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20 後藤淳 の回転や角加速度の制御ならびに前庭 眼球反射機能をとおして眼球の制御を 卵形嚢 球形嚢により重力や直線的な加速による身体の動きと直線状の頭部の動きに関する情報を提供し 空間における頭部の絶対的な位置を制御しており また 前庭核からの出力により頸部筋群を制御している 2) 頸部筋群はヒト

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(4) 最小侵襲の手術手技である関節鏡視下手術の技術を活かし 加齢に伴う変性疾患に も対応 前述したようにスポーツ整形外科のスタッフは 日頃より関節鏡手技のトレーニングを積み重ねおります その為 スポーツ外傷 障害以外でも鏡視下手術の適応になる疾患 ( 加齢変性に伴う膝の半月板損傷や肩の腱板断裂など

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症例報告 関西理学 11: 139 146, 2011 肩関節屈曲動作時に painful arc sign を認める 棘上筋不全断裂の一症例 棘下筋の機能に着目して 江藤寿明 1) 福島秀晃 1) 三浦雄一郎 1) 森原徹 2) A Case of an Incomplete Supraspinatus Muscle Tear with a Painful Arc Sign during Shoulder Flexion: with Respect to the Depressor Function of Rotator Cuff Muscles Toshiaki ETOU, RPT 1), Hideaki FUKUSHIMA, RPT 1), Yuichiro MIURA, RPT 1), Toru MORIHARA, MD, Ph.D 2) Abstract We report the case of a female patient with an incomplete tear of the supraspinatus muscle. The patient complained of difficulty while performing overhead work because of pain when raising her arms to perform such work. She also experienced this pain in shoulder flexion; however, there was no excessive elevation of the scapular girdle during flexion. The patient underwent physical evaluation, including various stress tests (an impingement test, a speed test, Yergason s test, etc.), electromyography, and simple radiographic assessments. On the basis of her test results, we concluded that her shoulder pain was caused by dysfunction of the infraspinatus muscle, which depresses the humeral head, and by excessive upward rotation of the scapula during the early phase of flexion. The patient was administered physical therapy targeted at improving the combined movements of the rotator cuff muscles and scapula, following which her pain decreased. Key words: rotator cuff muscles, electromyography, painful arc sign J. Kansai Phys. Ther. 11: 139 146, 2011 はじめに腱板断裂とは外傷や加齢変化による退行変性 スポーツ障害などにより腱板の構造的破綻が生じた状態であり 主な症状として肩の疼痛 