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92 解説 Ⅰ. 序文 急性歯性感染症に対する第一選択薬はペニシリン系薬である ペニシリン系薬 セフェム系薬は下顎骨へ 歯性感染症主要起炎菌に対するsitafloxacinの抗菌 殺菌作用に関する検討 Antibacterial and Bactericidal Activity of Sitafl

2012 年 7 月 18 日放送 嫌気性菌感染症 愛知医科大学大学院感染制御学教授 三鴨廣繁 嫌気性菌とは嫌気性菌とは 酸素分子のない環境で生活をしている細菌です 偏性嫌気性菌と通性嫌気性菌があります 偏性嫌気性菌とは 酸素分子 20% を含む環境 すなわち大気中では全く発育しない細菌のことで 通

ン (LVFX) 耐性で シタフロキサシン (STFX) 耐性は1% 以下です また セフカペン (CFPN) およびセフジニル (CFDN) 耐性は 約 6% と耐性率は低い結果でした K. pneumoniae については 全ての薬剤に耐性はほとんどありませんが 腸球菌に対して 第 3 世代セフ

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染症であり ついで淋菌感染症となります 病状としては外尿道口からの排膿や排尿時痛を呈する尿道炎が最も多く 病名としてはクラミジア性尿道炎 淋菌性尿道炎となります また 淋菌もクラミジアも検出されない尿道炎 ( 非クラミジア性非淋菌性尿道炎とよびます ) が その次に頻度の高い疾患ということになります

抗菌薬の殺菌作用抗菌薬の殺菌作用には濃度依存性と時間依存性の 2 種類があり 抗菌薬の効果および用法 用量の設定に大きな影響を与えます 濃度依存性タイプでは 濃度を高めると濃度依存的に殺菌作用を示します 濃度依存性タイプの抗菌薬としては キノロン系薬やアミノ配糖体系薬が挙げられます 一方 時間依存性

2012 年 2 月 29 日放送 CLSI ブレイクポイント改訂の方向性 東邦大学微生物 感染症学講師石井良和はじめに薬剤感受性試験成績を基に誰でも適切な抗菌薬を選択できるように考案されたのがブレイクポイントです 様々な国の機関がブレイクポイントを提唱しています この中でも 日本化学療法学会やアメ

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2.7.3(5 群 ) 呼吸器感染症臨床的有効性グレースビット 錠 細粒 表 (5 群 )-3 疾患別陰性化率 疾患名 陰性化被験者数 / 陰性化率 (%) (95%CI)(%) a) 肺炎 全体 91/ (89.0, 98.6) 細菌性肺炎 73/ (86

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通常の市中肺炎の原因菌である肺炎球菌やインフルエンザ菌に加えて 誤嚥を考慮して口腔内連鎖球菌 嫌気性菌や腸管内のグラム陰性桿菌を考慮する必要があります また 緑膿菌や MRSA などの耐性菌も高齢者肺炎の患者ではしばしば検出されるため これらの菌をカバーするために広域の抗菌薬による治療が選択されるこ

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割合が10% 前後となっています 新生児期以降は 4-5ヶ月頃から頻度が増加します ( 図 1) 原因菌に関しては 本邦ではインフルエンザ菌が原因となる頻度がもっとも高く 50% 以上を占めています 次いで肺炎球菌が20~30% と多く インフルエンザ菌と肺炎球菌で 原因菌の80% 近くを占めていま



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グリコペプチド系 >50( 常用量 ) 10~50 <10 血液透析 (HD) 塩酸バンコマイシン散 0.5g バンコマイシン 1 日 0.5~2g MEEK 1 日 4 回 オキサゾリジノン系 ザイボックス錠 600mg リネゾリド 1 日 1200mg テトラサイクリン系 血小板減少の場合は投与

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与するプロトコールで抗菌薬使用は全体の 31%(Siegel et al. 2003) あるいは 34% (McCormick et al. 2005) にとどまったと報告している Rovers ら (2004) も 抗菌薬非投与で軽快する例があるが 発症 2~3 日の観察が重要であるとしている 1

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CQ1: 急性痛風性関節炎の発作 ( 痛風発作 ) に対して第一番目に使用されるお薬 ( 第一選択薬と言います ) としてコルヒチン ステロイド NSAIDs( 消炎鎮痛剤 ) があります しかし どれが最適かについては明らかではないので 検討することが必要と考えられます そこで 急性痛風性関節炎の

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資料 3 1 医療上の必要性に係る基準 への該当性に関する専門作業班 (WG) の評価 < 代謝 その他 WG> 目次 <その他分野 ( 消化器官用薬 解毒剤 その他 )> 小児分野 医療上の必要性の基準に該当すると考えられた品目 との関係本邦における適応外薬ミコフェノール酸モフェチル ( 要望番号

