プレス通知資料 ( 研究成果 ) 報道関係各位 2018 年 10 月 4 日 国立大学法人東京医科歯科大学 国立研究開発法人日本医療研究開発機構 アルツハイマー病の新規病態と遺伝子治療法の発見 新規の超早期病態分子を標的にした治療法開発にむけて ポイント アルツハイマー病の超早期において SRRM

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図 B 細胞受容体を介した NF-κB 活性化モデル

統合失調症発症に強い影響を及ぼす遺伝子変異を,神経発達関連遺伝子のNDE1内に同定した

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解禁日時 :2019 年 2 月 4 日 ( 月 ) 午後 7 時 ( 日本時間 ) プレス通知資料 ( 研究成果 ) 報道関係各位 2019 年 2 月 1 日 国立大学法人東京医科歯科大学 国立研究開発法人日本医療研究開発機構 IL13Rα2 が血管新生を介して悪性黒色腫 ( メラノーマ ) を

法医学問題「想定問答」(記者会見後:平成15年  月  日)

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別紙 自閉症の発症メカニズムを解明 - 治療への応用を期待 < 研究の背景と経緯 > 近年 自閉症や注意欠陥 多動性障害 学習障害等の精神疾患である 発達障害 が大きな社会問題となっています 自閉症は他人の気持ちが理解できない等といった社会的相互作用 ( コミュニケーション ) の障害や 決まった手

報道発表資料 2006 年 4 月 13 日 独立行政法人理化学研究所 抗ウイルス免疫発動機構の解明 - 免疫 アレルギー制御のための新たな標的分子を発見 - ポイント 異物センサー TLR のシグナル伝達機構を解析 インターフェロン産生に必須な分子 IKK アルファ を発見 免疫 アレルギーの有効

Microsoft Word - 【変更済】プレスリリース要旨_飯島・関谷H29_R6.docx

統合失調症モデルマウスを用いた解析で新たな統合失調症病態シグナルを同定-統合失調症における新たな予防法・治療法開発への手がかり-

別紙 < 研究の背景と経緯 > 自閉症は 全人口の約 2% が罹患する非常に頻度の高い神経発達障害です 近年 クロマチンリモデ リング因子 ( 5) である CHD8 が自閉症の原因遺伝子として同定され 大変注目を集めています ( 図 1) 本研究グループは これまでに CHD8 遺伝子変異を持つ

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平成14年度研究報告

報道関係者各位 平成 26 年 1 月 20 日 国立大学法人筑波大学 動脈硬化の進行を促進するたんぱく質を発見 研究成果のポイント 1. 日本人の死因の第 2 位と第 4 位である心疾患 脳血管疾患のほとんどの原因は動脈硬化である 2. 酸化されたコレステロールを取り込んだマクロファージが大量に血

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研究の背景社会生活を送る上では 衝動的な行動や不必要な行動を抑制できることがとても重要です ところが注意欠陥多動性障害やパーキンソン病などの精神 神経疾患をもつ患者さんの多くでは この行動抑制の能力が低下しています これまでの先行研究により 行動抑制では 脳の中の前頭前野や大脳基底核と呼ばれる領域が

報道発表資料 2007 年 11 月 16 日 独立行政法人理化学研究所 過剰にリン酸化したタウタンパク質が脳老化の記憶障害に関与 - モデルマウスと機能的マンガン増強 MRI 法を使って世界に先駆けて実証 - ポイント モデルマウスを使い ヒト老化に伴う学習記憶機能の低下を解明 過剰リン酸化タウタ

難病 です これまでの研究により この病気の原因には免疫を担当する細胞 腸内細菌などに加えて 腸上皮 が密接に関わり 腸上皮 が本来持つ機能や炎症への応答が大事な役割を担っていることが分かっています また 腸上皮 が適切な再生を全うすることが治療を行う上で極めて重要であることも分かっています しかし

