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様式 F-19 科学研究費助成事業 ( 学術研究助成基金助成金 ) 研究成果報告書 平成 25 年 5 月 23 日現在 機関番号 :15401 研究種目 : 挑戦的萌芽研究研究期間 :2011~ 2012 課題番号 :23653201 研究課題名 ( 和文 ) 重症心身障害児の脳活動と自律神経系活動を応用した QOL 評価の試み 研究課題名 ( 英文 ) Preliminary Study of an assessment of QOL for Severe Motor and Intellectual Disabilities using Brain Activities and Autonomic Nervous Activities. 研究代表者岩永誠 (IWANAGA MAKOTO) 広島大学 大学院総合科学研究科 教授研究者番号 :40203393 研究成果の概要 ( 和文 ): 自律神経系活動や脳血流量により, 重症心身障害児 ( 者 ) の客観的な QOL 評価の可能性を検討することを目的とした 重症心身障害児 ( 者 ) は, 体位変換のように大きな身体動作を伴うケアでは交感神経系活動が活性化し, 副交感神経系活動が低下し, 負荷になっていることがわかった また, 甘い味覚刺激 ( ブドウ糖 ) には前頭部領域の脳血流量が増加し, 塩辛い味覚刺激 ( 生理食塩水 ) には減少することが示された このことより, 重症心身障害児 ( 者 ) の快 不快は, 生理指標により客観的に評価可能であることが示された 研究成果の概要 ( 英文 ): This present study examines the possibility of objective assessments on the quality of life (QOL) for severe motor and intellectual disabilities. Big bodily motions such as changing in a body position induced higher sympathetic nervous system activity and lower parasympathetic nervous system activity. These motions become loads for them. Blood flow in the forehead area was increased by sweet taste stimuli (glucose), and decreased by salty one (normal saline). These results indicated that psychophysiological measures were suitable for the assessment of pleasant unpleasant states for severe motor and intellectual disabilities. 交付決定額 ( 金額単位 : 円 ) 直接経費 間接経費 合計 交付決定額 2,900,000 870,000 3,770,000 研究分野 : 社会科学科研費の分科 細目 : 心理学 臨床心理学キーワード : 心理アセスメント 重症心身障害児 1. 研究開始当初の背景重症心身障害児 ( 者 ) は, 脳性麻痺を中核症状として知的障害 身体障害を併せ持つため自立した日常生活を送ることができない 大島分類によると, 障害の程度は, 知的水準では IQ が 35 以下, 運動機能では座れる 寝たきりの状態を指す 適応力が低く, わずかな環境変化でも病気にかかりやすいことか ら ( 三木,2000), これまで医療的ケアが中心に行われてきた 現在は, 施設だけではなく在宅でのケアも広く行われるようになり, 日常生活ケアにおいても重症心身障害児 ( 者 ) の立場に立ったケアのあり方が求められるようになってきた しかし, その障害ゆえに意思表示が難しく, ケアにおける快適性を評価するにも, 介護者の主観的判断に頼らざる

