博士学位請求論文 審査報告書 審査委員 ( 主査 ) 農学部専任准教授村上周一朗 ( 副査 ) 農学部専任教授中島春紫 ( 副査 ) 農学部専任准教授前田理久 2014 年 1 月 17 日 1 論文提出者氏名高橋結 2 論文題名 ( 邦文題 ) ハイイロジェントルキツネザルの糞由来 Aspergillus niger E-1 株の有する xylanase に関する研究 ( 欧文訳 )Study on xylanases from Aspergillus niger E-1 isolated from gray gentle lemur feces 3 論文の構成本論文は, 以下のように構成されている 序論第 1 章繊維素分解糸状菌のスクリーニング第 2 章 A. niger E-1 株の xylanase の生産条件の検討第 3 章 A. niger E-1 株の有する xylanase 遺伝子の系統解析および xylanase 遺伝子 (xyni-xynvii ) の発現第 4 章 A. niger E-1 株が生産する xylanase の分離およびタンパク質の同定第 5 章 A. niger E-1 株由来の xylanase (XynVII) の精製および特性解析総括参考文献 4 論文の概要本論文では, 自然界から繊維素分解糸状菌を分離し, その糸状菌の植物体繊維素分解システムをより深く理解することを目的とした スクリーニングにより得られた有望菌株の繊維素分解システム, 特に xylanase をターゲットとして, ゲノム上の xylanase 遺伝子の存在とその発現, および生産される酵素を関連付け, かつ網羅的に調べることにより, 以下の成果を得ることができた 第 1 章では, 微生物の分離源としてハイイロジェントルキツネザルの糞抽出液を用い, 1
cellulose,lignin, および xylan を唯一炭素源とする培地を用い, 繊維素分解糸状菌を合計 46 株分離した 一方, レッサーパンダの糞を分離源とした場合には, 繊維素分解糸状菌を分離することはできなかった 目視による形態的な相違に基づき, 分離菌株を A~P の 16 グループに分類し, 各グループの菌株の中でスクリーニングの過程においてより早く分離された菌株を, 各グループの代表株とした 各グループの代表株について,28S rrna 遺伝子の部分塩基配列に基づいて同定し,Aspergillus 属,Chaetomium 属,Graphium 属,Paecilomyces 属,Penicillium 属,Petriella 属,Tricoderma 属の糸状菌を見出した それぞれのグループの代表株がもつ繊維素分解酵素 (cellulose 分解酵素および xylanase) の生産性を調べ, 最終的に Aspergillus sp. E-1 株を研究対象として選抜した さらに,calmodulin 遺伝子の部分塩基配列, および形態観察の結果から,E-1 株を Aspergillus niger と同定した 第 2 章では,A. niger E-1 株の生産する xylanase の生産条件の検討を行った Succinic acid, および malic acid を培地に添加した場合, 生産性が向上した しかし, これらの有機酸の添加量を増加させた場合, またそれに伴い窒素源の添加量を増加させたいずれの場合でも, より顕著な酵素生産性の向上は見られなかった 最終的に 0.5% succinic acid の添加が, 本菌株の xylanase 生産に適していた また, 繊維素分解に関わる他の酵素である β-glucosidase, β-xylosidase, および cellulose 分解酵素の生産性の向上には,yeast extract の添加が効果的であることを見出した さらに,xylanase 生産に与える培地 ph の影響を調べた結果, 培地の ph が 5.5 で維持されている場合,xylanase の生産性が高いことが判明し,sodium succinate の添加がその役割を担っていることが明らかとなった 第 3 章では,Aspergillus niger E-1 株のゲノム上に xylanase 遺伝子が何種存在しているのかを確認し, さらに各遺伝子の上流の塩基配列も明らかにすることとした ゲノム情報が明らかにされている A. niger CBS 513.88 株のゲノム上に存在している 8 種の推定 xylanase 遺伝子 (xyni-xynviii ) の塩基配列の情報を基に作成した xyni-xynviii 遺伝子の増幅に特異的なプライマーを用いた PCR 法により,A. niger E-1 株のゲノム上には,7 種類の推定 xylanase 遺伝子 (xyni-xynvii ) が存在していることを確認した 各推定 xylanase 遺伝子は,CBS 513.88 株の対応する遺伝子との比較において,98.3%-100% の同一性を示した 決定した E-1 株の各推定 xylanase 遺伝子の塩基配列から推定されるアミノ酸配列は,CBS 513.88 株の配列と比較すると,XynII において 1 アミノ酸残基 (N38 D),XynV において 4 アミノ酸残基 (G6 R,A108 T,A110 T,S161 T) の置換が見られた また, 決定した xyni-xynvii の上流領域の塩基配列を比較すると, 転写調節因子である XlnR の結合配列 (5 -GGCTAR-3 ) や CreA の結合配列 (5 -SYGGRG-3 ),PacC の DNA 結合モチーフのコア配列 (5 -GCCARG-3 ) の数や結合が想定される位置に相違が見られた さらに, 推定アミノ酸配列に基づいて分子系統樹を作成したところ,E-1 株の推定 xylanase が,3 つのクラスターに分類されることを見出した クラスター 1 には,GH family 11 の酵素である XynII および XynIII, さらに XynIV,XynV が属していた また, クラスター 2 には XynI および XynVI が属しており, クラスター 3 には GH family 10 の酵素である XynVII のみが属していた 次 2
にこれらの遺伝子の発現状況を調べるために,50 mm sodium succinate を含む 0.5% xylan 培地で 44 時間培養した A. niger E-1 株の菌体から mrna を調製し, この mrna を用いて RT-PCR を行った その結果, この条件では xyni,xynii,xyniii, および xynvii が発現していることが明らかとなった 第 4 章では, 発現した遺伝子から活性のあるタンパク質として翻訳されている xylanase を明らかにすることを目的とし,A. niger E-1 株が生産する酵素タンパク質を分離し, 分離した酵素タンパク質を同定した 50 mm sodium succinate, および 10 mm KH2PO4 を含む 0.5% xylan 培地で培養した際に得られた培養上清を凍結乾燥により濃縮し,DE52 カラムクロマトグラフィーを用い,0-0.5M の NaCl 直線濃度勾配を利用することで, 生産されている xylanase を分離し,zymogram のパンドパターンからその分離を確認した 分画した 3 つの画分 (fraction 1,2, および 3) を,SDS-PAGE に供し, 得られたタンパク質のバンドのN 末端アミノ酸配列を分析したところ,fraction 2, および 3 には, それぞれ XynIII, および XynII の部分アミノ酸配列 ( SAGINYVQNYNGNLGDFTYDESTG, および STPSSTGENNGFYYSFWTDG) を有するタンパク質が含まれていた さらに fraction 2 には, -L-arabinofuranosidase が, また fraction 3 には acetyl xylan esterase の部分アミノ酸配列を有するタンパク質も含まれていた 一方,N 末端アミノ酸配列を決定できなかった fraction 1 に含まれるタンパク質を同定するために,SDS-PAGE を行った後, 染色されたタンパク質のバンドを切り出し,trypsin 消化を行い, 得られたペプチドを MALDI-TOF-MS 分析に供した その結果, 得られたマススペクトルは,XynVII に相当する A. niger CBS 513.88 由来の endo-1,4-β-xylanase を trypsin で消化した場合に得られる各ペプチドの分子質量と一致していたことから, このタンパク質を XynVII と同定した 今回の生産条件において,XynIII は培養上清全体の xylanase 活性の内,51% を占めていたのに対し,XynII および XynVII が占める割合は, それぞれ 15% および 11% であった 第 5 章では, 本菌株が生産している xylanase の中で, これまでにその性質が明らかにされていない XynVII を精製し, その特性について詳細に調べた A. niger E-1 株を 50 mm の sodium succinate を加えた 0.5% beechwood xylan 培地で培養し, 得られた培養上清を DE52 カラムクロマトグラフィーに供した時の未吸着画分を, 精製 XynVII として用いた 精製した XynVII は,SDS-PAGE