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種の評価基準により分類示の包括侵襲性指行為の看護師が行う医行為の範囲に関する基本的な考え方 ( たたき台 ) 指示のレベル : 指示の包括性 (1) 実施する医行為の内容 実施時期について多少の判断は伴うが 指示内容と医行為が1 対 1で対応するもの 指示内容 実施時期ともに個別具体的であるもの 例

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2012 年 2 月 22 日放送 人工関節感染の治療 近畿大学整形外科講師西坂文章はじめに感染人工関節の治療について解説していきます 人工関節置換術は整形外科領域の治療に於いて 近年めざましい発展を遂げ 普及している分野です 症例数も年々増加の傾向にあります しかし 合併症である術後感染が出現すれば患者の満足度は一期に低下することになります この術後感染の発生率は 日本整形外科学会の骨 関節術後感染予防ガイドラインによると初回人工関節置換術では 0.2-2.9% で 再置換術になると 0.5-17.3% に増加すると言われています これらの発生率は患者のリスクによっても異なると言われています また 術後数年から十数年して発症する遅発性感染もしばしば経験します そのため 人工関節置換術の普及とともに 感染人工関節の治療に遭遇する機会は今後も増加していくものと思われます 感染の診断次に治療についてお話させて頂きます 私の専門分野は股関節外科ですので本日のお話の一部は人工股関節置換術に特有のものが含まれていると思いますが ご容赦ください まず 人工関節の感染の診断について解説します まず 症状ですが 通常感染を生じると患者さんは痛みを訴えます 局所熱感 発赤 腫張などがあれば感染を疑いますが 股関節ではこれらの所見が得られにくい場合もあります これらの症状があれば感染を疑い精査する必要があります 次に血清学的検査について説明します 白血球数や CRP 血沈などの炎症反応をみることが多いですがいずれも非特異的なマーカーであることを銘記する必要があります そのほか血清アミロイド A は CRP より鋭敏に炎症を検出することができる場合もあります また CD64 抗体は感染に比較的特異的なマーカーと考えられています 次に細菌学的検査ですが 感染を疑った場合 速やかに血液培養や穿刺液の培養で起

炎菌を検出する必要があります ただし 細菌が検出されない場合も数多く存在するため 細菌検査が陰性といっても感染を否定することはできません もし すでに抗菌薬が使用されていれば 一旦中断して検査を行うことで細菌が検出されることもあります 術中の組織培養で起炎菌が検出されることもあります 起炎菌を検出することは抗菌化学療法を行う上で 非常に重要ですので徹底して行ってください 画像検査では 単純 X 線は当然必要ですが CT や MRI でインプラント周囲の状況を把握します また 骨シンチグラフィー ガリウムシンチグラフィーで炎症の波及を知ることができます 特に最近ではスペクト CT を用いることで炎症の局在が立体的に把握できる場合があります 保険適応はないですが PET を使用して検出する試みも行われています 起炎菌についてですが 半数は黄色ブドウ球菌または表皮ブドウ球菌といわれています またその半数以上が MRSA や MRCNS などの耐性菌といわれています もし 起炎菌が検出されていない場合 経験的治療で抗菌薬を投与する場合は これら耐性菌を意識した選択をする必要があります 抗 MRSA 薬の使用ですが VCM や TEIC では血中濃度 特にトラフ値が低いと効果が発揮されないため腎機能を考慮した十分な量を使用し 血中濃度をモニタリングしながらの使用が不可欠です また最近では LZD や DPM なども選択できるため MRSA 感染治療の選択枝が増えています 外科的治療ここからは外科的治療について説明します 感染人工関節の治療に対しては 大きく 3 つの方法があります デブリードマン 持続洗浄などで治療し人工関節を温存する方法 人工関節を抜去しセメントスペーサーやセメントビーズを留置し感染が沈静化してから再置換術を行う Stage revision 人工関節抜去とデブリードマン 再置換を一気で行う Direct revision に分けられます 1 番目の人工関節を温存する治療は非常に難しく 再発率も高いため当科では殆ど行っていません 温存が困難な理由の一つに 人工関節のパーツの間の死腔が関与していると思われます 特にセメントレス THA の場合 ソケッ