( 図 ) IP3 と IRBIT( アービット ) が IP3 受容体に競合して結合する様子

統合失調症の発症に関与するゲノムコピー数変異の同定と病態メカニズムの解明 ポイント 統合失調症の発症に関与するゲノムコピー数変異 (CNV) が 患者全体の約 9% で同定され 難病として医療費助成の対象になっている疾患も含まれることが分かった 発症に関連した CNV を持つ患者では その 40%

の活性化が背景となるヒト悪性腫瘍の治療薬開発につながる 図4 研究である 研究内容 私たちは図3に示すようなyeast two hybrid 法を用いて AKT分子に結合する細胞内分子のスクリーニングを行った この結果 これまで機能の分からなかったプロトオンコジン TCL1がAKTと結合し多量体を形

新規遺伝子ARIAによる血管新生調節機構の解明

脳組織傷害時におけるミクログリア形態変化および機能 Title変化に関する培養脳組織切片を用いた研究 ( Abstract_ 要旨 ) Author(s) 岡村, 敏行 Citation Kyoto University ( 京都大学 ) Issue Date URL http

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関係があると報告もされており 卵巣明細胞腺癌において PI3K 経路は非常に重要であると考えられる PI3K 経路が活性化すると mtor ならびに HIF-1αが活性化することが知られている HIF-1αは様々な癌種における薬理学的な標的の一つであるが 卵巣癌においても同様である そこで 本研究で

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図 1 マイクロ RNA の標的遺伝 への結合の仕 antimir はマイクロ RNA に対するデコイ! antimirとは マイクロRNAと相補的なオリゴヌクレオチドである マイクロRNAに対するデコイとして働くことにより 標的遺伝 とマイクロRNAの結合を競合的に阻害する このためには 標的遺伝

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生物時計の安定性の秘密を解明

られる 糖尿病を合併した高血圧の治療の薬物治療の第一選択薬はアンジオテンシン変換酵素 (ACE) 阻害薬とアンジオテンシン II 受容体拮抗薬 (ARB) である このクラスの薬剤は単なる降圧効果のみならず 様々な臓器保護作用を有しているが ACE 阻害薬や ARB のプラセボ比較試験で糖尿病の新規

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共同研究チーム 個人情報につき 削除しております 1

プレスリリース 報道関係者各位 2019 年 10 月 24 日慶應義塾大学医学部大日本住友製薬株式会社名古屋大学大学院医学系研究科 ips 細胞を用いた研究により 精神疾患に共通する病態を発見 - 双極性障害 統合失調症の病態解明 治療薬開発への応用に期待 - 慶應義塾大学医学部生理学教室の岡野栄

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今後の展開現在でも 自己免疫疾患の発症機構については不明な点が多くあります 今回の発見により 今後自己免疫疾患の発症機構の理解が大きく前進すると共に 今まで見過ごされてきたイントロン残存の重要性が 生体反応の様々な局面で明らかにされることが期待されます 図 1 Jmjd6 欠損型の胸腺をヌードマウス

60 秒でわかるプレスリリース 2008 年 2 月 4 日 独立行政法人理化学研究所 筋萎縮性側索硬化症 (ALS) の進行に二つのグリア細胞が関与することを発見 - 神経難病の一つである ALS の治療法の開発につながる新知見 - 原因不明の神経難病 筋萎縮性側索硬化症 (ALS) は 全身の筋

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現し Gasc1 発現低下は多動 固執傾向 様々な学習 記憶障害などの行動異常や 樹状突起スパイン密度の増加と長期増強の亢進というシナプスの異常を引き起こすことを発見し これらの表現型がヒト自閉スペクトラム症 (ASD) など神経発達症の病態と一部類することを見出した しかしながら Gasc1 発現

研究の背景 ヒトは他の動物に比べて脳が発達していることが特徴であり, 脳の発達のおかげでヒトは特有の能力の獲得が可能になったと考えられています この脳の発達に大きく関わりがあると考えられているのが, 本研究で扱っている大脳皮質の表面に存在するシワ = 脳回 です 大脳皮質は脳の中でも高次脳機能に関わ