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は減少しています 膠原病による肺病変のなかで 関節リウマチに合併する気道病変としての細気管支炎も DPB と類似した病像を呈するため 鑑別疾患として加えておく必要があります また稀ではありますが 造血幹細胞移植後などに併発する移植後閉塞性細気管支炎も重要な疾患として知っておくといいかと思います 慢性

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づけられますが 最大の特徴は 緒言の中の 基本姿勢 でも述べられていますように 欧米のガイドラインを踏襲したものでなく 日本の臨床現場に則して 活用しやすい実際的な勧告が行われていることにあります 特に予防抗菌薬の投与期間に関しては 細かい術式に分類し さらに宿主側の感染リスクも考慮した上で きめ細

15,000 例の分析では 蘇生 bundle ならびに全身管理 bundle の順守は, 各々最初の 3 か月と比較し 2 年後には有意に高率となり それに伴い死亡率は 1 年後より有意の減少を認め 2 年通算で 5.4% 減少したことが報告されています このように bundle の merit

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2 経験から科学する老年医療 上記 12 カ月間に検出された病原細菌総計 56 株中 Escherichia coli は 24 株 うち ESBL 産生菌 14 株 それ以外のレボフロキサシン (LVFX) 耐性菌 2 株であった E. coli 以外の合計は 32 株で 内訳は Enteroco

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2012 年 1 月 25 日放送 歯性感染症における経口抗菌薬療法 東海大学外科学系口腔外科教授金子明寛 今回は歯性感染症における経口抗菌薬療法と題し歯性感染症からの分離菌および薬 剤感受性を元に歯性感染症の第一選択薬についてお話し致します 抗菌化学療法のポイント歯性感染症原因菌は嫌気性菌および好気性菌の複数菌感染症です 嫌気性菌の占める割合が 高くおよそ 2:1 の頻度で検出されます 嫌気性菌では Prevotella 属のβ-ラクタマーゼ産生菌種が増加傾向で 歯科の第一選択薬として頻用されるセフェム ペニシリン薬の抗菌活性が劣化しています 歯性感染症の多くは歯槽部に炎症が限局し 切開 排膿など適切な外科的処置および抗菌化学療法が行われれば 数日で軽快することが多いです しかし 時として初期治療の遅れより重症化し 蜂巣炎 壊死性筋膜炎など極めて重篤な感染症に発展することがあります 歯性感染症の抗菌化学療法のポイントを表 1 に示しました 1) 歯性感染症治療は感染根管治療 膿瘍切開などの局所処置を併用することが重要です 理由は 顎骨など口腔組織への抗菌薬移行濃度は低く 膿瘍腔にも抗菌薬の移行が低いためです また 嫌気性菌の Prevotella 属はペニシリン セフェム系薬を分解する酵素 (β-ラクタマーゼ) 産生菌が増加して

いるため 切開 排膿等の消炎処置を行い 菌量を減少させるとともに 嫌気環境を改善することは極めて有用です 2) 歯性感染症では口腔レンサ球菌および嫌気性菌に抗菌力をもつ抗菌薬を選択する 3) 抗菌薬の投与量は原則的に必要十分な量を投与する ことがあげられます 歯性感染症起炎菌次に歯性感染症の閉塞膿瘍からの分離菌すなわち起炎菌についてお話し致します 私達の 2005-2009 年における閉塞膿瘍からの分離菌 1896 株の結果を表 2 および 3 に示しました 分離頻度が高いのは Streptococcus 属 73% Prevotella 属 48% eptostreptococcus 属 47% でした 口腔連鎖球菌では constellatus および Sterptococcus intermedius の占める割合が高く その次は mitis および oralis でした Staphylococcus の分離頻度は低く約 5% でした 嫌気性菌の分離結果を表 3 に示しました 最も多く分離された Prevotella 属では Prevotella intermedia が Peptostreptococcus 属では Peptostreptococcus micros

が多く分離されます Fusobacterium は 9% Porphyromonas は 6% 程度の分離頻度で す 主な嫌気性菌に対する薬剤感受性 2008 年 ~2009 年に閉鎖膿瘍から分離された主なグラム陰性桿菌およびグラム陽性球菌に対する ampicillin(abpc) sulbactam/ampicillin(sbt/abpc) cefdinir(cfdn) ceftriaxone(ctrx) levofloxacin(lvfx) azithromycin(azm) clindamycin(cldm) および metronidazole(mnz) の薬剤感受性を Clinical and Laboratory Standards Institute(CLSI) に準拠した微量液体希釈法検討した結果を表 4 および 5 に示しました Prevotella 属はβ-ラクタマーゼ産生菌が多いため ampicillin(abpc) efdinir(cfdn) ceftriaxone(ctrx) の MIC90 は 16μg/mL 以上と高値です それに対してβ-ラクタマーゼ阻害薬配合ペニシリン系薬の sulbactam/ampicillin(sbt/abpc) の MIC90 値は 2μg/mL でした azithromycin(azm)clindamycin(cldm) の MIC90 値も 16μg/mL 以上と高い値でしたが clindamycin(cldm) の MIC50 値は 0.015μg/mL 以下でした 欧米で嫌気性菌感染症の第一選択薬として使用される metronidazole(mnz) の MIC90 は 4μg/mL でした Porphyromonas 属はβ-ラクタマーゼ産生菌が少なくペニシリン系 セフェム系とも耐性菌は少なく MIC90 値は 0.12μg/mL でした Fusobacterium はマクロライドの自然耐性株がありやや AZM の MIC90 が高いものの その他の薬剤はいずれも MIC90 値は低値でした グラム陽性球菌に対する薬剤感受性を表 5 に示します メトロニダゾールの MIC90 値は高いが Peptostreptococccus 属および Streptococcus constellatus などの Streptococcus annginosus グループに対するベーターラクタム系薬の MIC90 値は低い傾向でした