を得なかった ( 白藤,2003) ため, 重症心身障害児 ( 者 ) にとって快適なケアになっていない可能性も否定できない そのため, 重症心身障害児 ( 者 ) の快 - 不快の評価を客観的に行うことが求められており, その方法の一つとして, 生理指標による評価が考えられる これまで, 重症心身障害児 ( 者 ) を対象として行われてきた自律神経系活動の評価は, 医学診断的視点からの評価であり, ケアや環境変化に対する評価を対象とした検討はほとんど行われていない 快状態になった際の活動においては, 心拍数の低下が指標として評価されてきた しかしそれでは, 覚醒水準の低下との識別が難しくなるという課題が残る そのため, 自律神経系活動に加え脳活動も測定することで, 覚醒水準と快適度の客観的評価が可能になる 脳活動を簡便に測定する手法として近年着目されているのが, 光トポグラフィーと呼ばれる近赤外分光分析法 (Near-infrared spectroscopy: NIRS) である 頭皮に赤外線を照射し, その反射光から脳のヘモグロビン量を推定する方法である ヘモグロビン量は脳血流に依存しており, その量の増加は脳の活動性が高まっていることを意味する 重症心身障害児 ( 者 ) においても,NIRS により脳血流を測定することで, 脳活動を評価することができると考えられる しかし, 現在, 重症心身障害児 ( 者 ) を対象とした脳活動評価はほとんど行われていないため, 刺激に対してどのような反応が認められるのかの検討が十分なされているわけではない 脳血流量と自律神経系活動を測定することで, 日常生活ケアや置かれている環境での覚醒状態および快 - 不快状態を客観的に評価することで, 負荷の低いケアや環境設定のあり方を探ることができるものと思われる また, 重症心身障害児 ( 者 ) ごとに快適な環境の構成を明らかにすることができ,QOL を高めることにも寄与するものと考えられる 2. 研究の目的重症心身障害児 ( 者 ) のケアに対する自律神経系活動を検討する上で, 従来から用いられてきた心拍数 (HR) による指標だけでは, 快 不快反応の評価を行うには不十分である ケアによるストレスや能動的対処状態では HR が増大すると考えられるが, 受動的対処状態では逆に HR は低下する可能性があるからである 特に重症心身障害児 ( 者 ) は, 身体を動かすことができないために, ストレス状況への対処が受動的対処になる可能性が高く,HR は低下してしまうことが考えられる そこで, 心拍変動 (HRV) をもとに, 周波数解析により高周波帯域 ( HL: 0.15 0.40Hz) と低周波帯域 (LF: 0.05 0.15Hz) を抽出し, 交感神経系指標 (LF/HF) と副交感神経系指標 (HF) に分けて検討することにより, 快 不快を評価することが可能となる ケアにかける時間はさほど長くないことから, 時間分解能の高い周波数解析であるウェーブレット解析を行うことで, ケアごとに反応を測定 評価することが可能となる さらに, 脳血流量を測定することで, 脳活動の程度や覚醒水準を評価する 本研究は, 自律神経系活動と脳活動をもとに, 重症心身障害児の刺激に対する反応を測定し, 重症心身障害児 ( 者 ) の感じる快 不快評価することを目的とする 以下の 2 つの研究を実施した 研究 1: ケアにおける自律神経系活動評価本研究は, 心拍変動をもとに交感神経系活動 副交感神経系活動を評価することで, 重症心身障害児 ( 者 ) がケアに対して示す快 不快の評価を行うことを目的とする ケア活動として洗面と更衣を取り上げる ケアにより身体的な負荷がかかったのであれば, 交感神経系活動が増加し, 副交感神経系活動が低下すると予想される 研究 2: 味覚刺激に対する脳血流反応評価ケアは身体動作が大きいためにアーチファクトが混入しやすく,HR の測定ができないことが多かった そこで, 身体運動をさほど伴わずに重症心身障害児 ( 者 ) の快 不快反応の評価が可能となる刺激として, 味覚刺激を用いることとした 快刺激としてブドウ糖を, 不快刺激として生理食塩水を用い, それらの刺激に対する反応を NIRS により脳血流を測定し評価する 味覚中枢は脳深部に位置するため,NIRS により直接その活動を測定することはできない しかし, 健常者においてイソ吉草酸刺激によって前頭眼窩野に相当する領域が賦活することが報告されていることから, 前頭部の血流量による評価が可能である ブドウ糖は快刺激として, 生理食塩水は不快刺激として認識されるのであれば, 刺激によって脳血流の現れ方が異なると予想できる 3. 研究の方法研究 1: ケアにおける自律神経系活動評価実験参加者 : 対象者は, 施設に入所している重症心身障害児 ( 者 )4 名 ( 年齢 :17 59 歳, 男性 3 名, 女性 1 名 ) で, 大島分類は全員 1 である 疾患は脳性麻痺である 測定に用いたケア : 洗面 ( 歯磨き 顔ふき 口唇ケア ) と更衣 ( 着替え おむつ交換 ) であった ケアにかかった時間は, 洗面が 134±41 秒, 更衣が 423±31 秒であった