本成果は 以下の研究助成金によって得られました JSPS 科研費 ( 井上由紀子 ) JSPS 科研費 , 16H06528( 井上高良 ) 精神 神経疾患研究開発費 24-12, 26-9, 27-

計画研究 年度 定量的一塩基多型解析技術の開発と医療への応用 田平 知子 1) 久木田 洋児 2) 堀内 孝彦 3) 1) 九州大学生体防御医学研究所 林 健志 1) 2) 大阪府立成人病センター研究所 研究の目的と進め方 3) 九州大学病院 研究期間の成果 ポストシークエンシン

シトリン欠損症説明簡単患者用

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様式 F-19 科学研究費助成事業 ( 学術研究助成基金助成金 ) 研究成果報告書 平成 25 年 5 月 15 日現在 機関番号 :32612 研究種目 : 若手研究 (B) 研究期間 :2011~2012 課題番号 : 研究課題名 ( 和文 ) プリオンタンパクの小胞輸送に関与す

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4. 発表内容 : [ 研究の背景 ] 1 型糖尿病 ( 注 1) は 主に 免疫系の細胞 (T 細胞 ) が膵臓の β 細胞 ( インスリンを産生する細胞 ) に対して免疫応答を起こすことによって発症します 特定の HLA 遺伝子型を持つと 1 型糖尿病の発症率が高くなることが 日本人 欧米人 ア

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60 秒でわかるプレスリリース 2008 年 5 月 2 日 独立行政法人理化学研究所 椎間板ヘルニアの新たな原因遺伝子 THBS2 と MMP9 を発見 - 腰痛 坐骨神経痛の病因解明に向けての新たな一歩 - 骨 関節の疾患の中で最も発症頻度が高く 生涯罹患率が 80% にも達する 椎間板ヘルニア

報道発表資料 2007 年 8 月 1 日 独立行政法人理化学研究所 マイクロ RNA によるタンパク質合成阻害の仕組みを解明 - mrna の翻訳が抑制される過程を試験管内で再現することに成功 - ポイント マイクロ RNA が翻訳の開始段階を阻害 標的 mrna の尻尾 ポリ A テール を短縮

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発症する X 連鎖 α サラセミア / 精神遅滞症候群のアミノレブリン酸による治療法の開発 ( 研究開発代表者 : 和田敬仁 ) 及び文部科学省科学研究費助成事業の支援を受けて行わ れました 研究概要図 1. 背景注 ATR-X 症候群 (X 連鎖 α サラセミア知的障がい症候群 ) 1 は X 染

第6号-2/8)最前線(大矢)

「ゲノムインプリント消去には能動的脱メチル化が必要である」【石野史敏教授】

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平成24年7月x日

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解禁日時 :2018 年 8 月 24 日 ( 金 ) 午前 0 時 ( 日本時間 ) プレス通知資料 ( 研究成果 ) 報道関係各位 2018 年 8 月 17 日国立大学法人東京医科歯科大学学校法人日本医科大学国立研究開発法人産業技術総合研究所国立研究開発法人日本医療研究開発機構 軟骨遺伝子疾患

図 1. 微小管 ( 赤線 ) は細胞分裂 伸長の方向を規定する本瀬准教授らは NIMA 関連キナーゼ 6 (NEK6) というタンパク質の機能を手がかりとして 微小管が整列するメカニズムを調べました NEK6 を欠損したシロイヌナズナ変異体では微小管が整列しないため 細胞と器官が異常な方向に伸長し

結果 この CRE サイトには転写因子 c-jun, ATF2 が結合することが明らかになった また これら の転写因子は炎症性サイトカイン TNFα で刺激したヒト正常肝細胞でも活性化し YTHDC2 の転写 に寄与していることが示唆された ( 参考論文 (A), 1; Tanabe et al.