にて分子質量 35 kda の単一なバンドを示し,55 C で最も高い活性を有し, 至適 ph は 5.5 であった また,60 C までの熱処理に対して比較的安定で, 広範囲 (ph 3-10) の ph で 100% の活性を維持していた さらに金属イオン, および各種阻害剤の影響を調べた結果, 何も添加しないコントロール実験における xylanase 活性を 100% とした場合,Hg 2+ および NBS は xylanase 活性を強く阻害し, それぞれ 67% と 5% の相対活性を示した 一方, 他の化合物 (Ba 2+,Ca 2+,Cd 2+,Co 2+,Cu 2+,Fe 2+,Mg 2+,Mn 2+,Ni 2+,Pb 2+, Zn 2+,EDTA,PCMB, および SDS) の添加では, 顕著な影響は見られなかった ( 相対活性 86-109%) また,XynVII は,beechwood xylan(100%) に対して高い特異性を示し,oatspelt xylan を基質とした場合には, その 68% の相対活性であった 一方で, 他の hemicellulose 様 3
基質 (pectin,pnpara, および PNPX) を用いた場合や,cellulose 様基質 (CMC,crystalline cellulose,pnpc, および PNPG),dextran および dextrin を用いた場合には, 相対活性が 2% 以下であり, ほとんど活性は見られなかった Beechwood xylan を基質とした場合,XynVII の Km,Vmax,kcat 値は, それぞれ 2.8 mg/ml,127 mol/min/mg, および 76/s であった 酵素反応生成物を TLC および MALDI-TOF-MS により分析した結果,XynVII による beechwood xylan からの生成物は X1,X2, X3MeGlcA であり, 本酵素が E-1 株の glucuronoxylan の完全な分解に欠かせない重要な酵素であることを明らかにした 5 論文の特質本論文では, まず新奇に繊維素分解糸状菌を分離することを試み,A. niger E-1 株の分離に成功している 次に本菌の植物体繊維素の分解機構を包括的に理解する一環として,xylanase に焦点を絞り, 研究を展開している これまでの xylanase に関する研究では, 特定の酵素や遺伝子について独立した研究例が多い中, 本論文では, ゲノム上に存在する同遺伝子の種類, その中で発現する遺伝子, さらに発現している遺伝子が活性のあるタンパク質として機能しているか否かを網羅的に解析している また, 本菌において翻訳が確認された GH family 10 に属する XynVII に関する酵素化学的知見が乏しいことから, 本酵素を精製し, その特性を明らかにしている 本酵素の酵素反応生成物の解析結果から,A. niger の xylan 資化における GH family 10 xylanase の生理的な意義を示している 以上, 本論文は, 微生物学, 生化学, および分子生物学的な手法を駆使し, 網羅的かつ包括的な解析を進める事によって, 糸状菌の繊維素分解機構の理解を深めることができることを提示している 6 論文の評価本論文では, ハイイロジェントルキツネザルの糞中に存在する多数の繊維素分解糸状菌 ( 真菌 ) を分離し, それらを分類 同定した 他グループの先行研究において, 様々な動物の糞から繊維素分解真菌の分離が成されてきたが, ハイイロジェントルキツネザルの糞から真菌を分離した例はなく, 本研究の結果, 繊維素分解糸状菌の分離源としてハイイロジェントルキツネザルの糞が優れていることを示唆している 次に, 分離菌株の中から選抜した A. niger E-1 株の xylanase について, ゲノムレベル, 転写レベル, および翻訳レベルから網羅的に解析を進めた このように 1 つの菌株の有する xylanase について, 遺伝子の存在から転写産物までを網羅的に解析した報告はなく, 本研究の学術的な価値は高い またその解析結果から, 本菌の有する xylanase の多様性を示し, その一環として,GH family 10 に属する xylanase である XynVII の本菌における xylan 分解における生理学的な意義を明らかにした 以上の結果は, 英語論文として学術論文で発表した 4
7 論文の判定本学位請求論文は, 農学研究科において必要な研究指導を受けたうえ提出されたものであり, 本学学位規程の手続きに従い, 審査委員全員による所定の審査及び最終試験に合格したので, 博士 ( 農学 ) の学位を授与するに値するものと判定する 以上 5