼は彼女の枕 もとに立って 7) 熱を叱りつけると 8) それは彼女を去った たちまち 9) 彼女は立ちあが って 彼らに仕えた 10) 40 日が沈むと 11) 様々な病気に苦しむ人を抱える多くの者たちは彼らをイエスのもと に 12) 連れて来た 彼は彼らの一人ひとりに手をあてて 13) 彼らを癒した 41 悪霊たちも多くの者から出て行き 叫んで言った あなたは神の子だ と 14) する と彼は叱りつけて 15) それらにもの言うことを許さなかった 16) 彼がキリストである とそれらは知っていたからである 17) 1) マコ 1:29-39 の並行記事 マタ 8:14-17 にも 41 節までが伝わる この単元から 12 弟子の選任 (6:12-16) まで 基本的にマコ 1:29-3:19 にならう 2) 3) シモンとはペテロ (5:8 シモン ペテロ ) のこと ルカは 5 章に弟子の召命記事を配置するので この段階ではシモンが弟子であることを前提にしていない それに対して 弟子の召命記事をカファルナウムの会堂での出来事の前におくマルコ福音書ではここを シモンとアンデレの家 とし ヤコブとヨハネも共に と記す 4) 直訳は 大きな熱 5) 誰であるか明示されないが まずはシモンとその妻が考えられよう シモンは妻の母と一緒に生活していた 当時 それは異例のことであったろう シモンが寡婦になった義母を引き取ったなど 様々な理由が想像されるが 福音書はそれを明示しない 6) 7) 別訳 彼女の上に身を立て 直訳 彼女の上に立って マルコ福音書は かれは近寄り 手を取って彼女を起こした すると熱は彼女を去り 彼女は彼らに仕えた 8) 熱 が病気を起こす悪霊のように理解されている 4:35 の訳注参照 なお 熱を叱りつける という表現はルカ特有 マコ 1:31 彼女の手を取って彼女を起こす マタ 8:15 彼女の手に触る 9) パラクレーマ (parachrẽma) たちまち ただちに はルカが奇蹟物語に好んで用いる副詞 1:64 5:25 8:44 など福音書に 10 回 使徒記に 3:7 5:10 など 7 回 10) 仕える と訳した動詞ディアコネオー(diakonéō) はルカ福音書では 10:40 12:37 17:8 など 22:26 上に立つ者は仕える者のように 名詞ディアコニア (diakonía) は 奉仕 ディアコノス (diákonos) 奉仕者 後に I テモ 3:8-13 などに基づき 教会の役職 執事 助祭 補祭司 ( 英 deacon) へとつながる語 11) 安息日 (4:31) であったので 日没後 すなわち安息日が終わって 人々は病人を連れてきたのである 12) 原文 彼らを彼のもとに マコ 1:32 すべて病気をもつ者と悪霊にとり憑かれた者たちを 13) 手をあてて はルカ特有 日本語でも病人の治療を 手あて という 14) この悪霊の発言も次節の 叱りつけて もマルコになく ルカの筆による 神の子 はイエスに対する悪魔の言葉でも繰り返された (4:3 9) 15) マコ 1:34 多くの悪霊を追い出し 16) 悪霊(daimónion) はギリシア語では中性名詞 17) マコ 1:34 は 彼 (=イエス) を知っていたからである ルカはこれに キリスト を加え 1

42 朝となり イエスは 18) 19) そこを 出て 人気のない場所に行った 20) すると 民 衆が彼を探して 彼のところまでやって来た 21) そして 彼らのところから出て行かな いように と彼を引きとめた 43 22) イエスは彼らに言った 私はほかの町々にも神の国を福音として告げ知らせな ければならない そのために私は遣わされている 23) のだから と 44 こうして彼はユダ ヤの諸会堂で宣べ伝えた 24) カファルナウムの遺跡写真 左上 : 現在の保存遺跡 ( 手前が 4 世紀のシナゴーグ 屋根のある 建物が 5 世紀の八角堂教会 ) 右上 : 発掘当時の航空写真 下 : 八角堂教会遺構 て補った キリスト については 2:11 の注参照 18) 19) エレーモスは名詞で用いる場合 荒野 (4:1) ここでは形容詞 荒涼として誰もいない という意味合い 20) マコ 1:35 によれば祈るため 21) マコ 1:36-37 によれば シモンとその仲間たち がイエスを追ってきて 皆があなたを探しています と言う 22) マコ 1:38 は 神の国を福音として伝える を単に 宣べ伝える と記すが 神の国 ( マタイは 天の国 と表現 ) はイエスの福音の中心概念 マルコ福音書はイエスの宣教の第一声を 時は満ち 神の国は近づいた と伝え ( マコ 1:15) マタイ福音書はそれを 悔い改めよ 天の国は近づいたから と記す ( マタ 4:17) ルカはこれを 10:9 11 31 で繰り返し 神の国 がいつ来るのか という問いに対するイエスの答えを 17:21 に記す 23) マコ 1:38 は 出てきた 24) マルコは こうして彼は行って 彼らの会堂で 全ガリラヤで宣べ伝え 悪霊どもを追い出 した ルカはガリラヤも ユダヤ の一部とみたのであろう 2