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ヒト脂肪組織由来幹細胞における外因性脂肪酸結合タンパク (FABP)4 FABP 5 の影響 糖尿病 肥満の病態解明と脂肪幹細胞再生治療への可能性 ポイント 脂肪幹細胞の脂肪分化誘導に伴い FABP4( 脂肪細胞型 ) FABP5( 表皮型 ) が発現亢進し 分泌されることを確認しました トランスク

の感染が阻止されるという いわゆる 二度なし現象 の原理であり 予防接種 ( ワクチン ) を行う根拠でもあります 特定の抗原を認識する記憶 B 細胞は体内を循環していますがその数は非常に少なく その中で抗原に遭遇した僅かな記憶 B 細胞が著しく増殖し 効率良く形質細胞に分化することが 大量の抗体産

一次サンプル採取マニュアル PM 共通 0001 Department of Clinical Laboratory, Kyoto University Hospital その他の検体検査 >> 8C. 遺伝子関連検査受託終了項目 23th May EGFR 遺伝子変異検

Peroxisome Proliferator-Activated Receptor a (PPARa)アゴニストの薬理作用メカニズムの解明

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記 者 発 表(予 定)

るが AML 細胞における Notch シグナルの正確な役割はまだわかっていない mtor シグナル伝達系も白血病細胞の増殖に関与しており Palomero らのグループが Notch と mtor のクロストークについて報告している その報告によると 活性型 Notch が HES1 の発現を誘導

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の基軸となるのは 4 種の eif2αキナーゼ (HRI, PKR, または ) の活性化, eif2αのリン酸化及び転写因子 の発現誘導である ( 図 1). によってアミノ酸代謝やタンパク質の折りたたみ, レドックス代謝等に関わるストレス関連遺伝子の転写が促進され, それらの働きによって細胞はス

学位論文の要約

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プレス通知資料 ( 研究成果 ) 報道関係各位 2018 年 10 月 4 日 国立大学法人東京医科歯科大学 国立研究開発法人日本医療研究開発機構 アルツハイマー病の新規病態と遺伝子治療法の発見 新規の超早期病態分子を標的にした治療法開発にむけて ポイント アルツハイマー病の超早期において SRRM2 タンパク質の異常リン酸化が生じることを見出しました SRRM2 は核において RNA スプライシング関連タンパク質を安定化させています 異常リン酸化 SRRM2 は核に移行できず RNA スプライシング関連タンパク質が神経細胞から減少します その標的の一つが 発達障害原因遺伝子 PQBP1 でした PQBP1 タンパク質減少はシナプス関連分子の発現量の大幅な変動を引き起こし 認知障害につながります PQBP1 を用いたアルツハイマー病の遺伝子治療の可能性を示しました 東京医科歯科大学 難治疾患研究所 / 脳統合機能研究センター 神経病理学分野の岡澤均教授の研究グループは アルツハイマー病 ( 注 1) のモデルマウスを用いて アルツハイマー病超早期に生じる SRRM2 タンパク質リン酸化の病的意義を明らかにしました SRRM2 リン酸化は核内部の SRRM2 減少につながり 更に RNA スプライシング関連タンパク質 ( 特に発達障害原因タンパク質 PQBP1( 注 2)) の減少 シナプス関連タンパク質の発現低下 さらにシナプス障害を引き起こし 最終的に認知症状を引き起こしていることを明らかにしました この研究は 東京医科歯科大学神経病理学分野の博士課程学生 田中ひかり 同 近藤和 助教 藤田慶太らが主に行ったもので 平成 26 年度から始まった文部科学省 革新的技術による脳機能ネットワークの全容解明プロジェクト ( 平成 27 年度から日本医療研究開発機構 :AMED へ移管 ) で実施されました また 一部は 脳科学研究戦略推進プログラム課題 E 新学術領域研究 シナプス ニューロサーキットパソロジーの創成 の支援を受けました その研究成果は 国際科学誌 Molecular Psychiatry( モレキュラー サイキアトリー ) 1

に 2018 年 10 月 3 日にオンライン版で発表されました 研究の背景 アルツハイマー病 前頭側頭葉変性症 レヴィー小体型認知症の3 大認知症は 高齢化社会の日本で大きな社会問題となっています アルツハイマー病は 2025 年には高齢者の5 人に1 人が罹患すると言われています これらの3 大認知症については 根本的な治療法 ( 病態修飾治療法 ( 注 3): Disease Modifying Therapy: DMT とも言う ) は確立されていません また 遺伝子変異によって引き起こされる病態についても 多くの知識が蓄積されてきているものの どの時期からどのような病態が生じているのか いつからどのような病態を標的に治療をすれば良いのか については明確になっていません 例えば アルツハイマー病では欧米の巨大製薬企業を中心にアミロイド凝集除去を目的としてアミロイド抗体を用いた多くの国際的臨床試験 ( 日本を含む ) が行われてきましたが アミロイド除去には成功したものの 臨床症状の改善には至っていません これらの事例は 症状としての発症以前 さらにはアミロイド凝集体出現以前 ( 凝集前 ) の 超早期病態 を解明する必要性を示しています 先行研究において 岡澤グループはアルツハイマー病モデルマウス4 種類から 発症前 アミロイド凝集前の時期から発症時期までの期間に脳サンプルを採取し これを網羅的リン酸化プロテオーム解析 ( 注 4) にかけました これにより 発症前 アミロイド凝集前にリン酸化を受けるタンパク質が3つあることを発見しました その1つは 細胞膜形状の制御に関わる分子 MARCKS であり 発症前 アミロイド凝集前の MARCKS リン酸化がシナプス変性 神経突起変性につながることを報告しました (Fujita et al, Sci Rep 2016; 平成 28 年 8 月 25 日プレス発表 ) しかしながら 残りの2つのタンパク質(SRRM2 Marcksl1) のリン酸化のアルツハイマー病態における意義は十分に解明されていませんでした 研究成果の概要 本研究において岡澤グループは 超早期アルツハイマー病態 ( 発症前 アミロイド凝集前 ) における SRRM2 タンパク質リン酸化の病的意義を明らかにしました まず 発症前 アミロイド凝集前に観察された Ser1068 のリン酸化は SRRM2 の TCP1alpha に対する結合を弱めることを 発見しました TCP1alpha はタンパク質の折りたたみを助けるシャペロンタンパク質 ( 注 5) のひとつですが 細胞質内の小胞体で作られた SRRM2 と結合して SRRM2 の折りたたみを助けて正しい3 次構造にする役割があると考えられます Ser1068 でリン酸化された SRRM2( 注 6) は正しい3 次構造を取ることができず その後に核へ輸送されにくくなり 核内の量が減少します SRRM2 タンパク質は細胞の核内部で多くの RNA 関連タンパク質と結合して 結合相手を安定化するスカフォールドタンパク質 ( 注 7) と考えられており 実際 アルツハイマー病態では SC35, PQBP1 などの RNA 関連タンパク質が核内部で減少していることがわかりました 2

< 図の説明 > 正常状態では SRRM2 は TCP1alpha と結合し 正常な折りたたみをすることが出来て 核に移行します 核では PQBP1 などの RNA スプライシング関連因子を安定化して ( タンパク質寿命を延ばして ) RNA 成熟を介して シナプス形成に必要なタンパク質を増やします ところが アルツハイマー病態では SRRM2 は Ser1068 でリン酸化して TCP1alpha と結合できなくなり 核への移行が減少し PQBP1 タンパク質も減少します 図中の P はリン酸化を示す この結果 RNA スプライシングの効率が低下し シナプス形成に必要な分子の RNA が作れなくなります この現象はヒトでも生じていると考えられ 実際 アルツハイマー病のヒト脳においても SRRM2 リン酸化 PQBP1 タンパク質減少が確認されました この中で PQBP1 はレンペニング症候群 ゴラビ 伊藤 ホール症候群など 多くの発達障害症候群の原因遺伝子であることが知られています そこで岡澤教授らの研究グループは 新たに PQBP1 が成熟神経細胞にのみ欠損している遺伝子組み換えマウス (PQBP1-Synapsin-Cre-cKO マウス ) を作成して アルツハイマー病モデルマウス (5xFAD マウス ) とのシナプス異常と遺伝子発現における共通性を検討しました この結果 PQBP1-Syn-cKO マウスと 5xFAD マウスは 共通してシナプス形態に異常があり シナプス関連遺伝子の RNA スプライシングが変化していること さらに 5xFAD マウスにおける RNA スプライシング変化は PQBP1 の補充 (PQBP1 遺伝子治療 ( 注 8) によって回復すること PQBP1 遺伝子治療は 5xFAD マウスとヒト APP ノックインマウスにおいて シナプス形態を回復し 記銘力テストの成績を顕著に回復させることも示されました 3