測定指標 : 胸部導出により心電図を測定し, R 波間を測定し HR に変換した それをもとに, ウェーブレット変換を行い HF 成分 ( 0.15Hz-0.4Hz ) と LF 成分 (0.05Hz- 0.15Hz) に分解した 交感神経系活動の指標として LF/HF を, 副交感神経系活動の指標として HF を用いた 測定はケア開始 5 分前から終了後 5 分まで行ったが, ウェーブレット変換により周波数を抽出したため, ケア中を分析の対象とした なお, 対象者によって測定時間が異なるため, 相対比較を行うことができるようケア区間を 10 分割して,4 名の加算平均を求めた 研究 2: 味覚刺激に対する脳血流反応評価実験参加者 : 施設に入所している重症心身障害児 ( 者 )3 名 ( 年齢 :21~36 歳, 男性 1 名, 女性 2 名 ) で, 大島分類は全員 1 である 疾患は脳性麻痺, 痙攣重積後後遺症, 溺水後遺症であった 対照群として健常大学生 5 名 ( 年齢 21 26 歳, 男性 3 名, 女性 2 名 ) を用いた 刺激 :50% ブドウ糖水, 生理食塩水, 蒸留水の 3 種類で,0.5mL を 5 秒間で口腔内に注入した 重症心身障害児 ( 者 ) は 2 ないしは 3 日間にわたり 3 回ずつ, 健常者は 1 日のみ 3 回の刺激を呈示した 刺激呈示間隔は 240 秒であった 測定指標 :NIRS のプローブ (16ch) を前額部に装着し, 前頭葉の脳血流量を NIRS により測定した HR はポリグラフにより測定した NIRS については, 刺激呈示前 6.5 秒間をベースとし, その後 13 秒間の変化量を算出した 全体的な傾向を見るために, 刺激ごとに右半球と左半球の活動の平均曲線を求め, 重症心身障害児 ( 者 ) は 3 回 3 日間の加算平均を, 健常大学生は 3 回の加算平均を求めた また, 重症心身障害児では刺激呈示後の HR 変化についても測定した 4. 研究成果研究 1: ケアにおける自律神経系活動評価 洗顔時の反応について交感神経系活動の指標である LF/HF は, 歯磨き開始時はやや高いものの, その低下する傾向を示す対象者が多い 中盤からやや増加するものの, 顔ふき 口唇ケアになると低下する傾向を示す 副交感神経系活動の指標である HF は, 歯磨き開始時から徐々に高まり, 中盤以降低下する傾向を示す 顔ふき 口唇ケアになると高くなる LF/HF の変化とは反対の変化傾向を示している このことから, 歯磨きは, 初めやや緊張するものの徐々に緊張が弛緩していくことがわかる 顔ふき 口唇ケアの方が相対的に快適なケアであることがわかる ただし, 顔ふきと口唇ケアが混在して時間的 歯磨き 歯磨き 顔ふき 口唇ケア Fig. 1 洗顔時の LF/HF 顔ふき 口唇ケア Fig. 2 洗顔時の HF に分離できていないため, いずれのケアが快適であったのかを分離できていない 更衣時の反応について更衣は対象者によって作業の内容と時間が異なるため, 典型的な反応を示した 2 名の結果を示した 両者ともに LF/HF は, おむつ交換時および体位を整えるときに高くなっており,HF は着替えや体位整えの後半時点で高くなっていることがわかった 対象者にとって, おむつ交換や体位変換は負荷がかかる行為であり, 着替えは快適な行為であることがわかる 体を大きく動かす際に負荷がかかりやすいといえる 以上の結果から, 重症心身障害児 ( 者 ) は, ケアの内容によって異なる反応を示し, 動作の大きなケアや身体を固定しなければならないようなケアに対しては, 交感神経系活動が高まり, 副交感神経系活動が低下していることから負荷になっているものと思われる そのため, ケア時にも身体の動かし方には気をつける必要がある Fig. 3 対象者 A の LF/HF 及び HF

を示しているくらいである これは, 大学生においては, 味覚の識別がついていないことがわかる 0.06 oxy - salt deoxy - salt 0.04 oxy - water deoxy - water oxy - sugar 0.02 deoxy - sugar Fig. 4 対象者 B の LF/HF 及び HF 0.00-0.02 1.32 2.64 3.96 5.28 6.6 7.92 9.24 10.56 11.88 13.2 研究 2: 味覚刺激に対する脳血流反応評価 NIRS による脳血流量は, 左右 8ch ずつ測定をしたが, 脳全体の変化傾向を見るために左右別に 8ch の加算平均を算出し, 重症心身障害児 ( 者 ) では 3 名の, 健常大学生では 5 名の加算平均を求めた ここでは, 刺激の違いの認められた右半球の結果を示す 刺激呈示前 6.5 秒間の平均をベースラインとし, その後 13 