歯性感染症に対する第一選択薬歯性感染症治療薬は口腔レンサ球菌および嫌気性菌に対して抗菌活性が強い薬剤が最適です 薬剤感受性でお話ししたように 嫌気性菌で最も多く分離される Prevotella 属ではβ-ラクタマーゼ産生菌が多く分離されセフェム系薬 ペニシリン系薬に耐性菌が認められています しかし 内服抗菌薬が適応となる軽症から中等症の歯性感染症ではセフェム系薬 ペニシリン系薬は 切開などの消炎処置を併用することで第一選択薬になります 経口抗菌薬が適応となる中等度までの歯性感染症では約 90% 程度の有効率です しかし 顎骨周囲の蜂巣炎 頸部膿瘍などの重症歯性感染症ではこの耐性菌に注意が必要です 顎骨炎など症状の増悪が予想される症例では 1 日量としてアモキシシリン 1500mgまたは 嫌気性菌に対して強い抗菌活性があるニューキノロン系薬のシタフロキサシンを 1 日量 200mg が第一選択薬となります 急性歯周組織炎および智歯周囲炎では組織移行性を考慮しアジスロマイシンなどのマクロライド系薬が第一選択薬になることが多くなっています 智歯周囲炎の重症例ではアジスロマイシン単回製剤で 徐放製剤です ジスロマック SR 成人用ドライシロップ 2g1 回投与も選択枝の一つです 初期の血清中濃度はアジスロマイシンの約 3 倍であり 急性歯性感染症に効果が期待できます 副作用として下痢 軟便などの消化器症状が多いことがあげられます これは 腸管内の菌交代現象などによるものでなく 添加物などの直接作用のために服用後 2-3 時間ぐらいで 出現し 1-2 日間で軽快するとされています 急性歯性感染症の第一選択薬を表 6 に示しました ペニシリン系薬ではアモキシシリン 1 日 750mg-100mg 重症例では健康保険の用量と異なりますが1 日 1500 mgの投与が望ましいでしょう セフェム系薬では 1970 年に発売されたケフレックス 1982 年に発売されたケフラールは優れた臨床効果がありましたが 抗菌力は低下しています セフジトレンは口腔レンサ球菌に対して最も抗菌力が強いでしょう 重症例では嫌気性菌に対して最も強い抗菌力を持つシタフロキサシン1 日 100-200 mg1 日 1-2 回も第一選択薬となります マクロライド系薬では 急性歯周組織炎に対してはアジスロマイシン 智歯周囲炎の重症例ではアジスロマイシン徐放剤ジスロマック SR が選択枝となります 第二選択抗菌薬ですが 炎症の進行期でペニシリン セフェムの効果が認められない時はβ-ラクタマーゼ産生菌種を考慮します ニューキノロン系薬のシタフロキサシン

はレンサ球菌および嫌気性菌に対して抗菌力が強く MIC90 は 0.1μg./mL 以下です シタフロキサシン 1 日 200mg2 回が第二選択薬となります ここで 高齢者に対する注意点をお話しておきます 生理的機能が低下している事および有害事象の発生頻度が高い事を念頭に処方する必要があります 加齢により腎機能は低下します 健常人でも 40 歳以降は 10 歳ごとに腎機能は約 10% 低下し 一般的に 80 歳以上の高齢者では 30 歳代に比べ 50% 低下しています 腎機能の低下に伴い薬物の排出が遅れ, 血中濃度半減期が延長するのでニューキノロン薬などは注意が必要です 高度肝機能障害患者では マクロライド系薬は肝代謝で薬剤であり, 高度肝機能障害時は注意が必要です 最後に 歯性感染症で最も注意をしていただきたいのは開口障害 嚥下痛です 急性炎症症状が著しく 開口障害 嚥下困難を伴う重症の顎炎 顎骨周囲の蜂巣炎では入院加療が望ましいと思います 蜂巣炎では顎骨周囲の舌下隙 顎下隙などの開放が必要です β-ラクタマーゼ産生嫌気性菌をターゲットとして β-ラクタマーゼ阻害薬配合ペニシリン系薬またはカルバペネム系薬が第一選択薬となると思います