< 図の説明 > 2 種類のアルツハイマー病モデルマウスに PQBP1 遺伝子治療 (AAV-PQBP1) を用いることで 発症後であって も神経回路の伝達を改善し 記憶力を回復できました ヒトでも同様な治療の可能性が開けてきました また 本研究では SRRM2 リン酸化に至る 上流シグナルについても検討を行い 種々の解析の結果 Erk1, Erk2 という酵素が Ser1068 で SRRM2 をリン酸化すると考えられました 発症前 アミロイド凝集前の時期には モデルマウスの脳内で細胞内のアミロイドが蓄積している状態が存在しており これが ER ストレスなど何らかのシグナル経路を通じて Erk1/2 の過度な活性化状態を来しているものと想定されます 研究成果の意義 アルツハイマー病は認知症の最も頻度の高い原因です 本研究において 岡澤グループは アルツハイマー病の超早期 ( 発症前 アミロイド凝集前 ) に生じる新しい病態メカニズムを明らかにし この新規病態をターゲットにすることで治療が可能であることを示しました アルツハイマー病においては 多くの臨床試験が失敗し 従来の仮説とは異なる病態仮説に基づいた新規治療法の開発が求められています 4

本研究は 現在の認知症研究の焦点となっている超早期病態解明と 超早期病態で主要な役割を果たす 新たな標的分子を用いた遺伝子治療法を示した点でも 大きな意義を持つと考えられます 用語の解説 注 1: アルツハイマー病日本において認知症の患者数は2025 年には600 万人に達するという予測があります この中で主要な疾患の一つ ( 約 100 万人 ) がアルツハイマー病です 神経病理学的には アミロイドと呼ばれるペプチドが 脳組織の細胞外に凝集することが 診断の定義です アミロイド PET はこのような状態を反映するものと考えられています 家族性アルツハイマー病 ( アルツハイマー病全体の1% 以下 ) では アミロイド産生に関わる遺伝子の異常が原因であることがわかっていますが 大多数の非家族性アルツハイマー病 ( 孤発性アルツハイマー病 ) においては 原因はわかっていません したがって最終的に脳組織の細胞外アミロイド凝集に至ればアルツハイマー病と呼ぶ ( 診断する ) ことになりますが 原因は様々であり 本当の病態は従来考えられてきたより多様で複雑と思われます 注 2:PQBP1 ポリグルタミン配列結合タンパク質 1(Polyglutamine binding protein 1) のこと 岡澤教授らがポリグルタミン配列を bait として yeast two hybrid screening を行った結果 発見したタンパク質で (Imafuku et al., Biochem. Biophys. Res. Commun 1998; Waragai et al., Hum Mol Genet 1999) ポリグルタミン病タンパク質あるいは他の正常タンパク質に結合します (Okazawa et al., Neuron 2002) また発達障害( 主に知的障害と小頭症を特徴とする症候群 および 非症候性知的障害 ) の原因遺伝子としても知られています (Kalscheuer et al, Nat Genet 2003) PQBP1 遺伝子異常症は Renpenning 症候群 Sutherland-Haan 症候群, Hamel 症候群, Porteous 症候群 Golabi-Ito-Hall 症候群などという多数の名前で呼ばれて来ましたが 遺伝性知的障害のなかでは疾患頻度が非常に高いことが近年明らかになってきました 分子機能面では RNA の転写とスプライシングに関与することが知られています (Waragai et al., BBRC 2000; Okazawa et al., Neuron 2002 ; Mizuguchi et al., Nat Commun2014) 注 3: 病態修飾治療法疾患の原因となる病態機序を制御し 進行を抑制することを目的とした治療法 神経機能を補填することを目的とした症状改善療法 (symptomatic therapy) では 仮に治療開始後に症状が一過性に改善しても 病態進行による臨床症状の悪化は防ぎきれません これに対して 疾患修飾治療法 (disease modifying therapy) は 疾患進行そのものを抑え 場合によっては停止することが理論的には可能です 早期であれば 症状が改善してほぼ正常状態に戻ることも動物実験では示されています 注 4: 網羅的リン酸化プロテオーム解析 5