秒間の相対的な推移を検討の対象とした 重症心身障害児 ( 者 ) の反応は, ブドウ糖に対しては酸素化ヘモグロビン量 (Oxy-Hb) と脱酸素化ヘモグロビン量 (DeOxy-Hb) ともに増加しているが, 生理食塩水だと逆に減少している 蒸留水では Oxy-Hb はやや増加傾向を示すが,DeOxy-Hb は減少傾向を示している ブドウ糖のように甘い刺激に対しては Oxy-Hb,DeOxy-Hb ともに増加していることから脳活動が活性化しているが, 生理食塩水のように塩辛い刺激では脳活動が抑制されていることが分かる すなわち, 重症心身障害児 ( 者 ) は味覚の識別ができており, 快刺激に対しては脳が活性化し, 不快刺激に対しては脳活動の抑制が認められている 0.06 0.04 0.02 0.00-0.02-0.04-0.06 1.32 2.64 3.96 5.28 6.6 7.92 9.24 10.56 Right 11.88 13.2 oxy - salt deoxy - salt oxy - water deoxy - water oxy - sugar deoxy - sugar Fig. 5 重症心身障害児の右半球脳血流量 -1.5 健常大学生においては, Oxy-Hb, DeOxy-Hb ともにほぼ同水準を維持しており, 目立った変化は認められない 生理食塩水において Oxy-Hb がわずかながら減少傾向 -0.04-0.06 Fig. 7 は, 刺激呈示前をベースラインとし, その後 13 秒間の HR 変化を示したものである 重症心身障害児は, 刺激呈示後,HR は一過的な減少から増加, 減少という三相性の変化をしており, 刺激に対する定位反応が認められる 刺激の種類による違いはないものの, 刺激の入力に対しては反応していることがわかる 以上の結果から, 重症心身障害児 ( 者 ) は味覚刺激の違いを識別でき, 快刺激には脳活動の活性化を, 不快刺激には脳活動の抑制が認められることがわかった 0.5mL というわずかな量であっても重症心身障害児 ( 者 ) が味覚の識別ができていたことは, 味覚という一次刺激についての処理ができていることを意味する 健常大学生において刺激による違いが認められなかったのは, 刺激の量が少なく, 味覚の識別を行うには十分でなかったものと考えられる 内省においても, 刺激の種類がわからなかったことが報告されており, 健常者の方が味覚に鈍感であることがわかる 2.0 1.5 1.0 0.5 0.0-0.5-1.0 Right Fig. 6 健常大学生の右半球脳血流量 0.0 1.0 2.0 3.0 4.0 5.0 6.0 7.0 8.0 9.0 10.0 11.0 12.0 13.0 Fig. 7 重症心身障害児の HR 変化 salt water sugar

結論 : 自律神経系活動及び脳血流による QOL 評価の可能性重症心身障害児 ( 者 ) は, 体位変換のように大きな身体動作を伴うケアでは交感神経系活動が活性化し, 副交感神経系活動が低下する また, 快な味覚刺激には脳血流量が増加し, 不快な味覚刺激には減少することが示された これらの結果は, 重症心身障害児 ( 者 ) にとって快 不快の反応を, 交感神経系活動 副交感神経系活動, 及び脳血流量を測定することで評価可能であることを示している 重症心身障害児 ( 者 ) はその障害ゆえに,s 体調を崩すことが多く, かつ電極を装着してもアーチファクトが入りやすいために, 測定できないことが多かった そのため, 期間内で測定できた対象者数が少なく, 今回得られた知見を普遍化するにあたっては慎重でなければならない 今後はデータを蓄積していくことで, 生理指標を用いて快 不快の評価法を確立し, 重症心身障害児 ( 者 ) の客観的な QOL 評価に応用していくことが求められる 5. 主な発表論文等 ( 研究代表者 研究分担者及び連携研究者には下線 ) 雑誌論文 ( 計 0 件 ) 学会発表 ( 計 2 件 ) 1. 今村美幸, 藤原恵理子, 徳森朋美, 吉中順平, 阿曽沼恵子, 重症心身障害者における介入による反応の客観的評価, 第 27 回日本保健医療行動科学会,2012 年 6 月 17 日, 岐阜. 2. 今村美幸, 重症心身障害児 ( 者 ) のケアにおけるストレスに関する研究, 第 37 回日本重症心身障害学会学術集会,2011 年 9 月 30 日, 徳島. 6. 研究組織 (1) 研究代表者岩永誠 (IWANAGA MAKOTO) 広島大学 大学院総合科学研究科 教授研究者番号 :40203393 (2) 研究分担者研究者番号 : (3) 連携研究者今村美幸 (IMAMURA MIYUKI) 広島都市学園大学 健康科学部 教授研究者番号 :60461323