上原記念生命科学財団研究報告集, 23(2009) 175. 破骨細胞阻害因子 (OPG) とリン調節ホルモンの相互作用の解明 大城戸一郎 Key words:fibroblast growth factor 23(FGF-23), 破骨細胞分化阻止因子, リン * 東京慈恵会医科大学医学部内科学 緒言生体内のリン代謝調節は, 腎臓からの排泄 腸管からの吸収 骨との交換 細胞膜における輸送のバランスにより行われているが, 血中リン濃度を規定している主たる因子は腎臓からのリン排泄で, 吸収されたリンの 90% が糸球体から濾過され, その 80 90% が尿細管で再吸収され尿中へ排泄される. ほとんど近位尿細管の管腔側の Na-Pi cotransporter type IIa(NaPi IIa) による再吸収によって決まっている. このため, 腎機能が正常であれば高リン血症はほとんど生じない. しかし, 腎機能が低下するとリンが蓄積し,1α,25(OH) 2 D 3 活性化障害が生じる. このことが, 低 Ca 血症を介して間接的にあるいは直接的に副甲状腺ホルモン ( 以下 PTH) の合成分泌を刺激する. これが, 二次性副甲状腺機能亢進症の病態形成の仮説であった. しかし, 近年 fibroblast growth factor 23(FGF-23) と高い破骨細胞分化阻止因子 (OCIF:Osteoclast inhibitory factor / OPG :Osteoprotegerin) が二次性副甲状腺機能亢進症の病態形成に重要な役割を演じていることが想定されている. FGF-23 は常染色体優性遺伝性低リン血症性くる病 (ADHR) の家系の検討から低リン血症の原因因子として同定されたリン利尿ホルモンである. 一方,OPG は尿毒症病態における骨の抵抗性に関与していると考えられている. 保存期腎不全患者の血中 OPG 濃度は, 腎機能に反比例して上昇し, 透析患者では in vitro で十分に破骨細胞形成抑制効果を示す濃度に達していると報告され, 腎不全患者の血中で増加している OPG が PTH による破骨細胞性骨吸収促進作用を抑制するならば骨芽細胞機能は正常でも破骨細胞に PTH 作用に対する抵抗性が存在する可能性がある. さらに FGF-23 と OPG が腎不全患者の骨病変に関与するだけでなく, 血管石灰化などの生命予後に深く関わる病態とも関連することが明らかになってきている. また, 近年では FGF-23 の産生部位は骨細胞であることから,OPG が骨代謝を介して FGF-23 の合成分泌に影響を与えている可能性がある. しかしながら,FGF-23 や OPG が PTH あるいは 1α,25(OH) 2 D 3 調節系と如何なるネットワークを形成しているかは不明な点が多い. そこで我々は OPG ノックアウトマウスを用いて二次性副甲状腺機能亢進症あるいは血管石灰化病態下での, 新しい液性因子の挙動を明らかにする. 方法 10 週齢の雄性 OPG ノックアウトマウスを通常食群と高リン食群の 2 群にわけて飼育した. 通常食群はリン含有量 0.6% とし, 高リン食群は 1.2% として, いずれも自由摂食とした. 食事中のカルシウム含有量は両群とも 0.6% とした. コントロールとして wild-type マウス (C57BL/6J 雄性マウス ) を用い, これも同様に 2 群にわけて飼育した ( 各群とも n=8).22 週齢時に血液および尿のサンプルを採取し, 生化学的検査を行った. サンプル採取後,diethylether の過量投与によって安楽死させ,Northern blot と免疫組織学的検査のために片腎を採取した. 血清 intact PTH (ipth) 濃度はマウス intact-pth ELISA キット (Immutopics Inc.,San Clemente,CA,USA) によって測定し, 血清 FGF-23 濃度は full-length FGF-23 ELISA キット (Kainos Inc.,Tokyo,Japan) によって測定した. * 現所属 : 東京慈恵会医科大学医学部腎臓高血圧内科 1
結果 22 週齢における各群の血清リン濃度, 血清カルシウム濃度, 血清クレアチニン濃度にはいずれも有意差は認められなかっ た (Table 1). Table 1. Serum biochemical data of the mice at 22 weeks of age a p < 0.05 vs. other groups; bp < 0.05 vs. WT Pi = 0.6%; cp < 0.01 vs. WT Pi = 0.6%; dp < 0.01 vs. OPG. Wild-type マウスの通常食投与群は, 他の 3 群に比して有意に体重が重かった.Wild-type マウスでも OPG ノックアウトマウスでも, 高リン食を投与した群では通常食を投与した群に比して %TRP は有意に低下しており,wild-type マウスでは通常食群では 83.0±2.9% であったのに対し, 高リン食群では 51.8±7.24% に低下していた. しかしながら OPG ノックアウトマウスでは, 通常食群で 87.41±3.74% であったのに対して高リン食群では 68.43±8.38% と,%TRP は有意に低下していたものの,OPG ノックアウトマウスでは比較的軽度の低下にとどまった. NaPi2a mrna は通常食投与時には wild-type マウスと OPG ノックアウトマウスの間で有意な差は認められなかった. しかし,wild-type マウスでは高リン食投与によって有意に減少したのに対し,OPG ノックアウトマウスでは有意な変化は認められなかった (Fig. 1). 2