質量解析は サンプルに含まれるたんぱく質 脂質 糖質などの物質を それらの質量から同定する方法です この場合 特定の1から数種類たんぱく質のみを対象として 質量解析を行うショットガン法と 脳組織や腫瘍組織などに含まれる全てのたんぱく質を同定しようとする網羅的手法があり 後者を網羅的プロテオーム解析と呼びます サンプルをリン酸化タンパク質濃縮カラムにかけることで リン酸化タンパク質にフォーカスして網羅的リン酸化プロテオーム解析を行うことが可能です 注 5: シャペロンタンパク質タンパク質はアミノ酸が鎖状につながったもの ( 糸 ) であるが これが折りたたまれて決まった立体構造を取り アミノ酸同士の相互作用 ジスルフィド結合などによりエネルギー的に安定な状態になります この過程で 正しく折りたたまれるように助ける別のタンパク質が存在し シャペロンタンパク質と総称されています 注 6:Ser1068 でリン酸化された SRRM2 SRRM2 は大きなタンパク質 ( 分子量 :300kDa) で 多数のリン酸化される場所を持っています この中で アルツハイマー病の早期にリン酸化を受ける場所がアミノ末端から1068 番目のセリン (Ser1068) であることが 本研究で示されました 注 7: スカフォールドタンパク質 複数のタンパク質を自身につなぎとめて 足場となるタンパク質のことを意味します 様々な細胞機能の局面で スカフォールドタンパク質が重要な役割を果たしています 注 8: 遺伝子治療主にウイルスベクターを 疾患で顕著に影響を受ける臓器 あるいは全身的に投与して 目的の遺伝子を発現させる あるいは目的の遺伝子の発現を抑える治療法のことです アデノ随伴ウィルスは今日最も遺伝子治療に用いられているベクターであり 無毒化したウィルスゲノムに発現させたい標的遺伝子を組み込んで目的のタンパク質を高効率で発現させることができます 論文情報 掲載誌 :Molecular Psychiatry 論文タイトル :The intellectual disability gene PQBP1 rescues Alzheimer s disease pathology 6

研究者プロフィール 岡澤均 ( オカザワヒトシ ) Okazawa Hitoshi 東京医科歯科大学神経病理学分野教授脳統合機能研究センターセンター長 研究領域神経内科学 神経科学 神経病理学 問い合わせ先 < 研究に関すること> 東京医科歯科大学難治疾患研究所 脳統合機能研究センター神経病理学分野岡澤均 ( オカザワヒトシ ) TEL:03-5803-5847 FAX:03-5803-5847 E-mail:okazawa.npat@mri.tmd.ac.jp <AMED 事業に関すること> 日本医療研究開発機構脳と心の研究課 100-0004 東京都千代田区大手町 1-7-1 TEL:03-6870-2222 FAX:03-6870-2244 E-mail:brain-pm@amed.go.jp < 報道に関すること> 東京医科歯科大学総務部総務秘書課広報係 113-8510 東京都文京区湯島 1-5-45 TEL:03-5803-5833 FAX:03-5803-0272 E-mail:kouhou.adm@tmd.ac.jp 7