山形大学整形外科 成 田 淳 浅 野 多 聞 鈴 木 朱 美 髙 木 理 彰 Key words: lipom roresens( 樹枝状脂肪腫 ) synovetomy( 滑膜切除術 ) knee joint( 膝関節 ) はじめに樹枝状脂肪腫は膝関節に好発し 関節水腫を主徴とする原因不明の疾患である 5, 10, 13) 両膝関節に発症し 術前に MRI で診断可能であった 1 例を経験したので 文献的考察を加えて報告する 認めた ( 図 1) 可動域は両側とも伸展 0 度 屈曲 140 度で制限を認めなかった 関節穿刺で 右 150 ml 左 250 ml 黄色で軽度混濁のある関節液が採取された 一般細菌培養 好酸菌培養検査は陰性であり 結晶成分も認められなかった 血液生化学免疫検査では尿酸値が 8.3 mg/dl CRP が 0.4 mg/dl マトリックス 症例呈示症例 :38 歳 男性 主訴 : 両膝関節の腫脹 重苦感 既往歴 家族歴 : 特記事項なし 職業 : 郵便局員現病歴 :7 年前から両膝の腫脹を自覚していた メタプロテアーゼ (MMP)-3 が 235 ng/ml と高値を示したが 抗環状シトルリン化ペプチド (CCP) 抗体 リウマトイド因子は陰性であった 単純 X 線では両膝ともわずかに内側関節裂隙の狭小化を認めた ( 図 2) MRI では 両膝関節ともに膝蓋上嚢部に関節液が大量に貯留 3 年前に前医を受診した 腫脹の原因として関節リウマチ (RA) が疑われ 精査を受けたが確定されず経過観察となっていた その後症状に改善なく再度前医を受診し MRI で著明な滑膜炎が認められたため 当科紹介となった 初診時現症 : 両膝に著明な腫脹と膝蓋跳動を 図 1 初診時両膝の写真両膝関節に著明な腫脹 膝蓋跳動を認めた 右左図 2 両膝関節単純 X 線写真正面像左右とも 内側関節列隙に軽度の狭小化を認めた - 13 -
しており その内部に T1 強調像 T2 強調像とも 皮下脂肪と同等の信号強度を示す部分が絨毛状に存在していた この部分は脂肪抑制で抑制され 造影 MRI では周囲の滑膜に造影効果を認めた ( 図 3 4) 術前診断として著明な関節水腫があること 疼痛が軽度であること さらに MRI 上 脂肪 に滑膜組織の絨毛状増殖を認めた ( 図 5) 内外側膝蓋下ポータル および外側膝蓋上ポータルからシェーバーを用いて滑膜切除を行った 得られた組織の病理所見は 滑膜の表層細胞の下層にリンパ球や形質細胞の浸潤を認め さらにその下層には成熟した脂肪組織を認めた ( 図 6) 細胞異型や結晶成分は認めなかった 組織と同信号である絨毛状組織の増殖を示していることから 両膝の樹枝状脂肪腫を考え 生検を兼ねて関節鏡視下に滑膜切除術を予定した 関節鏡で確認したところ 両膝の膝蓋上嚢部 膝蓋大腿関節部 大腿脛骨関節部 顆間部 図 4 術前 MRI 矢状断 ( 左膝 ) :T1 強調像 :T2 強調像水平断と同様に T1 強調像 T2 強調像とも 皮下脂肪と同等の信号強度を示す部分が 絨毛状に存在していた ( 矢印 ) 図 3 術前 MRI 水平断 :T1 強調像 :T2 強調像 : 脂肪抑制造影像 T1 強調像 T2 強調像とも 皮下脂肪と同等の信号強度を示す部分が 絨毛状に存在していた ( : 矢印 ) この部分は脂肪抑制にて抑制された (: 矢印 ) 周囲の滑膜には造影効果を認めた (: 矢頭 ) d 図 5 関節鏡所見 ( 左膝 ) : 膝蓋上嚢部 : 膝蓋大腿関節部 : 内側半月板周囲 d: 顆間部滑膜組織の絨毛状増殖 ( 矢印 ) を認めた P: 膝蓋骨 MM: 内側半月板 ACL: 前十字靱帯 - 14 -
術後 1 年の時点で 両膝に若干の腫脹と膝蓋跳動を認めた ( 図 7) が 重苦感は消失していた MRI では 関節水腫ならびに造影効果のある滑膜の肥厚は残存しているが 絨毛状組織の再発は認めていない ( 図 8) 疾患との関与は明確ではない MMP-3 に関しては高値を示すという報告があり Frser らは摘出した樹枝状脂肪腫から線維芽細胞を単離し RA や変形性関節症 (OA) に比し MMP-3 の産生が亢進していることを示している 4) 考 察樹枝状脂肪腫の原因は明らかとはなってい 診断には MRI が有用で 脂肪組織と同信号の絨毛状組織の増殖は診断的価値が高いとされている 3) しかしながら 本疾患が比較的まれ ないが RA や乾癬性関節炎など炎症性疾患との関係が報告されており 滑膜組織の反応性変化であるという考えが広く受け入れられている 2, 4, 5, 11) 症状は持続する関節水腫であり 疼痛は軽度であることが多い 10, 12) 部位は膝関節が 90% と最多で 両側例も 15-20% に見られる 10, 12) 2) 8) 9) また 肩 肘 股 足関 6) 13) 節や多関節発生の報告もある 血液生化学検査は異常を認めないと言われている 7, 12) リウマトイド因子や抗 CCP 抗体も通常は陰性であるが 13) 陽性であれば RA の合併を考える必要がある 17) CRP も陰性であることが多く RA 17) 4) や乾癬性関節炎を合併した場合では陽性となる しかしこれらが合併しない場合でも陽性となる場合もあり 11) 診断的価値は低い 尿酸値に関しての明確な報告はなく Soler らの報告によると 13 例中 2 例に であること 医師側の認知度が低いなどの理由で 術前に確定診断を得ることができなかった症例も散見される 10, 16) また 大井らは著明な関節水腫があるものの 疼痛が軽度などの理由で MRI が施行されず 診断に至らない症例の存在の可能性を指摘している 10) 持続する関節水腫に対しては 本疾患も鑑別に加え MRI による早期診断が望ましい 鑑別疾患として 本疾患と同様に MRI にて関節水腫や滑膜増生を呈するという観点から RA 色素性絨毛結節性滑膜炎 滑膜骨軟骨腫症が挙げられる 7, 10, 16) 本疾患では 滑膜が絨毛状に増殖すること T1 T2 強調像において脂肪組織を反映した高信号を呈することから これらの疾患とは鑑別が可能と思われる 10, 16) 治療は鏡視下滑膜切除術の有用性が報告されており 14) 治療成績は良好で再発はまれとさ 痛風の合併を認めていたが 15) 現時点では本 図 6 病理組織 (HE 染色 ) : 弱拡像 : 強拡像滑膜の表層細胞の下層に 炎症細胞の浸潤を認め さらにその下層には成熟した脂肪組織を認めた 図 7 術後 1 年の両膝の写真両膝関節の腫脹の軽減を認めた - 15 -