可動域制限 筋力低下をきたす肩関節疾患のひとつである 1) 今回 肩の疼痛により 洗濯物を干す動作が困難となった棘上筋不全断裂症例の理学療法を経験した 腱板断裂は断裂形態から部分断裂と完全断裂に大別され 一般的に断裂した腱板の自然治癒は期待されないが 保存療法 ( 理学療法 ) により症状が改善するという報告も多い 2) 本症例においては部分断裂に分類される程度であり保存療法が選択された 理 学療法評価に加え筋電図検査 肩甲帯運動の分析より 棘上筋ではなく 棘下筋の機能不全を認め機能改善を主とした理学療法をおこなった 結果 疼痛の軽減と洗濯物を干す動作が可能となったことについて考察を踏まえ報告する なお 本稿の作成に際し症例に趣旨を説明し同意を得た 症例紹介症例は 70 歳代女性であった 現病歴は平成 X-1 年 10 月頃より右上肢の運動開始時に右肩関節に疼痛が出現しはじめたが 自制内であったことから経過観察されてい 1) 第一岡本病院リハビリテーション科 2) 京都府立医科大学大学院医学研究科運動器機能再生外科学 受付日平成 23 年 5 月 1 日受理日平成 23 年 8 月 11 日 Department of Rehabilitation,First Okamoto Hospital Department of Orthopedics, Graduate School of Medical Science, Kyoto Prefectural University of Medicine

140 江藤寿明, 他 図 1 肩関節屈曲動作 ( 初期 ) 肩関節屈曲初期からの肩甲帯の過剰な挙上などの代償動作は認めなかった 屈曲 150 以降での肩甲骨の内転 下制の動きを認めなかった た しかし 右肩関節の動作時痛が増強したため 平成 X 年 1 月に近医にて MRI 撮影をおこない 棘上筋不全断裂と診断された 鎮痛剤投与で安静加療されていたが 疼痛が軽減しないことから 平成 X 年 6 月に当院受診し 理学療法開始となった 主訴は 洗濯物を干す時に肩が痛い であった ニードは肩関節屈曲時の疼痛軽減とした 理学療法初期評価と経過洗濯物を干す動作に含まれる肩関節の基本動作の指標として 肩関節屈曲動作の分析をおこなった 端座位において 右肩関節自動屈曲は 160 まで可能であったが屈曲 60 ~ 120 間において上腕近位 1/3 周囲 ( 三角筋全線維 ) に圧縮されるような痛みが生じていた 端座位姿勢において頭部の前方突出位 ( 頭部伸展 頸部屈曲位 ) 胸椎の後彎が著明で骨盤は軽度後傾していた 肩甲骨は外転 前傾 下方回旋位を呈していた 肩関節屈曲動作において屈曲初期からの肩甲帯の過剰な挙上といった代償動作は認められなかった しかし 屈曲 150 以降からの肩甲骨の下制と内転方向への動きが減少していた ( 図 1) この右肩関節屈曲動作観察より機能障害レベルの問題点に対する理学療法検査を実施した結果 他動的な関節可動域 ( 以下 ROM) 検査では制限を認めなかった 徒手筋力検査 ( 以下 MMT) においては肩甲骨の下制 内転 外転 上方回旋が 4 レベルであった 姿勢筋緊張検査では腹筋群 前鋸筋に低緊張を認めた また 小胸筋 肩甲挙筋 三角筋 棘下筋に安静時筋緊張亢進を認めた 右肩関節屈曲動作中の疼痛 (painful arc sign) に関して 詳細に疼痛評価を実施した 疼痛の程度としては Visual Analog Scale( 以下 VAS) において 6/10 cm で あった 疼痛部位より三角筋の過活動および棘上筋不全断裂の後遺症による腱板機能不全を予測した 三角筋各線維への等尺性収縮を実施したところ 各運動方向に対する三角筋の筋活動において疼痛の再現が得られた 腱板機能不全に対しては 腱板機能検査を実施した 具体的な方法は右肩関節水平内転 外転運動および右肩関節屈曲動作中の棘上筋 棘下筋の動作時筋活動を触診にて評価した 棘上筋の動作時筋活動には問題を認めず 棘下筋に関しては動作時の筋活動低下を認めた 棘下筋の機能をより詳細に評価する目的で 側臥位にて肩関節屈曲 30 ~ 150 間で 30 毎に保持させ 抵抗を与えた 30 ~ 90 では抵抗に抗して保持可能であったが 120 と 150 では疼痛は認められなかったが保持困難であった 肩関節外旋筋力としては MMT にて 4 レベルであった 問題点の整理と理学療法本症例の右肩関節屈曲時の painful arc sign に関しては 自動運動にのみ上腕近位 1/3 部分に圧縮されるような疼痛が生じていた 腱板機能検査は右肩関節水平内転 外転運動と側臥位での肩関節屈曲保持をおこなった 右肩関節水平内転 外転運動は腱板機能を診断するテストであり 水平外転時は棘上筋 水平内転 90 からは棘下筋の活動により上肢を安定して保持することが可能である 本症例では触診上 水平内転保持において棘下筋の筋活動を認めなかった そこで 棘下筋機能を詳細に評価するため 側臥位での肩関節屈曲保持をおこなった 座位姿勢は抗重力肢位であり 主動作筋である三角筋の活動が高くなるため 腱板機能の評価をおこなうことが困難だと考えた そこで三角筋の活動を可能な限り

