盗血症候群について ~ 鎖骨下動脈狭窄症, 閉塞症 ~ 平成 28 年度第 28 回救急部カンファレンス平成 29 年 2 月 10 日 ( 金 ) 第一会議室 松山赤十字病院脳神経外科岡村朗健 始めに 鎖骨下動脈狭窄 閉塞による盗血症候群 (subclavian steal syndrome) は, 両上肢の血圧差や脳循環の逆流といった特徴的所見を呈するため, 古くから有名な症候群である. Broadbent WH. Trans Clin Soc ond. 8: 165-8, 1875. しかしながら, 盗血症候群について, 詳述した文献は少ない. ここでは盗血症候群について, その病態生理, 症候, 臨床的意義, 治療についてお話する. 本日のお話 盗血症候群とは 盗血現症の血行動態 盗血症候群の疫学 症候 症候に失神は含まれるか? 頭蓋内側副血行路評価の重要性 鎖骨下動脈狭窄症 閉塞症の治療 症例提示 盗血症候群とは 鎖骨下動脈盗血症候群 主として鎖骨下動脈起始部 ( 左側が多い ) の狭窄 閉塞により, 患側上肢の過度の運動で, 必要な血液が反対側椎骨動脈からを介して逆流し, 供給される ( 盗血現症 ) もののうち, 症候性のもの. 盗血症候群の特徴 1. 上肢に起こる症状 : 仕事をしたり運動, 特に手の運動をしたりすると, 一方の腕がだるい, 力が入らなくなる, しびれる. また, 両側橈骨動脈を同時に触知すると患側で拍動が弱く, 収縮期血圧も患側で 20mmHg 以上低い. 2. 脳幹部の一過性症状 : 椎骨系の循環障害にみられる障害. 3. 鎖骨上窩に雑音がきかれる. 収縮期に一致した雑音で, 上肢の運動で雑音が強くなる. 脳神経外科学改訂 11 版 p.1110-1111 Osiro S, et al. Med Sci Monit. 2012 May;18(5):RA57-63. 脳神経外科学改訂 11 版 p.1110-1111. 1
正常症例 (70M, 動脈硬化, 正常 ) DSA, 撮影, 撮影 頭蓋外 頭蓋内 盗血現症の血行動態 盗血現症 (67F, 動脈硬化, 閉塞 ) DSA, 撮影 盗血現症 (72M, 動脈硬化, 閉塞 ) DSA, 撮影 頭蓋外 頭蓋内 閉塞部 盗血現症 (64F, 大動脈炎, 閉塞 ) DSA, 撮影 頭蓋外 頭蓋内 盗血症候群の疫学 症候 閉塞部 2
盗血症候群の疫学 一般人口での調査はない. 脳血管評価の対象となった 2,5000 人以上の患者での study なら存在する. a. そのうち盗血現症を認めたのは 324 例 (1.3% 以下 ) で, 左側病変は 72%. b. 無症候性の盗血現症は 308 例 (95%) ( 頚動脈病変由来の前方循環系の症候 99 例 (31%) を含む ). c. 椎骨系の症候を認めた ( すなわち真の盗血症候群 ) のは 16 例 (4.9%) のみであった. 盗血現症はよく見られる ( 入院患者の 1.3%) が, 盗血症候群はまれ ( 入院患者の 0.064%) である. 上肢血圧差と盗血現症 40mmHg より大きければ盗血現症の割合が有意に高い 上肢血圧差と盗血症候群 盗血症候群の症候 1. 上肢に起こる症状 : 仕事をしたり運動, 特に手の運動をしたりすると, 一方の腕がだるい, 力が入らなくなる, しびれる. また, 両側橈骨動脈を同時に触知すると患側で拍動が弱く, 収縮期血圧も患側で 20mmHg 以上低い. 2. 脳幹部の一過性症状 : 椎骨系の循環障害にみられる障害. 3. 鎖骨上窩に雑音がきかれる. 収縮期に一致した雑音で, 上肢の運動で雑音が強くなる. 40mmHg 以下では症候性 ( 盗血症候群 ) が少ない. 椎骨系の循環障害 A) から 1 つあるいは B) から 2 つ以上であること. なお, 単独の症状や頭痛, 眩暈, 耳鳴, 頭頚部違和感は含めない 症候に失神は含まれるか? A) 両上肢または下肢の脱力, あるいは感覚障害. B) 蝸牛前庭症状, 失調, 複視, 構音障害, 失神発作 (drop attack). 3