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カファルナウムの会堂 ( シナゴーグ ) における悪霊追放の記事に続く 38 節から 44 節までには 三つの記事が記されている 第一は 38-39 節 熱病に苦しむシモンの姑の癒しの記事 第二は 40-41 節 イエスが多くの病人を癒し 多くの人から悪霊を追い出したという記述 第三は 42-43 節 人気のない場所に赴いたイエスを人々が追ってきたが イエスは他の町々でも福音を宣教しなければならない と語ったという記事 そして 最後の 44 節はこれら全体を イエスがカファルナウムだけでなく ユダの諸会堂で宣教した とまとめる ルカはマルコ 1:29-39 を下敷きにしてこれらを記している しかし 細部にはルカによる変更やルカ特有の筆使いが目立つ まず シモンの家においてイエスがシモンの姑の熱病を癒す短い記事 この記事はマタイも 8:14-17 に記している ここには いくつか考えさせられることがある 第一に シモンの家に姑が つまり妻の母が同居していたこと 女性が夫の家に嫁ぐ当時の慣習からすれば 不自然ではないにしても 異例のことであったはず しかし その理由は記されない マルコによれば シモンとアンデレの家 となっているが シモンの両親と妻の両親が同居していたとは考えがたいので シモンの両親は他界していたか それとも 寡婦となった姑の体が弱かったので シモンの家でケアしていたのか いずれにしても その シモンの家 と呼ばれる遺構がカファルナウムの遺跡で発見されている 5 世紀の八角堂教会の下層にある建造物 もっとも その遺構がシモンの家であったのかどうか という点は証明の限りではないとしても 後の時代に教会が建てられた場所なので そこがシモンの家であった という言い伝えがあったらしいことは認めてよい シモンの姑の記事に戻る 彼女は熱に苦しんでいた そこで イエスは熱を 悪霊を追い出すときにしたように 叱りつけると 熱は彼女をから去って行った という (39 節 ) この記事に りつける という表現を用いたのは ルカの筆 熱病が悪霊のように考えられていたのである 熱病を癒された姑は 彼らに仕えた と記される これはマルコでも同じ 新共同訳聖書などでは もてなす この動詞については 訳注 10) 参照 第二の記事は イエスが多くの病人を癒し 多くの人から悪霊を追い出した と記す 病気を癒す際に 手をあてた ( 手をおいた ) と記される また 悪霊に対しては ここでも りつけた と記される 悪霊は悪霊で あなたは神の子だ と叫んだ 会堂での悪霊追放の物語でも 悪霊はイエスに 神の聖者 と叫んだという (4:34) 悪霊もまた イエスのことを知っている しかし 知るということと 信じるということは別のこと パスカルはこのことを 神に関して アブラハムの神であって 哲学者の神ではない と表現した 神という存在を認識しているということと 神を信じるということとは別のこと 信じるとは 神に信頼して生きること イエスに対しても同じことが言いうる 神の子イエス と言うだけならば 悪霊でもできる しかし悪霊は イエスを救い主と信じ イエスの言葉を信じて生きることをしない 聖書において 信じるとは認識ではなく 生き方に関わることがら イエスは 悪霊がイエスのことを キリスト と言うことを許さなかった理由も そうして点に求められよう 第三の記事 イエスは 人気のない場所に出て行った この記事はマタイにはみられない 人気のない所 / 場所 にはエレ モス 荒野 が形容詞として用いられている 寂しい場所 という訳もある いずれにせよ 荒野のような人気のないところ マルコは ここに 祈るために という言葉を加えているが ルカはなぜかそれを省略した 4

そのために 読者は何のためかを考えさせられる マルコを知らなければ イエスは病気直しや悪霊追放に疲れ果てて 休もうとしたのかもしれない と想像するかもしれない しかし 旧約聖書を読むと 荒野が神に出会う場所であること知らされる 出 5:1 では モーセがファラオと直談判して イスラエルの民を荒野ゆかせよ と迫る 自分たちの神を礼拝するためであった エリヤも神と会うために 荒野 に出て行く ( 王上 19:4) 預言者ホセアも 神は 荒野 でイスラエルの民の心に語りかけるであろう と告げる (2:16) つまり 荒野 は神と出会う場所である という観念が旧約聖書にあった ところが 人々はそのことを理解せず イエスを連れ戻そうとする マルコはシモンとその仲間たちがイエスを探しあてたと記すが ルカは人々がイエスを探した と物語る イエスはそれに対して 彼らの要求を退けるかのようにして 自分はほかの町々でも神の国の福音を宣べ伝えなければならない と告げる イエスの福音は広く伝えられなければならない 44 節をルカは ユダの諸会堂で宣教した と記すが マルコは 全ガリラヤの諸会堂で と伝えている ルカが ガリラヤ を ユダ と変えた可能性がある ルカは 使徒言行録まで含め イエスの福音はエルサレムからローマへ という救済史的な枠組みが設定されている しかし 福音書に限れば ガリラヤからユダへと福音は伝わった ということだろう いずれにせよ 荒野の誘惑を退けたイエスは ガリラヤで宣教を開始した その宣教は 言葉による教えだけでなく 病に苦しむ人の癒し 悪霊に憑かれた人の解放を伴っていた 神の国の福音は言葉や観念だけではなく 現実にはたらく力をもっている 福音書記者はガリラヤ伝道でまずがそのことを読者たちに具体的に示そうとした 5