肩関節屈曲動作時に painful arc sign を認める棘上筋不全断裂の一症例 141 点線は理学療法評価により否定された 図 2 初期評価時の問題点の要約 抑制できる側臥位にて (MMT2 レベル ) 屈曲保持能力を検査した この評価は 上肢に肩関節水平内転方向へのモーメントが働くことで屈曲 90 以降での上腕骨の長軸に平行な線維方向をもつ棘下筋の活動が必要となる これにより上腕骨頭が安定し 抵抗に抗して保持可能となる 本症例では 棘下筋の下方線維方向がより必要となる屈曲 120 と 150 で保持困難であった これらの評価から不全断裂した棘上筋ではなく 棘下筋に機能不全が生じていると判断した 棘下筋は腱板構成筋の中でも上肢挙上において上腕骨頭を下方に引き下げる作用として 三角筋による骨頭の上方化を抑制し 上腕骨頭に安定した支点を与えることで三角筋の筋効率を向上させる役割を担っている 1) 本症例においてはこの棘下筋の機能不全が生じていたことから三角筋の筋効率が低下し 過度な負担がかかることで筋緊張が亢進し肩関節屈曲時に疼痛が引き起こされたのではないかと考えた また 肩甲胸郭関節は浮遊する関節である したがって 肩甲骨の安定性が欠如している場合 肩甲骨に付着している腱板構成筋は充分な機能を発揮できず 腱板機能の効率性が低下する このことから 本症例の棘下筋の機能不全が腱板自体の機能不全なのか肩甲胸郭関節 ( 胸郭体幹 ) から起因するのかを判別するために徒手により体幹のアラインメント調整と右肩関節屈曲動作中の肩甲骨の下制 内転方向への動きを誘導した 結果としてVAS 5/10 cm 肩関節屈曲動作において 少し楽になった と訴えられた このことから体幹および肩甲帯周囲筋群の機能低下が腱板 ( 棘下筋 ) の機能不全を誘引していると考えた ( 図 2) 理学療法は肩甲骨周囲筋 ( 小胸筋 肩甲挙筋 ) のリラクゼーションと 最終域からの上肢拳上運動に対し 抵抗を与えて僧帽筋下部線維を促通することとした 2 回の理学療法を実施したところ 僧帽筋下部線維の活動 が認められ 屈曲最終域で肩甲骨の下制と内転方向への動きが出現した 右肩関節自動屈曲可動域も 160 から 170 に改善した しかし ニードである疼痛に関しては充分な寛解が得られなかった このことから腱板機能を客観的に評価する目的で表面筋電図検査を実施した また 肩甲帯運動の特徴を明らかにする目的で右肩関節屈曲における角度に応じた肩甲帯運動の分析 ( 以下 肩甲帯動態分析 ) を実施した これらの客観的評価から本症例の疼痛の原因について検討した 表面筋電図検査 1. 方法筋電計は Myosystem1200(NORAXON 社製 ) を用い 記録方法は双極導出法とし電極間距離 25 mm とした 電極は銀 塩化銀型 disposable 電極 ( ブルーセンサー : Medicotest 社製 ) を用いた 測定筋は棘下筋とし 電極貼付位置は肩甲棘の全長の中央と下角を結んだ線の約 1/2 の部位に筋線維に平行に貼付した 動作課題は端座位での肩関節屈曲とした 測定方法は上肢下垂位から屈曲 30 毎に 5 秒間保持し 中間 3 秒間の筋活動を対象とし筋電図積分値を算出した 分析方法は安静時上肢下垂位での筋電図積分値を算出した また これを基準とし 各角度の筋電図積分値相対値 ( 以下 相対値 ) を求め 健常群 ( 男性 5 名 女性 3 名 ) と比較した 2. 結果上肢下垂位時の筋電図積分値は 11.2 mvs であった 端座位における肩関節屈曲時の筋活動パターンを症例と健常群において比較した ( 図 3) 棘下筋の各角度の筋電図積分値相対値は 健常群において 30 では 2.5 60 では 5.0 90 で 6.9 120 で 7.5 150 で 8.5 であった 症例