脳外科 神経内科は含まれない 鎖骨下動脈盗血症候群における椎骨系の症状 : A) から 1 つあるいは B) から 2 つ以上であること. なお, 単独の症状や頭痛, 眩暈, 耳鳴, 頭頚部違和感は含めない A) 両上肢または下肢の脱力, あるいは感覚障害. B) 蝸牛前庭症状, 失調, 複視, 構音障害, 失神発作 (drop attack). 結論として, 失神 単独では鎖骨下動脈盗血症候群とは言えない. 脳疾患では 失神 がみられても必ず他の症状を伴っている筈である. 脳疾患は含まれていない 脳疾患における 失神 の例くも膜下出血 a. 気が付いたら倒れていた. ひどく頭が痛い てんかん発作 b. 気が付いたら倒れていた. パチンコ中に痙攣していたらしい c. 気が付いたら倒れていた. 片側の手足が難しい 脳出血 ( 軽症 ) 側副血行路 頭蓋内側副血行路評価の重要性 椎骨系へは, 左右の後交通動脈, 外頚動脈系からの流入, 椎骨動脈への筋枝の流入, 前方循環ー後方循環の破格など様々な側副血行がある. 代表的な側副血行である後交通動脈にも variation がある. 血行動態把握には血管撮影 (DSA) が必要であり, 静止画である MRA/CTA では不十分である ( 頚動脈エコーは有用 ). Osiro S, et al. Med Sci Monit. 2012 May;18(5):RA57-63. 4
鎖骨下動脈狭窄症 閉塞症の治療 鎖骨下動脈狭窄症 閉塞症の治療 適応 a. 盗血現症による椎骨虚血. b. 運動に伴う上肢虚血症状. c. 内胸動脈 冠動脈バイパス術後の心筋虚血の改善. パーフェクトマスター脳血管内治療改訂第 2 版 p.352 Osiro S, et al. Med Sci Monit. 2012 May;18(5):RA57-63. 治療法 治療成績 治療法 a. 経皮的血管形成術 (PTA) b. PTA+Stent 留置 c. バイパス手術 症例提示 手術成績 ( 血管内治療 ) ステントもしくは PTA のみの IVR 手技の成功率は, 狭窄症でほぼ 100%. 慢性完全閉塞 chronic total occlusion (CTO) でも guidewire で病変を貫通することで 65~90% を達成する. 手技に伴う合併症は TIA も含めて 1.2~4.5%,1~10 年の開存率は 78~89%, 症候性再狭窄は 7%. 64 歳男性, 狭窄症 主訴 : 両下肢脱力発作 症例 64 歳男性 頚動脈エコー 既往歴 : 高血圧症 現病歴 : 両下肢脱力発作を主訴に当科に紹介された. 脳血管撮影などで両側内頚動脈の狭窄およびの狭窄を指摘された. 各々の狭窄に対してステント留置術を計画された. 現症 : 血圧右上肢 148/113mmHg, 左上肢 128/102mmHg 他の動脈硬化性病変を合併する盗血現症 盗血症候群の典型例 5
DSA 撮影 PTA+ ステント留置 狭窄部 狭窄部 上肢血圧 術前 : 右 148/113mmHg, 左 128/102mmHg 狭窄確認 術後 : PTA 右 130/78mmhg, 左 Stent 128/102mmHg 留置 狭窄解除確認 フォローアップ ( 頚動脈エコー ) 撮影 術後 3 年 DSA 撮影 術後 術後 3 年 上肢血圧右 114/68mmHg, 左 93/65mmHg ステント 再治療 ( 左上腕動脈アプローチ ) 狭窄部 上肢血圧術前 : 右 114/68mmHg, 左 93/65mmHg 術後 : 右 119/81mmhg, 左 115/76mmHg 狭窄確認 PTA ステント再留置 狭窄解除 結語 鎖骨下動脈盗血症候群について概説した. 鎖骨下動脈狭窄 閉塞症による盗血現症は比較的よくあるものの, 症候化して治療適応となる盗血症候群は稀である. 但し, 盗血現症は動脈硬化や大動脈炎などの指標として重要であり, 全身血管の評価が望ましい. 当科では DSA などで頭蓋内側副血行の評価, 治療としては PTA+Stenting を行っている. 6