れている 10, 12) 本疾患と OA の関連を指摘する報告は多く 二次性 OA の発症を予防するという理由で早期の切除が勧められている 1, 10, 12) すでに OA を合併した場合は人工膝関節置換術が考慮される 1,10) 二次性 OA に至る原因として 阿漕らは樹枝状脂肪腫と OA の滑膜組織中の痛覚神経について検討し 樹枝状脂肪腫では OA よりも痛覚が低下していることを示した その結果関節水腫が高度になりやすく OA を惹起する可能性について考察している 1) 特徴的な MRI 所見から 術前に樹枝状脂肪腫の診断が可能であった 高尿酸血症の関与に関しては尿酸塩が析出した場合 滑膜に何らかの影響を与える可能性が推察されるが 現時点では不明である 鏡視下滑膜切除術にて症状は軽快し 術後 1 年の時点で再発は認めていない しかし本疾患の病態生理はまだ解明されておらず 切除後長期を経過した症例の報告はない 再発の有無や OA の発症につき 今後も慎重に経過観察を継続する予定である 本症例においては 著明な関節水腫を来たし ており CRP が軽度上昇していたが 特徴的な皮疹はなく乾癬は否定され 診断基準を満たさないことから RA も否定的であった さらに まとめ両膝関節に発症した樹枝状脂肪腫の 1 例を経験した 診断には MRI が有用であり 鏡視下滑膜切除術を行い軽快した 文 献 1 ) 阿漕孝治ほか : 樹枝状脂肪腫を伴った両側変形性膝関節症の 1 例 - 病態生理に関する考察. 整形外科 2011;62:551-553. 2 ) Dwson JS et l:cse report: lipom roresens of the su-deltoid urs.br J Rdiol 1995;68:197-199. 3 ) Feller JF et l:lipom roresens of the knee: MR demonstrtion.ajr Am J Roentgenol 1994;163:162-164. 4 ) Frser AR et l:lipom roresens oexisting with psoriti rthritis releses tumour nerosis ftor lph nd mtrix metlloproteinse 3.Ann Rheum Dis 2010; 69:776-777. 5 ) Hllel T et l : Villous lipomtous prolifertion of the synovil memrne 図 8 術後 MRI 水平断 :T1 強調像 :T2 強調像 : 脂肪抑制造影像関節水腫が残存 ( 矢印 ) しているが 絨毛状の滑膜組織の増殖は認めなかった 肥厚した滑膜組織には造影効果を認めた ( 矢頭 ) (lipom roresens).j Bone Joint Surg Am 1988;70:264-270. 6 ) Hung GS et l:tenosynovil lipom roresens of the nkle in hild.skeletl Rdiol 2006;35:244-247. - 16 -
7 ) Kloen P et l:lipom roresens of the knee.j Bone Joint Surg Br 1998;80:298-301. 8 ) Levdoux M et l:lipom roresens of the elow: se report.j Hnd Surg Am 2000;25:580-584. 9 ) N o e l E R e t l : S y n o v i l l i p o m roresens of the hip.clin Rheumtol 1987;6:92-96. 10 ) 大井剛太ほか : 変形性膝関節症を合併した両膝樹枝状脂肪腫の 1 例. 臨床整形外科 2004;39:987-990. 11 )Rg Y et l:inflmmtory synovitis due to underlying lipom roresens (gdolinium-enhned MRI fetures): report of two ses.clin Rheumtol 2007;26: 1791-1794. 12 )S i l h n F e t l : B i l t e r l l i p o m roresens of the knee: se report.j Bone Joint Surg Am 2011;93:195-198. 13 )Sntigo M et l:polyrtiulr lipom roresens with inflmmtory synovitis.j Clin Rheumtol 2009;15:306-308. 14 )Sol JB et l:arthrosopi tretment for lipom roresens of the knee: se report. J Bone Joint Surg Am 1998;80:99-103. 15 )Soler T et l.lipom roresens of the knee: MR hrteristis in 13 joints.j Comput Assist Tomogr 1998;22:605-609. 16 ) 植原丈尋ほか : 両膝に発生した樹枝状脂肪腫の一例.JOSKAS 2011;36:307-311. 17 )Yyshyn EA et l:lipom roresens: reurrent knee effusions with positive yli itrillunted peptide.j Rheumtol 2010; 37:2188-2189. - 17 -