142 江藤寿明, 他 図 3 治療前の棘下筋の筋電図積分値相対値屈曲角度増加に伴い 棘下筋の筋電図積分値相対値は健常群では漸増するが 本症例においては角度変化に伴う棘下筋の筋電図積分値相対値の漸増を認めなかった 図 4 肩甲骨の上方回旋角度健常群の肩甲骨の上方回旋角度量に比べ本症例の肩甲骨上方回旋角度量は屈曲初期より過度な上方回旋角度量を示した 150 で 45.2 であった 本症例は屈曲 30 で 16.0 60 で 30.0 90 で 43.0 120 で 56.0 150 で 57.0 であった ( 図 4) 健常群における鎖骨傾斜角度は屈曲 30 で- 0.4 60 で 0.3 90 で 4.0 120 で 9.9 150 で 16.0 であった 本症例は屈曲 30 で- 3.0 60 で - 1.0 90 で 7.0 120 で 22.0 150 で 24.0 であった ( 図 5) 図 5 鎖骨の傾斜角度本症例は屈曲初期 (30 60 ) には著明な鎖骨の傾斜角度を認めなかった において 30 で 1.6 60 で 1.9 90 では 1.7 120 では 2.1 150 で 2.5 であった 健常群と比較して 本症例の相対値は低値を示し 筋活動パターンに関しても健常群のように角度増加に伴う漸増を認めなかった 肩甲帯動態分析 1. 方法上肢下垂位から最大屈曲角度までの 30 毎のレントゲン画像を用いて 肩甲骨上方回旋角度 ( 肩甲棘と水平線との成す傾斜角度 ) と鎖骨上方傾斜角度 ( 鎖骨長軸と水平線との成す傾斜角度 ) を測定した 分析方法は上肢下垂位での各傾斜角度を基準とし屈曲 30 毎に変化した角度を求め 健常男性 7 名と比較した 2. 結果健常群における肩甲骨上方回旋角度は屈曲 30 で 0.2 60 で 7.2 90 で 18.9 120 で 36.2 問題点の再検討と理学療法 ( 図 6) 筋電図検査では 健常群と異なり屈曲角度の増加に伴う棘下筋の筋活動の漸増を認めなかった 棘下筋は腱板構成筋の中でも上肢挙上において上腕骨頭を下方に引き下げる作用として三角筋による骨頭の上方化を抑制し 上腕骨頭に安定した支点を与えることで三角筋の筋効率を向上させる役割を担っている 3) 棘下筋に機能不全があるにも関わらず 上肢挙上が可能であったことについて 客観的指標として肩甲帯の動態分析をおこなった 肩甲骨の上方回旋角度は健常群と比べ屈曲初期より大きな値を示していた 鎖骨の上方傾斜角度に関しては屈曲初期からの著明な傾斜を認めなかった これより 屈曲初期から鎖骨の上方傾斜を伴わず肩鎖関節を軸とした肩甲骨の上方回旋角度が増大していたことで上肢挙上をおこなうことができたと考えられた 肩甲骨の上方回旋は前鋸筋と僧帽筋の機能によりおこなわれる 三浦ら 4) は肩関節屈曲と外転時における前鋸筋 僧帽筋の筋活動の機能について報告しており 屈曲では前鋸筋が 外転では僧帽筋中部 下部線維が深く関与していることを述べている 本症例においては肩関節屈曲に関与する前鋸筋は低緊張であったこと 鎖骨の著明な上方傾斜を認めなかったことから肩甲骨の上方回旋角度増大の要因は 肩関節屈曲に伴い 棘下筋の安静時からの筋緊張亢進が肩

肩関節屈曲動作時に painful arc sign を認める棘上筋不全断裂の一症例 143 図 6 問題点の要約甲骨を前外上方に引き上げることで 屈曲早期から過剰な上方回旋が生じていたと考えた この過剰な上方回旋は 安静時より筋緊張亢進した棘下筋の遠心性収縮が困難なため 本来の肩鎖関節を軸とした上方回旋に 肩甲帯の屈曲を強調した外上方への上方回旋となっていた ( 図 7) 理学療法の方針として安静時から筋緊張亢進している棘下筋のリラクゼーションを図り 屈曲初期からの肩甲骨の過剰な上方回旋を抑制すること 角度増加に伴う棘下筋の上腕骨頭の引き下げ作用を促通することとした 理学療法ではまず 棘下筋のダイレクトストレッチング後 持続伸張をおこなった その後 棘下筋の筋緊張軽減に伴って 棘下筋の屈曲角度変化に伴う筋活動の促通を目的に以下のような運動療法を実施した 運動肢位は側臥位とし 肩関節屈曲 120 以降での上肢空間保持をおこなった ( 図 8) 次に 肩関節屈曲動作にも対応した棘下筋の活動が得られるように 側臥位での肩関節屈曲動作練習をおこなった なお 運動療法の実施に際し肩甲骨の動的アライメントに注意しながら棘下筋の筋収縮を触診にて確認した 理学療法の頻度として 1 回の治療時間を 40 分とし 週 2 回を 3 ヶ月おこなった 理学療法最終評価肩甲骨の上方回旋角度は 30 で- 3.0 60 で 17.0 90 で 26.0 120 で 50.0 150 で 