Fig. 1. The NaPi2a mrna and GAPDH expressions were detected by Northern blot analysis a) The NaPi2a mrna and GAPDH expressions were detected by Northern blot analysis (n = 8 for each group). b) According to the NaPi2a/GAPDH ratio, NaPi2a mrna expressions did not differ between WT mice and OPG KO mice in normal diet. It was suppressed in WT mice, but it was not significantly suppressed in OPG KO mice under high-phosphate diet. また mrna と同様に wild-type マウスでは高リン食投与群で通常食投与群に比して有意に発現量が低下していたのに対し, OPG ノックアウトマウスではその変化が認められなかった. リン代謝調節因子についての検討では, 血清 ipth 濃度は wildtype マウスにおいて高リン食投与時に増加する傾向がみられたが有意な変化ではなく, 血清カルシトリオール濃度も 4 群間で有意差を認めなかった (Table 1). 一方で, 血清 FGF-23 濃度は,wild-type マウスでは高リン食投与群 (216.7±31.6pg/ml) において通常食投与群 (71.1±13.1pg/ml) よりも有意に高値を示していたのに対して,OPG ノックアウトマウスでは通常食投与群 (46.6±11.7pg/ml) と高リン食投与群 (89.7±17.4pg/ml) との間で有意差はみられなかった (Fig. 2) 3
Fig. 2. Serum levels of fibroblast growth factor-23. Serum levels of fibroblast growth factor-23 in wild-type (WT) (A) and osteoprotegerin (OPG) knockout (KO) mice fed a high phosphate (Pi) diet (B) (n = 8 for each group). Serum FGF23 levels significantly elevated by oral phosphate load in WT mice, though the levels did not change in OPG KO mice. 考察 Wild-type マウス,OPG ノックアウトマウス両者では, 経口リン負荷をしても血清リン濃度は通常食時と変化しておらず, 主に腎からの排泄を増加させることによって血清リン濃度が一定に保たれていたと考えられた. しかしながら,%TRP の抑制率は wild-type マウスに比して小さく,NaPi2a の発現に関する検討では,mRNA の発現量も蛋白の発現量も経口リン負荷による変化はみられなかった. このことから,OPG ノックアウトマウスでは経口リン負荷に対する反応性が変化していると考えられた. 血清 ipth 濃度は wild-type マウスで経口リン負荷時に上昇する傾向が見られたが有意ではなく,4 群間で有意差は認められなかった. カルシトリオールも同様に有意な変化はみられなかった.wild-type マウスでは経口リン負荷によって血清 FGF-23 濃度が著明に上昇していたのに対し,OPG ノックアウトマウスでは変化がみられなかった. このことから,wild-type マウスでは経口リン負荷時は血清 FGF-23 濃度が上昇して腎尿細管におけるリン再吸収を抑制し, リン排泄量を増加させることによって血清リン濃度を一定に保つ機構が働くが,OPG ノックアウトマウスではリン負荷に対する FGF-23 の反応性が消失しており, 結果として血清リン濃度は一定に保たれたものの腎における NaPi2a 発現量の変化はなく, リン再吸収率の低下も軽度にとどまっていたと考えられた 1). 本研究の共同研究者は, 東京慈恵会医科大学の各務志野, 横山啓太郎である. 4
文献 1) Kagami, S., Ohkido, I., Yokoyama, K., Shigematsu, T. & Hosoya, T. : Osteoprotegerin affects the responsiveness of fibroblast growth factor-23 to high oral phosphate intake. Clin. Nephrol., 70:306-311, 2008. 5