トの裏やポリエチレンライナーとメタルシェルの間など多くの間隙があるためここに 細菌が入り込むと温存は厳しいと思われます Stage revision 人工関節感染に対する最も一般的な治療は抜去 デブリードマンと再置換を分けて行う Stage revision です この治療の成功率は90% 以上との報告があります また 一回のデブリードマンで沈静化が得られなかった場合 多数回の手術が可能である点も有利と言われています 具体的は方法としては まず感染と診断すれば速やかに人工関節を抜去します できれば抜去前に起炎菌が検出されている方がいいのですが もし起炎菌が検出されていなくても 抜去の際に汚染された組織が多数採取可能であるため これを細菌検査に提出することもできます 十分なデブリードマンと洗浄を行い 抗菌薬を含有させたセメントスペーサーやビーズを作成し挿入します このとき含有させる抗菌薬は通常アミノグリコシド系やグリコペプチド系を使用します これらの抗菌薬は分子量が大きいため静脈投与では組織移行が悪いが 一方 局所投与することで その強力な殺菌力が発揮されることが期待されます セメントスペーサーは折損することが多いため最近では仮のインプラントを用いて作成したり 心棒に巻き付ける様に作成したりします 一方で セメントビーズは表面積が広く抗菌薬の徐放に優れているという利点がありますが 待機期間中に足が短縮し再置換の際 手技が難しくなるというデメリットもあります 我々は 感染が沈静化されたことを確認できれば最短で 4 週間で再置換術を行っていますが 沈静化されなかった場合は 再度デブリードマンとセメントスペーサー留置をくり返します 再置換術を行う際は基本的に感染が沈静化されていることが条件なので 骨欠損がある場合 同種骨移植を併用します インプラントの固定も抗菌薬含有骨セメントを用いることで再発予防を行っています 過去 10 年間の当科で この方法で治療を行い9 例中 8 例成功しました 一方でこの Stage revision の欠点としては 抜去してから再置換術までの

待機期間に一定の見解がないこと 感染の沈静化の判断が難しいこと セメントスペーサーやビーズを留置している期間の機能低下や患者満足度が低いこと セメントスペーサーの折損や脱臼 ホストボーンの骨折などの合併症が少なくないこと 長期間にわたる治療期間や患者 病院の経済的負担が多くなることなどがあげられます Direct revision 以上の欠点を補う目的で当科では 2006 年より 基本的に感染 THA の治療では Direct revision を行っています ここからは Direct revision について解説します 従来感染した人工関節の治療に対する Direct revision の成績は Stage revision より劣るものと考えられてきました しかし 最近の論文で 治療の成功率のみではなく QOL も加味した評価で両者を比較したところ Direct revision の方が優れていたとの報告もあります また 近年 抗菌化学療法が薬物動態と薬力学を考慮した PK/PD 理論が臨床の場でも応用されるようになり これまでより抗菌薬の有効性が高まってきたことから 更に Stage revision の成績が向上すると考えています 具体的な方法としては 感染と診断したらまず術前に徹底して細菌学的検索を行います 他院よりの紹介例では ほとんどの場合抗菌薬がすでに使用されていますが 一旦これらを中止し 数日経過してから穿刺液や血液培養を行います もし起炎菌が検出されない場合は Stage revision も考慮します その他の術前に把握しておきたい項目としては 感染の深達度 骨欠損の有無です 股臼側は概ね全例インプラントを抜去し十分にデブリードマン可能ですが 大腿骨側は近位からの操作では不十分になることもあるため 術前に大腿骨遠位まで感染が波及していることが分かっていれば 大腿骨遠位まで開窓し徹底的にデブリードマンを行います Stage revision と比べて Direct revision の方が骨組織に対するデブリードマンは徹底する必要があると考えています ただし軟部組織は完全に除去することは不可能で また切除量が大きいと術後の不安定性が出現するため注意が必要です こうしてデブリードマンが終わるとイソジン添加生理食塩液で徹底的に洗浄します この後再建に移ります 再建の際 骨欠損に対しては抗菌薬を含有させた同種骨を使用して再建します インプラントの固定には抗菌薬含有骨セメントを使用します 再置換術が不十分では感染が沈静化されても早期の弛みをきたす恐れもあるため確実なインプラントの固定が必要です 術後の抗菌化学療法は重要で 静脈投与 経口投与など複数の抗菌薬を併用します グラム陽性菌の場合 RFP の併

用が有効なことが多いため殺菌性の抗菌薬と併用します 静脈投与はおおよそ 2-3 週間行い CRP が 0.5 以下となれば経口薬に変更します 経口抗菌薬は 3 ヶ月から 6 ヶ月間は継続します 当科では現在まで 8 例の患者に Direct revision を行い全例再燃は認めていません この治療法の限界としては 術前瘻孔のある症例や複数の起炎菌が検出されている症例では成功率が低下すると思われます この治療法のメリットとしては治療期間が Stage revision と比べると短いこと 経済的にも通常の非感染性ゆるみに対する再置換術の入院治療費とほとんど差がなく負担が少ないことがあげられます 以上感染した人工関節の治療について解説しました これまで 難治性と考えられて いた人工関節の感染ですが 戦略的に治療を行うことで以前に比べ治療成績も向上して います 今日のお話が少しでも治療の役立つことを期待して終わりにさせて頂きます