55.0 となり 肩関節屈曲初期に生じていた過剰な上方回旋は抑制され ( 図 9) 最終屈曲可動域は 170 であった ( 図 10) 疼痛は VAS で 6/10 cm から 2/10 cm に改善した 表面筋電図検査において下垂位時の筋電図積分値は 4.7 mvs となった ( 図 11) また 相対値は 30 で 3.5 60 で 4.8 90 で 6.1 120 で 6.2 150 で 6.3 となり 図 7 健常者と本症例の肩甲骨上方回旋の模式図 前鋸筋による肩甲骨の上方回旋は 肩鎖関節を軸に下角が積極的に動く上方回旋であるが 本症例は棘下筋の筋緊張亢進により 肩甲帯の屈曲を強調した肩甲骨の外上方への上方回旋が生じていた 図 8 肩関節屈曲角度に応じた棘下筋の促通側臥位にて 肩甲骨の過度な上方回旋を抑制しつつ 屈曲 120 150 において棘下筋の上腕骨頭の引き下げ作用としての遠心的な筋活動を触診しながら促通した 初回評価と比較して上肢安静下垂位時の筋電図積分値が低下した そして 屈曲角度毎の棘下筋の筋電図積分値相対値は増加し 角度増加に伴って漸増パターンを示し健常群の筋活動パターンと類似した ( 図 12) 結果 主訴である洗濯物を干す動作の実用性の獲得に至った 考 一般的に腱板断裂は肩の疼痛 可動域制限 筋力低下をきたす肩関節疾患のひとつで 自然修復せず 加齢とともに断裂サイズが増大する進行性の疾患と解釈されている 5) しかし本症例は 不全断裂後 10 ヶ月経過して 察

144 江藤寿明, 他 図 9 肩甲骨の上方回旋角度 治療前と比較し 治療後は本症例の屈曲初期からの肩甲骨上方回旋角度量が軽減した 図 10 治療後の動作観察 屈曲初期に生じていた過剰な上方回旋は抑制され 肩甲骨の内転 下方への運動を認めた また 疼痛の軽減と屈曲角度の向上を認めた 図 11 安静上肢下垂位時での棘下筋の筋電図積分値治療前では 11.2 mv s 治療後では 4.7 mv s と筋電図積分値の低下を認めた おり 棘上筋に機能低下を認めなかった 腱は腱鞘内でも修復され 損傷後 8 週経過すると瘢痕組織は改変され 膠原組織は腱の走行に沿って縦に並び 周囲は横の方向に並び腱様組織を形成する 6) といわれている 受傷後 10 ヶ月経過している本症例は 棘上筋の自然治癒によって機能低下を認めなかったのでないかと推測する また 皆川ら 3) は腱板断裂自体が肩の痛みに直結していないと報告しており 本症例においても棘上筋の機能障害は認められなかったことから棘上筋不全断裂自体の疼痛ではないと考える 腱板は肩関節の動的安定性に重要な役割を担っているが 肩関節運動における腱板各筋の役割は異なっている 棘上筋は屈曲早期から上腕骨頭を下方回転させていくことに関与するが 可動域の増大に伴い 棘上筋は短縮位となる そのため 屈曲 90 以上では逆に上腕骨頭の下方回転を制限させる そこで尾側方向への筋線維を有し

肩関節屈曲動作時に painful arc sign を認める棘上筋不全断裂の一症例 145 図 12 治療後の棘下筋の筋電図積分値相対値屈曲角度毎の筋電図積分値相対値は増加し 角度変化に伴う筋電図積分値相対値は健常群と同様に漸増パターンを認めた ている棘下筋が上腕骨頭をさらに下方回転させる役割を担う 7) 皆川ら 3) によると腱板には上腕骨頭に安定した支点を与える動的安定化機構としての役割があり 棘下筋は上腕骨頭の引き下げる作用により三角筋による骨頭の上方化を抑制し 骨頭に安定した支点を与えることで円滑な挙上運動に寄与すると述べている この上腕骨頭の引き下げ作用により 三角筋の筋効率を向上させ 上肢挙上をおこなう必要があるが 本症例は棘下筋に機能低下が生じていたため 骨頭に安定した支点が得られず 三角筋の過剰な収縮が生じていたと考えた また Kido ら 8) は肩関節の前方不安定性に対して三角筋各線維が協調的に活動することで三角筋にも肩甲上腕関節の動的安定化機能があることを述べている 本症例の屈曲動作観察においては著明な上腕骨頭の上方化やそれに伴う肩甲帯の挙上などを認めなかったことから三角筋の過剰収縮は Kido らの報告にあるような三角筋の動的安定化機能に依存していた可能性が高い 本症例は棘上筋不全断裂を受傷後 慢性期へと移行するにあたり棘下筋に二次的な機能低下が生じたことで上肢挙上における上腕骨頭の引き下げ作用が不充分となった 結果 1 肩甲上腕関節の安定化には三角筋への依存が高くなったこと 2 棘下筋の過緊張が肩甲帯の屈曲を強調した外上方への過剰な上方回旋運動に関与したことで肩甲帯周囲筋にも機能低下を来す要因になったことが考えられ ADL( 洗濯物を干す動作 ) 動作時の疼痛の原因に至ったのではないかと考えた 理学療法では 安静時から筋緊張亢進していた棘下筋に対し 筋緊張を低下させる目的でダイレクトストレッチング後 持続伸張をおこなった 棘下筋の腱板としての上腕骨頭の引き下げ作用は 遠心性収縮によっておこなわれる しかし 筋緊張が亢進していると 筋紡錘による伸張反射の感受性が高まり 伸張反射が起こりやす い状態となる そこで ストレッチングをおこなうことで 筋腱移行部に多く存在するゴルジ腱器官が持続的な伸張刺激を受容し 求心性 Ⅰ b 神経線維を伝播し脊髄後角に入り 介在ニューロンを介して 脊髄前角にある運動神経細胞の興奮を低下させる 9) その結果 棘下筋の筋緊張が軽減することで 筋紡錘による伸張反射の閾値が高まり 伸張反射が生じにくい状態になったと考えた その後 棘下筋の腱板としての機能 すなわち 屈曲角度増加に伴う上腕骨頭の引き下げ作用を促通させるため 側臥位にて上肢空間保持をおこなった 側臥位での屈曲 90 以降の角度では上腕骨は従重力となることから上腕骨の上方に位置する三角筋の活動は抑制されるが上腕骨の下方に位置する棘下筋には遠心性の活動が必要になると考えられる 三浦ら 10) は側臥位での屈曲保持時の棘下筋の筋電図学的分析をおこなっており 屈曲 120 で棘下筋の活動は増大すると報告している このように運動肢位を考慮することで 三角筋の過剰収縮は軽減し 肩関節屈曲角度変化に応じた棘下筋の活動を得ることができたと考える その結果 表面筋電図検査で基準値となる下垂時の筋電図積分値が低下することにより 各屈曲角度での筋電図積分値相対値が増加し 健常群の筋活動パターンと類似した漸増パターンの活動が得られるようになったと考える 一方で 腱板機能としての遠心性収縮が得られることで求心性収縮に比べより強い張力が得られたため 各角度での相対値が増加したと推測される このことが棘下筋の機能改善を示すこととなり 本症例においては屈曲動作時に生じていた疼痛も軽減し 主訴であった洗濯物を干す動作の獲得にも至ったと考える 筒井ら 11) は 肩甲上腕関節の動きは常に肩甲骨関節窩を基準として上腕骨が動き 適合するだけでなく リーチ動作のように 上腕骨の動きが先行し 上腕骨骨頭の位置を基準に肩甲骨関節窩が動き適合する

146 江藤寿明, 他 といった両方向からの協調運動により関節の適合が図られていると述べている 今回おこなった理学療法により 上腕骨骨頭と肩甲骨関節窩の両方向からの協調運動を得られるようになったため 良好な結果が得られたのではないかと考えた おわりに今回の症例を経験して 本来は上腕骨の運動の土台として肩甲骨の動きを考えるが 上腕骨の動きが肩甲骨の動きに適合するという両方向からの協調運動により 肩関節の運動はおこなわれているため 両方向からの視点から肩関節を評価していく必要性を再認識した 文献 1) 菊池一馬 他 : 棘上筋腱単独断裂肩における筋力の特徴. 肩関節 31:565-568,2007. 2) 千葉慎一 他 : 腱板断裂に対する保存療法としての理学療法. 整 災外 50:1069-1075,2005. 3) 皆川洋至 他 : 腱板の臨床的意義. 関節外科 25:923-929, 2006. 4) 三浦雄一郎 他 : 肩関節屈曲と外転時の肩甲骨運動の特徴と肩甲帯周囲筋との関連性. 総合リハ 37:649-655,2009. 5) 皆川洋至 他 : 腱板断裂の自然経過.J MIOS 44:10-13, 2007. 6) 鈴木俊明 他 : 運動器疾患の評価と理学療法.pp154-161, アイペック,2009. 7) 鈴木俊明 他 :Physical Therapy for Shoulder Disorders 肩関節疾患と理学療法.pp80-81, アイペック,2009. 8) Kido T, et al.:dynamic stabilizing function of the deltoid muscle in shoulders with anterior instability. Am J Sports Med 31:399-403,2003. 9) 鈴木重行 :ID ストレッチング第 2 版.pp18-19, 三輪書店, 2006. 10) 三浦雄一郎 他 : 病期別にみた運動療法のありかた. 臨床リハ 18:708-717,2009. 11) 筒井廣明 他 : 投球障害肩 こう診てこう治せ.pp70-75, メジカルビュー社,2004.